第201話

「おねえ……ちゃん……?」
 セリオルの言葉は、サリナを硬直させた。それはあまりに唐突な告白だった。
 黒騎士――アルタナはただ、何の感情も浮かばない無表情を顔面に貼りつかせ、ディアボロスのマナを伝導させた闇の剣を握っている。
「セリオル、あんた気づいてたな?」
 カインの発言には、僅かに非難の色が混じっていた。もっとも彼にしても、セリオルが黒騎士やゼノアについて何らかの事実をつかんでいる、もしくはそれに準じるだけの推測を持っていることは承知していた。
「王都であいつと初めてやり合った時のあんたの反応は、妙だった。明らかに黒騎士のことを知ってるって素振りだったぜ」
「……黒騎士の研究のことは、知っていました。アルタナがそれに関与していた――いえ、させられていたことも。ただ、黒騎士の正体がアルタナであるかどうかは、確証が無かった」
「だとしても、なんで姉ちゃんがいるってことまで黙ってたんだ?」
 今度は明確な非難を帯びた声で、カインは詰問した。少しの沈黙の後、セリオルは答える。
「サリナに、いたずらに希望を持たせるだけになるかも知れなかったからです。エルンスト先生と違って、アルタナはゼノア以上の知識を持っているわけではありませんでした。研究所の他の所員たち同様、用が済めばゼノアによって命を断たれる可能性が大きかった」
 後ろから聞こえるセリオルの声に、サリナはカスバロ・ダークライズのことを連想した。あの哀れな研究員と、姉が同じ道を辿った可能性は確かに大いにあった。
 サリナは、アルタナをじっと観察していた。自分が意外にも冷静であることに、彼女は自分で驚いていた。ハイドライト以降、何があってもセリオルを信じて進むと決めたことが、彼女自身も知らぬ間に、彼女に覚悟を決めさせていたのかもしれない。
「……微妙に釈然としねえなあ」
 言葉の棘をあえて隠そうとしないカインに、セリオルは沈黙で応える。アルタナが剣を正眼に構え、マナを上げ始めた。
「なあセリオル、もしかして――」
「いいんです、カインさん」
 よく通るその声は、カインの前、背を向ける小柄な少女のものだった。真紅の鎧に身を包んだ彼女は、イフリートのマナを解放し、同時に自分のプラナも解放した。真紅と黄金の光が爆発的に広がり、彼女の棍にはそれに加えて白銀の光も混じる。
 金紅の翼をはためかせ、サリナは言った。
「私は、セリオルさんのことを信じていますから。私が混乱したり泣いたりないようにって、セリオルさんはいつも考えてくれてるんです。それより今は――」
 鳳龍棍を三節棍の形態に変形させて、サリナは地面を蹴る。
「あのひとを、止めないと!」
 舞い踊る火炎の波のように、サリナの攻撃は繰り出された。炎の軌跡が真紅の光の幻惑を伴って描かれる様は、凄惨でありながら美しい。
 サリナの繰り出す攻撃に、迷いの気配は無かった。金と紅の帯が三節棍の軌跡となって、ナッシュラーグの明るい空の下に踊る。
「サリナ……」
 胸に生まれたざらついた感触に、フェリオは眉を寄せる。
 サリナの言葉に、彼は危うさを感じずにはいられなかった。セリオルに対する盲信、あるいは真実を追究することから目を背けようとしているのか……いずれにせよ、良い傾向であるようには見えない。
 いや、それとも……セリオルを信じようとすることで、自分が混乱を来すことを防いでいるのか……?
