第115話

「どああああああっ!?」
 カインの大きな叫び声とともに、彼らは着地した。
 落下した距離は、思ったほど大きくはなかった。生身で落ちても多少衝撃があるくらいで、大きな怪我をするほどでもなかった。
「な、なんだよ。びびらせやがって。ったくよ」
「なんでちょっと残念そうなんだ」
 声のトーンがおかしい兄に、フェリオが呆れた声で言う。もっと大きな落下を期待していたらしいカインは、しかし笑って誤魔化すだけだった。
「ふう。よかった、大したことなくて」
 安堵の息をついて、サリナは仲間たちを確認した。皆、無傷だ。荷台はやはり流れる砂の上に落ち、引き続き流されていた。周囲の様子も、さきほどまでと大して変わらない。どうやら無事、次なる道へと進めたようだ――
「え?」
 セリオル、クロイス、アリスの3人が、青い顔で進行方向の先を指差している。嫌な予感に、サリナはその方向を見た。
「……ひいっ」
 予感は的中した。3人が示す先で、またしても進むべき道が無くなっていた。

「――ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!!」
 凄まじい速度と勢い、そしてカイン・スピンフォワードの絶叫を伴って、グリングランの荷台はその急勾配の坂を滑り落ちた。流れ落ちる砂を蹴散らし、荷台はいくつにも枝分かれする砂の急流を下る。
「おい! うっせえよ!」
「おわあああああああああああああっ!!!」
 アリスやクロイスの怒鳴り声も掻き消すカインの大音声に、魔物たちも驚いているように見える。しかしそんなことを気にする余裕は、フェリオには無かった。
「サリナ、右だ!」
「うん!」
 彼は荷台の先端のやや折れ曲がった箇所を舵代わりに握り、後方の仲間たちに指示を飛ばす。それに従い、仲間たちはそれぞれの方向に攻撃の衝撃を与え、そうすることでフェリオは荷台の舵を操っていた。
「シスララ、左!」
「はい!」
 空中にやると荷台の速度についてくるのは難しそうなので、ソレイユは大人しく座っている。主人が左舷の岩壁に攻撃を仕掛け、その反発力を得るのを、飛竜は珍しそうに見つめていた。
 進行方向はどれが正しいのか、それはフェリオにもわからない。ただ、枝分かれがあるたび、そのどちらかの先には危険そうな岩や、低くなった天井などがあった。そうでない安全な方向を選び取ることが、今必要なことだった。
「アーネス、下!」
「来たれ風の風水術、突風の力!」
 風圧で砂を撒き散らし、荷台は宙を飛ぶ。眼前に迫った避けがたい大岩を見事に回避した。
「弓技・乱れ撃ち!」
「魁風よ。天より降り来る風神が戒めなりと仰せし暴威――エアロ!」
 急流の途中、攻撃を仕掛けてくる魔物もあった。同じ速度で器用に飛ぶ猛禽や、砂の激流から飛び出してくる怪魚などだ。魚の魔物のなかには、まるで川魚のように、この流れ落ちる砂の中を遡っているものもあった。そうした魔物が襲来するたび、セリオル、クロイス、アリスの3人が迎撃に当たった。
「ふうわああああああああああああっ!?!?」
「お前もちょっとは働けよ!」
「ゲフン」
 いつの間にか叫ぶことが自分の仕事ででもあるかのような雰囲気になっていたカインの頭に、クロイスの短剣の柄が炸裂した。脳天を押さえて大人しくなったカインをよそに、荷台は右へ左へ、時には上へと突き進む。
「……おや?」
 やがて、セリオルは気づいた。枝分かれが無くなった。真っ直ぐな一本道が続いている。
「ああ、どうやら」
 ようやく彼らは、たどり着いたらしかった。舵を握るフェリオの視界の先に、出口らしき光が見えてきた。
「……え、でもこれ、あの」
