第120話

 砂牢の入り口まで戻るのは、ほんの一瞬だった。神晶碑に結界を張り、再びクリスタルから元の姿へと戻ったタイタンが、その道を示してくれた。それは空洞の中央、ちょうどブラッド・アントリオンが居座っていた場所だった。タイタンが腕をひと振りすると、琥珀色に輝く魔法の円陣が姿を現した。地王に導かれるままに足を踏み入れると、光に包まれた次の瞬間に、サリナは砂牢の入り口に立っていた。
「お? おうおうおう、ようよう! やあーっと帰ってきたかあ!」
 だらだらと砂の上で寝てでもいたのか、全身砂にまみれた状態のレオナルドが、一行を賑やかに迎えた。あの薄青色のグリングランも一緒だ。
「待たせたね、レオナルド」
「待ってたよお〜アリスちゃごばあ!」
「さっさと行くよ、ほら、急ぎな!」
「ぶべべべべい!」
 再会するなり、レオナルドはアリスの裏拳を顔面に受けて鼻血を出した。しかしそれでもめげない彼は、どこかから取り出したハンカチを鼻に詰め、グリングランに飛び乗った。
「そんじゃあ出発するぜい、皆の衆!」
「うう……また揺れるのか……」
 そう言ってがくりと肩を落としたカインだったが、今度はセリオルが酔い止め――という名の小麦粉を出してくれたので、事なきを得た。帰りは実にスムーズで、行きは長く感じたローランへの道も、サリナにはあっという間だった。
「いやーしかしよお、中で何があったんだい? 何回も地震は起きるし、そうかと思ったら今度はいきなりよ、あの砂牢がぺかーって光ってさあ、このへんもきらきらになっちまうしよお」
 手綱を操りながら、レオナルドはやや興奮していた。それはそうだろうと、サリナは思った。彼にしてみれば、わけがわからない現象だったに違いない。
「後でちゃんと話してやるから、今はほら、前向いてなよ! 危ないだろ!」
「うひょ! へいへーいわっかりやしたー!」
 そのやり取りに笑いながら、サリナはちらとアリスの横顔を窺った。なんだか雰囲気が変わったような気がする。いや、というよりは、港で出会った時にアリスに戻った、という方が正しいだろうか。
「アリスのことが気になる? サリナ」
 小声で話しかけてきたのはアーネスだった。驚いて、サリナは振り返った。そんなにじっとアリスを見ていたわけではない。
「私もね、気になってたの」
「あ……はい、私もです」
 どうやらアーネスもアリスの様子を窺っていたらしい。それでサリナのことにも気づいたようだ。アリスのほうは見ず、前方に視線を向けて、アーネスは言った。
「口調がね、変わったの。アリスの」
「……あ、そういえば」
 サリナは記憶を手繰った。特に違和感も無かったが、言われてみればそうかもしれない。いつからだろう。港で会った時と、ついさっきまでと。確かにアリスの話し方は、少し違っていた。
 そして、サリナはもうひとつのことにも気づいた。以前にも、そんなことがあった。
「話し方が変わるのは、意識の変化の現れ」
 アーネスは前を見ている。その口元に、僅かだが笑みが浮かんでいた。
 そう、アーネスも同じだ。サリナたちと旅に出ることに決めた時、彼女も話し方を意図的に変えていた。クロフィールで目を覚まして、サリナはそれに気づいた。王国の騎士から、旅の仲間へと。彼女はそうすることで、自分の中の意識と、仲間たちの自分に対する接し方へ変化させた。
 サリナは考える。アリスの話し方は、どうだっただろう。初めの印象より、どこか若く――というより、やや幼くなっていたような気がする。砂漠を守る戦士の筆頭としてあの酒場に現われた時と、サリナたちを警戒して砂牢へ来るまで。前者の時のほうが、どこか頼りがいのある雰囲気だったように思う。
「……そっか」
 思い返して、サリナは気づいた。セリオルが、クレメンテへの面会のことを口にした時からだ。でも、なぜだろう?
