第56話

 カインは自分の身体を見下ろした。無数の針が飛び出している。彼はゆっくりと振り返った。真っ赤なサボテンダーがいる。自分に針を放った魔物だろう。緑色の時はとぼけたような表情だったのが、怒りの仮面でもかぶったかのように恐ろしい形相をしている。
「兄さん!」
「カイン!」
 フェリオとアーネスが、仲間たちが血相を変えて駆け寄ってくる。口々に自分の名を呼ぶ仲間たち。ルカも悲鳴のように甲高い声を上げる。カインはそれを、上の空で聞いていた。笑いが込み上げてくる。
「カイン! ちょっと、大丈夫!?」
「しっかりしろよ、兄さん!」
「カインさん! いま、いま回復します!」
「野郎、ふざけやがって!」
 サリナが回復の魔法を詠唱し始める。クロイスはマナの矢をサボテンダーに放った。
「迸れ、大気を焦がす稲妻よ。その身で受けよ、雷帝の抱擁――サンダラ!」
 セリオルが雷光の魔法を放つ。怒りの雷は、赤いサボテンの魔物を打ち据えた。サボテンダーはきゅうと声を上げて倒れ、緑色に戻った。
「ふふ……くっくっくっく」
 笑いながら、カインは身体ごと振り返った。サリナたちは見た。カインから、もうひとりのカインが分離するのを。立ち尽くしたままのカインには、サボテンダーの針が突き刺さっていて、その表情は虚ろだ。分離したほうのカインは、不敵な笑みを浮かべている。
「な、なんだ!?」
 フェリオが動揺の声を上げる。立ち尽くしたままのカインは半透明で、空間に溶けるようにして消えてしまった。魔物の長い針が、ばらばらと床に落ちる。
「あ……」
 回復の魔法を使ったままの姿勢で、サリナが呟いた。
「そっか、ブリンク……」
 サボテンダーが奥からわらわらと現れた。赤色に染まった怒りの魔物が、ぞろぞろと歩いてくる。カインはその前に、笑みを浮かべたままで仁王立ちした。
「くくく……わっはっはっはっは!」
 腰に手を当てて高笑いするカインに、仲間たちがびくりとする。そんな狼狽する仲間たちを余所に、カインはおもむろに胸の前で印を組んだ。
「青魔法の漆・針千本!」
 印を結んだカインの手が光り、そこから無数の針が発射された。針はサボテンダーの群れに襲いかかる。魔物たちは予想もしなかった攻撃に慌てふためき、見る間に大きなダメージを受けて全滅した。
「はっはっはっはっは! ラーニングしたぜ、針千本! ざまあ見ろ!」
「おい!」
 ガン、と大きな音を立てて、跳躍したクロイスの拳がカインの後頭部を強かに打ち据えた。
「いでっ!」
 クロイスに続いたのはルカだった。紫紺色のチョコボは、その嘴で主人の頭を何度も突いた。目が据わっている。
「いででで! ちょっとおい、ルカ、いでででででっ!」
 ほっとしたのは他の仲間たちも同じだった。カインは無傷だった。彼の傍で不思議がる仲間たちに答えを出したのは、サリナだった。
「幻影の魔法の効果です。幻が代わりに受けてくれたんですね。かけておいて良かった……」
 それを聞いたアーネスが、鋭い目でカインを見た。カインはクロイスやルカとじゃれていたが、アーネスのその視線にびくりと固まった。
「ちょっとカイン、あんたねえ!」
「なななななんだよ」
 鎧の具足をカツカツと鳴らして石の床を進み、アーネスはカインにぐっと顔を近づけた。カインはわかりやすくたじろいでいる。
「無事なら無事らしくしなさいよ! 心配するでしょう!?」
「いやほれ、あの、俺ぁただ、盛り上げようとだな」
「冗談で済むことと済まないことを考えなさい!」
「ぐっ……」
 後ずさったカインの隣に、フェリオがいた。弟はただ静かに、目を閉じて兄の肩に手を置いた。
「今回のは兄さんが悪い」
「そんな、フェリオまで!」
 助けを求めるように泳いだカインの目の先、フェリオの反対側に、セリオルがいた。彼はフェリオとそっくりの動きで、カインのもう一方の肩に手を置いた。
「残念ながら、弁護の余地はありませんね」
「うう。俺に味方はいないのか……」
 そううめくカインの前で、サリナも静かにかぶりを振った。がくりとうなだれるカインに、クロイスの冷徹な声が届く。
