第119話

 魔物が消え、マナの光が残った。光の粒は地下空間に舞い、しばらくうろうろと迷うように動いた後、砂牢内部の様々な方向へと散っていった。その数は膨大で、ブラッド・アントリオンが吸ったマナがいかに多かったかを語っていた。
 アリスはそのマナの光が、全て砂牢のどこかへ飛んでいくのを見届けた。両手に1本ずつ握った剣を、彼女は鞘に納めた。
 突如、地響きが起きた。砂牢が身震いしたかのような、大きな揺れだった。
「な、なんだ!?」
 カインが驚きの声を上げる。皆がその空洞の中を見回した。まさか、新たな魔物が出現するのか? そういえば、アントリオンがマナを吸った時もこんな風に揺れたような……。
 だが、その心配は杞憂に終わった。揺れが収まった時、魔物は出現しはしなかった。それどころか、空洞内部に琥珀の光が満ちた。力を失い、まるで死の空間のようだったこの場所に、神々しい地のマナの光が戻ったのだ。見る者の心を暖め、安らぎを与える美しい光。
「マナが、戻ったんだね……」
 ぽつりと、アリスは呟いた。胸に安堵感が広がる。これで、ローランは救われたのだろうか。地下空間崩壊の危機を、乗り越えることが出来たのだろうか。
 魔物に止めを刺した自分のところへ駆け寄ってくるサリナたちを、アリスは見た。光の鎧は解除されている。砂漠の民の服を身に付けたその姿は、普通の旅人だ。だが、彼らの秘めた力の凄まじさを、彼女はその目に焼き付けた。
 それは、神の力。この世界の誰よりも重い使命を負い、それを果たさんとする強き心を持った戦士たちの力。
 彼らがなぜ、幻獣の力を使うことが出来るのか。アリスは不思議だった。なぜ、幻獣は彼らの力を与えたのか? 神の力を、なぜ彼らが使うことを許しているのか? それが不思議だった。
 だが、ブラッド・アントリオンとの戦いで、彼女はその理由を知った。打ちのめされても、力が通じなくても、絶対に諦めなかった彼らの心。世界を守るため、大切なひとたちを守るために、彼らは戦うと言う。
 ある者は父を囚われ、ある者は両親を奪われた。そうしたことを、彼らは金剛城で語った。だが、彼らの中の誰ひとり、復讐のための闘いをしてはいない。アリスはそう感じた。名声も、名誉も、求めてはいない。彼らはただ、このままでは必ず引き起こされる世界規模の悲劇を、食い止めようとしている。
「アリス、よくやってくれました!」
 声を掛けてきたのは、セリオルだった。魔物の守りを破り、攻撃のチャンスを作った黒魔導師にして薬師。その働きは大きかった。彼の力が無ければ魔物を攻撃することも出来ず、彼らは敗北していただろう。
 アリスは彼を見た。自分とそれほど大きく年齢が離れているわけではない。だが、彼は壮絶な人生を送り、その中で大きな知識と、類稀なる魔法の技術を身に付けてきた。その彼の力が、ローランを恐るべき悪の手から守ることを可能にした。
 自分はどうだろうか。ローランを守る。彼女にとってそれは、砂漠の魔物を掃討し、黄金郷を求めて訪れる荒くれ者を撃退することだった。彼らのしていることと比べて、それはあまりに小さなことではないだろうか? 彼女に出来るのは、魔物を倒すこと。それも、大した力を持たない、普通の魔物を倒すことだけだ。
「ああ。あんたがいなけりゃやばかったぜ、さっきのは。いい動きだった」
 全身ぼろぼろで、傷だらけだ。それでもカインは、口元に笑みを浮かべている。腕を組み、斜に構えて、彼はアリスを賞賛した。
「ごめんなさい、アリスさん。お陰で助かっちゃいました」
 聞こえたサリナの声に、アリスはその小柄な少女の姿を見た。彼女よりも4歳年下の少女。あどけなさの残る顔に、華奢な身体。だが、その内に眠る力の大きさを、さきほど彼女はまざまざとその目に焼き付けた。サリナはああ言ったが、それこそあの化け物に止めを刺すことが出来たのは、この少女のお陰だ。
