第189話

「魔の理。力の翼。練金の釜!」
 焦げ付くような危機感に震えそうになる腕をかろうじて制御し、セリオルは薬を取り出す。聖水を2本。それぞれからマナを抽出し、彼の手はそれをひとつに調合する。
「マイティガード!」
 白魔法に属し、守りの力を対象に付与する魔法、防御の魔法プロテスと、守護の魔法シェル。物理的な攻撃とマナによる攻撃をそれぞれ軽減するふたつの魔法と同等の効果を同時に発動するのが、マイティガードだ。サリナによって守護の魔法が既に発動されていたが、セリオルはさらに守りを固めるべく、その力を使った。
 舌の奥に広がる苦味のようなものを、セリオルは噛み潰す。時魔法、その奥義。全てを破壊する究極の時空攻撃――メテオ。その封じられし古の力が、今まさに、彼らの眼前に現れようとしている。
「カーバンクル様……」
 焦燥に打つ心臓を宥めるように胸に手を当て、シスララは守護神の名を呼ぶ。ソレイユが、傍らで不安そうに啼いた。
「ええ、そうね、ソレイユ。あなたの力も貸してね」
 肩の飛竜にシスララは微笑んだ。だがその笑みは固い。
 地下墓地の高い天井。地に膝をついたままのベヒーモスの頭上、その空間が、奇妙に捩れ始めた。シスララの視線が、捩れた空間へ向く。
「ふはは……さあ来たぞ、終わりを告げる力が!」
 捩れの中心にそれが現われるまでのほんの一瞬が、シスララには永遠にも感じられるほど長かった。時空を操るマナによって生み出された、恐るべき破壊の星屑。
 メテオ――それは魔法の力が呼び覚ます、天の火。空を翔る流星を生み、破滅をもたらす災厄の魔法。
 滅びの隕石たちが、捩れの中心に現われる。
 シスララが叫ぶ。
「リバレート・カーバンクル!」
 聖なる光が膨れ上がる。カーバンクルの幻影が浮かび上がり、響く聖歌のような美しい声が耳を震わせる。現れた無数の隕石の前に、カーバンクルは決然と向かい合った。
「ルビーの光!」
 
カーバンクルの額の宝玉から光が放たれる。それは襲い来る隕石軍防ぐ、赤い光の盾となって広がった。
 あらゆる魔法攻撃を反射する、マナの盾。破滅の魔法、黒魔法奥義のアルテマをも、その全威力を跳ね返した、究極の盾。この紅玉の光の前では、あらゆる魔法は無力と化す。
「よし、間に合った!」
 カインは拳を握った。これで勝ちだ。メテオは反射され、その威力の全ては詠唱者であるベヒーモスへと跳ね返る。初めて目にする時魔法という種類の魔法の発動の仕方が不明だったため、ルビーの光が間に合うかどうかが唯一の不安要素だった。だがその問題も今、順当に回避された。
 カインの胸を安堵が満たす。時魔法の奥義、その威力がいかほどかは想像することしか出来なかったが、黒魔法の奥義である破滅の魔法と同等と考えて良いだろう。ルビーの光が間に合わなければ、この皇家の墓が破壊され、カインたちにも想像を絶する深刻なダメージが与えられたはずだ。しかしルビーの光の前で、あらゆる魔法はその力を失う。
「カイン!」
 その声は背後から聞こえた。アーネスのものだった。カインは振り返った。
 アーネスは、騎士の紋章を掲げている。
「蒼穹の盾よ! 逞しき大地のマナで我らを守りなさい!」
 紋章は光の盾となった。その行為の意味するところを察し、カインは戦慄する。
 慌てて盾の後ろへ下がったカインの視界を、無数の隕石が覆う。
 カーバンクルの光は、無残にも砕け散った。紅玉の盾は力を失い、シスララは無防備な身を破壊の石の前に晒していた。サリナが神速の動きで、力を放出して自失しているシスララを助けた。愕然としているシスララに、サリナが檄を飛ばす。
 セラフィウムの鎧を再び纏い、シスララもアーネスの後ろへ逃れた。仲間たちはアーネスの後ろから、彼女の防御の手助けをすべくマナを放出する。
 究極の時魔法、メテオ。その威力は、正に絶望的だった。