 サリナはその事実に気づき、血の気が引いた。口にするのが躊躇われたが、言わないわけにはいかなかった。皆に、警告しなければ。
「あの、どうやって止まるの?」
「……あ」
 仲間たちは口をそろえてそう呟き、そして荷台はなんの策も講じられないまま、終着点に突進する。
「うわあああああああああっ!?!?」
 今度は、叫んだのはカインばかりではなかった。サリナたちの絶叫を乗せ、荷台は急流の終端部に激突した。
「ひゃああああああっ!」
 激突の勢いは凄まじく、サリナたちは全員が空中に投げ出された。サリナは慌てながらも、うまく姿勢を制御して着地することができた。
「ふう……怖かった」
 急いで周囲を確認すると、全員が概ね無傷のようだった。ただ、ぐしゃりと地面に突っ伏したカインの上に、クロイスとアーネスが着地して潰れた蛙ような声をあげさせたことを除いては。
「ぐべ」
「いやー危なかったなアーネス」
「そうね。下にちょうどいいクッションがあってよかったわ」
「おいきみたち」
 到着したその場所には砂は流れていなかった。しっかりした岩盤状の地面に、サリナはほっと息をついた。振り返ると、急流を流れ落ちた砂は再びひとつの流れとなり、さらに奥へと流れていった。
「ここから奥へ進めそうですよ」
 仲間たちに声をかけ、セリオルは更なる奥地へ進むための通路の先を見つめた。まるで彼らを招き入れようとするかのように左右の壁に松明が灯っている。更にその奥には、木製の大きな両開きの扉が見えている。このひとの気配のしない迷宮で、一体誰がこんなものを準備したというのか。
「……幻獣でしょうね、当然」
 あるいは、そのマナの宿ったこの砂牢自体の力か。いずれにせよ、魔法の力で満ちたこの場所で、何が起ころうと不思議ではなかった。松明の炎や扉など、今さら考えること自体が詮無いことだった。
「行きましょう」
 カシャン、と金属の音がした。セリオルは眼鏡の位置を直し、顔を上げる。アーネスが先頭に立っていた。美しき王国の騎士は、背筋を伸ばし、凛として迷宮を進む。彼女も不思議には思ってはいるはずだ。砂の川にせよ、この松明や扉にせよ。
「考えていても、始まらないわ」
 止まっている時間は無い。つまらないことでもすぐに詮索しようとしてしまう自分の癖に苦笑しつつ、セリオルは足を前に出す。アーネスの言うとおりだ。彼らには、立ち止まっている時間は無いのだ。
 前に立ってみると、その扉の大きさがよくわかった。木製で、重厚なつくりの扉だ。
「開けますよ」
 扉に、セリオルが近づいた。その瞬間、サリナは総毛立った。ざわりとした不愉快な感覚が全身を貫く。
「待って!」
 汗が噴き出すのを自覚しながら、サリナは胸を押さえた。心臓が早鐘のようだ。
「ま、待ってください……」
「どうした、サリナ」
 そのただならぬ様子に、仲間たちが駆け寄ってくる。サリナは扉を見つめている――いや、睨んでいた。呼吸がやや荒い。
「サリナ、大丈夫ですか?」
「どうしたんだ、一体」
 セリオルやフェリオが声を掛けるが、サリナは扉を睨んで答えない。彼女は手を上げ、そして扉を指差した。
「あの……あの先に」
 一度言葉を切り、サリナは大きく息を吸った。そして口を開き、彼女は告げる。
「何かいます……すごい、怪物が」
 その時だった。扉の向こうから。身の毛もよだつ咆哮が上がった。
 全員が、扉を見た。巨大な咆哮だった。それが止み、何の音も聞こえなくなる。静寂が落ちる。
 最初に動いたのは、アリスだった。彼女は腰の2本の剣を抜き、素早い動きで扉に接近した。
「おい、アリス! 待てよ!」
「あぶねーぞ、なあ!」
 カインとクロイスの制止の声も聞かず、彼女は扉に肉迫する。
