第183話

 プリマビスタに搭乗した仲間たちは、それぞれの役割ごとにいくつかのグループに分かれることになった。
 まずプリマビスタの操縦、整備、点検を行う”技師”。これは当然、シドとハロルドのふたりだ。ハロルドはプリマビスタに搭載された最新鋭かつ最高峰の蒸気機関技術に大興奮で、サリナたちの旅に同行することが出来て本当に幸福だとしきりに話してサリナたちを困らせた。
「フェリオさん、俺、フェリオさんたちについて来てほんとに良かったです!」
「そ、そうか。まあでも、ハロルドは元々優秀だったし、いずれ先生直伝の技術を授けられてたと思うよ」
「いえいえ、俺なんてフェリオさんと比べたら全然ですから。不謹慎かもしれませんが、この機会に先生の技術を少しでも学べるように頑張ります!」
「あ、ああ、うん、そうだな」
「はい!」
 一行の食事や寝床、清掃、湯の世話を担当する“宿屋”は、アップルトン家の3人とダグ、サリナの親友のひとりであるマリカ、そしてフォグクラウド村のレオンとセリノが入った。マリカ、レオン、セリノは3人はその狩りの腕を買われ、主に食材調達を担当することになった。ダグはユンランの“海原の鯨亭”での修行――と言うべきかどうか――の成果か、宿の様々な仕事に精通していた。アップルトン家の息子、ティムもすぐにダグになついた。
「さあさあさあ、次は昼食の仕込みだよ! ほらほら、休んでる暇は無いんだ! ほらダグ、さっさと動きなよ!」
「へいっ、おかみさん! まずはこのティムを俺の脚からひっぺがす作業に入ります!」
「あらティム、そんなとこで何してんだい」
「えへへ。ダグよじ登り作戦だよ。しゅぎょーなんだ!」
「修行ってなんの修行だい、まったく。ほら、アンタも何とか言ったらどうなのさ!」
「はいはい、厨房で仕込みしてくるよ」
「やれやれ、うちのダンナときたら……」
「ふふん、今日も私の獲物が一番多かったね」
「ふん……偶然に助けられただけだろう」
「あわわわ、もうやめてくださいよふたりともー!」
「ふふ。負け惜しみとは情けないんじゃない、フォグクラウドの戦士長さん?」
「戦士長はこのセリノに譲ったと言っただろう」
「あわわわわわ」
 金華山麓の村マリから回収したチョコボたちの世話をする“チョコボ厩舎”にはもちろんロックウェルの名厩舎、ビッテンフェルト厩舎のひとり娘であるマリーと、動物の世話が得意ということでローランのアリス、そしてファンロンのユンファが入った。アリスはそのことをカインに随分からかわれてご立腹だったが、マリーやユンファという年下で妹のような娘たちと同じ仕事をするのが、内心とても楽しみなようだった。
「わっ、すっごい毛並み! さすがは貴族家のチョコボね……わわっ、こっちも! オラツィオくん……君は騎士家かあ。すっごいなあ」
「貴族や騎士なんて身分に大した意味は無いさ。このチョコボたちが美しいのは、きっとあのふたり――アーネスとシスララの心と、いつも一緒にいるからだ」
「……そうかもしれないですね。ふふ。アイリーンも随分元気になったね」
「クエッ!」
「あはは。サリナたちのチョコボかあ。なんだかみんな、それぞれのご主人様によく似てる感じ」
「はは、確かに! ルカって言ったか、カインのチョコボなんてこの、今すぐイタズラしてやるぞって顔してるもんな」
「クエ〜ッ!」
「あはははは」
 武具類を提供するための“武具店”にはクロフィールのスウィングライン家と、ガンツが鍛冶をする際の材料となる鉱石を確保するためにスピンフォワード兄弟の従兄弟で鉱夫のクライヴ、そしてそれを手伝う肉体労働担当としてファンロンのフーヤが入った。ガンツとクライヴはすぐに意気投合した。お互いの職人気質がよく合っていたのだろう。フーヤは生来の明るさと人懐っこさとで、頑固親父のガンツとも簡単に打ち解けた。そしてスウィングライン家の長女、クロフィールでも美人で知られるイーグレットは、アイゼンベルクからやってきた堅物の鉱夫を前に、顔を赤らめていた。
「あ、あの、その……クライヴさん……」
「あん?」
「えっ」
「え?」
