第27話

 宿の部屋に運び込まれた全身を映す姿見の鏡の前で、サリナは緊張していた。自分の身体を見下ろして、鏡に目を戻す。慣れない服装に、気恥ずかしい気持ちでいっぱいである。
「うう。大丈夫かなこれ……」
 今頃男部屋では、フェリオやクロイスも自分と同じような服に着替え終わっていることだろう。仮に笑われるにしても、自分ひとりだけというのは避けたいと、彼女は思った。そうなったら、今回の作戦そのものを辞退したい気持ちになってしまいそうだ。
 扉がノックされた。はっとして、彼女は扉のほうへ顔を向ける。思わず胸の前に両手を持っていくと、そこにあったリボンに手が触れた。
「サリナ、着替えは終わりましたか?」
 ノックの主はどうやらセリオルだった。その声に楽しんでいるような調子が無いことに、サリナはほっとした。
「は、はい。終わりました。今行きます」
 ぱたぱたと急ぎ足で、サリナは部屋の扉を押し開いた。
 廊下にはセリオルたちいつもの4人が勢ぞろいしていた。いつもと違うのはセリオルが大陸風の服を着ていることと、フェリオとクロイスが変わった服装をしていることだった。サリナの服と似た雰囲気である。
 ふたりは白を基調とした、何かの制服のようなものを身に着けていた。フェリオのものとクロイスのものとでは若干デザインが異なるが、大まかな雰囲気や受ける印象は共通していた。クロイスはいつもかぶっている帽子を外していた。サリナのほうを見るふたりは、やや緊張しているようだった。
 それはサリナも同様だった。はき慣れないスカートに、足元がふわふわとして落ち着かない。手のやり場に困って、彼女は両腕を身体の後ろに回し、腰のあたりで手を組んで少し下を向いた。
「おっ。案外似合ってんじゃん」
 気軽な調子で言ったのはカインだった。彼だけはいつもとほとんど変わらぬ服装だったが、なぜか額の上にセリオルのものと似た色眼鏡を乗っけている。
「そ、そうですか?」
 サリナは気恥ずかしさでいっぱいだった。下を向いてもじもじするサリナに、カインが笑う。
「ああ、いいと思うぜ。なあフェリオ」
「なんで俺に聞くんだ」
 カインはフェリオの脇腹を肘で突いた。フェリオは嫌そうにしてサリナから目線を外したが、カインの言葉を否定はしなかった。その様子にセリオルの眼鏡が光ったように――今は色眼鏡を掛けているのでいつもの眼鏡ほどは光らないのだが――サリナには見えた。
「あの、ふたりも似合ってるね、制服」
 サリナはフェリオとクロイスに向けてそう言った。ふたりとも、慣れない制服に照れているようだった。
「まさか俺がこんなの着ることになるなんて……」
「俺も、学校なんて行けねーと思ってたから」
 フェリオは自分の姿が小恥ずかしいだけのようだったが、クロイスはどこか嬉しそうだった。
 サリナたち3人の制服は、サリナとフェリオのものがイリアス王立高等学院の学生服、クロイスのものはイリアス王立職業訓練校の学生服だった。いずれもセリオルの立てた作戦を実行するため、占い騒動の後に商業街区の学生服専門の卸売店で購入したものである。
 セリオルの立てた作戦はこうだ。
 彼らの目的は、幻獣研究所に幽閉されているエルンストを解放することである。そのためには幻獣研究所に潜入しなければならないが、正面から入らせてくださいと申し入れたところで、よほど正当で重要な要件でなければ認可を得ることは難しい。それは幻獣研究所が王国にとってきわめて機密性の高い施設であることと、今そこを牛耳っているゼノアと軍部が、サリナたちのことを知った上でおいそれと認めることは無かろうという判断だった。
 では、潜入するために取る手段は何か。
