第16話

「王都があるスペリオル州までは陸路で行くことになりますが、このインフェリア州からいきなりスペリオル州に行くことはできないんです。南部のセレスティア州を経由しないといけません」
 ロックウェルの街は言うなればシドの家の中がそのまま広がったようなもので、街中のいたるところからガチャガチャと機械の動く音が聞こえてくる。思わぬところから冷たい風や熱風が吹き付けてくることもあるので、サリナは歩きながら警戒を解くことが出来なかった。
 サリナたち4人はある店に向かう途中だった。その道すがら、セリオルがこれから王都に向かうにあたっての道程を話していた。
 セルジュークは群島大陸と呼ばれる。本来は群島ではなく、エリュス・イリアで2番目の広さを持つひとつの大陸である。それが群島大陸と呼ばれる所以は、大陸を中央で三分割する海峡のように幅の広い大河のためである。河川の名前は通常、枝分かれして支流となる度に変わるものだが、この3本に分かれる大河は、例外的に総称してヴェルニッツ大河と呼ばれる。北に伸びるものを北ヴェルニッツ、南西に向かうものを西ヴェルニッツ、南東へ流れるものを東ヴェルニッツと呼んで区別する。
 ロックウェルから王都イリアスに向かうには、西ヴェルニッツと東ヴェルニッツを越える必要がある。その西ヴェルニッツと東ヴェルニッツに挟まれた部分が、セルジューク群島大陸セレスティア州である。
「イリアスまではかなりの距離があります。まずは中継地点として、セレスティア州のリプトバーグを目指しましょう」
「リプトバーグ?」
「穀倉の街って呼ばれる広い街だ。街全体が城砦みたいな壁に囲まれててさ、農業に力を入れてる街だから、美味いんだ飯が」
 そう嬉しそうに言ったのはカインだった。彼は頭の後ろで手を組んで、空を見上げながら歩いている。サリナはいつカインがつまずいて転ぶかとそわそわした。
 やがて彼らは1軒の店舗に到着した。工業の街ロックウェルにあって、珍しい木造の建物。入り口のそばに木製の看板が立っている。看板には黄色い鳥の絵が描かれていた。大きく開かれた入り口の扉から、薄暗い店内が見える。
「おう、動物の匂い」
 獣使いらしく、カインが匂いに反応して鼻をひくひくさせた。店の中からは鳥の甲高い鳴き声が聞こえてくる。
「ここで買うんですね、チョコボ」
 サリナはうきうきしていた。彼女は背は高いが愛くるしいチョコボが好きだった。風の峡谷へ行った時はこの店でチョコボをレンタルしたが、自分専用のチョコボが買えると思うと嬉しかった。
 チョコボ屋の厩舎の中には様々な色のチョコボがいた。かつて、チョコボは種族によって水の上を駆け、木々の生命力を借りて空を飛んだ。今やその力は失われて久しいが、かつての種族ごとの毛並みの色を再現することができるようになっていた。
 4人はそれぞれに好みのチョコボを探し始めた。サリナは広い厩舎の中をきょろきょろと見回しながら歩いた。サリナ以外の3人はそれぞれの基準でチョコボの能力を店員に聞いたりしていたが、サリナには判断の基準が無かったし、どう選んだものかいまいちわからなかった。
 色とりどりのチョコボはいずれも可愛らしいとサリナは胸を弾ませた。首を曲げて水を飲む丸い嘴も、彼女らを興味津々に見つめるくりっとした黒い瞳も、愛らしかった。
 数多くのチョコボに目移りしながら、サリナは厩舎の奥へと歩いて行った。ふと、彼女の目に1羽のチョコボが留まった。厩舎に敷き詰められた藁の上で、そのチョコボは身体を丸めて横たわっていた。厩舎の中で、ただ1羽だけ。
「その子、病気なんです」
 掛けられた声に振り返ると、白いシャツの上に茶色のつなぎを着て長い髪を束ねた、サリナと同い年くらいの少女がいた。
「ほら、尻尾が白いでしょう?」
 チョコボは通常、全身の羽毛が同じ色である。色に違いはあれど、全て1色の羽毛が頭から尾羽までを覆う。しかし少女が示した先には、色素が抜けたように白い尾羽があった。他の部分の羽毛は、通常のチョコボと同じ黄色い毛並みだった。チョコボは身体に対して尾羽が大きく、その白い尾羽はかなり目立つ。
