第33話

 セリオルの魔力は圧倒的だった。次々に詠唱される魔法は恐るべき力でサリナたちを襲った。火球が、氷柱が、雷撃が、代わる代わる放たれる。魔法は着弾箇所に効果を発揮するだけではなく、その余波も威力という意味では十分に危険であるため、回避するには素早く、かつかなり長い距離を動かなければならなかった。サリナは回避行動だけで体力を消耗していった。
 息が切れるなか、休ませはせぬとでも言うかのようにフェリオの弾丸とクロイスの矢が飛来する。フェリオは通常の弾丸以外に麻酔針や炸裂弾も撃ち、クロイスはクロイスで複数本の矢を同時に放つので、回避した先に次の矢が襲い来るということが何度もあった。
 この波状攻撃に、サリナ、カイン、アーネスの3人はこの上無い苦労を強いられた。
「くそ。あいつらこんなに厄介なやつらだったのか」
 流れ落ちる汗を拭って、カインは毒づいた。場慣れした戦士である彼は、戦闘の際にも常に余裕を忘れないことを心がけている。しかし今ばかりは、とてもゆとりを持った戦い方は出来なかった。
「サリナ、彼らが偽物だというのは本当か?」
 アーネスが対峙するセリオルから目を離さずに言う。彼女は剣をまっすぐに構え、いつでも詠唱に反応出来るよう、筋肉を緊張させていた。
「はい、間違いありません。心が感じ取れないんです。いつもは感じる、みんなの心の気配が」
「……貴殿はそんなことまで感じ取ることが出来るのか」
 感心したような、疑っているような、微妙なニュアンスでアーネスは言った。その間にもフェリオの弾丸が襲来する。アーネスは盾を掲げてその凶弾を防いだ。弾は弾かれて飛び、石の天井にめり込んだ。
「はっきりとは断言出来ないですけど、ほんとのセリオルさんたちじゃないと思います」
 クロイスの矢が飛んできた。サリナは身を低くしてそれを回避する。いまだセリオルたちに近づくことが出来ない。
「いや、断言出来るぜ」
 鞭を繰り出そうと構えて、カインは言った。彼は今しがたサリナを襲った、クロイスの矢を見つめていた。
「見ろ」
 サリナとアーネスも緊張を解かないまま矢を見た。矢は壁に突き刺さった直後、霞となって消え失せた。それを確認して、サリナは振り返った。静かな怒りが湧き上がっていた。
「カインさん、アーネスさん」
 ほとんど動かず、サリナはフェリオの弾丸を回避した。必要最小限の微細な動き。彼女の感覚は研ぎ澄まされつつあった。その声は低く、穏やかだった。
「やっつけましょう」
 ふたりは頷いた。そして地を蹴った。
 迅速な鞭がフェリオに放たれた。フェリオはその攻撃を避けようと身体をよじったが、鞭は蛇のようにしなって標的を逃さない。フェリオは火炎放射器を兄に向け、業火が放たれた。しかし鞭は驟雨のごとく舞い踊り、炎は散り散りに消え失せて力を失った。そして銃を持つその腕に、しなやかな衝撃が打ち込まれた。
 鋭き切っ先がクロイスを襲う。少年は軽いその身を翻して簡単にかわしてみせた。しかし騎士団仕込の優れた剣技は逃げる者を簡単には自由にさせず、腕の肘から先を捻って追いすがった。剣は少年の肩を突き刺した。
 対峙したセリオルの瞳に、あの知性に煌く光は無かった。ただのっぺりと塗りつぶされたような、曇った緑があるだけだった。サリナはその目を見るのが悲しかった。何の心も宿らない、無機質な瞳。サリナはファンロン流武闘術、天の型をとった。舞い踊る水のように流麗なる型。セリオルは魔法を放つが、サリナはその全てを容易く回避した。
