第47話

 ブラッディローズの猛攻が始まる。
 魔物はアルト、ビッグス、ウェッジの3人を蔓に巻きつけた。3人を太い茎の口へ運ぼうとするのを、サリナたちは阻止しようと攻撃する。しかし巨大な薔薇の魔物は、何本もある蔓を巧みに操って3人の攻撃を阻んだ。
「うう。うまくいかないなあ」
 サリナは自分の非力さに歯がゆさを覚えていた。
 魔物の攻撃を回避することはさほど難しいことではなかった。湿気を帯びて滑りやすい下草に足を取られないように注意しながら、彼女はブラッディローズの大蛇のようにしなる蔓から身をかわした。
 しかしサリナの攻撃は、魔物に対してほとんど効果が無いように思えた。彼女は得意の遠心力を活かした攻撃を繰り返したが、そもそもこの魔物の表皮自体が硬化能力を持っているらしく、ぎちりと固まった魔物の身体に痛手を与えるのは難しかった。
 必然的に、攻撃がクロイスとアーネス、防御がサリナの役割となった。サリナは素早く動き回って魔物を撹乱した。跳び回るサリナに、太く鋭い棘のついた蔓が襲いかかる。その猛攻の余波が森の木々を傷つけることに、サリナは心を傷めた。
「ティム、さがってろよ」
「う、うん」
 クロイスに言われて、ティムは木の陰にモーグリたちと隠れた。
「アーネス、あいつの動きを止めてくれ!」
 クロイスが叫び、アーネスは頷いた。彼女は風水のベルを構える。美しいベルの音色が森に響く。
「来たれ水の風水術、結霜の力!」
 森の中の豊富な水のマナが集まり、氷の粒の嵐となってブラッディローズに襲いかかった。サリナを振り払おうと乱舞していた蔓が数本、凍り付いて固まる。そこにクロイスのマナの矢が飛来し、凍った部分に炎が巻き起こる。急激な高温に晒された蔓は、石が砕けるようにして崩れた。
「手を緩めないで!」
 言いながら、アーネスは剣を抜いて駆け出した。今しがた砕け散った蔓の根元に、続けざまに斬撃を叩き込む。再生する暇を与えず、一気に畳み込もうという意図だった。クロイスはそれにすぐに気づき、自身も炎のマナストーンをセットした盗賊刀を構えて魔物へ攻撃を仕掛ける。どうやら炎のマナがよく効くらしいと、彼は踏んだ。
「危ない!」
 全力の攻撃を行うふたりを、上からブラッディローズの太い蔓が叩きつけようとしなった。サリナが叫び、別の蔓を蹴って跳躍する。彼女は地上のふたりに襲いかかろうとしていた蔓を渾身の力で蹴り込んだ。蔓の攻撃方向が逸れ、何も無い地面を叩いた。
「す、すごい戦いクポ〜」
「でも、やっぱりあの攻撃だと限界があるクポ……」
「ブラッディローズの再生能力には敵わないクポ〜」
 モーグリたちが心配そうな声で話している。その言葉を耳の端で聞きながら、サリナたちはなかなか大きなダメージが生まれないことに苛立っていた。
 サリナひとりで蔓の猛攻を防ぐのにも限度があった。やがて彼女の疲労もあって、クロイスとアーネスは攻撃の手を止め、その場を離れて魔物の攻撃を回避せざるをえなかった。
「……くそ、キリがねえ!」
「厄介ね、これは」
 力の限りの攻撃を繰り返したふたりは、息を切らせて汗を拭った。ほんの一瞬離れただけで、魔物の傷はすぐに回復したようだった。更に面倒なことに、どうやらこの魔物は再生を繰り返すたびにその部分の強度が増していくらしい。何度も攻撃を受けては再生した蔓は、他の蔓よりも深く、黒ずんだ緑色に変色していた。
「アシミレイトで一気にいくか?」
「それしかないわね」
「わかりました!」
 3人が美しい色の不思議な光沢を持つ道具を取り出したのを、ティムは不思議に思って見つめていた。するとそばで身を縮めていたモーグリたちが、嬉しそうな声で言った。
「あ! あれは“拘束具”クポ!」
「あの女の子の赤いのも、“拘束具”だったクポ! 気づかなかったクポ〜」
「あれなら勝てるかもしれないクポ〜」
 嬉しそうに空中で踊るモーグリを1体捕まえて、ティムは尋ねた。
「ねえ、こうそくぐって何?」
「“拘束具”クポ。幻獣たちの力を操るための道具クポ〜。放してほしいクポ〜」
「幻獣の力……?」
 手を放すと、モーグリはまたふわふわと浮いて仲間たちの踊りに加わった。ティムは戦う3人の姿に目を戻した。
「弾けろ、俺のアシミレイト!」
「轟け、私のアシミレイト!」
