第197話

 空が割れるような音が、ナッシュラーグの街に響いた。それは文字通り、空が鳴った音だった。
「なんだ?」
 セリノが弱らせたマインドフレアに止めの一撃を撃ち込み、フェリオは空を見上げた。
 いい加減、うんざりだった。烏賊の魔物は倒しても倒しても起き上がってきた。セリノの協力のお陰でマインドブラストを受けることは無かったが、5体にまで増えた闇の魔物たちがこちらの隙を狙ってくることによるストレスは、尋常ではなかった。
「フェリオさん」
 セリノの声に目を向ける。フォグクラウドの若き戦士長は、今しがた撃破したマインドフレアを指差していた。
 フェリオは銃を構えた。また起き上がってくるかもしれない。厄介だった。せめてセリオルと相談することが出来れば、今の状況を打開する方法も見つかるかもしれない。そう思いながらも、街が破壊される可能性が高いため、この場をすぐに離れることが出来ない。歯がゆさだけが募る。
 だが、魔物は起き上がってはこなかった。
「動かなくなりましたね」
「ああ」
 刀を納めて近づいてくるセリノに返事をしながら、フェリオも銃をホルスターに戻した。
 見ると、漆黒のアザのようになってマインドフレアを侵食していた闇のマナが、消えている。
「これは……」
 呟きながら、フェリオは空をもう一度見上げた。さきほどの音と、何か関連があるかもしれない。
「……あれ?」
 思わず、声が漏れた。
 空に開いていた黒い穴が、収縮を始めていた。
「あれは……」
 縮んでいく穴のひとつから、眩い純白の光が飛び出した。黄金の竜と、その背にまたがった――
「シスララ、か?」
 遠くてその表情は見えないが、何かこれまでとは異なる雰囲気が感じられた。人と竜が一体となったような勇ましく美しい姿が、飛竜ソレイユと竜騎士シスララとの、新たな信頼の証であるかのようだった。
「フェリオさん、もしかして……」
「ああ、たぶんそうだな」
 聖竜王に変身したソレイユとシスララが、あの穴の中にあった闇のマナの根源を撃破したのだ。マインドフレアが復活しなくなったのは、そのためだろう。ナッシュラーグへの闇のマナの供給が止まったのだ。
「やれやれ……いつも先を越されるな」
 黒髪の魔導師の背中を脳裏に浮かべながら、フェリオは呟いた。恐らく襲撃の仕組みに気付いたセリオルが、シスララに指示を与えたのだろう。
「え?」
「なんでもないよ。さ、皆と合流しよう」
 フェリオはスペクタクルズ・フライを飛ばした。

 同じころ、サリナも黒い穴が閉じたのを確認していた。ギルの強さなら問題無くアダマンタイマイたちを撃破しただろうが、これで恐らくは魔物の復活は無くなったと思うと、安堵の息が漏れる。
「私も、私の仕事をしないと!」
 皇城に向かって街路を駆け抜ける。街の中心に近づけば近づくほど、セリオルの伝言が真実味を増していった。
 闇のマナに侵された強力な魔物たちに集中するあまり、気付けなかった。皇城――ヴァルドーの時代からナッシュラーグの君主たちが住まってきた、美しく壮麗な城。
 そこに、禍々しく揺らめくマナを感じる。
 これまでに感じたことの無いマナだ。幻獣のものでも、塵魔のものでもない。おそらく、あの黒騎士のものでもないだろう。得体の知れない、しかし不吉さだけは感じる、そんなマナだ。強さは、よくわからない。
 やがてサリナは、皇城の門前広場へ到着した。
「うっ……!」
 そこに立ってみて、サリナは後悔にも似た感覚を味わった。
 なぜ、これほどまでに異様なマナの発生に気付けなかったのだろう。それはサリナの全身に悪寒が走るほどの、不愉快な感覚をもたらすマナだった。皇城の中にいるひとたちは、このマナに気付かないのだろうか。
