第203話

 大地が、鳴動する。
 古来、幻獣は神として、エリュス・イリアの民から崇められてきた。世界に広く浸透している幻獣神教は幻獣を守護神と呼び、その認識は敬虔な信徒ではない者たちにも、幼いころからの教育の一環として根付いている。
 神々の頂点、玉髄の座。炎の幻獣、玉髄の座であるフェニックスを頂点とし、かの太陽神を含む7柱の玉髄の座の幻獣たちが、この世界の最も尊いところに君臨している。
 すなわち、玉髄の座の幻獣たちは神の中の神。
 その力は、絶対である。
「へへっ……。こいつぁいよいよ、やべえか……?」
 全身から汗が噴き出すのを感じる。カインは鞭を握る手が滑らないように、素早く服で手の汗を拭いだ。
 空恐ろしい、圧倒的な迫力。震える大地は、まるでその神なる力を恐れているようだ。
「みんな、ひとまずアシミレイトを!」
 声を上げたのは、ひとりアシミレイトを維持したままのフェリオだった。この状況で、その声は震えていない。大した度胸だと、カインは我が弟ながら舌を巻いた。
「無駄だ」
 その言葉でフェリオの勇気に水を掛けたのは、他ならぬフェリオ自身の使役する幻獣だった。
「オーディン?」
 力の幻獣、瑪瑙の座。戦騎オーディンは、フェリオの前に幻影の姿を現した。その目は、静かに立つアルタナに向けられている。
「無駄ってどういうことだ、オーディン」
 フェリオは詰問する口調で訊ねた。オーディンは動じない。
「あれは、闇獄鬼ハデス。闇の幻獣、玉髄の座だ」
「そんなことはわかってる!」
 サリナが今にも攻撃されるかもしれない状況に、フェリオは焦りを募らせる。頭の隅では、アルタナは自らサリナを攻撃しないであろうことはわかっていた。アルタナの目的は時間稼ぎだ。ここでサリナを殺すことではない。
 わかってはいても、焦燥は抑えがたかった。
「いいや、わかっていない」
 オーディンの力強い声は、冷静だった。冷静に、状況を判断していた。
「お前たちは撤退するべきだ。玉髄の座の力には、我々はどう転んでも勝てない」
「やってみないとわからないだろう!」
 激昂してみるも、それが空しい行為であることを、フェリオは感じていた。彼は悲しいほどに、頭が良い。
「わかるのだ。私は幻獣なのだから。覚えておくのだ、フェリオよ。幻獣の位階――玉髄の座は、絶対だ。瑪瑙の座も、碧玉の座も、どれだけ力を束ねようと、玉髄の座には敵わぬ。お前たちはこれまで、碧玉の座の力を集めて瑪瑙の座を破ったことはあるだろう。だが、玉髄の座にそれは不可能だ。次元が違う」
「……くそっ!」
「撤退するのだ。お前たちはここで、まだ死ぬべきではない」
 オーディンの戦鼓のような豪壮な声は、仲間たちにも聞こえていた。敵のそばを離れてこちらへ来たシスララとソレイユも含め、ハデスのマナを纏う黒騎士の姿を、何をすることも出来ずに見つめていた。
「……サリナ!」
 セリオルの声が飛ぶ。彼は決断した。口惜しいが、ここは撤退するほか無い。皇城内部にいるはずのゼノアの企みも、追究はもはや不可能だ。こうなる可能性があることはわかっていた。黒騎士がゼノアの許にいる限り、撤退を強いられることは考えに入れざるをえなかった。
 ただ、純粋に悔しい。その思いが、セリオルの胸に爪を立てる。