「素直に謝るんだな」
「うう。ごめんなさい……しくしく」
 両手で顔を覆うカインに、アーネスは溜め息をつく。チョコボたちが愉快そうな声を上げる。
「まったく、しょうがないんだから……あら?」
 ふと、彼女は気づいた。カインのことに目が行っていて意識していなかったが、広間中央の台座が翠緑色の光を放っている。
「これは……」
 光を放つ台座に近づいて興味を示したのは、やはりセリオルだった。彼は台座に近づき、そのマナを仔細に観察した。
 サリナはセリオルに目を遣りながら、背後でざわめく気配に気づいて素早く振り返った。
「わっ!?」
 アイリーンが警告の声を上げる。仲間たちもそれに気づいた。
「うげえ」
「やれやれ……」
 カインとフェリオがげんなりした声を出しながら武器を構える。そこには赤い魔物の群れがひしめいていた。
 だがサボテンダーたちは、広間に入ってくることが出来ないようだった。外から針を飛ばしてくるものの、台座近くにいるサリナたちとのその距離のために、威力は大したことはなかった。
「入ってこないですね」
「ええ。何なのかしら」
 油断なく武器を構えながら、サリナとアーネスが疑問を口にした。魔物たちは興奮したようにきゅいきゅいと奇怪な声を上げている。
「どうやら、これはマナの結界のようですね」
 セリオルが言った。ブリジットを呼んで、彼は台座の近くにチョコボを立たせた。翠緑色のチョコボは、美しい声で啼いてセリオルに顔をすり寄せる。
「結界?」
 魔物に向けて矢を放って、クロイスが言った。1本あたりの威力はサボテンダーの針よりもはるかに高い彼の矢は、台座から扉の外への距離などものともせずに魔物を仕留めた。
「集局点の特性なのか、ゼフィールの文明の力なのかはわかりませんが、この台座から生まれる聖なるマナが、魔物の侵入を阻むようです。この広間は安全ということですね」
「それはいいな」
 狙い澄ました長銃の弾丸を放って、フェリオはそう言った。彼の弾丸も、クロイスの矢と同じく、このくらいの距離などなんの隔たりでもないかのように魔物を貫いた。
「やり放題だ」
「だな」
 フェリオとクロイス、遠距離武器を扱うふたりによる、驟雨がごとき攻撃が魔物の群れに注がれる。真っ赤に染まったサボテンダーたちは次々に倒れ、その色を緑に戻していった。魔物が倒れるたび、サリナの目にはその身体から抜けていく靄のようなものが映った。なぜだかわからないが、彼女はそれを見ると胸が痛んだ。胸の前で拳を握って、彼女は魔物たちから目を逸らした。
「サリナ」
 セリオルが彼女の名を呼んだ。顔を上げる。
「モグを呼んでもらえますか?」
「え? モグ、ですか?」
 思わずこぼれた疑問の声にセリオルは頷き、こう続けた。
「モーグリ族には、テレポの他にも“テント”という特技があるんです。魔法の天幕を張って、その中で安全に休ませてくれます。さすがに魔物の群れの中では難しいでしょうけど、ここでなら大丈夫でしょう」
「お、いいねえ、ひと休みか?」
 嬉しそうな声を出したカインに、セリオルは白い目を向けた。
「そんなわけないでしょう。チョコボたちをここで休ませるんですよ」
 サリナとカインは、揃って左手のひらに握った右手を打ち合わせた。セリオルがやれやれと言って苦笑する。
 サリナはモグチョコを取り出して強く吹いた。美しい音色が響き、光が現れる。そしてその中から、モグが飛び出してきた。そこが地面の上であるかのように空中を転がって、止まる。
「クポ〜。呼んだクポ?」
 空中に寝そべったままでそういうモグの、頭頂部の少し長くなった毛のところを、サリナはくしゃくしゃと撫でる。モグは広間を見回し、サボテンダーたちに苛烈な攻撃を続けるフェリオとクロイスを不思議そうに見た。
「モグ、ここにテントを張ってもらえますか?」
「クポ」
 モグは首をぐっと上げてセリオルを見上げようとしたが、彼の短い首ではそれは到底叶わなかった。セリオルは腰をかがめて視線の高さを合わせてやった。するとようやく、モグは頷いた。
「クポ〜」
