第69話

 一対の巨大な角を振りかざして突進してくる牡鹿を、サリナはすんでのところで回避した。白い毛の牡鹿は、すぐに方向転換をして再びサリナに襲いかかる。脚の筋肉を酷使して跳躍したばかりだったサリナは、右足の腱が伸び切っていて反応が遅れた。彼女は回避を断念し、鳳龍棍を構えて身を守ろうとした。
 角を突き出し、牡鹿が迫る。
「待て待てい!」
 その牡鹿の角に、高山飛竜の鞭が絡みつく。カインだ。牡鹿は勢いを殺され、苛立ったように頭を振る。その時にはすでにカインの鞭は角から離れ、彼は胸の前で印を結んでいた。
「青魔法の参・マスタードボム!」
 熱線が飛び、牡鹿の腹を焼く。焼け付く毛皮に、牡鹿は悲鳴をあげた。
 そこへ、ひゅん、と宙を切り裂いて、流星が降り立った。それは鋭い一撃となって、牡鹿を貫いた。
「シスララ!」
 輝く流星の正体は、見事な槍を操るシスララだった。彼女は立ち上がり、サリナににこりと微笑みかけた。
 シスララの槍の腕は大したものだった。アーネスが舌を巻いたくらいだった。シスララは長大な槍に腕を絡めて構え、時には長く、時には短くそれを扱った。斬撃と刺突を使い分け、彼女は舞うようにして魔物を狩った。
 また、シスララの戦いは彼女ひとりでは行われなかった。その攻撃にも防御にも、常にソレイユが協力した。空色の飛竜は空中から敵に牙や爪、もしくは体当たりで攻撃し、またシスララが狙われた時には敵の行動を阻害した。
 シスララはソレイユの力を借りて、天高く跳躍した。そして彼女は、槍を構えて天より流星のごとき煌きと共に急降下するという大技を披露した。槍が大地に突き刺さる瞬間、彼女は上手く体重をコントロールして激突の衝撃を受け流し、魔物はその痛烈な一撃の前に為す術もなく倒れた。
「凄い技だね……」
 心臓が高鳴るのを感じながら、サリナは賞賛の言葉を口にした。同じ武術を扱う者として、シスララの戦い方は憧れるものがあった。それは優美でありながら恐るべき威力を誇る武術だった。
「ありがとう、サリナ」
 昨晩すっかり仲が良くなったサリナに、シスララは親しみを込めて微笑んだ。ソレイユが主人に同調するように高く啼く。サリナはシスララの肩に留まるソレイユの額を撫でてやった。飛竜は気持ち良さそうに目を閉じ、サリナの指に頬を寄せた。
「来たれ雷の風水術・迅雷の力!」
 サリナはアーネスの詠唱に振り返った。
 現われた巨大な雷の球体から幾本もの稲妻が宙を飛び、白毛の大熊に襲いかかった。サリナとカイン、シスララは地を蹴り、新たな魔物へ向かって駆けた。
 大熊はその身を焦がす雷に苦悶の咆哮をあげつつも、クロイスを襲おうと両腕を振り上げた。
 クロイスはたった今、白い身体に黒い縞の入った虎のような魔物をバタフライエッジで仕留めたところだった。彼は大熊の魔物に背を向けていた。背後であがった咆哮に振り返るが、一瞬反応が遅れた。
 彼を救ったのは駆け寄ったアーネスだった。蒼穹のブルーティッシュボルトが、激しい音を立てて大熊の膂力を受け止める。全身の骨と筋肉が軋むのを感じながら、アーネスは歯を食いしばった。
 騎士の盾の後ろから、鋭い矢が飛来する。天狼玉で製作された矢である。銀灰に輝く矢は、烈光の一撃となって大熊に突き刺さる。大熊はその分厚い筋肉を貫かれ、低い唸りをあげる。
 サリナとシスララは、左右に分かれて大熊への攻撃を開始した。
 真紅の暴風が大熊を左から襲う。黒と金の棍による乱撃が、がら空きになったわき腹に叩き込まれた。大熊は肺の中の空気を絞り出すようにして苦痛に悲鳴をあげ、右のよろめいた。
 大熊が倒れる前に、シスララが鋭い槍を振り上げ、裂帛の気合とともに袈裟に切り裂いた。大熊の白い毛皮が鮮血に染まる。そこへソレイユの激しい体当たりが炸裂し、ついに大熊は断末魔の声をあげる。
「おっと危ねえ!」
 大熊の命が尽きるより早く、獣ノ鎖がその巨体に巻きついた。大熊は青白い炎となって、カインが掲げた獣ノ箱に収まった。