「あたしは……」
 彼女の働きを讃えるサリナたちの前で、アリスは顔を俯けた。下唇を噛む。悔しさが込み上げる。
「あたしは、何もしてない。何も出来なかった。ただお前たちの戦いに、一撃参加しただけだ。このカラ=ハンを守る戦いに……あたしは……!」
 アリスは目を閉じた。声が震えるのを抑えられなかった。いくつもの感情が胸をかき乱すのが辛かった。感謝、羨望、安堵、無念。相反する種類の気持ちが入り乱れ、葛藤ばかりが狂おしく暴れる。彼女は手を握った。強く強く、それはまるで感情を力ずくで押さえ込もうとしているかのようだった。
 だが、そんな彼女の心をそっと包む、優しい手があった。目を開く。そこには、彼女の濡れた瞳を見つめる、サリナの顔があった。
「アリスさん、そんなことないです。私たちはみんな、自分に出来る、自分の役割を必死で果たしただけです。あの時、アントリオンの急所に的確に攻撃して、倒すことが出来たのは、アリスさんだけなんです」
 琥珀の光に満ちた空間に、サリナの声が流れる。それは優しく、敬意と尊重に満ちた声。アリスの心に真っ直ぐに届く、真実の声だった。
「確かに、アシミレイト――幻獣の力を借りた時の私たちの力は、すごいと思います。でも、この世界を守る戦いに、力の大きい小さいは関係無いと思います」
 心の優しい少女だ、とアリスは思う。その言葉でアリスの気持ちを軽くしようと、彼女は一生懸命に言葉を選んで語りかけてくれる。彼女の仲間たちも、その役割を彼女に任せたようだった。誰も口を開かず、静かに状況を見守っている。
 アリスは何も答えない。それでもサリナは続けた。
「だって、私たちは幻獣の力が使えるから、それを使って出来る戦いをしてるだけなんです。上手く言えないですけど……私たちは、私たちだけで戦ってるんじゃないんです。これまでにも、何人も何人も、私たちを手伝ってくれたひとたちがいて、そのお陰で今、私たちはここにいるんです」
 サリナは語った。彼女らのために飛空艇を造ってくれている技師。王都で彼女の心を支えてくれた友。アーサーの許へ進むことを許してくれた国王。強力な武具を提供してくれた武器職人。外輪蒸気船を提供してくれたエル・ラーダ領主。怪しまれずにアクアボルトを歩くための服を仕立ててくれた服飾職人。サリナのマナを開放してくれたユーヴ族の長老。そしてカインとフェリオに新たな力を遺した彼らの両親。サリナに戦い方を教えてくれた恩師。サリナに白魔法を与え、クロイスにマナの扱い方を指導した祖父。セリオルに新たな調合術のきっかけを与えた祖母。
「……私たちは、たくさんのひとたちに助けられてここにいます。その中の誰かひとりでもいなかったとしたら、ここまでは来れなかったかもしれないです。今、私たちが持っている力は、みんなのお陰であるんです。だから――」
 サリナは少し視線を下げ、柔らかく微笑んでいた。これまで出会った人々を思い出したのだろう。彼女がその人物たちに心から感謝していることが伝わってくる。
 サリナは顔を上げた。アリスの目と、サリナの目が合う。アリスはややたじろいだ。自分を真正面から見つめるサリナの目の、その宿した意志の強さに。そこに秘められた、気高い光の眩しさに。
「アリスさん、私たちは、アリスさんに感謝してます。あの時、ローラン港でアリスさんに出会えてなかったら、この危機に間に合わなかったかもしれないです。良かったです、ほんとに……アリスさんに、出会えて」
 その言葉に、嘘は無かった。サリナは心からそう考えているのだ。あの時、アリスに会っていなければ、まだ自分たちはクレメンテにも面会出来ていなかったかもしれないと。アリスは思う。セリオルやフェリオの頭脳なら、そう苦労せず父に会っていただろうと。警戒心の高い砂漠の民を懐柔する術を、どこからか生み出しただろうと。だが、サリナはそうではないらしい。彼女の声には、真実の感謝があった。
