第59話

 その部屋には神々しき風のマナが満ちていた。翠緑色の風がたゆたい、サリナたちの汗ばんだ肌を撫でていく。光の帯のような風のマナが緩やかな渦を巻く中心。そこにかつて、神晶碑が存在していたのだろう。今はただ、砕け散った水晶の残骸が無残に散らばるのみだった。風のマナはその痕跡を偲ぶかのように、残骸の上で集まり、そして行き場を見つけられずに解けて宙へ舞う。
「なんてことだ……」
 呼び出されたサラマンダーが、神晶碑の欠片を見つめて嘆いた。6柱の幻獣たちは、いずれも言葉を失っていた。彼らは鎮痛な面持ちで砕けた水晶を囲むように並び、ただその中心を見つめていた。
「こいつが神晶碑ってやつなのか」
 床に散らばる欠片をひとつ摘み上げて、カインが無感動な声でそう言った。
「力を失ったのだ」
 イクシオンの声には、彼の相棒とは違って、痛恨の響きがあった。声は沈み、雷鳴のような力強さは無かった。
「神晶碑が壊されると、マナのバランスが壊れる……だっけ」
 ぽつりと言ったサリナに、幻獣たちは溜め息で答えた。自分の発言を否定された気がして、サリナはあたふたと幻獣たちと見回した。
「それだけでは済まない。このままだともっと深刻なことになる」
 うんざりした口調でアーサーがそう言った。琥珀色の獅子はたてがみを震わせた。
「何だよもったいぶるなよ」
 クロイスは頭の後ろで手を組み、退屈そうに口を尖らせた。彼は幻獣たちの深刻な様子に、いまひとつ共感出来ないでいた。
「そうですね。あなたたちも、神晶碑のことはきちんと知っておいたほうが良いでしょう」
 紺碧の光を纏うオーロラは、そう言いながらヴァルファーレのほうを見た。翠緑の巨鳥は畳んだ翼を、まるで肩をすくめるかのように動かしてみせた。サリナたちの視線がヴァルファーレに集まる。
「神晶碑は、創生の時代にフェニックスが創ったものだ。その役割が、お前たちのエリュス・イリアのマナバランスを保つことであるのはもう知っているだろう」
「ええ。なんとかそこまでは」
 神晶碑の残骸の上で渦を巻く風のマナを見つめながら、セリオルが相槌を打った。それに頷いて、ヴァルファーレは続ける。
「本来はそれが神晶碑の役割の全てだった。しかし400年前、我らが考えもしなかったことが起こり、神晶碑はその役割を追加された」
「統一戦争か」
 仲間たちを代弁するかたちで言ったのはフェリオだった。彼は顎に手を当て、静かに神晶碑の欠片を見つめている。
「あのパスゲアという人間が世界樹を占有しようとした。ウィルムたちの協力もあってその事態そのものは回避出来たが、問題はその後だった」
「統一戦争後……何かあったの?」
 鎧の前で腕を組み、アーネスがヴァルファーレに尋ねた。ヴァルファーレは小さくかぶりを振る。
「いいや。何も起こらないようにするために、神晶碑に封印の役割が与えられたのだ」
「世界樹を守るための封印だ。エルフたちがそれを施した」
 ヴァルファーレを補足するかたちで、アシュラウルが説明した。
「エルフって、昔話に出てくるあのエルフか?」
 相変わらず頭の後ろで手を組んだままで、クロイスが質問した。それに答えたのはセリオルだった。
「世界樹を守る種族と言われていますね。統一戦争以来、人間とは関わってはいないはずですが」
「……あれ? セリオル、君たちは知らないの?」
 サラマンダーがエメラルドの瞳をくりくりとさせて尋ねた。その意外な言葉に、セリオルは首を傾げる。
「アレクサンドルがあの戦争の後、世界樹の許に残ったのですよ」
「えっ!」
 オーロラの言葉に、アーネスが驚きの声を上げる。他の仲間たちも声を上げはしなかったものの、驚きを隠せぬ様子だった。ただクロイスだけはそれほど衝撃を受けた様子ではなく、仲間たちを見て彼はこう言った。
「なんか聞いたことあるぞ」
 アーネスが髪が乱れるのも気にせずに素早く頭を動かしてクロイスのほうを向き、そして頭を抱えた。
「……6将軍のアレクサンドル・フォン・オデール将軍よ」
「おお。道理で聞いたことあるわけだ」