「なっ、なんでも、ありません……」
「なんなんだ」
「……ははあ、なるほど、イーグレット殿。隅に置けませんなあ、クライヴ殿も」
「はあ?」
「ねーちゃんどうしたんだよ、顔が赤いぞ!」
「あら、この子ったら。よしなさいな、アルト。野暮だわよ」
「ヤボってなんだよ〜」
「がっはっは。なんじゃお前たち、変な顔をして」
「はいはいなんでもないですよ、お仕事しましょ」
 サリナたちの衣類や稽古着、あるいは防具としての機能を持つ高性能な服を製作することを担当する“裁縫屋”は、アクアボルトの服飾職人シモンと、その手伝いとしてサリナの親友であるステラとユリエ、そして衣類の材料を生む虫や植物の世話をするためにファンロンのルァンが受け持つことになった。年上の男性と共に長い時間を過ごすという初めての経験に、娘ふたりは表面的には平静を装っていたものの、内心たいそう舞い上がっていた。
「ね、ねえねえユリエ、シモンさんもルァンさんも、かっこいいね……」
「う、うん……緊張するね……」
「シモンさん、空色蚕の数はこのくらいで大丈夫ですか?」
「ああ、十分だな、ありがとう。ステラ、さっき頼んだ型紙はできた?」
「あっ、はいっ、取って来ます!」
「ユリエさん、藍玉桑の葉がどこにあるかご存知ですか?」
「はは、はいっ、こっちです!」
「……なんだろうな、あのふたり」
「なんでしょうね……」
 戦闘の助けとなるもうひとつの重要な装備品、アクセサリ。その製作はドノ・フィウメの硝子職人師弟であるライラとアンリ、そしてローランの賢人と呼ばれ、魔力付加――エンチャントの能力に長けるクラリタが“アクセサリ屋”として担当することになった。厳しい師匠の厳しい指導にしょっちゅうぺちゃんこにされていてアンリは、賢人と呼ばれるクラリタが共に仕事をしてくれるということで、少しは緩衝材になってくれるかもしれないと期待した。だが世の中そんなに甘いわけはなかったのだった。
「おーいアンリくん、炉の火が整っていないじゃないか」
「あ、はい、すみません!」
「アンリくん、この指輪のマナ、なんだか不安定よ」
「は、はい、すみません……」
「全くしっかりしたまえよ、君は私の弟子だろう」
「魔女だ……魔女がふたりになった……」
「ん、何か言ったかい、アンリくん」
「いえ、ただの独り言です」
「あら、独り言のわりには随分な表現だったわね?」
「同感です。これはきちんとした教育が必要だね、アンリくん」
「……終わった……」
 そして飛空艇の外では、白き竜の長、ファ・ラクが周囲を警戒している。彼は当然ながらその巨体ゆえにプリマビスタの中へ入ることは出来ず、飛空艇と並んで飛行していた。時々、大きな飛行音の間を縫って、搭乗する人間たちの騒ぎが聞こえてくる。何をそんなに怒鳴り合う必要があるのかと彼は思うが、しかし聞こえてくる声の調子は楽しそうなものばかりで、白き竜はドノ・フィウメの人々と和解が成立した時のことを思い返すのだった。
「全く……人間というのはなぜこうもうるさく、面倒で――愉快な連中なのだろうな」

 プリマビスタの修練場は広く、大勢が集まっても十分な広さがあった。サリナたちはそこで、搭乗した仲間たちの中で戦闘に長けた者たちも含め、乱戦を想定した訓練を行っていた。
 集まったのはサリナたち7人に加え、ダグ、レオン、セリノ、アリス、ユンファ、フーヤ、ルァンの計14名。いずれも相当に優れた武芸者たちである。そこにサリナたちもいるので、訓練は否が応にも激しいものになった。
 今後の闘いは、これまでとは随分異なるものになっていくだろうと、セリオルは仲間たちに話した。様々なサポートをしてくれる仲間が増えた分、サリナたち7人の負担は軽減される。しかし逆に、これまでは安全な街で暮らしていた戦闘が出来ない者たちは、危険に晒されることになるかもしれない。だからセリオルは、アリスたち戦闘に長けた者たちに、更なる戦闘能力の強化を願った。もしかしたら、ゼノアの刺客が襲来するかもしれないのだ。自分たちが外出している間に恐るべき敵が現れ、プリマビスタの蒸気機関が破壊されるという事態を想定しないわけにはいかなかった。
