第105話

 フェイロンの3人娘からひしと抱き締められ、サリナは仲間たちの前で赤面する思いだった。しかし親友たちは、再び旅立とうとするサリナから、なかなか離れはしなかった。
「前の時は出発に立ち会えもしなかったんだから。これくらいさせてよね」
 ステラの口調はいつものように強かったが、その声はわずかに震えていた。
 サリナはステラ、ユリエ、マリカの3人には大まかな事情を打ち明けていた。亡くなったと思っていた父が生きていたこと。その父が教え子ゼノアに幽閉されていること。父を救うために旅立ったこと。ゼノアを止めるという共通の目的を持つ、心強い仲間たちと出会ったこと。
 旅は厳しく、命の危険も伴う。これまでにも、幾度となく危ない場面に遭遇してきた。そういったことは、極力話さないようにした。しかしステラたちは敏感だった。伊達に幼い頃から同じ時を過ごしてきてはいない。彼女らはサリナの言葉の端々、また表情から、彼女が隠そうとしていることを察していた。
「……サリナ、私たちはサリナを止めないよ。でも、これだけは約束して」
 サリナの両肩に置いた手に力を込めて、ステラは親友の瞳を正面から見つめた。
「う、うん」
 サリナは僅かに戸惑いながら頷いた。ステラには、有無を言わさぬ迫力があった。もっとも、サリナはこれまで、ステラの言葉を否定したことはほとんど無かったのだが。彼女らはそれだけ、お互いのことを理解し合っていた。
「絶対に、無理なことはしないで。きっと危ないことはたくさんあるんだと思う。でも、ほんとに命が危ないっていう時には、無理しないで……お願い」
 それは、3人を代表しての言葉だった。見送りに集まった村人たちの誰も、それ以上何も言わなかった。それは村人たちの心を代弁した言葉でもあった。
 サリナは嬉しかった。自分の身をこれだけ案じてくれるステラたちの気持ちが。そして彼女らの思いに応えようと、サリナは誓った。必ず無事で帰ってくる。エルンストを救出し、ゼノアを止め、全てを終わらせて。それが幻獣に選ばれ、戦うことを決めた彼女の、彼女たちの使命だ。
「……うん。絶対、ちゃんと帰ってくるから。待ってて、ステラ、ユリエ、マリカ」
 3人の顔をひとりずつしっかりと見て、サリナはそう言った。目尻に滲んだ涙を拭う。
「そうね。私たちも村のみんなも、サリナのおじいちゃんとおばあちゃんも、サリナが帰ってくるのを待ってるから。あなたには村のみんながついてる。それを忘れないで」
「負けるんじゃないわよ、サリナ。悪いやつなんてちゃちゃっとやっつけておいで。それで、またお泊りしようよ。待ってるからさ」
 ユリエと、マリカ。ふたりの言葉も、サリナはそれぞれの目をしっかりと見て受け取った。ふたりとも、笑っていた。だからサリナも笑った。今生の別れではないのだ。いつの日か、全てが終わればまた会える。それまでの、しばしの別れだ。涙で濡らしたくはなかった。
「うん。ありがとう、ふたりとも。まだもうちょっとかかると思うけど、待っててね」
 ふたりは笑顔で頷いた。ステラを含めた3人は、もう一度サリナを抱き締めた。サリナも3人を抱き締め返した。ここに存在するこの友情が、サリナには愛おしかった。
「……それでね、サリナ」
 サリナを離して、ステラは懐から何かを取り出した。それは小さな箱だった。美しく手触りの良い布で縫製された、どこか気品を漂わせるものだった。ステラはそれをサリナに見せたまま、ユリエとマリカの顔を見て頷いた。ふたりもそれに頷き返す。
「私たちから、プレゼント」
「え……?」
 思いもしなかったことに、サリナは戸惑った。反射的に、彼女はそれを遠慮しようとした。そんなのもらえない、と両手を3人に向けようとした。
 しかし、ステラたちの表情がそれを許さなかった。彼女らはサリナの目をじっと見つめていた。それは3人の、サリナへの思いが込められた贈り物だった。その目を見て、サリナは思った。私は、本当に良い友だちを持った。
