第41話
「足跡を辿るならば目を凝らせ――スニーク!」 「捕縛せよ。自由を奪う毒蛾の燐粉――パライズ!」 「幻視せよ。汝に私は映らない――インビジ!」 セリオルの捕縛の魔法が発動する。標的は黒騎士である。長身の黒魔導師は杖を振るう。捕縛の力は風のマナに乗って黒騎士を襲う。風の力は接近戦を仕掛けていたアーネスを器用に避けて黒騎士を捉えた。 しかしセリオルのマナは何も効果を発揮しなかったようだった。黒騎士から溢れた漆黒のマナが、セリオルの魔法をかき消した。 クロイスとアーネスが猛攻を仕掛けた。紺碧に揺れる1対の短剣と、琥珀に煌めく騎士の剣が嵐のような連撃を繰り出す。闇の騎士はその恐るべき攻撃を、1本の黒き剣で受け止める。 そこへ雷の鞭が襲来した。紫紺の稲妻を纏った、生き物のようにしなり踊るカインの鞭。短剣と騎士剣に気をとられていた黒騎士の身体に、紫紺の鞭は絡みついた。 「食らいやがれ!」 カインが叫ぶと、彼の手からイクシオンのマナが溢れだした。雷のマナは鞭を伝って黒騎士に注ぎ込まれる。黒騎士の動きが止まる。雷の力が漆黒の鎧を伝っていた。そこへ銀灰のマナが飛来し、轟音を上げて黒き鎧に連続で着弾する。 「セリオル、俺にマナを!」 フェリオの声に頷いて、セリオルが火炎、氷塊、雷光の魔法を放った。それはフェリオの銀灰の銃へ吸収され、威力を増幅して黒騎士へと放たれた。クロイスとアーネスはその場から跳躍して離れた。 3属性の恐るべき威力が炸裂した。マナの竜巻が起こり、噴煙が上がる。 「ちょっとは効いたか?」 上がる息を抑え込もうと努めつつ、クロイスが呟いた。傍らではアーネスが滴る汗を拭っている。彼女の目は厳しかった。 噴煙の中から闇が溢れた。それは噴煙を散らして広がり、あたりに忌むべき闇のマナを放散する。 黒騎士はその中からゆっくりと現れた。足を進めるその姿は、なんの痛手も被ってはいないように見えた。セリオルは背筋が凍る思いだった。幻獣の力を得た今の状態でさえ、緩慢な動きで近づいてくる黒騎士に、恐怖を覚えずにはいられなかった。 突如、真紅の突風が起こった。それは黒騎士を正面から吹き飛ばした。 「サリナ!」 消失と消音の魔法で姿を消していたサリナだった。彼女はひっそりと身を潜めて、攻撃の機を窺っていた。 この緊迫した戦いが始まって初めて、漆黒の騎士が地に倒れた。サリナはサラマンダーのゆらめく炎のマナを纏い、真紅に染まった黒鳳棍を振り抜いた格好で停止した。彼女の前には炸裂した炎のマナが残り香のように漂った。 「今のは効いただろ、なあ?」 サリナの近くへクロイスが駆け寄った。不意のところへサリナの渾身の攻撃を受けたとあれば、そのダメージは計り知れないはずだった。 「ううん、そうでもないみたい」 サリナの声は硬い。彼女はクロイスのほうは見ずに、じっと倒れた黒騎士を見つめている。 闇のマナが立ち昇った。黒騎士は倒れた格好のままで宙へ浮き上がる。マナが黒騎士へと収束していく。空中で立ち上がるような動きをして、黒騎士はサリナのほうへまっすぐに向き直った。そのままゆっくりと、黒騎士は庭園へ降りた。 「何なのだ、あれは。我々の攻撃が全く効かないではないか」 アーネスの声は苦しそうだった。彼女は剣を下ろし、風水のベルを構えた。 「来たれ雷の風水術、雷雲の力!」 美しいベルの音に琥珀のマナが舞い踊る。アーネスの前に黒き雲が無数に出現し、雷を孕ませて流星のように黒騎士へと飛んだ。 さらにアーネスは、剣を振るって踊るように、力強い剣光の軌跡を辿った。アーサーのマナが湧出する。