第22話

 リプトバーグは戦乱でもあったのかと思える荒れようだった。収穫祭の宴は朝方まで続いたようだと、サリナは街の様子を見て考えていた。飴色の朝陽の降り注ぐ街に、ひとが全くいない。
「買い物出来ないね……」
「やれやれ。参ったな」
 ふたりぽつんと目抜き通りに立ち尽くして、茫然とサリナとフェリオは呟いた。

 市長はほとんど眠っていないのだろうと思われた。瞼は腫れぼったく、両目は充血していた。いつもはぴしっと撫で付けられている髪も、やや乱れたまま整えられていなかった。
 100万ギルの受け渡しは事務的に行われた。何枚かの書類に記入した後、100万ギルの札束が姿を現した。1万ギルの紙幣が100枚積み重ねられた束。それが紐の帯で綴じられている。
「どうぞ、お受け取りください」
「あ、ありがとうございます」
 恭しく、サリナは賞金を受け取った。100万ギルはその金額の重みの割に軽かった。サリナはそれを、持参したエレノアお手製の巾着袋にしまった。袋が小さくて入らないのではないかと心配していたが、100万ギルは思ったより小さかった。
「いやあ、昨夜は実に愉快な宴でした。あんなに皆が浮かれて騒いだのは久しぶりですよ」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。何せ選定祭の優勝争いが派手に盛り上がりましたからねえ」
 市長は目を閉じて選定祭を思い返しているようだった。まだ酒が残っているようにも見えた。市長の笑顔は昨夜の記憶に向けられるのと同時に、目の前のサリナへも向けられていた。それは称賛の証だった。
 サリナは隣りで黙って座っているフェリオに小声で尋ねた。
「あの、そんなに派手だった?」
「まあな。君もクロイスの奴も動きが速かったし、壁を走るわ城壁から城壁に飛び移るわ。アシミレイトまでしたしな」
「う。そっか……」
「いやいや」
 市長はふたりの会話を聞いていたようだった。彼はにこりとフェリオに微笑みかけた。
「フェリオくん、でしたね。フェリオ・スピンフォワード。あなたも、そしてカインさんも、セリオルさんも。皆さんの活躍もあってのことですよ、選定祭のあの盛り上がりは」
 その後も市長によるサリナたち一行への賛辞はしばらく続いた。確かにマナを活用した仕掛けなどは、よほど魔法やマナの扱いに習熟した者でないと対処が難しかっただろう。毎年の選定祭が参加者には難しいだけはのではと、サリナたちは思わずにいられなかった。
「ところでサリナさん、来年も選定祭に参加しませんか? 奉納装束を纏ったあなたは、大変その、何と言いますか、よろしかった」
「か、考えておきます……」
「よろしかったって、あんた」
 そのようにして悦に入っている市長の部屋を後にして、サリナとフェリオは目抜き通りへ出たのだった。
 店が開いていないのでは仕方がないと、ふたりは宿へ戻ることにした。時刻は昼前である。そろそろセリオルとカインも復活したかもしれない。
「しかし二日酔いとは」
 うんざりした口調でこぼしながら、フェリオは“豊穣の麦穂亭”の階段を上った。後ろからサリナがついてくる。彼女は笑い混じりに相槌を打った。
「セリオルさんのあんなところ、初めて見たなあ」
「兄さんのあれは、時々ある」
 昨夜、クロイスとの一件の後。4人は眠い眠いと言い合いながら宿に戻った。ところがカインは、戻る道すがらの宴の声に囚われてしまった。彼は入浴した後、無理やりセリオルを誘って街へと再び繰り出した。セリオルを連れ出したのは、ひとりで出歩くと戻って来れないからだった。
