第53話

 クロフィールの東、セルジューク群島大陸スペリオル州の東沿岸部。そこは切り立った崖で、そこに立って更に東を見渡すと、すぐそこに観光と漁業の島、マキナ島が見える。
「なあ、嫌な予感がする」
「わかってたことだろ」
 ぼそりと言ったのはスピンフォワード兄弟だ。カインは海を見て顔を青くしている。主人を元気付けようとでもするかのように、紫紺のルカ・ダンジェロが楽しげな声で嘶いた。銀灰のエメリヒ・ノルデは首を横に揺らした。
「セリオル、酔い止めもらえねえか?」
 カインはルカをセリオルのチョコボ、翠緑色のブリジット・シャルパンティエの近くへ寄せた。セリオルは海風に長い髪をなびかせながら、眼鏡の位置を直した。
「すみません、今材料が切れていて」
「なぬっ!?」
 どこから出たのかわからないような声を出して、カインは顔を両手で覆った。
「しくしくしくしく」
「何言ってんだお前」
 クロイスの冷徹な声がカインを突き刺す。サリナはそれを見て楽しそうに笑った。
「セリオルさん、意地悪しちゃだめですよー」
 笑いながらそう言うサリナを見て、セリオルも笑い声を上げた。カインがぴたりと動きを止め、指と指の間から目を覗かせてセリオルを窺う。
「いやすみません、冗談です。ちゃんと調達しておきましたよ」
「意地悪しないでくれよー!」
 ルカの背から身を乗り出してしがみつこうとしてくるカインを、セリオルはうまくブリジットの手綱を操ってすいすいと回避した。
「俺はあんたがいないと生きていけないっていうのに……つれないお方」
「はいはい」
「セリオルさん、冷たいなあ」
 サリナたちの前には、崖と海が広がっている。その少し手前に、小さな集落があった。地面にボートや漁に使うものと思われる網などが置かれている。断崖下の海からの恵みを得るためのものだろう。サリナは海から吹く強い風に髪を押さえながら、その村を見つめた。静かで、平穏そうな村だ。
「大丈夫ですよ、マキナまではすぐですし、そんなに揺れませんから」
 ベルントがカインを気遣うように言ったが、あまり効果は無かった。カインの憂鬱そうな表情は変わらない。
「そろそろいいかしら?」
 琥珀色のオラツィオ・クルグロフの背から発せられたアーネスの言葉が一行を促し、サリナたちは村へと進んだ。
 色とりどりのチョコボたちが歩く中、紺碧のイロ・ハルユラだけはしばらく立ち止まっていた。その背の上で、クロイスは集落を見つめている。
「大丈夫?」
 背後からかかった声に、クロイスは振り返った。サリナだった。彼女はクロイスの隣に陽光色のアイリーン・ヒンメルを並ばせた。
「ああ」
 少年の返事は短かった。
 これから彼らはクロフィールの長老、エーヴェルト・リンドホルムの船でマキナ島へ向かう。クロイスの両親が眠る、あの島へ。
 大きく深呼吸をして、少年は言った。
「行こうぜ」
 イロはいつもと変わらぬ歩調で歩いた。それはまるで、クロイスの覚悟を投影しているかのように、サリナには見えた。サリナはクロイスの背中を見つめ、そしてアイリーンの足を進ませた。
 村の中は通りらしい通りも無く、裸の地面に建物がまばらに建っているだけだった。そのためチョコボを連れて歩いても窮屈ではなかった。もっともこの村にはチョコボ厩舎など無く、サリナたちにはチョコボたちを村へ置いていく意志も無かった。
「この村はアーヴルというの」
 マキナへ渡る船が停泊しているのは、断崖の下の港である。アーネスは騎士隊の巡回でこの村へ来たことも、マキナへ渡ったこともあるとのことだった。必然的に彼女が先導する形で、一行は進んだ。チョコボからは降り、手綱を引いて。
「すぐそこが海だから、魚が美味しいわよ」
「出発の前に、食事しておきましょうか」
 村人たちは色鮮やかなチョコボたちに歓声を上げつつ、サリナたちを歓迎してくれた。アーネスによると、以前より活気が無くなっているとのことだった。マキナへ観光に向かうひとの数が減ったためだろう。