「病気、ですか?」
「はい。原因はわからないし、他に症例も無くって。手が打てないんです」
「かわいそう……」
 その弱ったチョコボに、サリナは抗いがたく惹きつけられていた。白い尾羽が美しく見えたこともあったが、憂いを湛えたかのような瞳や身体の脇で折り畳まれた小さな翼の揺れる様などに、何とも言えない魅力を感じた。
 病気のチョコボを心配そうに見つめるサリナを発見して、セリオルが歩み寄ってきた。
「サリナ、どうしました?」
「あ、セリオルさん。この子病気らしいんです。セリオルさんの薬で治してあげられませんか?」
「病気、ですか」
 セリオルはチョコボに目を遣り、眼鏡をくいと上げた。チョコボを見つめる目が細まる。そうしてしばらく観察した後、彼は厩舎の少女に話しかけた。
「私はハイナン島のフェイロンという村で、薬を専門に扱っていた者です。医療の知識も多少ありますので、よかったらこのチョコボを少し診させてもらえませんか?」
「え? い、いえいえ、お客様にそんなことをして頂くわけには」
「私たちは今日チョコボを買ってこの街を出発しないといけないんですが、彼女がこの調子だと出発できないんです。それに彼女も、このチョコボが気に入ったようですし。ねえサリナ」
「うん……。元気になったらいいんだけど」
「ということですので、私たちのためにも、少し診させてもらえませんか?」
 この申し出に逡巡を見せた少女だったが、彼女の判断は素早いものだった。
「そういうことでしたら、お願いします。これまで何人ものお医者様に診て頂きましたけど、何もわからなくて困っていたんです」
 サリナたちは、ひとまず店の奥で話を聞かせてもらうことにした。少女はマリー・ビッテンフェルトと名乗った。このチョコボ屋の娘で、生まれた時からチョコボと一緒の生活をしてきたという。両親はこの日、チョコボの買い付けで不在ということだった。マリーは店を従業員に任せ、奥の自宅でサリナたちにお茶を淹れた。
「あの子がここに来たのは、半年くらい前なんです」
 ぽつぽつと、マリーは話し始めた。およそ半年前、あのチョコボを連れて来たのは彼女の父だった。いつも通りチョコボの買い付けに出た彼は、セルジューク群島大陸の北東に隣接する島、マキナ島へと足を伸ばした。
「半年前のマキナ島って言えば、“大枯渇”があったんじゃないのか?」
 フェリオの指摘に、マリーはこくりと頷いた。
 大枯渇。一夜にして森が砂漠へと姿を変えるほどの、局地的で大規模なマナの枯渇現象である。その原因は世界樹の著しい機能低下、あるいは幻獣の怒りを買ったためと様々囁かれてはいるが、詳しいことはわかっていない。100年単位での発生率でどこで起こるかの予測が難しいため、最も恐れられる天災のひとつである。
「買い付けに出ると、両親はひと月ふた月戻って来ないこともよくあるんです。その時もそうでした。買い付けの旅の間、両親には世間の情報はなかなか入ってきづらいらしくて。大枯渇が起こったことを知らずに、マキナ島へ行ったらしいんです」
「そこであのチョコボを見つけたんですね」
「はい。ここに来た時からあの様子でした」
「普通に考えれば、大枯渇に巻き込まれたんだろうけどなあ」
 カインがぐいと椅子にもたれかかりながら呻くように言った。その言葉にセリオルが唸る。
「大枯渇を受けて、生きていられる生物なんているんでしょうか……」
「大枯渇の範囲ぎりぎりんとこに尻尾だけ入ってたとか」
「そんなことあるわけないだろ……」
 冷ややかに告げる弟の声に、カインは愉快そうに笑いながら頭を掻いた。そのやりとりに苦笑しながら、セリオルが続ける。
「大枯渇と言っても、島全体が巻き込まれたわけではないですよね? たまたまあのチョコボがいた島で大枯渇が起きただけで、関係ないということはないんですか?」