 アリスたちのほうは、言われるまでもなくそのつもりだった。むしろサリナたちの強さを超えてすらみせるというほどの意気込みだった。戦士として、それは当り前の本能なのかもしれなかった。
 中でもやはり、ルァンの強さは群を抜いていた。素手での戦闘では、彼はカインやアーネスをすら圧倒した。氣の力を使うまでもなく、カインたちはルァンにあしらわれた。
 ダグの巨体を活かしたパワー戦法、アリスの素早さを活かした二刀流、レオンとセリノのコンビ闘法、ユンファとフーヤのファンロン流天の型と地の型。それぞれの特徴ある戦い方が、サリナたちの訓練の大きな刺激となった。
 金華山からナッシュラーグまではプリマビスタの速度でも数日を要する。イリアスから旧型飛空艇、おそらくレッドローズという名の大型飛空艇で向かってくるだろうゼノアよりは、かなり早く到着できるはずだとセリオルは踏んでいた。その差分の時間を使って、彼らは修行をし、装備と体調を整えた。
 食事時は賑やかだ。プリマビスタの食堂に、その時操縦を担当しているシドとハロルドのどちらかと船外のファ・ラクを除いた全員が集まり、コンスタンスとマシューの作った料理がふるまわれた。配膳はティムとダグが担当したが、それで手が足りるはずもなく、サリナたちも自ら皿を運んだ。
 食事の場で、サリナたちはこれまでの旅のあらましを話した。各地から集まった仲間たちは自分たちの街や村での出来事しか知らなかったので、サリナたちが経験してきた旅の激しさと困難さを聞くにつれ、表情を厳しくする者もいた。サリナの親友であるステラとユリエ、マリカの3人は、サリナと手を重ねたり彼女を抱きしめたりして、涙をこぼした。
 皆が集う食事の席では、様々な情報交換が行われた。アリスとシモンはそれぞれの自治区の政治状況等を話し、ダグはアンリにドノ・フィウメの現状を聞くと同時に、厳しい師の下で修行を積むことの大変さを分かち合った。ガンツとレオン、セリノは互いの持つ武具に関する知識を交換し合い、クラリタとファンロン衆はマナとプラナについての知識を深めた。
「そっか……あれからずっと、大変だったんだね」
「うん、色々あったなあ。あ、そういえば途中で1回、ロックウェルに寄ったんだよ。マリーはいなかったけど」
 サリナは、マリーが意外にも酒に強いことに驚きながら会話をしていた。サリナ、シスララ、マリー、ステラ、ユリエ、マリカ、イーグレット、そしてユンファ。年齢のごく近い彼女たちが集まった卓は、他の卓とは一線を画す華やかさだった。
「あ、もしかしたらその時って、もうこの艇に乗せてもらってたのかも」
「え、そうなの?」
 言いながら、そういえばとサリナは思い出した。あの時、シドも不在だった。飛空艇の試運転に出たと、その時にハロルドからは聞いた。
「ねえサリナ、その後、彼とはどうなの?」
「えっ!」
 酒の入ったコップを持ちながら身体をすり寄せてくるマリカに、サリナは動揺した。突然の予想しなかった話題に、目を白黒させる。コンスタンス特製の薄焼きピザが喉に詰まりかける。
「なっ、えっ、ど、どうって、何が?」
「何がも何もないでしょ〜」
「あら、サリナったら、そんなひとがいるの?」
 この手の話題にはやはり目が無いのが若い娘の特性なのか、イーグレットも目を輝かせた。
「ちょ、ちょっと、イーグレットさんまで!」
「彼って、あの彼のことだよね、マリカ?」
 あっという間に名前で呼び合う仲になったユンファが合いの手を打つ。
「そうそう、彼彼!」
 実に嬉しそうなステラが、嬉々としてその“彼”をこっそり指差す。
 その“彼”――フェリオは、従兄のクライヴと談笑していた。こちらには気付いていない様子だ。
「ちょちょ、ちょっと、やめてよステラ、もう!」
「そうよステラ、はしたないわ」
「んふふふふ」
 サリナに抗議され、ユリエにたしなめられても、ステラはどこ吹く風である。その隣りでは、シスララが楽しそうに微笑んでいる。
「あ、あれ……イーグレットさん……?」
 異変に気付いたのはマリーだった。彼女自身も酒がだいぶ回って来ていたが、それにしてもイーグレットの目の座り方は尋常ではなかった。
