第125話

 自治区首都、ドノ・フィウメに厳重な警戒体制が敷かれた。サリナたちによって、麓からの道にオチューが出現したことが知らされたためだった。ジルベールはすぐに自警団を召集し、ドノ・フィウメに起きている異変についてセリオルから説明させた。
 街には重苦しい空気が満ちた。竜の襲来、魔物の異変。それらはこれまで平和に暮らしてきた人々にとって、脅威でしかなかった。街の建物や施設のいくつかは竜によって破壊され、修復には時間と金を要した。
 特に硝子を製造する工房の被害が大きかった。サリナたちは街に入った時には気づかなかったが、いくつもの工房が集中している地域があった。白き竜たちはそこを執拗に攻撃したようだった。
「ほとんどの工房が壊された……建て直すには随分かかるよ」
 溜め息交じりに、アンリはそう言った。彼の工房だけは、幸いにして無事だった。だが、彼が師事した人物はしばらく前に街を出ていた。オパリオスや光砂に頼らない、新たな硝子の原料を探す旅に出たのだと、アンリは語った。その声には、自分を連れて行ってくれなかった師に対する恨み節の響きがあった。
「じゃあ、俺はとりあえず工房の準備をするよ。明日また来てくれるか?」
 瓦礫の散らばる工房街の一角で、アンリはそう言った。彼の――というよりは彼の師の工房は、無残な姿を晒す仲間たちの中で、怒りを湛えたような表情で静かに、毅然として留まっていた。
「頼むぜ、アンリ。お前にかかってんだからさ」
 クロイスがそう言うと、アンリは肩をすくめて短く息を吐いた。
「なんで無事だったのがうちだけなんだか」
「何だ。自信ねーのか?」
 挑発的なクロイスの言葉に、しかしアンリは乗りはしなかった。彼はもう一度肩をすくめ、諦めたような口調で言った。
「当たり前だろ? “ドラゴンホルン”は難しいんだ。俺よりずっと腕の良い職人はいっぱいいるってのに……やれやれだ」
「他のひとにお願いするのは……まずいの?」
 遠慮がちに、サリナは訊ねた。アンリの職人としてのプライドを傷付けないように。だがそれに答えたアンリの声は、意外にあっけらかんとしていた。
「俺たちの工房は、ひとつひとつの造りがけっこう違うんだ。マナを使って細工を作るからな……慣れてないから、余所のは使えないんだ。それに――」
 言葉を切って、アンリは空を見上げた。まだ明るい。ドノ・フィウメが危機に直面していたも、空の色は変わらない。師匠もどこかで、この空を見ているだろうか。出来ることなら、戻ってほしい。そしてその腕を、街のために揮ってほしい。
 そんな思いが込み上げる。だが、アンリは、頭を振ってそれを払った。無いものねだりをするんじゃないと、よく叱られた。
「――“ドラゴンホルン”を作ることが出来たのは、師匠だけだった。その製造を見ていたのは、俺だけだった」
「責任重大ですね、アンリさん」
 シスララはにこにこと微笑みながらそう言った。どう見ても表情と口にした言葉がマッチしていなかった。そのシスララを見て、アンリは頭を掻く。
「あんたたちがそうさせたんじゃねーか――って言いたいとこだけど」
 工房の扉を押し開く。窓がいくつも取られているので、中は明るい。ちらりと見ることの出来た工房の中には、無数の硝子製品と作業用の机、そして大きな釜と、サリナには何に使うのかわからないいくつもの道具が整然と並んでいた。
「やるしかないか。街のためだし……俺は、師匠の弟子だしな」
 ぽそりと発されたその言葉に、サリナはアンリの誇りを見た。少年の声には強い意志が宿っていた。背中を向けているのでその表情は見えなかったが、彼は師と仰ぐ人物の許で修行を積んだことに矜持を持っていると感じさせた。
「頼むぜ、アンリ」
「おう」
 クロイスが上げた右腕に、アンリが右腕をぶつける。久しぶりに再会した親友同士は、空白の4年間を感じさせなかった。

