第131話

 その光景を、シスララは生涯忘れることは無いだろう。
 ソレイユは、白き竜の戦士ファ・ラクを前にして、甲高く啼いた。そして同時に、光を放った。眩い純白の光。それはまるで、ソレイユのその咆哮が力となり、あふれ出したかのようだった。ファ・ラクは、その力に圧倒され、地に降りた。
「おお……この光は……!」
 サリナの攻撃で地に伏していたラフ・ケトゥが、その首を懸命に上げた。老いた竜の長は、その全身の力を振り絞り、再び立ち上がろうとしていた。サリナはそれを、驚愕と共に見つめた。しばらくは立てないはずだった。それだけの攻撃を、ラフ・ケトゥにはしたつもりだった。
「ソレイユ……」
 胸に手を当て、シスララは愛竜を見つめていた。ドノ・フィウメの街での戦いの時と似ていた。ソレイユは、まるでソレイユではないようだった。
「おいおい、なんだこりゃ」
「ソレイユ……一体……?」
「これは……ソレイユはどうしてしまったんです?」
 セリオルたちが走り寄り、シスララに訊ねた。それぞれに相手をしていた竜の戦士たちは、気を失っているか、ファ・ラク同様、ソレイユの咆哮に怯んだかのように、その身を退けていた。
「私にも、わからないのです……」
 シスララの声は、僅かに震えていた。無理も無いと、セリオルはその横顔を見つめる。シスララの顔には、不安そうな表情が浮かんでいる。
 ソレイユの咆哮は続く。そして、その瞬間が訪れた。
「おお、見よ、竜の戦士たちよ! 始まるぞ、“顕現”の時だ!」
 ラフ・ケトゥの声が熱を帯びる。今や老竜は完全に立ち上がり、ソレイユに共鳴するかのように咆哮を上げた。竜の戦士たちもそれに倣う。聖なる滝の大瀑布は、異様な空気に包まれた。戸惑うサリナたちの前で、ただファ・ラクだけが、じっと動かずに沈黙していた。
「ソ、ソレイユ! ソレイユー!」
 シスララの愛竜を呼ぶ声は、もはや悲鳴に近かった。
 我が目を疑うその現象に、サリナは恐怖に近い感情を覚えた。身体が強張る。思考が止まる。
 ソレイユの空色の肌が、鱗が、徐々に変化していった。空色は淡い水色になり、そして最後には、完全なる白、純白へと変わっていった。
 そして驚くべきことが起こった。
 ソレイユの身体は、人間の幼児と変わらないくらいの大きさである。自由に空を舞うため、その筋肉の量に比して骨は軽く、肩に乗せていてもシスララがそれほど疲れないのはそのためだ。シスララと同じ19歳であり、その大きさで既に成体である。
 そのソレイユの身体が、急速に成長を始めた。いや、成長というよりも、変化だった。純白に染まった身体が、急激に大きくなっていった。骨が軋んでいるのか、みしみしと音を立てて。そして完全な白だった体表や鱗の一部に、高貴なる金色が宿り始める。翼を広げ、尾を伸ばし、ソレイユは金色の巨竜へとその姿を変えた。
「これは……驚いたな……」
「お、おいおい……どうなってんだよ、こいつぁあ」
「ソレイユ……どうしちゃったの……?」
 サリナたちはあまりのことに、言葉を失った。誰ひとり、このような事態を想定した者はいなかった。アンリに至っては腰を抜かし、尻餅をついている。
 金色の竜は咆哮を上げた。あの甲高い声ではなく、低く太い声だった。
「ソ……レイ……ユ……?」
 よろりと、シスララは足を前へ出した。いまやソレイユは、あの小型の飛竜ではなかった。堂々たる威容を誇る、ラフ・ケトゥにも並ぶ巨躯。力強く太い手足、重厚なる翼。気高く伸びた首に、神聖さすら感じさせる美しい金色の瞳。それは、まるで太陽のようだった。