 セリオルが目を付けたのは、王立高等学院と職業訓練校合同で行われる、王立機関への見学会だった。セリオルはかつての自分の経験上、時期的にそういった行事が催されることを知っていた。それに潜り込むため、サリナとフェリオ、クロイスの年齢的に不自然でない3人を、このタイミングで各教育機関へ送り込む。そして施設に入り込んだ3人とカインのスペクタクルズ・フライで連絡を取り、侵入の手引きとする、というものだ。仮にそれで侵入が出来なかったとしても次の作戦を練れば良いだけのことで、問題は無かった。
 サリナたちの教育機関への編入には当然、身分の保証や手続きが必要だったが、セリオルはこの数日でそれらに必要な書類や判などを、完璧な精度で偽造していた。
「しかし悪いやつだねー、セリオルさんよ。くくく」
 カインがセリオルの肩に肘を載せて、悪い顔をした。楽しげである。セリオルは色眼鏡の位置をくいと直し、口元に笑みを浮かべて答えた。
「このまま作戦を実行しては、いずれ私たちは犯罪者として手配されてしまいます。ですから、まずはそれを避けるための後ろ盾を得ましょう」
「後ろ盾?」
 尋ねたフェリオに、セリオルは淡々と返事をした。それを聞いて、サリナたちは今さらながらセリオルの考えることに驚嘆するとともに、戦慄を覚えるのだった。
「マジで、おっそろしいことを考えるなあんたは」
「それ、大丈夫かなあ? セリオルさんが言うなら大丈夫だろうけど……」
「セリオルがサリナの保護者で良かった……」
「俺、もう話がでか過ぎてついてけねー気がしてきた」
 口ぐちに言葉を並べる仲間たちに、セリオルはひと言だけを口にした。
「なに、心配要りませんよ」

 竜王褒章。それは科学技術の分野で大きな功績を残した者に授けられる、最高の栄誉である。世の研究者たちはその受章を目指して、日夜研究を重ねていると言っても過言ではない。
 褒章は国王から直々に授けられる。授章式は王城の中で最も広い場所、王の玉座がある謁見の間で行われる。その場には国王と受章者を始め、宰相や執政官、各省庁の長、大神殿から法王と大司教、受章者の所属する学会の長、そして護衛として王国騎士団か神殿騎士団のどちらかから騎士隊1隊が集まる。更に謁見の間の扉から玉座へと向かう長い廊下の両脇には、国家行事の際に演奏を依頼される王立管弦楽団が居並び、受章者の入退場を華やかな音楽で祝福する。
 今、フェリオ・スピンフォワードは王立管弦楽団の奏でる美しい音楽の中、玉座へと続く緋色の絨毯を歩いていた。謁見の間は美しく、豪奢だった。天井が高く、嵌め込まれたガラスから太陽の光が降り注ぐ。内部は大理石造りで、床や壁には繊細で煌びやかな装飾が施されている。輝かんばかりのその部屋の、栄光と威容の玉座に王が座る。
 フェリオは王の顔を見つめ、まっすぐに玉座へと歩を進めた。彼の後ろには、カイン、サリナ、クロイスの3人が身内の者として続いていた。授章式には受章者本人の他、家族や近親者の参列も許可されていた。セリオルは公の場で自分の顔を晒すのはまずいと、授章式には来なかった。式の最中、色眼鏡の着用は禁止されていた。
 サリナは周囲を見回したい衝動を堪えるのに必死だった。カインとクロイスも同じらしく、3人揃って何かを我慢しているような妙な表情だった。
 いや、とサリナは思い直した。自分とクロイスはそうだが、おそらくカインは少し違う。彼は喜びを抑えるのに必死なのだ。それはふと表情を窺っただけでもわかる紅潮した頬と、涙を薄く湛えた瞳が語っていた。
 4人は正装に威儀を正していた。この授章式のため、貸服店で借りたものである。旅に正装はお荷物だったが、そこは王都、サリナがこれまで見たことも無かった様々な服を貸し出す店というものが商売として成り立っているのだった。ハイナン風の正装も用意されていたが、セリオルから出身地を明かすのは良くないとの指摘があり、大陸風の正装を選ぶこととなった。
