第55話

 遺跡の中はひんやりとしていて薄暗い。窓のように開いた穴から入ったのだろう、内部は砂漠の砂がところどころに溜まっている。砂を運ぶ風、そして太陽の強い日差しを導くその窓が、内部の荒涼とした石の色と、外の空や砂漠の景色とのコントラストを生み出している。
 サリナたちはそれぞれのチョコボの手綱を引いて中へ入った。カインとクロイスはしきりにかぶった砂を払っている。
 彼らが今いる場所は、かつては城の玄関として多くの人々が往来したであろう、ホールにあたる場所だったのだろう。広い空間で、それを支えるための石柱がずらりと並ぶ。いずれも風化が進んでいるが、まるでかつての栄華を偲ぶかのように、柱たちはそれでもずっしりとした重量感で城を支えている。
 扉から顔を覗かせていたサボテンダーの姿は見えなかった。どこかに隠れてしまったのだろう。サリナはあのとぼけたようなサボテンモンスターの顔を思い出して、くすりと笑った。
「考古学者たちが保存を叫ぶのもわかりますね、これは」
 ブリジットの手綱を引きながら、セリオルは遺跡内部を眺めている。遺跡には石と砂の色しかない。しかしその簡素な色並みを補ってあまりある重厚感に、彼は胸を打たれた。
「妙だな」
 フェリオが遺跡の中を眺めて言った。仲間たちの視線が集まる。彼はエメリヒの手綱を握るのとは違うほうの手で、自分の束ねた髪を1本引き抜いた。
「どうしたの?」
「ちょっとね」
 サリナの疑問に短くそれだけを答えて、彼は引き抜いた髪を目の前に翳した。窓から窓へ通り抜ける日陰の風に服の下の汗が乾いていく心地良さを感じながら、サリナはフェリオの細い髪を見つめた。
「あいつどこ行ったんだ、サボテンダーは」
 カインが落ち着き無く首を動かしている。そのたびに彼の髪から細かに砂の粒が散らばる。
「あの状態でよく見ていたわね」
 感心したような呆れたような声のアーネスに、カインは胸を張ってみせる。
「当然だろ。魔物のチェックは欠かさないぜ。なぜなら俺は、獣使いだからな!」
「はいはい」
 からからと笑うカイン。そのわき腹をクロイスが突き、カインは咳き込んだ。
「な、なんだねクロイス君、いきなりてめえ」
「フェリオが何かしてる」
「おう?」
 クロイスが指差す先を見て、カインは目を細めた。フェリオが目の前で何かを摘んだような格好で、遺跡の中を眺め回している。カインの首元を風が抜けていく。汗が乾くと同時に、砂のざらついた感触がはっきりしてくる。前方から吹いた風が前髪を揺らす。額の汗が乾いていく。
「ん。何か変だな」
 風が止んだ間に、カインは呟いた。クロイスが彼を振り返る。
「何がだよ」
「外にいた間、こんなに頻繁に風向き変わってたか?」
「あ?」
 クロイスはきょときょとと首と目を動かした。その間にも、風はいくつもの方向から彼らに吹く。彼は思った。砂漠から吹き込んだにしては、随分涼しい風だ。もっと生暖かかったりするもんじゃないのか?