「ま、難しいことぁわかんねえけどよ」
 後ろ頭を掻きながら、カインが口を開いた。傷だらけだが、清々しい笑顔で。
「俺、すげえと思ってる。あんたのあの攻撃は、そうそう出来るもんじゃねえよ。これまでに何十匹ってアントリオンを倒してきたから出来る攻撃だ。あれは、俺たちにゃあ無理だ。あんたが故郷を守るために必死に戦ってきて、身に付いた戦い方だ。それは誰にでも誇っていい強さだし、尊敬に値するもんだと俺は思うぜ」
 アリスは、カインに顔を向けることが出来なかった。見られたくなかった。同じ戦士として、強さを求める者として、涙で濡れた顔を、彼に見せたくはなかった。
「たまにはいいこと言うじゃない、カイン」
「あんだよ。俺ぁいいことしか言わねえっての」
 そう返された言葉を笑って受け流し、アーネスはアリスの前に歩み出た。下を向き、難しい感情に声を発することの出来ない砂漠の戦士に、彼女は語りかける。
「アリス、私は思うの。守り方は、いくつもあるって」
 騎士の鎧、騎士の剣。王国騎士団金獅子隊隊長、アーネス・フォン・グランドティア。女性ながら若くして騎士隊長の職を務める、卓越した剣の腕と心の強さを持つ人物。その正体を知った時、アリスが最も警戒した人物だ。
 だが彼女は、ローランのために最も己を犠牲にし、死力を尽くして戦ってくれた。ブラッド・アントリオンの攻撃を一手に引き受け、その全てを防ぎ切った。その精神力の強さに、アリスは言葉を失ったのだ。
 そのアーネスは今、静かな瞳で、しかし強い意志を感じさせる表情で、彼女を見ていた。
「私は王都で、騎士隊長としての職務を全うすることで、エリュス・イリアの人々を守ってるつもりだった。でも、私の知らないところでゼノアって男が、とんでもないことを起こしてた。私はそれを知って、私にそれを止められるかもしれない力があることも知った。だから、私は今ここにいるの。それが私に出来る、最大限の仕事だから」
 アーネスは言葉を切り、足を前に出した。サリナに代わり、彼女はアリスの前に立った。砂漠の姫の肩に、手を置く。
「アリス、考えたことはある? あなたの自治区に暮らす、八百屋の主人のことを」
 アリスは顔を上げた。予想もしなかった言葉に、反射的に。アーネスは彼女を見ていた。
「彼は、ローランに住むごく普通の店主。毎日野菜を仕入れて、それをお客さんに売ってるわ。朝早くから夕方まで商売に精を出して、夜は次の日の仕事の準備をしてる。遊ぶ時間なんてほとんど無い。でも、彼には不満はないわ。だって彼がそうやって必死に働くことで、家族が幸せに暮らせるんだから」
 アーネスは剣を抜いた。それを身体の前で水平に持ち、もう片方の手で刀身を下から支えた。その剣に目を落とし、彼女は続ける。
「彼は、守ってるのよ、必死で働いて。朝早く起きて、競合店に負けない値段で質のいい野菜を選んで、声を枯らしてお客さんを呼んで、夜遅くまで次の日の準備をして。1日中立ちっぱなしで身体は辛いし、声はしゃがれるし、腰は痛いわ。でも、彼は働くの。家族を路頭に迷わせないために。大切な奥さんと子どもたちの生活を、命を、守るために。嫌なことがあっても、上手くいかなくても、彼は働くことをやめない。それが彼にとって、家族を守るということだから」
 アーネスは剣を構えた。盾も同様だ。それは、騎士団流剣術の最も基本的な構えだった。相手の隙を窺い、相手からの攻撃を素早く防ぐ。王国の剣として、盾として、王国民を守るための、騎士の力。
