第126話

 その美しいマナの輝きを放つ砂を、ジルベールは感嘆して見つめた。彼が持参した聖のマナストーンが、不可解な機械に投入され、どうやら珪砂と合成されたようだった。マナストーンはマナを放出して色を失い、普通の石のようになっていた。
「素晴らしい。まさかこんなことが出来るとは」
 クルート家で、彼はセリオルが行ったことに感動すら覚えていた。永らく、ドノ・フィウメでは“光砂”の調達が問題だった。備蓄が底を突く度、職人たちが“滝”へ赴かなくてはならなかった。道中は魔物も出現し、危険だ。武装した自警団が護衛を務め、それでも負傷者が出ることは珍しくなかった。職人たちの中には、“光砂”調達のためにその腕を大きく負傷し、使い物にならなくした者もあった。
 だが聖のマナストーンの調達は、比較的簡単だった。聖のマナが濃いらしいドノ・フィウメでは、それは他の鉱石の採掘と同様に行われた。珪砂も同じだった。
 そのふたつとこの装置があれば、危険を冒して“光砂”を調達することは必要無くなるかもしれない。それはジルベールの愛するこのドノ・フィウメにとって、大きな利益だった。
「セリオル君」
 彼は青年の名を呼んだ。信じがたい知識と技術を持つ青年は、さっそく仲間たちに次の指示を出していた。セリオルは振り返り、ジルベールのほうを見た。
「はい、何でしょう」
 その表情は穏やかだった。ドノ・フィウメにとっては革命的な成果を挙げたばかりであるにも関わらず、彼はそのことについてさほどの達成感を味わってはいないようだった。彼にとっては、その成功は目的への過程の一部でしかないというのか。
 いや、恐らくはそうなのだろう。ジルベールは胸中で結論付けた。
 セリオルは、ドノ・フィウメのために“滝”に向かうと話した。だがそれは、彼の真意ではないとジルベールは踏んでいた。もっと何か、より困難で深遠な目的が、彼らにはある。そしてその達成のための行動に、クロイスも参加しているのだろう。
 それで構わなかった。ジルベールは、セリオルたちを信頼出来る者たちだと確信していた。クロイスとダグ、ドノ・フィウメが失ったと思っていたふたりを救ってくれた者たちだ。そこに懐疑を差し挟むことを、彼はしようとはしなかった。
「その装置、どのようにして造ったのかを教えてはもらえんじゃろうか」
 教えを請うたジルベールに、セリオルは僅かに困ったような表情を向けた。瞬時に、彼はジルベールの考えを悟ったようだった。確かにマナ・シンセサイザーがあれば、ドノ・フィウメの暮らしは変わるかもしれない。だが……
「すみません、ジルベールさん」
 申し訳なさそうに、セリオルはそう言った。ジルベールの期待に副うことは、彼には出来なかった。
「これは、特殊なクリスタルを使って動かす装置なんです。これと同じものを造ることは出来ますが、動かすための動力となるものを、私は他に知らないんです」
「……そうか。残念じゃが、致し方ないのう」
 そのふたりのやり取りを見ていたクロイスに、サリナが声を掛ける。クロイスは、随分驚いたような様子だった。
「どうしたの? クロイス」
「あ? ん、ああ、いやちょっとな」
 そう言ってまだ顔をこちらに向けないクロイスに、サリナは首を傾げる。
「なんか、変わったなって思ってさ」
「なにが?」
「いや、前はあんな……なんつーか、新しいことに目を向けるじじいじゃなかったような」
「へえ〜そうなんだ……って、おじいちゃんって言いなよ!」
「いーんだよ、うっせーな」
 言葉の調子は相変わらず汚いが、クロイスはどこか嬉しそうだ。それにつられて、サリナも嬉しくなる。
「これで、この街の硝子は復活するでしょうか」
 一方、シスララは思いつめたような表情を浮かべている。そのことが、フェリオは不思議だった。シスララは珍しく眉根を寄せ、眉間には皺が入っていた。
「どうしたんだ、シスララ」
「いえ、その……」
