第164話

 その朝、サリナはリンドブルムの自室で目を覚ました。
 窓にかかるカーテンの隙間から、朝の太陽が顔を覗かせている。ベッドの中でもぞもぞしながら、サリナはぼんやりとその光を眺めていた。
 ハイドライトを発ってから、何日も経った。船旅の間、仲間たちの様子はこれまでと変わらないように見えた。次の目的地である銀華山やゼノアのことも、何度か話題に上った。それらの会話の中に、特に違和感は無かった。
 仲間たちは優しい。
 ハイドライトでの戦いの中で生まれたいくつもの疑問。そのためにサリナが抱くことになった、正体不明の不安。彼らは当然、サリナの胸を黒い靄のように塞いでいるその不安の存在に気づいているだろう。
 だが彼らには、サリナを気遣う素振りは無い。ハイドライトでのことを話すこと避けようとはしなかったし、推測し、議論を交わすこともこれまでどおりに行った。そのほうが、サリナもありがたかった。腫れ物に触るような扱いをされないことは、救いだった。
 これまでに幾度も考えたことが、また脳裏に浮かぶ。
 塵魔、黒騎士、光纏う者。ゼノアが生み出した、謎に包まれた敵。それらと自分とは、どんな関係があるのだろう。ゼノアが自分を欲しがる理由は何だろう。
 自分に向かって、愛しているとゼノアは言った。まさか字面どおりの意味ではあるまい。何らかの思惑があるはずだ。その思惑が一体何なのか、サリナは知りたかった。
 とはいえ、どれだけ考えても答えは出ない。彼女にはセリオルのような、マナや幻獣に関する深い知識は無い。ゼノアの研究の内容や彼が考えていることなど、サリナには推測することも出来なかった。
 答えを聞いてみたい。でも、訊くのは怖い。
 戸惑いと恐怖とが、彼女を縛っていた。
「どうしたらいいんだろう、私……」
 毛布に包まって丸くなる。船が北上するに連れて、気温は低下していった。少し前まではシーツだけで十分だったが、今はそれでは寒くて風邪を引いてしまう。リンドブルムは、着実に銀華山へ近づいていた。
 柔らかな毛布の中で、サリナは自嘲する。
 周囲の人々は、仲間たちも含めて、彼女にこう言う。
“サリナは強い。”
 何がだろう、と彼女はいつも思う。一体、みんなは私の何が強いと思っているんだろう。
 戦闘能力の高さのことだろうか。しかしそれなら、仲間たちはその誰もが、彼女に引けを取らない戦闘能力を持っている。
 そう、彼女もわかっている。みんなが言うのは、サリナの心の強さのことだ。
 だが、それこそサリナ自身は自覚出来ないことだった。彼女は、自分の心が強いなどと思ったことは一度も無い。
 戦う力があることなら自覚できた。彼女は決して自信家ではないが、しかし実際のところ、巨大な猛獣をひとりで、それも容易く気絶させることが出来るというのは、世間で言うところの“達人”の域だろう。
 リンドブルムはファーティマ大陸の沿岸に錨を下ろし、停泊している。波にゆったりと揺れる船室のベッドで、サリナは毛布に包まり、悶々として過ごしていた。
 そのまま、しばらく時間が過ぎた。
 コンコン――
 それは部屋の扉がノックされる音だった。
「はい?」
 うとうとしていたサリナは、返事をして身体を起こした。慌てて頭を押さえる。寝癖がついている可能性があった。アーネスやシスララならともかく、男性陣に見せるのは恥ずかしかった――もう何度も見せてしまってはいたが。
「起きてた? サリナ」
 その言葉と共に、扉は押し開かれた。
「あ、アーネスさん。に、シスララ」
 サリナはほっと胸を撫で下ろした。

 銀華山。ファーティマ大陸北東の先端に聳える、厳しく峻険な雪山。早掻の海と閑掻の海を分かつふたつの島のうちのひとつ、マムルーク島に存在する竜王山が、エリュス・イリアの最高峰として知られている。そしてそれに次ぐ標高を誇るのが、この銀華山である。