 クロイスとアーネスが叫ぶと、紺碧色と琥珀色の光が出現した。ティムは驚きの声を上げた。モーグリたちは嬉しそうに歌っている。光の中で、クロイスの短剣とアーネスの鞘が変形していく。それらはふたりの身体を包む、神々しい鎧へと変化した。光が収まり、鎧を纏った戦士が姿を現した。
「輝け、私のアシミレイト!」
 しかし。
 サリナの言葉は、クロイスやアーネスと同じような現象を起こしはしなかった。ティムは首を傾げた。てっきり、サリナも同じように鎧を纏うのだろうと思った。しかしサリナの掲げた真紅の篭手は、何の変化も起こさない。
「あ……あれ?」
 ティムの目に、サリナは困惑しているように映った。同じ言葉を何度叫んで篭手を掲げても、いっこうに変化は起こらない。モーグリたちもティムと同じように首を傾げた。
「あれ? どうして? あれ? サラマンダー?」
 サラマンダーは答えない。クリスタルは真紅の光を湛えている。試練の迷宮の時のように、リストレインやクリスタル自体が力を失ったわけでは、どうやらなかった。
 嫌な汗が背中を流れるのを、サリナは感じた。焦る気持ちが膨らむ。心が逸る。
「サリナ、いいから落ち着いて。黒騎士のあの攻撃を受けたことで、サリナのマナが乱れてるのかもしれないわ」
 そう言い置いて、アーネスは魔物への攻撃を再開した。琥珀色のマナの粒が舞い、地のマナに祝福された剣が魔物に降りかかる。
「私の、マナが……」
 サリナは自分の両手を見つめた。僅かに震えている。
 彼女は恐怖を感じた。もしもこのまま、アシミレイトする力を失ってしまったら? これから先の戦いを、どうやって乗り越えていけばいいのだろう。ゼノアと黒騎士に対抗するには、絶対に必要な力だ。それを失うことは、父を救い出すことが不可能になることを意味する。手の震えが大きくなる。
「サリナ」
 矢を放っていた手を止めて、クロイスがサリナの名を呼んだ。彼は魔物を厳しく見据えたままで言う。
「とりあえずさ、補助の魔法かけてくれねーか?」
「あ、うん、ごめん」
 サリナは急いで胸の前で印を結ぶ。クロイスが矢を放った。矢は水のマナによって氷を纏い、セットされた力のマナストーンで威力を増して飛来する。
「天空の守りの盾を授からん――プロテス!」
 白い光がサリナの手から生まれ、クロイスとアーネスにも飛んで3人の身体を包む。クロイスはその温かい光に目を閉じ、そして静かに開いた。
「さっさとあいつ倒してさ、セリオルに相談しようぜ。したら何とかなんだろ」
 クロイスの口調はぶっきらぼうだったが、彼なりにサリナを気遣っているのがよくわかった。
「……うん、ありがとう、クロイス」
「れ、礼を言われることじゃねーよ」
 クロイスはアーネスを援護すべく、盗賊刀を構えて魔物へと走った。サリナはくすりと笑う。
 彼女は自分の悪い癖を改めようと思った。何かまずいことが起こると、すぐに物事の最悪の状況を想像してしまう。そうなる前に、打つべき手はいくらでもあるのだ。いつだって、彼女を助けてくれたのは仲間たちだった。
「愚者よ見よ、その目が映すは我の残り香――ブリンク!」
 幻影の魔法。サリナたち3人の身体に重なるように、彼らの幻が生まれる。魔物の攻撃を受けた時、身代わりになってくれる幻影だ。
「古の戦を制せしかの城の、世界に冠たる堅固なる壁――ストンスキン!」
 サリナの前に現れた魔法文字と図形が回転し、やがて黄金の光となって彼女を包み込んだ。光は防御の魔法と同じようにサリナから飛び、クロイスとアーネスを包む。ふたりは防御の光よりも強い力を感じ、サリナを振り返った。
「覚えたばっかりですけど――中級白魔法、堅守の魔法です。連発は出来ないですけど、あらゆるダメージをしばらく無効化してくれます!」
「すげーな。心強え!」
「守りを気にせずに攻撃に集中できるわね」
 アーネスとクロイスはマナの光を散らしながら攻撃を繰り返した。ブラッディローズの蔓は、幻影、防御、堅守の3魔法によって無効化された。薔薇の魔物は蔓から棘を飛ばしてサリナを威嚇したが、その攻撃はサリナの動きを捉えることは出来なかった。
 マナの鎧を纏ったふたりの攻撃は、ティムには何かの魔法を自在に操っているように見えた。氷の矢や刃、吹雪などが舞い踊り、岩や飛礫、石の槍などが荒れ狂う。少年は応援する声すら忘れて、その戦いに見入った。
