第146話

 王立幻獣研究所の研究室は最新鋭のマナ機器が揃った、マナ研究者にとっては理想の環境だった。この研究所の名声は数知れず、現在のエリュス・イリアに存在するほぼ全てのマナ技術が、ここで生まれたものだった。
 かつて統一戦争の時代、エリュス・イリアのマナ文明は絶頂を迎えた。王族や貴族、騎士たちだけでなく、一般庶民の多くもマナ技術の活かされた品を使い、世界はたいそう便利で使い勝手の良いもので溢れていた。
 だが狂皇パスゲアの率いたヴァルドー軍が世界を相手に戦を仕掛け、エリュス・イリアのマナ文明を破壊した。優れた研究者や技術者の多くはこの時に命を落とし、あるいはヴァルドーによって奴隷同様に扱われてその研究目的を奪われ、ほとんどが人生を棒に振ることになった。
 統一戦争そのものは、イリアス王国が攻め込んできたヴァルドー軍を迎撃するかたちで打ち破り、終息した。
 イリアス王国に降臨した幻獣たちが、のちに勇王と呼ばれるようになったウィルム王と、その側近であり王国軍の幹部でもあった6人の将軍たちに力を与え、その力が圧倒的だったヴァルドー軍を破ったのだった。
 戦争の結果、残ったのは荒廃した世界と、それをまとめるイリアス王国の姿だった。勇王ウィルムは政治にもその手腕を発揮し、ヴァルドーの進軍によって荒れ果てた世界をまとめ上げた。パスゲアの恐怖によって縛られていた各国に手を差し伸べ、人心を掌握した。
 だがそれは当然のことながら、彼の力だけで成し遂げられたことではなかった。
 世界の人々がイリアス王国に従ったのは、この国が幻獣によって選ばれた、聖なる国であるという認識があったからだった。そう、統一戦争は、幻獣の力によって終息した。この事実が重要だった。
 少年だったセリオルは、13歳という幼い年齢で、史上最年少での竜王褒章を受章し、幻獣研究所入りを果たした。
 彼の師であったエルンスト・ハートメイヤーは言った。人の世の争いに幻獣が介入したという事実が何を示すのか、それを突き止めるのが我々の命題だと。なぜならそれは、パスゲアを、ヴァルドー皇国を止めることが、幻獣たちにとっても重要だったことを意味するからだ。
 幻獣たちの世界、幻獣界と呼ばれるものが存在することは、既に知られていた。
 つまり、幻獣たちにとってエリュス・イリアは、本来棲む場所ではないのだ。そうだというのに彼らは、エリュス・イリアのマナを占有し、世界を従えようとしたパスゲアを止めることに力を貸した。
 幻獣は、エリュス・イリアの守護神と言われている。だから彼らは、エリュス・イリアを守るためにウィルムたちを選び、力を与えた――そう考えるのが、一般的な向きだった。
 だが、幻獣研究所は違った。
 彼らは幻獣も生物であると考えた。マナの化身であり、世界樹の子と言っても良い幻獣たち。研究所はそんな幻獣たちを“生あるもの”と考え、研究を進めてきたのだ。
 その根拠は、前述の事実にあった。すなわち、幻獣たちがエリュス・イリアを守るために力を貸したことである。
 要するに、幻獣研究所はこう考えたのだ。幻獣がウィルムにエリュス・イリアを守らせたのは、自分たちのためであると。エリュス・イリアのマナが占有されることで、彼らにとっても不都合が発生するからだと。
 その利害関係の一致が、統一国家イリアスの誕生につながった。つまり、幻獣も利害によって動くものなのだ。利害を考えるからには、幻獣たちにも命があるはずだ。命があるから、利害を意識するのだから。
 エルンストは語った。その“利害”とは何だったのか。そこに、このマナに祝福されし世界の秘密があるはずだと。その秘密を解き明かした時、彼らは真にマナと幻獣について理解し、この世界の成り立ちの真実を知るだろうと。
 若きセリオルは、その言葉に胸を躍らせた。世界の全てを知ることが出来る――幻獣研究所の研究に、彼がのめり込むことになった瞬間だった。