 この霊山の麓に、小さな村がある。
 人口は少ない。銀華山から流れ来る小さな川。その川が運んでくる肥沃な土に恵まれ、寒冷地ながら寒さに強い作物の栽培と、厚い毛皮を持つ大型の家畜を育てて暮らしている。またその周囲の自然と銀華山の荘厳な姿が作る景観は、厳しい気候の下であっても、観光客の足を集めるには十分である。
 そのため麓の村マリの人々は、比較的豊かな暮らしを営んでいた。
「けっこう賑やかだなあ」
 誰にともなく、サリナは呟いた。
 一行はハロルドに留守を任せ、近くの入り江から上陸した。寒冷地でも変わらぬ体力を見せるチョコボたちに乗って、この村に到着したのはついさっきだ。チョコボだちを厩舎に預け、サリナたちはフェイロンでもらった防寒着を身に付けて、村に入った。
「……やっぱめちゃめちゃ目立ってる」
 少し首をすくめるようにして、クロイスがぼやく。フェイロンの女たちが仕立ててくれた防寒着には、ハイナン島特有の鮮やかで大きな――別の表現をするなら、大袈裟な――刺繍が施されている。
 目立つに決まっていた。
「でもこれ以外に防寒着なんてねえしな」
「フェイロンの皆様が一生懸命作って下さったんです。大切に使わせて頂きましょう」
 頭の後ろで手を組んでぼんやりと言うカインに、シスララが合いの手を入れた。
「けどさ、俺たちってあんま目立っちゃいけねーんじゃなかったけ」
 カインとそっくりのポーズで歩きながら、カインとそっくりの口調のクロイス。その類似性について無自覚なところが、サリナやシスララの微笑みを買う。
「まあ、今さらという気もしますね。7色のチョコボで乗り付けた時点でかなり目立ちますし」
「確かにな」
 ツインブレインズのふたりはそう言葉を交わす。ふたりは同じことを認識していた。
 ゼノアは、こちらの行動を把握している可能性がある。
 その原因を今探ることに、あまり意味は無いように思えた。幻獣研究所には、リストレイン探索の際にも活躍したマナ探知機がある。度重なるアシミレイトによるマナの放出を感知されたのかもしれない。あるいはエル・ラーダやアクアボルト、ローランでの活躍が、噂となって広まったのかもしれない。
 いずれにせよ、今さら目立たない努力をしても仕方が無い。強敵が現れればアシミレイトを使わざるを得ないし、強敵を撃破することで救われる街があるのなら、救わなければならない。
 それに――とフェリオは胸中で付け加える。
 こちらの行動を把握していて、それを邪魔する気でいるなら、ゼノアはすぐに刺客を寄越すはずだ。それこそ、黒騎士を。そしてあの恐るべき力で、こちらをねじ伏せようとするだろう。
 だがゼノアにその様子は無い。幸いなことにそもそもこちらの行動を把握しているという推測が外れているのか、あるいは把握した上で放置しているのか――それこそ、サリナのマナ共鳴度を引き上げるのが狙いで。
 そう仮定すると、この厳寒の山がイフリートの御座であるということも、あながち誤りではないのかもしれない。より強力な幻獣とのアシミレイトは、恐らくマナ共鳴度の引き上げにもひと役買うだろう。ゼノアの思う壺になることは歯がゆいが、かと言って瑪瑙の座の幻獣を味方に付けないわけにもいかない。
 がんじがらめのジレンマに、フェリオは嘆息する。
「フェリオ」
 呼ばれて、フェリオは顔を上げた。サリナがいた。
「私、考えたんだ」
 フェリオの苛立ちを察知したか、サリナの声は穏やかだった。柔らかな笑みを唇に乗せて、彼女はフェリオを見る。
「何を?」
 どこか不思議な印象があった。昨日まで、サリナはずっと悩んでいたようだった。無理をして明るく振る舞ってはいたものの、その笑顔にはどこか違和感があった。それは皆も気づいていたことだろう。
「ゼノアは、私を手に入れるって言ってた。私の共鳴度が上がることを喜んでた……」