地のマナは大地を隆起させ、黒騎士を鋭利な大地の牙が襲う。 「ストリング・マリオネート!」 カインの糸が、まだ騎士たちと戦っている魔物を数対捕縛した。あやつられた魔物は、その牙の矛先を黒騎士へと変更して猛襲する。 「アンガー・バッファロー!」 魔物の後ろから、紫雷を絡ませた青白い巨大な炎が出現して咆哮を上げた。エインズワース大橋の森で戦った、バッファリオンである。雷に滾る力にその全身を震わせ、炎はその蹄で地を蹴って黒騎士へと突進した。 さらにフェリオのマナ弾とクロイスのマナの矢が飛来する。それらは幻獣の力でマナの力を増し、美しい光の粒を散らしながら混ざり合って星の輝きとなる。力のマナで威力を増したその攻撃に、追いかぶせるようにセリオルの魔法が重なる。いくつもの属性マナが混ざり合って、万華鏡のように色を変えながらマナの塊が黒騎士へと襲いかかった。 黒騎士は走った。その足が地に着くたび、その箇所の芝が枯れていく。不気味な闇の騎士は右手に剣を構え、靄のように漂う闇のマナをたなびかせて地を駆けた。 風水術が、大地の牙が、青白い炎の巨牛が、七色のマナの塊が、ことごとくその剣による闇の一閃の元に斬り裂かれ、力を失って霧消した。アシミレイトしたセリオルたちの攻撃が、あっさりと打ち破られた。幻獣たちのマナで強化された力が、何の意味も為さない空虚なものに感じられた。 「おいおいおい、何なんだよあいつ。シャレになってねえぞ」 カインの声には絶望の色が滲んだ。彼の目には接近する黒騎士の姿が映っていた。間もなく、黒騎士は彼らの元へ到達するだろう。しかし彼らに、黒騎士を止める術は無かった。 「あれが、ハデスの力なのか」 フェリオの声も低かった。彼の明晰な頭脳は、この状況を冷静に分析していた。勝算は、かなり低い。 サリナが飛び出した。炎のマナが溢れ出す。少女は火炎の化身となって黒騎士に迫る。 闇の剣と炎の棍が激突した。かろうじて、サリナは黒騎士の攻撃に耐えてみせた。黒騎士の足が止まる。風を孕んで燃え盛る業火のように激しく、サリナは連続攻撃を叩きこんだ。それらのほとんどは防がれたが、黒騎士もサリナの疾風のような迅さにはついてくることが出来ないようだった。いくつかの攻撃が、漆黒の鎧の継ぎ目に当たる。 「何かいい手は無いのか、セリオル」 サリナが食い止めている間に、フェリオがセリオルに訊いた。しかしその問いに、セリオルはすぐには答えなかった。 「あれは、やはりハデスという幻獣をアシミレイトしているのか?」 アーネスが黒騎士とサリナの攻防を見据えたまま尋ねた。彼女の声には悔しさが顕れていた。 どういうわけか、セリオルは答えない。彼は、ただ厳しい表情で真紅の光と漆黒の闇が激突するのを見つめている。 「おい、セリオル?」 クロイスが近付いて声を掛けた。そして彼は気付いた。セリオルの目に、薄らと涙が滲んでいる。 「セリオル……?」 間近で掛けられた声に驚いて、セリオルは頭を振った。涙は消えていた。 「――皆、驚かないでください」 セリオルはひび割れた声で言った。苦渋に満ちた声だった。 「あれは、ハデスではありません」 仲間たちから驚きの声が上がった。そこへゼノアの哄笑が割り込む。 実に可笑しそうに笑いながら、ゼノアはこちらへ向けて歩き出した。激しい戦いを繰り広げるサリナと黒騎士に、徐々に近づいていく。 「てめえ、近づくんじゃねえ!」 怒号とともに、カインの青魔法が飛んだ。幻獣の力を得た青魔法は、恐るべき威力でゼノアへと飛ぶ。その攻撃には、カインの怒りが満ちていた。 