 瑪瑙の座の幻獣たちを集め、神晶碑を守り、ここまで来た。強くなったはずだ。あの時よりもずっと、自分たちは強くなった。セリオル自身にしても、ついに上級黒魔法までを会得した。仲間たちもそうだ。あの頃よりもはるかに優れた力を、彼らは得たのだ。
 だというのに、ずっと以前からゼノアの許にいたはずの黒騎士に、ハデスの力に、頼みの綱の瑪瑙の座の幻獣から、敵わないから撤退しろと言われるとは。
「サリナ、撤退です! プリマビスタに戻りますよ!」
 しかしセリオルがそう叫んでも、サリナは反応しなかった。この距離で聞こえないはずは無いのだが。
「サリナ……?」
 眼前に立つアルタナのあまりの迫力に、身が竦んでしまったのか。いや、サリナに限ってそんなことは無いだろう。
 アルタナは半分以上崩れ落ちた漆黒の鎧の下から、その肌を見せていた。彼女のアシミレイトは、幻獣の鎧を纏わない。強すぎる共鳴によって、幻獣のマナは鎧を形成せず、彼女の肌に直接貼りつくようにして固着している。ディアボロスのものとハデスのものとでは、その黒きマナの覆う面積が異なっていた。そしてその表面に浮かぶ禍々しい文様も、ハデスのもののほうが邪悪さを増しているようだった。
「……だめです」
 決然とした声が、少女の華奢な背中から聞こえた。驚いて、セリオルは声を失う。
 サリナは自覚しているはずだ。イフリートのリバレートを使った今、彼女にはサラマンダーしか残されていない。碧玉の力と玉髄の力では比べることすら愚かしい。そのことをわからないサリナではない。
「おい、どうなってんだよ?」
 クロイスの疑問に答えられる者はいなかった。そして、誰もサリナを止めに走ろうともしなかった。
「何か変だな」
 仲間たちを代弁して、カインがそう言った。ルァンたちも集まってきている。全員が名状しがたい違和感を覚えていた。
 サリナとアルタナはただ対峙している。かたや、生身で棍を握った姿で。かたや、この世の最高位の神と融合した姿で。そのふたりが対峙している。何かの冗談のようだった。
 そして、本当に冗談のようなことを、サリナは言った。
「撤退は許可しません。ゼノア・ジークムンドを捕えなければ」
「なっ……!」
 戦慄が、走った。サリナが述べた言葉にではない。彼女が纏う気配に、である。
 大地が震えている。不吉な予感が、セリオルの胸を黒く染める。
「あいつ……」
 傍らでフェリオが呟いた。彼も察したのだろう。サリナの言葉を聞いた瞬間にセリオルが抱いた推測と同じことを。
 それはフェリオが続けた言葉が証明した。
「セリオル、まさかここ……マナの脈が?」
 フェリオがそう表現したものが何を指しているのかを、セリオルは悟った。
 頷き、彼は答える。
「“光脈”といいます。皇城地下は力の集局点だった――集局点は全て、世界樹と光脈によって繋がっている。だからマナが豊富なんです」
「そういうことか……」
 奥歯を噛む。あの時の感情が蘇ってくる。
 今のサリナは、サリナではない。明らかに違う。きっかけが何だったのかはわからない。イフリートのマナが尽きたことなのか、あるいはハデスの覚醒か。いずれにせよ、あのサリナはサリナであってサリナではない。
 ――あれは、世界樹だ。
 朽ちた砂牢の時のように、怯えてはいない。マナを奪われるおそれは無いからだろう。代わりに、ゼノアに対する執着に似た憎悪が、彼女からは伝わってくる。