「今のは――」
 そして脚を上げ、彼女は木の巨大な扉を蹴り抜いた。扉は抵抗せず、勢い良く開く。
「アントリオンの声だ!」
 叫びながら、彼女はその空間へ突入した。顔を見合わせ、戸惑いを隠せずにカインらが続く。サリナも立ち上がり、地を蹴った。
 そこは巨大な空洞だった。元は岩盤に覆われた場所だったのだろう。だが今は、地面はぼろぼろに引き裂かれ、どういうわけか岩盤はその姿を失って砂の粒へ変わっており、全体がすり鉢状にへこんでしまっている。さきほどまで琥珀色の光に包まれていた空間とはまるで異なり、ただの灰色の、まるで生気を失ったかのように沈黙する、無愛想な岩ばかりの空間だった。
 そしてそこに、何体ものアントリオンがいた。砂漠に棲息するはずの巨大アリジゴク。強靭な甲殻と鋭い触手を持つ、砂漠のハンター。それが数えるのも厭になるほど、大量に発生していた。
「うげえ。気持ちわりい」
 クロイスの指摘はもっともだった。巨大な虫が群れる姿は、まるで見られたものではなかった。
「なんだ……これだけか?」
 フェリオは拍子抜けした声を出した。さきほどのサリナの様子は、尋常ではなかった。この数のアントリオンは厄介だが、この程度の障害ならこれまでに何度も経験している。サリナがあれほど、ほとんど怯えるようなものではないはずだった。
「いえ、他に何かいるかもしれません。油断してはいけませんよ」
 鋭く仲間たちに警告しながら、セリオルは傍らで棍を構えるサリナを見た。真紅の少女は、まだ顔色を回復していない。言葉を発しないが、それが逆に空恐ろしさを生んでいる。
「なんでこんなにアントリオンがいやがるんだ……」
 唖然として、アリスは呟いた。この状況は異常だ。なぜこの地下迷宮に、こんなにも多数のアントリオンが発生しているのか。そもそもアントリオンは、幼生のうちしか群れはしない。成体になってこれだけ群れているのは、おかしい。
 その時、アントリオンの1匹がこちらを向いた。思わぬ闖入者に、奇声を上げる。それを合図として、全てのアントリオンが一斉にこちらへ頭を向けた。
「考えてる時間は無さそうだな」
 銃を抜き、フェリオがそう言った。安全装置を外し、彼は機関銃を構える。激しい銃声が響き、同時に戦士たちが魔物の群れへと飛び掛った。
 カインは胸の前で、青魔法の印を素早く結んだ。
「青魔法の肆・スパイダーウェブ!」
 魔法の粘糸が素早く飛び、アントリオンに絡みつく。敵の俊敏性を奪う大蜘蛛の糸。砂に潜ろうとしていたアントリオンは、その動きを阻害された。
「青魔法の弐・震天!」
 金色のマナの塊が、アントリオンへ飛ぶ。敵の防御を破壊する魔法の力が、アリジゴクの屈強な甲殻に深い亀裂を発生させる。
「ほらよ、食らいな! インディゴ・モンキー!」
 蒼霜の洞窟で戦ったあの青い猿が、炎となって現われる。カインはそれを何体も呼び出し、一斉にアントリオンへ攻撃を仕掛けさせた。猿は炎から氷の槍へと姿を変え、アリジゴクに大きな痛手を与える。
「よし、んじゃあお前は今から俺の手下だ。ストリング・マリオネート!」
 カインの両手から銀色の魔法の糸が伸びる。糸はダメージを負い、弱ったアントリオンの身体に巻きつき、その自由を奪った。やがてアントリオンは身を起こし、カインに敵対することなく、従順なペットと化した。カインは鼻をこする。
「一丁上がり!」
 セリオルは砂に潜ったアントリオンを、大地の魔法で外へ強引に引き戻した。
「罪深き罪を忘れし悪鬼ども、偉大な大地に倒れ震えよ――クエイク!」
 地面が隆起し、アントリオンを下から突き上げる。アリジゴクは無防備に空中へ放り出され、そのまま脚をばたつかせて落下した。
