第49話

 ブラッディローズの植物体の後ろに隠れていたのは、森の更に奥地へ進むための入り口だった。モーグリたちが使う魔法の通路で、森のマナの乱れによって隠されてしまっていたのだった。
「クポ! クポ! 隠れてたら嫌クポ〜。出てくるクポ〜。開け〜、クポ!」
 6体のモーグリたちが声を揃えて呪文のような言葉を唱えると、割れていたガラスの破片が集まって修復されるかのようにして、その入り口が姿を現した。モーグリたちは紹介したいものがあると言って、サリナたちをその中へと導いた。
 モーグリたちに案内されて、サリナたちにアルトとティム、そしてビッグスとウェッジを加えた10人は、森の中をぞろぞろと歩いていた。ブラッディローズの穢れたマナが消えたためか、森の奥地はやや明るくなったようだった。
「おうおうおう!? おいウェッジ! ここぁどこでい!?」
「森でごわす隊長! 森でごわす!」
「うるせえよてめえら! 森に決まってんだろバカ! ついてくんなら黙ってろっつってんだろ!」
「何を小僧! てめえこそけったいな帽子をかぶってるじゃねえか!」
「けったいでごわす! けったいな帽子でごわす!」
「帽子関係ねーだろこのバカコンビ! すっとこどっこい!」
「ひゃひゃひゃ。いいぞクロイス。すっとこどっこいと来たか」
「うるせー!」
 自警団のふたりにクロイスとカインが加わり、列の後ろのほうがぎゃあぎゃあとうるさい。サリナはそのすぐ前でちらちらと後ろを振り返りながら、喧嘩になりはしないかとはらはらしながらも愉快なやり取りについ笑ってしまう。その隣ではフェリオが頭を抱えている。
「輝け! 僕の……ええと、なんとかかんとか!」
「リバレット、アシュール! ドライブ・アタック!」
 その足元で幼いふたりの少年が、サリナとフェリオの真似をして楽しそうに遊んでいる。時々草や木の根っこに足を取られて転びそうになりながらも、ついさっき目の当たりにしたサリナたちの超人的な戦いの興奮が冷め遣らぬ様子だった。一度見ただけのアシミレイトやリバレートを真似ようと、懸命である。
「なあサリナ! あれもう1回やってよ!」
「やってやって! フェリオも!」
 アルトとティムにせがまれ、ふたりは困って苦笑いを浮かべる。
「ごめんね、あれは1日に1回しか出来ないんだ」
「幻獣たちが疲れてしまうからな。また今度な」
「えー! ケチー!」
「ケチー!」
「クポ〜!」
 きゃいきゃいと元気な子どもたちの横で、モーグリたちも一緒になってサリナとフェリオを見上げてきゃいきゃいとやかましい。しかしその微笑ましい光景に、サリナの顔から笑顔がこぼれる。
「クポ?」
 先頭を案内するモーグリが、後ろの賑やかさが気になったのか、思わず止まって振り返る。
 しかしそこにはうるささに辟易した様子のセリオルの顔があった。
「はいはい」
「クポ……」
 セリオルの手でぐいと前を向かされて、モーグリは肩を落とした。
「それにしても、ブラッディローズがいなくなった途端に魔物が姿を消したわね」
 セリオルの隣で、アーネスは明るくなった森を見回して呟いた。森が静まった気配を敏感に察したのか、森に入った時には無かったリスなどの小動物の声が聞こえる。
「ここは本来、清浄なマナの満ちる森です。ブラッディローズがそれを汚染していたのか、ゼノアのせいで調和を崩した森のマナがブラッディローズを生んだのか……。いずれにせよ、ブラッディローズが消えたことで森のマナが元に戻ったためで――」
「なんだとてめえコラもっぺん言ってみろてめえ!」
「おうおう! 何べんでも言ってやらあこのおたんこなす!」
「ああ!? おたんこなすと来たかてめえ!」
「ちょ、ちょっとやめて、落ち着いてくださいー!」
「ビッグスとウェッジだって強いんだぞー!」
「わははは! おたんこなすだって! もっと言えー!」
「うるさいでごわす! すっとこどっこいお前ごわす!」
「んだコラァ!」
「おいおい、子どもたちの前でみっともないと思わないのか」
「でもサリナたちだってすっごく強かったよ!」
「なぁに言ってやがる! 我らクロフィール自警団がいたからあの薔薇の化けもんぶっ倒せたんじゃあねえか!」