 戦闘が終わる。サリナたちは息を切らせて立ち上がった。額の汗を拭う。
「強いですね、ここの魔物」
「ええ。力が強くて動きも速いわ。疲れるわね」
 サリナの言葉に、盾と剣を収めたアーネスが同調する。
 聖獣の森。花天の街エル・ラーダより西の山間に存在する、白き森である。
 樹木も草花も、地面すらも白い粒子に覆われている。それはまるで、雪に閉ざされた世界のようだった。サリナはそんな景色を、フェイロンの生家で、絵の中だけで見たことがあった。
 きっと寒いのだろうと想像していた。実際、雪と氷に覆われた針葉樹林は、寒いのに違いあるまい。
 だが、ここは決して寒氷のために白く染め上げられているのではない。いつもの薄手の武道着で、サリナには何の問題もなかった。むしろエル・ラーダと同じで、暑いくらいである。
 晴天の陽光を拡散させる、きらきらとした粒子が空中を漂っている。意志をもって漂う微生物のように、その粒子はたゆたい、サリナのまわりで滞留する。
 その粒を、サリナは手のひらですくった。そのわずかに出来た窪みに、粒子は好んで留まるかのように、逃げることなく集まった。間違いない、とサリナは確信した。第二の世界樹でも見た、マナの粒子だ。
「どいつもこいつも真っ白けだな」
 愚痴っぽく呟いて、クロイスは倒れた牡鹿の角を剥ぎ取った。立派に成長した角である。矢尻として十分な効果を発揮しそうだった。
「サリナ、モグを呼んでくれねーか?」
「ん? いいよ」
 サリナがモグチョコを吹いた。美しい旋律が流れ、光の中からモグが現われる。
「クポ〜。呼んだクポ?」
 空中でくるくると回りながら、モグは楽しそうだった。サリナはその頭を撫でる。柔らかい毛が心地良い。
「モグ、こいつをテントに置いといてくれるか?」
「クポ。わかったクポ」
 クロイスは牡鹿の角をモグに渡した。自分の身体よりも大きい牡鹿の角に、モグは翼をぱたぱたと動かして耐えようとしたが、徐々に地面へと下がっていく。結局モグは、牡鹿の角を地面に置き、その上に立って敬礼した。
「チョコボたちはテントの中で遊んでるクポ。僕もまた遊んでくるクポ〜」
「うん、ありがとう。アイリーンたちのこと、お願いね」
「任せるクポ〜」
 サリナたちに手を振って、モグはテントへとテレポした。モグテレポはそこにモーグリがいなくてもモグテントになら移動できるということで、大変便利だった。
「やっぱりここは、聖の集局点で間違い無いみたいね」
 周囲を見回して、アーネスは結論付けた。それは同時に、ここに幻獣がいるはずだということも意味していた。もちろん、幻獣が幻獣界に行っていなければの話だが。
「でも、おかしいですね」
 顎に人差し指を当てて、シスララが呟いた。仲間たちの視線が集まる。
「何が?」
 アーネスはシスララに尋ねた。ブルムフローラ家の息女は、飛竜の額を撫でながら、なんでもないことのように答えた。
「ここの動物たちは、以前は大人しかったのです」
 シスララののんびりした口調に反して、サリナたちには衝撃が走った。4人は顔を見合わせた。
 魔物とは、マナの影響を強く受けた生物である。それは元は動物であったり、植物であったりと様々だ。時にはアイゼンベルクの坑道で遭遇した鉱石の魔物のように、非生物が命を宿すこともある。
「ここに来たことがあるのね? シスララ」
 アーネスが質問した。シスララは、柔らかく微笑んでそれに答える。
「はい。ここへは毎年参ります。ブルムフローラ家の者たちで、果物の豊作祈願を行うのです」
「豊作祈願?」
 不思議そうに言ったカインに、シスララはやはり微笑みで答える。
「はい。ここの幻獣様に、祈りと踊りを捧げるのです。ブルムフローラ家の伝統行事なんですよ」
「幻獣? 会ったことがあるのか?」
 意外そうなクロイスに、シスララはゆっくりと頷いた。驚きの声があがる。