 いや、それだけではない。サリナの仲間たちもそうだ。常人よりもずっとマナに関する感覚が鋭くなっているはずの仲間たちでさえ、あの黒い魔物たちに気を取られ、このマナに気付かなかったのだ。それにそもそも――
「はは……私が気付かないだから、しょうがないか」
 少し息が上がっている。だがそれは疲労のせいだけではないことに、サリナは気付いていた。
「はぁ、はぁ……サ、サリナ!」
 肩で息をしながら追いついてきたユンファは、苦しそうにしながらも顔を上げた。その後ろにフランツの姿は無い。サリナが全力で走ってきたのだから、ついてこれなくても無理は無い。
「ユンファ……ユンファも感じる? このマナ」
「え?」
 息を整えながら、ユンファはサリナが指し示す城を見上げる。
「う、ううん……私たち、マナのことはわかんないから……」
「あ、そっか」
 向き合ってお互いに苦笑いし、ふたりは皇城に向き直った。
 その時、皇城の大きな扉の脇に備えられた鐘が鳴った。見張りらしき憲兵が、それを合図に扉を開いた。
「何だろう」
「油断しないで、ユンファ」
 警告し、サリナは棍を構える。今この城から出てくる者が、味方である保証は無い。いや、場合によっては――
「……あれ?」
 ゼノアが表れるのかもしれないと思って緊張していたサリナは、城から出てきた者たちを見て、肩すかしを食らった。
「馬鹿者、なぜもっと早く報せに来ぬ!」
「も、申し訳ありません、陛下! まずは市民の安全確保が優先と思い……!」
「……まあ良い。それで、街と民の状態は?」
「そ、それが、いまだ混乱が収まってはおりませんで……」
「ええい、憲兵団は何をしておるのか!」
 足早に歩きながら苛立った様子で怒鳴っている初老の男性は、高貴な身分であることがひと目でわかる出で立ちをしていた。外出用と思われるガウンは薄手だったが高級そうな織りで、その手にはやはり外出用と思われる、しかし豪奢な装飾の杖を持っている。そしてその頭には、当然のように冠飾りが戴かれていた。
「陛下、そう気を急かされず。憲兵団も無能ではありません。彼らなりに最善を尽くしているはずですよ」
 そう発言したのは、傍らに寄り添う女性だった。男性より少し若いだろうか。こちらもやはり、男性に負けず劣らず高貴そうな身なりをしている。
「ね、ねえ、サリナ、あれって」
「うん、たぶん……そうだよね」
 さきほどまでとは別の緊張が、ふたりを襲った。考えるまでも無い。前からやって来るあのふたりは――
「お、お待ちください! 街は危険です! 私どもが安全を確保するまで、皇城にてお待ちください……皇帝陛下!」
「や、やっぱり〜〜〜〜〜!?」
 サリナとユンファは声を揃えて、叫んだ。
「ええい、うるさい! ナッシュラーグの一大事という時に、城でのんびりと待ってなどおられるか!」
「し、しかし陛下、街には魔物が溢れ、危険な状態で……!」
「わかってちょうだい、憲兵長。国が危ない時にじっとしていられるほど、私たち夫婦は臆病ではないの」
「こ、皇后様までそのようなことを!」
「黙れ、私は行く! 市民の許へ案内せよ!」
「へ、陛下〜〜〜」
 泣きそうな声を上げながら追いすがる憲兵長を見もせずに、皇帝夫妻は進む。そして上げられた視線が、サリナたちへ向いた。
「ひっ」
 小さく声を上げ、隠れようとあたりを見回すが、そう都合良く物陰などあろうはずが無い。そもそも、もう目があってしまった。今から急に隠れたら、そのほうが失礼に当たって怒られてしまう気がする。
「お、落ち着いて、落ち着いてユンファ。おおお、おちつ、おち、おちお」
