第118話
突如膨れ上がった真紅のマナに、アントリオンは仰天して振り返った。彼は見た。そこにいたのは、炎の鎧を身に付けた、小さな存在だった。さきほどからの戦いでは、彼は気にも留めていなかった。それは彼の姿に怯え、隅で縮こまっているだけの者だった。 「なんだ、貴様は」 彼は問うた。だが、少女は答えなかった。彼女は答えずに、アントリオンの横を素通りして仲間の許へ向かった。 「サリナ!」 仲間たちが彼女の名を呼ぶ。サリナはにこりと微笑んで、答えた。 「みんな、ごめんなさい! もう大丈夫!」 「へっへ。心配かけやがって!」 「ったくよ。しっかりしやがれってんだ」 カインとクロイスはそう言いながらも、その顔に安堵の笑みを浮かべていた。サリナが小さく頭を下げるのを見止めて、彼らはブラッド・アントリオンに向き直った。 「おい、デカブツ。もう終わりだぜ、遊びの時間は」 「サリナが来た。てめーはもう逃げらんねーぞ!」 アントリオンは、自分に向けてそのような言葉を吐く人間たちを睥睨する。何を言っている。さきほどから貴様らの攻撃など、全く通じていないというのに。 「ほざけ、ゴミどもが。偉そうな口を利く前に、たった一撃だけでも攻撃をして見せろ」 不快な魔物の声を背中に聞きながら、サリナはシスララの許へ駆けつけた。花天の竜騎士は大きなダメージを負い、ぐったりとして気を失っている。アシミレイトも解除されていた。 「シスララ……」 姉のようでもあり、親友のようでもある仲間の額に、サリナは手を当てる。じっとりと汗ばんでいる。戦闘の疲労が表れていた。 「ごめんね、シスララ。もっと早く私が来れてれば……」 「サリナ」 シスララの身体を支えるアーネスが、サリナに声を掛ける。サリナは顔を上げ、アーネスを見た。琥珀の騎士は厳しい表情ながら、優しさを湛えた瞳で彼女に語る。 「回復、お願いね。私は、あいつを止める」 アーネスはシスララをサリナに託し、立ち上がった。鋭い眼光が、魔物へと飛ぶ。 「……はい!」 大きく返事をして、サリナはシスララを身体を支えた。アーネスは剣を構え、戦場へと戻って行った。 「サリナ、大丈夫ですか?」 その声は、セリオルのものだった。兄はその手に、不思議な虹色の光を帯びていた。彼は立ったまま、顔だけを下へ向けてこちらを見ていた。 「はい、もう大丈夫です。心配かけて、ごめんなさい」 セリオルは微笑み、頷いた。翠緑のマナを纏い、魔導師は強大な魔物へ目を戻す。 「シスララのこと、頼みます。私は皆と共に、あれの防御を破ります」 「はい。お願いします」 セリオルは地を蹴り、風の助けを得て戦いに向かった。巻き起こす旋風が、彼の移動の力となる。 サリナは気を失ったままのシスララを抱き、呪文を詠唱した。仲間の傷と疲れを癒す、清らかな回復の魔法を。 「天の光、降り注ぐ地の生命を、あまねく潤す恵緑の陽よ――ケアルラ!」 温かなマナの光が、シスララを包む。その身に負った傷も、痛手も、柔らかく優しく、サリナの術は癒した。光が消え、シスララの瞼が、ゆっくりと上がる。 「あ……サリ、ナ……」 「シスララ! 安堵とともに、サリナはその名を呼んだ。シスララは微笑み、浅く頷いた。彼女は立ち上がった。ソレイユが心配そうに、小さく啼く。その顎を撫で、シスララはサリナに礼を述べた。 「ありがとう、サリナ」 「ううん。大丈夫?」 一緒に立ち上がり、サリナは訊ねた。シスララは微笑み、リストレインを掲げる。 「響け、私のアシミレイト!」 純白の光が膨れ上がる。カーバンクルの甲高い声と共に、聖なる光を宿した竜騎士が姿を現した。