 凄まじい破壊の嵐に、アーネスのうめき声が漏れる。轟音を上げて崩壊する地下墓地。石造りの壁や天井によって支えられていた地下の土砂が、その壊滅と共に崩落する。その破滅的な様相に、フランツは恐怖よりも怒りを感じていた。ゼノアはこんなことを望んでいたのか。
 いや――とフランツは自嘲するように、唇の端から息を吐いた。それは違うだろう。セリオルたちの話を聞く限り、ゼノアは皇家の墓の破壊を望んでいるわけではない。ただあの男は、セリオルたちの力を試しているに過ぎない。この破壊は、そのための副作用のひとつでしかない。
 セリオルたちは光の鎧を身につけ、幻獣の力を使って戦っている。しかしこのベヒーモスという魔物は、それでも止められなかった。アーネスが懸命に踏ん張っているが、光の盾には既にいくつも亀裂が入っている。突破されるのも時間の問題だ。
 フランツが怒りと恐怖で恐慌に陥るのを阻んだのは、大地を震わせるような咆哮だった。
「ソレイユー!」
 叫んだのはシスララだった。純白の光があふれ出す。
 白き竜騎士の肩に乗っていた小型の飛竜が、甲高い声と共にその翼を広げた。
 フランツは我が目を疑った。
 小さき竜は純白の光を放ち、瞬時に巨大な竜へと変貌を遂げた。黄金の鱗に覆われた、堂々たる竜の姿。
 それはまさしく、聖竜の王。
「ソレイユ!」
 アーネスへマナを送りながら、サリナはその名を叫んだ。聖なる滝で見た、ソレイユの真の姿。あれ以来見ることは無かったが、セリオルからは、一定のマナをその身に溜めなければ、容易にその姿へ戻ることは難しいだろうという推論を聞いていた。シスララがセラフィウムの力を手に入れたことで、ソレイユが聖竜王となるためのマナが供給されたということか。
「お願い、ソレイユ! 力を貸して!」
「無論だ」
 力強い竜王の声。純白のマナを纏う黄金の竜は、驚愕を隠せないベヒーモスの前で咆哮を上げる。そしてその口から、凄まじい聖なるブレスが放たれた。
 次から次へと襲い来る隕石の嵐を、純白の雷が薙ぎ払う。時空を歪める破壊の力も、聖竜王の力の前に砕け散っていく。
 聖竜王ソレイユ。それは神にも等しい力を備えし、白金の竜王。
 崩落が止まる。見る影も無く破壊された墓地になだれ込もうとしていた土砂が、すんでのところで踏み止まった。皇家の聖なる墓は、その壊滅をかろうじて回避した。
 ――かに、思えた。
 聖竜王のブレスが巻き起こした粉塵が収まる。
 その影に隠れていたものの姿が見えた時、サリナの胸を真っ黒い絶望が塗り潰した。
「そ、そんな……」
 それ以上の言葉が出ない。
「ふははは……」
 不愉快な笑い声は、ベヒーモスのものだった。いまや両の足で立ち上がり、終わりの獣はサリナたちを睥睨していた。聖竜王ソレイユに向けるまなざしも、敗者のそれとは違っていた。
「勝ったつもりだったか?」
 そう言う魔獣の巨躯には、光が宿っていた。
 にわかには信じがたい光景だった。
 ブラッド・レディバグ。それは生物に寄生することでその生物を強大な魔物に造りかえる力を持つ、ゼノアの生み出した魔蟲。それは黒魔法の奥義までも操る魔導師や、集局点から世界樹のマナをも喰らい尽くそうとする貪欲な魔物を生み出したことがあった。
 魔獣ベヒーモスにしても、強靭な肉体と凄まじい膂力を誇り、失われたはずの時魔法、それもその奥義である隕石の魔法・メテオを詠唱してみせた。
 これだけの力を既存の生物に与える魔生物、ブラッド・レディバグ。その強力さから、量産するのは不可能だろうとセリオルは推測していた。おそらくはそう多くの在庫を抱えることも難しい、限られた兵器であるはずだ。だが、その威力は背筋も凍るほどのものである。
 しかし、だからと言って、あの血の天道虫が与えることが出来るのは、あくまで魔物としての力であるはずだ。
