第153話

 その者の目は、静かに開かれた。
 さきほどの者の目とは違っていた。瞳の無い目ではなかった。その瞳は、真紅に近い赤だった。
 瞬間、サリナとその者とは、互いの視線を絡め合った。赤き瞳は栗色の瞳を見つめ、栗色の瞳は赤き瞳を見つめた。そしてそこに、瞬きひとつにも満たないほどの極めて短い時間における、意思の疎通のようなものを、サリナは感じた。
 いや、正確に述べるなら、それは疎通ではなく、一方的な伝達だった。あるいは、押し付けだった。
 ――どうして、あなたはそこにいるの。……ずるい。
 サリナは目を見開いた。
「サリナ、下がれ!」
 フェリオの警告の声が鼓膜に叩きつけられた。弾かれたように、サリナはその場から飛び退った。その直後、水槽が発光した。いや、発光したのは、その中に浮かぶ者だった。
 ソレイユとアイリーンが興奮して声を出した。その声に、水槽の硝子が砕ける音が重なる。
 激しいマナの奔流と共に、水槽は砕け散り、中の液体が流れ出した。サリナたちは足を取られぬよう、素早く立ち位置を移動する。液体はどうやら透明らしく、床に下りた光纏う者の姿は、水槽の中にいた時と同じに見えた。液体が血痕の上に広がる。
 その者は鮮烈な光を纏っていた。上階の部屋で遭遇した者より、さらに強い光だった。はっきりとした意思を感じさせる瞳は鋭く、その放つマナの強さは格別だった。
「やれやれ、またあれか」
 マナストーンボックスを起動させながら、フェリオはうんざりした声音だった。
「でも、少し様子が違いますね」
 シスララはオベリスクランスではなく、扇を構えていた。マナの舞の力が必要になるはずだと、彼女は考えた。あれは素早く、強い。
「基本はいっしょだろ、たぶん」
 グラディウスを両手に握り、クロイスは油断無く敵を見つめる。強烈なマナが放出されている。それは統制されることもなく、暗い部屋を縦横に駆けた。光纏う者の敵意を象徴しているようだった。
「油断すんなよ。あれは素早いぜ」
「あんたがね」
 カインとアーネスはサリナのすぐ後ろに並んで立ち、前線の攻撃と守りを担当しようと武器を構える。
 彼らの考えは同じだった。上階で戦った者と、基本は同じであるはずだ。素早く、強く、そして脆い。必殺の一撃を見舞うことさえ出来れば、撃破可能だろう。だがそのためには、敵の強烈な攻撃を防がなくてはならない。
 だが、アシミレイトはまだ待つべきだろう。ハイドライトに潜む者の正体は、これではない。この施設を操ることの出来る、恐らくは幻獣研究所の研究であるはずだ。その者がこの先、他にどのような危険な罠を仕掛けているか、まだわからないのだから。
 ゆっくりと進む光纏う者を見据え、彼らは筋肉を緊張させる。戦いの口火を切ろうと、フェリオが引き金に指を掛ける。
「待って!」
 その仲間たちを、制したのはサリナだった。彼女は棍を握った腕を上げ、仲間たちの前に出した。戸惑いの声が上がる。
「……私が、やります」
 強い声だった。強い意志を、感じさせる声だった。
「サリナ……」
「大丈夫。大丈夫だよ」
 気遣わしげに自分を呼ぶフェリオに、サリナは振り返らずに答えた。それ以上、誰も何も言わなかった。アイリーンの心配そうな声だけが聞こえる。仲間たちは光纏う者を油断無く見据えながら、武器を下ろした。
 それを背後の気配で感じ取り、サリナは腕を下ろした。仲間たちが、自分から少し離れる足音がした。
 サリナは、全ての意識を目の前に立つ者に集中させた。
 光が強まった。マナの嵐が勢いを増す。強い、凄まじいまでに強い敵意が、向かってくる。
 ――どうして、あなたが! どうして、どうして、どうして! ずるいずるいずるい!