オベリスクランスをその手に握り、彼女はサリナに問う。 「ありがとう、私は大丈夫。サリナ、あなたこそ大丈夫?」 「うん。フェリオが助けてくれたから」 「良かったわ」 そう言って、シスララはもう一度微笑んだ。血色も戻り、サリナは安心した。ふたりは、同時に魔物に向き直った。琥珀、紫紺、紺碧、翠緑の光が舞い踊り、血の色の化け物と戦っている。顔を見合わせ、ふたりは頷きあった。仲間たちを助けるため、サリナは魔法を詠唱した。防御、守護、堅守の魔法が発動し、仲間たちへと飛ぶ。 「シスララ、行こう!」 「ええ!」 新たなふたつの光が、魔物の許へ飛ぶ。真紅と純白、大いなる力を秘めたマナの戦士が、邪悪な魔物を粉砕するべく戦地に舞い降りた。 「貴様の相手は、私だ!」 アーネスが挑発を仕掛ける。アントリオンは苛立ちの声と共に、クロイスへ振り下ろしかけた闇の触手をアーネスへ向ける。輝く琥珀の盾が、その強烈な一撃を防ぐ。減少したマナを使っての防御に、アーネスの口から苦しげな声が漏れる。 「クックック……。どうした、苦しそうだな」 「無駄口叩いてんじゃねえ!」 勝ち誇ったような声の魔物の横面に、強烈な雷撃を纏ったカインの鞭が叩きつけられた。大気が震える。だが、やはりガラスの崩れるような感触が手に残っただけで、カインは攻撃を成功させることは出来なかった。 「くっそ! どうすりゃいいんだ、この野郎!」 「ふん。うるさい蝿どもが。そこで大人しくしていろ」 歯噛みするカインに、アントリオンは触手を振って呼び出した魔物をぶつける。紫紺のリバレーターは大きく舌打ちをし、自分に向かってくる闇の軍勢を攻撃した。 「余所見してる場合か?」 再びアーネスの挑発がアントリオンに向けられる。魔物は怒りの声を上げ、闇のマナを放出した。 そこに、思いがけぬ強烈な一撃が来た。魔物は、何が起こったのかを認識できなかった。ただ、目の前で盾を構えるこの忌々しい騎士が、何らかの攻撃を放ったのだろうと思った。 実際には、攻撃を放ったのはクロイスだった。さきほど、通常のアントリオンとの戦いでも見せた力だ。自分の背後から放たれた強力なマナに、アーネスは舌を巻きながらも、振り返りはしなかった。 「名づけて、裏技・だまし討ち」 「いい名前ね」 彼女がそう言うと、クロイスの気配は背後から消えた。口の端を少し上げて、アーネスは少年の作った好機を活かした。 「ソイル・ジャベリン!」 土の槍が魔物へ飛ぶ。クロイスのだまし討ちは、その強力なマナで、魔物の守りを揺らがせた。命中した箇所の空間が歪んで見える。ブラッド・アントリオンは戸惑っているようだった。チャンスかもしれなかった。 「畳み掛けるぞ!」 アーネスの号令を合図として、総攻撃が始まった。マナの戦士たちが、持てる力を不気味な虫にぶつける。神々しいいくつもの光が織り成す幻想の舞台だった。 「飛んで、ソレイユ! クロススケア!」 純白の光が煌き、シスララとソレイユが同時攻撃を仕掛ける。ソレイユは袈裟に急降下しつつ、聖なるマナを帯びた爪て切り裂く。シスララは輝くオベリスクランスで、逆袈裟に跳躍しながら光の斬撃を繰り出した。ふたつの純白の光は、敵の守りの歪みを中心として交差する。その美しくも凄惨な攻撃に、アントリオンの守りの術が軋む。 「裏技・フリーエナジー!」 紺碧の短剣が2本、回転しながらアントリオンを襲う。アーネスの放った岩弾がそれに続く。空間の歪みが大きくなる。アントリオンが怒りの声を上げる。 「おら行け! サンダービースト!」 