第127話

 丸1日、しっかりと休んだ。疲労困憊した街中が眠りに落ち、体力の回復に努めた。
 そして夜が明け、新しい太陽が昇った。エリュス・イリアを照らす光はドノ・フィウメにも注ぎ、それはまるで希望という名の未来を予感させる導きのようだった。
「よろしく頼むぞ、クロイス、アンリ、そしてみんな」
 ジルベールは、若き街の息子たち、そしてその仲間の手を握った。ひとりひとり、しっかりと力強く。サリナはその長老から、大きなものを託されたように感じた。サリナはジルベールの手を、両手で握り返した。
「はい、頑張ります!」
 力強い声。自分を見上げる少女の、強い光を宿したその目を、ジルベールは見た。そういえばこの少女の顔をきちんと見るのは、初めてだった。まだあどけなさの残る少女。クロイスと同じくらいか、少し年上だろうか。
 その目に、ジルベールは驚いた。
 ドノ・フィウメに生まれ育ち、長く生きてきた。長老の座を先代から受け継ぎ、自治区の代表として多くの人間と会ってきた。無数の人生を知り、無数の顔を見た。
 これほど不思議な光を持つ目を、しかしジルベールは知らなかった。勇気、闘志、慈愛、希望、正義。あるいは悲哀、憎悪、嫉妬、絶望、邪悪。正負様々な感情や思いを、目は表す。多くのひとが、その目に何らかの色を宿すものだ。
 サリナの目に宿るものを、ジルベールは計りかねた。それは正義の心のようでもあり、切迫した使命感のようでもあった。あるいは燃える闘志のようでも、皆を愛する聖者の思いのようでもあった。
 長い人生の中で、ジルベールは感じるようになっていた。このサリナという名の少女は、クロイスやセリオルら、仲間たちの中心にいる。彼ら全員の思いが、この少女に向いている。それは不思議な現象だった。愛や友情とはまた違った関係。信頼、あるいは絆。もしくはもっと別の……
「はっはっは。張り切ってんなーサリナ」
「今日は寝坊もしなかったしね」
「ああ。珍しいこともあるもんだ」
 カイン、アーネス、フェリオの声が、ジルベールを卒然とさせた。顔を上げる。太陽の眩しい光が飛び込んできて、ジルベールは目を細めた。顔を下ろすと、もうそこにサリナはいなかった。
「もう、ひどいよみんな!」
 ぷりぷりと怒る少女が、仲間たちの笑いを誘っている。さきほど感じた奇妙な感覚は何だったのか。頭を振る。まあ、気のせいだろう。
「よろしく頼むぜ、アンリ」
 クロイスは親友の肩に手を置いた。“滝”への道案内を務めることになったのは、その道を知る硝子職人であるアンリだった。やっとの思いで完成させた“ドラゴンホルン”を、彼自身の手が運ぶ。戦闘の発生が予想されるサリナたちに、この繊細な硝子細工を持たせるのは危険だった。
「ああ。しっかり護衛してくれよ」
「はは。なんか変な感じだな、お前を守るってさ」
 親友同士はしっかりと握手を交わした。アンリはもちろんのこと、クロイスたちも登山道具を詰めた袋を背負っている。その袋の隣りに、クロイスの新しい弓があった。
「それが例の弓なんですね、クロイスさん」
 シスララから背中越しにそう問われ、クロイスは振り返った。弓を手に持つ。紫色の、美しい長弓。強靭な弦はしっかりと張られ、陽の光に煌めいている。
「ああ。ロクスリーの弓だ」
 昨日、ゆったりと休む中でセリオルが造った弓。それはクルート家にあった弓を修復・強化した品だった。
 エミル・クルート。クロイスの父は狩猟が趣味だった。彼の使っていた弓がクルート家に遺されていた。月日は手の入れられていなかった弓を傷めていたが、それを見つけたクロイスが、セリオルに修復を頼みこんだのだった。