「ササ、サリナこそ! ほ、ほら、ね、皇帝って言ってもさ、他の自治区で言う領主さんと同じなんだから……」
「そ、そそ、そうだよね。ラッセルさんとか、サンクさんとか、クレメンテさんと、同じだもんね……!」
「う、うん、そうだよそうだよ、私そのひとたち、知らないけど!」
 そんなことを言って騒いでいるうちに、皇帝たちが目の前までやって来た。
「ひ、ひええ」
 根拠も無く怒られそうな気がして、サリナとユンファは縮こまった。皇帝はがっしりした体格で、小柄なサリナたちよりも随分上背がある。目の前で立ち止った皇帝は、高いところからサリナたちを睥睨する。その口が開き、サリナたちはびくりとして身を固くした。
「こんなところで何をしておる、娘たち。早く避難しなさい」
「……へ?」
 正面に立っていたこと自体すら怒られるかもしれないと思っていたサリナたちに、皇帝の言葉は全くの予想外だった。彼は怒鳴りつけるどころか、この上無く優しい声をサリナたちに向けた。
「は、はい……」
 それ以上は何も言わず、皇帝たちは道を開けたサリナたちの前を横切って行った。すれ違い様、皇后がこちらへ向けた微笑みは優しさと慈愛に満ちていた。
 サリナは、それに意外さを感じた。
 ナッシュラーグ自治区。世界の中で最も危険な思想を持つ自治区。サリナはこれまで、この自治区にそんな印象を持っていた。周囲の大人たちが語るナッシュラーグのイメージは、サリナが抱いていたものとほぼ同じだ。
 狂皇パスゲアの時代から、ヴァルドーは危険だと思われてきた。実際、今でもナッシュラーグの領主――ヴァルドー皇家は、イリアス王国に敵対する姿勢を見せている。それは紛れも無く危険な思想であり、ナッシュラーグ自治区はエリュス・イリアの平和を脅かしかねない危険分子だ。
 だがヴァルドー皇家とて、大きな自治区の領主なのだ。そのことを、サリナは思い出した。
 ナッシュラーグの民は、こぞって王国を敵と見なしている。それはすなわち、皇家の思想を領民が受け入れているということだ。領民たちはかつてのヴァルドーの繁栄を思い、その輝かしい時代を取り戻すことを願っている。
 領主は、領民から愛されてこそ、領主だ。ヴァルドー皇家はナッシュラーグの領主として君臨し、永く領民たちの尊敬を集めている。領民から愛されるのは、何もそのカリスマ性のためだけではないだろう。
 民は馬鹿ではない。理想を語るだけの領主であれば、彼らは背中を向けるだろう。ヴァルドー皇家は民を愛し、その暮らしを守っているのだ。豊かで満足出来る毎日を送ることが出来ているからこそ、民は領主を領主と認める。
 マナ変異症の蔓延は、皇家にとっても痛手だったのだろう。皇帝は変異症が回復されたことを、まだ知らないかもしれない。市街地へ急ぐその背中には、民のために行動しようとする意志が見えた。
「さあ君たち、避難所へ」
 皇帝と皇后へ付き添う憲兵長に代わり、皇城の衛兵をしていた憲兵がサリナたちを案内しようと、傍に立った。その声で、サリナは我に返る。
「ユンファ!」
「う、うん!」
 ふたりの目的は、皇城の中だ。だがその前に――
「フライ、お願い!」
 サリナはスペクタクルズ・フライを飛ばそうとした。ひとまずセリオルたちに連絡しなければ。皇城を調べる必要がある――それも、恐らく厳しい戦闘を伴う調査だ。皆の力が、必要だ。
 青白い炎の虫は、サリナの伝言を受け取り、飛び立った――
 が、そこへ。
「サリナ!」
 自分の名を呼ぶ声に、サリナは反射的に顔を上げ、立ち上がった。傍で屈んでいた憲兵が驚いて跳び退く。声のした方へ、ユンファも向いていた。
 最短j距離を進むために、建物の屋根を伝って来たのだろう。彼は灰色の髪を風になびかせ、大通りの建物の上にいた。