 サリナが地を蹴った。
「無茶だ!」
 仲間たちが叫ぶが、サリナは止まらない。 生身で黒騎士に立ち向かうなど、狂気の沙汰だ。
 案の定、サリナはアルタナに接近することもできずに吹き飛ばされた。地面を転がる。彼女は黒騎士の単なる腕のひと振りに、為す術も無かった。のろのろと立ち上がる。
 その動きに、仲間たちは違和感を覚える。サリナの動きではない。やはりあれは、世界樹の意識が乗り移っているのだろう。
「忌々しい!」
 明らかにサリナの言葉ではないものを吐き出して、少女は再び棍を構える。アルタナはやはり、自分から攻撃を仕掛ける気は無いようだ。
 サリナはもう一度地面を蹴った――が、その瞬間に割り込んだ音があった。
 それは、地響きだった。さきほどからのハデスによる大地の鳴動とは違う、一定のリズムで聞こえる地響き――いや、それは足音だった。複数の大きな足音が、まるで地響きのように彼方から盛り上がってくる。
「おいおい、こんな時になんでだよ?」
 土煙を上げて接近してくるその集団に、ギルが困惑した感想を漏らす。
 翠緑、紫紺、銀灰、紺碧、琥珀、純白、そして陽光。7色の羽毛が、大変な速度で接近してくる。
「サリナたちのチョコボが……?」
 ユンファの声が不思議そうなのも無理は無い。この厳しい戦闘の場に駆け付ける助っ人としては、チョコボたちはあまりにも不似合いだった。
「お、おいおい、何なんだよ一体」
 困惑を隠せないカインにすり寄り、ルカは小さく啼いた。その響きはまるで、カインを安心させようとしているかのように優しい。
 唯一、アイリーンだけは主人にすり寄ることをしなかった。彼女は世界樹の意識に囚われたサリナに、まるで一瞥を送るような仕草をして、その前に立った。
「なんですか、お前は……」
 怪訝そうな声のサリナに、アイリーンは背中を向け、黒騎士と対峙するかのよな立ち位置を取る。アルタナの表情は変わらない。闇色の大剣を片手に帯び、佇んでいる。アイリーンはサリナから視線を外し、黒騎士と向かい合って立った。他のチョコボだちは、その周囲で静かにしている。
「これは一体、どうしたのでしょう……」
 本来ならチョコボたちの危険な行動を諫めるはずだろうが、あまりに突飛な状況に、誰もそれをしなかった。シスララも、自らの従える純白のチョコボを見つめて、ぽかんとしている。
 チョコボたちの行動には明確な意図が感じられた。知能が高くマナ感度が高いとは言え、チョコボは普通の鳥類である。このような自発的な行動を取ることは考えにくい。かつての王都で、セリオルが“騎士の剣亭”のオーナー、アルベルト・ハイランドに頼んだ時とはわけが違う。あの時のチョコボたちは、アルベルトが遣いに走ってサリナたちの救出に向かわせたのだ。それは事前にセリオルとアルベルトが打ち合わせていた最終手段だった。
 ナッシュラーグのチョコボ厩舎に、サリナたちの仲間はいない。イリアスの時とは全く違う。
「イリアスの時……?」
 瞬間、セリオルの脳裏にあの光景が蘇った。
 陽光色から真紅へとその羽毛を変貌させたアイリーン・ヒンメル。あの逃走劇は、その誰もが予想しなかった現象によってかろうじて実現された。あの時、ディアボロスをアシミレイトしたはずの黒騎士を圧倒した、あのマナは何だったのか……?
