第68話

 娘の申し出に、ラッセルは困り果てていた。
 彼にとって、シスララは目に入れても痛くないほど可愛がってきた、たったひとりの愛娘である。自分やエル・ラーダの民は皆日焼けしているが、シスララだけは焼けていない。それは果樹園等での仕事をさせず、極力屋敷から出さないようにしてきたからだ。シスララの白磁の肌は、民たちの憧れの的だった。
 そのシスララが、旅に出ると言っている。それも、アーネス以外は今日初めて会った、どこの馬の骨とも知れぬ連中と。さきほどの幻獣は本物のようだったが、だからといって娘の安全が保証されるわけではない。事実、彼らは王都で、ゼノアなる男に敗れているではないか。
「……だめだ! やはりシスララ、お前を行かせるわけにはいかん!」
 サリナたちと手を取り合って自己紹介を嬉しそうにしている娘の背中に、ラッセルは大きな声を浴びせた。サリナがびくりと肩をすくめる。
 シスララはあまり動じなかったように、ゆっくりと振り返った。
「お父様、どうしてです?」
 小首をかしげ、不思議なことでも聞いたかのような反応の娘に、ラッセルは青筋を立てる。
「何を言っているのだ。お前はこのエル・ラーダ自治区の、ブルムフローラ伯爵家のひとり娘なのだぞ! 自分の言っていることがわかっているのか!?」
 声を荒立てるラッセルに、シスララはやはり首を傾げている。
「おい、おっさん怒っちまったじゃん。やばくね?」
「やべーと思う。けど俺にゃどうしようもねー」
 ひそひそ話をするカインとクロイスを、フェリオが嗜める。サリナはひやひやしていた。
「お父様、お父様こそ、どうしてそんなことをおっしゃるのです?」
 父から怒鳴り声を向けられても、シスララは意に介さないかのように、声の調子を全く変えなかった。わざとそうしているのだとしたら大したものだと、セリオルは胸中で唸った。
「ああいう子なのよ、昔から」
 そのセリオルにぎりぎり聞こえる小さな声で、アーネスが言った。セリオルは彼女を見た。その口元に、小さな笑みが浮かんでいる。
「おっとりしてるように見えるけど、自分の主張はきっちり通す子なの。あの、他人の声に一切動じない調子でね」
「……ある意味、末恐ろしいですね」
「ふふ。そうね」
 娘から反抗ともとれる言葉を向けられて、ラッセルは激昂した。しかし彼は、心のどこかで悟っていた。こうなったシスララを説得するのは、きわめて難しいと。
「お前にはこのエル・ラーダを守らねばならんという自覚が無いのか、シスララ! そんな危険な旅に出て、無事に帰ってこられる保証などどこにあるというのだ!」
 父のその言葉を、シスララは人差し指を顎に当てて、頭の中で何度か再生した。しかし彼女には、どう考えても父の言葉は浸透してこなかった。
「だってお父様、世界が終わってしまっては、エル・ラーダの未来など無いでしょう?」
「ぐっ……」
 シスララの端的な言葉に、ラッセルはさきほどまでの勢いを殺がれてしまった。前のめりだった身体が、あっという間にのけぞった。
 だが、ここで引いては父の威厳に関わる。気を取り直して、ラッセルは再び声を張り上げた。
「だ、だからと言って、なぜお前なのだ! 他の、もっと屈強な戦士でも良かろう!」
 その言葉を、シスララはやはり、顎に人差し指を当てて聞き終えた。そして彼女は、父の目をじっと見て口を開く。
「お父様、今必要なのは、聖の幻獣に協力を仰ぐことの出来る、聖のリバレーターでしょう? それに私、この自治区でもなかなか強いほうだと思っていますけれど」
「ぐぐっ……」
 シスララのたおやかな声に圧倒的な力が篭っているかのように、それを受けたラッセルは見事にのけぞった。それを見て、後ろでカインとクロイスが笑いをかみ殺している。フェリオも吹き出すのをこらえるのに必死だった。サリナはやはり冷や冷やしている。
「だ、だが、お前以外にも聖のリバレーターはいるのではないのか!? 世界にたったひとりということはなかろう!」