 魔獣ベヒーモスが纏った光。それは、魔物には決して纏いえない光だった。
「馬鹿な……」
 背中を流れ落ちる冷たく不快な汗。セリオルの瞳に映るのは、銀灰の光。
 それは、幻獣の光だった。力の幻獣だけが纏うはずの、美しく気高き、力のマナの光だった。
 メテオを防御したことでぼろぼろになったアーネスは、サリナから回復の魔法を受けながら、卒然として叫んだ。
「まさか……!」
 セリオルの脳裏に、最もしたくなかった想像が生まれた。
 ナッシュラーグ自治区、首都ナッシュラーグ。古の時代、狂皇パスゲアが君臨したかつての皇都。皇家の者たちが暮らす城、その地下に眠る聖なる墓地、皇家の墓。
 そこは、力のマナの集局点。
 戦騎オーディン。力の幻獣、瑪瑙の座。集局点であるはずのこの場所に、その姿は無い。
 代わりに銀灰の光を纏うのは、時魔法の奥義を操る、終わりの獣。
「ベヒーモス……取り込んだのか! オーディンの力を!」
 絶望の滲むセリオルの叫びに、魔獣は嘲笑をもって応える。
「ぐははははは! 哀れなり、リバレーターども!」
 シスララはソレイユを仰ぎ見た。だが聖竜王はメテオを破壊するためにマナを放ち尽くし、その姿を小さき飛竜へと戻してしまっていた。再び王の姿へと変身するには、マナの蓄積が必要だ。
 膝が震えそうになるのを、サリナはかろうじて自制していた。ベヒーモスは力のマナを操っている。どうやってオーディンの力を取り込んだのかはわからない。とはいえこの場にオーディンがいないことと無関係ではあるまい。いずれにせよ、彼女たちは覚悟を決めなければならなかった。
 力のマナで増幅された魔法の威力は、桁が違う。
 これまでサリナたちは、属性マナが増幅されるところを見てきた。フェリオの銃技のひとつ、魔法銃。セリオルが放った黒魔法を受け止め、増幅し、絶大な威力の攻撃として放つ。中級黒魔法が上級黒魔法にも匹敵するほどの威力になるのを、サリナは知っている。
 ベヒーモスは、それを時魔法の奥義に適用しようとしている。
 既に詠唱は完了されていた。空間が歪み、あの破滅の石が姿を現している。そのひとつひとつに、今はおぞましく見える銀灰の光がまとわりついている。
 無意識に、セリオルは探していた。銀灰の光を目にして、その姿を追わずいはいられなかった。
 魔法銃の使い手、フェリオの姿を。
 だが、セリオルはフェリオを見つけられなかった。
 そういえば――とセリオルは振り返る。さきほどから、フェリオの姿を見ていない。どこへ行ってしまったのだろうか……? まさか、逃げ出したということはあるまいが。
「さあ、その身に受けるがいい。これこそが破壊の力! これこそが、ゼノア様の力だ!」
 銀灰の光を帯びた無数の隕石が飛来する。
 アーネスが盾を張る。セリオルが調合する。シスララが舞う。サリナが詠唱する。
 だが……全ての守りは、世界を壊すほどの威力の隕石の前に、為す術も無く打ち砕かれる。
「ふはははは! 無駄だ無駄だ! 力のマナを帯びたメテオなど、空前絶後の威力よ! 貴様等ごとき虫けらに、防げるものか!」
 皇家の墓は、原型を留めぬほどに破壊された。轟音が轟き、岩が割れ、柱が砕け、床が崩れ、天井が落ちる。土砂が流れ込み、奥義を詠唱するベヒーモスのみを包む不可侵領域を除いて、その場の全てのものが破壊された。
 声が上がったのは、ほんの数瞬だった。
 サリナたちの痛みに叫ぶ声。そのいずれもが僅か数度聞こえただけで、二度と発されることは無かった。
 フランツは何もすることが出来なかった。ただその光景を見ていることしか、彼には出来なかった。幻獣の力など持つはずも無い、ただの憲兵である彼に、その終わりの魔物の圧倒的な力に抗する術など無かった。幼馴染が、その仲間たちが、破壊の隕石によって打ちのめされていくのを、そして神聖なる皇家の墓が見るも無残に蹂躙されていくのを、彼はただ、見ていることしか出来なかった。