カインの声が響いた。闇の魔物たちを退け、赤毛の獣使いは獣ノ箱を解き放った。砂牢の中で捕獲した怪魚や巨鳥たちが、炎から雷へと姿を変え、轟音と共にアントリオンへ突撃した。激しい雷撃。獣たちの多重攻撃が、敵の守りを崩そうと襲いかかる。 幾重ものマナによる攻撃に、アントリオンは防戦一方だった。守りの術を崩そうと、弱った一点に集中攻撃を仕掛ける敵に、彼は苛立った。 「貴様ら……図に乗るな!」 咆哮と共に、アントリオンは砂に触手を突き刺した。地鳴りが響く。 「お、おい、何だ!?」 魔物の唸り声が高まる。嫌な予感に、カインは胸がざわつくのを自制しようとした。だが、敵の吠え声が高まるに伴って震え始めた地面に、彼は焦燥感を覚える。 「まずい……クロイス、頼みます!」 「わかった!」 クロイスは瞬時に理解した。セリオルがどんな意図で、彼にこの場を任せたのか。彼は叫んだ。幻獣シヴァの、秘めた強大な力を解放するために。 「リバレート・シヴァ! ダイヤモンドダスト!」 美しいシヴァの声と共に、紺碧の強烈な光が出現する。クロイスの額からクリスタルが離れ、美しい女王の姿へと変じる。シヴァは氷結した凍土のような美しい声で、歌うようにマナに命じた。膨大な量のマナが彼女の許へ集まる。氷の女王は腰のあたりに溜めたマナを、両手を突き出して一気に放出した。 恐るべき威力の吹雪が巻き起こる。紺碧のマナが結晶化したかのような雪と氷の乱舞が、綻んだ守りの術に炸裂する。アントリオンが苦しげな声を上げる。 「貴様らなどに……ゼノア様の寵愛を受けしこの私の力を、破ることなど出来るものか!」 守りの力の内側で、アントリオンのマナが一挙に膨張した。その瞬間、アーネスは全身の毛が逆立つような悪寒に襲われた。まるで、周囲の空気を一瞬で抜き取られたような、そんなおぞましい感覚だった。 「な、なんだ……?」 仲間たちもそれは同じのようだった。皆、一様に顔を青くしている。 「マナを、吸った……」 力無い声が聞こえた。振り返ると、そこには青い顔のセリオルがいた。その言葉の意味するところを、アーネスは悟った。集局点のマナが、また吸われたのだ。 失念していたことを、彼女は激しく後悔した。そうだ、この魔物はマナを吸うために生み出された。集局点のマナを吸い上げ、魔物は自らの力としたのだ。まずその能力をなんとかするべきだった。守りを破ることにばかり、気を取られすぎた。 「みんな、セリオルを守れ!」 カインの鋭い声に、アーネスは素早く顔を上げた。そうだ、今は後悔している時ではない。あの不愉快な化け物の放つ攻撃から、セリオルを守らなければ。彼の手に宿るあの虹色の光を、守らなければ。 「蒼穹の盾よ! 逞しき大地のマナで我らを守りなさい!」 琥珀の光が輝く。巨大化した光の盾に、アーサーの力強いマナが宿った。それを正面に構え、アーネスは備える。 「ラムウ、踏ん張ってくれよ。雷の盾!」 カインはアーネスの更に前に立ち、守りを固めるべく幻獣のマナを放出した。雷電は前方の空間に集い、紫紺の盾を形勢する。 「くっそ……もう限界だ! あとは任せたぜ!」 クロイスが叫ぶ。彼は任された役を果たした。シヴァのリバレートで、時間を稼ぐという役割を。それでアントリオンの守りを突破できれば良かったが、そこまでは望んではいなかった。 敵に邪魔をされず、セリオルが苦心の末に調合し、完成させたあの力をぶつける。それが、今するべきことだった。守る態勢は整えられた。アシミレイトを解除され、クロイスはアントリオンの前から離れた。 