 セリオルは快くその修復を引き受けた。マナ・シンセサイザーが輝きを放ち、エミルの弓は修復された。補強用に白きドラゴンの落とした鱗を使い、弓は美しい紫の光沢を放つ強弓、ロクスリーの弓として生まれ変わった。
「ソレイユは大丈夫なのか?」
 あの白き竜の前での咆哮から元気を無くしていたソレイユ。いまはいつもの、シスララの肩に乗っている。クロイスがその顎を撫でてやると、飛竜は気持ち良さそうに目を閉じて小さく啼いた。
「はい、ゆっくり休ませましたので、すっかり元気になりました」
「そうか。よかったな」
「はい」
 にこりと微笑み、シスララは頷いた。どうやらマナの極端な消費が原因だったようだと、セリオルは言っていた。エーテルを飲ませ、休ませた。飛竜はその鱗につややかな光沢を帯び、甲高い声で啼いた。
「新しい武器もあるし、こいつぁやれそうだな!」
 気勢を上げたのはカインだ。彼もその手に、新たな鞭を持っていた。麓からの山道で手に入れたオチューの触手から作った弓。触手の表皮が剥がれ、鮮やかな朱色の芯の部分から生み出されたそのしなやかな鞭は、レッドスコルピオンと名付けられた。
「何をやるんだよ……竜とは戦いたくないぞ」
「はっはっは。まあやるんだよ、なんにせよ」
「だから何がだ」
 兄弟でそんな掛けあいをするスピンフォワード兄弟の前に、セリオルは立った。眼前には険しい山がそびえている。ドノ・フィウメの街よりさらに高いところに、“滝”はあるという。
「さて、行きますよ」
 号令をかける。仲間たちが覇気のある声で応える。ジルベールが、硝子職人たちが、街の住人たちが、鬨の声を上げて見送りをする。サリナは振り返り、笑顔と共に手を上げた。“滝”へ至る厳しい山道へ、彼らは入った。

 山道は険しかった。フェイロンで攻略した山は氷と寒さのために厳しいものだったが、それとはまた別の厳しさがあった。道は岩山の様相を呈した。“光砂”調達のための道は整備されているとは言い難く、慣れない者には足元が覚束ない。
 だがその道中にはオパリオスが点在しており、サリナたちの目を楽しませた。野生動物や魔物が壊したと思われるオパリオスの破片が散らばっていることもあり、その鋭い欠片には注意が必要だった。
「滑落に気を付けてくれよ!」
 険しい崖道を先行しながら、アンリが警告の声を飛ばす。彼は崖を登るために設置された縄を掴み、登山靴でしっかりと踏ん張りながら下のサリナたちに檄を飛ばす。
「これまでで一番険しいけど、けっこう楽しいな?」
「雪も風もないから、体力だけだもんね」
 あまり苦しそうではない様子でそんな言葉を交わし、フェリオとサリナがアンリに続いて登っていた。
 その言葉に、アンリは唖然とした。硝子職人たちは決して貧弱ではない。製作は体力勝負で、腕力も必要だ。自然と肉体は鍛えられる。だがそんな彼らでも、“滝”へ向かうこの道を往くことは嫌う。単純に、危険で大変だからだ。
「はは……心配いらないか」
 顔を上へ戻し、アンリは綱を握る。同時に多人数で登るのは、綱の強度上、危険だ。最大で3人。自分が早く上へ到達しないと、セリオルやクロイスらが登るのが遅くなる。全身に力を込め、アンリは崖を登る。
 ひゅん、と何かが空を切る音が聞こえた。その直後、おぞましい悲鳴が上がる。驚いて、アンリは背後を振り返った。
 数本の矢をその背に突き刺し、力を失って落下する鳥の魔物がいた。黒い羽根に覆われた巨鳥。ねじ曲がった嘴に鋭い鉤爪を持った魔物は、力無い声に尾を引かせて落下していった。
「危ねーぞ、アンリ!」
 クロイスの声は鋭かったが、険しさは無かった。その調子から、アンリはあの魔物が、クロイスにとってはさほどの敵ではなかったのだと悟った。彼による一撃のもと、魔物は倒され、アンリは身の安全を得た。