 そうして部屋着に近い軽装で出て行ったふたりは、エメリによると明け方近くになって戻ったらしい。宿の早番の従業員がふたりの帰りを確認していた。カインは顔に落書きを施され、セリオルはひとつに束ねていた髪が着飾った女性のような派手な結い方になっていた。ふたりとも酒に紅潮した顔で呂律は回らず、部屋に戻った後は泥のように眠った。
 サリナがセリオルの、フェリオがカインの部屋の扉をノックした。いずれも返事は無かった。サリナはそっと、フェリオは勢い良く扉を押し開いた。
 ふたりが見た光景は同じだった。それぞれの部屋の主はベッドに腰掛けてがっくりとうなだれていた。違いはそこにいる男の髪が黒いか赤いかくらいのものだった。
「……重症だ」
「……重症だね」
 サリナとフェリオはそろって溜め息をついた。
 ふたりは階段を下り、エメリの働くレストランフロアへ移動した。昼時を迎え、食事に来た客たちでテーブルは埋まりかけていた。従業員の男女が慌ただしくテーブルの間を縫って動き回っている。
 サリナとフェリオはフロアの隅のふたり用テーブルについて昼食をとった。サリナは厚切りベーコンとパプリカのスパゲッティ、フェリオは豚ヒレ肉のカツレツを注文した。
 食事が終わって、ふたりはのんびりとお茶の時間を楽しんだ。ここ最近収穫祭の準備で忙しかったため、ゆっくりと時間を過ごせるのは久しぶりだった。
「サリナ、疲れてないか?」
「ん?」
 コーヒーカップを置きながら、フェリオは尋ねた。サリナは熱い紅茶を冷まそうと息を吹きかけるところだったので、カップに唇が触れるか触れないかという微妙な位置で不意を突かれたように固まってしまった。
「いや、昨日3回もアシミレイトしただろ。すぐ眠いって言うからさ、アシミレイトすると」
「あ、うん、まだあんまり慣れてないみたいで」
 ひと口紅茶を飲んで、サリナはカップを置いた。“豊穣の麦穂亭”のローズヒップティーは、ほの甘い幸福な味がした。
「昨夜はよく眠れたか?」
「うん。すっきり起きれたし」
「そうか」
 コーヒーと紅茶は、少しずつ減っていった。時間はゆっくりと過ぎた。食事の客は徐々に減り、レストランは静かになっていった。従業員たちも多くは厨房に下がり、エメリの姿も見えなくなった。コーヒーカップとティーカップのかちゃりかちゃりという音が思いの外よく響く。
「サリナ、君は辛くないのか?」
 フェリオの声は温かいコーヒーのように穏やかだった。サリナは気が抜けていたので、聞き逃してしまうところだった。そっとさりげなく差し出されたその質問は、しかしきわめて重要な意味を持っていた。
「どうして?」
 サリナはティーカップに目を落として聞き返した。なんとなく、フェリオの顔は見なかった。
「この旅の目的は、君のお父さんを助け出すことだ。兄さんは俺たちの両親のことを理由にしてるけど、それと君のお父さんのことが半々くらいの割合を占めてる。俺も同じだ」
 フェリオのその言葉は、サリナには意外だった。ロックウェルでシドから話を聞いた時の、カインのあの激昂。
「あの時の兄さんの怒りは、嘘じゃない。きっと今もゼノアを憎む気持ちは変わってない。でも、それはやっぱり過去のことなんだ。兄さんも俺も、ゼノアを許せはしない。目の前にゼノアが出て来たら、何をするかわからないって感覚はある。でも俺たちは、両親のことを思い出さずに過ごして来た時間があまりにもたくさんあった」
 視線を落とし、静かに語るフェリオの口調に乱れは無かった。彼は完全に冷静に、理性的に話していた。フェリオはいつも理知的で沈着だが、今の彼は特に静かな口調を保つよう努めているように見えた。
「でも、君のお父さんのことは今起こっている事件だ。兄さんも、俺も、両親のようにゼノアの犠牲になるひとを増やしたくない。自分たちみたいに苦労するひとも。だから、君に協力しようと決めた。君たちのことが、その、好きでもあるし」