「フェリオ!」
 素早く飛び降り、フェリオはサリナへと駆け寄った。セリノもそれに続く。背後で起きた声に、何ごとかと皇帝たちが振り返った。
「無事だったか、サリナ」
「うん、大丈夫。フェリオも大丈夫そうだね」
「ああ」
「こらこら君たち、外は危険だから――」
 一旦は離れた憲兵がそう警告しながら近づいてきた。しかし彼とサリナたちの間に、美しい流星が降り立ったのだった。
 光の粒を撒きながら、シスララとソレイユは皇城前に着地した。
「シスララ!」
「サリナ! フェリオさん!」
「な、ななな……」
 尻もちをついて絶句する憲兵をよそに、サリナたちは互いの無事を確かめ合った。
「き、君たち!」
「おーい、サリナー! フェリオ―!」
「またかー!」
 のけぞる憲兵をしり目に、カインとレオンが走り寄って来た。トンベリ退治は無事に終わったようだ。
 その後、クロイスとルァン、アーネスとアリスが合流し、憲兵は当然のように置いてけぼりをくらった。
「き、君たちねえ……!」
 皇城の前に次々に集まる若者たちに、憲兵は怖い顔を作って叱りつけようとした。が――
「はぁ……はぁ……や、やっと、追いついたぞ……!」
「ふ、ふらんつたいちょう……!」
 へなへなと崩れ落ちる憲兵を不思議そうな顔で見つつも特に何も言わず、フランツは呼吸を整えている。
「フランツ、あなた隊長だったの」
「あ、ああ、まあ一応な」
 隊長同士であることに通じるものを感じたか、アーネスとフランツがそんなやり取りを始めた。
 そんなふたりや集まって来た仲間たちを見ながら、サリナは不思議な感覚を抱いていた。自分の持ち場が解決したら皇城、つまり街の中心に集合するという行動方針は立てていた。しかし全員がこれだけ、ほとんど同時に集まったというのが不思議だった。 仲間たちを信頼しているから、まっすぐにここへ来ることができた――そういうことだろうか。こんな場面でありながら、サリナは胸に温かいものが生まれるのを感じていた。
 その仲間たちに、告げなければならない。美しく聳える皇城に潜む、ゼノアの影のことを。
「あの、みんな――」
「おい、貴様ら!」
 だがサリナの呼びかけは、鋭い怒声によって阻まれた。
 怒りに満ちたその声の主は、豪奢なガウンを纏ったこの地の支配者、ナッシュラーグ皇帝のものだった。
「早く避難せよと命じたであろう!」
 皇城の前から聞こえる声に、踵を返したのだろう。肩を怒らせ、皇帝はサリナたちのほうへ近づいて来る。皇后は呆れたような表情で夫を見遣り、憲兵長は慌てふためいている。皇帝の表情からはサリナたちの身を案じているというよりは、自分の下した命令をサリナたちが聞かないことに対しての怒りがカンカンになっていることが見て取れた。
「ああ? なんだあのおっさん」
 無遠慮な言葉を口にしたのはクロイスだった。フランツの顔からさっと血の気が引く。間違い無く、聞こえた距離だ。
「ク、クロイス!」
「はっはっは。あーあ、言っちまったなあ」
 サリナは慌て、カインは笑っている。他の仲間たちは、ほとんど動揺していなかった。特にアーネスとシスララ、そしてアリスはそれぞれ騎士、貴族という立場で、ナッシュラーグ領主――ヴァルドー伯爵である皇帝の目を真正面から見据えていた。
 へりくだる様子を見せないどころか暴言まで吐いたサリナたちに、皇帝の怒りが爆発する。皇帝は怒鳴り声を上げながら近づいて来る。
 ――だが。
 それに最初に気付いたのは、やはりサリナだった。
 ぞくりとした感覚が、サリナを襲った。前にもどこかで感じた感覚であるような気がした。しかしそれがいつ、どこでであったか、すぐに恩ろい出すことは出来なかった。