「わかった」
 はっきりした口調で言って、フェリオは引き抜いた髪を放した。髪は風に乗り、漂っていった。
「何が、わかりました?」
 まるでその先の答えを知っているかのように、セリオルがフェリオを見つめて尋ねた。フェリオはセリオルの目を少しだけ見て、サリナとカインに向けて言った。
「兄さん、サリナ、少し思い出してほしい」
「え?」
「何だ何だ」
 無い袖を捲り上げるような仕草をしながら、兄が近づいてくる。そのなぜだかやる気に満ちたような表情に、弟は苦笑する。サリナはただきょとんとしている。
「どうやら風は、この遺跡の中だけで吹いている。しかも頻繁に風向きを変えて」
「遺跡の中だけで……?」
 サリナは石柱の並ぶ広間を見回した。特に変わったところは見えない。ただ、彼女は言われてみて意識した。確かに外よりも、この中のほうが風が多い。
「あ、それ俺も今思ってたとこだ」
「ほんとかよ」
 クロイスの茶々にめげず、カインは手を挙げた。フェリオはそれに、静かに頷く。
「こういう場所を、俺たちは以前にも訪れたことがある。そこだけで風が、でたらめな方向に吹く場所を」
「んん?」
 サリナとカインは首を捻った。そしてふたりは、同時に思い出した。
「あ!」
 ふたりはそう言って顔を見合わせた。
「風の峡谷!」
 フェリオを見て、ふたりは声を合わせて言った。クロイスとアーネスはいまひとつピンと来ないようだったが、その地名をこれまでの話で耳にしていた。確かセリオルの幻獣、ヴァルファーレと出会った場所だ。
 フェリオはふたりに頷いて、セリオルを見た。長身の魔導師はフェリオから視線を外し、眼鏡の位置を直す。
「ここは風の集局点だろ、セリオル」
 唇の両端をくいと上げて小さく息を吐き、セリオルはフェリオの顔を見た。じっと自分を見上げる、真摯な瞳。知性の光が宿る、美しい灰色。
「……君は本当に素晴らしい洞察力を持っていますね、フェリオ」
 その言葉に、フェリオもにやりとしてみせる。セリオルが仲間たちに身体の正面を向ける。
「まだ推測の域を出たわけではありません。どちらかというと、その確証を得るためにここへ来ました。ただ、フェリオが先ほどしてくれた実験でほぼ確信に近いものを、私も感じています」
 仲間たちがざわめく。風の集局点。その言葉の意味するところを、彼らは知っていた。仲間たちを代表するように、アーネスが口を開く。
「集局点っていうことは、幻獣がいるの?」
 サリナは緊張した。風の幻獣。もしもここにいるとするなら、それは瑪瑙の座か玉髄の座の幻獣だということになる。もしも戦いになったら、勝てるだろうか。自分たちの、今の力で。碧玉の力を大きく上回るという、上位の幻獣に。
 しかしその質問に、セリオルは静かにかぶりを振った。アーネスの意外そうな声。
「まだわかりませんが、恐らくそれは無いと思います。この風の王国と呼ばれた国の城と、風の集局点、そして大枯渇。これらの関連を調べることで、ゼノアのしたことが見えるはずです」
 そう言って、セリオルは奥の大階段を見つめた。城の上部へ続くのであろう、広い階段。かつて王族たちが往来したはずのその階段は、今はただ彼らが足を載せるのを、静かに待っている。

「青魔法の参・マスタードボム!」
 印を結んだカイン手から熱線が放たれる。それは身体を赤い怒りに染めたサボテンダーに命中し、爆発した。赤いサボテンダーは吹き飛んで動かなくなる。
「うおおおう!?」
 クロイスは身体を投げ出すようにして跳躍した。ぎりぎりのところで、彼は赤いサボテンダーの針攻撃を回避した。無数の針が石の壁に突き刺さる。その針を放ったサボテンダーを、アーネスの鋭い斬撃が襲う。赤いサボテンダーは大きな痛手を負ってきゅうと小さな声を上げ、倒れて動かなくなった。色が赤から緑へ戻る。
「うたかたの火炎よ現れ燃え盛れ――ファイア!」
 セリオルは炎の魔法を放って、襲来した赤いサボテンダーを迎撃した。魔物は吹き飛んでサリナの元へ行った。それをサリナは、渾身の力を込めた回し蹴りで迎え撃つ。苦悶の声を上げて、サボテンダーはフェリオのところへ飛んだ。フェリオは長銃を放った。弾丸は正確に魔物に命中し、ついにその色を緑へと戻した。
「お、おっとろしい奴らだ」
 冷や汗を拭いながらクロイスが呟いた。彼の視線は、石壁に無数に突き刺さった針に釘付けにされていた。
 サボテンダーたちは突如として襲いかかってきた。その身体は入り口で見かけた緑色のものではなく、真っ赤に染まっていた。まるで彼らの怒りを表すかのように。
