第130話

 岩石状に固形化したのは、どうやらアンリが落ちたあの“光砂”だけだったらしい。道を下り終え、サリナたちはそれを知った。
 そこは滝壺だった。聖なる滝、その流れ落ちる膨大な量の“光砂”が集まり、最後に行き着く場所だった。何本もの滝、大量の“光砂”。あの白き竜と戦った場所からは、ここは見えなかった。あの位置よりも更に下、あの時に見た美しい滝の終着点。それがこの、“光砂”の大瀑布だ。
 そしてそこに、無数の白き竜たちが集まっていた。翼を羽ばたかせて宙に浮いている者、地に足をつけてこちらを睥睨する者。友好的、とは言いがたい雰囲気の竜たち。その強力な生物の群れの只中に、サリナたちはいた。
「うわあ……なんか、こわい」
「攻撃はしないって言ってたけどな」
 サリナとフェリオはそう言葉を交わし、警戒を緩めずに歩みを止めた。翼の音や低く小さな唸り声は聞こえるが、竜たちの会話など、言葉は一切聞こえない。いくつもの瞳がこちらを見ている。その一対一対の主が、それぞれに強力な戦闘能力を有しているのだ。緊張は、厭が応にも高まる。
「行きましょう」
 冷静な声で、セリオルは仲間たちに声をかけた。そして先頭に立ち、彼は足を前に踏み出した。
「お、おいおいおい、大丈夫なのか?」
 その後ろでアンリはクロイスの背に隠れ、やや怯えたような声で訊ねた。
「大丈夫だ、セリオルが行くって言ってんだから」
 親友の発したその言葉が、アンリの頭を瞬間的に真っ白にさせた。クロイスが口にしたのは、セリオルに対する全幅の信頼。彼の判断、決断が誤ることなど無いということを、意識することすらなく確信していることを示す言葉だった。
 開けていた口を閉じ、アンリは軽く頭を振った。一体どれだけのことを経験してきたのか。どんなことを経てきたら、あんなことが言えるだけの信頼が生まれるのか。アンリには、それを上手く想像することが出来なかった。
 ここは敵地だ。白き竜は攻撃しないと言ったが、それが本心である確証などどこにも無い。竜たちは強く、もしもここの全ての竜が一斉に襲いかかってきたとしたら、いかにクロイスたちが強いと言っても危ないはずだ。
 前を歩くセリオルの背中を、アンリは見つめる。長身だが、大柄という印象ではない。アンリには、決して頼れる背中には見えない。だがクロイスには、そうではないようだ。
「不気味ね」
「はい……」
 短く、アーネスとシスララは言葉を交わす。こちらが進むのを邪魔立てすることも無く――そういう意味では、攻撃しないという言葉は真意だったようだが――竜たちはただ、黙してこちらを見つめている。
 流れ落ちる“光砂”の大瀑布を前に、サリナたちは進む。1体、また1体と、沈黙する白き竜たちの前を通って。その間、竜たちは何もしなかった。何も行動しなかった。
 そしてついに、セリオルの足が止まる。一行の先頭で、彼は大瀑布の目の前に立っていた。魔法の力を持つ薄桃色の砂が、マナの煌きを纏って流れ落ちている。この滝壺の先は見えない。“光砂”は再び地中へ潜っているのか、わからなかった。
 砂の落ちる音だけが響く。竜たちな何も語らず、何もしなかった。
「やいやいやいやいてめえら! 一体何だってんだ呼び出しといてよ!」
 痺れを切らしたのはやはりカインだった。彼はセリオルの隣に並んで立ち、居並ぶ竜たちに怒りをぶつけた。
「来いっつっといて何も無いのか! てめえら一体どういう了見してやがんだ!」
 そう吼えるカインの後ろで、サリナは苦笑した。
「はは……カインさん、怖いもの知らず」
「なんだ、知らなかったか?」
「ううん、知ってた」
 そんな会話をしているサリナとフェリオに、アンリはやはり驚きを隠せない。カインを怖いもの知らずと称しながら、あのふたりもこの状況で平気な顔をしているのだから。
「やれやれ……確かにこれは、少々引っかかりますね」