「彼はこういう構えを知らない。剣や盾の使い方も知らない。でも彼にとっては、野菜が剣であり、盾なのよ。そして店が、彼にとっての戦場。派手じゃないし、危険も無い。だけどそれが、彼の守り方なの。それは騎士には出来ない守り方。わかるかしら、アリス……誰かを守る時に、力の種類や大きさは、関係無いわ」
 そう言って、アーネスは剣と盾を納めた。アリスは、頬に流れる細い涙の筋を隠さなかった。拳を握り、彼女は口を開いた。サリナの、カインの、アーネスの言葉が、彼女の心を揺さぶっていた。
「……悪かった、お前たちを疑って。あたしの……あたしたちの自治区のために戦ってくれて、ありがとう。礼を言うよ」
 そして彼女は、目を閉じて深呼吸をした。引き攣りそうになる呼吸を整え、心を落ち着かせて、目を開く。彼女は言った。
「あたしも、あたしのやり方で戦う。ゼノアってやつを倒すために、もっともっと強くなって、あたしに出来ることをする。ローランはあたしの故郷で、あたしの自治区で、あたしの大切な、砂漠の家族が大勢住んでるとこだから」
 もう彼女の声に、迷いや葛藤は無かった。後ろめたさも、後悔も無かった。そこにいたのは、砂漠の民として、砂漠の国を守るために戦い続けることを改めて決意した、強き砂漠の姫だった。
「おう、その意気だ! 鍛錬するなら相手するからよ! はっはっはっは」
 腰に手を当てて、カインが笑う。アリスも笑った。サリナたちも、カインのあまりに明るい笑い声につられて笑った。琥珀のマナに祝福された砂牢に、戦士たちの穏やかな笑い声が満ちた。
 そして、その時だった。
「よく言った、砂漠の姫よ。そしてよくやってくれた、リバレーターの諸君」
「なんだ!?」
 大地を揺るがすような力強い声が、空洞に響き渡った。突然の声を、サリナたちは警戒した。だが、すぐに気づいた。これは、あの声だ。ついに姿を現すのだ、捜し求めた、その者が。
 サリナたちの眼前に眩い琥珀の光が生まれた。目も眩むほどに神々しく、マナの力に溢れた光。顔の前に腕を翳して光を避けつつ、サリナは細く目を開けてそれを見止めた。ついに現われた、その姿を。
 神の光と共に出現した、その姿。それは筋骨隆々たる長髪の、巨躯を誇る男性だった。トーガのような服を身に付け、浅黒く逞しい筋肉を露出させている。長い髪は白く、マナの波動によって広がっていたが、すぐにそれは収まった。腕を組み、彼は両脚で砂の上に降り立った。琥珀の光、力強き地のマナ。
「……タイタン、ね」
 その逞しい姿を見つめ、アーネスがその名を呼んだ。神なる光を纏う巨人は、大きく頷いた。
「ああ、そうだ。地の幻獣、瑪瑙の座。大いなる大地の力を司りし、私がタイタンだ」
「タイタン……あんたが……」
 無意識に、アリスはひざまずいていた。砂漠の民に植え付けられた本能が、タイタンに畏れを抱かせる。その姿に、タイタンは鷹揚な声を掛けた。
「立て、砂漠の姫よ。お前は素晴らしい働きをした。私はお前に、感謝している」
「……ありがとう、ございます……!」
 嗚咽が混じらぬように、アリスは必死で声を絞り出した。偉大なる大地の神の前で、醜態を晒したくはなかった。タイタンがそんなことを思うことはなかろうが、それは彼女の矜持だった。
「うむ……リバレーター諸君も、ありがとう。あの魔物を、よく倒してくれた。礼を言うぞ」
「いいえ、そんなことよりタイタン、今までどこにいたの?」
 仲間たちを代表して、アーネスが質問した。皆が知りたかったことだった。地王と呼ばれる幻獣は腕を組んだまま、やや口惜しそうな表情をした。
「うむ……ちとマナを吸われて、な。身動き出来なくなっていた。幻獣界とエリュス・イリアの狭間で」
「幻獣界とエリュス・イリアの……間?」
 問い返し、アーネスは首を捻った。聞き慣れない言葉だった。幻獣は幻獣界とエリュス・イリアを行き来すると言う。その間を移動する時に、という意味なのだろうが、想像するのは難しかった。