 モグは空中を移動して、台座の真上で停止した。ちょうどその時、フェリオとクロイスの攻撃も終わった。ふたりは武器をしまって台座のそばへ駆け寄ってきた。
「ふたりとも、お疲れ様でした」
「ああ」
「どってことねーよ」
 セリオルのねぎらいの言葉に短く答えて、ふたりはそれぞれのチョコボを呼んだ。状況は把握出来ていた。
「クポクポ。テント、張るクポ〜」
 そう言ってモグは短い両手を挙げた。赤いぼんぼりが光を放ち始める。
「クポポ。テンテンクポクポ。テンクポポ」
 呪文のように唱えながら、モグは奇妙な踊りを披露した。サリナとアーネスがその可愛らしさに歓声を上げる。
 モグの頭上に白いふわふわした塊が現れた。それはモグの踊りの動きに反応するように広がっていき、やがてサリナたちとチョコボたちをすっぽり覆う、純白の天蓋となった。天蓋のてっぺんには白い球体がくっついていて、それが仄かな光を放っている。
「完成クポ〜」
 得意そうに胸を張るモグの頭を、アーネスが撫でる。
「ありがとう、モグ」
「クポ」
 お安い御用とばかりにモグは手を挙げてみせる。
「けっこうしっかりしてんなあ」
 カインが天蓋を内側から押して感触を確かめた。彼らも旅の道中で野営をすることはある。その時に自分たちで張るテントは、厚手の麻の布と木の骨組みだった。モグが作ったテントは、パンの生地のように弾力のある不思議な物質で出来ていた。手のひらを押し当てるとその形にへこみ、離すと徐々に元の形に戻った。
 チョコボたちは集まって脚を折り、寛ぎ始めた。砂漠を走った疲れだろうか、目を閉じるチョコボもいた。互いの毛づくろいをするものもあった。普段あまりチョコボたちの集まった様子を見ることの無いサリナたちだが、こうして見るとチョコボたちもそれぞれに仲が良いように見えた。チョコボたちの様子に、サリナは微笑んだ。
「モーグリのテントは温度の調節も出来るクポ。快適クポ〜」
「わあ。すごいね!」
 胸の前で手を合わせて喜ぶサリナに、モグが手を振る。その動きに合わせて、頭のぼんぼりが揺れる。
「ではモグ、チョコボたちを頼みましたよ」
「任せるクポ〜」
 セリオルがモグの頭を撫でて、テントを出た。仲間たちもそれに続く。サリナは最後にテントを出た。出入り口をくぐる時、彼女はふと振り返ってチョコボたちを見た。
 アイリーンがこちらをじっと見ていた。つぶらな黒い瞳が、真正面から彼女を見つめていた。陽光色のチョコボは、サリナに向けて頷きかけたように見えた。サリナは少しだけ不思議に思いながらも、あまり気にせずにテントを出た。
 外から見ると、テントはその頂上にモグのものとそっくりなぼんぼりを付けていた。ふらふらと揺れている。サリナはそれを見て、くすりと笑った。
 遺跡の中をどう進むのが正解なのかはまったくわからなかった。神晶碑があった場所がどこか、何もわからないからだ。サリナたちは手探りで遺跡を進んだ。風の王国にとって、神晶碑は重要なものだっただろう。おそらく城の最深部と呼べる場所にあったはずだと、セリオルは推測した。それは多くの場合、王の居室、もしくは尖塔の頂上、あるいは宝物庫といった場所だろう。
「そういやさ」
 襲いかかってきた巨大な蛾の魔物を盗賊刀で斬り裂いて、クロイスが誰にともなく言った。
「思ったんだけど、ここって集局点ってやつなんだよな。幻獣はどこ行っちまったんだ?」
 仲間たちの動きが、はたと止まった。そういえば、とフェリオが言った。
「入り口でそんな話、少ししてたな」
 彼はアーネスを見遣った。確か幻獣のことを口にしたのは彼女だった。
「そうね。セリオルはいないはずって言ってたけれど、確かにどうしてかしら」
 遺跡内にあった遺物が命を持ったのか、魔物化した棺を風水術で破壊して、アーネスはセリオルに目を向けた。セリオルは松明が命を宿した篝火の魔物に、氷塊の魔法を浴びせたところだった。杖を振って、彼は言った。
「あまり考えたくはないことですが、ゼノアに捕まったのでしょう」
「捕まった!?」
 驚きの声を上げたのはサリナだった。彼女は鳳龍棍を振るって、巨大化した蝙蝠の魔物を吹き飛ばしたところだった。