「爛れの塵、不浄の底の澱となり、死へ至らしめる熱病を生め――バイオ!」
 マナが練り上げられ、病毒の魔法がアントリオンを襲う。まるで甲殻の隙間から染み込むように、セリオルの魔法はアントリオンを蝕んだ。破壊と毒をもたらす恐るべき魔法に、魔物は抗うことも出来ずに動きを止める。
「この間も、こうしておけばよかったですね」
 シスララはソレイユと連携を取り、アントリオンの注意を分散させて戦っていた。だが彼女はアントリオンに決定打を与える攻撃手段が乏しく、歯噛みする思いだった。敵の装甲が硬い。
「やっぱり、硬いですね……でも」
 彼女は思い出した。砂漠でアントリオンと戦った時の、アリスの動きを。腹部の関節の隙間に剣を差込み、攻撃していた。そこに攻略法があるのだ。アリスは語った。生態を把握すれば、難しい敵ではないと。
「ソレイユ!」
 シスララは飛竜に指示を出した。空色の飛竜は甲高く咆哮し、魔物に正面から立ち向かった。アントリオンはそれを迎撃しようと触手を振り上げる。しかしソレイユは空中で華麗に舞い、敵の攻撃を回避して肉迫する。
 だが直前で、ソレイユは急角度で上昇に転じた。魔物は驚き、慌ててその姿を追った。
 その結果、アントリオンはその腹部を、白き竜騎士の前に無防備に晒すことになった。
「ごめんなさい、魔物さん」
 マナの舞の力で鋭さを増したオベリスクランスが、アントリオンの腹部を貫いた。
 フェリオは砂に潜ったアントリオンを引きずり出すべく、マナの爆弾を使用した。炎と風のマナストーンを使った爆弾である。試練の迷宮の時とは違い、時限式に改良してあった。
「ほら、出て来い」
 爆弾は見事なタイミングで爆発した。アントリオンは驚き、奇声を上げて砂から飛び出した。そこへ2丁機関銃の銃弾が雨のように降り注ぐ。目に見えない速さで飛来する無数の鉄の塊が、アントリオンの強固な外殻を破壊していく。
「動きさえ止めれば……大したことないな」
 硝煙を上げる銃口をふっと吹き、フェリオはアントリオンの亡骸に背を向ける。
「蒼穹の盾よ! 逞しき大地のマナで我らを守りなさい!」
 この砂牢に豊富に満ちる大地のマナが、ブルーティッシュボルトに新たな力を与える。琥珀の輝きを得た蒼穹の盾は、マナを奪おうと迫るアントリオンの攻撃を難なく防いだ。
「来たれ風の風水術、音波の力!」
 そして攻撃の直後の隙を、アーネスは突いた。風のマナの力が飛び、アントリオンの甲殻を攻撃する。痺れるような痛手に、魔物の動きが鈍る。
「来たれ地の風水術、彫塑の力!」
 砂煙の刃のような力が、続いてアントリオンを襲う。岩や金属をも削る力を持つマナが、アントリオンの甲殻を傷付けていく。攻略法を知り、落ち着いて戦えば苦も無く倒せる相手だ。アーネスは、アントリオンをそう認識した。
「大人しくしていればいいのに」
 騎士の剣がアントリオンを襲う。巨大なアリジゴクは、傷付いた甲殻の下の急所を狙われ、抵抗することも出来なかった。
 だが直後、もう1匹のアントリオンがアーネスに襲い掛かった。アーネスは素早く反応し、盾を掲げてその攻撃を防いだ。魔物は奇声を上げて砂に潜――
「弓技・影縫い!」
 ――ろうとしたところを、クロイスにその動きを奪われて固まった。きちきちと、その口から悔しそうな声を出すがどうにもならない。
「いいタイミングね、クロイス」
「まあな!」
 少年は得意げに答えた。アーネスは剣を構え、魔物に攻撃を加えるべく足を踏み出した。だが盾を構えて進む彼女の背後から、魔物へ向けて放たれた力があった。
 それは一撃でアントリオンを仕留めた。あの分厚い甲殻さえ貫いて。驚いて、アーネスは背後を振り返った。