「ああ」
 短く、フェリオは相槌を打つ。他の仲間たちも、口を開きはしないものの、サリナの言葉に耳を向けていた。
 サリナは歩きながら、少し深く息を吸い込んだ。空を見上げる。厳寒の村らしい薄灰色の雪雲が、空の高いところを静かに覆っている。
 ふと、目の前に白いものが舞った。
「あ、雪……」
 シスララが僅かに声を弾ませる。温暖な気候のエル・ラーダでは見られない雪。シヴァの力で荒れ狂っていたハイナンの吹雪とは異なる、穏やかで柔らかな、自然の雪。
 薄曇の空から舞い降りる儚い欠片が、まるで世界の音を消したようだった。
 人々の喧騒が遠のいた気がした。見回して、セリオルは気づいた。降り始めた雪に、村人たちも空を見上げていた。
「私、決めたんだ」
 静かな世界に、サリナの声だけが響いた。フェリオは沈黙で答えた。
「ゼノアの企みなんて、気にしない。だって、結局ゼノアと止めるには、共鳴度も上げなきゃいけないもん。強くなって、幻獣たちの力をもらって、ゼノアを止めるんだ。そのために必要なことを、一生懸命やるよ」
 空を見るサリナは、穏やかに微笑んでいた。雪の舞い降りる常冬の村で、フェイロンの村人たちが思いを込めた――しなやかに強く、サリナが戦えますようにと――刺繍の施された防寒着を身に付け、少女は決然として顔を下ろした。
 仲間たちの前へ出て振り返ったサリナの瞳には、あの強い光が戻っていた。
「だから、フェリオ、みんな――セリオルさん」
 久方ぶりに、セリオルはサリナの視線を正面から受けた。見慣れたはずの瞳だった。だがそこに、彼は見たことの無い色があるように思った。いや、もしかしたらそれは、セリオルが思い込んでいただけかもしれない。この先、二度と、目にすることが叶わぬ色だと。
「力を、貸してください。私に、前へ進むための、力を」
 言霊というものを、アーネスは知っていた。
 大規模な魔物討伐部隊が編成され、命を懸けた戦いに出向く時。王国騎士団の騎士隊長であるアーネスは、自らの率いる部隊、金獅子隊の隊員たちに檄を飛ばす。胸を張り、剣を掲げ、光の下で彼女は、部下を死地へ誘う声を上げる。
「我等に勝利を! エリュス・イリアに平和を! 魔物に侵されし不運の地を、輝ける金獅子の牙で取り戻さん!」
 兵の士気は、彼女の言葉で上がる。強く美しい、戦いの女神。王国を守る、鋼の盾。部下たちが自分をそう呼んでいるのを、彼女は知っている。
「手綱を牽け! 盾を持て! ブーツの踵を踏み鳴らせ!」
 そしてアーネスは振り返る。オラツィオの背に乗る。琥珀色の騎鳥の後ろに、兵たちそれぞれのチョコボが居並ぶ。その大部隊の先頭に立ち、彼女は叫ぶ。
「――出陣だ!!」
 幾度も、そうして出兵してきた。彼女はいつも、言霊を使う方だった。
 アーネスは久しぶりに、他人の言霊を受けた。言葉の持つ力。他者の心を揺さぶる、権力よりも欲望よりも強い、前に進む力。
 サリナの言葉は静かだった。金獅子隊の出陣のような、心を鼓舞し、興奮を煽る類のものではなかった。だが確実に、仲間たちの胸に届いていた。腹の底にゆらめく炎が生まれたかのような、芯から熱くなる魂の声だった。
「……ぷっ」
 最初に我慢の限界を迎えたのは、カインだった。
「ぷくっ……ぷっ、ぷふっ、ぷははははははっ!」
「くくっ、くっ、うひゃひゃひゃひゃ!」
 つられてクロイスも吹き出した。サリナが、ぽかんとしてふたりを見つめる。
「えっ、えっ? ……えっ?」
 どうしていいかわからずにきょろきょろするサリナに、アーネスが歩み寄る。今やフェリオやシスララも小さく笑っている。セリオルは、優しい目をしてサリナを見ていた。
「締まらないわねえ、サリナ」
「え?」
 ぽんぽん、とアーネスは、サリナの頭を撫でる。
 サリナは防寒用の帽子をかぶっている。両手にはミトンを着けていた。そしてそこには、クマさんのアップリケが縫い付けられていた。