 考え、言葉を選びながらシスララは答えた。自らの思いを上手く言葉にするのが難しい。
「ここの皆様も、大変な思いをされてきたのだと思うのです。硝子工業を、大切に大切に、育ててこられたのだと思うのです」
 ゆっくりと、言葉を切りながらそう言ったシスララの気持ちを、フェリオは察した。そうだ。エル・ラーダも同じだった。あの花天の街で見たのは、衰えた果樹園を再興させようと奮闘する、日焼けした農夫たちの姿だった。
 シスララはエル・ラーダを愛し、愛する故郷を救うために仲間として旅に加わった。エリュス・イリアのマナバランスを正し、苦しい思いをして暮らすラーダ族の民を救うために。優しい心を正義の刃に変え、彼女は槍を振るうのだ。
 そのシスララには、ドノ・フィウメの姿が故郷と重なって見えるのだろう。産業を奪われ、立て直すことの困難に直面するその姿が。だから彼女は胸を痛めている。
「そうだな……そうなるといいな」
 言いながら、フェリオには答えはわかっていた。だがそれをはっきりと示すだけの残酷さを、彼は持ち合わせてはいなかった。
「だめ、なのですか。あれだけでは……?」
 まるで救いを求めるような目で、シスララはフェリオを見た。その目を、フェリオは正面で受け止めた。ゆっくりと、彼は口を開いた。
「さっき、サリナに言ってただろ。マナストーンは恒久的にマナを発揮することが出来ないんだ。あの人工“光砂”も、しばらくは持つだろうけど……ずっとってわけにはいかない」
「……そうなのですか」
 視線を、シスララはジルベールに戻した。すぐには諦められない様子で、長老はマナ・シンセサイザーをつぶさに観察している。その姿は、彼女の父の姿だった。街の、自治区の血液である産業を、なんとかして復興させたいと願い、そのために奮闘するラッセルの姿だった。
「よおーし、そんじゃあ行こうぜ、アンリんとこに!」
 腕を突き上げ、カインが号令をかける。彼の声は明るい。ジルベールもシスララも、顔を上げた。
 クルート家の中は明るかった。たっぷりとした陽が差し込んでいる。それはドノ・フィウメを照らす光。顔を上げて、ジルベールはそれに気付いた。エリュス・イリアを照らす光は、この街にもきちんと届いている。
「ま、その前に、まずはメシだけどな!」
「あんたさっきからそればっかりね?」
 いつの間にかその手に、合いの手を入れたアーネスたちが買ってきた名物料理を持っているカイン。その姿に、ささやかな笑いが起こった。

 それは極めて複雑な構造の装置だった。通常の炉に、マナを扱うための様々な器具が接続されている。アンリはそれらの装置をせわしなく操作しながら、炉の中で液体状になった硝子にマナを送る。
 それはまるで、楽器でも演奏しているかのような光景だった。硝子細工といえば、熱した硝子を筒状の金属棒に絡め取り、呼気を送りこんで成型する。そんなイメージがサリナにはあった。しかしドノ・フィウメのそれはそうではなかった。
 いくつもの美しい音が響く。それは“光砂”から取り出されたマナが、一定の法則を辿って再び炉の中の“光砂”へ融合していく音だった。セリオルですら、その神秘的な光景、美しいマナのダンスを目にするのは初めてだった。
「……くそっ!」
 幾度目かのその言葉が、アンリの口から発された。マナの音が止む。聖のマナの美しい輝きが消える。光は色を失い、空中に霧散した。
「ちくしょう……」
 奥歯を食いしばり、アンリは歯の隙間から悔しさをにじませる。
 硝子細工“ドラゴンホルン”製造の失敗。もう何度目かになる。彼の師が専門に扱っていたというその繊細な工芸品は、アンリにとっては難敵だった。
 その複雑な形状を整える過程で、あるいは聖のマナを練成する工程で、アンリは絶妙のバランスを保つことが出来ず、失敗した。繰り返し見てきた師の作業を反芻するものの、その通りに実行するのは困難を極めた。
「くそ……やっぱり俺には……」
