第129話

 天井を蹴ったシスララの一撃が、大蛇を仕留めた。口からはみ出るほど大きな牙を持つそのおぞましい魔物は、甲高い断末魔と共に動きを止めた。
「アンリ! アンリーーーーー!」
 その名を必死に呼ぶクロイスの腕を、カインが掴んだ。クロイスは今にも、”光砂”の流れに飛び込もうとしていた。クロイスは自分を制止するカインの顔を睨む。だがカインの顔は厳しい。彼は黙したまま、首を横に振った。
「離せよ! アンリ助けんだよ!」
 クロイスはカインを振りほどこうともがいた。しかしカインの力は強く、決してその腕を離そうとはしなかった。
「水とは違って、この“光砂”の流れには浮力がありません。中を目で見て探すのも不可能です」
「うるせえよ! 離せこの野郎、ぶっ殺すぞ!」
 セリオルの言葉も、もはやクロイスには届かない。少年はなりふり構わず、“光砂”に呑まれて姿を消した親友を求めていた。だが仲間たちは、一様にその行動を阻止した。クロイスが負うことになる危険が大きすぎた。そんな賭けに乗るわけには、いかなかった。
「私が探すよ!」
 名乗りを上げた、それはサリナだった。その足元に、白い魔法の円陣が浮かび上がっていた。彼女はマナを解放しようとしている。
「どうやって探すんだよ……」
 クロイスは疑いの目をサリナに向ける。サリナはそれに、自信に満ちてなどいなかったが、はっきりした声で答えた。
「“ドラゴンホルン”のマナを探ってみる」
「んなこと出来んのか!?」
「わかんない。けどやってみる!」
 サリナのマナが解放される。陽炎のように立ち昇るマナ。栗色の瞳が真紅に染まる。
「そうか……“光砂”と“ドラゴンホルン”のマナは僅かに違う。“ドラゴンホルン”は私が作ったものですから」
「サリナの感応力ならあるいは、か」
 セリオルとフェリオは、試練の迷宮でのサリナのマナ感応力を思い出していた。アーサーの位置を把握出来た彼女になら、この聖のマナに満ちた“光砂”の流れから、僅かに異質であるはずの“ドラゴンホルン”を見つけられるかもしれない。
「サリナに賭けるしかない、か」
「はい……頑張って、サリナ……」
 アーネスとシスララのふたりも、目を閉じて精神を集中させるサリナを見守る。ソレイユも状況を把握しているのか、静かに口をつぐんでいた。
 サリナは全身の力を集め、“ドラゴンホルン”のマナを探った。聖のマナが満ち満ちた流れ。アンリは流されているだろうか。それともどこかに留まっているだろうか。気を集中しようとすればするほど、苦しむアンリの姿が瞼の裏にちらつく。
「アンリ……!」
 思わず、口をその名が衝いた、その時。ぽんと、肩に手が置かれた。
 集中が途切れ、サリナはその手の主を見た。静かな瞳が、こちらを見ていた。アッシュブロンドのガンナーは、黙ってこちらを見つめていた。
「フェリオ……」
 サリナはその名を呼んだ。焦燥に駆られていた心が、落ち着いていく。粟立っていた肌が正常に戻る。感じていた嫌な汗が引く。
「落ち着け、サリナ。焦っても仕方無い。上手くいくかどうかなんて、誰もわからないんだ」
 その声が、乱れた心の波を鎮めてくれた。“光砂”の流れに目を戻す。聖なるマナを帯びた薄桃色の魔法の砂は、変わらず静かに流れている。その美しい流れが、アンリの命を脅かすなどとは、思えなかった。
「……うん」
 その返事を確認し、フェリオはサリナの肩から手を離した。そのまま傍らに立ち、共に“光砂”の流れを見つめる。サリナが気を逸らせないために、自分はここにいなくてはならない。
 サリナは再び、目を閉じた。周囲のマナを感じる。いつもは何気なく感じているその感覚を、まるで探知機の出力を上げるように、拡大していく。フェリオの、仲間たちの気配が遠のく。生物の気配が消えていく。代わりに、暗闇の世界にマナの光が生まれてくる。目で見ているかのように、大小様々な光が感じられる。