 戦士としてのアリス。領主の娘としてのアリス。どちらが本当の、素のアリスだろう。そう考えて、サリナは気づいた。後者に決まっている。つまりアリスはあれ以来、砂漠の戦士の長としてではなく、ローランを思う領主の娘としてサリナたちと接してきたのだ。だから、おのずと彼女本来の話し方になっていたのだろう。
 だが、ブラッド・アントリオンとの戦いが終わってから、それに変化があった。アリスは変わったのだ。魔物から砂漠を守る戦士と、排他的に部外者を否定しようとする娘。その両者が同一化したのか、あるいは後者が消え去ったのか、それはわからない。ともかく彼女は、守るということの意味を改めて見出したのだろう。
 後者が消えていなければいいと、サリナは思う。どちらのアリスもアリスで、それが彼女の思いなのだ。やや自国擁護的なところも、アリスの故郷に対する愛ゆえの感情だ。それが消える必要は無い。アーネスの言葉で、彼女が彼女なりの、故郷の守り方に対する誇りを取り戻すことが出来た。それでいい。
「良かったですね、アリスさんに出会えて」
「ええ、そうね」
 アーネスはこちらを向いた。その表情は柔らかい微笑で、彼女らを取り囲む琥珀の光のように美しかった。

「おお、戻ったか!」
 サリナたちの帰りをずっと待っていたのか、クレメンテはその姿が見えると飛び上がって歓迎した。彼は自分の自治区のために戦地へ赴いたサリナたちを、従者らと共に祠で待っていたようだった。クラリタの姿は無かった。身体に不調があるということだったので、館で休んでいるのだろうとサリナは考えた。
「ああ、ただいま、親父」
「ただいま戻りました、アルシエラ伯」
 クレメンテは戻った娘とサリナたちを、その場で大いに労った。彼らの姿が、考えていた以上にぼろぼろだったからだ。全員が傷を負い、サリナの魔法で治癒しているとはいえ、疲労の色は濃く残っていた。
「皆、よく戻ってくれた。さあ、まずは疲れを癒してくれ」
 結果を聞こうともせず、クレメンテはサリナたちを屋敷へ案内しようとした。娘の身が心配でならなかっただろうに、彼はそんな様子を微塵も見せなかった。ただ、その表情にはやはり安堵の色があった。全員が無事に戻って来た。そのことが彼に、結果がどうだったかを確信させていたようだった。
「少し待って頂けますか? アルシエラ伯」
 屋敷へ向かおうとするクレメンテにそう言ったのは、アーネスだった。クレメンテが振り返ると、アーネスはその手に琥珀色の鞘を持って、閉じたばかりの、砂牢へ続く道の入り口を見つめていた。
「なんだね?」
「あとひとつだけ、やっておかないといけないことが」
 彼女の言葉い首を傾げたのは、クレメンテだけではなかった。セリオルたちも、アーネスが言ったことの内容がわからないようだった。
「アーネス?」
「マナの道、ちゃんと作っておかないとね」
 意を問おうとしたセリオルに、アーネスはそう言いながら片目を閉じた。その言葉でセリオルは納得した。彼はフェリオを見た。フェリオは黙って頷いた。彼も気づいていたようだ。自分の思い至らなかったことを既に考えていたふたりに、セリオルは胸中で感謝する。心強い。
「タイタン!」
 高らかに、アーネスはその名を呼んだ。琥珀色の鞘が掲げられる。クリスタルが分離し、眩い光が生まれた。その眩しさに目を閉じたクレメンテは、ゆっくりと瞼を上げる。
 そこには、懐かしいあの姿があった。
「おお……タイタン! よくぞ、よくぞ戻られた!」
 両腕を広げ、クレメンテは涙を流していた。ローランの力の源、偉大なる大地の神にして竜脈の守護者。この地の民の全てが慕い、またその恵みに与る大いなる存在。地の幻獣、瑪瑙の座、ローランの繁栄と復興を支えし偉大なる地王、タイタン。