 その思い付きに、フェリオは背筋を冷たくする。もしかしたら今のサリナは安定しているようで、その実はきわどいところで均衡を保っているに過ぎないのではないか? そういえば、ハイドライトでの取り乱しぶりから現在の状態までの回復が随分と早かったようにも思える。いや、しかし本来サリナは、芯の強い心の持ち主だ。そう取り立てて考えるほどのことではないか――
「フェリオッ!」
 鋭い警告の声に、フェリオは反射的に顔を上げた。戦闘の最中に、考え事に気を取られすぎた。眼前に、闇に侵されたクァールの牙があった。
「くっ!?」
 慌てて銃を防御に使う。飛び掛かってきたクァールの口が閉じないよう、オーディンのマナを伝導させたアズールガン【精霊】を突き出した。幻獣のマナで強化された銃に牙が通るはずも無く、クァールはまごついて退散した。
「どうしたんだい、ぼーっとして」
 そのクァールを斬って捨てたアリスが声を翔けてきた。かぶりを振って、フェリオは答える。
「いや、なんでもない。助かったよ、ありがとう」
「あ、ああ……そうかい。気を付けなよ」
 少し怪訝そうな顔をしながらも、アリスは自分の戦いに戻っていった。ディアボロスがアシミレイトされたことで、黒い魔物の出現が再び始まっていた。
 気づけば、カインたちもサリナの援護をしている。サリナとアルタナの激しい攻防に直接手出しをするのは困難だが、アーネスやシスララは風水術やマナの舞で補助をし、カインは捕獲したばかりの黒い魔物を獣ノ箱から解き放ってアルタナに突撃させている。
「フェリオ」
 意外に冷静な声で自分を呼ぶクロイスに、フェリオは顔を向ける。
「頭の良いあんたのことだから、俺なんかが言うまでもねーだろうけどさ。とりあえず、黒騎士を倒そうぜ。あのディアボロスって野郎のマナを消さねーと、何も始まんねーよ」
 そのシンプルな言葉がフェリオの頭に沁み込むのに、時間は要さなかった。
「確かにな」
 黒騎士がサリナの姉であろうと、フェリオたちの道を阻む敵であることには変わり無い。それに、黒騎士のあの鉄面皮のような無表情――ゼノアによって肉体か精神のいずれか、あるいは両方に何らかの操作を受けていると考えるのが妥当だろう。だとすれば、黒騎士アルタナは今、己の意志とは無関係にサリナと剣を交えているのかもしれない。
 黒騎士は、ゼノアの研究成果なのだから。
「……何にせよ、止めないとな」
 背筋に寒いものを感じながら、フェリオは銀灰の銃を構える。
 一方、サリナはイフリートのマナと己のプラナを使ってアルタナと攻防を繰り返している。アルタナのアシミレイトは、夢魔ディアボロス。闇の幻獣、瑪瑙の座。その力は本来、イフリートと同等であるはずだ。
 だが実際のアルタナの力は、サリナのそれを上回っていると認めざるをえないものだった。
 繰り出した渾身の一撃を大剣でいなされた直後、サリナはアルタナと距離を取った。
 いつの間にか、息が切れていた。
 信じられない思いで、サリナはアルタナを見つめる。黒騎士は涼しい顔で剣を握り、こちらをじっと見ている。サリナから仕掛けない限り、向こうから攻撃してくることは無い。戦いが始まってから、それはずっと変わらなかった。
 時間稼ぎという言葉が頭をかすめる。ここで手間取っている間に、ゼノアの思惑が進んでしまう。
 とはいえあっさりと突破することなど出来そうも無い。歯がゆさに、サリナは奥歯を噛み締める――アルタナという存在に対しての複雑な思いを、極力無視して。
「強い……」
 ケルベロスと同じく、ディアボロスのマナも強化されているのだろう。サリナの突出した攻撃力がここまで通じない相手は、ほとんど初めてかもしれない。
「急がないと……!」
 マナもプラナも有限だ。イフリートのマナにしても、アシミレイト状態を維持しているだけで消費していく。それが底をつけば、アシミレイトは強制的に解除される。そうなればイフリートのマナがある程度回復するまで、再びアシミレイトをするのは不可能だ。アルタナに対抗するのは絶望的になる。