 言葉が聞こえたわけではなかった。だが明確に、その者はサリナに向けて、嫉妬と羨望を向けていた。それは矢のように、サリナの身を貫いた。
 痛みがあるわけではない。だが、それはほとんど痛みと同じだった。サリナは押されぬように、負けぬようにと、自分の意識を強く保てるように努めた。
 対峙する2者は、じりじりと距離を詰めた。互いに、相手の出方を窺う。
 ふと、光纏う者が、その光を消した。
 飛び出したのは同時だった。だが、状況はサリナに不利だった。一瞬前まで見えていた相手を見失った動揺が、サリナの動きをほんの僅かに鈍らせた。
 振り下ろされた鞭のような腕を、サリナは鳳龍棍でかろうじて受け止めた。視界を奪われても、気配を読むことでなんとか対応出来た。サリナの鋭敏な感覚が、それを可能にさせた。
 攻撃の瞬間、マナの光が現われた。その光が浮かび上がらせた敵の表情に、サリナは背筋が凍った。
 笑っていた。歯をむき出しにして、その者は笑っていた。残酷な笑みだった。サリナを攻撃出来ることに、無上の喜びを感じている、恐ろしい笑み。
 恐怖に縛られぬように、サリナは奥歯を噛み締めた。攻撃は弾き合いとなり、2者は距離を取った。
 深く呼吸をし、サリナは分析する。
 さきほどの攻撃。敵はその瞬間、マナの光を発した。
 やはりこの敵の力の源は、全てマナなのだと、サリナは直感的に理解した。自分たちのように、筋力や遠心力という物理的な力は、光纏う者には概念として存在しない。そういう意味では、幻獣や幻魔と近しい者であることは、間違い無いのだろう。セリオルの話は、あながち的外れでもないのかもしれない。
 サリナはマナを解放した。足元に白い円陣が現われる。そこから吹き上がる陽炎のように、サリナのマナが放出される。マナはサリナを包む光となり、鳳龍棍が真紅と金色に染まる。
 もはや意味は無いと察したか、敵もマナの光を再び纏った。マナを操る2者が、再び同時に飛び出した。
 水平に振られた鞭のような腕を、サリナは身を低くしてかわした。その勢いのまま脚払いを仕掛ける。床すれすれで鋭く放たれた蹴りは、光纏う者の脚を正確に捉えた。マナの乗った攻撃が入り、敵ががくっと体勢を崩す。
 サリナは鳳龍棍を、一気に突き上げた。マナの十分に行き渡った強靭な棍が、光纏う者の顎を突き上げる。人間であれば、歯がガチンと鳴ってぶつかり合い、口内を噛んで激痛を与えることが出来る攻撃だった。だが光纏う者に、その概念は通用しないようだった。
 突き上げられた勢いを利用して、敵はそのまま後転した。人間の動きではなかった。人間であれば、後転すれば床に手をつき、腕の力で跳躍して足で着地する。だが光纏う者は、後転してから手をつくことなく、するりと空中で回転して着地した。
 その予想外の動きに、サリナは虚を突かれた。放たれた鋭い前蹴りが、一瞬回避の遅れたサリナの脇腹をかすった。鋭い痛みが走り、否応なくバランスを崩される。関節の存在など感じさせない、まるで巨大な蛸か烏賊が、恐ろしい力でその触手を突き出してきたような攻撃だった。
 サリナは痛みに歯を食いしばりながら、冷静な判断を続けていた。脇腹を蹴られ、身体が泳いでしまった。彼女はその流れに逆らわず、蹴られた側の足に力を込めて軸を作り、反対の足で床を蹴った。その力を起点として、サリナは回転を始めた。
 風のように疾く、サリナは回転した。ファンロン流武術天の型の、サリナが最も得意とする形だった。
 サリナを中心として、マナの竜巻が発生した。真紅の力が強烈な勢いで集中する。光纏う者は、恐ろしい形相で口を開いた。人間であれば顎が外れるほど大きく開かれた口から、敵は光線を発射した。あの鋼鉄の扉を破壊した光線の、更に威力を増したものだった。仲間たちの声が上がる。