「クレメンテか……心配をかけたな」
「とんでもない。よくぞ戻られました。よくぞ、よくぞ……!」
 その声は震えていた。あの厳格で冷静なアルシエラ伯爵が、感涙に咽いでいる。それだけ、彼にとってタイタンの帰還は待望したことだったのだろう。すぐに姿を見ることは出来ぬものと思っていたらしい。あるいは、まだ朽ちた砂牢にいるものと思っていたのか。いずれにせよ、彼にとってはサリナたちが、タイタンを連れてくることまでは考えていなかったのだ。
「そうか……セリオル、君たちはタイタンを見つけるだけでなく、連れ帰ってくれたのか。なんということだ……私は、ローランの民は、君たちに心から感謝する!」
 クレメンテは、セリオルの手を両手で握った。彼はサリナたちひとりひとりの手を取り、感謝を述べた。そして最後に、彼はアーネスにも同じ言葉を贈った。アーネスはその言葉を受け取り、こう言った。
「ありがとうございます。ですが、アルシエラ伯、お忘れになってはいけません。今回、砂牢に巣食った魔物との最後の戦いで、私たちの命を救ってくれたのは……アリスなのです」
 クレメンテは瞬間、驚愕の表情を浮かべた。彼の中で、アリスはサリナたちの案内役だった。幻獣の力を持つサリナたちの戦いに、アリスがついていけるはずはないと考えていた。それは当然の考えであり、領主として、父として、自治区随一の戦士であり自らの跡継ぎでもある娘に、前に出て戦うことを命じはしなかった。それは危険だった。そして無謀だった。
 だが。
「そうか……。アリス、お前もやってくれたのか……」
 父は娘の前に立った。娘は気恥ずかしさからか、顔を逸らした。だが、父は娘の手を取った。父の力は強かった。娘は、自分の手を握る父の力の強さに、驚いた。父の顔を見た。父は涙を浮かべ、そして微笑んでいた。
「よくぞ、戦ってくれた。お前の故郷、お前の国のために、よくぞその腕を揮ってくれたな」
 クレメンテは、胸に湧き上がる言葉では表現出来ない感情に、それ以上言葉を続けることが出来なかった。
 娘は強くなった。故郷を愛し、故郷を守ることを第一に考える、強き戦士となった。それは知っていた。だが、それはあくまでも人間の力の範囲内でのことだった。幻獣の力と、恐らく強大な魔物の力とがぶつかったであろうその戦いの中で、アリスの力は小さなものだっただろう。彼は、娘にはその戦いの時は、隠れていてほしいと願っていた。
 だが、娘は戦ったという。サリナたちの命を救ったという。それは恐らく、大きな力を発揮したということではなかっただろう。それでも、アーネスをして自らの命を救ったと言わしめたこと、娘がその恐るべき魔物に立ち向かったこと、そしてその根底に、彼女の故郷を思う心があったはずであることが、彼の心を震わせた。
「あたしは、大したことはしてないよ」
 ぶっきらぼうに、娘は言った。構わなかった。クレメンテはアリスに頷き、タイタンに向き直ろうとした。
「でも……」
 だが、アリスは更に続けた。言いにくそうに、あるいは恥ずかしそうにしながら、彼女は口を開いた。
「このローランのために、って……あたしの街のためにっていう思いは、この場の誰にも負けない。その思いが、あたしを動かした。それだけさ」
「……そうか」
 クレメンテの胸に、様々な感情が湧き起こる。感謝、歓喜、充足、期待。彼の心は、大いなる喜びに満ちていた。知らぬ間に流れていた涙を拭き、彼はタイタンを見つめる。
「タイタン、そしてアーネス。よろしく、お願いします」
 彼は頭を下げた。アーネスは静かに頷いた。
「じゃあ、タイタン。お願い」
「ああ」
 短く答え、タイタンは腕を振り上げた。その手のひらの先に、マナの光が集まる。タイタンはその光を、砂牢へ続く道の入り口があった場所へ向けた。