しかし黒騎士の闇が青魔法を防いだ。サリナの猛攻をしのぎながら、驚異的な反応速度で黒騎士は闇を放った。 「あはは。残念だねえ、カイン。カイン・スピンフォワード――いや、カイン・オーバーヤード」 その名に、カインの髪が逆立った。彼の形相が鬼神のそれへと変わる。雷のマナが増大する。ゼノアはうすら笑いを浮かべている。 「やめろ、兄さん」 フェリオがカインの腕を掴んだ。しかしその手は、紫紺のリストレインが放つ雷のマナによって弾かれた。 「お前は黙ってろ」 口をほとんど動かさずにカインは言った。その兄の様子に、フェリオはかぶりを振った。 「違うよ、兄さん。ひとりでやろうとするのはやめろって言ってるんだ」 「あん?」 カインは弟を見た。彼の弟は、銀灰の鎧を纏っている。満ち溢れる力のマナ。その顔は、いつものフェリオと変わらぬように見えた。しかしカインはその目に燃え盛る怒りの色を見逃さなかった。彼の弟は、静かに激怒している。 「ちょっと考えればわかることだった。ゼノアを倒せば、あの黒い騎士なんてどうでもいいんだ」 「ああ、そうさ。よく気付いたな、弟よ」 力のマナが増大する。紫紺と銀灰、ふたつの光が膨張する。 「ふたりとも、やめなさい! 危険です!」 セリオルの声が飛ぶ。しかしスピンフォワード兄弟の怒りは収まらなかった。 「許すわけにはいかねえ。俺たちの両親を、あいつは冒涜した」 「ここでゼノアを止めれば、ハデスを操る者はいなくなるんだろ?」 セリオルはふたりを制止しようと飛び出した。しかし遅かった。マナの光は膨張し、彼が近寄るのを阻んだ。 「リバレート・イクシオン! トール・ハンマー!」 「リバレート・アシュラウル! ドライヴ・ラッシュ!」 紫紺と銀灰の光が、ふたりの頭上で膨れ上がった。クリスタルがリストレインから分離し、光の中にイクシオンとアシュラウルが現れる。 膨れ上がった光に、サリナは攻撃の手を止めて黒騎士から離れた。カインとフェリオがリバレートを使ったようだった。そして彼女は気付いた。黒騎士の向こうで、ゼノアが薄笑いを浮かべて2柱の幻獣を眺めている。 イクシオンの鉤型の角から放たれた紫電が巨大な槌なって、大気を焦がし、轟音を上げて振り下ろされる。アシュラウルはフェリオを背に乗せ、力のマナの巨大な塊となってゼノアへと突進する。ふたつの巨大な力は、サリナの両脇を通ってゼノアへと飛んだ。巻き起こる突風に、サリナの髪が乱れる。 ごく簡単に、黒騎士は雷の槌を斬り裂いた。槌はゼノアへ到達する遥か手前で、空へと伸び闇の太刀によって断ち切られた。そして銀灰のマナは、黒騎士の左手によってその突進を止められた。まるで扉を押し開く時のようにごく自然な動きで、黒騎士はアシュラウルの力を抑え込んだ。 「な……」 言葉も出なかった。アシュラウルの姿は消えた。銀灰のリストレインはアシミレイトを解除され、短銃のホルスターの形に戻った。フェリオは広げられた漆黒の籠手の前で立ち尽くした。 兄の声が聞こえた。彼の名を呼ぶ声だった。足音も聞こえた。兄が走る音だろう。兄のアシミレイトは解除されているだろう。危険なこの黒騎士の元へ、それでも兄は彼の身に迫る危険を回避するため、駆け寄ろうとしているに違い無かった。サリナの声が聞こえる。セリオルと、クロイスと、アーネスの声も聞こえた。彼の名を呼んでいるのかもしれなかった。 そしてフェリオの意識は消え失せた。 闇のマナがフェリオを吹き飛ばした。フェリオは人形のように庭園を転がった。 「フェリオオオオオオオ!!」 