「そうかもしれないですけれど、世界のどこにいるかわからない他の方を、これから探せとおっしゃるのですか? ここにひとり、既にいるのに?」
「ぐ、ぐぐぐっ……」
 サリナには、のけぞるラッセルの気持ちがよくわかった。彼はただ、心配なのだ。大切な愛娘が、危険な旅に出るということが。当然だと、彼女は思った。自分の大切なひとが危険に身を晒すことに、簡単に賛成する者などいない。
 彼女は故郷の祖父母を思った。ふたりはどうだったのだろう。自分が旅に出る時、やはり不安だっただろうか。きっとセリオルが自分を連れて王都から逃げてきた時、全ての覚悟は決めていたのだろう。しかしそれでも、ひとはそう簡単には大切な人を見送ることなど出来ない。彼女は旅立ちの時のダリウとエレノアの表情が忘れられなかった。精一杯の笑顔の裏に、大きな不安があったことを。
「だ、大体だな、大体その、ゼノアというやつを放っておいたとして、世界が終わってしまうという確証はあるのか! ええ!?」
 何度目かになる怒鳴り声は、やはりシスララの人差し指1本によって軽く受け流された。彼女は邪気の無い顔で、的確な言葉を父に送る。
「少なくともさっきの幻獣さんたちのお話は嘘ではないでしょうし、だとすれば既に世界で確認されている異変がこのまま続けば、エリュス・イリアが崩壊するかどうかはわからないにしても、大きなダメージを負うことになるのは明白ですよね、お父様」
「ぐっ、ぐぐぐっ……ぐああああああ」
 ついに、ラッセルは頭を抱えて仰向けに倒れてしまった。のけぞるだけでは耐え切ることが出来なかったのだ。滑稽なその様子に、カインとクロイスはもはや隠すことなく笑っていた。そのふたりを見て、サリナは悲しくなった。
「カインさん、クロイス、笑っちゃだめです」
「へ?」
「ほ?」
 初めてかもしれなかった。ふたりは、サリナから諌められた。それが意外で、笑いはぴたりと止まった。
 仲間たちはサリナに視線を集めた。サリナは悲しそうだった。そんなサリナを見て、フェリオは自分を恥じた。サリナが悲しく思っている理由が、彼にはすぐにわかった。
「サリナ……」
 呟くように自分の名を呼んだセリオルに小さく頷きかけて、サリナは倒れたラッセルの近くへ行った。シスララは父のところへ歩くサリナを、静かに見つめていた。
「ラッセルさん」
 ラッセルの傍らにひざまずいて、サリナは呼びかけた。伯爵の称号を、彼女はつけなかった。今は貴族と庶民としてではなく、人間同士として話がしたかった。
「……なんだね」
 起き上がろうともせず、ラッセルは自棄的な声で答えた。彼の心は空虚だった。
「私たちには、シスララさんの力が必要です。シスララさんが危険な時は、私たちが全力でお守りすることをお約束します。だから――」
「だから安心しろと、言う気かね?」
 ラッセルの言葉に、サリナは首を横に振った。それが視界の端に入り、ラッセルは意外な気がした。だとしたら、どういうつもりなのだ?
「安心してくださいなんて、言えません。私たちの戦いは、勝ちが約束されているものではないですから。これまでにも、何回も危ない目に遭ってきています」
 ラッセルは鼻を鳴らした。話にならない。
「なんだねそれは。君は私に何が言いたいのだね」
「私が言いたいのは、ひとつだけです」
 サリナは姿勢を変えた。彼女は石の床の上に、正座をした。背筋を伸ばし、ラッセルに向き合う。
 ブルムフローラ伯爵は、サリナ・ハートメイヤーのその姿に、さすがに身体を起こした。エリュス・イリアの一角を統治する者として、庶民のその姿勢に向き合わないわけにはいかない。
「ラッセルさん、私たちを、信じてください。私たちはまだまだ未熟で、ゼノアを止めるだけの力はありません。でもこれから、それを付けていくつもりです。世界を回って、瑪瑙の座や玉髄の座の幻獣たちを探します。危険は伴います。でも私は、私の仲間を信じています。皆となら、どんな困難でも乗り越えていけると。きっとゼノアを止めることが出来ると。それを証明する方法は、今の私たちにはありません。だから――」