「どんな幻獣だ? 話したことはあんのか?」
 興奮した様子のカインに、シスララはやはり顎に人差し指を当て、なんでもないことのように答える。
「はい。小さい幻獣様ですよ。とっても可愛らしいのです」
「か、可愛らしい幻獣か……・」
 クロイスは絶句した。可愛い幻獣など、想像もつかなかった。
「じゃあ、シスララは幻獣の居場所を知ってるの?」
 サリナは意気込んだ。一から探し出さなければと思っていた幻獣に、一気に近づいた気がした。
「いつもそこにいらっしゃるわけではないけれど、いつも豊作祈願をする場所へ行けば、お越しくださるかもしれないわ」
「わあ、すごいすごい! シスララ、案内してくれる?」
 嬉しそうにサリナに、シスララは微笑む。
「ええ。もちろん」
 しかし盛り上がるサリナたちをよそに、アーネスは顎に手を当てて考えていた。彼女は、さきほどのシスララの言葉がひっかかっていた。彼女は左手で肘を支えるようにした右手でひと房垂らした金色の髪をいじりつつ、シスララのほうを向いた。
「シスララ、少し聞いてもいい?」
「はい?」
 小首をかしげるシスララに、アーネスは尋ねた。その質問は、きわめて重要な意味を持っていた。
「さっき戦った魔物たちは、元は動物だったと思うけど……前からこの森にいた動物たちなの?」
「はい、そうです」
 シスララは間髪を入れずに答えた。その答えがアーネスを唸らせたことが、彼女には不思議だった。
「ここもマナバランス崩壊の影響が出てるんですね」
 きらきらと宙を舞うマナの粒を見つめて、サリナが低い声で呟いた。しかしそれに、アーネスはかぶりを振った。サリナは不思議そうに、金髪の騎士を見た。
「それだけでは済まないことが起こってるわ」
「……どういうことですか?」
 アーネスの表情は厳しい。彼女は髪から手を離し、森の奥へ目を凝らした。
「ここは幻獣の棲家で、聖の集局点。聖のマナが集まる場所。幻獣がいる時間が長くて、他の場所で崩れたマナバランスの影響も、本来は少ないはずよ」
「でも、あれだけ強力な魔物がいましたよ」
 サリナは背後を振り返った。倒れた魔物たちが、静かに横たわっている。
「そこが問題なの」
 アーネスも振り返り、魔物たちの亡骸を見つめた。彼女の雷の風水術は、かなり強力である。あの大熊の魔物は、それに容易く耐えて見せた。
「アイゼンベルクの時みたいに、ただ魔物が出ただけじゃねえってことか?」
 緊張感を増してきた仲間たちの気を和らげようと、カインは頭の後ろで手を組み、あえて軽い調子で尋ねた。深刻さを極力出さないように、彼は努めた。
「集局点の主は、もちろん幻獣よ。ここでは永年にわたって、気性の荒い魔物は存在しなかった。それがここへ来て現われたっていうことは、幻獣の支配が弱まっているっていうことかもしれないわ」
 アーネスの言葉は、仲間たちにゆっくりと浸透していった。それと同時に、湖面に波紋が広がっていくように、背中を粟立たせる危機感が仲間たちを襲った。
「幻獣の支配が弱まってる、って……」
「幻獣が……力を、失ってる?」
 クロイスとサリナは顔を見合わせた。口にして、その事態の恐ろしさに背筋が冷たくなる。
「おい、それってやばくねえ?」
「よくわかんねーけど、やべー気がする」
 聖の幻獣が力を失っている。せっかくリバレーターが見つかっても、幻獣の力が得られなければ仕方が無い。サリナたちは森の奥を見つめた。
「急ぎましょう。幻獣様に何かあったのであれば、お救いしなければなりません」
 微笑を消し、厳しい表情を作って、シスララが先頭に立った。サリナたちは頷き合い、森の奥へと走った。

 聖のマナに満ちた美しい森に、凶悪な魔物たちが跋扈していた。陽の光の下で苦も無く俊敏に動き回るモグラや、触手とも角ともつかぬ醜悪な突起を多数生やした巨大なトカゲ、大型の食虫植物が脚を生やして動き回るようになったものなど、いずれも強力で、サリナたちは手を焼いた。