「サリナ!」
 聞こえたフェリオの声に、その方向を顧みる。オーディンの鎧を纏った銀灰のガンナーは、その手に持つ銃に潤沢なマナを滾らせていた。
「フェリオ」
「サリナ、あのひとを止めるぞ。最大の火力をぶちかまそう」
「……うん、そうだね」
 アルタナに目を戻す。サリナが手を止めている間、カインやアーネス、クロイスが接近戦を挑んでいる。目にも留まらぬほどの目まぐるしい攻防だが、黒騎士はその眉ひとつ動かすことなく、巨大な闇の剣で対応している。
 再び、サリナは全身に力を籠める。マナとプラナを同時に解放する。
「違う、サリナ。そうじゃない」
 差し挟まれた冷静な声に、サリナは思わず力を止めた。生まれかけた真紅と黄金の光が霧散する。
「え?」
「よく考えてくれ。黒騎士のマナは闇属性だ。こっちにはあるだろ、強力な武器が」
「そっか……そうだよね。あのひとを止めることで頭がいっぱいになっちゃってた。私が、やらなきゃって」
「……俺たちは、仲間だからさ。戦おう、みんなの力で」
「うん。ありがとう、フェリオ。それに……シスララ!」
「ええ!」
 清冽な声で応えたシスララは、美しき槍シュヴァルツクーゼを純白に輝かせる。同時にマナを回復したソレイユはシスララの肩の上で小さく啼き、聖竜王へと変身すべく機を窺い始める。
「俺の力でシスララとソレイユのマナを増幅させる! 一撃で黒騎士のマナを吹き飛ばせるだけの威力にするぞ!」
「私は攻撃の隙を作れるように頑張ってみる! シスララ、ソレイユ、よろしくね!」
「ええ、任せてサリナ、フェリオさん!」
 ソレイユの変身は、瞬時にとはいかない。アルタナに警戒されてしまっては、渾身の攻撃も決まらないだろう。彼女の意識を可能な限り他に逸らさなければならない。
 フェリオが銀灰のアズールガンにマナを籠める。銀灰の輝きが強さを増していく。シスララとソレイユはマナを維持しながら、サリナたちが黒騎士の隙を作るのを待った。
「援護します、サリナ! 皆、離れて!」
 セリオルの鋭い声が飛ぶ。その意図を察し、カインたちは黒魔法が飛んでくるぎりぎりのタイミングで跳び退る。黒騎士が回避出来ないタイミングで。
「爛れの塵、不浄の底の澱となり、死へ至らしめる熱病を生め――バイオ!」
 毒液の姿をしたマナの塊が飛ぶ。それは必殺のタイミングで黒騎士に襲い掛かった。アーネスが振り下ろした琥珀の剣を大剣で躱したところだったアルタナは、セリオルの黒魔法をまともに受けることになった。
 アルタナはその威力に怯みはしなかった。だが瞬間、毒液が彼女の視界を遮った。時間にしてほんの僅かな間だったが、彼女が毒から眼球を守ろうとして瞼を閉じたその隙に、カインたちの猛攻が開始された。
 サリナたちの狙いに気づきながら、カインはブラフを張る。
「おらおらぁ! この攻撃で終わらせてやるぜ、黒騎士さんよお!」
 カインの雷の鞭が猛威を振るう。伸縮自在の紫紺の大蛇が黒騎士を打ち据え、大剣に絡みつき、雷撃をアルタナの鎧へ伝える。ラムウの雷は漆黒の闇を打ち払いながら大気を爆ぜさせる。
「てめーにだけいい格好はさせねーよ!」
 サリナたちが準備を始めたことに口角を上げながら、クロイスが両手に短剣ダークを構え、突撃する。シヴァの氷を纏った鋭利な刃が舞い踊り、雷の衝撃にふらつく黒騎士に襲い掛かる。美しく巨大な雪の結晶が飛び散り、クロイスが巻き起こす風に揺れる。
 そこへ更にアーネスの剣が閃く。
「貴方にも事情があるのだろうが……私たちも、ここで止まるわけにはいかぬのだ!」
 琥珀の光は鋭い岩石の刃となって護りの剣セレスタデーゲンを強化している。それは岩石というよりは鉱石に近い光沢を放ち、その重厚な輝きを覆うマナの揺らめきが、地王の圧倒的な力を物語っていた。