 だが、研究は容易ではなかった。なんといっても当時の文明を示すものが、損なわれすぎていたのだ。
 ヴァルドー皇国との戦火は、当時各国に存在したはずの文献等もきれいに燃やし尽くしていた。高度なマナ文明は失われ、わずかな口伝と風習にしか、その糸口は残されていなかった。およそ200年前に起きた大規模な内乱が、その損害に拍車を掛けたのも痛かった。それでも幻獣研究所は長年に亘り、地道に研究を続けていた。少しずつマナを理解し、人々の生活に還元した。
 そして研究所はついに、設立以来最高の研究チームを得たのだった。すなわち、ハートメイヤー研究室だ。
 研究所の所長であり、マナ学の権威でもあるエルンスト・ハートメイヤー。鉱物学の分野で傑出した功績を持ち、研究所内でも随一の頭脳と言われたルーカス・オーバーヤード。生物学の分野で当代随一と言われた若き才媛、レナ・オーバーヤード。史上最年少で竜王褒賞を授かり、鳴り物入りで入所したセリオル・ラックスター。そして――セリオルが自分の研鑽相手と認める者、ゼノア・ジークムンド。
 まだ幼い少年と呼べるふたりを含んだこのチームの活躍は、目覚ましいものだった。研究テーマを次々に発表し、あらゆる内容において優れた論文を提出した。その結果は研究所の名を上げ、軍部を含む王国からの予算も、入所希望者の数も増加した。
 研究所の者たちは、誰もが噂した。彼らこそ、研究所の悲願であった、世界の真理に到達する者たちだと。その時世界は、歴史は、変わるだろう。真理が告げるエリュス・イリアと幻獣界の姿が、人々にあらたな世界の地平を見せるだろうと。
「……それが、この様ですよ」
 セリオルの声は硬かった。自嘲しているようでもあり、悔いてるようでもあった。あるいは、懺悔の響きを含んでもいた。
 光に満ちたハートメイヤー研究室は、ある時を境に暗闇の底へ叩き落された――いや、ある意味では自ら進んで闇に堕ちた。
 ゼノアの暴走。エルンストが幽閉され、セリオルは幼いサリナを連れて王都を出た。ルーカスとレナは、ゼノアによって謀殺されたという。栄光の研究室は、その全てを失った。ゼノアの野望だけを残して。
「なあ、セリオル」
 幻獣研究所の過去を語ったセリオルを、フェリオが呼んだ。振り返った魔導師の顔には、苦悩の色が浮かんでいた。
 彼らはサリナを休ませるため、比較的安全そうな部屋を発見し、そこへ移動していた。部屋の扉はいかにも頑丈そうな鋼鉄製で、壁のスイッチを操作することで横にスライドして開いた。かなり高度なマナ技術の使われた仕組みだった。
「ひとつ、質問してもいいか?」
「ええ」
 答えは早かった。フェリオから何かあるだろうということは、セリオルも予想していた。
「あなたが言う“この様”っていうのは、このハイドライドの状態のことか?」
「……それを含んだ、この世界全ての状態のことです」
 フェリオの眉間に、わずかにしわが寄る。よくわからないということを表していた。
「もうひとつ、質問してもいいか?」
 さきほどと同じ調子だった。単純に事実を確認したいということを示すような、平坦な声。この異常な状態の施設にあって、その声はどこか場違いでさえあるように響いた。
「どうぞ」
「あなたはどうしてそんなに……後悔してるんだ?」
 つき、と小さい痛みのようなものが胸に走るのを、サリナは感じた。フェリオが口にした後悔という言葉が、その痛みの源であることはすぐに理解出来た。だが、それが痛みとして感じられたことの理由はわからなかった。
 セリオルは、すぐには答えなかった。彼もサリナと同じ痛みを感じていたからだ。だが、彼はサリナとは違って、その理由を理解していた。それは紛れも無く彼の記憶の中にあり、そして彼にとっては決して消すことの出来ない、苦い記憶だった。
「……私が止めていれば良かったんです」