 クルート家に、サリナたちは戻った。大掃除の続きを済ませると、すっかり陽は暮れていた。
 その間、何度か来客があった。クロイスのかつての友人たちや親族、あるいは白き竜撃退の礼を述べに来た者たちだった。彼らはあるいは歓喜し、あるいは涙して、クロイスの帰還を祝った。リプトバーグでの荒んだ暮らしが嘘だったのではと思えるほど、クロイスは多くの人々に愛されていた。
「ったくよー。こんな時にいちいち顔見せに来んなよな」
 誰かが尋ねて来る度、クロイスはそんなことを言った。だが明らかに、彼は知人や親族らと会えて嬉しそうだった。
「ふぁふぁっふぁ。いやークロイス君、良かったじゃあないか懐かしいひとたちに会えて。なあ? ふぁっふぁっふァフン」
 相変わらず学習しないカインは、余計な発言をしてその度にクロイスの鋭い一撃をもらって悶絶した。
 訪問者の多くは手土産として、何らかの食べ物を持参していた。その日、久方ぶりに火の入れられたクルート家の台所で、それらの食料が調理された。
 サリナやセリオルらが作った料理を、クロイスはゆっくりと味わって食べた。テーブルは小さく、仲間たち全員が使うには椅子も足りなかった。カインとフェリオは立ったまま、壁にもたれて食べた。賑やかな食事の時間。帰りに買った酒も開けた。4年前、両親からはまだ飲んではいけないと止められた。もし生きていたら、今でも駄目だと言われただろう。両親は真面目で、厳しく、そして子どもたちを世界の何よりも大切にしてくれた。
 燭台の蝋燭に火が灯っている。昔とは違う光景。しかし同じ場所。少年が生まれ、育ち、幸福に暮らしていた場所。厳しい試練と別れがあり、苦しく暗い時間があった。だが今、こうして彼は戻ることが出来た。彼を暗闇から引きずり出してくれた、仲間たちのお陰で。
「……ありがとう」
 我知らず、彼はそう呟いていた。皆、酒も入って上機嫌だ。カインが可笑しなことをし、それにフェリオやアーネスが合いの手を入れている。サリナは笑い、シスララは微笑んでいる。セリオルは静かにグラスを傾け、しかし眼鏡の奥の目は優しい。
「なあに言ってやがる、クロイス! まだまだこれからだろうがー!」
 彼の言葉が聞こえたのかどうか。カインはやにわにそう大声で言って、クロイスに肩を組んだ。そのまま頭を強引に抱えられ、なぜか締められる。
「いて! いてーなおい! やめろよ!」
「はっはっは。おめーなんか勘違いしてねえかあー?」
 酒臭い息で、カインは呂律が怪しい。だが、明確にクロイスに向けられた言葉だった。
「まだ何っひとつ終わっちゃいねえんだぞ! エリュス・イリアも、このドノ・フィウメも、崖っぷちにいるのはなんにも変わっちゃいねえんだ。いいか! クロイスー」
 締めるのをやめ、カインはクロイスの頭を両手で挟んだ。そして上を向かせ、頭突きに近いくらいの勢いで、彼は自らの額をクロイスの額にぶつけた。ごん、と音がする。
「礼を言うのは全部終わってからだ! お前にゃあ俺たちの力が役立ったのかもしれねえが、俺たちにもお前の力が必要なんだ。いいな! 一旦戻って来たからって、ここで気ぃ切らせんじゃねえぞ! やらにゃあなんねえことがまだまだ山ほどあるんだ。お前にもまだまだ働いてもらうからな! わかったか! ひゃひゃひゃ」
 怪しい呂律でまくしたて、最後には笑って、カインはクロイスを放した。そしてそのまま、掃除したばかりの床に仰向けに倒れた。すぐにいびきが聞こえてくる。
「やれやれ。悪いな、クロイス」
 壁にもたれて立ったまま、フェリオは片手を額に当てていた。苦笑いをかみ殺したような表情で、彼はクロイスを見ていた。
「けど、俺も兄さんの意見に賛成だ。礼を言うにはまだ早い。言われるのもな」
「それにしてもうるさすぎよ、あれは。ちゃんと教育しないとだめよ、フェリオ。弟として」
 呆れたような声は、アーネスだ。彼女はフォークにハムを刺し、口へ運んでから酒を含んだ。