 隣に、暖かな銀色のマナがある。背後には5色の、優しい光のマナがある。周囲にはいくつもの小さなマナがある。動くマナ、動かないマナ。それらを感じながら、サリナは目の前の、薄桃色の大きな光の流れに意識を集中させる。
 流れは長大だ。始まりを追うのではなく、その行く先を探る。高きから低きへ、光の流れは進んでいく。蛇行し、落下し、分岐しながら。ただ薄桃色一色の、大きなマナ。温度は感じない。だが親密さを感じる。人間にとって恵みとなるマナを感じる。
 その流れを追い、サリナはそれを見つけた。まるで流れに抵抗しようとするかのように、不思議な動きをする小さなマナに。ふたつのマナが密着している。ひとつは気高い光を放ち、ひとつは今にも消えてしまいそうに頼りない。だがそのふたつには、決して消えることの無い絆のようなものを感じる。
「……いた!」
 仲間たちに、サリナは知らせた。どよめきと歓声が上がる。だが、サリナはまだ目を開かなかった。
「おい、どこだよ! アンリはどこにいるんだ、生きてんのか!?」
 サリナを詰問しようとするクロイスの肩を、カインが再び掴む。クロイスは睨むように振り返ったが、すぐに息を吐いて身体の力を抜いた。そうだ。サリナはもったいぶっているわけでも、嫌がらせをしているわけでもない。アンリの正確な位置を探ろうと、まだ懸命に努力しているのだ。
 その小さな背中に、クロイスは目を戻した。彼のマナの師であり、サリナの祖父でもあるダリウ・ハートメイヤーは、サリナの才能を絶賛していた。彼女には白魔法の師として厳しくしたが、それは卓越した才能にかまけて努力をしなくなるのを懼れたからだと。
 マナの技。最近になってようやく会得することの出来たその力を、クロイスははじめ、恐れていた。小難しく得体の知れない力だと思った。弓や短剣はわかりやすかった。腕力や技術がそのまま力となって効果を生むからだ。
 だが、その力無くして、アンリの危機は救えない。自らもマナの力の操者となった今、クロイスはサリナに対して、尊敬の念を抱くようになっていた。これまではよく理解出来なかったマナを感じるという能力に関して、サリナのそれはずば抜けていた。クロイスは祈った。どうかその力で、親友を見つけてくれ。俺の無事を祝い、喜び、涙してくれたかけがえの無い親友を、助けてくれ。
「……止まった」
 ぽつりと、サリナが言った。クロイスはいつの間にかきつく閉じていた瞼を上げた。サリナはこちらを振り返っていた。弾かれたように、クロイスはサリナの許へ走った。
「どこだ、サリナ! わかったのか!」
「うん!」
「っよぉぉぉぉぉし! どこだ、アンリはどこだ! 無事なのか!」
 興奮するクロイスに、サリナは笑顔で答える。
「大丈夫、アンリくんのマナは消えてないよ! この下、ずっと下! 行こう!」
 そう言って、サリナは流れの先を指差した。どう進めばアンリの許へ到着できるかはわからない。それでもと洞窟の続く道を、サリナたちは走り始めた。
 だが、その時。“光砂”の流れに異変が生じた。
「うわっ、何だ!?」
 その光に、クロイスは驚きの声を上げた。“光砂”の流れが輝いていた。目も眩むばかりの光。聖なるマナに満ちた光が膨れ上がり、そして消えた。
「まあ、これは……」
 その光景に、シスララは言葉を失った。
 全ての“光砂”が、流れを止めていた。それはまるで、薄桃色の石道だった。きらきらとマナの光を反射する粒がまぎれ、淡くも華やかな、花弁の色がごとき様相を呈している。
 セリオルがしゃがみこみ、“光砂”の様子を調べた。触れてみると、ほのかに温かい。だがそれはさきほどまでの砂粒ではなく、しっかりと固まっていた。立ち上がり、彼は足を載せた。サリナの心配する声が上がったが、それは杞憂に終わった。
「石というか……固まっていますね、完全に」
「おいおいまじかよ」