 魔物がひと通り片付いて、仲間たちはセリオルを見た。彼は眼鏡の位置を直した。
「かつて幻獣研究所には、サラマンダーのように我々に協力してくれる幻獣がもう1柱いました。それがガルーダ。風の幻獣、瑪瑙の座。恐らくこのゼフィールの守り神と言われた幻獣です」
「瑪瑙の座の幻獣が、捕まったんですか……」
 ヴァルファーレやアーサーとの戦いを思い返して、サリナはゼノアの恐ろしさを改めて認識した。もちろん、ゼノアには玉髄の座のハデスがついている。黒騎士の力も目の当たりにした。瑪瑙の座の幻獣といえど、1柱では敵わないもの当然だろう。
 しかし彼女は、碧玉の座の幻獣たちの強さもまたよく知っていた。それを上回るはずの瑪瑙の座の幻獣が、言うなれば生け捕りにされたというのがどれほど恐るべき力の為せる所業なのかを思って、彼女は身震いした。
「じゃあ幻獣研究所は、ゼフィールのことをよく知ってたんじゃないのか?」
 フェリオが口にした疑問に、セリオルは首を横に振って答えた。フェリオは怪訝そうな表情を浮かべる。
「当時、ガルーダはゼフィール王国について何も語りませんでした。ガルーダを見つけてきたのはエルンスト所長でしたが、ここで出会ったわけではなかったそうです。ガルーダがゼフィールの守り神だろうと私が考えるようになったのは、フェイロンに行ってからです」
「なるほどな……。研究の末の推論が、ここに来て裏付けられたわけか」
「そういうことです」
 セリオルがガルーダの件を確信したのは、やはりこの遺跡が風の集局点であると確認出来たためだった。ゼノアは風の神晶碑を破壊する際、それを阻もうとしたはずのガルーダを闇の幻獣の力で攻撃し、捕らえたのだろう。つまり、ここには黒騎士も来ていたということになる。
 セリオルのその説明が、仲間たちに黒騎士の力を思い返させた。その漆黒の姿が脳裏をよぎるたび、彼らの胸に去来するのは恐怖と悔しさ、そして焦燥感だった。
「……とにかく進みましょう。今出来るのは、それだけだから」
 毅然とした声で、サリナが言った。彼女は右手で左腕のリストレインに触れていた。金のブレスレットがきらりと光る。ケルベロスのリバレートを受け、黒騎士に対して最も恐怖感を抱いているはずのサリナ。彼女がそう言ったことが、仲間たちに前を向かせる力となった。
「そうだな。行こうぜ、神晶碑ってやつのとこに」
 カインが仲間たちの背中をぽんぽんと叩きつつ歩き始めた。彼の前に甲虫の魔物が現れたが、すぐさま高山飛竜の鞭による攻撃が加えられ、獣ノ鎖に捕らえられた。
「強くなったわね、サリナ」
 アーネスが小さな声でそう言ってくれた。サリナはかぶりを振る。
「強がってるだけです。いつも私、みんなに助けられてばかりですから。たまにはちょっと、私の声でみんなを勇気付けたくて」
「……それを、強くなったって言うのよ」
 アーネスの声は優しかった。サリナはアーネスを見上げ、にこりと微笑んだ。
 遺跡に現れる中でもっとも厄介なのは、風の魔神がごとき風体の、雲のようなものに乗った魔物だった。サボテンダーも面倒だったが、この魔物はそれを超えていた。
 サリナたちは遺跡を虱潰しに調べてまわり、1対の両開きになるらしい扉の前にたどり着いた。扉の上にはゼフィールの文字で何か書かれていたが、いかんせん読むことが出来ない。さすがのセリオルも、解明が進んでいないゼフィール文明の文字には明るくなかった。
 ただ、その扉を守るかのようにして現れた風の魔神の強さが、その扉の先に何か重要なものがあることを推測させた。
「ええええい。ぶんぶんと飛びやがって」
 鞭を握ったカインが苛立った声を上げる。空中を高速で移動するその魔物に、サリナたちは手を焼いた。風の黒魔法、エアロを使ってくるのも厄介だった。その魔法は威力が高く、余波だけでもかなりのダメージを負う可能性があった。不気味な声が呪文を唱え、風の魔法が放たれる。
「来たれ風の風水術、突風の力!」
 アーネスが風水のベルを鳴らし、風の力を巻き起こした。魔法の風と風水の風は空中でぶつかり合い、それぞれの威力を相殺した。