 チョコボたちを店先に繋いで、サリナたちは村の飲食店へ入った。愛想の良い店員にそれぞれ食事を注文して、これからのことをセリオルが話す。
「マキナへ渡ったら、まずは宿を取りましょう。大枯渇の現場へは明るい時間帯に行きたいので、今日は宿で休もうと思います」
 サリナたちはセリオルに向けて頷いた。ゼノアの実験の痕跡を調べるための旅。そう思うと、サリナは少しだけ緊張した。一体何が出てくるだろう。
 食事は美味だった。断崖下で捕れた新鮮な魚介類をふんだんに使った料理。サリナはハイナン風と添えられた炒め物と、同じくハイナン風と書かれてあった海老饅頭を食べた。ハイナンの調味料をきちんと使った料理で、懐かしい味だった。手紙は届いただろうかと、サリナは故郷を思った。
「セリオル、薬ってもうできてるか?」
 カインが尋ねた。テーブルの上で両手を握り締めている。その必死な様子に苦笑しつつ、セリオルは荷物から薬を取り出した。
「どうぞ」
「サンキュー!」
 薬を飲んで、カインは言った。
「これで大丈夫だ。船の上でも活躍出来るぞ」
「いや何する気なんだよ……」
 からからと笑う兄に、フェリオは呆れたように言った。サリナが笑う。アーネスは苦笑している。
「楽しい皆さんですね」
 ベルントのその言葉に、サリナは大きく頷いた。彼女は両手でお茶の入った湯のみを持ちながら、にこにこと笑顔である。
 そうして食事が終わりを迎えたころ、ひとり静かだったクロイスが口を開いた。
「なあ、みんな。ちょっと頼みがあるんだけど」
 仲間たちの視線が集まる。湯のみから顔を上げて、彼は仲間たちを見た。
「行きたいところがあるんだ」
「水晶の泉でしょ?」
 間髪を入れず、サリナが言った。出鼻をくじかれて、クロイスはぽかんと口を開けた。サリナはクロイスに向けて首を少し傾げ、問いかけるように見つめている。少しだけ微笑みながら。
「大枯渇の調査が終わったら、その後水晶の泉へ行きます。クロイスのご両親のお参りをしましょう」
「……え?」
 戸惑うクロイスに、スピンフォワード兄弟のにやにや笑いが向けられる。クロイスは頬が紅潮するのを感じた。
「行くに決まってんだろバカ」
「わざわざそんな、顔を赤らめて言わなくてもいいんだけどな」
 クロイスはますます顔を赤くし、口をぱくぱくとさせる。アーネスは静かに微笑んでお茶を飲んだ。彼女は思った。力を貸すことにして、良かった。
「ば、ば、バカ何言ってんだお前ら!」
 ガタンと椅子を揺らして立ち上がり、クロイスは仲間たちの笑い顔に指を突き立てた。
「おおお俺はただその、なんだ……そう! マキナの名物料理の店に行きたいって言おうとしただけだっての! なに勘違いしてんだよバーカ!」
「ひゃひゃひゃひゃひゃ」
 カインの高らかな笑い声が響く。クロイスの大声もあって、他の客たちが何事かと注目している。クロイスはそれに気づき、帽子を深くかぶり直して椅子にすとんと腰を下ろした。湯のみを乱暴に掴み、お茶を勢い良く飲み干す。湯飲みは音を立ててテーブルに置かれ、クロイスは腕を組んで沈黙し、カインは笑い続けている。

 断崖に設けられた坂道を下っていくと、小さな港があった。いくつかの漁船や、マキナへ渡るための船が泊っていた。エーヴェルトの船はその中でも比較的大きいほうで、チョコボたちが乗り込んでも手狭感は全く無かった。
 間もなく船は出発した。マキナはすぐ近くである。船に乗っている時間も短い。サリナはその時間を甲板で過ごそうと、タラップを上がった。
「わあ!」
 その美しい光景に、サリナは歓声を上げた。ユンランからロックウェルへ向かう船から見た海とは、また違う海だった。
 まるで海に風のマナが満ちているかのような、美しいエメラルド色。その鮮やかな海面に陽光が降り注ぎ、太陽の姿が映って輝いている。風はやはり強い。潮の香り。
 意外にも、甲板には誰も出ていなかった。少なくともカインは船酔いを避けるために外に出ているだろうと思っていたが、セリオルの薬がよく効いているのだろう。
「きれいだなあ」