「……控えよ」
 金色の巨竜が口を開いた。その声を、シスララは聞いた。ソレイユの、あの高くて愛らしい声ではなかった。威厳に満ち、他者を圧倒する迫力を持った声だった。
「おお……おお……!」
 まるで熱にでも浮かされたかのように、ラフ・ケトゥは脚がふらつくのにも構わず、ソレイユへと近づいた。ファ・ラクが道を開け、ラフ・ケトゥはソレイユの眼前へ進む。2匹の巨竜が相対した。ラフ・ケトゥがソレイユに危害を加える様子は無かった。それどころか、白き竜の長は、金色の竜の前でひざまずいたのだった。
「あなた様こそ、我らが待ち望んだ方。大いなる聖のマナの継承者。千年に一度、竜族の身を依り代として転生し、我ら一族をお救い下さるという伝説の王――」
 シスララは、その目に涙を浮かべていた。19年。生まれてからずっと、共に育ってきた。どんな時も一緒だった。嬉しい時、悲しい時、幸福な時、辛い時。戦いの稽古も、踊りの稽古も、全てを共に歩んできた。あの小さな空色の飛竜は、シスララの全てを知っていた。シスララも、彼の全てを知っていた……はずだった。
「“聖竜王”!」
 再び、白き竜たちの声が上がる。それは雄叫びというより、喝采だった。彼らは歓迎していた。この金色の竜の出現を。
「ソレイユ……ソレイユーー!!」
 シスララの声は悲痛にすら聞こえた。涙を流し、シスララは腕を伸ばした。走りだそうとした。あれはソレイユだ。姿は変わってしまったが、ソレイユであることには変わりないはずだ。
 だが、シスララの腕を掴んだ者があった。セリオルだった。
「セリオルさん!? は、離してください、セリオルさん! お願いです!」
「いけません、シスララ」
 自分の腕を掴むセリオルの手を、シスララは払い除けようとした。自分は竜騎士、セリオルは黒魔導師。力は自分のほうがあるはずだと、シスララは思っていた。
 だが、セリオルの手を振り払うことが出来なかった。彼は、決してその手を離そうとはしなかった。その手が腕に食い込む。痛みが走る。だが、セリオルは力を緩めない。
 シスララはセリオルの顔を見上げた。眼鏡の奥の瞳は、ソレイユを鋭く見つめていた。唇を噛んでいる。眉をしかめている。彼の歯がゆさが、伝わってくる。
「今、あなたがソレイユの許へ走れば、竜たちは一斉にあなたを攻撃するでしょう」
 翠緑の光を纏う魔導師は、純白の竜騎士を止める。行かせるわけにはいかなかった。ソレイユが変身したあの竜は、どうやら白き竜たちにとって、崇める対象であるようだ。人間が気安く近づくことを、彼らは嫌うだろう。シスララに及ぶ危険が、大きすぎた。
「でも、セリオルさん、ソレイユが! ソレイユがっ!」
「……わかっています」
 わかってはいるが、打つ手が無い。その表情が語っていた。あまりに予想外の出来事に、セリオルも考えがついていけていなかった。
「ソレイユ……」
 シスララの胸に、悲しみが溢れた。サリナが駆け寄り、崩れ落ちそうになるその身体を支える。シスララはサリナの力を借りて、なんとか踏み止まった。ソレイユが、ずっと共に生きてきた自分の半身が、どこかへ行ってしまう。その不安が、彼女を飲み込んだ。
 だがその時、シスララはそれを見た。金色の竜が、ちらとこちらを向いたのだ。目だけの動きだった。しかしその瞳は、確かにシスララを見ていた。視線がぶつかった瞬間、シスララは何かを感じた。ソレイユの意志のようなものを、感じたような気がした。
 金竜は、すぐに視線を元に戻した。気づいたのは、どうやら自分だけだったようだ。仲間たちはじっとソレイユとラフ・ケトゥを見つめている。それでも、シスララは確信した。ソレイユは確かに、自分を見た。