 遺跡の中に魔物は存在した。砂漠特有の、巨大な羽虫や甲殻類、大型の鳥型などの魔物が主で、サボテンダーたちは見かけてもすぐに逃げてしまうか隠れてしまった。チョコボに乗ったままでは移動が難しく、手綱を引いて彼らは動いた。そのため魔物との戦闘は発生したが、さほどの難敵ではなかった。セリオルの薬で疫病や毒を予防してあることが、ある程度安心して戦える要因となっていることもあった。
 サリナたちは順調に城を上り、ある広間へ出た。かつては謁見の間か何かへ続く場所だったのか、奥にはそれらしい巨大な扉があった。かなり広い空間で、四方を全て壁で囲まれている。石の壁にはひとの顔あたりの高さに一定間隔で、ある紋様が刻まれた石版が埋め込まれていた。広間のほぼ中央には、かつては大きな燭台でも飾ってあったのか、石の台座が鎮座していた。
 大扉は開かなかった。長い歳月で錆び付いたのか、向こう側に何かつかえになるものでもあるのか。いずれにせよ進む道を閉ざされたサリナたちは、その広間を調査することにした。そこまでの道のりで目にした空間だけで、かつて王城としての機能を果たしたとは考えられなかったからだ。
 発見したのはアーネスだった。彼女は騎士としての教養の一環で、エリュス・イリアの歴史に深い造詣を持っていた。壁の石版に描かれていたのは、風の王国ゼフィールの象徴と考えられていた紋章だった。風を連想させる、柔らかなイメージの紋様。この遺跡が風の集局点である可能性が高いということを踏まえて、セリオルはヴァルファーレの助けを借りることを考えた。
 ヴァルファーレは広間でこう言った。
「ここへ来たか。セリオル、お前たちはこの世界の、マナの均衡を担う秘密に迫るのだな」
 その言葉に、セリオルを除いた全員に動揺が走った。マナの均衡。その崩壊こそが、まさに今ゼノアが引き起こしつつあることだからだ。
「ええ。現状でゼノアを叩くことが不可能な以上、先手を打っていくしかありませんから」
 そう答えたセリオルに、ヴァルファーレは頷いた。そして風の幻獣は羽ばたき、神なるマナをゼフィールの紋章に送り込んだ。紋章は翠緑色の光を放って明滅を繰り返した。遺跡が生物のようにその身を震わせ、力をよみがえらせたかのようだった。ヴァルファーレはクリスタルに戻り、セリオルのリストレインに収まった。奥の扉がひとりでに開き、そしてその奥から真っ赤に身体を染めたサボテンダーたちが飛び出して来たのだった。
 何体ものサボテンダーを撃退して、サリナたちは肩で息をしていた。サボテンダーは無数の針を無慈悲に放った。回避した針が石の壁や床を穿ち、激しく傷つけるのをサリナたちは、背筋の凍る思いで見た。
「古の戦を制せしかの城の、世界に冠たる堅固なる壁――ストンスキン!」
 針攻撃を万一受けてしまった時に対策に、サリナは防御、幻影、堅守の魔法を詠唱した。仲間たちをマナの光が覆い、守りの体制が築かれた。
「何なんだよいきなり。さっきのが関係してんのか?」
 滴る汗を拭って、カインが毒づいた。受けると大きな痛手を被りそうな攻撃を回避し続けるのは、体力よりも精神力を消費した。
「セリオル、わかるか?」
 フェリオの質問に、セリオルはただ首を横に振った。彼も少し息が上がっている。魔法を立て続けに詠唱したためだった。
「わかりません。サボテンダーの生態は、私もさっぱり」
 セリオルのその言葉を聞きながら、サリナは今しがた倒れたサボテンダーを見つめていた。うつ伏せ倒れ込んでいる。ひとの体の半分くらい。決して大きくはない魔物である。倒れた瞬間、サボテンダーは赤から緑へその色を戻した。その時、サリナは魔物の身体から何か、靄のようなものが抜けてくのを目にした気がした。
 彼女は広間を見回した。ヴァルファーレがマナを注いだ時から、何かが変わった。遺跡そのものがざわめいているような、奇妙な感覚。
「どうした? サリナ」
 クロイスが尋ねてきた。サリナは少年のほうを見て、首を振った。
「よくわからないんだけど……」
「あん?」
 クロイスは首を傾げた。サリナが何かを感じ取っている。彼は少女の言葉の先を待った。
「なんだか、この遺跡に、ひとの思いっていうか……なんだろう、意思みたいなものを感じる」
「ひとの、意思?」
 クロイスはサリナに倣って広間を見回してみたが、よくはわからなかった。ただ、サリナは試練の迷宮で見せたように、マナやひとの感情を感じ取る感覚が優れている。彼女が言うのならそうかもしれないが、とクロイスは思った。それにしても、一体誰の意思なんだ?