 そう思いながらセリオルが顔を上げた、その瞬間。
 ごう、と大きな音を立てて、アイリーンの羽毛が逆立った。
 汚れを知らぬ陽の光のような美しい色から、変化したその色は、天よ焦げよと燃え盛る業火のような、鮮烈な真紅だった。
「アイリーン、君は一体……?」
 セリオルは呆然として呟いた。思い返せば、これまでこの謎を追究しなかったのはなぜだろう。イリアスでのアイリーンを目撃したことは、セリオルの記憶に確かにあった。しかしその後、命からがら逃げ延びたクロフィールから先、そのことについて深く考えることは無かった。そのことが、自分の行動としてはきわめて不自然に思えた。
 仲間たち全員が状況を理解できずに固唾を飲んで見守る中、アイリーンは真紅の光を放ち続けている。それは明らかに、マナの光だった。サリナが幻獣をアシミレイトした時に放つのと同じ、炎のマナの光。
「……チョコボは、マナ感度の高い生物」
 漏れ出したフェリオのその小さな呟きに、気づいた者はいなかった。
「サリナのマナ……いや、幻獣のマナか? それを吸収していた、ということか? だとしてもこんなに強い力になるものか……?」
 彼の言葉のとおり、アイリーンが放つマナは尋常ではなかった。オーディンやイフリート――瑪瑙の座の幻獣たちの力を、超えているように思える。それも、はるかに。もしそれだけのマナを体内に充填しておいたのだとすると、チョコボという生物の価値は、これまで世界に認知されていた移動手段としてのものを大きく変えることになるだろう。
 アイリーンが1歩、脚を進めた。するとアルタナは、1歩退いた。表情は何も変わらない。だがその所作に、彼女の――いや、ハデスの警戒心が表れていた。
 そして、変化はそれだけではなかった。
 ごう、と。さきほどのアイリーンと同じ音を上げて、サリナが立ち上がった。
「サリナ!」
 フェリオは気づいた。それは世界樹ではなく、サリナだった。その瞳は真紅に染まっている。サリナがマナを解放した時の特徴だった。
「サリナ、大丈夫か!? 世界樹は退いたのか!?」
 急いて尋ねるフェリオに、サリナは気づかないようだった。彼女は背筋をピンと伸ばして立ち、両の拳を腰の横で握り、脚を肩幅に開いている。地面から立ち昇るマナの勢いで、武道着と髪がはためいている。
 立て続けに起きる想定外の事態に、誰の思考も追いつかない。アイリーンとサリナの現象には関連がありそうだが、セリオルにもフェリオにも、何の推論も浮かばなかった。
 一方、サリナは意識を完全に覚醒させていた。
 自分と黒騎士との間に立ちはだかるようにしてマナを放出しているアイリーンのことを、不思議なことにサリナは、違和感無く受け入れていた。むしろ彼女のチョコボがそうしていることが自然なことであるかのように感じていた。
 また、己の中からマナが湧き上がってくるような感覚も、初めてのことであるにも関わらず、違和感が無かった。マナはエリュス・イリアに偏在していて、彼女たちはそれを操る術として魔法を学ぶ。人間の身体から生まれるのはマナではなく、プラナだ。
(でも……どうしてだろう、マナが湧いてくる……)
 それはまるで、自分の身体と世界が繋がっているような感覚だった。エリュス・イリアの、表層ではなくどこか深いところで、世界と――世界のマナと、自分が接続されているような。
(ううん。湧いてくるんじゃない……これは、流れてくる……?)
 サリナの視界に、アイリーンとアルタナ以外のものは映っていない。他は全て黒く塗りつぶされている。暗黒の中に浮かび上がった三者。自分と、姉と、チョコボと。他には何も存在しない世界。
 湧き上がるマナが、サリナの周囲に立ち昇っている。暗幕に覆われた世界の中で、その流れはやがて光の柱となった。眩いマナの柱の中心に立ち、サリナはアイリーンを、そしてアルタナを見つめている。
 そして、サリナは理解した。
(……そっか)
 この湧き上がるマナの源。それは世界樹だ。仕組みはわからないが、今この瞬間も確かに、世界樹の意志を感じる。それはとても遠いところにあるようにも、すぐ近くにあるようにも感じられた。彼女――世界樹に性別があるとは思えないが、それは女性的な意志であるように思われた――は恐怖に支配されていた。世界の、エリュス・イリアのマナが根こそぎ奪われてしまうという恐怖に。そして同時に、底知れぬ憤怒に囚われていた。マナを奪おうとする存在に対する、灼熱の怒りに。