 程なくして、ふたりはアルトとビッグス、ウェッジの3人を救出することに成功した。クロイスが凍りつかせた蔓を、アーネスが石の槍で破壊した。3人は激しく振り回されたことでぐったりとしていたが、モーグリたちとサリナが手当てをした。すぐには意識を取り戻さなかったが、程なくして血色が回復し、サリナはほっとした。
 獲物を奪われ、自分の攻撃が効かないことに業を煮やしたらしいブラッディローズは、その花弁から毒の飛沫を放出した。飛沫はクロイスとアーネスに降りかかる。ふたりは腕を掲げて顔を守ったが、付着した肌から毒液が身体を侵食する。
「これは……まずいわね」
 サリナの魔法も、毒の侵食は防ぐことが出来ないようだった。虚脱感が全身を襲う。クロイスは目をこすっている。視界がぼやけるのだろうか。
「穢れ無き大樹の雫、聖香油――ポイゾナ!」
 サリナの詠唱とともに、淡黄色の光が飛ぶ。光がクロイスとアーネスに届き、彼らの身体から毒が浄化されていく。猛毒の解呪である。
「助かった……っておい、もう回復してんのかよ」
 毒で動きを奪われた隙に、ブラッディローズの身体は元の形に戻っていた。再生のたびに強度を増していくその蔓や茎は、今や鋼鉄のごとき硬度を得ていた。
「リバレートでいくか?」
 クロイスはアーネスに尋ねた。不安があったためだ。もしリバレートで倒すことが出来なければ、その後アシミレイト状態で戦うことは不可能になる。セリオルたちもいない。サリナのアシミレイトは使えない。ここでリバレートを使うことは、一か八かの賭けになる。
「そんな賭けは出来ないわ」
「だよなあ」
 戦況は膠着した。いや、打つ手が無いという意味では、こちらが不利だと言える。
「クロイスさんとアーネスさんの攻撃、どうしてあんまり効かないんだろう」
 サリナがぽつりと言った。それに答えたのはアーネスだった。
「マナの相性が良くないんだと思うわ。相手は植物の魔物。水や地の属性は、どちらかというとあの魔物にとっては有益なマナだから」
「あーくそ。厄介だな!」
 毒づいて、クロイスは盗賊刀から氷の刃を飛ばす。それは魔物の身体を傷つけはしたが、やはり大したダメージにはならなかった。
 サリナは視線を落とした。アーネスの言葉から、彼女は自分に対しての歯がゆさを感じた。
 植物の魔物。クロイスの炎の矢がよく効いたのは、そのためなのだろう。埒が明かずにアシミレイトしたものの、状況は結果的に、アシミレイト前とさして変わっていない。
 自分がアシミレイト出来たら。そう思って、サリナは自分を責めた。炎のマナを自在に操るサラマンダーの力があれば、すぐにでもブラッディローズを撃退出来るかもしれない。自分の無力さに腹が立った。なぜ肝心な時に、力を失ってしまったのか。
 アーネスとクロイスは、糠に釘とは知りながらも攻撃を再開した。何もせずに魔物を見ているわけにはいかない。せめてカインやセリオルたちが来るまで、この魔物を押さえ込まなければならない。
「クポ?」
 下を向いたサリナの視界に、モーグリが入って来た。白く丸く、ふわふわした毛のモーグリ。緊迫した戦闘の場にいるこの場違いに可愛らしい妖精に、サリナの頬が緩む。
「ここ危ないよ。あっちに行ったほうがいいよ?」
「大丈夫クポ。僕たちは魔物から攻撃されないクポ〜。マナの精だからクポ〜」
「あ、そうなの? でもごめんね、私も戦わなきゃ……」
 サリナは蔓を振るう魔物を見つめた。クロイスとアーネスは苦しそうだ。好転しない戦況に苛立っているのだろう。今のところサリナの魔法でダメージは受けていないが、疲労は蓄積していく。このままではいずれ、ふたりは動くことが出来なくなる。
「なんとかしなきゃ」
 サリナは胸の前で印を結んだ。攻撃で役に立てないなら、せめて白魔法での援護は続けたい。
「サリナは白魔導師クポ?」
「え? うん、そうだよ」
 モーグリはサリナの前で、赤いぼんぼりのようなものをふらふらさせている。何か考えているようにも見えた。
「魔効解除の魔法は使えるクポ〜?」
「あ、うん。覚えたばっかりだけど」
 モーグリは宙に浮いたまま右回りにゆっくりと回る。ぼんぼりが揺れる。蝙蝠のような小さな翼がぱたぱたしている。
「ブラッディローズに使ってみるクポ。少しは効果があるはずクポ〜」
「え?」
 サリナは魔物に目を戻した。緑色から、黒ずんだ深緑に変色した魔物の身体。破壊と再生を繰り返して強度を増している。それが、マナによる効果だと言うことだろうか?