「悪い、俺には兄さんの教育は手に余るよ」
「ふふ。そうね、わかるわ。それに今日は……ま、悪くないこと言ったしね」
「そうですね! うんうん。そうだよ、クロイス、わかったー?」
 最近好きになったらしい、温めた酒の入ったカップを両手で包むようにして、サリナは赤くなった頬をやや膨らませ気味にしてそう言った。セリオルとシスララは何も言わなかったが、目と耳はこちらを向いていた。クロイスは、いたたまれなくなった。
「あーーーーーもううっせえよ! うっせーうっせー! いつものことながらうっせーー!」
「あははは。はじまった、はじまったー。クロイスのうっせーが始まった〜」
 けたけたと楽しそうに笑うサリナの顔がどうしようもなく憎らしく、クロイスは自分の酒を一気に呷った。

 翌日。セリオルが第二の世界樹から、マナ・シンセサイザーを持ち出した。ジルベールが聖のマナストーンを持って来る約束だったので、その前の準備だった。
「そういえばシスララ、エル・ラーダにも聖のマナストーンはあったのでしょうか」
 思い出したように、セリオルは訊ねた。聖のマナストーンは貴重で、なかなか入手出来ない。王都イリアス以降、立ち寄った街や村で新たなマナストーンを調達してはいたが、聖と闇のマナストーンには出会わなかった。聖の集局点に近いエル・ラーダでも調達しなかったことを、セリオルは思い出したのだった。
「うーん……どうなのでしょう……」
 顎に人差し指をあて、シスララは小首を傾げた。エル・ラーダにいた頃、彼女はマナストーンのことを考えたことが無かった。
「聖獣の森のどこかには、あったかもしれません」
「そうですね。まあこれまで特別に必要ということも無かったので、構いませんが」
 アンリに“ドラゴンホルン”の製作を依頼するにあたって、どうしても必要なもの。それがジルベールの言った“光砂”だった。ドノ・フィウメの人々が“滝”と呼ぶ場所に存在するその特別な物質は、聖のマナを帯びた珪砂。その“光砂”の調達が不可能だということが、あの竜たちとの意思疎通を妨げる最大の要因だった。
「無いんだったら、作っちゃおうってことですね!」
 呼び出したモグをぬいぐるみのように胸に抱いて、サリナは楽しそうだった。
 サリナが言ったとおり、セリオルは“光砂”を人工的に生み出すことを考えていた。昨日フェリオがジルベールにした質問は、それを意図したものだった。
 アンリによると、“光砂”は聖のマナを宿していること以外は、普通の珪砂と成分は同じということだった。つまり、街に備蓄されている通常の珪砂に、聖のマナストーンとマナ・シンセサイザーを使って聖のマナを宿す。それが狙いだ。
 人工の“光砂”で“ドラゴンホルン”を作る。そしてそれを持って、“滝”へ向かう。理由は、竜たちがこの街を襲う原因を突き止めるため。それがセリオルがジルベールに示した、行動計画だった。なぜ君たちがという長老の質問には、それが出来るのは自分たちだけだからだと答えた。つまり、竜を撃退出来るだけの戦闘能力を持つのが。
 そして当然、真の目的は聖の集局点を探し、瑪瑙の座の幻獣と会うことだ。“光砂”が生み出されるという“滝”。まず間違いなく、そこが“聖なる滝”だとサリナたちは踏んでいた。そしてそこに存在する障害、竜たちをなんとかしなくてはならないのは、ドノ・フィウメの人々と同様だった。
 相手は竜。強大な力を持った生物だ。マナの影響で原生生物が凶暴性を増した魔物とは異なり、理性も知性も持ち合わせている。それが“滝”を棲み家としている。出来れば戦闘は避けたいところだ。“ドラゴンホルン”を使うことで話し合いが出来、それによって解決が図れるのであれば、それに越したことは無い。
「さて、フェリオ。手伝ってもらえますか?」
「ああ」
