第133話

 シスララとカーバンクルの浄化の力が、邪悪に浸食されたセラフィウムの姿を露わにした。
 幻獣の姿は、シヴァの時とはやや異なっていた。いや、もしかしたらシヴァの時にも、見えなかっただけで本当はこんな姿だったのだろうか。漠然とそんなふうに考えながら、サリナは猛然と接近するセラフィウムを見ていた。
 セラフィウムは、まるでその背に半透明の、先のほうが鎌状になった触手のようなものを何本も生やしたような姿になっていた。それが彼女の意識を奪い、操っている者の姿なのかどうか、それすら判然としないが、さきほどからの攻撃の正体であることには間違い無さそうだった。
「来たれ美しき風水の力! 我が盾に光の加護を!」
 翼を広げ、滑空するようにして肉迫した幻獣に、アーネスが盾を向ける。聖なる滝、そこは聖の集局点。豊かに溢れる聖のマナを、アーネスは集めた。それはタイタンのマナによって強化された光の盾に、更なる守りの力を与えた。
 激しい閃光が走った。おぞましい声を上げて接近したセラフィウムの攻撃と、地の騎士アーネスの盾とが激突した光だった。聖のマナには聖のマナを。そう考えて編み出された新たな力に、セラフィウムは呪詛の声と共に退いた。
「なんて重い一撃……」
 アーネスは攻撃に耐えた。だがその腕には、セラフィウムの何本もの鎌による連続攻撃の影響が、痺れとなって残っていた。そう何度も使える手ではない。そう認識し、彼女は舌打ちと共に剣を構える。
「ワイバーンピアス!」
 鋭い声と共に、閃光のような一撃が放たれた。輝く聖のマナを纏ったオベリスクランスと、同じく聖のマナに祝福された飛竜、ソレイユ。投擲された槍と滑空する飛竜が空中で一体となり、恐るべき速度でセラフィウムに迫った。
 その強烈な攻撃に、侵された幻獣は吹き飛ばされた。アーネスへの攻撃の隙を突いた、見事な一撃だった。セラフィウムは怒りの声を上げながら地面を転がり、しかしすぐに起き上がった。
 僅かに、セラフィウムは浮いていた。マナの力か、その足は地に着いてはいない。浮き上がり、邪悪に憑かれた聖の幻獣は、恐ろしい咆哮を上げる。
「聖霊様……」
 ファ・ラクはかぶりを振った。かつての清らかで神々しい、彼の知る聖霊の姿はそこにはなかった。姿形は美しいが、その双眸は血の色に染まり、口からはおぞましい声が漏れる。
「おいたわしや、聖霊様……今、自由にして差し上げましょう」
 竜の戦士は地を蹴った。猛然とセラフィウムに迫る。
 セラフィウムは咆哮と共に、背中の鎌を振るった。実体があるのかも定かでないその鎌はぐんと伸び、大きく振るわれることでいくつもの魔法の刃を生み出した。
 刃がファ・ラクに向けて飛来する。サリナは慌てた。急いで守りの魔法を詠唱しなくては。さきほどの堅守や幻影の魔法は、既に効果を失っているはずだ。ファ・ラクはセラフィウムの攻撃が見えているはずだが、まるで気にもしていないかのように突進する。
 サリナは急いでマナを練った。だがそれより早く、ファ・ラクを追い越して魔法の刃へと飛んだものがあった。
「俺も付き合うぜ、おっさん!」
 カインだった。彼が放ったラムウの雷撃が、セラフィウムの魔法の刃を迎撃したのだった。空中でマナの爆発が起こる。カインはいつの間にか動き出し、俊敏な身のこなしでファ・ラクの隣に着地、並走した。
「ふん……それは心強い」
「へっ!」
 ふたりはセラフィウムへ接近した。ファ・ラクの狙いはあの鎌のような触手だった。あれがセラフィウムに取り憑いているものなのだとしたら、攻撃して引き剥がすしかない。彼はそう考えた。
 当然、セラフィウムも黙して攻撃を待ちはしなかった。触手がうねり、迫るふたりを襲う。
「気をつけろ! こいつの攻撃は、たぶんマナを奪ってくる!」