「うん、ありがとう。大切にする」
 その小箱を受け取って、サリナは微笑んだ。ステラたち3人も、嬉しそうに笑った。サリナは促されるまま、贈られた箱を開いた。
 そこには淡い金色に朱色の混じったような、美しい色の宝石があった。多面体にカットされた宝石には台座と細やかな鎖がつけられ、それはネックレスになっていた。
「金紅色のネックレス」
 その名をユリエが告げた。金紅色。フェイロンの森で稀に採取される、高価な宝石である。多くは大陸への土産物や輸出品として売買される。サリナも幼い頃より何度かそれを目にしたことはあった。しかしそれを、自分が手にすることなど考えもしなかった。
「こんな高いもの……」
 さすがに、サリナの口からその言葉が漏れた。マリカが笑った。思ったとおりだ、と彼女の顔が語っていた。
「私たちが採ってきたものだから、ほとんどタタよ、それ」
 その言葉が、サリナの涙腺から涙を溢れさせた。
 採ってきた、と彼女は軽く言った。しかしこれを見つけるのは、至難の業なのだ。何かの折に見つけたものか、あるいは3人で骨を折って探し出したのか。恐らく、後者だろう。
 それも、サリナが帰ってきてからではない。そんな短時間で見つけようと思って見つかるほど金紅色を採るのは簡単な仕事ではないし、森は魔物が溢れて危険だった。サリナは推測した。恐らく3人は、旅立ったサリナのために、いつか渡せるようにと、金紅色を探し続けてくれていたのだ。その思いが、その小さなネックレスには宿っている。
「ありがとう……」
 涙に濡れた声で、サリナは感謝を述べた。彼女の目に、金紅色のネックレスは、力を持っているように映った。アクセサリーが持つ魔法の力、エンチャント。サリナはその繊細な鎖を首に巻いた。胸元に金色の宝石が揺れる。サリナの身体を、マナの力が守るようだった。魔法職人でなくとも、3人の強い思いが、ネックレスにエンチャントをもたらした。
「ほら、サリナ、顔を上げて。まだあなたに、言葉を贈りたいひとがいるのよ」
 ユリエの声に、サリナは涙を拭いた。そうだ。サリナ自身も、きちんと言葉を交わさなければならない人物がいる。顔を上げて、サリナはその人物を見た。
 ローガンはやや居心地の悪そうな様子で、わざとらしく咳払いをした。
「あー……いや、若い娘たちの後に俺ってのも、ちょっとあれだけど」
 頭を掻いて、ファンロン流の師は、サリナと向き合った。そして顔を上げ、彼は愛弟子の顔を見た。
 決して大きな体躯を誇るわけではない。若さに溢れ、肉体の強さを武器とするわけでもない。しかしローガンと相対する時、サリナはその大樹の年輪のように重ねられた武の時と、その老いた身体から発される柔らかな覇気とに、自らの身を縛られるかのような緊張を味わう。
 もちろんローガンとて、常にそのようにサリナを圧するわけではない。そうするのは、サリナに武術の指導をする時。つまりローガンが、武闘家としてサリナと接する時だ。
 そして今、ローガンからはサリナが思わず天の型の構えを取ろうとしてしまうほどの、強い気魄が発されていた。
 戦えば、恐らく自分が勝つだろう。サリナはそう感じた。村を出てから数え切れないほどの戦いを重ね、サリナの力は格段に上昇していた。今ではローガンですら、彼女には敵わないだろう。しかしそれをわかっていても、老練なるローガンの覇気はサリナを圧す。
 じっと、サリナは耐えた。彼女がどう動くかを、ローガンは見ている。そんな気がした。師は厳しい目をこちらへ向けている。しかしサリナは、構えを取らなかった。師の発する、舌の根まで乾くような覇気に、彼女はじっと耐えた。
 サリナの後ろで、アーネスは驚嘆していた。こんな辺境の片隅に、これほどの気魄を持つ武闘家がいたとは。彼女は金獅子隊の隊長としてエリュス・イリアを回り、多くの強者と対峙し、勝利してきた。王国騎士団・神殿騎士団は世界最強の武力を誇り、その隊をまとめる隊長たちこそ世界で最高峰の戦士であると、彼女は永く信じてきた。