 この黒き研究施設ハイドライトに淀んだ暗いマナが、セリオルの封印した記憶を呼び覚ましていた。いや、封印という言葉は正確ではないと、彼は胸中で自嘲する。それはただ、彼がこれまで目を背けていただけのことだ。今、彼の胸を占める苦い感情は、いつでもその姿を見せていた。彼はその苦さを心の端で感じながら、前に進むことで意識の外へ追いやろうとしていた。
「止めていれば?」
 フェリオはオウム返しに訊ねた。これまで語られなかった、セリオルの胸にのみ秘められてきたことが吐き出される。その予感がした。
 サリナは部屋にあったソファに横になって休んでいた。さきほどよりは随分ましになったが、それでもまだ気分は優れなかった。彼女は少ししかめた顔をセリオルに向け、じっと黙って兄の言葉を聞いていた。そのサリナの様子が、セリオルの心の錠を外したのかもしれなかった。
 もしくはこのハイドライトがそうさせたのか。これまでのどの場所と比べても、ここは飛び抜けて異質だった。あの合成獣たちを生んだのは間違いなく幻獣研究所であり、その罪深き行為に対する怒りと悲しみ、そして懺悔の思いが、セリオルを過去へと駆り立てたのか。
 いずれにせよ、仲間たちは覚悟した。これまでセリオルが黙して決して語らなかったことが、恐らくは語られるのだ。彼が今を、そのタイミングだと判断したのだ。
 サリナは息を詰めて兄を見つめた。
「私は、知っていました。ゼノアがどんな着想を抱いているのか、そしてそれが、どれだけの危険を孕むものであるのかを」
「黒騎士のことは知ってたって、前に言ってたな」
 カインが言及したのは、クロフィールの“大樹の木漏れ日亭”でのことだった。黒騎士との戦いから逃げ延び、気絶していたサリナが目覚めた時のことだ。セリオルは黒騎士を、ゼノアの研究の中で最も恐怖を覚えたもののひとつだったと言った。
 頷き、セリオルは続ける。
「ですが、私はゼノアを見くびっていました。あんな大それた研究が、そうそう上手くいくはずがないと。そして同時に、エルンスト先生を信じきっていました。先生が見ている限り、ゼノアがあんなにも危険な研究を進められるはずがないと」
「……待って」
 頭痛がしているかのように、アーネスは額に手を当てていた。そしてもう一方の手のひらを、セリオルに向けている。
「今の言い方だと、エルンストさんがまるで、ゼノアの研究を容認していたという風に聞こえるわ」
 ずきりと、今度こそはっきり胸に痛みが走るのを、サリナは感じた。アーネスの表情は苦しげだった。彼女は自分の言葉が、サリナを傷つけることを知っていた。だが、この場で確かめずにはいられないことだった。
 セリオルは目を閉じ、長めに息を吐いてから答えた。
「ある意味では、その通りです」
「そんな――!」
 サリナは身体を起こした。容認出来ないことだった。ゼノアの研究を、父が認めていた? ゼノアによって幽閉され、自分が救出しようとしている、父が? 他の仲間たちの息を呑んだ気配が伝わってくる。
 しかしセリオルはそんなサリナたちの反応を予期していたのだろう。素早く、手のひらを挙げてサリナたちへ向けた。
「ただし、ゼノアの研究の全てを認められたわけではありません。むしろ先生は、ゼノアに騙されていたんです。ゼノアは人工的にマナを生み出す研究だと偽って黒騎士などの研究をしていました。それが発覚したのは、先生が幽閉される直前だった――と言うより、それに気づいたがために幽閉されてしまったんです」
「……つくづくムカつく野郎だ」
 クロイスの声音は、忌々しさを吐き捨てようとするかのようだった。実際、彼はほとんど唾棄する思いだった。反対にサリナは、安堵の息をついた。ゼノアに対しての怒りよりも、父が黒い研究に加担していたのではないということへの安堵が先に立った。
「あの……」
 控えめなその声は、シスララのものだった。彼女はそっとセリオルの表情を窺うように、彼を見た。セリオルがこちらを向くと、シスララは遠慮がちな声で質問した。質問して良いものかどうか、迷っている声だった。