「ぐ……ぐうう……!」
 奥歯を食いしばり、警棒を握る手に血が滲んでも、彼には何も出来なかった。
 いや、するべきではないと、彼は心得ていた。彼がすべきは、助けを呼びに行くことだ。今や皇家の墓の天井は崩れ、外の光が差し込んできている。勝利に酔うベヒーモスの隙を突いて逃れ、セリオルたちを治療出来る者を連れてくるのだ。
「くそ! 畜生……ッ!!」
 己の無力さにはらわたが煮える。しかしここで飛び出して魔獣に挑んだところで、毛ほどの役にも立てはしない。彼は自分の中の冷静な部分を繋ぎとめるのに、精神力の全てを費やした。
 ベヒーモス。恐るべき魔物だ。こんなものが墓から出て街を襲いでもしたら、ナッシュラーグの都は壊滅していまう。
 いや、さすがにゼノアも、意味も無く故郷を破壊しはしないだろう。そう考えて、フランツは己の単純さを嗤った。ゼノアは、聖地である皇家の墓を、いとも容易く破壊させたではないか。
 もはやゼノアの考えを推し量ることなど出来ない。フランツは覚悟を決めた。
 轟音とマナの嵐が、ようやく収まる。ベヒーモスは天に向かって咆哮している。あまりの騒ぎと咆哮の大きさに、地上でナッシュラーグの住民たちが集まって来ている気配があった。いきなり地面が崩落したのだから、無理も無い。
 セリオルたちは皆、幻獣の光を失って倒れている。
 倒れている者、瓦礫に埋まった者、土砂から手だけを覗かせている者……。
 全滅。力のマナを得た隕石の魔法は、幻獣の力を得た戦士たちさえも、簡単に一掃してしまった。
「ぐふふふ……ぐははははは! 弱い! あまりにも弱いぞ、幻獣ども!」
 哄笑する魔獣は、フランツには気づいていないようだ。彼のことなど、攻撃する対象として見てもいないのだろう。
「はーはっはっはっはっは!」
 好都合だった。助けを連れて来てどうにか出来るのかなどわからないが、例えばフランツがベヒーモスの気を引き、その隙にセリオルたちを救出してもらうのでも構わないのだ。生きてさえいれば、あの強力な戦士たちのことだ。再戦の希望はあるはずだ。
 もっとも、その前にナッシュラーグが滅ぼされなければの話だが。
 そして――セリオルたちの命の炎が、まだ消えていなければの、話だ。
「よせ……」
 自分に言い聞かせ、フランツは頭を振った。そんな最悪な想像をしても、何もならない。今はとにかく、ここから逃げて助けを呼ぶことを考えるんだ。
「ぐふふふ……さて」
 それはあまりに、突然だった。
 隠れていたフランツを、ベヒーモスは突如、睨み付けた。まるではじめから、彼のいる位置がわかっていたように。
「残った虫けらの掃除をしておくとしよう」
 金縛りに遭ったように、フランツは動けなかった。ただその喉を、恐怖だけが通り過ぎていく。
「あ……ああ……」
 ベヒーモスが近づいてくる。フランツは後ずさりすら出来ない。
「おおかた、こいつらを助け出す算段でも立てていたのだろうがな。残念だったな。もはやマナは感じられん。こいつらは全滅だ。全員、死んだ」
「く……くそ!」
「さあ、お前も死ね」
 ベヒーモスはフランツの前に立った。その巨躯。立ち昇る恐るべき力。凄まじい迫力に圧され、フランツは身動きが取れない。
 ベヒーモスは剣を振り上げた。そしてその禍々しい刃が一閃する。
 ――だが。
 閃いた光が、ベヒーモスの剣を弾き飛ばした。
「何だ!?」
 驚愕し、光が放たれた方向をベヒーモスは見た。
 だが見る前、既に魔獣は確信していた。
 視界の端に映ったのは、光だった。
 真紅の、光だった。
「き、貴様! なぜだ!」