 それが急速に接近してくるのを、サリナは感じた。上からだ。弾かれたように、空に顔を向ける。
「みんな!」
 鋭く響いたサリナの声に、緊張感が一気に高まる。皇帝のことを警告しているのではないことは明らかだった。サリナが空を見ているのに気付き、皆が空を見上げる。
「みんな、気を付けて! 何か来る!」
 サリナがそう叫んだ、直後。時間にして1秒あるか無いかという一瞬の後、それはナッシュラーグの地に舞い降りた。
 ズン――という、腹の底に響く重低音。そして舞い散る、マナの粒子。
 幻獣たちが纏う、美しいマナの光。エリュス・イリアの守護神たちは、煌めく光の中で美しい姿を現す。ある者は真紅、ある者は紺碧、ある者は純白。目も眩むような七色の光が、神々の威容を縁取る。
 しかし今、サリナたちの前に降り立ったのは、その全ての光を塗り潰すかのような――
 ――漆黒、だった。
「輝け、私のアシミレイト!」
「奔れ、俺のアシミレイト!」
「集え、俺のアシミレイト!」
「弾けろ、俺のアシミレイト!」
「轟け、私のアシミレイト!」
「響け、私のアシミレイト!」
 瞬時に、6人は幻獣の鎧を纏った。それを見て、ルァンたちも武器を構える。サリナたちが、何の躊躇いも無く幻獣の力を使った。さきほどまでの黒い魔物たちとの戦いでは、温存した力だ。この後に控える、全力での戦いのために、温存した力だ。
 現れたのは、つまり、最大の力で戦わなければならない相手。
「……黒騎士っ!!」
 真紅の鎧の力を言葉に変え、サリナはその名を呼んだ。
 ゆっくりと、黒騎士は立ち上がった。その手には長大で禍々しい装飾の剣を握っている。漆黒の闇を纏う、恐るべき力を持った敵。それが急に現れたことに、サリナは動揺を隠せない。
「ちっ……セリオルは何してんだ……」
 さすがのカインも、黒騎士の前でまで飄々とはしていられないようだった。ラムウの鎧の下に、緊張した表情が見える。
「おいおっさん! さっさと逃げろ! 死ぬぞ!」
 皇帝たちへ警告の言葉を投げたのは、クロイスだった。彼の脳裏にも、王都での戦いが蘇っていた。圧倒的な力の前に、為す術も無く敗れた戦い。かつて一度しか体験したことの無い敗戦は、クロイスに逃げい恐怖を植え付けていた。
「なっ……な、なんだ、貴様は……!」
 突然のことに、皇帝もたじろいでいる。クロイスの言葉も届いていないようだった。黒騎士は皇帝には背中を向けていた。その存在を気にもしていないのかもしれない。
 そして闇の騎士が、その足を前へ踏み出した。サリナたちの緊張が高まる。
「私が仕掛けます。援護お願いします!」
 サリナはそう宣言した。仲間たちは頷き、行動に移った。シスララが奥義を取り出し、アーネスは風水のベルを鳴らす。防御は後回しにし、サリナの敏捷性と攻撃力を更に高めるための補助を施す。フェリオとクロイスが銃と弓をそれぞれ構え、カインは獣ノ箱を取り出し、黒騎士の動きを邪魔する準備をする。
 息を大きく吸い込み、サリナは地面を蹴――ろうとした。
「ブリザガ!」
 黒騎士を、突如無数の氷が襲った。巨大で鋭い氷柱の群れ。黒騎士は跳び退って回避したが、一部は回避し切れず、その手に持つ剣で払った。
 氷河の魔法。水の上級黒魔法だ。放ったのはもちろん――
「セリオルさん!」
「遅くなってすみません……そしてようやく出張って来ましたね、黒騎士」
「俺もいますぜ、皆さん!」
 翠緑の鎧を纏ったセリオル・ラックスターと、巨大な戦斧を携えたダグ・ドルジ。決戦のための役者は揃った。皇城のゼノアは、後回しだ。ひとまず目の前のこの強敵を、撃破しなければ。真紅と黄金に輝く棍を握る手に、サリナは力を篭める。