 生まれてこの方ドレスを着たこともかかとの高い靴を履いたことも無かったサリナは、いきなりの正装に戸惑った。服を借りた店で散々歩く練習をして皆に笑われたが、その成果が今出せているのか、ほとほと不安だった。タイトなドレスなので、いかんせん脚が動かしづらい。
 荘厳な旋律の中、フェリオは玉座の前で歩みを止めた。目の前から数段上がったところに玉座がある。
 両脇に宰相と執政官が控え、王は玉座の前に立っていた。賢王、ヴリトラ・アプサラス・ウィルム・フォン・イリアス。勇王と呼ばれた統一戦争の英雄、ウィルム王の名を継ぐ、直系の王。齢60も後半に入った賢王は、高い上背に美しい白髪に豊かな白髯の、若い頃はさぞ貴族の女性たちに持て囃されたであろう精悍な顔つきだった。重厚な法衣に威光を放つ王冠、そして手には獅子を象った装飾の施された錫杖。統一王国イリアスに君臨する、偉大なる王である。
 音楽が止み、フェリオはその場でひざまずいた。サリナたちもそれに倣う。王の隣りに控える執政官が書状を広げ、それを読み上げる。
「フェリオ・スピンフォワードよ。汝は先般、蒸気機関技術の進展に関して、新たな鉱石の発見とともに、その利用法として排熱技術の向上を提案し、この分野での技術開発に多大なる貢献をした。その功績を讃え、ここにイリアス王国国王、ヴリトラ・アプサラス・ウィルム・フォン・イリアス様より、偉大なる力の顕現たる幻獣バハムートの庇護の許、白銀の竜王褒章を賜る」
 管楽の華やかな旋律が響く。受章者の栄誉を讃えるファンファーレである。
 宰相から、王が賞状を受け取った。王はそれを広げ、朗々たる声で読み上げる。
「フェリオ・スピンフォワード。汝は科学技術の分野で、蒸気機関に関する偉大かつ最大なる貢献を納めた。よってここにその功績と栄誉を讃え、竜王褒章を授ける」
 国王の声が止まった。フェリオはひざまずいたまま、しばらく立ち上がることができなかった。この場に自分がいることに現実感が無かった。王が述べた言葉が耳を通ってそのままどこかへ通り過ぎて行った。
 なかなか立ち上がらないフェリオに、後ろの仲間たちが様子を窺ってそわそわし始める。特にカインは気が気でない。サリナやクロイスの顔を見て、不安そうな表情を作っている。
 執政官が声を掛けようと1歩前へ出ようとした。それを制したのは、他ならぬ国王だった。
「フェリオよ」
 国王は、深くよく通る声で受章者の名を呼んだ。その声に、ようやくフェリオが顔を上げる。その瞳は澄み切った銀灰色で、奥に煌く知性の光を宿していた。
「はい」
 フェリオは国王の顔をじっと見つめて返事をした。王は力強い目で、フェリオをまっすぐに見ていた。
「立つが良い、フェリオ。近う寄れ」
 フェリオは言われるままに立ち上がり、国王の前へと足を進めた。賞状は国王の片手に持たれている。ひざまずいたままで動くわけにはいかないサリナたちは、フェリオが国王の気に障ったのかと、心臓に冷水を浴びせられたかの如き心持ちだった。
「だ、大丈夫かフェリオ。捕まったりしねえよな」
「は、はい、大丈夫だと思いますけど……大丈夫かな……」
「いや、さすがにちょっと立つのが遅かっただけで捕まりゃしねーと思うけど……」
 彼らの心配をよそに、フェリオと国王は至近距離で見つめ合ったまま動かない。宰相と執政官、騎士隊らが不審に思ったか、身構えたその時だった。国王が口を開き、フェリオに語りかけた。
「フェリオよ。竜王褒章受章に際して、何か言いたいことはあるかね」
 その言葉に、フェリオは視線を国王の顔から外した。国王が身体の横でその手に持ったままの賞状を見る。しばらくそうした後、彼は再び国王の顔に目を戻した。
「おいおいおいおい、何言う気だあいつ。大丈夫かおい」
「だだ、大丈夫、かなあ……うう」
「しっ。言うみたいだぞ」
 カインはやきもきして弟の背中を見る。成長した弟の姿は、今は遠く国王のそばにあった。