 クロイスは頭の後ろで組んだ手を解き、合点がいったというように左手の平を握った右手で叩いた。
「おいおいクロイスくん、俺でも知ってたぞ」
「うるさい黙れ」
 カインの茶々には即座に対応するクロイスだが、カインが全く動じないので彼は赤毛の青年の脛を蹴った。
「俺でも知ってるとか、頼むから言わないでくれ……普通知ってるんだから」
 始まったカインとクロイスのひと騒ぎそのものは無視して、フェリオは頭を抱えた。
「クロフィールの第二の世界樹はクラエス将軍、世界樹そのものはアレクサンドル将軍ですか……」
 まるで6将軍たちの足跡を辿っているようですね、とセリオルは続けた。その言葉に、サリナは心臓がトクンと脈打つのを感じた。世界の秘密に、自分たちは近づこうとしている。幻獣と関わりを持った時からわかっていたことだったが、改めてそれを実感した。
「でもエルフの封印って、そう簡単に破れるものなのか?」
 フェリオの問いかけに、幻獣たちは低くうめくに留まった。口を開いたのは、唯一サラマンダーのみだった。
「エルフたちの封印術は、僕たちも破ることは出来ないんだ。エルフたちか、モーグリたちにしか解けない。ゼノアがそれをどうやって破ったのか……その方法はわからないけど。もしかしたらハデスが破ったのか……」
「いずれにせよ破られたのは事実だ。今後もそれが続くかもしれん」
 アシュラウルは口の端から、口惜しさをにじませる口調でそう言った。それにイクシオンが続ける。
「一刻も早く、他の神晶碑を守らねば。カイン、お前たちにも協力してもらうぞ」
「おう?」
 クロイスとふたりで神晶碑の欠片を摘み上げては観察していたカインが、急に名を呼ばれて立ち上がった。
「何をすんだって?」
 イクシオンは頭を振り、たてがみから紫紺色のマナの粒を飛ばした。光の粒はぱちぱちと弾け、風の流れに乗って漂う。
「神晶碑に更なる結界を施すのだ。お前たちリバレーターにしか張ることの出来ぬ、強力な結界を」
「それをすれば、神晶碑を守ることが出来るんですか?」
 サリナの質問に、イクシオンは頷いて答えた。ほっと安心したように、サリナは息をついた。
「幻獣の力では絶対に破れぬ結界だ。エルフの封印は事によってはハデスが破ったのかもしれんが、お前たちが張るものは絶対に破れぬ」
「となると瑪瑙の座の集局点を、回らないといけないわね」
 腕を組んだまま、アーネスが言った。彼女は続ける。
「機動力が必要ね。外海を渡るための」
「集局点は世界中に散らばっていますからね。ヴァルファーレ、それぞれの位置はわかりますか?」
 セリオルの言葉に、翠緑色の巨鳥は翼をふわりと動かした。光の粒が舞う。
「お前たちの言葉でどう呼んでいるかは知らぬが、おおよその場所ならわかる。だが詳細までは判然とせぬ」
「助かります。詳しい場所については、私たちで調べましょう」
 セリオルはヴァルファーレの羽毛に触れた。柔らかく、繊細な羽。彼に触れていると、自分のマナが回復するような気さえした。
「あの、ちょっと訊いてもいいですか?」
 次なる行動の方向性が見えたところで、おずおずとサリナが手を上げた。視線が彼女に集まる。幻獣たちは先を促した。
「もしも神晶碑がゼノアに全部破壊されてしまったら、どうなるんですか?」
「おいおいサリナ、後ろ向きなこと考えるのはやめようぜ」
 カインが大げさな身振りでそう言った。しかし彼の言葉は、彼の弟によって否定される。
「いや、万一のことは考えておいたほうがいいんじゃないか? その時の手も考えておかないと」
「むむ……フェリオくん、確かに一理あるね」
 そう言って人差し指を立てるカインを、フェリオは至って冷静に無視した。彼は幻獣たちの言葉を待った。
「神晶碑が全て破壊されれば、あなたたちが大枯渇と呼ぶ現象が、エリュス・イリア全土を襲うことになるでしょう。人間界は、実質的に消滅します」
「……マジ?」
 オーロラの流水のように美しい声に、しかしクロイスは冷や汗を浮かべずにはいられなかった。このゼフィール遺跡を囲む、広大な砂漠。これが、世界中を覆うだと?