 清流のようにたおやかでありながら力強い踏み込みで、サリナはセリオルに接近した。セリオルは薬瓶を取り出す。それを床に投げつけると毒霧が発生した。サリナはそんなものはものともしなかった。彼女は恐るべき速度で回転し、発生させた風圧で毒霧を霧散させた。
 低くした姿勢で、サリナはセリオルを見つめた。その表情は石膏像のように硬化し、そこには何の変化も起きていなかった。セリオルの姿をした、セリオルでは絶対にないその存在。サリナはこんなものを創り出した者に怒りを覚えずにはいられなかった。そしてこの目の前に立つ者の存在を、悲しく思った。
「セリオルさんは……」
 地を蹴る脚。それはしなやかな獣のように――
「フェリオは、クロイスは……!」
 黒鳳棍にしかと巻き付く腕。それは剛靭な大樹の根のように――
「そんな悲しい顔はしない!」
 真紅の疾風から漆黒の迅雷が放たれた。黒星鉄の棍はセリオルの胴をしたたかに打ち付けた。セリオルはその衝撃に吹き飛び、床を激しく転がった。その姿に、サリナは胸が張り裂ける思いだった。
 渾身の一撃を繰り出し、己の勢いを殺すために石畳を踏み付けたサリナを、フェリオの連発銃が襲った。回転式の弾倉に組み替えられた銃は、神速の弾丸を連続で撃ち込んだ。サリナは休む間も無く全身のバネを駆使して、その連続攻撃を回避した。
 弾丸が収まったかと思うと、次は矢が飛んできた。矢は石の床を易々と穿つ威力でサリナを脅かした。サリナは切れる息に苦しみながら、なんとかこれをかわし続けた。だが彼女の体力は無限ではなく、ついにサリナの膝ががくりと折れた。
 弾丸と矢がサリナに飛来する。サリナは咄嗟に防御の魔法を詠唱しようとしたが、息が切れて発声がままならない。そしてそれ以前に、弾丸と矢の速度がそれを許さなかった。
「立てよ、サリナ」
「払うのだろう、このまやかしを」
 ぎゅっと目を閉じたサリナの耳に、カインとアーネスの声が飛び込んだ。
 無尽の鞭が宙を舞った。空気を切り裂く快音とともに、サリナに迫りつつあった全ての矢が地に叩き落とされた。矢は力無く横たわり、霞となって消えた。
 アーネスは弾丸の雨の前に立ちはだかり、剣と盾を巧みに操って軽やかに舞い踊った。その華麗な剣技の前に、弾丸は全て無効化された。弾道を逸らされて、床や壁にめり込むばかりだった。
「カインさん、アーネスさん」
 サリナは立ち上がった。膝が笑っていたが、身体中の力を脚に集めた。
「むかつくよな、あいつら。俺の仲間を馬鹿にしやがって」
「ひとの尊厳を貶める所業。騎士として、許せん」
 サリナの前で背中を向けて、ふたりは怒りに燃えていた。立ち昇る陽炎のような怒りが、サリナには見えたようだった。
 火球が襲来した。3人はその場から跳躍して炎を避けた。カインはそのまま、魔法を放ったセリオルのもとへ走った。セリオルは捕縛の魔法を詠唱した。カインの動きが止まる。無理やり動こうとするが、身体が痺れて何も出来ない。食いしばった歯の隙間から、呻く声が漏れる。
「舞い踊れ、解き放たれし天の羽衣――パラナ!」
 サリナの詠唱で生まれた光がカインを包む。途端、カインは再び駆け出した。捕縛の魔法に対する解呪だった。
「漆黒の闇の深淵、鎖されん――ブライン」
 セリオルはさらに詠唱を重ねた。漆黒の闇が湧き出し、カインを包む。
「うわ、なんだおい、真っ暗だ! なんだこれ!」
「暗闇の魔法です! 今解呪します!」