 かしずくラフ・ケトゥは、語った。顕現した王に向かって。
「王よ。我ら聖竜の眷属の神、大いなる慈悲の聖霊、セラフィウムがその力を奪われました……小賢しい人間によって」
 どくん、と。心臓が大きく跳ねるのを、サリナは感じた。すぐそばのシスララも同様のようだった。いや、仲間たち全員が、同じだった。セラフィウム。恐らく、瑪瑙の座の幻獣だろう。その力が、奪われた。人間によって。
 そんなことが出来る人間に、サリナは心当たりがあった。全てを見下し、睥睨するあの男。王都イリアスを我が物とし、エリュス・イリアのマナを占有せんとする邪悪の化身。
 その名は、ゼノア・ジークムンド。
 心臓が早鐘のように打つ。全身の血が逆流を始める。髪が逆立つのではと、サリナは錯覚した。身体が熱を宿す。白き竜を混乱させ、ドノ・フィウメの硝子に壊滅的な被害を与えさせた。全ては、あの男の仕組んだことなのか。
「……どのような者だった?」
 金竜が、そう訊ねた。それを受け、ラフ・ケトゥは顔を上げた。竜の表情は読み取れないが、その動きが、意表を突かれたことを語っていた。彼は考えていなかった。王が、その人間の特徴を訊ねることなど。
「ただの人間でございます、王よ。取るに足りぬ、浅はかなる人間で――」
 かぶりを振りながら、白き竜の長はそう答えようとした。だが、彼の言葉は遮られた。威厳に満ちた、聖なる竜王の声によって。
「答えよ」
 びくりと、ラフ・ケトゥは身を震わせた。王の声には、怒りが篭っていた。人間に対する怒りだろう。ラフ・ケトゥはそう考えた。聖霊を汚した人間に対して、王は怒りを感じていらっしゃるのだ。まさか、まさか我々に対してではあるまい。
 だが、彼はその一抹の不安を無視することは出来なかった。頭を垂れ、迅速に、彼は答えた。
「どうやら男のようでございました。白き髪に赤き瞳の、異様なる風体の者でございます」
 カインは叫んだ。怒りが全身を貫いた。だが、それより早く、アーネスが自分の口を押さえていた。叫び声を喉の奥へ呑み込み、彼は騎士を振り返った。
「何すんだよ!」
「あんた、馬鹿なの?」
「ああ?」
 呆れ顔で、アーネスは言った。カイン同様、激情的に叫びかけ、それぞれにフェリオとセリオルに押さえられた、サリナとクロイスにも向けて。
「私たちがゼノアの知り合いだって思われたら面倒でしょ。ただでさえそう思われるのに、今その確信を与えてどうするの」
「……くそっ!」
 地面を殴り、カインは怒りをぶつけた。白き竜たちは、人間を憎んでいた。彼らの信仰する神、セラフィウムを汚したのが、人間だったからだ。だから彼らは、セリオルが幻獣に会うことが目的だと言っただけで、怒り狂った。彼らにとっては、人間がまた幻獣に会おうとしているということだけで、十分だったのだ。人間を滅ぼそうとすることに、十分だったのだ。
 それを理解し、カインは口をつぐんだ。ゼノアへの怒りは収まらないが、ここで叫んだところでどうにもならない。そう思い、彼は怒りを呑み込んだ。
「少し、様子を見ましょう」
 セリオルが、落ち着いた声で仲間たちに言った。ラフ・ケトゥによる白き竜の現状報告が続いている。シスララも少し落ち着いたようだった。むしろそれを支えるサリナのほうが、セリオルには気がかりだった。ゼノアのこととなると、サリナは異常なほどの怒りを顕わにする。彼には今のサリナの顔は見えなかったが、さきほどはフェリオがその怒りの声を抑えてくれた。飛び出していこうとする気配も無い。恐らく、大丈夫だろう。