 サリナたちと出会って、彼女はその認識を改めた。世界には、まだまだ隠れた実力者がいる。騎士団の隊長格に匹敵するか、あるいはそれを凌ぐほどの。
 そして今日、彼女は新たな世界を垣間見た。
 サリナが操るファンロン流武闘術。幾度かサリナの演習の相手をし、サリナと共に戦い、アーネスはその強力さを実感していた。しかし彼女は忘れていた。当然ながら、サリナに戦い方を教えた人物が存在することを。
 ローガン・ファンロン。ファンロン流の名を冠する、サリナの師。気魄だけで、アーネスは屈してしまいそうだった。騎士の鎧を貫いて、ローガンの覇気は彼女を圧していた。これだけの気をその身に宿すには、果たしてどれだけの修練が必要なのか。それを経てきたこの老いた武闘家の、その重ねた星霜に、アーネスは脱帽する思いだった。
「すごいわね……」
「ああ」
 カインは素直に同意した。彼も驚いていた。道場を借りた時、ローガンはこれほどの覇気を纏う人物には見えなかった。サリナに武術を教えたとは言っても、今やその実力は自分たちのほうが上だろう。そう考えた自分の短絡さを、カインは自嘲した。
 確かに、実力だけで言えばローガンに勝つことは出来るだろう。しかしこの男の持つ気魄の強さに、カインは感動すら覚えていた。彼はローガンを尊敬した。いずれ機会を設けることが出来れば、彼に教えを乞いたい。
「……よっしゃ」
 自分の威圧に耐え切ったサリナに、ローガンはそう言葉を向けた。威圧を解く。
 まるで重力が半分にでもなったかのようだった。懸命に耐えていた膝が砕ける。地面に手をついて、サリナはぜえぜえと息を切らせた。知らぬ間に呼吸を止めていたようだ。汗がぼたぼたと土に落ちる。
 戦いを知らない村人たちすらも、自分の身が軽くなったのを感じた。いつの間にかその場を覆っていたローガンの覇気が消えたからだが、彼らはそれにまでは気づかない。ステラやユリエも不思議そうに首を捻り、サリナが地に突っ伏したことに驚きの声を上げた。マリカは狩りの経験からか、何が起こったかを察しているようだった。
 慌ててサリナを助け起こそうと飛び出しかけたステラとユリエを、ダリウの腕が制した。彼はふたりを見て、黙って首を横に振った。ふたりは顔を見合わせたが、ダリウに制止されてはそれ以上行動するわけにもいかなかった。
「し、師匠……?」
 ローガンの突然の威圧に、サリナは戸惑いの声を上げた。まだ力の入らない足腰をなんとか奮い立たせ、彼女は立ち上がった。背後から仲間たちが動揺する気配が伝わってくる。あの寒さをほとんど感知しなかったダグすらも、ローガンの覇気にはうろたえていた。
「すまんすまん。ちょっと試させてもらった」
 ローガンの纏う気配は、すっかり普段のものに戻っていた。彼は武道着の懐に手を入れ、何かを取り出した。
 それは黒い表紙の、古びた本だった。装丁は粗く、紙の束の左端に複数の穴を開け、黒い丈夫な紙で挟んで紐で綴じただけのものだ。ローガンはその表紙を、サリナに向けた。
 そこにはこう書かれていた。
「ファンロン流武闘術……奥義の書……?」
 そんな書物のあることを、サリナは知らなかった。そしてそれをローガンが自分に見せたことの意味を、サリナはすぐに察した。
「師匠……」
「変な言い方になるけど、勘違いするなよ。お前に教えることは、俺にはもう無い」
 ローガンの声は厳しかった。あくまで彼は武術の師として、サリナに接しようとしていた。決して優しい声ではなかった。だがその奥に、深い愛情を感じさせる声だった。
「だからこれを持って行け。俺には修められなかった奥義が、この中にある」
「……はい」
 謹んで、サリナはその書を受け取った。ローガンが幾度も幾度も読んだのだろう。あるいはローガンの師、あるいは更にその前から伝わるものなのか。書は擦り切れ、ぼろぼろだ。だがそこには、ファンロン流を受け継いできた武闘家たちの汗が、その努力と鍛錬の歴史が染み込んでいる。