 ぞくりとした悪寒を、サリナも感じていた。彼女は想像した。フェイロン、ユンラン、ロックウェル、リプトバーグ、イリアス、クロフィール。これまでに訪れた場所、そこで出会った愛すべき多くの人々。彼らの暮らしが、命が、世界規模の大枯渇で奪われることを想像した。そのイメージが、あの漆黒の騎士と重なる。サリナは自分の身体を抱きしめた。震えがくる。
「ゼノアは、どうしてそんなことを……」
 恐ろしい想像に声を震わせながら、サリナは呟いた。彼女には到底理解出来なかった。何年も何年もかけて、世界を破滅させようとするゼノアの考えが。
「エリュス・イリアが消滅すれば、全てのマナは幻獣界のものになる。エリュス・イリアにマナを保っておくものが無くなるからな。そのゼノアという者、マナを統べて幻獣の王にでもなるつもりか?」
 アーサーの声は訝しげだった。彼にも、ゼノアがそんなことをしようとする理由がわからないからだ。
「マナを統べるというのは、世界樹を支配するということですか?」
 眉間にしわを寄せて、セリオルは質問した。彼はさきほどのヴァルファーレとアシュラウルの言葉を思い返していた。神晶碑には世界樹を守るための封印の役割もある。それが破壊されれば、世界樹を守る封印も消滅する?
「その通りだ。神晶碑が破壊され、封印が解ければ世界樹がほとんど無防備になってしまう」
 ヴァルファーレがそう答えた。しかしフェリオが、それに疑問を呈する。
「ちょっと待ってくれ。そんな事態を、瑪瑙や玉髄の幻獣たちは放置してるっていうのか?」
 そう言えば、という表情で、サリナたちはそれぞれの幻獣を見つめた。幻獣たちはやはり浮かない様子である。
「僕たちには、それぞれに役割があるんだ。碧玉の座の僕たちは、このエリュス・イリアを監視してる。瑪瑙の座の幻獣たちは神晶碑を守ってる。玉髄の座の幻獣たちは、幻獣界を守護してる。だからそう簡単には動けないんだ」
 サラマンダーがそう答えたが、フェリオはそれにかぶりを振った。
「でも今は非常事態だろ? こんな時でも幻獣たちは動かないのか?」
「動かないのではない。動けぬのだ」
「なんだって?」
 答えたアシュラウルに、フェリオはやはり疑問を返した。両目を閉じ、アシュラウルは口惜しげな声で言った。
「幻獣界を統べる、幻獣の神。炎の幻獣、玉髄の座のフェニックスが、行方不明なのだ」
「……行方不明、ですか」
 よくわからないと言うふうに、サリナが呟いた。仲間たちの気持ちを代弁した言葉だった。
「フェニックスは、昨今のエリュス・イリアのマナバランスの変化を不審に思っていました。もしかしたら、パスゲアの時のようなことが起こるのではないかと。だから彼女は、自らこの人間界、エリュス・イリアに降り立って調査に入ったのです」
 オーロラは美しい中にも悲嘆の感情の入った声でそう話した。紺碧の光が、不安げに揺れる。
「それで、どうして行方不明に?」
 セリオルが即座に訊き返したが、それにはアーサーが溜め息と共に答えた。
「それがわかれば、苦労はせぬよ。私たちもさきほど初めて、ガルーダが捕まったことや神晶碑が破壊されたことを知ったところだ。今この人間界で何が起こっているのか、理解しきれてはいない」
「いずれにせよ実質的に動くことが出来るのは、現状では我々碧玉の座の幻獣だけということだな」
 ヴァルファーレは苛立ちを帯びた声で言った。ゼノアへの怒りや、ままならない現状に対してのものだろうと、セリオルは感じた。彼は翠緑色の光を纏う純白の羽毛を撫でながら、風の幻獣に尋ねた。
「この神晶碑は、復元することは出来るんですか?」
「フェニックスだけが可能だ」
「なるほど」
 そう言って、セリオルは緩い渦を巻く風のマナに近づいた。そよ風のように心地よい風が首筋を撫でる。
「いずれ復元する時のために、ここにも結界を張りましょう。幸いゼノアは、神晶碑の欠片を持ち去ってはいないようですが」
「そうだな」