「まあ、そうだな。ふたつの世界の間に挟まって、動けなくなっていたのだ。よもやあのようなところで攻撃を受けるとは思わず、な」
 サリナは、狭い壁と壁の間の隙間に挟まって動けなくなっているタイタンを想像した。笑わらないようにするのは骨が折れた。さすがに初対面の、慣れているとは言え神と呼ばれる存在の前で、その神について想像したことで吹き出すのはまずい。肩が震えるのが悟られませんようにと、彼女は祈った。横目で見ると、仲間たちもどうやら同様のようだった。カインは完全に笑っていたが。
「……それで、幻獣界へは、なぜ?」
 笑いの波をなんとか治めて、アーネスは質問を続けた。再び大きく頷き、タイタンは答える。
「ここのマナを回復するために、な。その場では対処し切れなかった。そして戻ってくる最中にあの魔物にしてやられたというわけだ。お前たちの話は聞いていた。ゼノアという人間、捨て置けんな」
 タイタンはその表情を厳しくした。琥珀の光がやや強まる。自らの力を封じるほどの魔物を生み出すゼノアに、怒りと警戒心を抱いたようだった。アーネスはそれを知り、口を開いた。その言葉をぶつけるために。
「じゃあ、協力してもらえるかしら? 結界を張りたいの、神晶碑に」
 タイタンは認識していた。アーネスが地のリバレーターであると。碧玉の座、アーサーの力を見事に操り、仲間たちを守り抜いたことを。彼は頷き、言った。
「よかろう。ただし、私の試練を越えらればな」
「なにーーーーーーー!!」
「……やっぱり、そうなのね」
 アーネスは溜め息を漏らした。これからもう1戦とは、気が滅入る。反射的に叫んだのは、カインとクロイスだった。ふたりはタイタンに抗議すべく、猛然と突き進――もうとした。
「と言いたいところだが――」
 そうタイタンが言ったので、カインとクロイスはたたらを踏んで立ち止まった。危うく転ぶところだった。
「おおう?」
「さすがにあの戦いの後では、力も残っていなかろう」
「ええ、正直ね。もう空っぽよ、私たち」
 アーネスは答えながら、両手を胸の横で広げた。タイタンは腕を組んだままで頷く。
「お前たちの力は、十分見させてもらった。あの魔物を殲滅したのだ。何も文句は無い」
「そう。それはよかったわ。じゃあ……」
 地王を見上げ、アーネスは期待を込めて言った。リストレインの鞘に手が行く。
「ああ。神晶碑は、そこにある。受け取るがいい、我が大地の力を」
 そう言って、タイタンは空洞内のある1点を指差した。その直後、眩い光をタイタンは放った。その琥珀色の光が収まり、彼はクリスタルとなっていた。琥珀のクリスタルは宙を飛び、アーネスのリストレインに収まった。偉大なる地王、タイタンが仲間になった瞬間だった。アーネスはリストレインを掲げた。仲間たちの喝采が上がる。
「やった! アーネスさん!」
「ついに、やりましたね」
「やれやれ。苦労したな、今回も」
「よっしゃアーネス、やったれ!」
 仲間たちの言葉に頷き、アーネスは叫ぶ。力を込めて、高らかに。幻獣の力を自らと融合させる、その魔法の言葉を。
「轟け! 私のアシミレイト!」
 再び琥珀の光が膨張した。大地を揺るがすような、タイタンの咆哮。神々しい光の中で、リストレインが変形する。それはアーネスの身体を覆う、幻獣の鎧となった。アーサーのものよりも、身体の多くの面積を覆ってくれる鎧。
 光が収まり、アーネスは自分の身体を見下ろした。カインが以前、ラムウを手に入れた時に呟いた言葉が、脳裏をよぎる。確かに、物凄い力だ。マナが全身に行き渡るかのような感覚。身体から溢れ出してしまいそうなほど、力強く豊潤なマナ。この力を御するのは、なかなか骨が折れそうだ。