「貴様らの小賢しい悪あがきはもう終わりだ! その身に受けるがいい!」 闇のマナが膨張する。それは無数の、漆黒の流星となって放たれた。 「ブラッディ・ダスター!」 恐ろしい攻撃が襲いかかる。砂牢のマナを吸い上げ、魔物は自らの肥やしとした。そのマナは忌むべき闇の力へと変換され、牙を剥いた。 「ぬああああああああ!」 カインの盾に、闇の流星が衝突する。ラムウのマナを最大限に放出して、彼は耐えた。次から次へと、流星は尽きること無く襲いかかってくる。瑪瑙の座の幻獣の力に匹敵するか、それ以上の攻撃かもしれなかった。 カインの足が、敵の圧力に押される。じりじりと後ろへ下がる自分の不甲斐無さに、カインは舌打ちをする。アントリオンの哄笑が響く。 「畜生……! だめだ、もたねえ! すまねえアーネス!」 リバレートとほとんど同様のマナを放出し、カインは退いた。紫紺の光が消える。アシミレイトは解除された。 「よくやってくれたわ、カイン」 本来、守ることに関しては得意ではないはずだ。だが、切り込み隊長が状況を判断し、守りに回ってくれた。その働きは大きかった。後は、守りを本分とする自分の仕事だ。 「さあ来い! 愚かなる闇の使者よ!」 琥珀の盾を構え、アーネスはアントリオンの攻撃を受け止めた。凄まじい圧力のマナが降りかかる。無数の闇の星は、まるで千本の強靭な腕で殴られているかのような威力だった。 「くっ……!」 だがアーネスは耐えた。集局点のマナそのものとも言える攻撃に、彼女は耐え続けた。徐々に押されてはいる。だが、それも彼女は耐えた。 「アーネスさん!」 聞こえたのはふたりの声だった。サリナと、シスララ。真紅と純白のマナが、琥珀のマナの助けとなった。ふたりはアーネスの両脇に立ち、マナを放出した。妹のようなふたりに左右を支えられ、アーネスは小さく微笑んだ。力強い妹たちだ。 その人智を超えた力同士のぶつかり合いを、アリスは見ていた。手は出せなかった。あまりに危険だった。 だが、彼女にはわかった。彼らは、全ての力を賭して、自らの命を懸けて戦っている。人と幻獣の力をひとつとし、戦っている。それが出来るのは自分たちだけだからと。 彼女は、故郷を守り、その発展を助けることを自らの使命として生きてきた。だから彼女は、毛嫌いした。ローランの発展を妨げるかもしれない、王国の存在を。そこに暮らす、貴族や騎士を。豊かな国で安穏として、役に立つのだか立たないのだかわからないことに大義名分を掲げる彼らを。 「サリナ、シスララ、あと少し! 頑張って!」 だが今、決死の覚悟で仲間を守ろうとするあの騎士の姿が、彼女には眩しかった。あの騎士は、仲間を守ろうとしている。それは仲間が大切だからというのは当然のこと、その上に、あの魔物を倒すためには仲間の力が必要だということがあるからだ。そしてあの魔物を、血のアントリオンを倒さなければならないのは、この地の集局点を、ローランのマナを守らなければならないからだ。 アリスは俯いた。自分が小さき存在に思えた。ローランのことしか考えなかった自分と、世界を守ろうとしている彼ら。彼らの行動を疑い、妨げようとした自分。怒りとも悔しさともつかぬ感情が、胸をかき乱す。 「やらなくていいのか、アリス」 名を呼ばれ、アリスは顔を上げた。フェリオだった。彼はあの光の鎧を纏ってはいなかった。どうやらマナを放出し尽くすとあの力は使えなくなるらしいと、アリスは読んだ。 「俺たちの戦いは、すごいか?」 答えないアリスに、フェリオは質問を重ねた。砂漠の王女は顔を伏せた。