 サリナは視線を上げて、フェリオの顔を見た。彼女はフェリオの言葉が嬉しかった。その言葉を口にした彼は、少し照れているようだった。
「だから、まあ、お父さんを助けるっていう使命が、君にとって重いものになってはいないかと――」
「ありがとう、フェリオ」
 サリナの言葉に、フェリオは顔を上げた。彼はサリナの微笑む顔に、ふいと顔を逸らした。
 エメリがやって来た。彼女はエプロンを身に付けたままで、トレイに飲み物を入れたグラスをふたつ、載せていた。
「おや、あんたも二日酔いかい、フェリオ」
 エメリは不思議そうな口調だった。彼女はフェリオが昨夜、サリナたちと帰って来た後は出かけていないことを知っていたからだった。
「い、いや、そんなことは」
 フェリオは狼狽した。今最も掛けられたくない言葉だった。
「そう? その割りに随分顔が赤いけど……」
「あ、暑いんだよ。コーヒーを飲んだから。暑いだけだ」
「……ははぁん、あんた、ああそう。そういうこと」
「な、なんだよっ」
「なになに、エメリさん、どうしたんですか?」
「ふふふん」
 うろたえるフェリオと不思議がるサリナに意味ありげな含み笑いを投げかけ、エメリは何も語らずに階段を上がっていった。そして彼女はカインの部屋の扉をノックもせずに勢い良く開いてその中に姿を消した。

「ひっでえもんだった。もう二度と味わいたくない。なあセリオル」
「そうですね……。生まれて初めて心の底から震えましたよ、私は」
 4人はリプトバーグの街門へ向かっていた。ひと晩が経過し、穀倉の街は新たな朝を迎えていた。昨日の午後遅くからちらほらを営業を始めた商店や露店も、今日は通常通りの営業に戻っていた。サリナたちは消耗品や食料を買い込み、いよいよこの街との別れの時を迎えようとしていた。
 セリオルとカインの二日酔いは、昨日の日暮れごろにようやく回復した。それはエメリが彼らの部屋に運んで行った特性ドリンクの効果によるところが大きい、とはエメリ本人の弁である。セリオルによると、確かに成分的には二日酔いの解消に効果的な糖分や果汁もたっぷり入っていたが、それらの甘味を中和もせず掻き消しもしない、完全に対立してしまう苦味が圧倒的な存在感を放っていた。
「あの甘くて苦いこってりした味……」
「言わないでください。鳥肌が……」
 年長ふたりが自分の身体を抱きすくめて震える姿に、年少ふたりは苦笑するばかりだった。
 サリナはエメリから餞別にもらった野菜の入った袋を覗き込んで、にっこりと微笑んだ。とれたての瑞々しい緑や黄、赤に白が輝いて見えた。エメリの温かな笑顔が浮かんだ。
「おい、あれ」
 フェリオが緊張した声で言った。サリナ、セリオル、カインの3人が顔を上げた。フェリオの指差す先には、リプトバーグの街門があった。彼らがこの街へ入る時にくぐった門である。城壁と同じ石造りのアーチ。すぐそばにはチョコボ厩舎がある。
 その街門の門袖に、クロイス・クルートの姿があった。彼の陰には、弟たちもいた。
 数メートルの距離を保って、サリナたちとクルート兄妹は対峙した。
「よお、ガキんちょ。何してんだこんなとこで」
「うるせえよ、おっさん」
「誰がおっさんだコラ」
 口調は粗いが、クロイスは落ち着いた様子だった。カインに殴られた右頬に、ガーゼが当てられている。
「あんたたちに、頼みがあって来た」
 クロイスはサリナたちの足元に視線を落としながら、小さな声でそう言った。一昨日とは打って変わって、横柄さは欠片も無かった。
 少しだけ、沈黙が流れた。小鳥が彼らの頭上を渡っていった。美しい朝陽に、実った麦穂が揺れる。
 クロイスが顔を上げた。まっすぐに4人を見つめて、彼は再び口を開いた。