 いずれにしても、今のサリナに出来るのは白魔法での補助だ。クロイスとアーネスが少しでも楽になるようにと、彼女は印を結ぶ。
「魔の祝福受けし汝の驕慢を、忘れさせよう我が剣にて――ディスペル!」
 浮かび上がった魔法文字が収束し、半透明の剣か形作られる。剣はその切っ先をブラッディローズへ向け、風の速さで宙を飛んだ。
 魔法の剣はクロイスとアーネス、そして荒れ狂う太い蔓をかいくぐって、魔物の巨大な茎に突き刺さった。その瞬間、ブラッディローズの身体から表皮がはがれるようにして変色した部分が剥離し、粉々になって消えうせた。魔物はその醜悪な口から、奇怪な悲鳴のようなものを上げる。
 ブラッディローズの身体は、戦闘開始時の鮮やかな緑色に戻った。硬度が落ちたのだ。
「サリナ、やるじゃん!」
 クロイスは嬉々として武器を構えたが、アーネスがそれを制止する。
「待って、クロイス」
「――っとと。あんだよ?」
 勢い余って、クロイスはたたらを踏んだ。アーネスは魔物を厳しい目で見据えている。
「私たちの攻撃だと、硬度が戻ったと言ってもあまり期待は出来ないわ。リバレートで体力を削りきれるかもわからない」
「なんだよ。じゃあどうすんの?」
「もうすぐ来るはずよ、カインたちが」
「あ?」
 クロイスはモーグリたちを見た。サリナもそちらへ目を向ける。
 モーグリは4体いる。確か、とサリナは記憶を辿る。ティムやモーグリたちと出会った森の広場に、モーグリは6体ほどいたはずだ。そのうち半分がサリナたちに同行し、半分が広場に残ってカインたちを待った。そして1体が、モグテレポでビッグスとウェッジを連れて来た。
「まだあの広場には、モーグリが残ってる!」
 サリナが弾む声で言った。その声に反応して、モーグリたちが一斉に手を上げる。
 そしてそのモーグリたちの前に、あの光が現れた。モグテレポの光だ。光は急速に膨張し、輝きを増していった。
「クポポ〜〜! お待たせクポ〜!」
 光の中からモーグリが2体、空中を転がるようにして飛び出した。そのまま宙に浮いて制止し、敬礼のような姿勢をとる。
「おいおいおい。なんだよありゃあ。趣味わりいなおい」
「造形美のかけらも無い魔物だな……見るだけでうんざりする」
「3人とも、お待たせしました。遅くなって申し訳ありません」
 モーグリに続いて光の中から現れたのは、心強い仲間たちだった。カイン、フェリオ、セリオルの3人である。
「セリオルさん! カインさん、フェリオ!」
「おっせーよ! 何やってたんだよ!」
「すぐにアシミレイトしてもらえる? 生半可な攻撃だとすぐ再生して、その上硬度が上がるようなの。サリナは黒騎士との戦いの影響だと思うけど、アシミレイト出来ないわ」
 サリナたちは三人三様の言葉で仲間たちを迎えた。迎えられたほうのメンバーは、頷いてそれぞれのリストレインを取り出す。
「この魔物を倒して街に戻ったら、皆に話すことがあります。手早く終わらせましょう」
「話すこと?」
 サリナの問いかけに、セリオルは小さく頷いた。
「ええ。特にサリナ、君にとっては重要な話です。アシミレイトが使えなくなったと聞いて、確信しました」
「え……?」
 謎めいたことを言うセリオルを、サリナは不安な面持ちで見上げた。長身の魔導師は彼女へ顔を向け、柔らかく微笑んでみせた。
「もっと休んでいなくてはと言ったのに。まったく、仕方の無い子ですね」
「あ……。あの、ごめんなさい」
  下を向いて謝るサリナの頭を、セリオルは優しく撫でた。サリナは安心した。セリオルが来てくれたからには、もう大丈夫だ。ブラッディローズは、必ず倒せる。
「サリナ、援護頼むぜ!」