「様子?」
 クロイスが訊ねた。苛立っている。アンリは困惑した。なぜ、クロイスたちはこんなに怒っているんだろう。ドノ・フィウメ襲撃の原因を作ったのが、自分たちと同じ人間だからか? いや。アンリは胸中でその考えを否定する。違う。洞窟の中で聞いた、クロイスたちの話。エリュス・イリアを壊そうとしている男の話。クロイスの両親とスピンフォワード兄弟の両親を殺害し、サリナの父を幽閉し、王都を混乱に陥れた男。きっとそれが、この事件の犯人なのだ。
 そう確信したから、クロイスたちは怒っている。アンリには、親友の気持ちの全てを理解することは出来ない。彼の両親や家族は、健在だ。街を出発する時にも、随分心配してくれた。迎えに来たクロイスは、どんな気持ちで自分の家族を見ただろう。親を失い、自分の手で弟たちを育ててきたという彼から、自分の家族はどう見えただろう。
 悔しさが、アンリの胸を満たした。なぜ、こんな理不尽な目に遭わなくてはならないのか。自分の一番の親友が、なぜ。
「さきほど、幻獣の力を奪ったという人間のことを、彼は訊ねましたね」
 セリオルの言葉に、クロイスは頷いた。
「ああ」
「やはりあれは、ソレイユなんですよ。私たちにこの件の真相を知らせるために、わざとあんな質問をしたんでしょうね」
「……そーいうことか」
 ソレイユは金色の竜となり、ラフ・ケトゥら白き竜の一族が、彼の前にひざまずいた。賢き竜は、その状況を利用したのだ。セリオルはそう考えた。
「ソレイユに任せてみましょう。なんとかなるかもしれない」
「かもしれねーって、なんともなんなかったらどーすんだよ」
「その時はその時です。正面突破しかないでしょうね」
 きらりと眼鏡を光らせ、セリオルはそう言った。隣でカインが笑う。アーネスは苦笑している。ぽかんと口を開け、続けてクロイスは頭を振った。やれやれだ。
「ったくよ。いっつもそんなんなんだからよー……ま、いいけど」
 頭を掻き、クロイスは竜に目を戻す。
 ラフ・ケトゥからの報告が終わった。その口ぶりは、まるでソレイユを一族の王として迎えようと考えているかのようだった。今後は、これからは、と言った言葉を多用している。だが、ソレイユはそれらの言葉に一度も答えはしなかった。
「聖竜王よ!」
 痺れを切らしたかのように、ラフ・ケトゥとソレイユの前に割り込んだ者があった。翼に傷を負った白き竜の戦士、ファ・ラクだった。
「ファ・ラク! 貴様、なんたる無礼な!」
 ラフ・ケトゥが怒りの声を上げる。だが構わず、ファ・ラクは叫んだ。
「どうかひとつだけ、お訊きすることをお許しください、王よ!」
「下がれ! 下がらぬか、ファ・ラク!」
 白き竜の長は若き戦士を叱責した。だがファ・ラクは動かない。ラフ・ケトゥは忌々しげに唸り、若者を力づくで下がらせようと、その身体を掴もうとした。
「良い。言うてみよ」
 金色の竜の言葉が、ラフ・ケトゥの行動を遮った。竜の長は渋々といった様子で、ファ・ラクの身体を離した。若き竜の戦士は聖竜王の前にかしずき、口を開く。
「ご無礼は承知で、お伺い致します」
「構わぬ。早く申せ」
「はい……畏れながら聖竜王様、あなた様はなぜ、聖霊様を汚せし者と……愚かなる人間どもなどと、行動を共にしておられたのですか」
 ざわりと、波紋が広がったようだった。白き竜たちが、一斉にサリナたちに視線を浴びせた。戦闘が中断し、竜たちの意識はそのほとんどが、金色の竜となったソレイユに集中していた。それがファ・ラクの言葉で、一挙にこちらへ戻って来た。