「セリオル、話してくれよ」
 そう切り出したのはカインだった。彼は鞭をしまいながら、セリオルを見つめていた。
「マナの均衡を担う秘密、ってのは何なんだ?」
 その言葉に、セリオルも杖をしまってカインに向き直った。小さく深呼吸をして、セリオルは口を開く。
「これまで、ゼノアが世界のマナバランスを崩していると何度か話したことがありますが、ではどうやってバランスを崩しているのか、そこが今回の要です」
 一度言葉を切って、セリオルは仲間たちを見た。皆がこちらへ意識を集中しているのを確認して、彼は話を続ける。
「これはまだ、仮説の段階でしかない話です。幻獣研究所を出た後、私が独自に調査した結果でしかありません。ただ、ここへ来てほぼ確信したと言って良いと思います」
 仲間たちは沈黙をもってセリオルに先を促した。小さく頷いて、彼は話す。
「世界のマナのバランスは、世界樹と8属性の幻獣たちによって保たれています。幻獣たちはこの世界と、そして“幻獣界”と呼ばれる世界とに亘って存在している」
「幻獣界、ですか?」
 サリナが疑問を差し挟んだ。初めて聞く言葉だった。
「世界樹によってこの世界と繋がっているという、幻獣たちの世界です。幻獣たちはこの世界にある時は集局点に棲むと言いますが、そうでない時は幻獣界にいると言われています」
「そんな世界があるのか……」
 フェリオが茫然とした口調で言った。想像もつかないことだった。
「この世界を仮に人間界と呼ぶとすると、人間界も幻獣界も、世界樹から生み出されるマナによって保たれています。幻獣界にはマナの塊そのものと言える幻獣たちがいますが、人間界には常駐しているわけではありません。そこで、マナの量や属性バランスを保つために人間界に設置されたのが、“神晶碑”です」
「まーたわかんねー言葉が出てきたー」
 クロイスは壁にもたれて座り込み、脚を組んで帽子を深くかぶっていた。話がなんだかよくわからないのだろう。
「つまりその神晶碑というものが、人間界のマナバランスを保っているのね?」
 アーネスの言葉に、セリオルは頷く。
「ええ、私の仮説ですけどね。そう考えなければ、この世界のマナが常に一定に保たれている理由が説明出来ない。ただ、実際に神晶碑を目にした人間は、まだいないはずです――いえ、はずでした」
「でした、ですか?」
 嫌な予感が胸に満ちるのを感じながら、サリナは尋ねた。セリオルは眉間に僅かにしわを寄せて続ける。
「神晶碑は、集局点の中でも特にマナの濃いところ、つまり瑪瑙の座以上の幻獣たちが棲むところにある可能性が高い。そして私は、ここで大枯渇が起こったこと、そしてここがかつて風の王国と呼ばれたことから、ここが瑪瑙の座の、風の集局点だろうと推測しました」
「ちょっと待ってくれ」
 フェリオがセリオルの話を遮った。仲間たちが彼に注目する。クロイスも帽子の下から彼を見ていた。
「風の峡谷は、碧玉の座の集局点だったよな。ここが瑪瑙の座以上の集局点だったら、どうして風の峡谷みたいな強い風が吹いていないんだ?」
「あ……ほんとだ」
 サリナも同調して、セリオルに質問の念を表した表情を向けた。セリオルはそれに頷く。
「その通り。ここが瑪瑙の座以上の集局点であれば、もっと風が吹いているはずです。ですが、今のここはそうではない。ところでアーネス、この遺跡が歴史的、考古学的にきわめて価値が高いにも関わらず、なかなか研究が進まなかった理由を知っていますか?」