「王様。このたびの竜王褒章受章、誠に喜ばしく思っております。ただ――」
 言葉を切ったフェリオに、国王は眉ひとつ動かさない。ひとつ深呼吸をして、フェリオは再び口を開いた。
「ただ、今回の受章、私ひとりで頂くわけには参りません」
 その言葉に、王は初めて表情を変えた。目の前の少年が何を言うのか、楽しんでいるかのようである。
「ほう」
 そう呟いて、王は髯を触った。その仕草はフェリオに、次の言葉を促しているようだった。
「私は幼いころ、両親を亡くしました。それ以来、私を支え、蒸気機関の勉強と研究のために自分の全てを犠牲にし、捧げてくれたひとがいます」
「ほう……誰かね?」
 フェリオは両目を閉じ、すぐに開いた。彼は自分の後ろにいるはずの、兄の姿を思い浮かべた。
「兄です」
 フェリオの声は澄んだ響きとなって、謁見の間にこだました。国王はフェリオの言葉を聞いて、髯を触る手を止めた。楽しむような口調は変わらず、王は少年に尋ねた。
「何か、望みはあるかね?」
「はい」
 フェリオは緊張を感じた。世界で最高の権力を持つ、雲の上の存在だと思っていた国王。その人物が目の前で、自分の話を、望みを聞いてくれている。彼と王以外に、言葉を発する者は誰もいなかった。
「私の発見した鉱石の名を、私に決めさせてもらえないでしょうか」
 フェリオの言葉に、参列していた学会長が喉を詰まらせたような声を出した。本来、新鉱石が発見された際は学会でその学名が決定される。いち個人の希望で物質の名を決めるということは、歴史上例の無いことだった。
 国王はフェリオの目をじっと見つめていた。フェリオは世界を統べる男の目を、負けじと見据えた。
 しばらく沈黙が流れ、そして国王は口を開いた。
「何という名に?」
 深呼吸をして、フェリオはその名を告げた。
「カインナイト」
 国王はフェリオに背を向け、鉱物学の学会長に顔を向けた。
「聞いたかね、バーナード。鉱石の名はカインナイトだ」
 バーナード氏はしゃっくりのような声を出し、むせ返った。その様子に笑いが起こり、次いで盛大な拍手が起こった。国王は再びフェリオに身体を向け、改めて賞状を差し出した。
「さて、フェリオ。受け取ってくれるかね?」
「――はい、ありがとうございます」
 フェリオは俯き、竜王褒章の賞状を受け取った。大勢の前で絶対に見せまいと、彼は目から雫が落ちようとするのを必死で堪えた。
 その後、授章式はメダルと賞金目録の授与へと進み、閉会となった。その間、フェリオの後ろでカインはぐしょ濡れになって泣き通しだった。彼は弟の名を何度も何度も呼んでいた。サリナはその様子に、もらい涙をするのだった。
「王様!」
 授章式が閉会となった直後、クロイスがそう叫んで玉座の前へ躍り出た。突然のことに、騎士隊ががしゃりと鎧の音を立てて剣の手を遣る。場が一気に緊迫し、サリナたちも身構えた。クロイスは王の前に身体を投げ出し、両手を床についていた。
「なんだね?」
 王は玉座に腰を下ろしたまま、落ち着いた様子で鷹揚な声をクロイスへ返した。クロイスは切迫した様子で、国王に言葉を伝えようと口を開いた。
「王様、リプトバーグの貧民街を助けてください!」
「……なに?」
 王は怪訝そうな顔をクロイスに向けた。騎士隊は危険があるわけではないと判断したか、剣から手を離した。
「リプトバーグには、貧民街って呼ばれる場所があるんです。あまり他の街じゃ知られてないと思うんですけど、孤児とか身寄りの無い年寄りとかが集まってて。働きたくても働けない人ばっかりなんです。どうか、王様、貧民街を助けてください!」
 ひと息に言い切って、クロイスは口をつぐんだ。息が切れるほど興奮しているはずだが、ぐっと唇を噛んで国王を見つめている。王はその熱のこもった目線を、玉座に座ったままで静かに受け止めた。フェリオの時と同じように。