 甲板の手すりに寄りかかって、サリナは呟いた。声に出して言わずにはいられない美しさだった。
 ふと思い立って、サリナは武道着の下から小さな笛を取り出した。モグチョコである。
「えへへ。何も無いのに呼んだら怒るかな」
 息を吸い込んで、サリナはモグチョコを吹いた。心地良い旋律が流れる。音色は潮風に乗って響き渡る。
 旋律が空に吸い込まれていった。するとサリナの前に眩しい光が現れ、その中からモグが出て来た。
「クポ〜。サリナ、呼んだクポ?」
「うん!」
「クポ」
 モグはサリナに向けて頷いた。その丸い頭が動くたび、くっついた赤いぼんぼりがふわふわと揺れる。それが可愛らしく、サリナはモグの頭を撫でた。
「クポ?」
「えへへへ。可愛いなあ」
「クポ〜」
 頭がわさわさとされても、モグは何の抵抗もしない。それを良いことに、サリナはしばらくその柔らかく白い毛に覆われた頭の感触を楽しんだ。
「サリナ、デブチョコボに用クポ?」
「はっ」
 不意にモグがそう言って、サリナは卒然とした。モグの感触に夢中になっていた。
「あ、ううん、そうじゃないんだ。ここが綺麗だから、モグに見せてあげようと思って。モグと遊びたかったし」
「クポ?」
 モグは空中でふわふわと回転して、海のほうを向いた。ぼんぼりが揺れる。
「クポ〜。綺麗クポ〜」
「でしょでしょ?」
 サリナはモグをぬいぐるみのように胸に抱いて、手すりの上から海が見られるようにしてやった。もうアーヴルの港は随分遠くなっている。マキナ島が近づいていた。
「ここは気持ちいいな」
 フェリオの声だった。振り返ると、フェリオとアーネスが立っていた。ふたりはサリナの左右にそれぞれ立って、サリナと同じように手すりに寄りかかった。エメラルドの海が煌いている。海鳥が舞い、よく通る声で鳴いている。
「あら、モグ?」
「クポ」
 アーネスはモグの頭を撫でた。サリナからアーネスへ、モグが手渡される。モグの背中の蝙蝠のような小さな翼がぱたぱたと揺れる。
「ふふ。可愛いわね」
「可愛いですよね〜」
「クポ〜」
 なぜかサリナと同じ調子で言うモグに、ふたりが笑う。アーネスはさきほどのサリナと同じようにモグの柔らかい毛の感触を楽しんでいる。
 フェリオはそんな3人の様子に微笑みつつ、空と海へ視線を戻した。スカイブルーとエメラルドグリーンの境界線で、大空と大海が混ざる。
「何があるんだろうな、マキナに」
 呟かれたフェリオのその言葉に、サリナとアーネスは顔を上げた。フェリオを見ると、彼はじっと海の向こうを見つめていた。
「きっと大事なことが、あるんだと思う」
 海鳥の声がする。世界は広く、美しい。サリナは空を見上げた。抜けるような青空。澄んだ空の青。マナと幻獣に祝福されたこの世界に、仇為す者。その攻略のために必要な、何か大切なこと。
「そうなんでしょうね……セリオルがあれだけこだわっているんだから」
 アーネスの言葉に、サリナは頷いた。
 マキナ島。世界でも有数の美しい自然と新鮮な魚介類を誇る観光地。庶民はもちろん、貴族や騎士たちの慰安にもよく利用される島である。そして水の集局点でありオーロラの住処でもあった、水晶の泉。そこにはクロイスの両親が静かに眠っている。
 だがおよそ半年前、その美しい島は未曾有の災害に見舞われた。局所的なマナの異常枯渇現象、大枯渇。その大災害は島のほぼ中心部、観光の目玉だった、豊かな天然の森林や川を破壊した。それ以来、マキナは復興のために派遣される王都の役人たちや具体的な労働を担う男たちが訪れるばかりで、観光客は激減している。
 島の人々の生活を追い詰めた大枯渇。それがゼノアの実験が原因である可能性が高いと、セリオルは言う。それがもし本当だったらと思うと、サリナは自分の中に怒りの炎が燃えるのを禁じ得なかった。彼女もマキナの惨状を、噂程度には聞いていた。もしもそんなことがフェイロンで起こったらと思うと、彼女は耐えられなかった。
「大枯渇もだけど……たぶん、もうひとつ大切なことがある」
「え?」