「そうでごわす! おいどんたちのお陰でごわす!」
「てめえら一体どんだけ勘違いしてやがるこのバカたれ!」
「なにおう!?」
「クポ〜!」
 後ろで繰り広げられる徹底的に非建設的な大騒ぎに、セリオルは頭を抱えた。アーネスが振り返る。先頭のモーグリも振り返った。
「ちょっとカイン!」
「お、おおう?」
 ビッグスと髪の毛を引っ張り合っていたカインは、アーネスの鋭い声にびくりとして固まった。その隙を突いたビッグスの指が、カインの髪を両手で正確に1本ずつ引っ張り抜いた。
「いてっ!」
「わはははは! ざまあ見ろ!」
「てんめえー!」
「カイン!」
 今一度かかった鋭い声に、カインが固まってアーネスのほうを見る。
「は、はひ」
「こっちに来なさい」
 アーネスの目は鋭く、声は低かった。カインは首をすぼめて上目遣いにアーネスを見返す。じりじりと後ずさりしている。
「な、なんでだよ」
「いいから来なさい、早く」
「ほら、行けよ!」
「おわっ!?」
 クロイスとビッグス、ウェッジの3人から同時に勢い良く背中を押されて、カインはよろめきながら一行の先頭に出た。アーネスが腕組みをして、じろりとこちらを睨んでいる。助けを求めようと、カインはセリオルに視線を飛ばしたが、長身の青年はそ知らぬふりでそっぽを向いている。
「う……く。な、何だよ一体」
 突然自分だけが前に呼び出されたことに緊張しているカインに向けて、アーネスはにこりと微笑んだ。カインもつられて微笑み返す。
「あなたが後ろにいるといつも騒ぎが起こるわ。これからは前にいなさい」
「え……ええー!」
 大声を上げて、カインは素早くすぐ後ろにいたフェリオの背中に隠れた。
「い、嫌だね! 断るぜ! 俺ぁ後ろで騒いでるのが楽しいんだ!」
「うふふ。いいから、言うこと聞きなさい」
 アーネスは微笑んだまま右手を差し出した。有無を言わさぬ圧倒的な迫力。これが王都の4大騎士隊のひとつを統べる者の迫力か。カインは唾を飲み込んだ。後ろでクロイスたちの笑い声がする。
「早く行けよ、兄さん」
 すいと身体を横にずらしてカインに道を譲り、フェリオは兄の背中をどんと強く押した。
「おい! フェリオお前! 兄を売るのかあー!」
「売るなんて心外だな。俺は兄さんにとってより良い環境への道を拓いたまでだよ」
「お、覚えてろよ! あとで仕返しするからな!」
「どうぞご自由に」
 かくしてカイン・スピンフォワードは、アーネス・フォン・グランドティアのすぐ横でしゅんとして静かになった。サリナは思った。もしかしたら、アーネスはこの一行の中で唯一カインの手綱を握ることの出来る存在なのかもしれない。

 しばらく歩いて、一行は進む道の両脇に森の若木が集まってアーチのように絡まりあったところを潜り抜けた。アーチは低く、背の高いセリオルは随分通るのに苦労をしたが、終端はすぐだった。
「クポ〜着いたクポ〜!」
 先頭のモーグリが楽しそうにアーチから飛び出した。続いてセリオル、カイン、アーネスと続き、全員がアーチから出た。
「ここは……」
 セリオルは誰にともなく呟いた。そこは木肌で覆われた大きな空間だった。発光性の苔が繁茂している。そのため足元が滑りやすい。足を取られないように注意して、セリオルはその空間を観察した。
「ここ……すごい」
 サリナは心臓が高鳴るのを感じた。木肌の空間。見回すと、どうやら巨大な円錐台状の空間のようだった。
 しかしサリナが驚いたのはその点ではなく、この空間に満ちるマナについてだった。きわめて力強く、清浄で、気圧されるくらいに神聖なマナが満ちている。空間の中には美しい光の粒が舞い踊っている。ヒカリゴケの繁茂する中に舞うマナの粒は、幻想的で美しい光景を生み出していた。
 仲間たちも言葉少なにその空間を見回していた。あのビッグスとウェッジですら言葉を失っている。アルトとティムはマナの粒を捕まえようと必死だ。
「クポ〜」
 ふわふわと浮いているモーグリを捕まえて、セリオルは質問した。
「もしやここは……“第二の世界樹”ですか?」
「え?」
 セリオルの言葉を聞き留めたサリナは、思わず疑問の声を口にした。世界樹……第二の?