「でも、皆わかってるわ。サリナの思い、伝わった」
 アップリケを指でつんと押して、アーネスはそう言った。クマさんのこと思い出したサリナは、慌てて両手で頭のクマさんを隠した。だが、両手のクマさんが代わりに現れただけだった。
 耳まで真っ赤になりながら、サリナはしかし、笑った。
「……はい」

 銀華山の麓の村、マリ。決して大きな村ではない。だが銀華山へ向かう旅人の拠点としての機能があるため、宿や登山道具の店などはいくつもあった。山へ入るのは明日にして、今日はしっかりと装備を整え、身体を休めることにしたサリナたちは、登山道具の店を回り、こぢんまりとした宿に落ち着いた。
 火の入った暖炉が暖かい宿の食堂で、サリナたちは明日のことを話し合っていた。
「にしてもこんなもん、何に使うんだ?」
 クロイスはその棒を手に取って、改めてまじまじと観察した。
 食事はほぼ終わっていた。寒い村だからか、供された料理は温かいものばかりで、特にシチューが絶品だった。村で育てているという大型の羊のような獣の肉は、臭みが無く淡白な味で、とろとろに煮込まれたクリームシチューによく合った。
 酒は度数の高いものが多かった。あまり強くないサリナやクロイスは、薄く割ってもらって飲んだ。それでも喉が焼けるような感覚に初めは戸惑ったが、だんだんとその独特の甘みとまろみとが心地良くなっていくのが不思議だった。
 宿は暖かく、防寒着は全く必要なかった。部屋着になって、それでもシチューと酒があると、暑いくらいだった。
 今、クロイスが手に取った棒は、不思議な形をしていた。
 登山道具の店では、一般的な道具が多く並べられていた。ザイルやハーケン、アイゼンといった必需品はもちろん、スキー用の板や雪の上を滑って遊ぶためのボード、子ども用のそりなどのレジャー用品まで、ほとんどの店で完備されていて、サリナたちを苦笑させた。確かに、銀華山は雪遊びにも最適だろう。村の中の案内板によれば、魔物や獣から守られて遊ぶことが出来る、安全な場所もあるようだった。
 その棒も、登山道具店で売られていたものだ。銀華山制覇には必須とどの店も謳っており、断面が奇妙な形をしていた。サリナたちはその用途がわからなかったが、とりあえず人数分買っておくことにした。店員に質問しても、なぜか教えることが出来ないとの一点張りで、この奇妙な棒に関する情報はほとんど得られなかった。
 通常、登山に棒を使う場合は、歩行補助用の杖としてが多い。徒歩のみで登ることの出来る、比較的標高の低い山では活躍する。
 ハーケンやアイゼンを必要とするほどの高山では、棒は別の役割で活躍する。ただ棒のまま使うわけではなく、金属や石製の、先端が尖った太い牙のようなものをくっつけた道具として使用される。ハーケン――安全確保のために岩の割れ目などに打ち込まれる釘――を打つための、ピッケルと呼ばれる道具である。
 だが店で購入したこの棒は、そのどちらでもなかった。
 断面は正六角形に近い。だが、全ての辺が内側に向けて湾曲している。歩行補助用の杖の場合、断面が正方形だと握る際に手のひらに食い込んで痛いので、六角形などに加工していることがある。しかし各辺が内側に湾曲した形というのは、鉱石採取などで登山になれているカインやフェリオでも、見たことが無かった。
 加えて、この棒は明らかに細すぎる。これでは大人の体重を支えることは難しいだろう。
「まあいいんじゃね。行ってみりゃわかるさ」
 酒が入って機嫌の良いカインは、あまり気にしていない風だった。
「またあんたはそうやって、いい加減な楽観主義なんだから」
「なんでい、いいだろ別に。なんとかなるって」
「始まったぞ、夫婦漫才」
「だあれが夫婦漫才よ!」
「かっかっか」