 だが、マナ・シンセサイザーは武具の製作を目的として生み出された装置。物質にマナを宿すことは目的としていなかった。そのため、セリオルとフェリオは、まずマナ・シンセサイザーを改造することから取り掛かることにしたのだった。
「あの、セリオルさん」
「はい?」
 作業に取り掛かったセリオルに、サリナが遠慮がちに声を掛ける。
「これが成功したら、武器や防具にマナを宿すことも出来るのかなあ」
「ああ……そうですね。出来るかもしれませんね」
「マナを宿してしまうと、そのマナが有効じゃない敵には使えない武器になる。そのデメリットも考えないといけないけどな」
 マナ・シンセサイザーのずん胴状の釜部分を取り外しながら、フェリオがそう言った。既にそのことを考えていたような口ぶりだった。
「あ、そっかあ。色んな敵に合わせていっぱい武器を持ってるのも大変だもんね……」
「そういうこと。それにたぶん、そんなに強力なマナは宿せないよ。マナストーンは消耗品だからな」
「マナを放出し尽くすと、ただの石ですからね。恒久的にマナを発揮し続けるのは難しいでしょうね」
「ふむふむ」
 改造作業はスムーズに行われた。それには、ローランでクラリタから受け取った書が役立ったようだった。“上級黒魔法、その発祥と発展”という標題の書は、クラリタは上級黒魔法の指南書だと呼んだが、それだけの内容ではなかった。高度な魔法を操るために必要な様々な知識が詰まっており、その中には各属性マナを高度に扱う際の心得も記されていた。
 ふたりが改造作業を行っている間、サリナ、アーネス、シスララの女性陣3人で、ドノ・フィウメの街を見て回ることにした。
 谷川の水力を利用したゴンドラは、何本もの巨大な柱と滑車や歯車が組み合わさった装置に、丈夫そうな糸状の金属のようなものを折り合わせた綱によって運ばれ、街の上空を行き来している。大掛かりな装置なので、同時に運行するゴンドラの数は多くはない。そのためか、ドノ・フィウメの人々は、どことなくのんびりした空気を纏っているようだった。
「ゴンドラを待つことに慣れてるからね、きっと」
「私はこれくらいのほうがいいです」
「ふふ。サリナはのんびり屋さんね」
「ええ〜そうかなあ」
 シスララに言われて、サリナは頭に手を置いた。まあそうかもしれないと、自分でも思う。
「でもクロイスみたいなのが育つこともあるから、侮れないわよ」
「あはは。侮るって、アーネスさんてば」
 そんな会話をしながら、3人はゴンドラに乗って移動した。
 オパリオスは至るところにあった。美しく整然とした幾何学模様を作る石畳とオパリオスは、見事な調和を生み出していた。
 商店の集まった地区で、サリナたちはある店に入った。看板は、“パルヴィニア宝飾店”。アクセサリー店だ。
 中には、硝子細工を中心とした美しいアクセサリーが並べられていた。辺境の店にしては充実した品揃えで、娘たちが身に付けるファッションを目的としたものだけではなく、戦士たちに向けたエンチャント付きのものもきちんと揃えられていた。当然、エンチャント付きのアクセサリーも硝子細工が多い。
「わあ〜。綺麗だなあ……あ、これいいなあ」
 クロフィール以来、久しぶりのアクセサリー店に、サリナは胸を弾ませた。やはりこういう店には入ると、楽しくなってしまう。ついつい必要ではない――主に戦闘のためにという意味で――ものまで欲しくなる。
 アーネスとシスララは、さすがに上流階級の女性だけあって、それぞれに独自のセンスを持っていた。自分にどんな形、あるいは色が似合うかをよく知っていた。サリナはクロフィールで買ったブレスレットを愛用しているが、それ以外にももっと身につけたほうが良いというのが、先輩ふたりのアドバイスだった。