 落ち着きを取り戻し、シスララはじっとソレイユを見つめていた。さきほどのあの視線。セリオルの推測は的を得ていると、シスララも考えた。ソレイユは賢い竜だ。信頼するパートナーを、シスララはじっと見つめる。
「愚かなのはお前たちのほうだ。我が眷属よ」
 金色の巨竜はそう言い放った。その言葉に、白き竜たちの間に動揺が広がる。人間を愚かと評したファ・ラクに対しての言葉だった。つまりそれは、人間を肯定し、竜を否定するということなのか。血気盛んな若き竜たちが、ざわめき始める。
「……王よ。それは一体、どのような意味でしょうか?」
 ファ・ラクの目は挑戦的だった。ラフ・ケトゥも、今度は彼を止めようとしなかった。ソレイユはその目を見つめ返した。静かな金色の瞳に、ファ・ラクは威圧される。
「お答え下さい、王よ。転生されたばかりとは言え、我ら聖竜の一族を愚かと仰るのであれば……相応の理由を伺いたい」
 戦士ファ・ラクは、誇り高き竜である。己の一族、そして己の強さに誇りを持っている。一族が神と仰ぐ聖霊を貶めた人間に対し、彼は並々ならぬ怒りを抱いていた。目の前に顕現した聖竜の王は、そんな人間ではなく、王自身の眷属である聖竜一族を愚かだと言う。その言葉を、彼は信じることが出来なかった。許容することも、出来なかった。
「お答え下さい、王よ! 人間どもの棲み処で、私はあなたの力を感じた。だからあの時、まさかとは思いつつも退いたのです! 私の、私たちの思いは虚だったのですか。王よ、お答えください。あなたは、何をお考えなのです!」
 もはやかしずくことはせず、ファ・ラクは王に対し、真っ向から抗議していた。誰も彼を止めなかった。彼と彼の一族は、思いを共有していた。突然顕現した王。これまで人間と共にあった王。伝説のとおりの顕現、伝説のとおりの姿だった。
 だが、彼は人間と暮らしていたのだ。
 聖竜王は何も答えない。ファ・ラクの必死の訴えにも、耳を貸していない様子だった。ただ沈黙し、眼前で激昂する戦士を見つめている。
「……やはりそうか。人間と共にあったからだ。人間のせいでこうなったのだ!」
 怒りの咆哮を、ファ・ラクは上げた。彼は振り返り、長ラフ・ケトゥと、一族の戦士たちに訴えた。
「皆、聞け! これは偽りの王だ! 人間に毒され、人間の肩を持つようになった、哀れなる虚構の王よ! このような者に、我らの冠を頂かせて良いのか! いいや、断じてならぬ。そのようなこと、このファ・ラクが認めぬ!」
 怒りの言葉を吐き、ファ・ラクは再び金竜へと向き直った。
「お、おい、やばくねえか?」
 そのただならぬ様子に、クロイスが不安を口にする。シスララも胸に手を当て、気が気ではないようだった。だが、セリオルはじっと状況を静観している。
「大丈夫です。もう少し様子を見ましょう」
「よ、様子を見ようたって、おい、ソレイユのやつ、攻撃されちまうんじゃねえ?」
「本当にそうなれば助けに入ります。皆、いつでも迎撃出来るよう、準備を」
 その指示に、サリナたちは即座に従った。武器を構え、マナを練り上げる。いつでもソレイユを守り、白き竜を撃退出来るように。
「……貴様のような偽りの王には、消えてもらう!」
「待て、ファ・ラク! 早まるでない!」
 だが、怒りと憎しみに囚われた戦士は止まらなかった。その力強き脚で地を蹴り、白き竜の戦士は、金色の竜へ迫った。同時に、サリナたちも飛び出した。ソレイユを守らなければならない。セリオルの杖が煌く。カインが印を結ぶ。フェリオが引き金に指を掛け、クロイスが弓に矢を番える。アーネスは風水のベルを取り出し、シスララは高く跳躍した。