 そう叫んだサリナに、クロイスが迫る。少年は短剣を両手に構えて攻撃を仕掛けてきた。詠唱に入るところを邪魔しようとした攻撃だったが、それはアーネスの盾によって阻まれた。剣が舞い、水平の斬撃が放たれる。クロイスは宙返りをしてその攻撃から逃げた。サリナはアーネスに短く礼を述べ、詠唱に入る。更に襲い来る弾丸を、アーネスの盾が防ぐ。
「光あれ、聖なる道を歩む者――ブライナ!」
 捕縛の解呪と似た光が飛び、カインにまとわりつく闇を払った。
「おし、いくぜ!」
 カインは鞭を振るってセリオルを追い詰める。セリオルは薬瓶をいくつも投げつけて応戦した。
「野郎、そっくりな顔しやがって。やりにくいったらねえぜ。ったく!」
 カインは獣ノ箱を取り出してセリオルへ向けた。降りかかった酸の雨を回避して。
「行け、ハウリング・ウルフ! ここの主とやらに見せつけろ! セリオルは、こんな使えねえぼんくらじゃねえってな!」
 青白い炎の狼が咆哮を上げながらセリオルに襲い掛かる。
 アーネスはフェリオを追った。多種多様な攻撃方法に閉口したアーネスだったが、フェリオは遠距離からの攻撃には長けるが接近戦は得意ではないと、彼女は踏んだ。近づくのを阻むように火炎が襲うが、アーネスは突風の風水術で炎を押し返した。剣で攻撃を仕掛ける。フェリオは銃を瞬時に組み替えて小型銃2丁を構えた。速射性の高い武器で応戦するつもりらしい。
「あの少年は、貴様のような木偶とは違う。姿形を真似ても、彼の光に満ちた志は真似られまい!」
 アーネスは剣を振った。王国を守る騎士の剣は、短銃をその持ち主の手から叩き落とした。
「ひとの思いを愚弄するな、浅はかなる者」
 鋭い切っ先が、フェリオの喉に向けられた。
 サリナとクロイスは、それぞれの武器を繰り出して一進一退の攻防を繰り広げた。威力を乗せた攻撃をしようとサリナが回転すると、それを邪魔するようにクロイスの短剣が突き出された。回避するために身よじると、せっかく生み出した勢いが殺されてしまった。
 サリナにはためらいがあった。明らかに本物のクロイスではないとはいえ、全力で攻撃することを躊躇していた。さきほどセリオルを攻撃した時に感じた痛みが、後をひいていた。
「クロイス……」
 名を呼んでも、目の前の敵は返事をしない。少年のあの、悪ぶった賢しい表情はそこには無かった。サリナの目には涙が滲んでいた。大切な仲間の姿を使って自分たちを攻撃する、この迷宮の試練というものが憎かった。そして同時に、戦うことでしかこの状況を打破出来ない自分の無力さが悲しかった。短剣が振り抜かれた隙を突いて、サリナは黒鳳棍でクロイスの鳩尾を突いた。少年の身体から力が抜ける気配がした。

 フェリオは両手に1丁ずつの短銃を持ち、アーネスに向けて連続で弾丸を放った。騎士隊長は鎧を纏っていることが信じられないくらいの速度で石畳を駆け、剣を振るった。その斬撃は鋭く、正確で、背筋の凍るような威力だった。フェリオは距離をなんとかして取ろうとアーネスの足元を掃射するが、騎士隊長は剣と盾とで巧みに弾丸の攻撃を防御してみせる。
「くそ!」
 なかなか距離をとれないことに苛立ったフェリオは、マナストーンを仕込んだ爆弾を取り出した。同時に銃を火炎放射器に組み替える。爆弾を床に投げ、炎を放出した。爆弾は見事に爆発し、アーネスを吹き飛ばしだ。
 距離が取れたところで、フェリオは仲間の様子を探った。セリオルはカイン、クロイスはサリナを相手にしている。それぞれこちらの爆発を気にしていたが、自分の相手で手いっぱいの様子だった。
「なんなんだ……なんでいきなり」