 その鉱石を思わせる刃と同じものがいくつも、アーネスの剣ひと振りごとに、剣周辺の空間に現れて剣に連動してアルタナを襲う。
 アーネスの剣は片手剣と呼ばれるタイプだ。その名のとおり、片手で扱える剣である。そうではないものは両手剣、もしくは大剣と呼ばれ、黒騎士の携える漆黒の剣がそれにあたる。
 片手剣は大剣と比べて軽量で、戦闘のスタイルによっては両手に1本ずつ装備して二刀流の戦法を取ることもできる。アリスのスタイルがそれだが、その場合は更に軽量化された細身の剣を使う。スピード重視の戦い方で、サリナのそれにも近い。そのアリスのような戦い方を得意とする者たちはフェンサーと呼ばれ、剣士界隈では特異でありかつ強力な存在と認知されている。
 一方、アーネスは騎士――ナイトだ。彼女は右手に片手剣、左手に盾を装備し、どちらかと言えば守りを重視して戦うスタイルだ。それはイリアス王国の国民を守護するという覚悟によって導かれた戦い方で、フェンサーのような速さは無いものの、抜群の安定感を発揮する、まさに王国の盾である。
 そして黒騎士アルタナが携える、片手ではとても扱えない巨大な剣――大剣。それは暗黒騎士が得意とする武器で、両の腕が伝える全身の筋力によって生み出される破壊力は、場合によっては鈍器としての側面も見せるほどである。大剣にも、当然ながらスピードは期待できない。己の全てを攻撃にのみ活かす暗黒騎士にとって、最も重要なのは攻撃力だからだ。
 今、卓越した騎士と暗黒騎士がその刃を交える。
 アーネスは疲れがあるものの、その身に負ったダメージはさほどでもない。しかし黒騎士は、さきほどからサリナたちの攻撃を受け続けている。その多くを大剣でいなしているとはいえ、アーネスと比べればその負傷の数の多さは明らかだった。
 だが、アルタナの身体はそのキレを失わない。
 剣戟が響き渡る。精霊銀の力を宿した片手剣とタイタンのマナの合わせ技を、漆黒の闇刃が受け止める。火花とマナの光の粒が弾ける。
 ――その瞬間。アーネスは、アルタナと視線を交わらせていた。禍々しい漆黒の兜の下に隠されていた美しいその素顔には、サリナと同じ栗色の双眸が浮かんでいる。その瞳に光は無く、ほとんど同じ形でありながら活力に満ちたサリナのそれとは、似ても似つかない。
 だがその時、交わった剣と剣を、何かが伝わった。
 それはアーネスの思い過ごしであったかもしれない。それほど僅かな感覚だった。しかしその瞬間、アーネスは確信した。
 かつて王都イリアスで、サリナたちと出会った時。彼女は占い師――風水師として、その身分を隠し、サリナに占いを授けた。その時、彼女が水晶玉を通して見た、あのビジョンが蘇った。

 ――炎……。燃え盛る、大きな炎。温かくて、神聖な力。そして闇。深淵に引きずり込もうとするような、深い深い闇。炎と闇が、激突する……? 強大な力。偉大なるものと、邪悪なるもの。狡猾なるものと、そのものに操られる、純粋なるもの……――

 雷に打たれたように、アーネスは背中をびくりと震わせ、黒騎士から飛び退って離れた。
 急に息が切れた。全身から汗が噴き出す感覚に、背筋が震える。あの時はぼんやりとしか見えなかったものが、今、明確な形を伴って彼女の脳に突き刺さったのだ。
 アシミレイトの鎧を纏ったサリナ。そして漆黒の鎧に身を包んだ黒騎士。巨大な炎の鳥、稲妻のように身をうねらせる大蛇。そして白衣を纏って高笑いするゼノアと、その下で表情を無くし、一心に剣を振り下ろす、アルタナ。
 それらの映像が一挙に瞳の奥を駆け抜け、アーネスを混乱させた。
 代わりに、カインとクロイスが飛び出した。ふたりは雄叫びを上げながら、アルタナに突進していく。雷と氷の乱舞を、闇が散らす。
「アーネスさん!」
 異状を感じ取ったサリナが駆け寄ってくる。アルタナから目を離さず、アーネスは口を開いた。頬を汗がひとすじ、流れ落ちる。