 そして美しい笛の音が響く。神晶碑の封印を解くため、サリナがモグを呼んだのだ。眩い光が現われ、そこから飛び出すようにしてモグが姿を現した。今回は凄まじい速度で空中を後転しつつ登場したモーグリに、アリスが驚きの声を上げる。そのままの速度で跳躍し、モグは空中でビシッとポーズを決めた。
「クポ? ……クポー!」
 あたりを見回し、モグは状況を把握したらしい。前回呼ばれたのは水の集局点で、今回は地の集局点。すぐに、彼は自分の仕事を理解した。
「これは! タイタンを捜すのクポね、サリナ!」
「あはは。それはもう終わったよ〜」
 自分の腕の中に突撃してきたモグの頭を撫でながら、サリナは笑った。突撃されても痛みは全くなかった。本当にぬいぐるみがぶつかっただけのような感覚だった。
「クポ!? ……じゃあ、何クポ?」
「あのね、神晶碑。お願いしたいんだ。いいかな?」
「クポ〜! それならそうと、早く言うクポ〜。まったく、サリナはのんびり屋さんクポ〜」
 そんなことをのんびりと言いながら、モグは背中の小さな羽をぱたぱたさせて浮遊した。きょろきょろと見回し、手招きしているアーネスを見つけると、彼女のほうへふわふわと移動した。
「ふふ。あそこよ、モグ。お願いね」
「クポ〜?」
 さきほどタイタンが示した点に、アーネスはモグを導いた。その地点に浮かび、アーネスの頷くのを確認して、モグはその短い腕を上げ、振り下ろした。
「クポ!」
 ガラスの砕けるような音と共に、その空間が剥がれ落ちるようにして消え失せた。そしてその場所に、まるでそこに元々あったかのような様子で、巨大な琥珀色の光を放つクリスタルが出現する。アリスが驚きの声を上げた。
「ど、どうなってんだい……・?」
「モーグリ族は神晶碑の封印を解く力を持っているんです。あんなにあっけなく解くことが出来ることには納得がいきませんが」
 眼鏡の位置を直し、なぜか僅かに不服そうな声で説明するセリオルに、アリスは首を傾げる。
 アーネスは神晶碑の前に立った。エリュス・イリアのマナバランスを司る、神聖なクリスタル。ゼノアの魔の手から守るべく、彼女は頭の中で幻獣に問いかける。その方法を、教えてほしいと。
「よーしやったれ、アーネス!」
「アーネスさん、お願いします!」
「ファイトです、アーネスさん!」
 仲間たちの声を背中に聞き、アーネスは微笑む。そして彼女は、両手を神晶碑へ向けた。
「鳴動する大地のマナ宿らせし、エリュス・イリアの守り手たらん瑪瑙の座、地王タイタンの御名により、千古不易の神域たれ!」
 神晶碑が光を放つ。同時にアーネスの手から生まれた無数の光線が、神晶碑の周囲を取り囲むように広がっていく。光線は面を作り、神晶碑より更に大きな結界のクリスタルが生まれた。何人にも侵害できない、大地の結界。再び喝采が上がる。
「……ふう。終わったわね」
「終わった終わった! お疲れ、アーネス!」
「今回も厄介な相手だったなー。もー俺やだよ、こういうめんどくせーの」
「あはは。クロイスはめんどくさがりだなあ」
「いや、お前嫌じゃねーの? あんなんさ」
「んー、まあ……そだね、やだね」
「ふふ。サリナ、素直ね」
「えへへー」
「それにしても疲れたな。少し休んでいかないか?」
「そうですね。そうしましょうか」
 アーネスはアシミレイトを解除した。戦いの疲れが、どっと出る。仲間たちと共にその場に座り込み、アーネスはモグを呼んだ。膝に乗せて、ぼんぼりを撫でる。モグは気持ち良さそうに目を閉じた――元々、開いているのかよくわからない目だが。
「あの……」
 自分に向けられたらしき声に、アーネスは顔を上げた。アリスが立っていた。
「あのさ……その、私にも、抱かせてくれないか……・?」
 顔を赤くし、視線をやや逸らして、アリスはモグを指差していた。激戦の後、ささやかで暖かな笑いが、朽ちた砂牢の空気を軽くした。