 セリオルの質問に、アーネスは深刻な表情で頷いた。彼女の額を、汗がひと筋流れる。
「なぜか風が強くて、竜巻なんかも頻発していたから……」
「そうです。つまり、大枯渇前のこの遺跡では、強い風が吹いていた」
 フェリオが沈黙した。彼は口元に手を遣り、床を見つめている。サリナはそのフェリオの様子に、不安感を抱かずにはいられなかった。
「まさか、ゼノアのやつ……」
「そうです。ゼノアが、ここの神晶碑を破壊した。そのために起こったのが、半年前の大枯渇です。マナの異常な枯渇現象。マナバランスが崩れることで起こる、大災害」
 沈黙が流れた。サリナは自分の心臓の音が耳元で聞こえるような錯覚に陥っていた。自分の身体を自分で抱きしめる。そうしていないと、恐怖と不安と怒りとで、どうにかなってしまいそうだった。世界のマナが、本当に壊されようとしている。今後、どこかの集局点で、また大枯渇が起こるかもしれない。その想像に、彼女は震えた。
 ぽん、とサリナの肩に手が置かれた。弾かれたように、サリナは顔を上げた。フェリオだった。灰色の美しい瞳が、彼女をじっと見つめている。その冷静な目が、彼女に頷きかけた。大丈夫だ、まだ手はある。その目はそう語っていた。心が少しだけ、楽になる。
「ここに来たのは、その事実を確認するためなのね」
 アーネスが沈黙を破った。セリオルは頷いた。
「それと、他に存在する7つの集局点を守る手を探るためです。幸いなことに、私たちはモーグリの協力を得ることが出来た。マナの精霊である彼らの知識を得られるのは大きい。現状ではゼノアに大きく水を空けられていますが、まだなんとかなる」
 セリオルはそう言って、開いたままの扉の奥を見た。風の音がする。ヴァルファーレのマナで、一時的に集局点にマナが戻ったのだろう。それはさきほど下で感じていた、残滓のような風ではなかった。力強く吹く、マナの風だ。
「はいはいはい、重っ苦しいのはそんくらいにしようぜ」
 ぱんぱんと手を叩きながら、カインが進み出た。彼は扉の前まで進み、くるりと振り返った。
「どんだけやべえ状況だとしても、俺たちにゃあ全部を一気に解決することはできねえ。目の前の出来ることから、ひとつずつやるしかねえんだ。先にある大それたもんを見たらびびっちまうからさ、とりあえずここを進んで、その神晶碑ってのを探そうぜ。もしかしたらまだ壊れてねえかもしんねえし」
 彼の軽い口調は、仲間たちが抱きつつあった不安を、まるで風が吹くようにして散らしていった。俯いていたフェリオとアーネスが顔を上げる。クロイスも立ち上がった。サリナはカインに感謝した。
「ほんっとお前は軽いよなー。そう簡単にいくのかよ」
 クロイスが毒づくが、彼自身もかなり軽い調子だった。矢筒を背中に担ぎ直して、彼は頭の後ろで手を組む。
「わかってねえなあ。簡単にいかねえことでも簡単そうにこなすのがかっこいいんだろ」
「簡単そうにこなしてるとこあんま見てねーけど」
「うっせえバカ」
 カインがそう言い終えた時だった。サリナはカインの後ろに、赤色に染まったサボテンダーの影を見た。サボテンダーは素早くカインの後ろに隠れた。サリナは声を出そうとした。カインに警告を促そうとした。それは他の仲間たちも同じだった。各々がカインの名を呼ぼうと、口を開いた。
 だが、間に合わなかった。
 サボテンダーが放った無数の強靭な針が、カインを無慈悲に貫いた。