 解せなかった。サリナたちが自分たちを攻撃する理由が見えなかった。サリナたちの様子がおかしいのも気にかかる。何の感情も表れていない無表情が、そのまま硬直したかのようにサリナたちの顔にへばりついていた。
「おかしいと思いませんか、フェリオ」
 カインを捕縛の魔法で足止めして、セリオルはフェリオのそばに来ていた。矢継ぎ早に黒魔法を使って、彼は息を切らせていた。
「ああ。なんでこんなことになってるんだ」
「詳細はわかりませんが、明らかなことがひとつあります」
「気配、か?」
 爆風に倒れていたアーネスが起き上がろうとしている。フェリオはその動きを止めるべく、武器を麻酔銃に組み替えた。アーネスに照準を合わせる。その間、サリナがカインの捕縛を解呪する魔法を詠唱した。
「ええ。より正確に言うなら、マナです。彼ら、特にサリナからマナが感じられない。魔法を詠唱する時に可視化するはずのマナも、まったく視えない」
 クロイスが1本に合体させた短剣でサリナを弾き飛ばして、フェリオたちのもとへ来た。完全な接近戦となったサリナとの攻防の中で、彼はいくつかの傷を負っていた。
「さすがに強えな、サリナは。くそ」
 短剣を収めて腕を押さえるクロイスに、セリオルが薬瓶を渡した。透き通った青い液体、ポーションだった。それを飲み干すと、ダメージが回復したのか、クロイスは腕から手を離した。
「聞いてください、ふたりとも」
 再び攻撃を仕掛けるべく態勢を立て直そうするサリナたちを警戒しながら、セリオルは口早に言った。フェリオとクロイスは黙って頷く。
「ここへ入る前にヴァルファーレが言った言葉を思い出してください」
「封印の言葉か? “迷うな、後戻りするな、諍いを起こすな――」
「知恵と力とを絞って、最深部まで到達せよ”、だっけか」
 正確に覚えていたふたりに、セリオルは頷いた。
「その言葉の意味を、今考えていました。ここまでにいくつもの罠がありました。私も、恥ずかしいことに惑ってしまった場面があった。フェリオが止めてくれましたが、仮に我々が本当に惑い、後戻りをしてしまっていたら、ここには来られなかったでしょう」
 一度言葉を切って、セリオルは炎、氷、雷の魔法を立て続けに、サリナたちのそれぞれに放った。戦闘が始まって初めて彼が行った、本格的な攻撃だった。彼がサリナにも魔法攻撃を仕掛けたことに、フェリオとクロイスは驚いた。しかしふたりが口を開くより早く、セリオルが言った。
「ここは試練の迷宮。迷宮は私たちに試練を与えている。我々が襲いかかる試練を、どう乗り越えるかを見ているのでしょう。ここで見られているのは、恐らく“諍い”の部分です」
「サリナたちと戦うなってことか?」
 弓に矢をつがえながらクロイスが言った。しかしセリオルは首を横に振る。
「いえ。それでは私たちの身が危険ですし、この状況を乗り越えることが出来ない。それに、ほぼ間違いなく、あれはサリナたちではありません」
 クロイスは驚きの声を上げたが、フェリオは冷静に頷いた。彼はアーネスに麻酔銃を発射した。
「マナ、か」
「そうです。サリナが詠唱する際にマナが発現しないはずが無い。この状況を分析すれば、答えは明白です。あれは、迷宮が創り出した人形。サリナたちの動きや技だけを真似る魔物です」
「マジかよ! なんだよ、遠慮すんじゃなかったぜ」
 クロイスの言葉に、セリオルとフェリオは苦笑した。クロイスは憮然としている。
「“諍いを起こすな”は、どう解釈したんだ?」