 ほっと息をついて、アンリは眼下の親友に礼と感謝の言葉を述べた。そして同時に、どこか寂しさのようなものを感じていた。クロイスが遠くへ行ってしまったかのような、何か置いてけぼりを食ったような感覚。
 明らかに、クロイスやサリナたちの戦闘能力は、常識を超えていた。ドノ・フィウメの自警団も、それなりに本格的な訓練と装備を揃えている。だが彼らは、白きドラゴンたちの相手にはならなかった。クロイスたちは、その相手と易々と渡り合って見せた。
 きわめて優れた戦士の集団。それが今のクロイスたちだ。アンリはそれを感じる度、せっかく戻って来た親友が、また遠くへ行ってしまうような気がしてならなかった。
 崖を登り、立ち上がった。この先、まだまだ険しい道が続く。体力を補給するため、アンリは持参した甘い菓子を口に放り込んだ。
「アンリくん」
 背後から声をかけられ、アンリは振り返った。そこにはあっという間に崖を登り終えたらしい、サリナがいた。こうして話しかけられるのは、ほとんど初めてだった。ややまごつき、口の中のものを急いで飲み込んで、アンリは答えた。
「は、はい。なんですか?」
「あはは。なんだかクロイスのお友達に敬語使われるのって、へんな感じだなあ」
 照れくさそうに頭を掻き、サリナは敬語は使わなくて構わないと言った。
 小柄で、華奢で、優しそうな顔立ち。とても格闘技を使う、強い戦士には見えない。だがアンリの脳裏には、先日の戦闘の様子がはっきりと残っていた。凄まじい回転とともに、サリナは強烈な一撃を竜に叩きこんだ。
「あのね、余計なことだったら、聞き流してくれていいんだけど……」
 後ろ手を組んで近づきながら、サリナはそう言った。何を言われるのかと、アンリは身構える。そんな彼の目の前に立ち、サリナは言った。
「アンリくんは、“ドラゴンホルン”も作れる立派な硝子職人になった。クロイスは、強い魔物も倒せる狩人になった。それだけだよ、きっと」
 卒然として、アンリはその言葉を受け止めた。まるで心を読まれたかのようだった。だが当然、そんなことを出来る人間は存在しない。彼の表情から、サリナは感情を読み取ったのだろう。
「クロイスだって、最初から強かったわけじゃないよ。アンリくんが、最初から一人前だったんじゃないのと同じで。ね?」
 そう言って微笑み、サリナはアンリよりも前へ出た。彼女の後ろに、続々とその仲間たちの姿が現れる。全員が、歴戦の戦士。だが、初めからそうだったわけではない。ただそれぞれの進むべき道をまっすぐに進み、努力を続けてきたのだ。
「うん……そう、だな」
 サリナへの返事というよりは、自分に言い聞かせるように、アンリは呟いた。サリナはアンリには見えないと知りながら、頷き、微笑んだ。
「なにぼさっとしてんだ、アンリ。案内頼むぜ!」
 そう言って、彼の肩をバシッと叩いたのはカインだった。赤毛で陽気な男。一見軽そうで何も考えていないようだが、彼の行動が無ければ、街の職人たちがアンリの工房へ集まることは無く、住民たちの協力も無かったかもしれない。
「はい。あ、いや……ああ、わかった」
 答えるアンリに、カインは右手の親指を突き立ててにやりとしてみせる。
 登山は楽ではなかったが、困難というほどでもなかった。ただ、現れる魔物は強力だった。
「よくこんなとこまで来れたな、アンリ」
 親友の言葉に、クロイスはかぶりを振る。首をかしげるクロイスに、アンリは眉をしかめながら言う。
「前に来た時はこんなに強い魔物はいなかった。クロイスたちが言ってた、オチューだっけ? それと同じような感じじゃないかな」
「マナバランスの異常か……。確かにこんなのが昔っからいたら、街もあぶねーもんな」
 同行を申し出た自警団を連れて来なくて良かったと、クロイスは思った。怪我人が増えただけだったかもしれない。