 セリオルに続き、カインもその“光砂”の道に身を載せた。踏みしめ、飛び跳ねて感触を確かめる。“光砂”はいまや、彼の体重を支えるのに何の苦労も無いようだった。
「おい、これ……アンリは大丈夫なのか? この中にいるんじゃねえのか!?」
 クロイスが狼狽するが、それにはサリナが落ち着いた声で答えた。彼女には、わかっていた。
「ううん、大丈夫。この中かどうかはわかんないけど、アンリくんのマナはまだ感じられるから。弱まってもいないよ」
「そ、そうか……それならいいんだけどよ」
 胸を撫で下ろし、クロイスは安堵の息を吐いた。そしてすぐに、取り乱したことを誤魔化そうとするかのように頭を掻き、そっぽを向いた。
「とにかく、進んでみる? この現象のわけは、わかんないけど」
 腕組みをし、そう言ったのはアーネスだ。その言葉に、サリナたちは揃って頷いた。
「行きましょう! アンリくんは、きっとのこの先です!」
 サリナがそう言って気合を入れ、一行は“光砂”の道を歩き始めた。

 出現する魔物は、ますます聖のマナを強めていった。アルカナ族のマナ攻撃は激しさを増し、知能の低いビースト族やバグ族もマナは放つようになってきた。当然ながら道はずっと下り坂で、足場は悪い。ともすれば着地を失敗しそうになる中で、シスララは上手くソレイユと連携を取り、バード族と空中戦を演じていた。
 また1匹の魔物を討ち取り、シスララは着地した。ソレイユを労い、額を撫でてやる。
「それにしましても……なんだかおかしいですね」
 ぽつりと発されたその言葉に、反応したのはセリオルだった。彼は病毒の魔法でアルカナ族の魔物を殲滅したところだった。
「何がです? シスララ」
「あ、その……何と申しますか、まるでこの道が、元からあったような感じがしたものですから」
 ぐるりと周囲を見回して、シスララはそう言った。既に傍らに、洞窟の道は存在していない。“光砂”が固まっていなければ、ここを人間の足で通ることは不可能だろう。
 だが、それにしては天井が高い。白き竜たちの使う通路の役割もあるのだろうか。いや、とセリオルは、胸中でかぶりを振る。竜たちなら、わざわざこの空間を通る必要は無い。広い外を飛んで移動すればいいのだから。
 だとすれば、単に天然の洞窟に“光砂”が流れていただけなのか。恐らくはそうだろうと、セリオルは考える。ただ、この“光砂”が固まる奇妙な現象が、作為的に行われたことなのだとしたら話は変わってくる。
 この“光砂”の道は、どこかへ行くための道なのかもしれない。“光砂”を意図的に固めることが出来るのだとすれば、そういうことになる。だからこの空間は、それに十分な大きさを保持しているのだ。そしてそれは、何か重要な場所へと至る道だろう。そうでなければ、手の込んだ仕掛けなど必要無いのだから。
 そこまで考えて、セリオルは再びかぶりを振った。それはあくまで、可能性のひとつに過ぎない。この現象が解明できたわけではないのだ。先のことまで考えすぎるのは良くない。今はともかく、アンリの救出に向かわなければ。
「サリナ、あとどのくらいだ?」
「もうすぐだよ、近い!」
 クロイスとサリナがそんな会話をしている。顔を上げ、セリオルはシスララを見た。黒髪の竜騎士は顎に人差し指を当てて小首を傾げ、こちらを見ている。
「確かに、広いですね。不思議なものを感じますが……今はとにかく、急ぎましょう」
「はい。そうですね」
 すぐに同意し、シスララは頷いた。ソレイユが小さく啼く。
 蛇行する下り坂を魔物を撃退しながら進んだ。そしてひとつのカーブを曲がった時、サリナたちはその場所に出た。
「……アンリ!」
 親友の名を叫び、クロイスは駆け出した。
 アンリは脱力し、ぐったりとしてうつ伏せに横たわっていた。傍らに美しい装飾の施された台座のようなものがある。アンリの腕はその台座の脚に僅かにかかっており、彼が力を振り絞ってその台座の許へたどり着いたのだと思わせた。