セリオルから、隙を突いて攻撃してくれと言われた。だが、見当たる隙など無かった。魔物の力は凄まじく、それに対抗するサリナたちの力もまたそうだった。到底、ついていけるものではなかった。 「すごいだろうな。そりゃそうだ。幻獣の力を使ってるんだから」 言いながら、フェリオは銃を抜いた。両手に1挺ずつ。高い火力を誇る、2挺機関銃。 「でも、俺たちの戦いとあんたの戦いは、同じだ」 思いもしなかった言葉に、アリスはフェリオの顔を見た。ガンナーは敵と戦う仲間の姿を見つめていた。その目は静かで、しかし音も無く燃える炎のような闘志を宿らせていた。 「俺たちも故郷を守りたい。大切なひとたちを守りたい。このエリュス・イリアで一緒に生きていきたい。考えてるのは、それだけだ」 そう言い残して、フェリオは戦場へ走って行った。アリスは何も言わなかった。ただ、唇を噛んだ。そして剣の柄に、手をかけた。 「リバレート・イクシオン! トール・ハンマー!」 「リバレート・オーロラ! アクアスパイク!」 ふたつの光が出現した。碧玉の座の幻獣、イクシオンとオーロラの光だった。紫紺と紺碧のマナが激昂し、巨大な雷の土と水の矢が力を放つ。ふたつのマナは闇のマナに衝突した。だが、勢いを弱めることは出来たものの、消し去るまでには至らなかった。 「くっそあの野郎、なんてやつだ!」 「ちっ……むかつくぜ」 アーネスたちを助けようと放った幻獣の力も、決定的な効果を生むことは出来なかった。闇のマナの向こうで、アーネスたちが苦しそうな声を上げるのが聞こえる。カインは砂を殴った。自分の無力さを呪った。 「なんだ、もう諦めるのか?」 その声にはっとして、カインは顔を上げた。そこには、彼の弟が立っていた。 「俺は諦めない」 そう言って、フェリオは機関銃を構えた。トリガーを引く。凄まじい銃声と共に、無数の弾丸が射出される。硝煙の匂い。薬莢が砂に落ちる音。彼の弾丸は空を裂き、アントリオンの防御の壁へと飛来する。狙いは、力を攻撃に使っているあの魔物の、虚を突くことだ。 弾丸は的確に、射手の狙いを撃ち抜いた。闇の流星を放つ、その放出源。攻撃だけに向かっているはずのその箇所に、鋼鉄の弾丸が食い込む。 「ぐっ!?」 魔物が苦悶の声を上げる。効果はある。フェリオはそう判断した。銃を組み替える。2挺だった銃はひとつに合体し、パーツを増やして大きな砲身を持つランチャーへと変わった。 「へっ。誰が諦めたって?」 言いながら、カインは立ち上がった。胸の前で素早く印を結ぶ。弟にばかり、見せ場を作られては敵わない。 「お、俺だって、やってやる!」 クロイスは弓を構えた。この兄弟に遅れを取るわけにはいかない。マナストーンボックスを使い、矢を番える。 「青魔法の漆・針千本!」 「弓技・乱れ撃ち!」 無数のマナの針が飛ぶ。風のマナを纏った矢が飛ぶ。フェリオが狙ったのと同じ位置に、普通の魔物なら簡単に屠る力が飛ばされる。アントリオンが怒りの声を上げる。 「……そう来ないとな」 にやりと笑って、フェリオは狙いを定めた。トリガーを引く。 轟音と共に、巨大な砲弾が発射された。それは凄まじい速度で飛び、アントリオンの守りの力に衝突した。爆炎が上がる。 「ぐあああああっ」 悲鳴を上げ、ついにアントリオンはその身を仰け反らせた。痛手を与えられたかどうかはわからない。だが、ひとつ決定的な事態を招くことには成功した。 闇の流星が止んだ。最後のひとつを凌ぎ切り、アーネスは砂の上に膝をついた。恐ろしい疲労だった。指1本動かない。アシミレイトは解除された。息が切れる。 