 敏捷な触手を回避しながら、カインは警告した。ファ・ラクは返事をしはしなかったが、攻撃を受けるのは物理的なダメージ以上の痛手となることを理解したか、きちんと回避を行った。
 カインは雷撃で、ファ・ラクはその口から放つマナのブレスで、幻獣の触手の侵攻を防いだ。それらの防御を兼ねた攻撃は着実に触手にダメージを与え、セラフィウムは怒りに唸る。
 ほんの一瞬だった。セラフィウムの触手が、全て引き戻された。ファ・ラクはそれを好機と見た。彼とカインの攻撃が、聖霊に取り憑く者を怯ませたのだと。彼はその太い腕を振り上げた。マナを纏うこの爪で、忌々しい触手を切り裂いてくれる。
「やべえ! 下がれ、おっさん!」
 カインは逆だった。彼はセラフィウムの行動を、危険の予兆と捉えた。何かしでかす気だ。直感が、彼にそう告げていた。だから彼は、慌ててセラフィウムと距離を取った。
 カインの声など聞こえぬか、ファ・ラクは攻撃を止めようとはしなかった。振り上げられた腕はそのまま勢いをつけ、振り下ろされた。
 眼前の聖霊が、にやりと笑った。邪悪で不気味な笑みだった。それを認識して、ファ・ラクは悟った。これは罠だった。自分はまんまと誘い込まれた。
 だが、腕は止まらない。既に遅かった。マナを纏った彼の腕は、彼の脳が止まれと指示するよりも早く、振り下ろされていた。
 触手が、一気に放出された。それはまるでファ・ラクを包もうとするかのように伸び、彼の翼持つ背を襲った。恐るべき速度だった。ファ・ラクとセラフィウムの体躯の差は歴然だった。だが、触手は体積という概念など知らぬとでも言うかのように、馬鹿げた伸びを見せた。
 ファ・ラクは覚悟した。これは致命の一撃だ。迂闊だった。あの鎌が全て、間もなく自分に振り下ろされるだろう。マナを奪われるのか、あるいはマナによる攻撃で肉体を切り裂かれるのか。いずれにせよ、自分の命はここまでだ。ファ・ラクは目を閉じた。
「しゃらくせえ!」
 大気の爆ぜる音がした。背中に激しい痺れを感じ、ファ・ラクは目を開いた。
 カインの張った雷の盾が、彼の背と翼を覆っていた。それがセラフィウムの攻撃を防いだのだ。同時に、銀灰のマナ弾と紺碧の矢が放たれ、触手を迎撃していた。思惑を邪魔され、セラフィウムが忌々しげに吼える。
「なあに諦めてやがる! こんくらいのことでよ!」
 隣に立ってそう言うカインを、ファ・ラクは見た。紫紺の戦士は、不敵に笑っている。実に楽しそうな笑いだった。
「……お前、戦いは好きか」
 ファ・ラクは訊ねた。答えはわかりきっていたが。
「ああ、好きだね! このシビれるような感覚! 大好きだ!」
 即座に答えるカインに、ファ・ラクは笑う。彼は尾を振り上げた。そして目にも留まらぬ速さで回転し、そのマナを纏う太い尾をセラフィウムに叩き付けた。幻獣は悲鳴を上げる。
「俺もだ!」
「はっはっ! いいねえ!」
 ふたりは攻撃を再開した。人間と竜、息の合ったコンビネーションだった。ふたりが共に歴戦の勇士であるかこそ出来る動き。互いのすること、出来ることを理解し、互いの邪魔にならぬよう上手く立ち回った。セラフィウムは後ろへ下がりながら触手を振るい、魔法の刃を飛ばして応戦した。
「魔の理。力の翼。練金の釜!」
 セリオルは聖水と聖のマナストーンを取り出し、調合を始めた。カインとファ・ラクがセラフィウムの気を引いてくれているのが好機だった。
「バシャイン!」
 ふたつのアイテムから抽出したマナを、調合する。マナは光を放ち、新たなる力となった。宙を飛び、その光は仲間たちを守りのカーテンで包んだ。聖のマナによる攻撃を軽減する、防御の術だ。
 さらに、ふたりを援護するようにフェリオとクロイスの攻撃が飛ぶ。セラフィウムはその迎撃にも触手を割かなければならなかった。遠隔攻撃で触手を手一杯にさせれば、カインとファ・ラクの攻撃が決まる隙が生まれるはずだった。
「くそ。厄介だな」
「当たんねえ!」