 だが、サリナはそれをものともしなかった。生み出したマナの竜巻が、光線の一部を拡散させて力を奪い、また一部はそのまま竜巻に吸収された。回転する視界の隅で、敵が唖然としているのを捉えながら、サリナは突進した。
 勝敗はその一瞬で決した。裂帛の気合と共に、サリナは竜巻の力を光纏う者に放った。鳳龍棍が一層輝く。渦を巻きながら、荒れ狂うマナが敵を貫いた。人間とは異なる悲鳴を上げながら、光纏う者は床を転がった。
 ブゥー……ン、と再び羽虫のような音がして、部屋に明かりが戻った。突然の暗闇からの転換に、サリナたちは目を細める。
「やった……のか」
 フェリオは1歩進み出た。暗闇の中でのマナの閃光が煌く戦いを、彼の目はその全てを捉え切れてはいなかった。
 光の下、敵は床に転がっていた。サリナは攻撃を放った体勢のまま、僅かに息を切らせている。フェリオは更に近づこうとした。
「待って!」
 サリナの鋭い声に、フェリオは出しかけた足を止めた。
「まだ、終わってない」
 フェリオは床に転がった敵を見た。ピクリとも動かない。
 だが、確かにまだ終わってはいないようだった。上階で撃破した者は、攻撃を受けた後にマナの光となって消えた。
 サリナは身体を起こし、姿勢と呼吸を整えた。敵が動くのを待つ。
 ――それは、突然にして一瞬のことだった。
 光纏う者が、おぞましい叫び声と共に宙に浮いた。浮いたというよりは、飛んだという表現のほうが正しいかもしれない。翼でもあるかのように、その動きは俊敏だった。
 サリナの理解が追いつく前に、敵は光線を放とうと口を開いていた。マナが一瞬にして、敵の口腔に凝縮されていくのを、サリナは見た。
 そして、激しい雷撃が、敵を撃墜するのも、彼女は見た。
 光纏う者は悲鳴を上げながら地に落ちた。そして今度こそ、敵はマナの無念の声と共に、マナの光となった。光の粒となって部屋を舞い、そして消えた。
 サリナは振り返った。
 雷のマナの残滓を杖の先端に漂わせ、セリオルは静かに、サリナを見ていた。
「……どうして?」
 サリナの声には、非難の響きがあった。
 兄に、詰め寄った。自分の足が床を打つ音を意識の端で聞きながら、サリナはセリオルに詰め寄った。自分がやると言ったのに。確かにいきなりのことに驚きはしたが、それが決定的な危機を招くわけでもなかったのに。自分が危なかったわけではないのに。
 あの敵の相手は……自分が、すべきだったのに。
「どうして!? セリオルさん! どうして!」
 長身の兄の胸を、サリナは叩いた。これまで、彼に対して抱いたことの無い感情に、彼女は戸惑っていた。戸惑いながらも、自分を止めることは出来なかった。仲間たちも、セリオルを責めるサリナを、止めはしなかった。
 癇癪を起こしたように自分をなじる妹を、セリオルは静かに見下ろしていた。その目からは、涙が溢れていた。怒りか、哀しみか、あるいは憎しみか。激しい衝動が、小さな、しかし強い力を秘めた少女を衝き動かしていた。セリオルは、目を閉じた。
「……あれを倒すのは、私の役目です」
 短く、セリオルはそれだけを口にした。サリナが動きを止める。彼女は強く、セリオルの法衣の一部を両手で握っていた。拳が白い。
「なんで……? ねえ、セリオルさん、わかんないよ。なんで? どうして?」
 細かく震える声。感情の奔流が、サリナを翻弄していた。彼女はどうしていいかわからず、ただ兄を詰問した。答えが欲しかった。明確で安心出来る、兄の答えが。
 だが、兄は答えなかった。その代わり、彼は叫んだ。吠え声にも近い、烈しい声で。
「いるんだろう! そろそろ出て来たらどうだ!」
 びくりとして、サリナは動きを止めた。それはまるで怒声だった。
 見上げたセリオルの目は、水槽の列とは反対側を見ていた。
 そこには、更に奥の部屋へと続く通路らしきものがあった。水槽にばかり目がいって、サリナは気づかなかった。
「卑劣な真似ばかりをして、何様のつもりだ!」