 サリナは、解放したマナの力を使って、誰よりも速く動いた。それに反応したように飛び出した他の竜たちの追随を、彼女は一切許さなかった。風よりも速く、サリナはファ・ラクを撃退すべく地を蹴った。
 だが、それらの行動の何よりも先に、一筋の光が閃いた。
 それは、ソレイユが放ったものだった。金色の竜はその口を開き、翼を広げていた。光芒の一閃は、聖竜王の口から放たれていた。純白の光。圧倒的な力を感じさせるそのマナの砲撃が、躍り掛かったファ・ラクを迎え撃った。
 サリナたちは動きを止めた。聖なる滝の全てを照らすほどの、強烈な閃光だった。ファ・ラクの咆哮が上がる。恐るべき力。彼は感じていた。これほどのブレス攻撃を放つ竜を、彼は知らなかった。
 聖竜の王。その言葉が、攻撃を浴びたファ・ラクの脳裏をよぎる。王の力。あらゆる聖竜を超越する、大いなる威厳の光。強き生命、竜族であるからこそ、王には力が必要だ。一族の中で最強と言われたファ・ラクは、一閃の元に地に落ちた。そして彼は思い知った。あれは、紛れも無く真の王。彼ら聖なる竜の一族を束ね、導く存在であると。
「おお……なんという、圧倒的な力!」
 ラフ・ケトゥの声は震えていた。人間であれば、感涙していたかもしれない。呆然と立ち尽くし、サリナはその老いた竜を見ていた。
「ソレイユ……」
 一方で、攻撃を仕掛けることなく着地したシスララは、やはり不安を感じていた。白き竜たちは鎮まった。圧倒的な力の前に、彼らは立ちすくんでいた。それは問題無かった。ただ、シスララはソレイユが、はるか遠くへ行ってしまうような気がしていた。
「……彼らは、聖霊様を汚した邪悪なる者と戦う、幻獣の使者だ」
 閃光を放った口から煙をたなびかせながら、ソレイユはそう言った。ファ・ラクはゆっくりと立ち上がった。全身をマナに焼かれながら、誇り高き戦士は地に横たわっていることを良しとしなかった。
「我が眷属よ。彼らを助けよ。聖霊様をお救いすることが出来るのは、彼らだけだ。幻獣の力を操り、邪悪を滅する力を持つ、彼らを助けよ。これは、我が勅命である」
「幻獣の、力……」
 ファ・ラクは、サリナを見た。自分を幾度も手こずらせた、人間の娘。真紅の鎧に身を包み、その瞳は無垢だった。あの娘たちが宿す魔法の力。あれは、幻獣の力だったのか。聖霊様も幻獣の1柱。その加護を受けし、人間の戦士たち。
 もはや竜族に、ソレイユを疑う理由は無かった。疑ったとして、あの力の前では全て無意味だ。完全なる聖のマナ、王の証である恐るべき力だった。
「我は飛竜となり、彼らと共に戦う。道案内をせよ、我が眷属たちよ。そして共に戦うのだ、邪悪なるゼノア・ジークムンドと!」
 ソレイユは天を仰ぎ、そして吼えた。空を突き抜くほどの、しかし耳に心地良い、美しい声だった。純白の光が輝く。金色の竜は、その身を縮めていった。鱗が、体表が、徐々に白へ戻り、そしてあの鮮やかな、空色へと戻って行った。
 ソレイユは、宙に浮いた。そして甲高い声で啼いた。その目は、シスララに向けられていた。翼を動かし、ソレイユは空気を叩いた。宙を舞い、彼はシスララの、純白の竜騎士の肩へ戻った。
「ソレイユ……!」
 その感触は、いつものソレイユだった。空色の飛竜は、シスララの頬にその額を寄せた。愛らしく甲高い声。ソレイユは目覚めた。だが、彼はソレイユだった。
 白き竜の眷属は、頭を垂れた。小さき飛竜に向かって、滝に棲む全ての竜が、恭順の意を示した。