 フェリオの意外な言葉に、サリナとアーネスは疑問符を浮かべた。少年はやはり海を見つめている。その表情に変化は無いが、サリナは僅かなわだかまりのようなものを、彼から感じ取った。それが何に対してのわだかまりなのかはわからなかったが。
「クロイスの両親が襲われたっていう、鱗を生やした鳥。それがたぶん、セリオルが調べたいもうひとつのことだ」
「クロイスの……?」
 聞き返したサリナに、フェリオは顔を向けた。いつもと同じ、素直さと純真さの象徴のような少女。その瞳には疑いの闇など存在しない。フェリオは目を閉じ、息を吐き出した。海に目を戻す。
「まあ、確証があるわけじゃないんだ。これまでのセリオルを見てて、なんとなくそう思っただけで」
「そっか……。気づかなかったなあ」
 サリナも海へと目を戻した。そのふたりを見て、アーネスが口を開く。
「彼、まだ話してないことがあるわね」
「え……?」
 手すりに背中を向けて、アーネスはモグを抱いたままもたれ掛かった。風が彼女の金色の髪をなびかせる。目にかからないようにその髪を押さえて、アーネスはもう一方の手でモグを撫でている。
「まだ話すべきじゃないと思ってるのか、確信が無いからなのか、それはわからないけど」
「クポクポ」
 モグはアーネスの手がマッサージだとでも思っているのか、気持ち良さそうに目を閉じている――閉じているのか開いているのか、元々わからない目だが。
「セリオルさんが……」
 サリナは口元に手を遣って俯いた。これまでそんなことは考えたことが無かった。セリオルが知っていて自分が知らないことなどいくらでもあるというのが、彼女の常識だった。セリオルは知っていることを適切な時と場所で教えてくれる。サリナにとってはそれで十分だった。
「ねえ、あなたは何か知ってる?」
 モグを両手で頭の上まで持ち上げて、アーネスは尋ねた。モグの影が顔に落ちる。白くてふわふわの妖精は、風にぼんぼりをゆらゆらさせている。
「クポ」
「ふふ。なんでもないわ」
 モグを下ろして、アーネスはその場に腰を下ろした。脚を伸ばして、ぐっと伸びをする。潮風が心地良い。
「まあ、いずれにしてもセリオルはサリナにとって不利益になることは絶対にしないよ。あのひとは多くのことを知っているから……ただ、いたずらにぽんぽん発言しないだけさ」
 フェリオはサリナの顔を見た。不安そうな表情を浮かべている。フェリオは後悔した。マキナに到着する前にこの話をサリナにしておいたほうが良いと思ったが、やはり余計なお世話だったかもしれない。
「きっとまだ話していないことがあるにしても、それは今言っても仕方が無いからでしょうね。例えば今この場で、王国騎士団と神殿騎士団の確執の話をしても仕方が無いのと同じ意味で」
 アーネスは立ち上がり、モグから手を放した。自由になったモグは、甲板に足をつけた。空中にいると船と同じ速度で進まないといけないためだろう。甲板の上でふらふらと踊っている。
「やっぱりあるのか、確執が」
「例えよ、例え」
 アーネスは再び海のほうを向いて、手すりに寄りかかった。
「今までと同じで大丈夫よ、サリナ。彼はあなたにとってベストのタイミングでベストなアドバイスをくれるわ」
 サリナはぱっと顔を上げた。アーネスを見上げる顔に、切迫感が表れている。
「そうですよね。そう、ですよね、アーネスさん」
 確かめるようにそう言うサリナの頬を、アーネスがつまんだ。両方の頬を伸ばされたり押されたりして、サリナはもごもご言った。
「な、なんれすふぁあ」
「あなたはセリオルを信じればいいわ。彼には色んなことをひとりで判断させてしまっているけど、これからは私たちがサポートに入るから。彼にも、きっと相談相手が必要なのよ」
「そうかもしれないな……。俺もこれまで、セリオルには頼りっぱなしだった。今はもうセリオルにも予想出来なかった事態になってる。セリオルの相談相手になれるとしたら、アーネスか俺かだろうからな」