「……ったく、助かったわね……」 彼女は顔を上げた。こちらを向いて笑ってみせる3人の顔が見えた。感謝すべきところだが、なぜか小憎らしさも感じた。 「セリオル、お願い!」 振り返り、彼女は叫んだ。起死回生の一打となるはずの、薬師の力を呼ぶために。 「ええ、任せてください!」 セリオルは飛んだ。仲間たちが作ってくれたこの好機。逃すわけにはいかない。風のマナが舞い、その起こす風に乗って、彼は魔物へ急接近した。 「リバース!」 虹色の光が放たれた。それは美しい光線となって、アントリオンに向かった。その頼りとするところの守りの力に、光が衝突する。 「ふん、何のつもりか知らんが……」 必殺の攻撃を邪魔され、怒髪天を衝く思いのアントリオンは、憎しみをマナに変えて起き上がった。闇のマナが再び満ちる。 「……なに?」 異常があった。目の前の空間が、まるでガラスを砕いたように崩れていく。鉄壁の守りを誇った力が、崩壊していく。 「や、やめろ……」 その感情に、アントリオンは戸惑った。彼の知らない感情だった。全身のマナが一気に抜けてしまうような、全ての力を失ってしまったかのような、どうしようもない頼りなさ。自分を守る全てのものが、自分の許から去ってしまったかのような不安。どう行動していいのかわからない。何を考えればいいのかわからない。自分が何者なのか、わからない。 それは、恐怖だった。 「やめろやめろやめろ、やめろおおおおおおおお!」 「サリナ、行けえええええええええ!」 守りの力はセリオルによって破られた。虹色の光はアントリオンの防御の術を粉々に打ち砕いた。マナを逆流させるその薬師の力が、アントリオンの防御力を極端に下げた。魔物にとってプラスとなるはずのマナの働きは、その全てがマイナスに働いた。 仲間の声を受け、サリナは叫んだ。仲間を、ローランを、世界を苦しめようとした魔物に、引導を渡す為に。 「リバレート・サラマンダー! フレイムボール!」 恐ろしいまでに巨大な火球が現われた。集局点のマナが味方していた。サリナはマナを解放した。自らに眠るマナを引き出し、彼女は天を翔けた。真紅の火炎は、凄惨な大火球となって飛んだ。人と幻獣のマナは、エリュス・イリアのマナを奪おうとした禁忌の魔物を撃ち抜いた。 「やった!」 カインは拳を握った。サリナの渾身のリバレートが決まった。魔物の殲滅は必定だった。 だが。 「そんな……」 サリナのフレイムボールは、アントリオンの甲殻を破壊した。だが、魔物はそれで息絶えはしなかった。サリナとサラマンダーのマナを受けてなお、ブラッド・アントリオンはそれに耐え抜いてみせた。 「……クックック。クハハハハハハ!」 高らかな哄笑と共に、魔物は再び触手を砂に突き刺した。大地が身をすくめたように震える。 「終わりだ! 幻獣の力を使い果たし、もはや攻撃する力も無かろう! この地のマナを吸い尽くし、俺は力を取り戻す! 惜しかったなあ、あと1歩のところで! 終わりだ、貴様らはこれで――」 「うるさいよ!」 俊敏な影が、アントリオンの背後から跳躍していた。影は煌く刃を掲げ、アントリオンの背を飛び越えてそれを振り下ろした。 「ぐっ……ああぁ……」 2本の剣は、その刀身の根元まで魔物に埋まった。そこはアントリオンの急所。何十匹と倒してきた魔物の、そこがアリスの知る急所だった。 崩れるように、ブラッド・アントリオンは仰向けに倒れた。全ての触手から力が抜け、ばたばたと砂の上に横たわる。魔物の身体は、マナを失って崩れた。後には、浄化されたマナの粒だけが残った。 |