「王都に、行くんだろ」
「なぜそれを?」
 セリオルは警戒した口調で質問した。彼は右手を杖に遣っていた。カインとフェリオもいつでも武器を構えられるよう、集中力を高めている。
「あ……? なぜって、これだよこれ」
 意外そうな様子で、クロイスはズボンのポケットから1枚の紙を取り出した。それを広げて、こちらに向けてくる。
「何です、それは」
「はあ? お前らが置いてったんだろ、俺んちに」
「何ですって?」
 さっとセリオルの視線が仲間たちの間を走った。カインとフェリオは何も知らないという風に首を横に振った。
「あの、私、です」
 おずおずと手を挙げたのはサリナだった。仲間たちは意外そうな声を上げた。
「サリナ、あれは?」
「一昨日の夜、クロイスとカインさんが戦った後に、クロイスの家に少し入って置いて来ました。手紙、です」
 手紙という言葉に、またもセリオルたちが驚きの声を上げた。サリナに補足をするように、口を開いたのはクロイスだった。
「あんたらが王都に行くって書かれてた」
「なんでわざわざあいつに知らせたんだ?」
 フェリオはクロイスから目を離さないままで尋ねた。とはいっても、彼はそろそろ警戒を解こうとしていた。クロイスに戦闘や襲撃の意図が無いように見えたからだ。クロイスの武器はいずれもニルスに預けられていた。それをこちらに見せようという意図だろう、ニルスは身体の前にそれらを持っていた。
「そんなに意味は無いよ。直接クロイスと話すチャンスが無かったから、頑張ってねって伝えたくて書いた手紙に、ちょこっとこれから王都に行きますって書いただけで……」
「なるほどな」
 クロイスが1歩前へ出た。彼はサリナたちをまっすぐに見ていた。一昨日、財布を取り返しに来たサリナたちに向けた胡乱げな表情とは異なり、固い意志の光を宿した真摯な瞳だった。
「頼みがあるんだ」
 彼の声は力強かった。何か決然たる覚悟を感じさせた。サリナたち4人は何も応えなかったが、その沈黙がクロイスの次の言葉を促していた。
「俺を、王都まで同行させてくれないか」
「……なんですって?」
 セリオルは訝しげな口調でそう言った。彼の眉は顰められていた。フェリオも同様だったが、カインはやや違うようだった。彼は「ほほう」と呟いて、右手を顎に当てた。感心している様子だった。サリナはそんなカインの様子を見て胸を撫で下ろした。彼女はなんとなく、クロイスの気持ちに気づいていた。
「あんた、カインって言ったな」
 クロイスはカインをじっと見つめていた。カインはその視線を正面から受け止めた。
「ああ」
「あんたはいけ好かねえ。けど、あんたに言われたことは正しいと思った」
「ほほう。いい心がけじゃねえか、ガキンんちょ」
「うっせえよおっさん。俺はクロイスだ」
「誰がおっさんだコラ」
「いいよもう、おっさんは」
 カインはさらに何か言い返していたが、誰も反応してくれないので拗ねてしまった。
「王都に行って、どうする気ですか?」
 クロイスはセリオルの問いかけに、一瞬目を逸らした。後ろにいる弟たちに意識が行ったように見えた。
「仕事だよ」
 短く言葉を区切って、クロイスはセリオルに視線を移した。
「仕事を見つけるんだ。王都でなら、稼ぎのいい仕事があるだろ」
「なるほど、仕事ですか。それであなたがその稼ぎとやらを手にするまで、彼らはどうやって生活するんです?」
 セリオルはクロイスの弟たちを示した。彼の声は静かだった。そしてやや冷淡な響きを含んでいるようだった。
「あの治安が良いとは言えない場所で、彼らを誰が守るんです?」
「俺がいつも狩りで手に入れた獲物を売ってる毛皮屋がいる。そいつんとこに預ける話がついてる。ソフィーとロニはともかく、ニルスは店の手伝いくらいは出来る」