「そうクポ〜。よく知ってるクポ〜」
 モーグリのなんでもないことを話すようなのんびりした口調。しかしその言葉の意味するところに、セリオルは大きな衝撃を受けた。生唾を飲み込む。額を汗が流れていく。
「セリオルさん、何のこと?」
「俺も興味あるな」
「私も聞いておきたいわ」
 セリオルのもとへ、仲間たちが集まってきた。カインとクロイスはなぜかお互いのほうは見ずに肘で小突きあいをしている。
「私も、少し前までは伝説に過ぎないと思っていたのですが――」
「なんだよおい、もったいぶるなよ。いて」
「そうだぜいて。早く説明してくれよ」
「やめなさいよ、あんたたち……」
 アーネスが呆れたような声で言った。その肩にフェリオの手が置かれる。振り返ったアーネスに、フェリオは目を閉じて首を横に振った。げんなりして少し下を向いたアーネスの視界に、サリナが入る。彼女もフェリオと同様、力なく首を横に振った。アーネスは溜め息をついた。
「えほん」
 ひとつ咳払いをして、セリオルは説明を始めた。
「かつて、統一戦争の時代。ヴァルドー皇国による世界樹の支配を避けるため、イリアス王国の宰相、リヴ・フォン・カンナビヒが世界樹の株分けを提案しました――」
 世界樹は到達の難しい孤島に存在する。ヴァルドー皇国よりも早く世界樹の許へ到達したイリアス王国は、世界樹を守るために軍を置いた。しかしヴァルドー皇国の猛威は世界樹にだけではなく、近隣諸国やイリアス本国にも向けられていた。全軍を世界樹の許へ置くわけにもいかず、そのため万が一世界樹を守る部隊が敗れた時のために、世界樹の株分けが秘密裏に実行された。
 王都にほど近い場所へ移された世界樹の枝は、急速に巨大な木に成長した。株分けは成功した。しかし皮肉なことに、ヴァルドーは到達するのが困難である世界樹よりも先に、第二の世界樹を攻撃することを計画した。結果として第二の世界樹は破壊され、その切り株だけが残ることとなった。第二の世界樹の周囲には大きな森が形成された。
「この森のマナがこれほど豊かで清浄であるのは、この第二の世界樹が存在するからです。そしてクロフィールは、第二の世界樹を復活させるために、時のイリアス王の命で建設された街。今でもクロフィールの長老一族は第二の世界樹を見守るという使命を負っています」
「そんなことが……」
 サリナは言葉を失っていた。あらゆるマナの源泉である、世界樹。彼女にはある予感があった。
「それを調べてたのか、セリオル」
 フェリオの声が響いた。世界樹に意識を向けていたサリナは、はっとしてフェリオと、そしてセリオルの顔を見た。
「ええ。長老にも会ってきました。後で皆にも紹介しますよ。大事な用もありますし」
「大事な用?」
 クロイスの質問に、セリオルは小さく頷いた。
「それについては街に戻ったら話します。それより今は――」
 セリオルは身体ごと振り返った。モーグリたちが空中で踊っている。
「モーグリたち。そろそろ私たちをここへ連れて来た理由を教えてもらえませんか?」
「クポ?」
 動きを止め、6体のモーグリたちはふよふよと空中を移動してサリナたちの近くへ来た。
「もうちょい、もうちょい!」
「てやんでい、てやんでい!」
「あとちょっと、あとちょっと!」
「ごわす、ごわす!」
「クポ?」
 マナの粒を肩車をして追いかけているクロフィールの4人に反応するモーグリの意識を、セリオルとアーネスの咳払いがこちらへ戻させる。