 そこで言葉を切り、サリナは目を閉じて深呼吸をした。ラッセルは、ただ黙って彼女の次の言葉を待った。目の前で必死に自分に訴えかける、この小さな少女を。そしてその後ろで静かに彼女を見守る、その仲間たちを。彼は、自分に正面から向かってくる、彼らの心を待った。
 サリナは目を開いた。そして石の床に、三つ指をついた。そして彼女は、その口から魂の言葉を紡ぎ出す。
「だから、私は、ただひとつだけお願いしたいんです。私たちを信じてくださいと。シスララさんの身は、私たちが全力でお守りします。ですからお願いです、私たちを、信じてください!」
 サリナは床に額をつけんばかりに懇願した。それは彼女の心から生まれた、素直な行動だった。
 セリオルもアーネスも、そのサリナの姿に心を打たれた。彼らは理屈でラッセルを説得しようとした。しかし、理屈でひとの心は動かない。サリナはそれを、先天的に知っていたのだ。ひとに何かを頼む時は、何よりも誠意が大切だと。心で訴えなければ、ひとの心は動かないのだと。
 自然と、ふたりはサリナと同じ行動を取っていた。冷たい石の床に両膝をつき、頭を下げた。自分たちに出来るのは、これだったのだとふたりは悟った。
 そしてそれに、残る3人も続いた。カインですら、何も言わずに頭を下げた。さきほどまでラッセルを笑っていたことを、彼は心から恥じた。サリナのまっすぐな姿を、彼は見習おうと思った。
 6人が、ただ沈黙のうちに頭を垂れていた。流れる水の音だけが聞こえる。
 シスララは、6人の姿に心を震わせた。こんなことが出来るほど、彼らは世界のことを考えているのだ。ゼノアを止めなければならないという思いが強いのだ。もちろん、各々にゼノアに対しての感情はあるだろう。だが、それだけではここまでの行動は出来ないと、彼女は思った。彼女は黙ったままの父を見た。父は静かな目で、目の前で土下座をする6人を見つめていた。
「お父様……」
 シスララの肩で飛竜が啼く。ラッセルの飛竜が、それに応じるように啼いた。2頭の飛竜は、それぞれの主の顔に頬を寄せた。
 心の震えに衝き動かされるようにして、シスララはサリナの隣で膝をついた。生まれて初めて、彼女は父の前で、石の床に膝をつけた。
 そして彼女は、頭を下げた。打算も理屈も無い、それはシスララの心の動きだった。
「お父様、私は、世界を救いたいなどという大それたことは申しません。ただ、私たちのこの暮らしを支えるため、貧しい思いをしているエル・ラーダの皆様のお役に立ちたいのです。ゼノアという方の所業を食い止めれば、世界のマナが元に戻り、エル・ラーダの果物もまた実りを取り戻しましょう。私たちの暮らしを切り詰めても、高は知れております。この街の、自治区の皆様のために、私のこの小さな力が役に立つのなら、私は、命を賭して、それを叶えたく思います!」
 シスララの飛竜が啼く。それに応えるように、ラッセルの飛竜も啼いた。
 ラッセルは娘の姿を見つめた。シスララは意志の強い娘だ。自分で決めたことはやり抜く強さを持っている。だが今、彼女は自分以上の強さを持った存在に、強く感化されていた。
 サリナ・ハートメイヤー。まだ18歳の子どもだ。しかしそんな子どもが、自らの命を懸けた闘いに身を投じている。出来るのは自分たちしかいないからだ。その闘いに、彼女はシスララが必要だと言う。
 エリュス・イリアの政治の一角を担う貴族。その当主。ラッセルは自分の身体を見下ろした。子どもに世界を任せるなど、冗談ではない。自分たちにしか出来ないなど、子どもがそんなことを背負うものではない。背負わせるものでは、ない。
 ラッセルは立ち上がった。彼は思った。まっすぐな思いは、必ず届く。
「図に乗るな、シスララ、そしてサリナ」
 名を呼ばれたふたりが顔を上げる。同時に、サリナの仲間たちもラッセルを見た。ブルムフローラ伯爵は、肩の飛竜の頬を撫でている。飛竜は気持ち良さそうに目を閉じる。
「ラッセルさん……」
「お父様……」