 やがて、王はゆっくりと立ち上がった。王は正面を向いたままで、腕を執政官に向けて上げた。
「エイルマー、すぐにリプトバーグへ調査の者を遣わすのだ」
 クロイスは顔を輝かせた。両手を床につけたままがばと頭を下げ、床に擦り付けるほどに深々と礼をした。
「ありがとうございます!」
「良い。そなたのような進言を待っておるぞ」
 王はそう言って微笑み、玉座に再び腰を下ろした。クロイスは何度も頭を下げた。仲間たちが彼の周りに集まり、声を掛けて立ち上がらせた。クロイスはやや恥ずかしそうに鼻を掻いた。
 場が和み、宰相によって改めて閉会の辞が述べられた。
 その時だった。
「国王ヴリトラよ。人払いをせよ」
 響いた声があった。渦巻く風のように轟く声だった。
「何者だ!」
 騎士隊の中からひとりが玉座の前へ飛び出し、剣を抜いて構えた。長く美しい金髪と印象的な灰色の瞳を持つ女性騎士だった。謁見の間が騒然とした。
 そんな中、王は落ち着いていた。今響いた声について、王はじっと静かに考えを巡らせていた。
「曲者め、姿を現せ!」
 騎士隊たちの様子を見ると、どうやら女性騎士は騎士隊の隊長のようだった。騎士たちが宰相や執政官他、その場に集う人々を守るために動きながら、その女性の名を呼んでいた。サリナたちも騎士によって壁際に集められ、保護された。
「良い」
 ざわめく謁見の間に、王の声が朗として響いた。その場の全員が瞬時に静まり返った。
「楽隊は下がるが良い。バーナード、そちも下がれ。エイルマーとセドリック、それとアーネス。そち等は残れ。その他の者は皆下がるのだ」
「王!」
 国王の言葉に宰相と執政官、そして騎士隊の隊長が進み出て止めようとした。しかし王は、玉座から立ち上がって腕を胸の前で振り、それらの声を一掃した。
「余が良いと言うておる。そち等、余の判断が信じられぬか」
 そのひと言で、名指しして残された宰相と執政官、騎士隊長以外は皆謁見の間を下がった。サリナたちも騎士に促された。
「待て」
 そのサリナたちに国王の声がかかった。王は玉座に戻っていた。
「フェリオ、そち等は残るのだ」
「……はい」
 フェリオが返事をして、サリナたちは騎士から離れてその場に留まった。サリナは王の声の調子から、王の慧眼と洞察力に肝を冷やしていた。伊達に賢王と呼ばれてはいない。
 人払いが済み、謁見の間は静かになった。風のような声はその後、聞かれていなかった。
 サリナたちは両足から力が抜けるかと思うほど緊張していた。この後の展開について、サリナは不安以外の感情を持ち得なかった。心臓が高鳴る。ドレスの上から、彼女は自分の胸を押さえた。手のひらに伝わってくるのは、早鐘のような心臓の音。
 やがて、謁見の間の扉が開いた。扉の向こうから、長身に黒い長髪、ハイナン風の服装で眼鏡をかけた青年が姿を現した。青年の左肩の上で、翠緑色に輝くマナを纏った神々しき巨鳥の姿があった。
 青年は玉座の前まで進み、そして先ほどフェリオがひざまずいたのと同じ位置で立ち止まり、片膝を折った。騎士隊長はいつでも攻撃できるようにと構えていた剣を、青年のその様子に、鞘へと納めた。
「お久しぶりです、国王様」
 青年はかしずいたまま、そう述べた。青年の後ろにサリナたちが並ぶ。同様に、サリナたち4人もひざまずいた。彼らのそれぞれから光が発された。真紅、紫紺、銀灰、紺碧、4色の光。謁見の間に、更に4柱の幻獣が姿を現した。宰相たち3人が驚きの声を上げる。
 王は冷静だった。玉座に深く腰を下ろしたまま、ゆっくりと口を開いた。
「久しいな、セリオル・ラックスター」
 顔を上げたセリオルの顔には、ただ笑みのみがあった。

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