 サリナはその書を抱き締めた。涙が溢れた。ローガンの深い愛情が、心の底からありがたかった。
「また泣く。泣き虫だけは治らんなあ」
「うう。ししょう〜〜〜」
 呆れ顔で、ローガンはサリナの頭を撫でた。これで2度目だ。次はいつになるだろう。そう考えて、ローガンは小さく笑った。泣き顔を上げてこちらを見てくる孫娘のような愛弟子に、ローガンは告げる。
「まあ、後はあれだな。銀華山にでも行ってみるんだな。ファンロン総本山の」
「銀華山……ですか?」
 涙を拭いたサリナに、ローガンは続ける。
「ああ。俺が修行した場所だ。あそこはきついとこだけど……まあお前なら大丈夫だろ」
「……はい。行ってみます」
 しっかりした声で、サリナはそう言った。簡単に言うな、と言いかけて、ローガンは口をつぐんだ。銀華山は遠い。だがサリナたちは、これからそれこそ世界中を旅しなければならないはずだ。その過程で寄ることも出来るだろう。それにサリナたちの実力なら、あるいはあの厳しいファンロンの山の目にも敵うかもしれない。
「ああ。頑張れよ」
「はい!」
 元気良く返事をして、愛弟子は笑った。子どものようなその笑顔に、ローガンもつられて笑う。
「次は私たちの番かしら?」
 茶目っ気たっぷりの声は、エレノアだった。背後から聞こえたその声に、ローガンが慌てて場所を譲る。それに笑いが起き、ファンロン流の師範は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「良い師匠を持ったのう、サリナ」
「ほんとにね。ありがとう、ローガン」
 ダリウとエレノアにそう言葉を向けられ、ローガンは照れ隠しように顔の前で手を振った。そしてサリナが、なぜか師と同じように照れていた。
「この先、旅はますます厳しくなるじゃろう」
 ゆったりした口調の裏に、ダリウは他の村人たちには気取られぬよう、巧妙に警告を隠していた。彼の言う“厳しい”という言葉の意味を理解したのは、サリナたちだけだった。それは海原を渡る船や、ずっと故郷に帰ることの無い旅の空のことを指してはいなかった。
「サリナ、お前の役割もさらに重要になるはずじゃ」
「うん……」
 役割。白魔導師としてか、あるいは武闘家としてか。それとも、マナを操る能力としてか。祖父の言葉の意味を考えるサリナの前に、ダリウは紙の束を差し出した。
「え?」
 それが何なのか、サリナには瞬時にはわからなかった。ダリウの字で、その紙束には多くの文字や図のようなものが記されていた。
 受け取って、サリナはそれにさっと目を通した。その紙束の最初の紙の最上部に記されていた言葉が、サリナを驚かせた。
「おじいちゃん、これって!」
「うん」
 そこには、“上級白魔法の修得について”と書かれていた。
「上級白魔法は、たぶん自力で身に付けるのは無理じゃからな。黒魔法もそうじゃが」
 ダリウが用意してくれたその冊子を、サリナはファンロン流の奥義書と同じように、しかし紙が折れないように注意して抱き締めた。嬉しかった。時間をとって直接上級白魔法を教えることが出来なくとも、こうして祖父は、間接的に魔法を教えてくれる。
「少しでも早く身に付けるんじゃ。いいな、サリナ」
 やはり他の村人たちには気取られない言い方で、ダリウは孫娘と、その後ろにいる仲間たちに言葉を送る。時間は無い。のんびりしていて、いつゼノアが次なる神晶碑の破壊に乗り出すかわからない。いや、もしかしたらそれ以上に恐ろしい行動に出るかも知れない。慌ててはいけないが、急げ。ダリウの魂の篭った声が、そう語っていた。
「……うん。ありがとう、おじいちゃん!」
 そう答えたサリナに頷いて、ダリウは次の相手に顔を向けた。昨日、洞窟から帰ってすぐにマナの扱い方を教えた生徒。彼の言葉ひとつひとつを貪欲に吸収し、マナ技術の取り掛かりを掴むに至った少年、クロイスに。
「クロイス」
「へ?」