「アンリ! おい大丈夫か、アンリ!」
 親友の名を呼び、クロイスはその身を仰向かせてやった。何度か頬を叩く。温かい。体温がある。手首を押さえ、胸に耳を当てる。どく、どく、と、確かな心臓の鼓動が聞こえる。長い安堵の息を、クロイスは吐いた。
「サリナ!」
「うん!」
 クロイスに呼ばれ、サリナはアンリに駆け寄った。すぐにマナを練る。
「清浄な癒しの光の降らんことを――ケアル!」
 温かな癒しのマナがアンリを包む。光が消え、そしてゆっくりと、アンリの瞼が上がった。
「アンリ!」
「クロイス……」
 まだ意識が朦朧としているのか、アンリは状況をよく理解出来ていないようだった。クロイスが安堵の息を大きく吐くも、なぜそうしているのかがアンリにはすぐにはわからないらしかった。だがその目の焦点が合ってくるにつれ、その顔には次第に緊迫の表情が浮かび上がった。
「ク、クロイス! おい、“ドラゴンホルン”は!?」
 そう叫び、アンリは急に身体を起こした。慌てて飛びのいたクロイスは、何のことだかわからない。
「な、なんだ、“ドラゴンホルン”?」
「ああ、“ドラゴンホルン”だ!」
 まだしっかりしない脚で無理に力み、アンリは立ち上がろうとする。ふらつく親友の身体を、クロイスは支えてやった。
「落ち着けよ、アンリ。“ドラゴンホルン”がどうしたってんだ?」
「あ、ああ、いや……」
「“ドラゴンホルン”なら、そこですよ」
 頭を振って意識をはっきりさせようとするアンリに、セリオルがそう言った。彼はそれを指差していた。アンリが寄り添うようにして倒れていた、台座の上の“ドラゴンホルン”を。
「ああ、ああ良かった、無事か、“ドラゴンホルン”は」
 心底安心した様子のアンリに、セリオルが歩み寄る。サリナたちもそれに続いた。
 そこはまるで、儀式のための場所のようだった。台座を中心として、幾何学的な模様のようなものが、地面に貼られたタイルで描かれている。壁にも同様に装飾のタイルが貼られ、その空間の入り口と思しき洞窟との境目には、美しい大理石の柱が飾られていた。
「アンリ、無事で何よりです」
 セリオルはそう切り出した。アンリはそれに返事をしながら、自らの足で立つと、クロイスに告げた。体力はサリナの魔法で、随分回復したようだった。クロイスはアンリから離れ、アンリは“ドラゴンホルン”の様子を確認した。
 台座の上で、その魔法の角笛は、何らかの力を放出していた。明らかにマナの力だが、それがどのような効果のあるものなのかは、セリオルにもわからなかった。
「アンリ、ここが何なのか、知っていれば教えてもらえますか? その“ドラゴンホルン”についても、併せて」
「……ああ」
 必死の思いで完成させた角笛が無事であることを確認し、アンリはこちらへ向き直った。彼は語った、聖なる滝において特異な様相を呈する、この場所について。
「ここは、ドラゴンたちの祈りの場らしい。詳しいことは知らないけど、前にドラゴンたちがまだ普通だったころ、そう聞かされた」
「祈りの場……何に祈るのでしょう。幻獣でしょうか」
 セリオルが質問を挟む。だがそれについて、アンリは知らないようだった。かぶりを振り、彼は答えた。
「詳しいことは知らないんだ、悪いけど。ただこの台座に“ドラゴンホルン”を置くと、“光砂”が固まる。俺たちはその固まった“光砂”を採掘して持って帰るんだ。流れてる状態から採るのは、事故の元だから」
「……なるほど。偶然ここへ流れ着いた君は、私たちがここへ来られるように“ドラゴンホルン”を設置し、“光砂”の道を作った、ということですか」
「ああ、そうだ」
「あの、アンリくん、ちょっといい?」
 考え込み始めたセリオルに対してか、やや遠慮がちにサリナが手を挙げた。アンリが首を傾げる。