 魔物の攻略について、聖のマナには闇のマナが有効だとセリオルは言ったが、その攻撃が出来る者は限られていた。
「生贄よ、その血で潤せ我が命――ドレイン!」
 より正確に言うなら、セリオルだけが直接闇のマナを帯びた攻撃が可能だった。吸命の魔法ドレインと、病毒の魔法バイオ。それらは出現する強固な表皮を持つ岩の魔物などを容易く葬った。
 それらのロック族に加え、元はこの山に棲息する野生生物だったものが凶暴化した、ビースト族やプラント族、大型化した虫の魔物であるバグ族なども出現した。いずれも、強弱はあるものの聖のマナを帯びている。
 また山頂に近付くに連れて、アルカナ族も出現するようになった。マナの濃い場所にしか発生しないその魔物を見て、サリナたちは確信した。
「やっぱり“滝”が、“聖なる滝”みたいだね」
「ああ、間違い無さそうだな」
 サリナとフェリオはそう言葉を交わし、それぞれに相手をしていた魔物への攻撃を続ける。
「やれやれ。硬いな」
「うん」
 魔物たちは揃って防御力が高いようだった。撃破出来ないということはないが、手間がかかった。その分、体力とマナの消費も多くなる。少しずつではあるが、それは確実な消耗を意味した。
「闇のマナストーンは無いし、な」
 嘆息を飲み込んで、フェリオはトリガーを引く。高火力の2丁拳銃がカインナイトの青い輝きを放ち、高速の弾丸がアルカナ族の魔物を撃ち抜いた。
 その瞬間、フェリオは我が目を疑った。彼の弾丸が、明らかに空中で変化した。
 それは漆黒の光、あるいは闇の靄とでも呼ぶべきものだった。弾丸は魔物を貫き、その黒い力が魔物の体力を奪い去った。
「艶花の舞・シャドウサンバ!」
 響いたのはシスララの声だった。黒髪の踊り子は扇をその手に持ち、情熱的なマナの舞を披露していた。色無き色、漆黒のマナがそこから生まれ、フェリオの銃に宿っていたのだ。
「すごいじゃない、シスララ」
 闇のマナを帯びた剣に、アーネスは感嘆した。攻撃が格段に楽になった。武器に宿ったマナは聖のマナを帯びた魔物を易々と切り裂いた。おれがロック族やアルカナ族のような硬質な体を持つものであっても。
「ありがとうございます。お役に立てましたか?」
「すげー助かる!」
 レッドスコルピオンは鋭い音を上げて空気を切り裂き、ビースト族の魔物を打ち据えた。激痛に悲鳴を上げる魔物を、獣ノ鎖が縛り上げる。魔物は炎となり、獣ノ箱へと導かれた。
「なあ、他の属性も出来るのか?」
 興味津々な様子で質問したのは、盗賊刀で魔物を倒したクロイスだった。武器を短剣に戻して鞘に収める。
「はい。8属性全て、大丈夫です」
「すげーじゃん! マナストーン使わなくてよくなるのか?」
 興奮した様子のクロイスに、しかしシスララは僅かに顔を曇らせる。
「ごめんなさい。少し時間がかかってしまうんです。マナを練るのが大変なのです……」
「即効性が高いのはマナストーンだな。シスララの舞は、兄さんとサリナとアーネス向きの力ってとこか」
 そう補足したフェリオに、それでもクロイスはまだ熱を帯びた様子で続ける。
「でも闇のマナストーンは無いから、ありがたいよな。炎とか水のも、マナストーンのマナを強化できたりしねーのかな?」
「それは十分に考えられますね」
 クロイスの言葉に答えるようにそう言って、セリオルはウィザードロッドをしまった。
 マナのことを学び、研究してきたセリオルにとって、シスララの舞は新たな関心の対象だった。彼は小さく心を震わせていた。シスララも新たな舞を修得し、能力を向上させている。舞の仕組みについて知りたいと思う一方で、セリオルはシスララの向上心――というよりは、厳しさを増す戦闘で役に立ちたいという思いかもしれないが――にも感動を覚えていた。