 ばさりと音を立てて、ヴァルファーレは翼を広げた。彼は翠緑色の光を放つ。
「私がクリスタルになったら、拘束具を掲げるのだ。神晶碑はフェニックスが生み出したクリスタルだ。クリスタル同士のマナの共鳴を起こして、結界を張る。セリオル、お前は私と神晶碑を繋ぐ楔の役目をするのだ」
「わかりました」
 頷いて、ヴァルファーレは光に包まれた。巨鳥の身体が縮まり、翠緑色の美しいクリスタルへと変化する。クリスタルは宙を飛び、セリオルのリストレインに収まった。
「皆、神晶碑の欠片を集めます。手伝ってもらえますか?」
「あ、はい」
 しゃがんで、神晶碑の欠片を拾う。その間に、幻獣たちはクリスタルとなってそれぞれのリストレインに戻った。
 サリナは不思議な気持ちだった。エリュス・イリアが滅びるだとか、幻獣界を支配するだとか、話が大きすぎて実感が湧かない。
 でも、と彼女は考える。いずれにせよ、彼女にとってはゼノアを止めることが必要だ。世界の命運を賭けた戦いだと考えると、気が遠くなりそうになる。ゼノアはサリナにとって、父を幽閉した男だ。父を救い出すためには、ゼノアの凶行を止めなければならない。それが結果として世界の人々を守ることになるのだと、彼女はそう考えることにした。何でも重いほうに考えてしまうのは良くないと、サリナは仲間たちから学んだ。
「サリナ、大丈夫か?」
「え?」
 声をかけてきたのはフェリオだった。彼は床に散らばった欠片を集めながら、サリナの様子を気遣っていたようだった。それに気付かなかったことに、サリナは少し赤面した。
「話が大きすぎて、実感が無いんだろ」
「わ。な、なんでわかるの?」
 動揺して集めた欠片を取り落としそうになり、慌てて抱え直すサリナに、フェリオは苦笑した。サリナの顔が更に赤くなる。
「俺もそうだからだよ。たぶん、みんな同じだ。兄さんとクロイスはまだ全然深刻に考えてないし、セリオルやアーネスにしてもまだ頭がついていってない。自分たちに世界の行く末が懸かってるなんて、よくわからない話だよ」
「うん……」
 サリナは、短くそれだけを答えた。それ以上の言葉が見つからなかった。俯いたサリナに、フェリオは小さく笑う。
「何にしても、さっき兄さんも言ってたけど、今やれることをやるしかないんだ。ゼノアの奴の鼻っ柱を叩き折ってやるために、今やれることをやろう」
「うん、そうだね。ありがとう、フェリオ」
 そう礼を言って、サリナは微笑んだ。地に足のつかない感じが和らいだ。今はともかく神晶碑の欠片を集め、セリオルに結界を張ってもらおう。
 ほどなくして、ゆるく渦を巻く風のマナの許へ、砕け散った神晶碑の欠片が集められた。セリオルはその前に立ち、首飾りの形をしたリストレインを掲げる。
「ヴァルファーレ、お願いします」
 その声に呼応して、ヴァルファーレのクリスタルが輝く。周囲の風のマナが集まり、クリスタルの光に応じるようにして、まるで空間そのものを凝固させるように濃縮されていく。
 やがて、神晶碑の欠片をすっぽりと覆うようにして、翠緑色の結界が完成した。それは甲殻類の半透明の殻のようにも、あるいは角張った檻のようにも見えた。
「完成ですね」
 緊張のためか、額の汗を拭ってセリオルが言った。これでひとまず、神晶碑の欠片がここから移動される心配は無くなったと言える。玉髄の座の幻獣の力でも動かせぬとなれば安心だろう。
「しっかし、ほんとに実在するんだな、フェニックスとかって」
 腰に手を当ててぐっと伸びをし、カインがそう言った。彼もやはり、幻獣たちの話に現実感を持ててはいないようだった。
「わかってはいたことですが、実際幻獣たちから話を聞くと、気が遠くなりますね」
 セリオルも苦笑しながらそう言った。彼に続いて、アーネスも口を開いた。
「ほとんど神話の世界の存在だものね。統一戦争の時のことは、あまり知られていないし」
「そういや、そうだよな。どの幻獣が、力を貸して、くれたのかって、知らねーよな。なんでだ?」