 そこにいたのは、クロイスだった。両手に短剣を構え、攻撃を放ったらしき姿だった。
「今の……あなたがやったの?」
「ああ」
 あまりのことに驚愕を隠せないアーネスに、クロイスはこともなげに答える。少年は短剣を鞘に納め、説明した。
「アーネスの後ろからだけ出来る攻撃なんだ。他のやつじゃだめだな、たぶん。敵対心を移しやすいのは、アーネスだからな」
「どういうこと?」
 何も理解できず、アーネスは素直に問い返した。クロイスは肩をすくめる。
「マナを使った技さ。誰かの後ろから攻撃する時だけって制限して、すげえ威力が出せる。けど魔物が、俺の前にいるやつが攻撃したって勘違いするらしいんだ。あほだから」
「……だから私の後ろにしたのね。守る力があるから」
「そういうこと! よろしくな!」
 実にクロイスらしい変わったマナの使い方だ。そして自分に降りかかる迷惑がとんでもない。だが、アーネスは腹が立つどころか、可笑しさに少し笑った。と同時に感心もした。こんなマナの扱い方をするのは、たぶんクロイスだけだろう。その力は、すなわち自分たちの力だ。力を増すことに自分が役立てるなら、それは喜んで引き受けるべきことだろう。
「ええ、よろしくね」
 サリナは鳥肌の立ったまま、アントリオンとの戦闘を行っていた。マナを解放してあるので、アントリオンは恰好の獲物と見たか、興奮した様子で襲いかかってくる。それも、同時に2匹。
 だが、今のサリナの相手ではなかった。感覚が研ぎ澄まされていた。すぐそこに、恐るべき危険が迫っている。それをサリナは感じていた。その恐怖が、緊張が、彼女の感覚を鋭くさせていた。
 1匹目は、鳳龍棍を腹に打ち込まれて動きを停止した。甲殻など何の役にも立たなかった。サリナの攻撃は、分厚い殻さえ貫いて、その衝撃を魔物の体内に流し込んだ。2匹目は頭部に強烈な一撃を食らった。どんな生物でも、やはり頭部も弱点であることに変わりは無かった。
「どこ……どこなの?」
 手ごわいはずの魔物をいとも容易く葬って、だがサリナは何の安心も得なかった。あまり感じたことの無い感覚だった。恐ろしい……いや、おぞましい?
 突如、サリナの下から砂を撒き散らして更にもう1匹のアントリオンが姿を現した。サリナは跳躍しようとしたが、砂で上手く踏ん張ることが出来なかった。彼女は弾き飛ばされた。
「サリナ!」
 聞こえたのはカインの声だった。同時に、彼に操られたアントリオンが、サリナを攻撃したアントリオンに襲い掛かった。触手を振るい、猛然と攻撃を開始する。
「ストリング・コンチェルト!」
 カインが新たな力を披露した。胸の前で印を結び、カインは青魔法のマスタードボムの力を魔物に与えた。アントリオンはその熱線の力を全身にみなぎらせ、灼熱の触手で同族を攻撃する。攻撃を受けたほうのアントリオンは驚いた様子だったが、すぐにその甲殻が焼け焦げ、剥がれ落ちたことに気づくこととなった。
「よっしゃ!」
 操っていた最後の1匹を獣ノ箱に収め、カインは会心の笑みを浮かべる。だが彼の視界に飛び込んで来たのは、青い顔のサリナだった。
「来た……いやだ、いやだ、マナが、マナがあ!」
「お、おい、どうしたってんだサリナ、魔物はもう――」
 ついに叫びながら震え始めたサリナの肩を、カインは掴んだ。正気には見えなかった。だがサリナは何も答えず、ただ震えてカインの背後を指差した。
 おぞましい咆哮が響き渡った。それと同時に、大量の砂が巻き上げられた。咆哮は、さきほど扉の外で耳にしたものだった。カインは振り返った。そこには、アントリオンがいた。ただし、その体躯はさきほどのアントリオンたちの何倍もあるほど巨大で、その甲殻はまるで、血の色のように赤黒かった。