 世界樹。世界のマナを生み出すと言われるその存在と、サリナは今、接続していた。無限に湧き上がるように思われるマナは、世界樹が彼女に授けたものだった。遥か彼方と耳元の両方で、世界樹が主張している。マナを奪う者の殲滅を、叫んでいる。
「輝け、私のアシミレイト!」
 叫び、サリナは幻獣の鎧を纏う。炎の幻獣、碧玉の座。燃え盛る炎の化身、サラマンダー。
「無茶だ、サリナ!」
 フェリオは叫んだ。他の仲間たちも制止の言葉を口にする。サリナにはそれは聞こえていたが、聴いていなかった。音を減衰させる半透明の膜の向こうでの叫びのようで、うまく耳に入ってこない。
「何やろうとしてんだ、あいつ!」
「わかんねえ! けど、止めねえとやべえよな!?」
「当たり前でしょ! さっさと止めるわよ!」
 クロイスたちはサリナに駆け寄ろうとした。しかし、サリナが放つマナの圧力に阻まれ、進めない。屈強な肉体を持つダグも、武術の達人であるルァンも、瑪瑙の座に相当する塵魔であるギルも、サリナを止めようとしたが不可能だった。サリナの周囲に壁ができたように、進むことが出来ない。
「はは……何なんだこりゃ。俺でも手が出せねえなんて」
 もんどりうって尻もちをつき、呆れたようにギルが言った。
 誰もサリナを止められなかった。彼女が纏った鎧は碧玉の座だというのに、誰も止められなかった。
「共鳴が強すぎる……」
 セリオルは呆然と呟いた。彼の頭脳をもってしても、さきほどからの状況についていけていない。あのサリナは何だ? サラマンダーとの共鳴が強すぎて、瑪瑙の座のアシミレイトを軽く凌駕するマナを発揮している。
 幻獣の力を借りることのできないユンファたちは、もはや眼前の状況をただ見守ることしか出来なかった。闇の魔物たちの出現は止まっていた。だから彼らの戦いは休止の状態にあったが、その状態は彼らに歯がゆさをもたらしていた。サリナたちが大変そう――きわめて大変そうなのに、何の手出しも出来ない。幻獣らのことに関する知識が無いから仕方のないことだが、それでも手が出せないことに口惜しさを感じずにはいられなかった。
「サリナ……!」
 そうして名を呼ぶことくらいしか出来ないまま、ユンファはサリナを見つめている。
 闇の世界の中、サリナは拳を構えていた。
 傍らに、数多くの戦いを共に潜り抜けて来た相棒、サラマンダーがいる。真紅の光を放つ竜は、そのくるくるとした瞳に、強い光を宿していた。
 そして、もう1柱。
 力強く燃え盛る業火があった。
 世界樹から流れ込んだ大いなるマナは、リバレートでマナを使い果たしたはずの炎神を蘇らせた。
 イフリートは宙に浮かんで腕を組み、その顔に不敵な笑みを浮かべている。
(しかしまあ……こんなに早く、お前がこの境地に達するとはなあ)
 身体の横に闇の大剣を構えたまま動かないアルタナから目を離さず、イフリートはそう言った。独り言のようでも、サリナに語り掛けたようでもある口調だった。そしてその響きには、意外さと喜びのようなものがないまぜになっている。
(だってサリナだもん。当然だよ)
(ま、それもそうか)
 2柱の炎の神は、嬉しそうに言葉をやり取りした。
 神々の視線が、サリナに向く。
(ほら、サリナ。やり方はわかるよね?)
(さっさとせんかい。時間無いんだろ)
(……はい!)
 右の腕をサラマンダー、左の腕をイフリートに、それぞれ伸ばす。炎の神たちの豊かなマナが、サリナの身体へ流れ込んでくる。
 腕を交差させ、そして身体の外へ向けて勢いをつけ、開く。
 真紅の光が膨張する。闇は払われ、美しいマナの光が奔流となって舞い踊る。
 仲間たちは、その瞬間を目撃した。
 誰が想像しただろう、こんな奇跡が起きるなんて。
 運命の子――これまでに幾度か、サリナを指して使われたことのあるその言葉を、フェリオは思い出さずにはいられなかった。それはまさに、運命に選ばれた者だけが起こしうる奇跡だった。真紅と黄金の光が混ざり合い、サリナの背に翼を形成していく。
 あふれ出る光の中、サリナは叫ぶ。
「――気高く輝け、私のアシミレイト! 火竜、炎神、私に炎を!」