 ふたりの口調は落ち着いていたが、その声からは強い意志が感じられた。サリナはアーネスに頬で遊ばれながらも、そう考えてくれるふたりのことを心から嬉しく思った。
「セリオルだって人間だから、迷うことも間違うこともあるわ。もしそうなりそうだったら、私たちが正しい方向を示せばいいのよ」
「ああ。そうなれるように、俺たちも努力しないとな」
「そういうことね」
 アーネスがようやく頬を放してくれて、サリナは伸びてしまったのではないかと頬の心配をした。触ってみたら特に変化は無く、彼女は安堵した。
「お、やってるねえお三方!」
 賑やかな声がして、カイン、クロイス、セリオルの3人が甲板にやって来た。カインは船酔いの様子など微塵も見せず、元気いっぱいだった。
「やってるって何をやってんだよ」
「うるせえよ細かいことを……おおー!」
 クロイスといつものやりとりを始めかけたカインは、海の美しさに目を輝かせて手すりに駆け寄った。海に落ちるのではと思えるほどの勢いで、彼は身を乗り出した。
「おいすげえ! すげえぞおい、クロイスほれ、ほれ見てみろよ!」
「うっせーなあ。何なんだ……おお!」
 ぶつぶつ言いながら手すりに寄ったクロイスは、そこに広がる光景に声を上げた。彼が操るオーロラの水も美しいが、その清涼な美しさとこのマキナの海の翠玉色はまた違った美しさだった。幻想的で、魅惑的な海。
 サリナは甲板で踊っているモグを抱き上げた。さきほどと同じように、胸に抱く。そうして彼女は、セリオルが来るのを待った。
「美しい海ですね」
 兄はいつもと変わらぬ、優しい声だった。サリナを安堵させる声。幼い頃から自分を助けてくれ続けた、兄と慕うセリオル・ラックスター。サリナは思った。もしも彼に何か、自分に言えないことがあるのだとしたら、それは言えないのではなくて、ただ言わないだけなのだろう。アーネスやフェリオの言うとおりだ。彼は多くのことを知っていて、それを適切な場面で教えてくれる。ただそれだけのことだ。マキナに、大枯渇の現場に到着すれば、そこで話すべきことを話してくれるだろう。
「はい、セリオルさん!」
 サリナはセリオルに笑いかけた。さきほどまでの幽かな不安感が、セリオルの姿を見ただけでどこかへ消えてしまっていた。セリオルはサリナが嬉しそうな理由がわからず、小さく首を傾げたもののすぐに笑顔を返してくれた。
「サリナ、マキナへ行くクポ?」
 モグの声が下から聞こえてきた。モグは懸命に顔を上へ向けようと努力していたが、元々短い首である。なかなか難しいようだったので、サリナはモグを自分の顔の高さまで抱き上げてやった。
「うん、そうだよ」
「クポ。マキナは、気をつけるクポ。まだ危ないかもしれないクポ〜」
「え?」
 予想もしなかったモグの言葉に、サリナは瞬間、その言葉の意味を理解出来なかった。さっと緊張を纏ったのはセリオルだった。他の仲間たちは、サリナと同じような反応をしている。
「モグ、どういうことですか?」
「クポ〜」
 サリナがモグをセリオルのほうへ向けると、モグは片手を振って挨拶のような仕草を見せた。
「人間がつくった荒神クポ。こわいクポ〜」
「……そうですか」
 モグの短い言葉で、セリオルは何かを理解したらしかった。彼は厳しい視線を、もはや眼前に迫ったマキナ島へ注ぐ。
「セリオルさん……?」
「おいセリオル、何がわかったんだよ?」
 サリナとカインが疑問をぶつけたが、セリオルは答えない。ただ、彼はしばらく沈黙した後にかぶりを振った。やや俯き、眼鏡の位置を直して、彼はこう言った。
「ゼノアの研究は、もしかしたら考えていたよりも更に恐ろしいところまで進んでいるかもしれません」
「どういうこと?」
 そう言ったアーネスのほうは見ず、セリオルはマキナの森を見つめる。その向こうに広がる、大枯渇で出来た砂漠。そして、水晶の泉――。
 サリナはモグを抱いたまま、船の進む先へ顔を向けた。仲間たちも皆、海上に静かに佇むマキナを見る。保養の島、マキナ。かつて行楽、観光の代名詞だった島。そこに待つ新たな真実に向けて、船はただ静かに、エメラルドの海を進む。