 フェリオは麻酔針を剣で弾き飛ばしたアーネスに舌打ちした。
「物理的に戦うなということはありません。恐らく、精神的な意味です」
「仲間を疑うな、ってことか」
 セリオルは頷いた。クロイスがぎりりと歯を食いしばる。
「ちくしょう、なめやがって」
 怒りの言葉とともに、クロイスは弦を限界まで引き絞った。彼はアーネスに狙いを定めていた。
「俺たちの気持ちを引っ掻き回しやがって!」
 立ち昇る怒りを力に換えて、クロイスは矢を放った。5本の矢が渦を描いてアーネスに迫る。飛来した矢を、アーネスは剣と盾で防ごうと身構えた。舞うように両腕を操り、巧みに矢の攻撃をいなしていく。5本全てが、地に落ちた。
 だが剣と盾を下ろした時、眼前にはクロイスがいた。少年はアーネスの前に走り込んでいた。その手には繋ぎ合わされた短剣が構えられていた。打つように、クロイスの武器がアーネスを猛襲する。
「こんな手を使って俺たちを試そうなんて、よく考えたもんだ」
 2丁拳銃を、フェリオは掃射した。その攻撃は彼の兄の姿をした魔物に襲い掛かった。たまらず、カインは回避に専念する。
「その発想は評価すべきだろうな。けど――」
 長銃、火炎放射器、連発銃と、次々に若き技師は銃を組み替えて猛攻撃を加えた。なんとか回避を続けていたカインも、次第に足元を取られ、腕を撃ち抜かれ、動きを奪われていった。
「俺たちを怒らせたら、せっかくの試練が台無しになるだけだ」
 フェリオは爆弾を投げ、そこに連発銃の弾丸を放った。爆弾はカインの目の前で弾丸に撃ち抜かれ、大爆発を起こす。炎と風の猛威が巻き起こった。
「俺の兄さんは、もっと強い」
 フェリオの声は、爆音の中にも澄んで響いた。
 サリナの接近は迅速だった。セリオルはそれを甘んじて許した。サリナの動きは、これまでずっと見てきた。彼にはサリナが、その後どんな攻撃を仕掛けてくるかが手に取るようにわかった。
「よりによって、私の前にサリナの木偶を出すとは」
 捕縛、暗闇、猛毒の魔法を、サリナの攻撃を回避しながらセリオルは詠唱した。次々に発動する術が、少女の動きを鈍らせていく。
「音も無く隔絶されし白き世界――サイレス」
 空気を振動させる波のようなものがセリオルの杖から生まれ、サリナに命中した。少女は喉を押さえ、口を何度も開閉している。静寂の術。相手の声を奪う、魔導師殺しの術である。捕縛も暗闇も猛毒も、サリナはなにも解呪することが出来なくなった。
「私を怒らせると、ろくなことがありませんよ」
 静かな声でそう言うセリオルから、恐るべき量のマナが練り上げられ、陽炎のように揺らめいた。
「生贄よ、その血で潤せ我が命――ドレイン」
 サリナの足元に血の色の魔法文字と円陣が現れ、禍々しい光を放った。放たれた光は少女を貫き、集まって球体の形をなした。球体は宙を滑ってセリオルのもとへと届き、傷を癒す力となった。光の消えた石畳に、サリナの姿をした魔物は両膝をついた。
「こんなことで我々の心を試そうとは、侮られたものです」
 杖をひと振りして、セリオルは眼鏡の位置を直した。
 突如、何もない空中にひびが入った。ガラスが衝撃に割れるような音を立てて、セリオルたちの前でサリナたちのいた景色が崩れ落ちる。仲間の姿の人形たちは、崩壊する空間と一緒に崩れて消え失せた。
「あ、あれ? セリオルさん?」
 空間の崩壊が終わると、そこには光を宿した瞳を持つ、サリナ、カイン、アーネスの3人がいた。3人もセリオルたちと同じように、ついさっきまで戦闘していた様子だった。