「クポ」
「どうして私たちをここへ?」
「クポ! そうだったクポ〜」
「忘れちゃいけないクポ〜」
 またしてもふよふよと、モーグリたちは空中を移動して切り株の奥へと進んでいった。それぞれに顔を見合わせて、サリナたちもそれに続く。
 モーグリたちが止まったのは、木肌の壁のある箇所だった。何か大きな丸い窪みのようなものが出来ている。窪みには柔らかそうな藁が敷き詰められていて、その周囲には野菜か何かの葉っぱや、穀物の籾殻のようなものが散らばっている。
「うーん。何かの巣みてえだな」
 顎に手を当てて真剣な顔で口にされたカインの言葉に、サリナたちの間にさっと緊張感が走る。その窪みが動物か何かの巣なのだとしたら、その主はかなり巨大な獣であると推測したためだ。
「そうクポ、巣クポ〜」
 しかしモーグリたちはなぜか嬉しそうである。
「ブラッディローズのせいで表に出てくることが出来なくなってたクポ〜」
「きっと窮屈だったクポ〜」
「助けてあげるクポ〜」
 モーグリたちが、サリナのマナを回復した時のような円陣を空中で組んだ。何が起こるのかと緊張を解かずに見守るサリナたちの前で、モーグリたちはくるりと回転して、空中のある一点を同時に指差した――あまり指らしきものは見あたらない手だが。
 ともあれ、モーグリたちが示した空間に淡い光が生まれ、その中からひとつの小さな笛が現れた。銀色で小さな羽根のような飾りのついた、可愛らしい笛である。
 笛はふわふわと動いて、サリナの前までやってきた。サリナが両手を胸の前で開くと、不思議な笛はその手にふわりと載った。
「これは……?」
「なんだ、笛だな?」
「何に使うものかしら」
 仲間たちがサリナの手の中を覗き込んでくる。よく見ると、笛にはモーグリとチョコボの絵が彫られている。
「モーグリとチョコボの笛クポ〜」
「略してモグチョコって呼んでもいいクポ〜」
「も、もぐちょこ?」
 ぽかんと口を開けて、サリナは笛とモーグリたちを見比べた。何がなんだかわからない。
「モーグリとチョコボは仲が良いとは聞いたことがありますが……」
 セリオルもその笛を不思議そうに見つめている。彼も初めて見るものであるらしい。
「モグチョコっておい」
 カインが小さく呟いたが、誰も反応しなくてしゅんとしてしまった。
「吹くクポ〜吹くといいクポ〜」
「え、吹くの?」
 サリナが戸惑って聞き返すと、モーグリたちは揃って首を縦に振った。
「そうクポ。サリナが吹くといいクポ〜」
「他のひとだとちょっとあれクポ〜」
「ちょっとあれってなんだよ」
 クロイスが言ったが誰も何も言わなかった。ただ、俯きかけた彼の肩に、ぽんとカインの手が置かれた。クロイスはそれを振り払い、カインはクロイスの頭を小突いた。
「まあ、モーグリが言うんだから悪いことは起こらないだろ。サリナ、吹いてみたら?」
「う、うん、じゃあ」
 フェリオに促されて、サリナは息を吸い込んで銀色の小さな笛を口に当てた。
「思いっきりいくクポ〜」
「普通に吹いても大丈夫クポ〜」
「クポ〜」
 サリナはやや強めに息を笛に送り込んだ。特に何かの操作をしたわけでもないのに、笛からは心地良い短い旋律が流れ出た。
 その時だった。さきほどの大きな窪みの上に、眩い光が生まれた。
「なんだ!?」
「皆、念のために武器を!」
 セリオルたちは武器を構えたが、サリナは構えなかった。その光は邪悪なものには見えなかった。