 屈伸運動をしながらクロイスが疑問を口にした。合間に、ほっほっと掛け声が入る。
「6将軍の話と同じでしょうね。ゼノアのような者が、玉髄の座の幻獣たちのことを知るのはまずいですから」
「ああ、そうか、なるほど、な」
 今度は上半身を捻る運動を始めたクロイスは、ほっほっと言いながらセリオルの言葉に同調した。何度めかの捻りの際、カインが突き出した鞭のグリップに腕をぶつけ、彼は激怒して悪戯の主に攻撃を加えた。
「いや運動し足りねえのかと思って」
「だからって何で痛くすんだよ! 意味わかんねーし!」
「はっはっはっは」
 やんやと始まった追いかけっこに、サリナたちはまたかと苦笑した。

「あ、暑いクポ〜」
 サリナたちが戻るまで、無事にテントでチョコボたちを休ませてくれていたモグは、そのまま一緒に遺跡の外へ出た途端にそう言った。ひんやりとした石造りの遺跡内部とは異なり、砂漠は灼熱していた。
「大丈夫? 森に帰る?」
「クポ……」
 心配そうなサリナを見つめて、モグは空中でふわふわと動いた。その様子を見て、フェリオはマナの精霊も暑さを感じるのかということに感心していた。
「もうちょっといるクポ。ひとりだったから退屈だったクポ〜」
「あはは。モグ、遊んでほしいの?」
「クポ〜」
 暑さに弱りながらも踊ろうとするモグの頭を、サリナが撫でる。彼女はそのままモグを胸に抱いて、アイリーンの背に上がった。
 サリナたちと6色のチョコボたちは、ゼフィールの遺跡を振り返った。高貴なるジャボテンダー王の城。神晶碑は、エルフやモーグリ、あるいはリバレーターでない者が干渉しようとすると、恵みではなく滅びの力を生むのだと、ヴァルファーレが最後に語った。ガルーダは恐らく、かつてゼフィールの民たちにそれを警告しただろう。人間を愛する、心優しき幻獣なのだと、自分の上位に当たる幻獣のことを、ヴァルファーレは紹介した。
 滅びの風、そして大枯渇。二度の破滅を経てなお、ゼフィールの城はその腰をマキナの地にどっしりと据えている。いずれエリュス・イリアに平穏が訪れた時、学者たちはここを見て言うだろう。ゼフィールの文明は、想像を超えて偉大だったと。
「さて、んじゃ戻るか?」
 城を見上げる仲間たちへ向けて、カインが声をかけた。彼は降り注ぐ太陽の光の下で、なお活力を増しているようだった。ルカも早く走りたくてうずうずしているようだ。
「そうね。セリオル、いったん“雨林の夕立亭”に戻るんでしょ?」
 オラツィオの上で髪を束ね直しつつ、アーネスがセリオルに尋ねた。魔導師は暑さに法衣の首元をぱたぱたとさせ、眼鏡の位置を直す。
「ええ。今日は休みましょう。それで明日、水晶の泉へ行きます」
「いよいよだな、クロイスくん。泣くなよ」
「黙れバカ! 誰が泣くかあほたれ!」
 また始まった、と仲間たちが笑う中、セリオルはひとり眉間にしわを寄せて沈黙していた。それに気付いたサリナが彼に声をかける。
「セリオルさん、どうしたの?」
「……ああ、サリナ」
 セリオルは顔を上げた。サリナは驚いた。セリオルの顔が蒼白だったからだ。
「ど、どうしたのセリオルさん! 具合悪いの!?」
 サリナの大声に、仲間たちが何ごとかと集まってくる。皆、セリオルの様子を見て驚いている。
 セリオルはしばらく何も答えず、両目を閉じていた。そして彼は大きく深呼吸をし、呼吸を整えてから目を開いた。
「ゼノアは、恐ろしい男です。どうやら彼は、10年前に想像していたことを全て現実にしてしまった」
「……どういうことですか?」
 サリナは察した。セリオルは体調が悪いのではない。彼はただ、何かを知ったのだ。全身が蒼白になるほどに血の気の引く、恐ろしい何かを。
「全ては明日、水晶の泉へ行けばわかるはずです。出来ることなら、私もそれを口にしたくはない」
 そう言って、セリオルはそれきり沈黙した。どうしようもなく胸がざわつくのを、サリナは止めることが出来なかった。