「おかしいですね……」
 立ち止まって、シスララが呟いた。森を見回している。仲間たちも足を止め、シスララを見遣った。
「どうしたの?」
 アーネスの声に、シスララは顎に人差し指を当てて答える。
「森の様子がおかしいのです。祭壇までの道順を間違わないように、立て札があったはずなのですが、それも無いですし……」
「……どういうことだ?」
 カインは走ってきた道と、これから進む道を交互に見た。どちらも同じ道に見える。彼は違和感を覚えた。同じ道に見えるのだ。完璧に、寸分違わず同じ道に。
「おい、こいつは……」
 目の上に手をかざして、カインはげんなりした声で呟いた。仲間たちもそれに気づいたようだった。
「なんだこりゃ。前も後ろも同じ道じゃねーか」
「でも、そんなわけないよね? 私たち、前にしか進んでないのに」
 戸惑うサリナの肩に、アーネスの手が置かれる。長身の女性騎士は、じっと前方の道を見つめている。
「焦らないで、サリナ。何が起こっているのかよくわからないけど、解決策はあるはずよ」
 サリナはアーネスを見上げた。彼女は前を見据え、厳しい表情を浮かべていた。そうは言ったものの、彼女自身にも何か前へ進むための方策が見えているわけではないようだった。
「このまま進んでも、意味ねえかもなあ」
 軽い調子でそう言って、カインは下草の上に腰を下ろした。下草もやはり白い。彼は木にもたれて、頭の後ろで手を組んだ。
「ちょっとカイン、あんたね――」
 怒声をあげそうになったアーネスを、サリナが制した。アーネスは驚いてサリナを見た。武道着の少女は、にこりと微笑んでみせた。
「ここまで走りどおし、戦いどおしでしたから。ちょっと休めば、頭もすっきりするかもしれませんよ」
「このへんは魔物の気配もねーし、ちょうどいいんじゃね? 俺、ちょっと疲れた」
 サリナに賛成の意を表して、クロイスもカインの隣に腰を下ろした。少年の頭にカインが肘を置こうとしてひょいとかわされ、獣使いの青年はバランスを崩して下草の上に倒れた。
「まったく、しょうがないわねえ」
 やれやれといった様子で苦笑し、アーネスも柔らかな草の上に座った。サリナとシスララも続く。
 5人は息をついた。森は彼らの精神を消耗させた。何が起こっているのかわからない漠然とした不安が、彼らの心を侵食した。進むべき方向がわからないことが、彼らを苛立たせた。
「まあでも、帰りはモグを呼べば大丈夫なのが救いだよな」
 カインのひと言に、仲間たちが顔をあげる。意外そうな表情の彼らを見て、カインは不思議そうな顔をした。
「あれ? 俺、間違ったか?」
「いいえ。そういえばそうね。戻るのは簡単なのよね」
 答えて、アーネスは顎に手を当てた。前にも後ろにも進みようの無い状況。彼女はひとつの提案を、仲間たちにすることにした。
「一度、戻ってみましょうか? 入り口からやり直せば、どこでこの異常な現象が起こったかわかるかもしれないし」
「そーだなあ……もっかいやり直すのも、げんなりだけどな……」
 草の上に寝転がって、クロイスがそう言った。彼は白に染まった森を見上げた。木々の間に、青い空が見える。
 クロイスは顔を横へ向けた。サリナとシスララが何か話している。シスララはソレイユの額を撫でている。小型の飛竜。宙を舞い、彼らの戦いを助けてくれる、新たな戦力。
 その空色の飛竜を見て、クロイスは閃いた。がばと身体を起こし、彼はシスララに尋ねた。
「なあシスララ、ソレイユに頼んでさ、空から森の様子を確かめられないか? そうすりゃ何かわかるかもしれねーと思うんだけど」
「お、名案じゃねえのクロイスくん。らしくねえな」
「うっせーバカ」
 愉快そうに笑うカインを無視して、クロイスはシスララを見つめた。シスララはにこりと微笑み、頷いた。
「はい、できますよ」
「お願いできる? シスララ」