 だがセラフィウムは、器用に触手を操ってこちらの攻撃をことごとく遮った。まるで全方位に目がついているような動きだった。クロイスが曲射で背後を狙ったが、それすら簡単に魔法の刃によって叩き落された。
「あれをなんとかしなければ、本体を引きずり出すのは難しいですね」
「隙、作らないとな」
 セリオルとフェリオがそう言葉を交わした。蒼霜の洞窟でクロイスが行ったことを、今回はシスララがやらなければならない。それにはセラフィウムの防御を突破し、無防備な瞬間を生み出してやらなくては。
 その言葉に反応して、サリナとアーネスが飛び出した。前衛を担当しているふたりに加勢する。シスララは好機を待った。上手く出来るだろうか。自信は無い。だが、やらなければならない。
「幻獣様、お願い致します」
 己を守護する聖の幻獣、カーバンクルに、彼女は語りかけた。答えはすぐに返ってきた。
(うん、がんばろう! 大丈夫だよ!)
 侵されしセラフィウムと戦う仲間たちを、シスララは見つめる。皆、それぞれに戦う理由がある。サリナは父のため。セリオルは師を救い、旧友の凶行を止めるため。カインとフェリオは、両親の無念を晴らすため。クロイスもそうだったが、今は故郷を救うという目的もある。アーネスは誇り高き騎士として、王国を護るため。ファ・ラクは守護神を解放するため。それぞれに重大で、重要な使命だ。
 シスララは思う。自分自身の戦う目的、それは何だろうと。
 故郷エル・ラーダに迫る、不作の危機。このままマナバランスが悪化を続ければ、故郷の果樹の実りは減少を続け、やがては壊滅的な被害を受けるかもしれない。それは、なんとしても防がなくてはならない。父が、自治区民が命を懸けて成長させてきた産業を、守らなくてはならない。
 それが、彼女の戦う理由だ。敵、ゼノア・ジークムンドは強い。瑪瑙の座の幻獣まで操る、恐るべき頭脳と力を持った者だ。セリオルも常人をはるかに超える頭脳を持つが、王都の充実した設備がある幻獣研究所と、辺境のハイナン村とでは、出来ることに天地の差があったはずだ。今までのところ、こちらの行動は後手に回っている。それでもなんとか神晶碑を守れてきたが、それがこの先も続くかどうかはわからない。つまり、戦況は芳しくはない。
 彼女は時々、恐ろしくなる。ゼノアが放つ魔物は、いずれも信じられないほど強力だ。彼女たちが幻獣の力を借りて、ようやくなんとか勝利出来るくらいに。
 ブラッド・レディバグ。あるいは幻魔。それらの恐ろしい力を、ゼノアはあとどれだけ持っているのだろう。いくらでも簡単に放出出来るのだとしたら、ゼノアが本気になれば、いつでも自分たちを壊滅させられるのではないかと思えてくる。
 ゼノアがそうしないのは、自分たちを重大な障害と見なしていないからなのか、あるいはもっと優先して行うべきことがあるからなのか、もしくは単にそう頻繁には使えない力なのか。いずれにせよ、自分たちに出来ることは、目の前に現われた敵を撃退することだ。一刻も早く残る神晶碑を守り、エリュス・イリアのマナバランスがこれ以上悪化しないようにしなければならない。
 ドノ・フィウメ自治区。ここも危機に瀕していた。あの破壊された硝子工房の群れが、瞼に浮かぶ。街を支える産業を破壊され、その源であった“光砂”の調達も妨げられ、ドノ・フィウメ自治区の首都は困難に喘いでいる。自らの故郷と重なるその姿が、シスララの胸を痛める。
 ハイナンも、ローランもそうだった。産業を奪われたわけではないにせよ、マナの異常のために、いずれも壊滅の危機が迫っていた。ゼノアは恐らく、ハイナンやローランや、ドノ・フィウメを破滅させようと考えているわけではないだろう。彼にとっては、目的のために行動したその波紋が、人々の暮らしを脅かしたに過ぎないのだろう。そしてそのことに、彼は無頓着で無関心だ。