「その……エルンストさんがご存知無かったことを、どうしてセリオルさんが……?」
 その質問に、セリオルは再び目を閉じた。それに答えるには、彼とゼノアについてのことを、より詳細に語らなければならなかった。当然来るだろうと思われた質問だったが、いざ受けてみると、答えるのにはなかなかの精神力が必要だった。
 少し息を吸い込み、セリオルは口を開いた。
「ゼノアは、私にだけは本当の研究内容を話していたんです。私は、同じことをエルンスト先生にも報告しているのだと思っていました。今になって思えば、黒騎士のことなどを聞いた先生が、黙っているはずは無いというのに」
「いやでも、なんでゼノアはセリオルだけにそんなことを話したんだ? 誰にも言わなきゃバレずに済んだんじゃねえの」
 カインの指摘はもっともだった。彼らは再び、苦しげに眉を寄せるセリオルに注目した。
「……私とゼノアは、同郷なんです」
 僅かに逸れた話の方向に、カインは方眉を上げた。セリオルが何を言おうとしているのか、彼には量りかねた。ただ、セリオルが明かしたその事実は、少なからず彼を含めた仲間たちに衝撃を与えた。
 しかし彼の弟はそれだけではなかった。セリオルのひと言で全てがわかったかのように、フェリオは片手で頭を抱えた。そういうことか――。だが彼は、まだ何も言わなかった。
「そうだったの……。それが何か関係するの?」
 話の先を急かす口調だった。アーネスは腕を組み、壁に身体を預けていた。
「私とゼノアは歳も同じで、共に幼い頃から学問を志していました。周囲からはふたり揃ってちやほやされ、神童だなんだともてはやされました」
 それはそうだろうと思いながら、サリナは聞いていた。セリオルの頭脳の卓越した優秀さは、誰もが知るところだ。それこそ、国王までもが。それにゼノアもそうだろう。竜王褒章の受章はしていないにしても、セリオルと同じ年齢で幻獣研究所に入所している。ただの13歳が入れるほど、国の研究機関は甘いところでないはずだ。
 セリオルの声は淡々としていて、誇るところも驕るところもまるで無かった。自らの過去について、あたかも何の興味も無いかのようだった。かつて自分に向けられた神童という言葉を口にしながら、彼は別人のことを話していた。
 ふと、サリナは思った。幼い頃、共に育ったというセリオルとゼノア。道が違われたのは、王都へ来てからなのだろう。しかし、そういえば……ふたりは一体、どこで生まれ育ったのだろう。
「ゼノアは、優れた少年でした」
 しかしサリナの思考は、続けられた兄の言葉によって中断した。変わらぬ平坦な声で、セリオルは言う。
「私は、自分が彼よりも優秀さにおいて勝っていると思ったことは、一度もありませんでした。ですが――」
 言葉を切り、セリオルは呼吸を整えた。話す順番、選ぶ言葉、それらに注意を配っているようだった。仲間たちは、彼の言葉を待った。
 時間としてはほんの少しの間だった。だがサリナには、その沈黙が異様に長く感じられた。彼女は、自分が呼吸を止めていたことに気づき、慌てて息を吸い込んだ。僅かに咳き込む。
 セリオルが口を開く。
「――どういうわけか、常に周囲から評価されるのは、私のほうでした。竜王褒章のことにしても、それ以外のことにしても。ほとんど同等の成果を挙げていながら、ゼノアが大人たちに注目され、褒められることは無かった」
 少年の心に、その事実はどんな影響を与えただろう。世界のマナを占有しようと画策するまでになった男の、少年時代。彼は優れた頭脳を持ち、優れた論文を出した。だが、評価を受けるのは彼ではなく、同い年でほとんど変わらぬ能力を持つ、セリオルだった……。