 酒の入ったカインとアーネスに、フェリオは苦笑いを向ける。なんだかんだで、このふたりは仲が良い。
「情報を得られない以上、行って確かめるしかないですね。まあ結局使わないにしても、大した額ではなかったので痛手にはならないでしょう」
「あらあら、セリオルさん。ええ、そうですね」
 冷静な分析をするセリオルに、頬を赤く染めたシスララがふらふらとしてもたれかかり、よくわからない相槌を打つ。セリオルは咄嗟に身を引こうとしたが、シスララがもはや眠りに落ちる寸前だと気づき、その場で石のように固まった。
 皆、リラックスしていた。フェリオは初め、それが不思議だった。だが、すぐに気づいた。
 自分も同じだった。胸のつかえが取れたような、すっきりした感覚があった。
「サリナ」
 フェリオは、隣でにこにこして皆を見ているサリナを呼んだ。
「ん?」
 頬を僅かに赤らめたサリナは、どことなく幸せそうだった。そしてそれが、仲間たちの心を軽くした理由だった。ここ最近のサリナの様子が、仲間たちの気がかりだった。
「どこで吹っ切れたんだ? さっきの言葉は、なんていうか――その、とても、よかった」
「……えへへ」
 照れたように頭を掻くサリナを、フェリオは見つめる。
「……ほんとはね、吹っ切れたわけじゃ、ないんだ」
「え?」
 酒の入ったグラスを両手で包むようにして、サリナはその揺れる液体を見つめている。奥にある暖炉の炎か、あるいは天井からぶら下がるランプの明かりか。サリナの瞳が映す暖かな炎は、ゆらゆらと揺れていた。
「アーネスさんがね、占ってくれたの」
「……へえ? そういやアーネス、そんなこと出来たな」
 王都でのアーネスとの出会いは、実は占い師としてだった。名乗ることはなく、アーネスは変装をしていた。その時のアーネスの言葉は、どんなものだったっけ?
 フェリオがそれを思い出すより早く、サリナは続けていた。
「みんなの前ではしなかったけど、アーネスさん、よく私やシスララのことを占ってくれてたんだよ」
「え、そうなのか。全然知らなかったな……どんなことを占ってもらってたんだ?」
「え、あ、それはその……」
 急にもじもじし始めたサリナに、フェリオは首を傾げる。心なしか、さきほどよりも更に顔が赤い。酒を飲み足したわけではないのに。
「な、ないしょ!」
「なんだよ」
「んーん!」
 頑なに首を横に振るサリナに、フェリオは苦笑いした。何をそんなに隠したいのかわからないが、無理に聞き出すことでもない。
「それで? 今回は何だったんだ?」
「あ、うん。あのね、この先のことを少し見てくれたの」
 フェリオは僅かに眉をしかめた。この先とは、どういう意味だろう。銀華山でどんなことが起こるか、だろうか。そうだとして、それを見ることにどういう意義があるのか。場合によっては、いたずらにサリナを傷付ける可能性もある。
 いや。フェリオは胸中でその考えを否定する。アーネスはそんなことはしない。彼女は頭がいい。自分の言動が他者にどのような影響を与えるかを知っている。それに次の目的地やその先で起こることがわかるのなら、毎度毎度厄介な敵に手こずることは無いのだ。
 つまりアーネスは、サリナに方便を使っている。丸々全部が嘘ではないだろうが、恐らくそれは、サリナを元気付けるための手段だったのだろう。
 飲んだくれた兄に絡んでやんやしているアーネスをちらりと見て、フェリオは少しだけ微笑んだ。
「へえ。それで、アーネスはなんて?」
「うん、あのね――」
 船室を訪ねてきたアーネスは、サリナとシスララの前で占いを始めた。占い師の装束を纏い、台と水晶を揃え、彼女はそれを覗き込んだ。
 彼女は、こう言った。

 氷の山の祝宴。荒々しい歓迎の宴。ひとを超えた、猛々しきもの。荒ぶる灼熱の喜びと、閃熱の覚醒。雪と氷に鎖された厳しき山に、新たな希望の炎が灯る――光輝を放つ7人の、絆を信じる者の許に。