 そう頼んだアーネスに頷いて、シスララはソレイユに小さな声で話しかけた。飛竜は彼女の言葉がわかるのか、翼を広げて空へ飛び立った。あっという間に、ソレイユは森の木々よりも高く、天へ昇った。
「すごい、速いねえ」
 目の上に手をかざして、サリナは見えなくなったソレイユの姿を見つけようと目を凝らした。隣で小さく笑うシスララに、少し恥ずかしくなる。それでもめげずに空を見ていると、ソレイユはすぐに戻って来た。
「お、どうだった?」
 カインとクロイスが傍に来て、全員でソレイユの言葉を聴こうとでもいうかのように、彼らは集まった。ソレイユはシスララの耳元で何事か話したようだったが、もちろんシスララ以外には理解出来なかった。カインは悔しそうだった。
「何かわかった?」
 サリナの問いかけに、目を閉じてソレイユの言葉を聴いていたシスララは、その瞼をゆっくりと上げた。
「ええ。森の奥に、強力な魔力を宿した者がいるみたい。その者がこの森をまやかしの森にしてしまっているって、ソレイユは言っているわ」
「強力な魔力を宿した者、ね」
 鎧を外し、凝った筋肉をほぐしていたアーネスが、そう言いながら再び鎧を身に付けた。誇り高き騎士の鎧に身を包み、彼女は立ち上がった。
「それが幻獣の力を封じているのね」
「はい。その者の影で、幻獣様が怯えているようです」
「怯えてるって、大丈夫かその幻獣」
 クロイスが呆れたように言ったが、誰もそれには答えられなかった。ともかく彼らはそのまやかしとやらを解いて、森の奥へと進まなければならないのだ。
「でも、そしたら一旦戻っても意味無いですね」
「そうね……」
 じっと前方を見つめるアーネスの目には、迷いがあった。エル・ラーダへ戻って、セリオルとフェリオに助けを求めるべきだろうか。こういったことに最も明るいのは、あのふたりだ。ただ、それによる時間のロスが、彼女にはもったいなく思えた。
「皆様、お待ちください」
 シスララが立ち上がり、槍を背中の鞘に収めた。代わりに、彼女は腰に括りつけていた扇を取り出した。
「少々、見ていてください。もしかしたら、まやかしを解けるかもしれません」
「おいおい、何する気だ?」
 少なからず心配そうな声で、カインが言った。シスララは彼に微笑みかけるだけで、何も答えなかった。カインは頭を掻く。
「花天の舞・ライブラジグ!」
 シスララは扇を使い、優美な舞を披露した。それは見る者を虜にする、見事な舞だった。初めはサリナたちの頭になぜここで踊るのかという疑問が湧いたが、それはすぐに消えた。
 シスララの舞は、周囲のマナを集める不思議な舞だったのだ。彼女は聖獣の森に満ちるマナを集め、その粒子を纏って踊った。やがてそれは、サリナたちの目に真実を見通す力を与えた。
 シスララの踏むステップが終わった。それと同時に、サリナたちの前からまやかしが晴れた。景色が溶けて消えるようにして無くなり、その向こうに別の景色が現われたのだ。それはこれまで見ていたものとは異なる、新たな道だった。
「お粗末様です」
 サリナたちに向けて、シスララはぺこりと頭を下げた。途端、拍手が起こる。
「すごいすごい! シスララ、今のは何? 踊りなの? 魔法なの?」
「驚いたなあ。こんなことが出来んのか」
「俺、またよくわかんなかった」
 仲間たちの声に、シスララはやや気恥ずかしそうに笑い、口を開く。
「ラーダ一族に伝わる舞です。マナを操ることで、魔法に似た効果をもたらのです」
「すごいわ、シスララ。そんなことまで出来るのね」
 アーネスの想像以上に、シスララは貴重な戦力だった。攻撃力の増強という意味だけでなく、これまで仲間の誰にも出来なかったことを補う意味でも、彼女が加わったことはありがたかった。
「ともかく、進みましょう。きっと幻獣様は、この奥です」
 森の奥地へ続くらしき道は、右のほうへと曲がっている。その先には、これまでと変わらぬ白き森が、ただ静かにサリナたちを待っていた。彼らは互いに頷き合い、武器を手にして再び進み始めた。