 そして彼はこうも思うのだった。自分も早く、上級黒魔法を会得しなければ。
「サリナ、大丈夫か?」
 自分を気遣ってくれるフェリオに、サリナは笑顔を返した。
「うん、大丈夫。ありがとう」
 実際には、少なからず心の水面に波が立った。闇のマナは、彼女の精神に傷痕を残していたらしい。あの黒騎士の影が一瞬見えたような気がして、サリナは身を固くした。
 だが、彼女はそれに負けはしなかった。すぐに頭を振って、その幻影を払った。
 いずれまた、対峙しなければならない敵。その時、同じように身体をこわばらせてはいられない。越えなければならない壁なのだ。びくついていては、それは叶わないだろう。
 それに、自分たちに余裕は無いのだ。使える力は使わなければならない。闇のマナは邪悪な力ではない。それを使うゼノアが、邪悪なだけだ。この山での厳しい戦闘を切り抜けるためにシスララが操れば、それは正義の力となる。
「そうか、良かった」
 どうやら朽ちた砂牢での件以来、フェリオに随分心配をかけているらしいと、サリナは察した。そういえば結局、あれは何だったのだろう。フェリオもセリオルも、具体的なことは何も教えてはくれなかった。ただふたりは口をそろえて、サリナのマナ感応力が高いためだろうとだけ言った。
「急いでくれ、もうすぐだ!」
 耳に飛び込んできたアンリの声にはっとして、サリナは顔を上げた。
 気付けば、“滝”は目前まで迫っているようだった。耳を澄ますと、水が流れ落ちるような、あるいは砂がこぼれ落ちるような音が聞こえる。
 その後もしばらく魔物と戦いながら進み、やがてサリナたちは切り立った崖へ出た。左手に、大きな岩の壁がある。それを指さして、アンリは言った。流れ落ちる音は、もうすぐそこだ。
「そこを回り込むと、“滝”だ」
 落ちたら終わりと思わせる狭い足場を慎重に進み、ついにサリナたちはそこへ到着した。
 ざあざあと音を上げ、聖のマナに祝福された砂が流れ落ちている。元々の砂の色なのか、ほのかに桃色を帯びている。きらきらと煌めく砂が大量に、それこそ滝のように流れるその場所は、全体的に白みがかり、美しく幻想的な景観を生み出していた。
「すごいです……なんて濃い、聖のマナでしょう」
 シスララは胸が高鳴るのを感じていた。マナの集まる場所、集局点。ここにいるのだろうか、彼女が従えるべき、瑪瑙の座の幻獣が。
「やはり間違いないようですね。ここが、“聖なる滝”で」
 その圧倒的なマナの量に、セリオルは頷いた。滝はふたつの踊り場を持ち、階段状になって流れ落ちている。自分が合成したものとは色味の異なる、天然の“光砂”。この夥しい量の“光砂”が、一体どのようにして生まれてくるのか。それを知りたい衝動に、彼は駆られる。
「危ない、セリオルさん!」
 呆然として滝を見つめていたセリオルは、サリナに突き飛ばされてもんどり打った。目を白黒させて、状況を把握しようと身体を起こす。
 耳をつんざく、凄まじい咆哮。いくつもの羽ばたき音。嫌な予感が胸をざわめかせる。
 ずん、と。大きな音とともに、それは眼前に現れた。セリオルは素早く立ちあがり、杖を構えた。仲間たちもそれぞれの武器を、既に手にしている。アンリを後ろへ隠れさせる。
「へっ。話し合う気、毛頭なしって感じだな」
「とりあえず、黙らせるしかないみたいね」
「うう。せっかく持って来たのになあ、“ドラゴンホルン”」
 オパリオスの色を持つ、白きドラゴン。大気を震わせる咆哮。空を隠そうとする翼。怒りに燃える瞳。鋭き牙、猛然たる爪。空に舞ういくつもの、その姿。仲間を代表するように目の前に降り立ったのは、ドノ・フィウメで一度戦い、翼にフェリオの弾丸を受けた、あの竜だった。