 そして魔獣は悟った。そうなることが当然であることを。それは彼が魔獣ベヒーモスであるということと同じくらいの当然さで、彼の脳を支配した。この後の彼の運命は、もはや定まっていた。
 彼は、敗れる。
「馬鹿な……」
 理性が理解している。だが彼の感情が、まだそれを否定しようとした。そんなことをしても無駄だとわかっているのに、どうにもならなかった。
 足が竦むのを、ベヒーモスは感じた。信じがたいことだった。無敵の力を誇り、時魔法の奥義さえも操ることが出来る自分が、恐怖している。
「な、何だ……その姿は……! き、貴様、何者だ!」
 彼の視線の先にいるのは、炎の戦士だった。
 凄まじい量の炎のマナ。もはや光なのか炎なのかの見分けもつかないほど、サリナを包むマナは燃え盛っていた。彼女の周囲で渦を巻く炎と光は、彼女の背中に集まって翼を形作っていた。
 腰が抜け、フランツは地面に尻餅をついた。
 これほど神々しい存在を、彼は知らなかった。先ほどから目にしている幻獣たちのどれをも、サリナは超えているように思えた。いや、超えているという表現すら追いつかない、彼女は超越者だった。
 イフリートの鎧。これは、炎神の力か。
 いや。サリナの炎の内で、イフリートは否定する。
 瑪瑙の座の力を、サリナは遥かに超えていた。
 凄まじい勢いの炎を纏いながら1歩ずつ近づいてくる人間に、ベヒーモスは恐怖を隠せなかった。その炎の翼も、炎の鎧も、炎のように輝く真紅の瞳も、彼を畏れさせた。
 恐るべき熱が、炎が、サリナによって放たれた。
「ぐっ……ぐおおおおおおおっ!!」
 目の前で放たれた攻撃は、効かないはずだった。
 だがそんなことなど関係無いとばかりに、圧倒的な火力で、サリナの炎はベヒーモスを焼き尽くした。恐怖に身を縛られながら、魔獣は攻撃されるがままになった。抵抗しようという発想すら浮かばない。それほど、サリナは強大だった。
「ぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!」
 サリナは叫んでいた。狂おしいほどの怒りと哀しみが、彼女を襲っていた。朦朧とする意識の中で、彼女はただ、仲間のことを想った。メテオの威力の前に倒れた仲間たち。助けたい。みんなを助けたい。ただその想いだけが、彼女を衝き動かしていた。
 燃え盛る炎の中で、ベヒーモスは悶えた。あまりの苦痛に声も出ない。このまま、自分はこの世から消えるのか。あまりにあっけなく、そしてあまりに理解不能な幕切れ。
 しかし唐突に、炎は消えた。
 ベヒーモスは地面に転がったまま、目を開けた。
 敵の光は霧散していた。真紅の光は粒となり、瓦礫の中で転がる人間たちに降り注いでいた。
 そして信じがたいことに、倒れた者たちを復活させたのだった。
「馬鹿な……」
 マナは確かに消えていた。奴等は死んだか、それに近い瀕死の状態だったはずだ。少なくとも、こんなに容易く立ち上がれることは無いはずだった。
 何が起きているのか、ベヒーモスにはわからなかった。起き上がった人間たちも、自分に何が起きたのか、理解出来ていない様子だった。静かな混乱が、その場を満たしていた。
 ――ただひとり、ずっと冷静だった者を除いて。
「……ぐふっ」
 それに、ベヒーモスは気づかなかった。自分の身体を見下ろし、そこにあるべきものが無いことを確認して、ようやく彼は現実を認識した。
 腹部から胸部にかけて、大きな孔が開いていた。
 ずずん……と地響きを立てて、ベヒーモスの巨体が倒れた。銀灰の光が、弾けて消える。
「……やれやれ。どうなることかと思ったけど、これでやっと終わりだ」
 意識の外からの攻撃。周囲に満ちたマナを吸収し尽くし、その威力を極限まで高めて、フェリオはアシュラウルをリバレートした。属性マナを吸収して強化したドライヴ・ラッシュは、終わりの獣ベヒーモスの強靭な身体を、見事に貫いたのだった。