「ゼノアは、私に妬みの言葉を向けたことは一度もありません。彼はいつも、私に笑いかけ、評価を受けた私を賞賛しました。でも、私は気づいていた。そんなゼノアの言葉、表情の陰に潜む感情に。気づいていながら、どうすることも出来なかった。幼かった私には、ゼノアにどんな言葉を掛ければいいのか、わからなかった」
 頭脳が優秀であり、学問に精通したとしても。たった13歳の少年には、他者の感情の機微を気遣う言葉を選ぶことは難しかっただろう。
 サリナは瞳を伏せた。とても、難しかったに違いない。同郷の友、共に学問を志した者。もしかしたら、かつては親友とも呼べたのだろうか。そんな友には向けられぬ賞賛の声と、自分にばかり向けられる賛美の言葉。セリオルはどれほど複雑な、歯がゆく身もだえする感情を抱いたことだろう。
「……ゼノアは、見せたかったんだな。自分の研究の成果を、誰よりも、セリオルに」
 立場や分野は違えど、フェリオも蒸気機関の研究に取り組む者だ。ゼノアのことを理解したとは思いたくなかったが、そんな境遇の者が抱く思いは理解出来た。
 重苦しい沈黙が落ちた。彼らは既に理解していた。幻獣研究所で、他の誰にも見せなかった密かな研究内容を、セリオルだけに見せたゼノア。その危険な思想に気づきながら、止めることが出来なかったセリオル。そこにはそれまでの、ふたりだけの間に横たわった、解しようのないわだかまりがあったのだ。ゼノアが成果として発表出来るかもしれないことを、セリオルにはやめさせることが出来なかった。
 やがて、ゼノアは暴走を始めた。気づいた時には、既に遅かった。人工の幻獣、幻魔を生み出し、黒騎士を生み出し、世界のマナを占有しようとするゼノアのたくらみ。それは彼の、屈折した自尊心と、与えられることの無かった賞賛への渇望が為させたことなのか……。
「……さて、話は終わりです」
 短く息を吐き出し、セリオルが告げた。彼らはまだ、ハイドライト探索の途中なのだ。あまり長く時間を食うわけにはいかない。サリナの体調も随分回復したようだった。ことの背景を理解した仲間たちは、どこかやりきれない思いを抱きながらも、装備を確認した。彼らはそれでも、やらなければならない。
 と、その時だった。
 恐ろしい咆哮のようなものが聞こえた。いや、あるいは悲鳴だったかもしれない。合成獣のものか。怒りの声とも、恐怖の声とも聞こえた。
「なんだ!?」
 警戒の声を上げると同時に、カインは部屋の扉に近づいた。戸袋になる壁に背を付け、扉の向こうを窺う。
 廊下に、正体不明の気配が現われていた。合成獣のものか。いや、何かが違う――魔物の気配に慣れ親しんだはずのカインの直感が、けたたましい警鐘を鳴らしている。そこにいるのは、何か“違う”ものだ。
「やべえ! みんな伏せろ!」
 何かがやって来る。その漠然としていながらも鋭い、鋭すぎる感覚が、カインの全身の肌を粟立たせた。総毛立つ思いで、彼は床に伏せた。
 仲間たちの反応も素早かった。皆、すぐに正体不明の攻撃から身をかわすべく、安全と思われる姿勢をとった。扉からは、決して目を離さずに。
 鋼鉄製のはずの扉が、どろりと溶けた。そして液体となった鉄を撒き散らし、その恐るべき光線が部屋の中を破壊した。混乱の声。
 身をかばいながら、サリナはそれを見ていた。部屋を襲ったのは、光だった。薄紅色の光。それは紛れも無く、マナの光だった。そしてサリナには、その光に見覚えがあった。どこで見たかは思い出せないが、間違いなく、彼女はその光をどこかで見ていた。
 光が消える。巻き起こった粉塵が、少しずつ収まる。サリナたちはそろそろと顔を上げ、攻撃を仕掛けたものを見極めようとした。
「なんだ……? ひと、か?」
 愕然としながら、フェリオは呟いた。
 そこにいたのは、人間のような姿をした何かだった。体型で言えば女性だ。長い四肢に、長い髪。引き締まった筋肉、伸びやかなバネを持つとわかる身体。
 だが、それはどう見ても人間ではなかった。全身が薄紅色に染まり、さきほどの光線と同じ色の光を、その者は纏っていた。