 呟きながら、セリオルは眼鏡の位置を直した。幻獣への信仰心を抱く誇り高き種族。それが白き竜たちだと、彼はここまでの経緯から推測していた。だがそれは、彼の見込み違いだったのか。呼びつけておいて対応無しとは、礼を失した行為だと彼らは考えないのだろうか。
 いや、そもそも彼らにとって、やはり自分たちは単なる敵でしかないのか。憎むべき、仇敵だとでも言うのか。
 だが、その時だった。
 再びあの咆哮が轟いた。太く力強い、竜の咆哮。サリナたちは耳を押さえた。だが鼓膜の震えは止まらなかった。それに呼応するかのように、ソレイユが甲高く啼く。
 そして大瀑布の“光砂”が巻き上げられ、それは地響きと共に姿を現した。
「……でけえ」
 その巨体に、カインはあんぐりと口を開けた。これまでどこに潜んでいたのか。そんなことが脳裏をよぎるが、その前にカインは武器を手にしていた。
 それは、巨大な体躯を誇る白き竜だった。恐るべき咆哮を上げた口からは太く鋭い牙が覗き、節くれだった腕や脚は隆々として、その爪は分厚く滑らかだ。翼は他の竜とは異なり、2対ある。オパリオス色の鱗は光を反射して煌き、その身に宿した聖のマナが大気を揺らめかせる。
「なんだ……?」
 フェリオは目を細めて竜を見た。彼の目には、竜は老いて見えた。圧倒的な力は感じるが、その場に並ぶ竜たちのように、若くはない。
「待たせたな、人間ども。まずは非礼を詫びよう」
 老いた竜はそう切り出した。思いがけない言葉に、サリナたちは顔を見合わせる。
「我はこの滝に棲む竜の長、ラフ・ケトゥ。貴様らに訊きたいことがある」
 白き竜ラフ・ケトゥはサリナたちを見下ろした。8人の人間。その内のひとりは、どうやら硝子職人だ。あの角笛を、“光砂”無しに製作したのはこの小僧か。一体どうやって作ったのか……。
 人間たちは返事をしなかった。警戒しているのだろう。構わず、彼は続けた。
「貴様らの目的は何だ。何のために、あのようなことをした」
「あのようなこと……?」
 セリオルは問い返した。思い当たる節が無かった。ラフ・ケトゥが何を問おうとしているのかがわからなかった。
「答えよ、人間。貴様らの目的は、何だ」
 巨竜は問い詰める。生半可な答えでは納得しないだろう。セリオルはその怒れる竜を見据え、覚悟を決めた。真実を口にする覚悟を。
「……幻獣に、会うことです。エリュス・イリアのマナバランスが――」
「やはりそうか!」
 セリオルが言い終わるより早く、ラフ・ケトゥは怒り声を上げた。幻獣に会う。その言葉が、竜を怒らせたようだった。老竜は怒りの咆哮を上げた。周囲の白き竜たちが、一斉に戦闘の構えを取る。ただならぬ事態に、サリナたちはアンリに危険が及ばぬように背後に隠して素早く身を寄せ、それぞれの武器を構えた。
「ちっ……なんだってんだ!」
「怒ってます、よね」
「ああ。理由はわからないけどな」
 カイン、サリナ、フェリオの3人はそう短く言葉を交わし、迫り来る竜たちに備える。これだけの数、一度に相手にするのは骨が折れそうだ。
「待ってください! 話を聞いてください、ラフ・ケトゥ!」
 セリオルは声を張り上げた。巨竜の口からは、怒りのためか、煙のようなものが吐き出されている。まるで体内で炎でも燃えているかのような煙。セリオルはそれに、危険を感じた。
「黙れ! 貴様ら人間の言葉になど、貸す耳は持たぬ! やはり貴様らは滅ぶべき生物だ。覚悟せよ、人間ども!」
 ラフ・ケトゥは激昂に任せて吼える。竜の声は大気を震わせ、サリナたちを圧す。若き竜たちが咆哮と共にその翼を広げる。
「しょうがないわね。向こうがその気なら、応じるまでよ」
「はい。頑張りましょう、皆さん!」
「ったくよ。めんどくせーなあ!」
「おい、おいおいおいおい、やばいんじゃないか大丈夫か!?」