 カインが腕まくりの仕草をして、紫紺のリストレインを取り出した。もっとも、彼はまくれる袖のある服など着てはいないのだが。
「君の白魔法があれば、俺たちも安心して戦える。後ろは、任せたからな」
 フェリオが言った。彼は巨大な薔薇の魔物の特性を掴もうと、その動きを仔細に観察していた。銀灰のリストレインを構える。アシュラウルの力を秘めたクリスタルが、獰猛に煌く。
「さあ、行きますよふたりとも。いつまでもクロイスとアーネスにばかり、負担させてはいられません」
 セリオルはサリナの前に立った。まるで妹を守ろうとする兄のように。彼は翠緑の首飾りを取り出した。気高く美しいリストレインが、魔物の邪気を払うかのように輝く。
 サリナは1歩さがった。この頼もしい仲間たちを、全力で援護しよう。彼らが受けるダメージを極力小さくし、そして負った傷は極力素早く癒そう。サリナは印を結び、マナを練る。
「みんな、よろしくお願いします!」
 そう言ったサリナを3人は振り返る。不敵な笑みを浮かべる3人の戦士たちは、幻獣の力を解放すべくリストレインを掲げた。
「渦巻け、私のアシミレイト!」
「奔れ、俺のアシミレイト!」
「集え、俺のアシミレイト!」
 翠緑、紫紺、銀灰の光が現れる。神々しいマナの輝きが膨張し、その中でリストレインが鎧へと変化する。マナの鎧はリバレーターたちの身体を包み、神なる獣の力を得た戦士が現れる。
「す、すごい……」
 ティムはもはや言葉も出なかった。マナの戦士たちは光の尾を引いて魔物へと駆け、人智を超えた攻撃を繰り出していた。5色のマナが光の粒を散らしながら、魔物へと飛来する。
「クポポポポ〜〜! すごいクポ、すごいクポ!」
「リバレーターがこんなにいれば、きっと勝てるクポ〜!」
 マナの輝きにモーグリたちが大騒ぎを始める。その声で、気絶していたアルトが目を覚ました。モーグリたちの手当てが奏功していた。ビッグスとウェッジはまだ起きない。
「う……え、なんだあれ!」
「アルト! 良かった、目が覚めて!」
 ティムがそばに駆け寄った。アルトは親友の少年を、やや気恥ずかしさを感じながら見上げた。助けに行ったはずが、返って助けられてしまったようだった。
「すごいよ、あの魔物、やっつけちゃいそうだよ!」
 ティムはそんなことなど気にはしていないようだった。彼はただ、目の前に現れた見たことも無い力を持つ戦士たちに興奮していた。
 アルトは自分の目を疑った。とんでもない戦いが繰り広げられていた。醜悪な薔薇の魔物が、神々しい光を纏った5人の戦士たちによって攻め立てられている。
「天空の守りの盾を授からん――プロテス! 愚者よ見よ、その目が映すは我の残り香――ブリンク! 古の戦を制せしかの城の、世界に冠たる堅固なる壁――ストンスキン!」
 サリナが立て続けに詠唱し、白魔法の光が仲間たちへと飛ぶ。優しい光が彼らを包み、鉄壁の守護が与えられた。5人は徐々に動きを鈍くし、弱々しい悲鳴のような音を上げる魔物に、しかし攻撃の手を緩めない。
 ブラッディローズが回復する間を与えずに、5人の波状攻撃が展開される。これで勝負は見えた。サリナがそう思った時、彼女の服の裾を引っ張る者があった。
 振り返ると、そこにはモーグリがいた。ペンで引いた線のように細い目が、サリナをじっと見つめている。小さな翼がぱたぱたしている。
「ん? どうしたの?」
 赤いぼんぼりをふわふわさせて、モーグリは言った。
「サリナ、ちょっとこっちに来るクポ〜」
「え? なになに?」
 戦いから目を離したくないサリナだったが、モーグリは意外にも強い力で彼女を引っ張った。彼女は魔物を見つめたまま、引っ張られるままに足を移動させた。
 そして彼女は、6体のモーグリが作った円陣の中に足を踏み入れた。

挿絵