「“ドラゴンホルン”がすごい効果を持ってるのはわかったんだけど、その台座、このために作られたものなのかな?」
 サリナは背後の、“光砂”の道を指差した。“ドラゴンホルン”の力で出来た道だと言うが、白き竜たちは一体何のためにそんな仕掛けを作ったのか。それがサリナの疑問だった。だがやはり、アンリはやや俯いて首を横に振った。
「わかんないんだ。ドラゴンたちは“光砂”を採っていいってこと以外、何も教えてくれない。俺たちはここで、ドラゴンたちの監視の下でしか採掘出来なかった。それ以外のことは聞いても答えてくれないし」
「そっかあ……でもなんだか変だよね。ドノ・フィウメのひとたちが“光砂”を採れるようにするために、祈りの場にそのための仕掛けなんて、作るかなあ」
「まず間違い無く、別の目的があるだろうな」
 そう言いながら、フェリオは台座を調べ始めた。複雑な機構は見当たらない。ただ魔法の力が込められた呪文のような文字列が、表面に刻まれている。“ドラゴンホルン”を置くという簡単な行為で力を発揮するようにできているらしい。
「これを人間のためだけに竜が作るなんて、そんなことはしないはずだ。ということは竜たちも、“ドラゴンホルン”と同じものを持ってると見るべきだな。それを竜たちの目的のために、ここで使うんだろう」
「ドノ・フィウメの“ドラゴンホルン”と工房を破壊したのは、もうドノ・フィウメの職人たちがここで採掘を出来ないようにするため……じゃないわね。万が一にも、人間が竜たちの目的に気づいたり、それを実行したりしないようにするための予防策ってとこかしら」
 腕を組んで片手を顎に当て、アーネスがそう推測した。そしてそれに、顔を上げたセリオルが相槌を打つ。
「それでまず間違い無いでしょう」
 彼は光を放つ“ドラゴンホルン”を一瞥し、“光砂”の道へ戻った。
「この道は、竜たちにとって重要などこかへ続くはずです。そしてそこへは、この道を辿らないと到達出来ない。だから竜たちはその台座を作った。この上か、下か、それはわかりませんが……」
「そこが集局点の中心、幻獣がいる場所、か」
 自分に続いて道へ戻ったフェリオに、セリオルは頷く。間違い無いと、確信を持って。竜たちが祈る存在、それは幻獣以外には無いだろう。幻獣に謁見するため、その御座へ導いてくれるのが、この“光砂”の道なのだ。
「そのような大切な“光砂”を分けてくださっていたなんて、元はやはり、人と竜の関係は、良好だったのですね」
 ぽつりと呟くようにそう言ったシスララに、カインは頷いた。
「ああ、そうみたいだな」
 アンリを連れ、サリナたちは全員、“光砂”の道へ戻った。上か下か、どちらへ進もうかと話し始めた時だった。
 突如、洞窟内に轟音が響き渡った。いや、それは轟音ではなかった。咆哮だった。恐ろしく巨大な咆哮。恐らくは白き竜、それも相当の巨体を誇る個体のものだ。サリナたち全員が、素早く武器を構えた。最初の戦闘以降、一切その姿を見せなかった竜が襲来するのかと、警戒して。
 だが、襲来は無かった。代わりに、声が聞こえた。それは大気を震わせ、どこから発されるものかはわからなかったが、サリナたちの耳へ届いた。
「人間どもよ!」
 腹の底へ響くような声に、緊張が走る。友好的な響きではなかった。だが、かといって敵意を感じさせるものでもない。互いの顔を見合わせ、サリナたちは首を傾げる。
「確かめたいことがある。我らは徒に、貴様らを攻撃せんことを決めた。その道を降りて参れ」
 ごく手短な、それは呼びかけだった。それだけを告げて、もうそれ以上声は、何も語らなかった。攻撃が始まる様子も無かった。サリナたちは戸惑い、だがすぐに結論を出した。
「行きます……よね?」
「当然だ!」
 問いかけたサリナに即座に答えたのはカインで、それに全員が続いた。何が起きているのか確認しなければならない。そして白き竜に、幻獣について質問しなければならないのだ。