 アーネスは剣を抜き、シスララは槍を構え、クロイスは弓と矢をその手に持った。クロイスはアンリに目だけで振り返り、告げた。
「大丈夫だ。心配すんな」
「だだ、大丈夫って、なあ、おい!」
「いいから見てろって」
 竜たちが翼をはためかせ、飛来する。その高速の襲来よりもなお早く、サリナたちはリストレインを掲げた。
「輝け、私のアシミレイト!」
「渦巻け、私のアシミレイト!」
「奔れ、俺のアシミレイト!」
「集え、俺のアシミレイト!」
「轟け、私のアシミレイト!」
「弾けろ、俺のアシミレイト!」
「響け、私のアシミレイト!」
 真紅、翠緑、紫紺、銀灰、琥珀、紺碧、純白。7色の眩い光が膨れ上がる。膨大なマナの力の奔出。その波動は、白き竜たちの身体を硬直させた。猛り、サリナたちを襲おうと空中にいた竜たち、そして眼前でその太い腕を振り上げようとしていたラフ・ケトゥ。全ての竜が、突如として起こったマナの嵐に身を強張らせた。
 何が起こったのか、アンリにはわからなかった。至近距離での光の膨張に、彼は目を閉じていた。瞼を透かして感じられる光が収まり、彼はようやく目を開いた。
 目の前に、クロイスの背中があった。さきほどまでとは違い、紺碧に輝く鎧のようなものを身に付けている。神々しい光を纏い、彼の親友は凛として武器を構えた。
 竜たちの咆哮が上がる。一瞬怯みはしたものの、再び白き竜の群れは襲撃を始めた。
 フェリオの銀灰の魔法銃が火を噴いた。力のマナの塊が射出され、滑空して迫ろうとした竜を撃墜した。それにクロイスの魔法の矢が続く。氷と水を纏った紺碧の矢は美しい弧を描いて宙を切り裂き、咆哮を上げる竜に命中した。
 接近し、立ち上がって太い腕で攻撃を仕掛けてきた竜を、アーネスの盾が伏せいだ。動きの止まった竜を、カインの雷の鞭が縛り上げ、そのまま電撃を見舞う。シスララはソレイユの助けを得て跳躍し、翼を持つ竜に空中で痛手を負わせた。
「やれやれ……冷静になれば解決出来ることもありそうですがね」
 激昂する竜たちを、まずは黙らせるのが先決か。そう考え、セリオルは杖を振るう。ヴァルファーレのマナは風の刃となって空を舞い、襲いかかろうとした竜の鱗を切り裂いた。
「爛れの塵、不浄の底の澱となり、死へ至らしめる熱病を生め――バイオ!」
 続けざま、病毒の魔法が発動する。魔法はフェリオの銃へ向けられた。すぐにそれを察したフェリオは、魔法銃で闇属性の黒魔法を受け止める。力のマナが集結し、魔法の力を増幅させる。フェリオはそれを、空へ向けて放った。恐るべき病毒の力は空中で拡散し、次から次へと襲来する竜たちに命中する。
 ラフ・ケトゥは怒りの声を上げた。一族の戦士たちが、次々に撃破されていく。信じがたいその光景に、彼は激怒した。目の前には、真紅の鎧に身を包んだ人間が立っている。なにやら魔法の力でも使っているのだろう。忌々しいその人間を粉砕しようと、彼は腕を振り上げ、長い爪を人間めがけて叩き付けた。
 だが、真紅の鎧の人間は既にその場にはいなかった。彼から見れば矮小とも言える小さき身体の人間は、しかし彼の目では補足困難なほど素早く動き、気づいた時には彼の腕を伝ってその背へと移っていた。
「話を、聞かせてもらえませんか!?」
 だが、その圧倒的に有利な状況を生み出したにも関わらず、人間は彼に攻撃を仕掛けてはこなかった。彼は身体を大きく揺らし、人間を振り落とそうとした。
「どうして急に攻撃を!? あのようなことって、何なんですか!」
 その声の響きに、ラフ・ケトゥは違和感を感じた。こやつら、何も知らぬのか? そう思わせる響きだった。いや、そんなことはどうでも良い。人間は滅ぼさねばならぬ。それが、こやつらの犯した罪の代償なのだ。
「ええい、そこをどけ! どかぬか!」