 見えない誰かに向かって、セリオルは怒りをぶつけていた。
「ちっ……あの奥に、いやがんのか」
 カインは不快感を顕わにした。仲間たちに先んじて彼が進もうと足を踏み出しかけた時、それは起こった。
 突如、奥へ進むための通路のある壁が、動き始めた。大きな駆動音を響かせ、分厚い壁が移動していく。サリナたちは身構えた。
 やがて、壁が動きを止めた。もうもうと舞い上がる埃が、次第に収まっていく。
 そしてその埃の向こうに、その男はいた。
「くっくっく……くひひひひ」
 卑屈そうな笑い声を、その男は口の端から漏らした。アーネスが、嫌悪に顔をしかめる。
 長身で、痩せぎすの男だった。中途半端な長さの髪に、よれた白衣。曖昧な無精ひげ。眼鏡をかけている。その奥にある目は、落ち窪んでいた。顔色が悪い。
 男は、実験のための卓のようなものに座っていた。その向こうに、魔物か何かが横たえられている。くすんだ緑色の肌で、人型のようだった。光纏う者にどこか似てはいるが、生気もマナも感じられなかった。標本なのだろうか。
 男は、卓から降りて床に立った。眼鏡を外して白衣でレンズを拭き、掛け直す。不気味な笑みを浮かべている。
「誰だ……?」
「んだよ、気持ちわりーな」
「あの方が、さきほどから色々と仕掛けてこられていた方でしょうか」
 サリナはセリオルを見上げた。さきほどまで彼女を支配していた感情は、どこかへ消えていた。それを吹き飛ばすだけの危険を、サリナはあの男に感じていた。セリオルは、目を見開いている。
 白衣。どう考えても、あれは幻獣研究所の者だろう。潜んでいたのは、ゼノアではなかった。さしずめ、ゼノアに遣わされた刺客というところか。纏う雰囲気は、戦士のものではない。サリナも、それはすぐにわかった。あれは、戦うということなど知らぬ、研究者だろう。
 だがその研究者から、抜き身の刃のような、あるいは狂った獣のような、おぞましい何かを感じる。全身の肌が薄く粟立つ不快感に、サリナは閉口した。兄から、彼女は手を離した。詰問の時間は、終わりだ。
「……あなたでしたか。ダークライズさん」
 幾分落ち着きを取り戻した声で、セリオルがそう言った。名を呼ばれた男は、歓迎するかのように両腕を広げた。
「くひひひひ……久しぶりだねえ、セリオルくん。元気そうで何よりだよ」
 その声には、言葉とは裏腹に、嘲るような響きが含まれていた。
「おい、てめえ何もんだ! 何の為に、こんなナメた真似をしやがる!」
 カインの怒鳴り声を向けられても、男は恐れもしなかった。むしろ楽しむような笑いを浮かべている。それがカインの神経を逆撫でする。
「野郎……」
「待ちなさいって」
 武器を構えて進みかけたカインを、アーネスが制止した。カインは責めるようにアーネスを見たが、射抜くような目に迎えられて動きを止めた。息を吸い、彼は武器を下ろした。
「私のことは、そこのセリオルくんがよおく知っているよ。なあ? セリオルくん」
 水を向けられ、セリオルは顔をしかめた。あからさまな嫌悪が表れている。フェリオが男の正体を訊ねようとしたが、その前にセリオルが口を開いた。
「カスバロ・ダークライズ。幻獣研究所の研究員で、昔からゼノアの賛同者でした。私たちより随分年齢は上ですが、彼はゼノアを信奉していた……崇拝していた、と言ってもいいくらいに」
「ゼノアの……信奉者」
 サリナは考えた。今、幻獣研究所の所長はゼノアだ。つまり、研究所はゼノアの指揮で動いている。ゼノアは、彼の思想に反対する者を排除して、今の研究所を造った。つまり、現在の研究員たちは全員、ゼノアのことを信じているのだろう。
 だが、その中でも特に、あのカスバロという男はゼノアへの崇拝の念が強い、ということだろう。セリオルの言葉には、そんなニュアンスが含まれていた。今や幻獣研究所は、強大な力を持つ狂った機関だ。その中にあって、カスバロ・ダークライズは更に、何を仕掛けてくるかわからない、危険な男ということだろう。なぜなら彼は、ゼノアを正義と信じ、おそらくはその理想のために献身する者なのだから。