 大いなる地のマナの光が輝いた。琥珀色の膨大な光が、恵みのマナが、地王の手から放たれる。タイタンの、大地を揺るがすような声が響く。地下空間が鳴動する。偉大なる大地の光が、タイタンの祠を、竜脈の街ローランを照らす。
 そして、光の放出が終わった。大地が鎮まった。
 直後、まるで同じ力が返ってきたかのように、砂牢の入り口から圧倒的な輝きが放たれた。
 それは大きな力だった。ローランを支え、カラ=ハンに恵みを与えてきた、穢れ無き大地の力だった。朽ちた砂牢、そこは地の集局点。瑪瑙の座の幻獣、タイタンがエリュス・イリアの拠点とする、竜脈の地。その豊かな、そして力強いマナが、このローランの地へ帰ってきた。
 大地が身震いする。それはまるで、病から立ち直り、力を取り戻した若者のようだった。湧き上がる力、漲る活力。その恵みに、地下都市ローランが眩い光を放つ。琥珀の光。黄金郷とも称されたこの街の、これが真の姿だった。
「すごい! すごいすごいすごい、すごーい!」
 サリナは叫んだ。そして走り出した。興奮を抑えられなかった。道が通じたのだ、集局点との、マナの道が。街が蘇った。かつて熱砂の街と呼ばれ、今は竜脈の街として再生しつつある、このローラン自治区の首都に、力が戻ったのだ。琥珀の光は眩く、気高くこの都市に満ちた。
 祠の出口、街の入り口に程近い場所に、彼らは立った。
「確かにすごいな……これが、黄金郷か」
 地上から下りてきた時に比して、何倍も美しい光景だった。フェリオはそれ以上の言葉を持たなかった。いずれ、ゼノアの脅威が去り、世界に平和が戻った時。この街を訪れるひとの数は、想像を超えるだろう。訪れるだけで、旅する価値がある。ここはそういう場所に、きっとなる。
「これが、あたしたちの故郷だ。これから先も、あたしたちが命を懸けて守る――」
 アーネスは、そう言うアリスの横顔を見た。清々しい表情に、涙がひと筋流れた。誇り高い砂漠の戦士にして、ローラン自治区の姫君。日に焼けたその顔には、確かな決意があった。
「――ここが、ローランだ」

 竜脈の街には湯も沸いていた。それが例の地下水から引かれているものかどうかはわからなかったが、ともかくサリナたちは、領主の館で存分に疲れを癒した。激しい戦いの後に温泉に入ることが近頃の定番になっているような気がして、サリナは複雑だった。出来れば戦闘をしていない時にも入りたい。
 その夜、サリナたちはクレメンテの館で用意された盛大な宴を楽しんだ。領主はご機嫌だった。これまでの懸念が一挙に解決したのだ。それはそうだろうと、サリナは思った。嬉しそうなクレメンテやアリスの様子に、サリナも嬉しくなった。
 例によってカインとクロイスが大騒ぎを起こした。そこにレオナルドとアリスも加わり、宴の場は上を下への阿鼻叫喚と化した。招かれた街の人々にもサリナたちの功績が紹介され、ローランの民は詳細はわからぬものの、街を救った英雄としてサリナたちを讃えた。こういう扱いに慣れないサリナは身を小さくしたが、カインやクロイスは逆に気を良くして、酒を注がれるままに飲んでいた。
 そして今朝、いつものようにエメリドリンク・アーネス特製バージョンによって彼らは地獄を見た。
 サリナはまたしても寝坊をした。もはやいつものことなのか、あるいは仲間たちの間でそういう取り決めにでもなっているのか、誰も起こしてくれなかった。シスララでさえも。飛び起きると部屋には誰もおらず、サリナは慌てふためいて皆のいる場へ向かった。