 ふたりは痛恨の面持ちだった。後ろの者たちも同様だった。中には彼への不満を今にも口にしそうな者もいた。ラッセルは溜め息をつく。そして大きく息を吸い込んで、彼は告げた。
「自分たちにしか出来ないなどと、図にのるんじゃない。いいかね、君たちは我々の代わりに、実際の戦闘を担うだけだ。世界は皆のものだ。したがって、世界は皆で守るべきだ。君たちだけに守らせはしない」
 その言葉に、サリナたちの顔がぱっと明るくなる。わかりやすいその反応に、ラッセルは頬をゆるめる。
「君たちに協力しよう。シスララは槍の名手だ。君たちの実力は存じ上げないが、それなりの戦力にはなろう」
「ありがとうございます!」
 立ち上がって真っ先に礼を述べたのは、やはりサリナだった。サリナは同じく立ち上がったシスララの顔を見た。ブルムフローラ家の息女は、柔らかな微笑みを浮かべてサリナを見つめていた。濡れたような黒瞳が印象的だった。
「ありがとうございます、ブルムフローラ伯。そして、シスララ……さん」
 シスララへの敬称を“様”にすべきか“さん”にすべきかで迷い、セリオルは“さん”を選択した。しかしそれでも、どこか違和感があってセリオルはむずむずした。
「シスララで結構ですよ、セリオルさん。皆様も、どうか仲良くしてくださいませ」
 全員が床に立ったのを確認して、シスララは頭を下げた。彼女も胸は、使命感と期待感でいっぱいだった。
「わかりました。よろしくお願いします、シスララ」
「あーあ、やっと決まったか。よろしくな、シスララ!」
「お前、いきなり気安すぎねえ?」
「いいんだよバカ、これから一緒に旅するんだから」
「うふふ。そうですよ、クロイスさん。クロイスさんも、シスララとお呼びくださいね」
「え。お、おう。わかった、よ、その、シスラ、ラ」
「なにどぎまぎしてんの、あんたは」
「う、うっさい! 貴族なんかと話したことないんだからしょうがねーだろ!」
「くっくっく。キンチョーかねクロイスくん、可愛いねえ」
「なんだ、国王様にはあれだけ大胆な談判をしたのにな。シスララが女性だからか?」
「だああああてめーら殺す! もう殺す!」
「ひゃひゃひゃひゃひゃ」
 緊張がほぐれたためか、いつもの賑やかさが戻って来た。シスララは楽しそうに笑っている。サリナは苦笑した。高貴な身分の人物の前でも、彼女の仲間たちはやはりマイペースだ。
「いつもこんな感じなのかね?」
「はい、だいたいこんな感じです。すみません」
 あまりそうは思っていない様子で、サリナは頭に手を置いた。ラッセルは微笑んだ。良い者たちだと、彼は思った。
「さて、もうだいぶ遅くなってしまっただろう。君たち、宿はとっているのかね?」
 ラッセルの言葉に、騒いでいた連中がぴたりと動きを止める。カインとクロイスの顔が期待に輝いた。
「はい、“瑞花の果実亭”を取ってあります」
「だああああなんで素直に言っちまうんだよサリナああああ」
「え? え?」
 カインの言葉に、サリナは混乱した。何か悪いことをしただろうか?
「はっはっは! まあいいじゃないか。今夜はうちに泊まっていきなさい。宿にはうちの者を遣いにやろう」
「え? いいのかおっちゃん!」
「やりー!」
「おっちゃんってあんたね……」
 実に嬉しそうなカインとクロイスに、他のメンバーは苦笑したり頭を抱えたりと忙しい。シスララはそんなサリナたちの様子を、嬉しそうに見ている。
「ではシスララ、皆さんに食事をご用意しようか」
「はい、お父様。皆様、こちらへいらしてください」
「おう、行く行く!」
「カイン、少しは行儀をわきまえてくださいよ」
「無駄よ、セリオル。こういう時はね――」
 ひゅん、と鋭い音がして、アーネスの手刀がカインの脳天に叩き込まれた。

 早朝。サリナたちは花天の街のチョコボ厩舎に来ていた。
 昨晩、サリナとアーネスはシスララの部屋に泊まった。ソレイユという名らしい飛竜は、早くに眠ってしまった。3人はこれまでの旅のことや、これからしなければいけないことを詳しく話した。シスララはひとつひとつを丁寧に聞き、熱心に質問をした。サリナは嬉しかった。アーネスに加えて、もうひとり歳の近い姉が出来たようだった。話は旅のことだけでなく、それぞれの生い立ちや経歴にも広がった。シスララが生活の苦しい民のことで心を痛めていたことや、アーネスが騎士になった理由などを聞いて、サリナは胸を熱くした。