 ちらと、アンリの目が“光砂”に向けられる。セリオルが合成した、“ドラゴンホルン”いくつ分もの材料。念のために予備を、と準備されたものだ。
 繰り返される失敗に、工房に集まったサリナたちは何も言えなかった。ただ重苦しい空気と、炉の燃える音だけが工房を満たした。
 最初の数度は、クロイスが親友を励ました。肩を落とす幼馴染を奮い立たせようと、彼は言葉を投げかけた。背中に手を置き、もう一度頑張ろうと。
 だが、素人目に見ても、アンリが“ドラゴンホルン”を完成させられる可能性は低いのではないかと思えてきた。サリナたちには硝子細工製造の工程について詳しいことはわからなかったが、少なくともアンリが操るマナが、聖なる硝子へと変貌を遂げる可能性があるのかどうかならわかった。聖のマナは魔法の力を留めようともがき、しかし形を得ることなく散っていった。
「俺には、無理だよ。やっぱり、クロイス……俺には……」
 工房の天井を、アンリは仰いだ。頭にタオルを巻いているが、疲労と重圧で汗が止まらない。息切れもしている。“ドラゴンホルン”のためのマナ操作が、大きな負担として彼にのしかかっていた。
 クロイスは、両のこぶしを握り締めた。こんな時、どうすればいいんだ。街の、自治区のために必死の努力をしている親友に、これ以上どんな言葉をかければいいんだ。頑張れ、負けるな、お前なら出来る。そんな空しい言葉が、アンリに届くというのか。
「アンリ……」
 クロイスは仲間たちを見た。その表情は明るくはなかった。彼らとしても、このまま“ドラゴンホルン”を得られないのは困る。白き竜たちとの全面戦争を仕掛けなければならなくなるからだ。戦力的には勝てるかもしれない。だが被る被害、特にドノ・フィウメが今以上の破壊を受けることは避けなければならない。
 サリナはセリオルを見た。製造がこれほど難航することは想定の範囲外だったらしく、厳しい表情を浮かべている。
「なかなか、思ったとおりにはいかないものですね……」
 アンリに聞こえないよう、セリオルはそう呟いた。だが、彼にも何をどうすればいいのかがわからない。硝子職人のマナを扱う方法は特異だった。アドバイスのしようが無い。どこをどう改善すれば上手くいくのかが、さすがのセリオルにもわからなかった。
「アンリ……」
 サリナも、その虚脱した背中を見つめることしか出来なかった。無力感がこみ上げてくる。魔法や、戦闘の際のマナの扱いであれば、彼女にも何か力になれることはあっただろう。だが、ドノ・フィウメの硝子工芸について何の知識も無い彼女には、今のアンリにしてやれることは見つけられなかった。
 だがその重い空気の中、進み出た者がいた。
「アンリさん」
 シスララの声は穏やかだった。彼女は作業場に座っているアンリの傍らに屈み、視線の高さを彼に合わせた。悔しさからか、あるいは恥ずかしさからか、アンリはこちらを見ない。
「アンリさん、大変なことをお願いして、申し訳ありません」
 顔を背けたままのアンリに、シスララはそう言って詫びた。思いがけない言葉に、アンリが顔をこちらへ向ける。
 アンリは、シスララの目を見た。美しい黒い瞳。上等な墨を流したようなその黒曜の双眸に、自分の顔が映っている。美しく、そして不思議な光を宿した目だった。全てを包みこむ優しさのようなものが、そこにはあった。
「な、なんであんたが謝るんだ」
 アンリは再び目を逸らした。そして続けた。
「これは俺たちの街の問題だ。俺たちが、解決しなきゃいけないことなんだ」
「……ふふ。そうですね。この街の産業のためですものね」
 微笑みを浮かべ、シスララは肯定した。アンリがこちらをちらりと見て、またすぐに前を向いた。
「変なことを申し上げてすみません。確かに、おっしゃるとおりですね。私が謝罪することでは、ありませんでしたね」
「そ、そうさ。謝られても、困るよ」