 朝食を済ませ、仲間たちとアルシエラ伯爵家の一同はお茶を楽しんでいた。砂牢であったことのひととおりについては、既にセリオルらから話したようだった。サリナの登場に笑いが起こり、いつものように寝癖をからかわれたサリナが謝りながら慌てて席に就くと、侍女のひとりが優しく微笑みながら朝食を用意してくれた。
「それで、これからどうするのかね?」
 凝視していたサリナの寝癖から視線をセリオルに戻して、クレメンテはそう訊ねた。その問いに答える前に、セリオルは1冊の書物を取り出した。紙が傷み、今にも崩れそうなその古文書を、彼は慎重に取り扱った。
「それは……?」
 興味を持ったのは、クレメンテではなく、クラリタだった。
「クリプトの書、と言います。統一戦争時代の、民俗学の書です」
「そんなものを、なぜ君が?」
 身を乗り出してその手に取りたがるクラリタを牽制しつつ、クレメンテは訊ねた。セリオルは答えようと、口を開きかけた。だが、その前にクレメンテがこちらへ手のひらを向けた。
「いや、余計な詮索はすまい。君たちのことだ、私は全面的に信用する。しかるべき場所で手に入れたのだろう」
「……ええ」
 セリオルの顔から笑みがこぼれる。お互いに笑みを向け合い、ふたりの男は互いの間の信頼関係を感じていた。
「それで、その書が?」
「私たちはこれまで、この書に記されている各地の伝承を読み解くことで、旅を進めてきました。瑪瑙の座の幻獣ともなれば、何らかの痕跡が残っているものですから。しかし――」
 説明しながら、セリオルは書を開いた。クレメンテたちの前で、見やすいように。
「ここから先が、読めないのです」
 それは、衝撃的な事実だった。サリナたちは驚きの声を上げた。誰も、そのことについて聞いてはいなかった。
「おいセリオル、どういうことだよ!」
 思わず声を荒げて、カインが詰問する。手がかりが無くなったということか。次の幻獣の居場所についての、手がかりが。心臓が冷えるような感覚に、彼はわなないた。
「これから先、どうやって目的を決めるのでしょう……?」
「さあな……とりあえず、セリオルの考えを聞こう」
 さすがにシスララも、危機感を覚えたようだった。フェリオはセリオルの言葉を待った。彼が、何も考えていないとは思えなかった。アーネスとクロイスも同様だ。サリナは、朝食を口に運ぶ前に固まっていた。だが彼女にしても、考えていることは同じだった。セリオルのすることに、信頼感は全幅である。
「すみません、皆。きちんと説明する時間が無かったもので……。ひとまず、次の目的地ははっきりしてはいます。ですが、その先が……」
 だが、セリオルの歯切れは良くはなかった。仲間たちの表情が曇る。
「これ、古い魔法文字ね? 旧エルステッド文字……いえ、古エピルナ文字かしら」
 静寂の中、クリプトの書を興味深そうに覗き込む者がいた。クラリタだ。ローランの賢人は、やはり魔法文字にも詳しかった。セリオルの読みは当たった。安堵に深く息を吐き、セリオルは言った。
「クラリタさん、お願いできますか? クリプトの書の、解読を」
「ええ、喜んで」
 こともなげに、クラリタは微笑みとともに引き受けた。彼女にとって、その書は実に興味をそそられる品だった。既にその手に取り、胸に抱いている。もちろん彼女は、ひと目でその書の価値を悟ったのだろう。その取り扱いは、きわめて慎重だ。
 その嬉しそうなクラリタに、セリオルは告げる。眼鏡の位置を直し、息を吸って。
「特に、ある箇所についてお願いします」
「え?」
 再び、クラリタは書をテーブルに置いた。セリオルが、ゆっくりとページを繰る。
 そしてその箇所で、彼は指を止めた。震えぬよう、自制する。息を吸い、そして吐く。仲間たちには読めぬ、その魔法文字で記された書。その中の1点を、彼は人差し指で示した。
「ここです。記述があります……“魔神”についての」