「そうなんです。皆さんのおっしゃる通りで、大枯渇で生き延びられるはずは無いし、でも大枯渇が原因じゃないならなおさら原因がわからないんです」
 サリナたちは4人揃って、腕を組んで唸った。これまでのチョコボの様子を聞けば何かヒントが掴めるかもしれないと期待したが、結局は何もわからなかった。
「なあ、もうさっさと他のチョコボ買って出発するってのは無しなのか?」
 カインが小声で隣のセリオルに囁いたが、セリオルはかぶりを振った。
「できるわけないでしょう。サリナの性格を考えれば」
「だよな。わかってたけど」
 背もたれに体重を掛けすぎておわわとなったカインを無視して、セリオルが少女に言った。
「いずれにしても、診てみないとわかりませんね。厩舎に入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
 厩舎では従業員がチョコボたちに飼料を与えていた。チョコボの餌としてはギサールの野菜と呼ばれる緑色の濃い野菜が有名だが、健康状態や育成の方針、例えば脚力や持久力を鍛えたい場合等によって与えるものが変わる、とマリーは説明した。また、幼い間に与えた餌が羽毛の色にも影響するということを、サリナは初めて知ったのだった。
「それは、与える餌のどういったところが影響するんです?」
 病気のチョコボの脇にしゃがみながら、セリオルがマリーを振り返って質問した。
「ごめんなさい、私たちもよくはわかっていないんです」
「そうですか……」
 チョコボの様子を診ながら、セリオルは口元に手を遣って思案した。チョコボは弱々しい声を時折出すものの、身体を動かそうとはしなかった。サリナが餌の野菜を入れた器を嘴の前に置いたが、うっすらと目を開いただけで食べようとはしなかった。
 ただ、この時に不思議な反応があった。初めてサリナを見たチョコボが、じっとサリナを見つめたのだ。そして弱々しいながらも嘴を動かし、短くひと声啼いた。それはまるで、サリナに語りかけるかのような仕草だった。
「どうしたの?」
 サリナはしゃがみ込み、自分を見つめるチョコボの頬に手を当てた。軽く撫でてやると、チョコボは目を閉じて気持ち良さそうにサリナの手のひらに頬を摺り寄せた。小さな声で啼く。
「サリナさんに懐いたのかな」
 マリーがサリナの横に同じようにしゃがみ、嬉しそうにそう言った。
「この子、この調子だから誰が来ても見向きもしなくて」
「マリー。チョコボってマナと関係あるのか?」
 厩舎の中を歩き回っていたフェリオが戻ってきて、そう尋ねた。
「マナの色と同じ色のチョコボがいるように思うんだけど」
「あ、はい。あの、よくはわかっていないんです。子どもの頃に与えた餌で毛並みは変わるって言いましたけど、それ以外のことは……。でも、結果的には確かに、マナの色と同じなんですよね」
「ふうん」
 フェリオは興味本位で訊いただけだったが、それに反応したのはカインだった。
「獣は人よりも自然に近いから、マナの影響を受けやすいとはよく聞く。もしかしたら与えた餌に含まれるマナの種類によって毛並みが変わるんじゃないか?」
「ありえる推測ですね」
 チョコボの腹なり背なりを触診しながら、セリオルも同調した。しゃがみながらふうとひと息ついて、彼は皆に告げる。
「サリナがヴァルファーレの攻撃を受けた時に酷似しています」
「え?」
 その場の全員が意外そうな声を上げた。中でも最も大きな驚いた声を上げたのは、マリーだった。
「ヴァルファーレって、幻獣のヴァルファーレですか?」
「ええ、そうです」
 ヴァルファーレのことをマリーが知っているのがサリナには意外だったが、よく考えれば幻獣はエリュス・イリアの守護神として広く知られる存在である。サリナ自身も何体かの幻獣の名を知っている。
「皆さんはヴァルファーレと、その、何か関係が?」
「うん、まあ、あれだな。友達みたいなもんだ」
「と、友達、幻獣と? でも、攻撃を受けたって――」