 そんなことを、このまま続けさせるわけにはいかない。故郷のためだけではない。故郷と同じように苦しむ人々が、このエリュス・イリアにはまだまだ多くいる。その根源を叩かなければならない。シスララの戦う理由は、変化した。
 サリナたちと出会い、多くの新たな力を身に付けた。世界の事実を知った。それを実行出来るのは、恐らく自分たちしかいない。王都の騎士団にも協力要請が出来ない以上、自分たちで行うしかない。だから、彼女は戦う。これ以上、苦しむひとを増やさないために。
 激しい衝突音が響いた。手数を増やしたカインたちが、セラフィウムの触手を強引にこじ開けた。ほんの一瞬無防備になったそのがら空きの胴に、ファ・ラクが突進した。セラフィウムは怒りの声を上げながら鎌を戻そうとしたが、僅かに竜の戦士のほうが速かった。
 セラフィウムは再び弾き飛ばされた。地を転がり、美しい翼から羽根が抜け落ちる。仲間たちが一斉にこちらを振り返る。
「……参りましょう、幻獣様、ソレイユ!」
 カーバンクルとソレイユの声が応える。光が膨張する。カーバンクルのマナを両手に集める。純白の眩い光が生まれる。ソレイユの声が高くなる。それはまるで、集局点のマナを味方に付けようとしているかのようだった。
「う……くっ」
 マナの集まりが遅い。セラフィウムが立ち上がろうとしている。まずい。気が逸る。焦燥感に、集中力が散らされそうになる。ここで失敗したら、次の好機はいつ巡ってくるか。カインやファ・ラクも、無限の体力を持つわけではない。援護するサリナたちのマナも有限だ。ここで、ここで決めなくては。
「落ち着いてください、シスララ」
 温かな声。そして彼女の背中に、温かな手が当てられた。
 セリオルだった。彼の手から、マナの流れが伝わってくるのを、シスララは感じた。
「大丈夫です。私が手助けします」
「……はい!」
 なんて、安心するんだろう。いつの間に、自分はこんなにも、このひとに安心感を覚えていたんだろう。そう感じながら、シスララは力を放った。セリオルが補佐してくれる。きっと大丈夫だ。上手くいく。
 純白の光が放たれる。それはまるで、光のトンネルだった。一直線にセラフィウムへと伸びるトンネル。光は侵されし聖霊を呑み込んだ。カーバンクルの幻影が浮かび上がる。聖歌のような美しい声が響く。セラフィウムは何事かと驚き、退避しようとしたが、既に遅かった。
 激しいマナの嵐。それを起こしているのが人間であることに、ファ・ラクは驚きを隠せなかった。幻獣の使者。聖竜王はそう言った。今現われたのは、幻獣だろう。聖の幻獣、碧玉の座。聖霊の下位にあたる幻獣、カーバンクル。戦闘の力だけではない。彼らは聖霊を助けるために、幻獣の力を使いこなしている。
 自分たちは、考え方が一方的過ぎたのかもしれない。聖霊を汚したのは人間、だから聖霊に近づこうとする人間は敵。それはあまりに短絡的過ぎたのだろうか。人間との接触方法である“ドラゴンホルン”を破壊し、その製造方法を奪い、自分たちは人間との関わりを断とうとした。長ラフ・ケトゥの考えであり、一族もそれに同調した。
 だが、彼ら自身の目的があるとはいえ、人間の戦士たちが今、聖霊のために全ての力を注いでいる。彼らにしても、命懸けの戦いだ。世界の敵を撃退し、エリュス・イリアのマナバランスを取り戻す。彼らはそう言った。それは世界を救うための戦いだ。つまり、自分たち竜の一族をも救う戦いだ。
 こんな人間たちがいたのか。ファ・ラクは、自分たちの視野がいかに狭かったかを痛感していた。そういえば、と彼は回顧する。彼が生まれる前、ラフ・ケトゥがまだ若かったころの話を聞いたことがある。幻獣に認められし人間と、世界に牙を剥いた人間との戦いの話。今の戦いは、まるでそれの再来ではないか。
「行け……頼む、シスララ!」