「サリナ……」
 ついさっきまで輝いていたはずのその目には、今や剣呑な気配すら漂っている。
「あなたとは、決着をつけなければいけないようね……」
「え……」
 ゆらり、とイーグレットが立ち上がる。その手には、結構強めの酒が入ったグラスがあった。
「け、けっちゃく……?」
「おおっ!」
 ステラとユンファのふたりが楽しそうな声を出す。
「恋の戦い……美しいですね」
「とか言ってる場合じゃないんじゃ……」
 赤く染めた頬に手を当ててうっとりと呟くシスララと、おろおろしているマリー。マリカはにやにやしている。
「はっきり言っておくわ、サリナ……」
「は、はい……」
 イーグレットは挑戦者の目でサリナを見つめている。サリナは緊張した。大変なことになったかもしれない。何しろイーグレットは、大変な美人なのだ。
 面白がっているユンファが、実況よろしく言葉を挟む。
「おおっと、フェリオさんをめぐる女と女の闘いの幕が、切って落とされるのかー!?」
「クライヴさんは……! ……え?」
 宣言をしかけたところで気付いたか、イーグレットはユンファの顔を見た。ぽかんとした顔とぽかんとした顔がぶつかり合う。
 少しだけ、沈黙が落ちた。周りの騒がしさが際立った瞬間だった。
「……クライヴさん?」
 やはりぽかんとした顔で言ったのはサリナだった。シスララがにこにこしている。
 サリナはフェリオのほうを見た。何かのキノコの串焼きのようなものを口に運んでいる。
 その隣りに、クライヴがいる。さきほどと同じだ。
 サリナはイーグレットに目を戻した。顔が真っ赤だ。
「ど、どうやら誤解が解けたようで……」
 ばつの悪そうなステラの前で、イーグレットは椅子に腰を下ろし、下ろしたかと思うとサリナに向かって身を乗り出した。
「お、お互いに頑張りましょうね、サリナ! かんぱい!」
「か、かんぱい!」
 謎の勢いに押されて、サリナはイーグレットとグラスを鳴らした。
「づおあわああああああっ!?」
 どんがらがっしゃんと大きな音を立てて、女の園に突っ込んで――いや投擲されてきたのは、クロイス・クルート少年だった。娘たちの悲鳴が響く。
 彼を投げたのは、どうやらいつものようにカインだったようだ。さっきから酔っぱらった男たちがクロイスを投げて遊んでいたのは、サリナにも見えていた。カインが投げたクロイスは、不幸なことにダグによって回避され、サリナたちのテーブルに突撃することになったのだった。誰かの酒を頭からかぶり、既にふらふらのクロイスは、それでも気丈に立ち上がった。
「てめえカイン! 何てことしやが……あれ?」
「うう」
 思いがけない感触に身体の下を見ると、そこにはマリーが伸びていた。どうやらクロイスの体重を正面から受けてしまったようだった。クロイスは飛びのき、マリーの頬を弱く叩く。
「お、おい、大丈夫か!?」
「うっ……」
 薄く目を開け、酒で回る視界の中に、マリーは自分を覗き込むクロイスを見た。チョコボの世話ひと筋で暮らしてきた彼女は、初めて間近に、男の顔を見た。
 火でも吹くのではというほど、マリーの顔は赤かった。
「や、やべえ!」
 それを自分がぶつかったことによる体調の急変ととらえ、クロイスは酔いを忘れた。おもむろにマリーを抱え上げ、彼は首だけ振り向いて怒鳴った。
「おいコラアホカイン! てめーのせいでマリーがやべえじゃねーか! バカたれ!」
「マジか!?」
「うるせえあほたれ! 反省してろ!」
 吠えながら、クロイスは食堂を飛び出した。マリーを抱えているとは思えないほど素早い動きだった。彼女の部屋へ寝かしに連れていくつもりなのだろう。
 その時のマリーの顔を、マリカはよく見ていた。
「だ、大丈夫かなマリー。俺、やっちまった?」
 慌てて近づいてきたカインに、しかしマリカはにやにやしながら告げる。
「いえ、大丈夫ですよ。んふふふふ」
「お、おお、そっか、それならよかった」
 カインは怪訝そうな顔でマリカを見た。なぜなら彼女は、実に面白いものを目にしたような顔をしていたからだ。