 恥ずかしいのか、照れているのか。アンリはどもりながら、まるで自分に言い聞かせるかのようにして語った。
「これは、俺の街のためにやってることで、俺にしか出来ないことなんだ。別にあんたたちのためにやってるんじゃない。俺たちの……俺の、ためなんだ――」
 アンリは工房を見渡した。慣れ親しんだいくつもの道具。炉に、マナ変換器。成型のための型、無数の技術書。彼の師が紙に書いて壁に貼った、いくつかの教訓。それは師が、その更に師から受け継いだ言葉だった。アンリの胸に染み込み、刻み込まれた言葉。それはまるで、師そのひとであるかのように、アンリの心に向かってくる。
「――だから、俺がやらなきゃいけないんだ」
 その言葉は、静まった工房に響いた。マナの力を宿した言葉でもあったかのように。無数の仕事道具が、技術書が、師の言葉が、アンリのその声を聞いていた。工房がほのかに、輝きを帯びたようだった。
「……よし!」
 頭に巻いたタオルを、アンリはぎゅっと締め直した。両頬を叩く。乾いた音がした。後ろを振り返る。クロイスがいる。ジルベールがいる。この街を守るために立ってくれた、サリナたちがいる。
「クロイス、みんな、ごめん。俺、まだまだ未熟だった。“ドラゴンホルン”造るの、ひとりじゃ無理みたいだ」
 そう言ったアンリの顔は、さきほどまでの絶望に満ちた顔ではなかった。闘志に燃える、男の顔だった。アンリは、マナの扱いに長けているらしいクロイスに、そしてその仲間たちに向けて、言った。
「手伝ってもらえるか?」
「当たり前だろ!」
 返事と同時に、アンリはクロイスに殴られた。タオルを巻いた頭を、軽く。
「いて! なんだよ!」
「早く言えよこのバカ! アホ!」
 クロイスは嬉しそうに笑っていた。傍らで、シスララも微笑んでいる。
「何すりゃいいんだよ! 早く教えろ! なんでもやるからよ!」
「ま、待て待て、そんなに焦るなって」
「いーから早くやろうぜ! おい、みんなもこっち来いよ!」
 にわかに工房は活気づいた。若き職人とその親友の姿に、ジルベールは目を細めて笑った。素晴らしい光景だった。
「頼むぞ、アンリ、クロイス」
「私たちも、及ばずながら力になります」
 長老にそう言って頷き、セリオルもアンリのそばへ行った。サリナ、フェリオ、アーネスも続く。ジルベールは彼らに、感謝の言葉を向けた。
「くくく……そろそろいい頃合い、だな?」
 まだ唯一その場に留まり、腕組みをして怪しげに笑う赤毛の青年。ジルベールは彼の名を記憶している。確か、カインだ。
 自分を見てぽかんとしているジルベールをよそに、カインは工房の玄関へ向かった。そして扉の取っ手を握り、おもむろに開いた。陽の光が一気に差し込む。
「おらみんな、言ってやれい!」
 カインがそう号令をかけた。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、いくつもの大声がアンリの工房に飛び込んできた。
「うおおおおおお、アンリイイイイイイイイ!」
「てめえアンリ! ひとりで手柄立てようったってそうはいかねえぞおおおおお!」
「俺にも見せろ! 俺にもなんか手伝わせろおおおおお!」
「ドノ・フィウメの職人魂、見せてやろうじゃあねえか!」
「俺たちの街を救うんだ! アンリ、お前ひとりにやらせはしねえ!」
 手に手に仕事道具を持ち、どやどやと入って来たのは街の男たちだった。見たところ、どうやら破壊された工房の主たちだ。突然のことに、アンリもクロイスもサリナたちも、唖然としてその登場を迎えた。
「カ、カイン、これは……?」
 かろうじて質問したのは、セリオルだった。だが言いながら、彼にはなんとなく事の次第が見えていた。カインがまたやらかした。全くいつのまにこんな段取りを組んだのか。そんなことを考えながら、セリオルは吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。