 ラフ・ケトゥは大きく身体を旋回させ、サリナを振り落とそうとした。“光砂”が暴れ、舞い散る。だがサリナは巨竜の背の角にしっかりと掴まり、決して離さなかった。
「どきません!」
「忌々しい小娘が!」
 ラフ・ケトゥは跳躍した。そして背中を地面へ向け、サリナごと叩き付けた。どかぬのなら、そのままくたばれば良い。滝壺から出た巨竜の体躯が、地響きを起こす。
 だが再び、サリナは姿を消していた。身体を起こし、その居場所をラフ・ケトゥは探した。人間とは思えぬ俊敏さ。これもあの魔法の鎧らしきものの力か。
「ラフ・ケトゥ! ここで何があったんですか! 何があなたたちを、こんなに怒らせたんですか!」
 答えず、巨竜は腕を振り上げる。サリナは素早く回避した。その先へ、竜の太い尾が叩きつけられる。サリナは跳躍し、直撃を避けた。飛び散った石つぶてが襲いかかってくるが、気にしている場合ではなかった。
 着地し、竜を見上げる。巨体を誇る白き竜の長は、口を大きく開いていた。その奥に、燃える炎が見えた。そう思った直後、ラフ・ケトゥの口から恐るべき威力の火炎が放出されていた。
 竜は勝利を確信した。ちょろちょろと鬱陶しかったが、今のは必殺のタイミングだった。燃え盛る火炎に飲まれ、焼き尽くされよ。一族の恨み、その身で受けるが良い!
 だが、そうはいかなかった。驚くべきことに、真紅の戦士は炎を貫いて跳躍してきたのだ。そして彼の顔面に取り付き、更に跳躍した。呆気に取られる彼をよそに、人間は彼の背へ再び回った。
「……ごめんなさい!」
 その言葉が聞こえたと思った。だが、それは彼の勘違いだったかもしれない。それが本当に耳にしたものだったのかどうかが判然としないうちに、彼は地に倒れていた。
 首の後ろに、激痛があった。あの人間が攻撃してきたのか。だとすれば、恐るべきことだった。ただの一撃で、この白き竜の長、ラフ・ケトゥを沈めるとは。一体、この力は何なのだ。人間ではないのか。いや、そんなはずは……
 あの人間の悲鳴が聞こえた。首は動かない。目で追うと、一族の戦士が彼に代わり、戦いを挑んでいた。若き戦士たちの筆頭。彼があの人間の、僅かな油断した隙を突いたようだった。
「立て、人間よ」
 そう言葉を投げかけてくる竜を、サリナは見つめた。翼に傷がある。ドノ・フィウメと、この聖なる滝の入り口で戦った、あの竜だ。鳩尾に重い一撃をもらってしまった。呼吸が苦しい。なんとか脚に力を入れ、立ち上がる。
「サリナ、大丈夫?」
 シスララだった。上空から急降下し、純白の竜騎士が救援に来てくれた。シスララはサリナを支え、目の前の竜を見つめた。
「うん……ありがとう」
「やっぱり強いわね、竜は」
「うん」
 仲間たちの戦いも、膠着状態に陥っていた。竜の戦士の数は多く、こちらはたったの7人だ。しかも戦うことの出来ないアンリをかばいながら、セリオルたちは戦っている。はじめは高い攻撃力で竜の戦士たちを圧倒したが、徐々にこちらの攻撃手段に対応しはじめた竜たちに、手を焼いていた。
「リバレート、使うわけにもいかないからね……」
「ええ。マナの消費を極力抑えないと」
 サリナとシスララは認識を共有した。そう、ここですべての力を出し切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、恐らくこの上にいるはずの幻獣の許で、試練を受けなければならないからだ。アシミレイト中に使えるマナにも限界がある。全て出し尽くしてしまえば、幻獣たちが疲労してアシミレイトを保てなくなる。
「我が名はファ・ラク。いくぞ、人間の戦士よ」
 名乗り、白き竜は翼を広げた。跳躍、そして滑空。おそるべき速度で迫るその敵を、サリナたちは迎え撃った。
 真紅に輝く鳳龍棍が、後ろへ素早く跳躍したサリナの手元で、竜の攻撃を受け止める。だが威力を殺しきることは出来ず、サリナは後方へ吹き飛ばされた。ダメージは無い。多少手が痺れたくらいだ。宙返りをし、サリナは着地した。