 光は徐々に強まり、そして――ぼわんと大きな煙になって、消えた。
「クエ〜〜〜〜! よく寝たぜ〜〜〜!」
 そこには巨大で大変恰幅の良い、チョコボがいた。アイリーンと同じ花粉のような黄色い羽毛に覆われ、しかしその体躯が普通のチョコボの何倍も――特に胴回りに関しては――あり、そしてあろうことか人間が地べたに脚を投げ出して座る時のような格好で、藁の上にでんと腰を下ろしている。
「……え?」
「え? なんだあれ?」
「チョコボ……だよな? チョコボか?」
 サリナたちは混乱した。こんな巨大なチョコボは見たことが無かった。
「でも今、なんか言葉を話してなかったか?」
 フェリオが茫然として言う。しかし答える者はいない。誰もが呆気に取られていた。後ろのほうでクロフィール四人衆がぎゃいぎゃいと騒いでいる。
「チョコボの王様、デブチョコボクポ〜!」
「クポクポ〜! お帰りクポ〜!」
 拍手するモーグリたちに、巨大なチョコボはまるでそれが腕であるかのようにして翼を上げて応えた。
「おう、お前さんたち、元気だったかい? 心配かけたみてえだなあ」
「大丈夫クポ〜心配はしてなかったクポ〜」
「がっはっは。ちったあ心配してくれや」
「でもどうやったら王様を助けられるかわからなくて、困ったクポ〜」
「サリナたちがブラッディローズをやっつけてくれて助かったクポ〜」
 モーグリたちの言葉を受けて、巨大チョコボはサリナたちを見下ろした。6人の人間たちを興味深げに眺め、そしてチョコボは嘴を開く。
「おう。お前さんたちリバレーターかい。こりゃ大したもんだ。お前さんたちが俺を助けてくれたのかい?」
「は、はい。あの、見ただけで私たちがリバレーターだってわかるんですか?」
 チョコボと会話をすることにどうしようもない違和感を覚えながらも、サリナは質問した。チョコボは鷹揚な人物さながらに大きく頷いてみせる。胸の羽毛に嘴が埋まりかけている。
「そんなもん、“拘束具”の気配がぷんぷんしてるじゃねえか。一発でわからあ」
「そ、そうなんですか、すごいですね」
「がっはっは。チョコボってのぁマナに敏感な鳥だからなあ。こんなもん朝飯前よ」
「……やっぱり鳥なのか、あれは」
「認めたくはないけど、そうみたいね」
 カインとアーネスがぼそりと言った。サリナは吹き出しそうになったのを懸命にこらえた。
「よーし。そんじゃあお前さんたちに礼をしよう!」
 拍手でもするかのように左右の翼をぱたぱたとやって、チョコボは威勢良く言った。展開についていけず、セリオルですら質問を忘れてただ話を聞くのみだった。
「俺はデブチョコボ。チョコボの王様なんて言われてっけど、ただ長く生きてるだけでなにしてるわけでもねえ。ただひとつ特技があってだな」
 デブチョコボは自分の腹の辺りの羽毛を探るように翼を動かした。少し探ると、羽毛の間から何か小さな、緑色の丸いものが飛び出した。ころりと転がる。
「ほい」
 その丸いものにデブチョコボが翼で風を送ると、むくむくと動いて、ぽんと音を立てて大きくなった。それは葉っぱがくるくると丸く巻いた形状の野菜だった。
「え……なんだ?」
「で、でかくなった!」
 フェリオとクロイスが驚きの声を上げる。サリナも思わず歓声を上げた。デブチョコボは大きくした野菜を嘴に運び、むしゃむしゃと食べた。
「俺ぁこうやって、なんでも小さくして保管しておくことが出来んのよ。それにいつでも取り出せるしな。お前さんたちの持ち物で預けたいものがあったら、いつでも持って来な。責任持って預かるぜ」