カインが叫び声を上げて、意識を失った弟に駆け寄った。黒騎士はそれを好機と見たか、カインを討とうと走り出した。 「させない!」 サリナが立ちはだかった。黒騎士は全身の力で黒き剣を振り下ろした。サリナは歯を食いしばってその攻撃を黒鳳棍で受ける。脚が地面にめり込むかというほどの強烈な一撃。 そこへクロイス、アーネスも加勢した。水の盗賊刀と地の騎士剣の鋭い斬撃が黒騎士に降りかかる。黒騎士はひと振りでその両刃を受け止めた。その隙に開いた胴へ、サリナの回転撃が叩きこまれた。 ぐらり、と黒騎士の足元が揺らいだ。クロイスとアーネスがさっと離れる。 「セリオル、カイン、フェリオを安全なところへ!」 クロイスが盗賊刀を構えたまま、後ろへ声を飛ばした。フェリオの元へ来ていたセリオルが頷いて答える。 しかしカインは答えなかった。彼は無言で立ち上がった。業火のような怒りに全身を覆われて。 「許さねえ」 彼の声は震えていた。怒りで震えていた。 「許さねえぞ、てめえら」 ゆっくりとした歩みで、カインは黒騎士とゼノアへと進んだ。 「だめです、カイン! やめなさい! 君に勝ち目は無い!」 「うるせえよ!」 止めようとするセリオルの声を、カインは怒号で斬り捨てた。彼の目には、もはや敵の姿しか映らなかった。 カインへ刃を向けようとした黒騎士を、サリナたち3人が抑えようと武器を振るった。真紅、紺碧、琥珀の3色の光が舞う。3人は怒涛の攻撃を繰り出したが、あらゆる威力が噴出する闇のマナに相殺される。 「どけ、お前ら」 自分の前で黒騎士に攻撃を繰り返すサリナたちに向けて、カインは言った。静かな声だった。 「だめです。さがってください、カインさん!」 「どけって言ってんだよ!」 「だめです!」 無理やり通ろうとするカインの鳩尾を、サリナの黒鳳棍が突いた。鋭い一撃に、カインの息が止まる。彼は声にならない声を絞り出して、その場に倒れた。すぐにセリオルが駆け寄る。彼はカインを引きずってその場を離れた。 「あっはっはっはっは! 愉快だねえ、オーバーヤード! 実に滑稽だねえ!」 腹を抱えて、ゼノアは笑っている。そのゼノアを、サリナが振り返る。 これまでに見たことの無い巨大なマナが現れた。その気配に、びくりとしてクロイスとアーネスの動きが止まる。黒騎士も止まったようだった。 サリナが信じられない量のマナを放出していた。庭園に炎の巨柱が築かれたようだった。 「サ、サリナ……」 「なんというマナだ」 サリナの瞳が炎に燃えていた。クロイスたちでさえも足がすくんだ。 「カインさんと、フェリオを、ふたりのご両親を、笑ったな」 サリナは黒鳳棍を握りしめた。真紅に染まった黒星鉄の棍が、更に鮮やかな紅色の光を放つ。 「ルーカスさんとレナさんを殺したくせに。ふたりを笑ったな!」 ゼノアはゆっくりとサリナのほうを向いた。薄笑いを浮かべている。しかしその表情に、若干の変化があった。彼は口を手に当てて、サリナの様子をじっと観察しているようだった。 「ゼノア!」 真紅の風が奔る。クロイスとアーネスの間を、灼熱のマナの戦士が駆け抜けた。熱い風が起こる。 漆黒の騎士が立ちふさがった。黒騎士は剣を正眼に構え、サリナへと向ける。 「邪魔しないで!」」 サリナと黒騎士が、何度目かになる激突をした。それはこれまでで最も大きな衝撃を生んだ。クロイスとアーネスは、たまらずその場を離れた。 真紅と漆黒のマナは拮抗したかに思えた。サリナと黒騎士は同時に後ろへ跳躍し、距離を取った。ふたりのマナが膨張する。真紅の光が膨れ上がる。漆黒の闇が浸食する。 「いけない、サリナ。