「先日あなたと話していた、あの毛皮屋ですか」
 セリオルは収穫祭前にクロイスと一緒のところを目撃した、あの毛皮屋を思い出していた。悪い人物には見えなかった。非合法な商売をしている店というわけでもない。しかし気にかかることがあった。
「彼の店には従業員はいますか?」
「あ? いや、あいつはひとりでやってる。家族もいない」
「店の稼ぎは潤沢なのですか?」
「……いや。俺が王都に行って仕入れが減ったら困るだろうな」
「お前、そんなとこに弟たちを預ける気か。毛皮屋にとったら大して稼ぐことも出来ずに食い扶持だけが増えるんだろ。王都で稼いだら借りを返すとか何とか言ったんだろうけど、その前に放り出されるのがオチじゃないのか」
 フェリオの指摘に、クロイスは唇を噛んで俯いた。
「そんなことはわかってる。けどそうするしかねえんだよ。この街じゃ、俺はいい目で見られてない。真っ当に働こうと思ったら、他の街に、王都に行くしかねえんだ。ここで狩りを続けてても先が見えてる。なんでか知らねえけど、魔物はどんどん増えてる。獲物は減っていく。王都に行くしかねえんだよ!」
 悲痛な声で訴えるクロイスの横を、サリナが通り過ぎた。突然のことに驚いて振り返ったクロイスの前で、サリナはニルスたちに向かってしゃがんで語りかけた。
「ニルスくん、薪割りとかごはんの準備とか、できる?」
「え、あ、はい」
 ニルスは戸惑いながらも頷いた。サリナは微笑み、今度はソフィーの手をとった。
「ソフィーちゃん、お料理とかお洗濯、できる?」
「うん」
 やはり微笑んで、サリナはソフィーの頭を撫でた。最後に、彼女は末っ子のロニの方を向いた。
「ロニくん、お店の前でお客さんを呼び込むのって、できるかな?」
「うん、できるよ!」
「そっか、えらいなあロニくんは」
 ソフィーの時と同じように、サリナはその小さな男の子の頭を撫でてやった。ロニは嬉しそうに笑っていた。サリナは立ち上がり、クロイスに向けて言った。
「私たちがこの街で泊まってた、“豊穣の麦穂亭”っていう宿があるの。そこのエメリさんなら、きっと3人を受け入れてくれるよ。3人が一生懸命お仕事を手伝えば」
「お前……」
 驚いた顔のクロイスの頭に、こちらに歩いて来ていたカインが手を置いた。クロイスはサリナよりは少し背が高かったが、カインと比べると随分小柄だった。
「お前が覚悟を決めたんだったら、さっさと行くぞ。俺たちもエメリに頭下げてやるよ」
「お、おっさん」
「だからてめえコラ、おっさんじゃねえつってんだろうがコラ。次言ったらマジでぶっ飛ばすぞコラ」
 言いながら、カインはクロイスの頭をわきの下に抱えて締め付け、拳をぐりぐりと押し付けた。帽子が落ち、クロイスが悲鳴を上げた。
「いだだだだ! わりい! 悪かった! もう言わねえよ!」
「いーや許さねえ。お前は絶対また言う。二度と言わないと天に誓え」
「誓う! 誓います! だから離せ! いや離して下さい!」
 そんなことをしているふたりを、セリオルとフェリオは溜め息と苦笑とともに眺めていた。ふたりは顔を見合わせて、やれやれと呟いた。
「サリナも兄さんも、ひとがいいな」
「全くです。まあ、彼も悪い人間ではないようですが。いずれにせよ、これからの旅路で明らかになるでしょう。少なくとも彼のアシミレイトは戦力になる」
「また俺たちから金を盗もうとするようなら、その時は容赦しないけどな……ま、あの様子だとそれは無いか」
 カインに頭を締められながら、クロイスは痛みのためではない涙を流していた。美しい光の照らすリプトバーグの朝。黄金に輝く麦の穂が、吹き渡る風に気持ち良さそうに揺れている。

挿絵