「それはありがたい! 最近荷物が多くなって、少々困っていたんです」
 慎重なセリオルも、さすがにこのチョコボを悪意ある存在とは考えもしないようだった。もっとも純真そのもののモーグリが紹介する、邪悪になりようの無いチョコボなのだから当然とも言えた。
「マナ・シンセサイザーとかな」
 フェリオの合いの手に、セリオルはこくりと頷いた。随分嬉しそうだ。
「でも、使う時にはまたここに来ないといけねーんだろ? どうやって来るんだ?」
 クロイスの質問には、セリオルが言う前に答えた者がいた。
「クポポ! 心配ないクポ、僕がいるクポ〜!」
「え?」
 モーグリだった。目の前でまじまじと見て、クロイスはモーグリにも若干の個体差があるのを確認した。そのモーグリは、頭頂部の毛が微妙に長くなっている。
「僕、モグというクポ。これからみんなについていくクポ〜」
「え!」
 嬉しそうな声を上げたのはサリナだった。仲間たちの視線が集まる。サリナは赤面した。
「だって……可愛いから……」
「いや、それはいいにしても、モーグリを連れて歩いていたら不思議がられるわよ?」
 アーネスの言葉に答えたのは、またしてもモーグリ――モグだった。
「大丈夫クポ。そのモグチョコを吹いてくれれば、どこにいても僕たちには聞こえるクポ。それを合図にしてモグテレポで駆けつけるクポ」
「でも、モグテレポってモーグリがいるところにしか行けないんじゃなかったか?」
「大丈夫クポ!」
 カインの質問に、モグは胸をどんと叩く仕草をして答えた。
「サリナがいるところなら大丈夫クポ」
「……なんで?」
 カインは首を傾げた。サリナがいれば大丈夫というのが、さっぱりわからなかった。仲間たちも同様だった。ただ、セリオルは少し視線を逸らしていた。
「だって、サリナはマナが――」
「マナの共鳴度が高いから、ですよ」
 モグの言葉を継ぐようにして、セリオルが言った。ややきつい口調だった。
「そうクポ〜」
「ほおお。やっぱすげえなサリナ」
「あ、はい……?」
 サリナはセリオルの反応が少し不思議だったが、セリオルがそれ以上何も言わないので気にしないことにした。ただフェリオがそんなセリオルをじっと見つめているのが、サリナの視界の端に入った。
「よし、そんじゃあ話がまとまったところで、そろそろ帰んな! お前さんたちも疲れただろ」
「帰るクポ〜送っていくクポ〜!」
 声をかけられて、仲間たちがわたわたと集合する。モグによると、クロフィールの入り口あたりに別のモーグリが既に待機しているらしい。そこへモグテレポを使って移動するとのことだった。
「おーい、帰るぞー」
 カインが子どもたち自警団のふたりを呼び、デブチョコボに興奮していた4人が相変わらずぎゃいぎゃいと騒ぎながらこちらへ走ってきた。
「それじゃ、いくクポ〜」
 モグがくるりと回ると、視界が光に包まれた。
 そして一瞬の後、サリナたちはクロフィールの入り口にほど近いところに立っていた。モグともう1匹のモーグリは、挨拶をしてすぐに戻って行った。アルトとティム、ビッグスにウェッジは村へ走って行った。
 サリナたち6人は、街の入り口にぽつんと残された。嵐が過ぎ去ったようだった。誰からともなく彼らは歩き始め、なぜだか込み上げてくる笑いを我慢しきれず、街に入るまで大いに笑いあった。

挿絵