「男は拳を交えて友情を育むんだぜ」
「サリナさん、女の子ですけど……」
「我々は旅の身ですから。先日偶然遭遇したんです。どうやら知らない間に、ヴァルファーレの領域に入り込んでしまったみたいで。幻獣に出会うと幸福を手に出来ると言いますが、我々は怒りを買ってしまいました。慌てて逃げましたよ」
 つらつらとそう言葉を並べるセリオルに、カインが口笛を吹いた。フェリオがその兄をじろりと睨み、静かにしてろと低く呟いた。
「その時はサリナのマナを回復させることで、彼女は元気になりました。マナに攻撃を受けると、どうやら外傷も病気も無いのに衰弱してしまうようです。恐らく世間には知られていないことですから、獣医の方々がわからなかったのも無理はありません」
「ということは、マナを回復してあげれば元気になるんですか?」
「可能性は高いですね」
 言いながら、セリオルは懐からエーテルの薬瓶を取り出した。黄色い液体がたぷんと揺れる。
「人間用のエーテルが、チョコボに効果があるかどうか」
 マリーに手伝ってもらってチョコボの嘴を開かせ、セリオルはエーテルを流し込んだ。チョコボは抵抗することもなく薬を飲み干した。しばらくして、チョコボがゆっくりと立ち上がり始めた。
「あ、効いた!」」
「どうやら正解でしたね」
 脚は震え、首にも力は無い。それでもなんとか立ち上がろうと、チョコボは全身の力を振り絞っているように見えた。
「私、餌を取って来ます!」
 マリーが慌てて厩舎の奥へ走って行った。チョコボは立ち上がり、まっすぐにサリナのほうを向いた。力の入らない首をなんとか持ち上げ、自分よりも背の低いサリナに語りかけるように、チョコボは嘴を摺り寄せた。
「サリナ、そのチョコボに随分気に入られたんだな?」
 フェリオが不思議そうに言った。チョコボは元来人懐っこい動物だが、初めて会う人間にこれほど懐くことは珍しい。
「うん、どうしたんだろうね」
 サリナは自分に甘えているらしいチョコボの嘴から頬にかけてを、ゆっくりとさすってやった。チョコボは弱々しく啼きながらサリナに身を任せていた。
「サリナ、これを」
 セリオルがサリナにエーテルを手渡した。サリナは頷き、薬瓶の栓を抜いてチョコボに与えた。チョコボは与えられるがままにエーテルを飲み干した。また少し、チョコボは回復したように見えた。
 その時だった。頭の中に突然、サラマンダーの声が響いた。
(サリナ、アシミレイトする時みたいに意識を集中して、このチョコボに語りかけてみて)
「え?」
(いいから、そうすれば元気になるよ)
 小さく漏らしたサリナの声は、厩舎の他のチョコボたちの声や物音に紛れ、仲間たちには聞こえなかったようだった。
 サラマンダーの声に従って、サリナは目を閉じ、意識を集中した。心と身体の中心へと意識を進める。やがて世界は、サリナとチョコボを残して、他に何も存在しない空間へと変化した。サラマンダーの声が聞こえる。
(さあ、彼女にマナをあげよう)
 サリナにはその言葉の意味がわからなかった。ただそこには、まっすぐに自分を見つめるチョコボがいた。彼女はじっと、チョコボを見つめた。ただこの弱ったチョコボを元気にしてあげたいと、それだけを思った。
 ぐん、と何か大きな力が自分の中を通っていく感覚があった。大河のように大きな流れだった。どこかからやって来たその流れが、自分を通ってチョコボに流れ込んでいくのを彼女は見た。流れはきらきらと輝く、美しい粒子の集まりだった。ああ、これはマナの流れだと、サリナは無意識に感じ取った。
 サリナは目を開いた。今やチョコボは弱々しい姿ではなく、力強く藁を踏みしめていた。首もぐっと伸び、力の篭った瞳でサリナを見つめていた。
 瞬間、チョコボの黄色い羽毛が真紅に染まり、チョコボの周囲に炎を焚いた時のような火の粉が立ち昇った。それはほんの一瞬のことで、チョコボはすぐに元の黄色い身体に白い尾羽の姿に戻った。
「サリナ、チョコボに何したんだ?」