「今度は本物のようですね」
 息をついて、セリオルはそう言った。仲間たちは口ぐちに互いが本物であることを確かめ合っている。崩壊した床から落ちていったサリナの姿を思い返して、セリオルは心の底からの安堵を覚えていた。
「なんだ、同じ場所にいたのか」
 フェリオは部屋を見回して呟いた。奥にあった巨大な扉は、よく見ると入口を塞いだものと同じ扉だった。
「そうかーそっちでも偽物が出たか。俺は強かっただろ?」
「うん。フェリオの攻撃に為す術無く倒れてたよ」
「なな、なにー! こっちのセリオルはすげー強かったってのに!」
「当たり前だろ、セリオルだぞ。お前とは違うんだよ」
「おいコラてめーコラ。もっぺん言ってみろコラ。獣ノ箱に入れるぞコラ」
「へへーん! やれるもんならやってみやがれ!」
 逃げるクロイスに追いかけるカインを見て、サリナは笑った。互いの無事を喜び合ったと思ったらすぐにこれである。いつもの仲間たちの様子に変わりは無く、サリナは安心した。
「サリナ、無事で良かった。傷はありませんか?」
 セリオルの優しい声に、サリナは微笑んで頷いた。長身のセリオルが、今はなんとなく小さく見えた。
「いっぱい魔法を使いました。セリオルさん、エーテルありますか?」
「ええ、どうぞ」
 透き通った黄色い液体の入った薬瓶を、セリオルはサリナに渡した。少女はそれを飲み干した。身体にマナが満ちる。セリオルもエーテルを飲んだ。激しく消費していたマナが回復する。
「セリオル・ラックスター。すまなかった、私の不注意がこの事態を招いた」
 歩み出た女性騎士隊長にセリオルはしかし鋭い目を向けはしなかった。彼はアーネスに頭を下げた。
「サリナとカインに力を貸して頂いて、ありがとうございました。恐らく、これまでのことは全て迷宮、あるいはその主が我々に仕掛けた試練だったはずです。あれはあなたの責任ではありませんよ」
「……ありがとう」
 そう言って、アーネスは小さく頭を下げた。セリオルはそのアーネスを、ただの形骸化した誇りを振りかざす愚か者ではなく、信頼に足る人物だと判断していた。
「ご明察だ、セリオル・ラックスター」
 地の底から轟く声が響いた。同時に、さきほどまではただの石の壁だったところに、新たな両開きの扉が出現していた。扉はひとりでに開き、その隙間から琥珀色の光が漏れ出す。
 扉の奥は広間になっていた。石造りであることには変わりが無かったが、壁には琥珀色の炎が煌々と燃えている。石柱が何本も立ち並ぶ、広い空間。
 その広間の奥に、琥珀色に輝く獣がいた。逞しき四肢、豊かなたてがみ、鋭く伸びた長い牙、しなやかな尾。背中には巨鳥がごとく美しい翼。額には魔法文字らしき紋様の刻印。迷宮の封印を解いた獅子が、より力を得て変じたような、雄々しき姿の獣。
 その獣を包む琥珀色の光と酷似したものを、サリナたちはよく知っていた。彼女たちに力を貸す、神なる獣の纏う光。
「そんな、まさか……」
 それ以上の言葉を、サリナは発することが出来なかった。圧倒的なマナを感じ、身がすくむ。
「おいおい、マジかよ。ここに来てそんなんありかよ」
「やれやれ。試練は絶えないな」
「水晶、どこにあんだよ!」
「ここは集局点でもないというのに、まさかこんなところに……」
 獣は立ち上がり、サリナたちに向かって進んだ。その口が開き、轟く声が響く。
「私はアーサー。地の幻獣、碧玉の座。試練に挑む者よ、お手合わせ願おうか」
 猛々しき獅子の咆哮が、大気を震わせる。

挿絵