 サリナは、もうひとりの仲間であるモグを呼び、シスララに紹介した。シスララはその可愛らしさに歓声を上げ、モグを胸に抱いてその柔らかい毛を撫でた。飛竜が目を覚まし、モグと遊んでいた。飛竜はマナに敏感だそうで、そのせいかモグとはすぐに仲良くなったようだった。
 深夜まで話していたため、やや寝不足になるかもしれないとサリナは心配したが、朝食で食べた栄養たっぷりの果物が、彼女に活力を与えた。すっかり目も覚め、朝の澄んだ空気と花天の街の香気をいっぱいに吸い込む。
「遅いな、シスララ」
 イロの手綱を握ったクロイスが、沙羅の宮のほうを眺めた。白亜の宮殿は、朝もやのかかる街の空に、その丸い屋根を輝かせている。
「旅支度してんだから、ちょっとは時間かかるんだろ。とりあえず色々持ってくるだろうから、デブチョコボに預けるか?」
「僕の出番クポ〜。任せるクポ〜」
 カインの言葉に短い腕を懸命に振って、モグが張り切っている。はっとして、サリナは気づいた。そういえば第二の世界樹に帰すのを忘れていた。
「まあ、ぬいぐるみみたいだから大丈夫よきっと」
 そう言って、アーネスはモグの頭を撫でた。少し長くなったてっぺんの毛をひっぱる。モグはそれを気にして腕を伸ばすが、なかなか届かない。
「ぬいぐるみじゃないクポ〜。僕はモーグリクポ〜」
「ふふ。わかってるわよ」
 そこにいるのは、サリナ、カイン、クロイス、アーネスの3人だけだ。セリオルとフェリオは、沙羅の宮に残った。
 昨晩の食事の席で、ラッセルはサリナたちに、船を提供することを申し出てくれた。これから瑪瑙の座の集局点を回らなければならないサリナたちにとって、この上なくありがたい話だった。もちろん彼らは船を拝借することを躊躇わなかった。
 だが、ひとつ難点があった。船は小型の蒸気機関しか搭載しておらず、早掻の海はもちろん、閑掻の海でも渡るのは難しいということだったのだ。
 そこで、セリオルとフェリオが残り、船に大型の蒸気機関を設置する工事を行うことになった。蒸気機関を強化し、外海を渡る力を得るのだ。
 かくしてサリナたちは、ツインブレインズを除いたメンバーで出かけることになった。
「あ、来たみたいです」
 朝もやの向こうから、チョコボの足音が聞こえてきた。目を凝らすと、沙羅の宮のほうからひとを乗せたチョコボが走ってくる。徐々にそのシルエットがはっきりする。
「うお、すげえ」
「まあ、綺麗ね」
 そのチョコボは純白で、首から花びら型のモチーフで装飾された首飾りを提げていた。首飾りにつけられたネームプレートには、イルマ・フフタラと書かれている。
「皆様、お待たせ致しました」
 純白のチョコボの背から降り、シスララは頭を下げた。旅装束に身を包んだブルムフローラ家の息女は、その背に長い槍を負っている。肩ではもちろん、空色のソレイユが澄ましている。
「私のチョコボ、イルマです。私とソレイユともども、よろしくお願い致します」
「おう、勇ましいじゃねえの、シスララ。いいねえ!」
「よろしくね、シスララ!」
 カインに続いて、すっかり仲良くなったサリナがそう言ってシスララを迎えた。
「よ、よろしくな」
「改めてよろしく、シスララ」
 まだ緊張しているのかぎこちないクロイスと、親しみを込めた笑顔のアーネス。四者四様の言葉で、彼らは新たな仲間を迎え入れた。
「はい、よろしくお願いします」
 使命を共にする仲間たちに、シスララはたおやかな笑顔で応える。彼女はイルマの手綱を握り、街の外へ目を向けた。
「それでは、参りましょう。聖獣の森へ」
 彼らはそれぞれのチョコボの背に乗り、花天の街を出発した。エル・ラーダの西に位置し、昔から聖なる獣が棲むと噂される、聖獣の森へ。そこが聖の集局点であるとの、確信のもとに。