「音も無く隔絶されし白き世界――サイレス」
 セリオルが静寂の魔法を詠唱する。魔法はエアロを放った直後、瞬間的に硬直していた魔神を見事に捕らえた。魔神は声を奪われ、魔法が封じられる。
 魔神は怒りの形相を作ってセリオルを睨み付けた。そしてその直後、空中で回転した魔神は、あろうことか2体に分裂した。全く同じ姿の魔神が2匹、そろって空中を舞う。
「マジかよもうめんどくせーなあ!」
 毒づきながら、クロイスが矢を放つ。しかし動きの速い魔神たちは、その攻撃をすいすいと回避してみせた。クロイスが歯噛みする。
 だがそこに、跳躍したサリナが鋭い攻撃を放った。クロイスの攻撃に気を取られていた魔神のうちの1体に、三節棍に形態を変えた鳳龍棍による、強烈な一撃が叩き込まれる。サリナはマナを纏わせてはいなかったが、鳳龍棍の威力は十分に痛烈で、攻撃を受けた魔神は風となって消え失せた。
 半身を失ったもう一方の魔神は、悔しさに顔を歪めた。そこにクロイスの矢が襲いかかる。矢は魔神に突き刺さるが、魔神は声を失っている。うめき声を上げることも出来ず、苦悶の表情だけを浮かべた。
 怒りに身を震わせながら、魔神はクロイスに襲いかかった。しかし少年は持ち前の敏捷さでその攻撃を回避する。そこへフェリオの弾丸が飛来した。炸薬が仕込まれた弾丸は魔神に命中し、破裂して大きなダメージを与えた。
 静寂の魔法の効果が切れる。魔神は咆哮を上げて敵の姿を探した。その目に留まったのはセリオルだった。
 怒りの声を上げながらセリオルに殴りかかろうとする魔物の前に、アーネスが飛び出した。彼女は蒼雷鋼の盾、ブルーティッシュボルトを掲げてセリオルをかばった。その隙に、セリオルが捕縛の魔法を詠唱する。
「捕縛せよ。自由を奪う毒蛾の燐粉――パライズ!」
 魔法は魔神を捕らえ、その動きを奪った。アーネスが剣で雲の部分に斬りつけると、雲が霧散して魔神は地に落ちた。尻餅をついたところをカインに青魔法で攻撃され、悲鳴を上げながら魔神はついに風となって消えた。
「にゃろう、めんどくせーやつだったな」
 うんざりした声のカインに、セリオルが声をかける。
「どうやら着きましたよ」
「なぬ?」
 セリオルが指差す先に、魔法による封印が解けたのか、ひとりでに開いていく扉があった。
「おお!」
 開ききった扉の奥に、風のマナを放出する魔法陣があった。もはや邪魔者はいなかった。サリナたちは部屋へ入り、魔法陣を観察した。風のマナは、魔方陣から天井へ向けて放出されている。
「……おい、またしても嫌な予感がしますけど」
 マナの動きを辿って上を向いたカインが、ぼそりと漏らした。彼に倣ったサリナ、セリオル、フェリオの3人が彼と同じことを想像したのか、思い出し笑いのように吹き出した。
「なんだよおい、教えろよ」
「私も興味あるわ」
 クロイスとアーネスのふたりが言った。サリナは笑いを抑え、ふたりに説明した。
「風の峡谷でもこんな場所があったんです」
「あん?」
 クロイスも天井を見上げた。しかしそこには天井は無かった。天井は遥か上にあった。どうやら大きな穴が開いていて、風のマナはそこへ向かって立ち昇っている。
「これがなんで、嫌な予感なんだ?」
「来ればわかりますよ」
 セリオルがそう言って、魔法陣の上へ進んだ。彼の法衣を、風のマナが吹き上げる。セリオルに続いて、サリナとフェリオも魔法陣へ入った。ふたりの髪を風の力が舞い上げる。
 カインは魔法陣へ入るのを躊躇しているようだった。アーネスが彼を横目にして、サリナたちに続く。クロイスも足を進めた。彼は魔法陣へ入る直前、カインの尻を蹴った。
「おわっ!?」
 無理やり魔法陣に入らされて、カインはクロイスを睨んだ。
「てめえ! 何すんだ!」
「何もしてねーけど」
「なんだとコラ! しらばっくれても――」
「地の束縛断ち切る我は、翼持つ者――レビテト!」
「えっ!? ちょっとサリナちゃんちょっと、ちょっとおおおおわあああ!?」
 かくして彼らは、風のマナが導く遺跡最上部へと舞い上がった。