 結局、サリナは腰に巻く、繊細で美しい鎖を買った。銀色ではなく、薄紅色である。“幸福の尻尾”という名のそのアクセサリーは、幸運を呼ぶエンチャントを宿しているということだった。胴着にも合う色で、戦闘の邪魔にもならない。戦う時以外のおしゃれ用に買ってもいいのに、という先輩たちの声には、この闘いが終わったらそうしますと答えた。それまで、着飾ってどこかへ出かけるということはあまり無さそうだった。
 男性陣用にもエンチャント付きのアクセサリーをった。その帰り、昼食用にドノ・フィウメの名物料理を購入した。それは開いて干した川魚に衣を付けて揚げ、野菜などとともに柔らかいパンに挟んだ料理だった。独特のややスパイシーなソースが使われているらしく、美味そうだった。
「おう、お帰り」
 クルート家に戻った3人を出迎えたのは、カインだった。彼はセリオルとフェリオに力仕事を手伝わされたらしく、やや暑そうだった。クロイスもいたが、彼も同様だった。
「おっ、美味そうなもん持ってんじゃん! 昼飯か? いやー待ってま――」
「シンセサイザーは出来たの?」
「はい、出来ました」
 アーネスから料理の入った袋をどんと押し付けられ、カインはしゅんとした。だがすぐに袋からひとつ取り出し、仲間たちよりひと足先にかぶりついて満面の笑みを浮かべ、直後にアーネスに取り上げられてまたしゅんとした。
「さて、では取り掛かりましょうか」
 そう言って、セリオルはマナ・シンセサイザーの蓋を開けた。見た目には、それほど変わったようには見えなかった。とはいえサリナはこの装置をまじまじと観察したことは無いので、あてにはならなかったが。
 セリオルは慣れた手つきで、アンリから与った珪砂をマナ・シンセサイザーに投入した。隙間などに珪砂が詰まってしまわないかとサリナは心配したが、後で洗えば大丈夫だとフェリオが教えてくれた。そこまでちゃんと考えているのがセリオルらしかった。
 操作盤に、セリオルは3つのクリスタルをセットした。ヴァルファーレ、イクシオン、アーサー。それぞれに分解、精製、結合の力を持つ属性のクリスタルだ。
 そして最後に、聖のマナストーンが珪砂と同じ釜に入れられた。だがこちらは釜の底に置かれたのではなく、空中で固定する器具に載せられ、珪砂の上にくる形となった。
「では、始めますよ」
「頑張って、セリオルさん!」
 セリオル自信は心配してはいなかったが、彼の妹はそうではないようだった。両手で握りこぶしを作って応援するサリナに、セリオルは苦笑する。
 マナ・シンセサイザーを起動する。3つのクリスタルが輝く。頭の中で、セリオルは幻獣たちと会話する。3種の力をタイミング良く、絶妙のバランスで出力しなければならない。それには自分の操作技術だけでなく、幻獣たちの協力が不可欠だ。
 どの幻獣も、初めてマナ・シンセサイザーにセットされた時には戸惑ったようだった。だがヴァルファーレを筆頭に、彼らは進んで協力してくれた。本来であれば、彼らの力をこうして使うのは、不遜な行為であるはずだ。幻獣は神であり、エリュス・イリアの人々の信仰の対象なのだから。
 だが、そんなことを言ってはいられないのだ。力をつけなければならない。そのために装備の充実を図らなくてはならない。クロイスが魔物などから素材を剥ぎ取り、セリオルが合成を行う。それによって、彼らは確実に強い力を手に入れることが出来るのだ。
 敵は強い。力はいくらあっても足りないかもしれない。だから、彼は幻獣たちに懇願する。どうかその力を貸してほしいと。不遜で、無礼で、恥知らずな行為かもしれない。背徳的な力の利用かもしれない。だが、たとえその咎を負うことになったとしても、使える力ならば使わなければならない。それが自分の責任なのだ。
 マナ・シンセサイザーが輝きを放った。のぞき窓から確認する。蓋を開き、セリオルはそれを取り出した。
「わあ、綺麗!」
 サリナが歓声を上げる。彼が命を賭して守るべき存在が。神に背こうと、例え――地獄に堕ちようと。
 釜から取り出され、“光砂”はただ静かに、聖なるマナの輝きを放っていた。