力を解放してはいけない!」 セリオルが叫ぶ。その声にクロイスが彼を顧みた。 「力を解放しては、いけない……?」 クロイスは考えた。さきほどからセリオルは様子がおかしい。黒騎士が現れてからだ。口にする言葉に、彼以外に理解出来ないものが多い。さきほども、セリオルは言った。あれは、ハデスの力では、ない。 「じゃあ、ありゃ一体何なんだ?」 クロイスは改めて黒騎士を見遣った。漆黒の鎧を身に纏った騎士。その中は、一体何者なのか? 「この光景は……」 アーネスは対峙するサリナと黒騎士の姿を見て、あることを思い出していた。彼女の中に想起される光景があった。あまり良い記憶ではなかった。 大地が揺れる。炎と闇が、その勢いを増していく。無数にいた魔物をほとんど殲滅せしめた騎士たちが、地に膝をついてその光景を見つめている。彼らには、それはまるで神と悪魔の対決のように思えた。 「サリナ! だめだ、やめなさい!」 セリオルの制止の言葉は、もはやサリナには届かなかった。サリナの中の何者かが、目の前の恐怖の化身を止めよと叫んでいた。とめどなく、マナが彼女の身体に溢れた。彼女は思い出していた。試練の迷宮でアーサーを倒したのは、この力だ。自分ではないどこかから流れてくる、大いなる神々しきマナの力だ。 「リバレート・サラマンダー! フレイムボール!」 サリナの声に呼び覚まされたサラマンダーが、膨れ上がった真紅の光の中で咆哮を上げる。燃え上がる火炎の竜。エメラルドの瞳は、漆黒の騎士をしかと見据えている。 黒騎士は黒き剣を天へ掲げた。黒騎士の頭上で、漆黒の闇が膨れ上がる。 唸りを上げて、おぞましい姿の獣が闇の中から現れた。漆黒の毛並みに血のように赤い目、その目を頂く3つの頭。裂けた口からだらりと垂れる舌は腐った林檎のようで、鋭く曲がった牙は地獄の針山を思わせる。 「な、なんだあれは!」 アーネスは目を疑った。それはまるで、アシミレイトした戦士がリバレートを行った際に現れる、幻獣のようだった。光ではなく、闇を纏う幻獣。 「くく――あれはね、ケルベロスさ。闇の幻獣、碧玉の座」 楽しんでいるような、ゼノアの声。その発された言葉に、クロイスとアーネスは雷に打たれたような衝撃を受けた。 「……碧玉の座、って言ったか?」 「馬鹿な……。あの力が、アーサーたちと同じ、碧玉の座の幻獣のものだというのか……」 絶望という言葉が、ふたりの胸を占めた。闇の幻獣、碧玉の座、ケルベロス。彼らが束になっても相手にならなかったあの力が、碧玉の座に過ぎない。ゼノアには、玉髄の座のハデスがついている。可能性としては、瑪瑙の座の幻獣も存在していると考えるのが妥当だろう。仮にサリナがあの黒騎士と倒せたとしても、更に強大な幻獣がいる――。 「さあ行け、ケルベロス。シャドウフレアだ」 ケルベロスが3つの口からおぞましい雄叫びを上げた。その身が暗黒の炎のように揺らめく。 サラマンダーは爆炎の塊となってサリナを包んだ。巨大な火球は驚異的な速度で黒騎士へ突進する。 黒騎士はケルベロスの闇の炎を纏って、その醜悪なマナと一体化した。サラマンダーの火球と似た、漆黒の炎の塊。その忌むべき力は、真紅の火球に正面から猛進する。 「サリナ……くそ!」 セリオルはがくりと肩を落とした。白くなるまで握りしめた拳が、庭園の芝生を穿つ。 火球と暗黒が激突した。まき散らされる膨大なマナに、嵐のような爆風が起こる。衝突地点を中心に、地面がべこりとへこんだ。 そして、闇が炎を飲み込み、マナを失ってサリナはその場に、ゆっくりと倒れた。 |