 サリナは鳳龍棍を構えた。
「くひひ……どうだい、余興は楽しんで頂けたかな?」
「青魔法の壱・マイティブロウ!」
 突然目の前に現れた銀色の巨大な拳に、しかしカスバロは微動だにしなかった。無遠慮な言葉に、カインの怒りが限界を迎えた。アーネスが止める間も無く、青魔法は発動していた。
 だが、銀の拳はカスバロの前で、見えない力によって防がれてしまった。カスバロはその場から1歩も動かず、薄笑いを浮かべている。カインが舌打ちをする。
「おやおや、乱暴だねえ。その乱暴さで、君たちはここまで進んで来たのだろう」
「その口を閉じやがれ!」
「待ちなさいって!」
 飛び出そうとしたカインを、アーネスが羽交い絞めにして止める。暴れようとするカインの前に、フェリオが立った。短気の兄は、弟の背中を見てやや大人しくなった。
「答えろ。ここで何の研究をしてるんだ」
 フェリオの声には有無を言わさぬ迫力があった。だが、カスバロはまるで、その迫力を受け流そうとするかのように、身体をゆらゆらと揺らすばかりだった。
「くひ。くひひ。さあて、何だろうねえ?」
「答えないなら、身体に訊くだけだ」
 ここに入ってからの様々な怒りや苛立ちが、フェリオの中でも爆発しかけていた。彼は銃口をカスバロに向けた。
「おやおや、怖いねえ。くひひ……じゃあ、ひとつだけ教えてあげよう」
 そう言ったカスバロの目が、セリオルに向けられた。セリオルは、胸の底へ無遠慮に手を突っ込まれたような不快感に襲われた。だが彼が言葉を発する前に、カスバロは告げた。
「君たちの足元の血。それは、君たちが殺した彼女たちの血だよ」
「なっ……」
 フェリオは言葉を失った。背後で、仲間たちが身を固くする気配があった。
 カスバロの言葉を、理解出来なかった。彼女というのは、あの光纏う者のことか。だが撃破したあれは、マナの光となって消えた。赤い血を、フェリオたちは一度も見ていない。
「くひひ。驚いたかい? ま、実際にやったのは君たちじゃない。私たちだがね」
「……戯言はそこまでにしてもらいましょう」
 セリオルが進み出た。カスバロの言ったことの意味がわからぬまま、フェリオはセリオルを見た。魔導師は杖を構え、今にもマナを練ろうとしていた。
「戯言? おいセリオル、言葉には気をつけろよ。私はお前のような者から蔑まれる立場ではないぞ」
 へらへらした態度が一変し、カスバロは憎々しげにセリオルを睨んだ。だがセリオルは動じること無く、カスバロを睨み返す。
「教えてもらいましょう。ここに眠る“強きマナの子”――その居場所を」
「私に命令するんじゃない!」
 烈しい怒りの声で、カスバロは唾を飛ばした。人差し指を、彼はセリオルに突きつける。
「中身の無い張子の虎が! 自らの行いを省みることを忘れた愚か者が! ゼノア所長の足元にも及ばぬ小物のくせに、偉そうに振る舞うんじゃない! 貴様など、貴様など消えろ! 消え失せてしまえ!」
 怒りのままに言葉を吐き出すカスバロの前の空間が、ゆらぎを生じた。いや、それはゆらぎではなく、マナが集まる渦だった。マナの光が生まれていた。翠緑色の、それは強力なマナだった。
「備えて! 来るわ!」
 アーネスの声が響く。サリナたちはリストレインを取り出した。恐るべき力を持つ何かが、出現する。
「出でよ、アトモス! あの不埒者を消し去れ!」
 狂おしい怒りと共に、カスバロはそう命じた。命じられた者は、マナの光と共に出現した。
 それは、巨大な口だった。不気味な暗き口腔が身体のほとんどを占める、不気味な者。翠緑色のマナの光を、それは纏っていた。幻獣たちが纏う、神なる光が、そこにはあった。