「へっへー! 職人の奴らに声かけといた! アンリの小僧が“ドラゴンホルン”に挑戦するってな! みんな血相変えて見に来たって寸法よ!」
「に、兄さん、いつのまに職人たちと仲良くなったんだ」
「あはははは! カインさん、すごい! すごいなあ!」
「ったく、相変わらず無茶苦茶なんだから……ま、悪くないけど」
「うふふ。カインさん、さすがです」
「てめーはなんで隠してんだよそういうのを! びっくりさせたかっただけだろ!」
「ああ、そうだ! 文句あるか!」
「文句ありありだこのバカたれ!」
「ひゃっひゃっひゃっひゃ!」
 そんなサリナたちの騒ぎを口を開けて視界の端に捉えながら、アンリは職人仲間の男たちを見ていた。頼もしい男たち。その顔には挑戦意欲が表れ、まるで祭りを楽しもうとでもいうかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。
「み、みんな……来てくれたのか……」
 ぽつりと口にされたアンリのその言葉に、硝子職人の男たちは大きな声で笑った。
「ひよっこのお前に、街を懸けての製作を任せられるかよ!」
「“ドラゴンホルン”、俺にも見せろ!」
「クースラさんの弟子だからって、お前ばっかしずりいんだよ!」
 そんなことを口々に言いながら、職人たちはどやどやとアンリの作業に加わった。アンリの周囲にあった様々な道具を手に手に、男たちは楽しそうだった。
 サリナたちは主にマナを扱う感覚などの面で、職人たちは具体的な作業の面で、全員がアンリの製作をサポートした。工房内は活気に溢れた。
 アンリはそれでも、何度も失敗した。惜しいところまで行ったこともあったが、そう簡単に成功できる作業ではなかった。職人たちもサリナたちも、その繊細で高度な技術に苦心した。そうこうするうちに人工“光砂”が底を尽き、ジルベールがマナストーンの調達に走り、セリオルとフェリオがマナ・シンセサイザーを取りにクルート家へ走った。
 次から次へと人工“光砂”が合成され、次から次へと“ドラゴンホルン”の失敗作が生み出された。サリナとシスララが、例の名物料理を調達した。作業をしながら空腹を満たし、それがそのまま作業へ向かう力となった。工房内は高温を維持し、誰も彼も汗をしたたらせていた。疲労はピークを迎え、サリナの魔法やシスララの舞まで動員して体力を回復した。
 陽は沈んだ。星と月が輝いた。工房は暑く、しかしアンリも職人たちも、サリナたちも必死で作業を続けた。何度失敗しても、もう誰も諦めなかった。熱を逃がすため、工房の玄関が開け放たれた。
 街の住民たちが、騒がしいアンリの工房に集まって来たジルベールから彼らへの説明があり、住民たちから応援の声が上がり始める。その声援が、アンリの力となった。カインがにやりと笑い、それにフェリオが頷いた。クロイスはアンリのすぐそばで、親友に肩を組んで励ました。若き硝子職人はそれに応えようと、作業を続けた。
 夜を徹しての作業が続いた。“ドラゴンホルン”ひとつを生み出すために、多くのひとと時間が費やされた。それが困難であることがわかればわかるほど、ドノ・フィウメの人々はアンリの師がいかに優れた職人であったかを痛感した。
 街の人々が、代わる代わる差し入れを持って来た。スタミナ源になる食べ物や飲み物、汗を拭くための冷たい布。職人たちの身体をほぐすマッサージを施す者、闘う彼らの心を鼓舞しようと、勇猛な詩を詠う者。ドノ・フィウメの民のその姿に、シスララは涙した。街を再興しようと、彼らは一丸となって闘っていた。
 そして山々の合間に、ついに新しい太陽が輝いた。工房の窓から、玄関から、その美しい光が祝福となって降り注ぎ、アンリが高く掲げたそれを照らした。
 白き竜との対話を可能とする、聖なるマナを宿した魔法の角笛。美しき純白の光を纏う“ドラゴンホルン”の完成に、山岳の街は歓喜に包まれ、喝采の嵐が沸き起こった。