 シスララがソレイユと共に、竜を攻撃した。だが、連携が上手くいかなかった。ソレイユはシスララの意図とは異なる動きをした。シスララの攻撃は空を切り、かろうじて繰り出したオベリスクランスは、竜の尾によって跳ね返された。
「ソレイユ……?」
 さきほどから、飛竜の様子がおかしい。最初の戦闘でも、ソレイユは気もそぞろといった風に落ち着かない。何度か意図と異なる行動も取っている。シスララが呼べば答えるが、こちらを見ることは少なかった。
「余所見をしている場合か?」
 脅威のスピードを誇る竜の戦士が、シスララに迫る。回避は間に合わない。シスララは槍を構え、敵の攻撃を受け止めようとした。
 だが、横からサリナの強烈な一撃が放たれた。サリナはマナを纏わせた鳳龍棍を投擲した。棍は回転しながら飛び、白き竜の脇腹を直撃した。岩をも粉砕する威力の攻撃に、ファ・ラクが呻き声を上げる。
「そっちこそ!」
 鳳龍棍は回転して宙を飛び、サリナの手元に戻った。痛恨の一撃を受け、しかしなおファ・ラクは立ち上がる。
「おのれ……聖霊様を汚した悪しき者ども! 滅びよ!」
 怒りに身を震わせ、ファ・ラクは罵りを口にする。サリナとシスララは顔を見合わせた。聖霊様を汚した……?
 立ち上がり、ファ・ラクは突進してきた。ラフ・ケトゥほどではないが、ファ・ラクも人間よりははるかに大きな体躯を誇る。その突進をまともに受ければ、大きな痛手を負うのは必至だ。サリナとシスララは、左右に散開してその攻撃を回避した。
「わっ!?」
 だがそれは安直に過ぎた。ファ・ラクは突進に続き、その太く長い尾を振るった。尾に生えた刃が如き鋭さを持つ鱗が飛び、サリナを襲う。サリナは着地もまままならぬまま、その連続攻撃を懸命に回避した。
 だが、さらなる追撃がサリナを襲った。尾そのものが、極太の鞭となって振り抜かれたのだ。鱗の雨に足元を奪われ、サリナはその尾の一撃を受けてしまった。肺から空気が絞り出される。地面を転がり、サリナは岩壁に叩きつけられた。
 ファ・ラクはそれで攻撃を終わりにはしなかった。好機と見た竜の戦士は、シスララを視界から外し、サリナに集中した。跳躍し、彼は羽ばたいた。真紅の娘は攻撃を受けた脇腹を押さえ、苦しそうにしながらも立ち上がろうとしている。
 そこへ、ファ・ラクは聖なるブレスを見舞った。喉の奥、力持つマナの袋を震わせ、竜の息が放たれる。体内で圧縮した空気に同じく体内で生成したマナが融合し、強力な魔法攻撃となってサリナを襲う。
 それを、サリナは見ていた。だが、脚が動かない。受けたダメージが大きかった。膝が言うことを聞かない。すぐにこの場を離れなければ危険だというのに。ファ・ラクが口を開く。その背が薄桃色の光を発する。竜の戦士の口から、破滅的な聖の力が吐き出される。シスララの声が聞こえる。サリナは目を閉じた。
 そこへ、甲高い声が聞こえた。サリナは目を開いた。
「ソレイユ!」
 シスララは飛竜の名を呼んだ。肩から飛び立ち、ソレイユはサリナの許へと飛んだ。そしてサリナとファ・ラクの間へ入ったのだ。
 ファ・ラクのブレスは放たれた。それは高速で、一直線にサリナへと飛んだ。
 だが、ソレイユがそれを防いだ。空色の飛竜は甲高く啼き、翼を大きく広げていた。ソレイユの前には金色の膜のようなものが生まれ、それが盾となってファ・ラクのブレスを防いでいた。ブレスの放出が終わる。竜の戦士が、信じられない思いでその小さき飛竜を見た。
「まさか……本当に……?」
 ファ・ラクは、震える声で呟いた。その隙に、サリナは素早く回復の魔法を詠唱した。痛みが和らぎ、体力が戻る。
「ソレイユ!?」
 シスララが駆けつけた。だが、ソレイユは主のほうを見ない。彼はじっと、宙に浮くファ・ラクを見つめていた。