「サリナ……よく聞いて」
「はい?」
 サリナが緊張を纏うのを感じながら、アーネスは続ける。
「彼女――アルタナは、ゼノアに操られているみたい。あなたと初めて会った時の占いのビジョンが、彼女と一致したの」
 そう告げると、サリナは沈黙した。しかしその沈黙から、戸惑いや動揺は感じられなかった。見ると、サリナはしっかりした目で、カインたちと戦うアルタナを見つめている。
「サリナ?」
 呼んでみると、サリナはすぐに応えた。
「……はい。すみません、すぐに返事をしなくて。でも、そうかなって思ってました」
「どういうこと?」
 サリナの目は、やはりアルタナに向けられている。
「アーネスさんもご存じですけど、私、近くにいるひとの感情っていうか、心の動きが感じ取れることがあって。でも、あのひと――アルタナさんからは、何も感じ取れなかったから」
「……なるほどね」
 その推測がほとんど確信に近くなったことを、サリナはどう思っているのだろう。澄んだ瞳でじっとアルタナを見つめるサリナの表情から、その感情を窺い知ることは出来なかった。
 突然知らされた、存在した姉。敵として対立し、しかもその中で戦闘能力という意味では、ゼノア自身よりも危険ではないかと思われる者。その姉が、自らの意志でサリナたちと敵対しているわけではないということが、明らかになった――
「……サリナ?」
「はい」
「大丈夫?」
 言うと、サリナはこちらを向いて、にこりと笑った。
「はい、大丈夫です」
 そこには暗さも深刻さも無かった。ただいつもの、明るく朗らかなサリナがいた。
「ゼノアに縛られているなら、私たちが解放してあげないといけないな、と思って。それにもしかしたらあの異常な強さの、闇の幻獣たちのせいかもしれないな、とか」
「闇の幻獣……侵食の力ね?」
「はい。精神的な侵食っていうのも、あるかもしれないですよね」
「一理あるな」
 いつの間にかフェリオが近くに来ていた。
「彼女がゼノアの術中にあるのかもしれないとは、さっきから俺も勘ぐってた。アーネスの見たビジョンがそれと一致するなら、まず間違い無いと思っていいな」
「うん」
「でも、そう簡単にはいかないわよ」
 険しい表情を作り、アーネスは続ける。
「少なくとも、あの闇の幻獣とのアシミレイトは解除させないと。アシミレイト前から傀儡状態だったみたいだから、闇の浸食は相当根深いはず」
 セリオルによる援護を受けながらのカインとクロイスによる猛攻を剣1本で捌き続けるアルタナの鉄面皮に、サリナは目を向ける。
 姉――。今の今まで、その存在など想像したことも無かった。
 サリナは、魔法の詠唱と風の投刃を並列で行う兄に、視線を移した。
 セリオルの顔は、何かに追われるような切迫感に満ちていた。ゼノア、そしてアルタナ。かつての学友たちに向ける彼の心情は、サリナには想像出来ない。その苦しさも、哀しみも。
 苦悶の表情で攻撃を続けるセリオルの、サリナはしかしその優しさは、よく知っている。
 フェイロンの村で、10年間。アルタナの生き写しである自分のことを見守ってくれていたセリオル。王都から逃げてきて、ダリウやエレノアに事の顛末を伝えたのはセリオルだろう。どれほどの辛さだっただろう。
 そして同時に、サリナは祖父母の心を想う。
 手塩に掛けて育てた息子と、そして最愛の孫娘。サリナは無事だったが、エルンストとアルタナのふたりが、ゼノアに囚われの身となったことを知って――あの心優しい祖父と祖母は、どれほど慟哭したことだろう。
「フェリオ、アーネスさん」
 その声が帯びる熱に、呼ばれたふたりはぞくりとする。
 静かに、しかし恐るべき威力の炎が、サリナの身体から立ち昇った。それは強烈な上昇気流を生み、あたりに散る落ち葉を天空高くまで吹き上げた。
 揺れる前髪の間から、烈火を宿した真紅の瞳が告げる。
「手伝ってください。あのひとを――お姉ちゃんを、解放します」