 その名を、彼は意図せず叫んでいた。いつの間に覚えたのか、人間の戦士の名を。聖竜王を従える、聖の幻獣の使者。いや、彼女だけではない。ファ・ラクはいつの間にか、この場にいる人間たちの名を覚えていた。今は隠れている硝子職人の少年にいたるまで。ファ・ラクにとって、彼らは皆、尊敬すべき勇気の持ち主だった。
 竜の声が聞こえた。シスララは自分自身が吹き飛ばされそうになるマナの嵐を、懸命にコントロールした。
「くっ……出てきなさい、邪なる者!」
 セラフィウムは抵抗を止めない。はじけ飛んだ触手を身体の前に集め、自らを守ろうとしている。また己のマナを放つことで、こちらの力を押し返そうとしていた。だが形勢は覆らなかった。セラフィウムは徐々に押され、そしてついに悲鳴と共に、自らを守っていた触手が千切れ飛んだ。
「今です、シスララ!」
「はいっ!」
 今一度、シスララは力を放出した。カーバンクルの声が更に高まる。純白の光が、波となってセラフィウムに迫った。シスララはマナの力で、セラフィウムを捉えた。光のトンネルがうねる。セラフィウムの身体を、シスララはぐいと引いた。聖霊はつんのめるように前へ引きずられた。
 ずるりと、聞こえたようだった。セラフィウムと同じ姿の、泥色の者が引きずり出された。シヴァの時と同じだった。セラフィウム本体は、まるで眠っているかのような穏やかな表情だった。泥の顔には、さきほどまでと同じおぞましい表情が浮かんでいる。
 光が止まる。膝から力が抜け、シスララはへたり込んだ。泥人形は動きを止めていた。セリオルは倒れそうになったシスララを支えながら叫んだ。
「カイン!」
「おう!」
 カインはセラフィウムに駆け寄り、その身体を抱え上げた。やはり幻獣は、こちらのマナを奪いはしなかった。触れることも出来た。無垢な寝顔だった。翼を傷付けないように注意して――と考えて、カインは苦笑した。物理的なダメージを幻獣が負うことは、無いのだった。
「大丈夫ですか、シスララ」
「……はい、ありがとうございます」
 マナの消費が激しいはずだった。しばらくは戦闘は難しいだろう。あの泥人形が、間もなく正体を現すはずだ。セリオルはシスララを抱え、移動した。シスララは抵抗しなかった。シヴァ戦の経験から、彼女にもわかっていた。しばらく休んで、集局点のマナで回復を図らなければ。
「よくやってくれました、シスララ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
 セリオルに抱えられたまま、シスララはその顔を直視出来ず、目を逸らした。顔が熱いのを気取られないようにと、どうすることも出来ないことを努力しようとして、顔がますます熱くなるのを感じた。
「これを飲んで、休んでいてください」
「はい」
 アンリの近くまで連れて来て、セリオルはシスララを下ろし、ハイエーテルを渡した。アンリは何が起こっているのかわからないものの、ともかくシスララが横になるのに良さそうな場所を空けてくれた。
「お疲れ様。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
 マナ回復の薬を飲み、シスララはアシミレイトを解除した。カーバンクルも、少し休ませなければならない。ソレイユは元気だった。主人を気遣い、小さく啼いている。
「さて……」
 立ち上がり、セリオルはセラフィウムに憑いていた泥人形を見た。べしゃべしゃと汚らしい泥を撒き散らしながら、立ち上がろうとしている。
「少々、お仕置きが必要ですね」
 翠緑の光が強まった。風のマナの力で、セリオルは宙を飛ぶように移動して戦場へ戻った。泥人形は立ち上がり、おぞましい咆哮を上げる。
「正体を現しなさい、幻魔よ!」
 不気味な白いマナを放ち、泥人形が膨張を始める。セラフィウムに憑依していた幻魔との戦い、その第2幕が、切って落とされた。