 自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。頭の後ろで手を組んだまま、クロイスは間の抜けた声を出した。ダリウが手招きすると、クロイスは戸惑いながらも彼の前に出た。
「おぬしにもあるんじゃ、ほれ」
「え、マジ?」
 驚きを隠さずに、クロイスはそれを受け取った。サリナのものと同じような紙の束だ。ただしその表紙の上部には、“マナの操り方と応用について”と記されている。
「昨日はびびったぞ。おぬし、えらい速さで覚えていくんじゃもん」
「へへっ。まあな! ありがとよ!」
 そう言って鼻をこするクロイスに、ダリウは笑顔を向ける。クロイスは優秀だった。これまでマナの操り方に無頓着だったとは考えられないほどに。
「じゃが、まだ教えたのは基礎の基礎だけじゃ。コツがつかめればあとは訓練なり実戦なりの中で会得していけるじゃろ、おぬしなら。その助けになればと思っての」
「おう。まあ任せてくれよ。なんとなくいい使い方のイメージはできてんだ!」
「おお、マジか? さすがじゃのう」
「へっへっへ」
 サリナは祖父とクロイスがそんな会話をしているのが嬉しかった。そして同時に、ダリウの後ろであのテオという少年が、妙に悔しそうにしているのが不思議だった。
「セリオル、あなたには私から」
 そう言ったのはエレノアだった。彼女はサリナの傍にいたセリオルに、ダリウのものと同じような冊子を手渡していた。
「これは……!」
 それはエレノアのハーブの知識が詰め込まれた冊子だった。特に薬効の高いものについて、詳細に記されていた。それはセリオルの知識すら凌駕する、驚くべき内容だった。エレノアは魔導師でも、薬師でもない。だというのに、ダリウと共に暮らしているからなのか、どのハーブからどんなマナが抽出できるかということまで書かれてあった。
 まさか、とセリオルは考えた。これまで何度も馳走になった、エレノアのハーブティ−。飲むと活力が湧いた。セリオルが悩んだり沈んだりしている時、エレノアはお茶を淹れてくれた。もしかしてあのお茶にも、彼女なりのマナの知識が活かされていたのだろうか……? セリオルですら気づかないような、さりげない方法で……。
 その想像があながち外れてはいないような気がして、セリオルはエレノアの秘める力を空恐ろしくすら感じた。
「エレノアさん、ありがとうございます!」
 ともあれ、これは大きな助けだ。調合の技術を更に高めることが出来るかもしれない。さっそく研究してみよう。そう考えて冊子に目を落とすセリオルは、まるで少年のようだった。エレノアはそんなセリオルの様子に微笑む。
「ええ、どういたしまして」
 かくして、サリナたちはフェイロンを再び旅立った。新たな力、新たな知識、新たな技術を携えて。
 村人たちはずっと見送ってくれていた。何度振り返っても、そこには手を振るダリウたちの姿があった。何度かステラたちの声も聞こえた。名残惜しそうなその様子に、サリナは後ろ髪を引かれる思いだった。
「いいもんですなあ、家族ってえのは」
 2羽のチョコボに牽かせる荷車の上で、ダグが快活にそう言った。その言葉でダグの身の上のことをサリナは思い出したが、ダグ自身はそれほど深刻に思っているわけではないようだったので、ただ照れ笑いをするだけにとどめた。
「で、ユンランからはどこに行くんだ?」
 エメリヒの手綱を握り、フェリオがセリオルに訊ねた。そう言えば次の目的地をきちんと聞いていなかった。
「ひとまず、ロックウェルに行きましょう。飛空艇の様子も気になりますし」
「おお、そういやそうだな!」
 思わず手綱を握ったままで手を打とうとして、カインはルカの不興を買った。手綱を変な風に引いてしまったのだ。
「おわ。ちょっと暴れんなよルカ、悪かったって」
「なーにやってんだてめー」
「うふふ。危ないですよ、カインさん。あらあら」
 気候の元に戻った平和なハイナンの街道で、カインがルカの背から振り落とされて悲鳴を上げる。高き青藍の空に、その空しい声は吸い込まれていった。