「急に元気になりましたね」
 フェリオとセリオルが不思議そうに言った。カインも目をぱちくりさせて、チョコボの身体をあれこれ観察している。
「うん、なんだか、わからないんですけど、サラマンダーが」
「幻獣の力を使ったんですか」
 上手く説明できないサリナの意図を汲み取ろうと、セリオルが助け舟を出した。サリナはサラマンダーの力を使ったのとは違うと思ったが、自分でもよく理解できていない現象だったので、セリオルに言われると確かにサラマンダーの力だったのかもしれないと思えてきた。
「うん、そう、かな?」
「すげえなおい」
 カインが感心したように唸った。ついこの間アシミレイトを修得したばかりのサリナが、こんなことに幻獣の力を使えるようになったことを、彼は称賛した。それに反して、セリオルはなぜか難しい顔をしていた。自分にも理解できない幻獣の力をサリナが見せたことに嫉妬しているのかとカインがからかったが、セリオルはそれには苦笑して否定しただけだった。サリナはチョコボの毛並みが真紅に染まったことを皆が認識していないらしきことを不思議に思っていた。
「あ、もう元気になったんですか?」
 マリーが山盛りの野菜を抱えて戻って来た。彼女はチョコボがすっかり元気になって立ち上がっていることを心底から喜んでいる様子だった。チョコボに抱きついて羽毛に顔を埋めながら、目尻から喜びの涙がひと筋流れた。
 チョコボは野菜をもりもり食べた。他のチョコボたちと同じく、啼き声も甲高く張りのあるものだった。
「サリナさん、チョコボを買いにいらしたんですよね」
 チョコボが食べる様子を嬉しそうに見つめながら、マリーが尋ねてきた。
「あ、はい。リプトバーグに向かうのに」
「この子、もらってあげてくれませんか? お代は結構ですから」
「えええ、そういうわけには」
 サリナは慌てて両手を振ったが、マリーの決意は固いようだった。
「お願いします。その方がこの子のためにもいいと思うんです。私たち、この子に何もしてあげられなかった。これからももしこの子に何かあった時、サリナさんたちと一緒だったら安心です。私の、育て親としてのお願いです」
「で、でも――」
「いいじゃねえの。くれるってんだからありがたく頂いとこうぜ?」
 からからと笑いながらそう言うカインに続けて、フェリオとセリオルも同意した。
「マリーの言う通りだと俺も思う。サリナといたほうがこのチョコボには安心だろうな」
「せっかくのご好意です。お受けするのが良いと思いますよ」
 セリオルが微笑みながらそう言うと、サリナにはもう拒む理由が無かった。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい、ありがとうございます!」
 マリーは満面の笑顔で礼を言いながら、同年代の気安さか、サリナに抱きついてきた。突然のことにサリナはあわわと慌てたが、身体を離したマリーの手をぎゅっと握り、こちらも笑顔で礼を述べた。
「それじゃあ、この子に名前を付けてあげてください」
「名前ですか?」
 マリーは嬉しそうに説明した。チョコボの名前は通常、自分の名前を前、親の名前を後ろに付けるのだという。飼い主が決まった時に自分の名前を与えられるため、飼い主のいない多くのチョコボは親の名前で呼ばれることになる。
「この子は野良を保護したので、親の名前はありませんでした。だから後ろの名前は当店で決めていて、ヒンメルと言います。女の子で、たぶん2歳くらいです」
「ヒンメル……」
 しばらく思案して、サリナは答えを出した。昔大好きだった物語のヒロインを思い浮かべた。
「アイリーンは、どうかな」
 照れたようにそう言うサリナに、マリーが再び満面の笑顔で答えた。
「アイリーン・ヒンメル。いい名前ですね!」
「えへへ。よろしくね、アイリーン」
 首に腕を回してぎゅっと抱きしめるサリナに、アイリーンは頬を摺り寄せ、ひと声甲高い声で嘶いた。

挿絵