第72話

 黒き怒りに毛皮を染めた猛牛が、その強靭な脚力で巨体を叩きつけようと、サリナに迫る。サリナはその魔物の脚をめがけて棍を振る。するとマナを纏った鳳龍棍から、勢い良く火球が飛んだ。火球は魔物の足元に着弾し、爆発を起こして魔物を転倒させた。混乱した声をあげ、魔物が横倒しに転がる。
「えい!」
 その猛牛のこめかみにあたる箇所に、サリナは鳳龍棍を叩き付けた。その衝撃が、魔物の意識を虚空へといざなう。
 息を切らせて、サリナは戦況を確認した。
 怒涛の波状攻撃を仕掛けてくる魔物たちに、仲間が全員足止めを食らっている。シスララはまだ幻獣の力を扱うのに慣れないのだろう、重心がふらついているようだ。それを補おうと、カインとアーネスが奮闘している。しかし彼ら自身にも黒き魔物は襲いかかる。足を持つ巨大な食虫植物がその蔓をカインの腕に絡め、強固な甲羅の大亀がアーネスの剣を防ぐ。
 そこへ飛来したのは、輝く氷を纏った鋭い矢だった。魔物を退ける神のマナが、氷の姿を取って魔物たちに襲いかかる。氷の矢は食虫植物の消化袋を切り裂き、と大亀の柔らかい頭部を貫いた。
「シスララ、幻獣の力を抑えようとするな! 任せりゃいいんだ!」
 見事に魔物を仕留めたクロイスが、そう助言をした。シスララは顔を上げてクロイスを見た。彼女は大きく頷き、緊張させていた筋肉を弛緩させた。
 背後でマナの力が増すのを、アーネスは感じた。シスララだ。大蛇の牙をブルーティッシュボルトで押さえながら、アーネスは顔だけで振り返った。聖のマナに純白の鎧が輝いている。
 シスララは閉じていた目を開いた。マナが満ちる。強い力に身体が馴染むのを感じる。
(シスララ、僕の力を解放して。ここは僕の森だから、僕のマナがあの魔物たちを押し返してくれるよ)
 頭の中に幻獣の声が響く。槍を握る。マナが伝わっていく。槍が強い光を纏った。純白の、聖なる光を。
「ゆきます」
 アーネスとカインは頷き合って道を開けた。シスララが出る。
 白き聖のマナが、黒き魔物どもを圧倒した。シスララが槍を振るうと、魔物たちはその毛皮を黒から白へ変ずる。それはまるで、悪しき力が浄化されていくかのようだった。
「もしかして……あれは、闇のマナの力なのかしら」
 大蛇の首を地の力で一閃し、アーネスはひとりごちた。卒然として、カインはアーネスを見た。
「確かに……幻獣研究所ん時と似てるな」
「ええ。あの時も魔物がどこからか出てきたわよね」
「またあの野郎が後ろにいるのか」
 ぎりりと、カインは奥歯を噛んだ。怒りが込み上げてくる。
「それはわからないけど。とにかく、シスララをサポートするわよ」
「ああ、そうだな」
 シスララが聖の力で次々と魔物を浄化していく。カインとアーネスは魔物を攻撃し、体力を削ってシスララと交代するという戦い方をした。ひとり離れていたクロイスも合流し、紫紺、紺碧、琥珀の光が純白の光のもとへ魔物を送る。
 サリナは逸る感情をなんとか抑え込んで、邪悪な魔導師のほうを向いた。にやにやと気味の悪い笑みを浮かべながらマナを練っている。そうすぐに詠唱に入ることは出来ないようだった。
 今しかない。群れを成す魔物どもの相手をしている暇は無い。黒魔法の奥義を詠唱させることだけは、なんとしても避けなければ。
 サリナは走った。カインたちは大丈夫だ。簡単に押されはしない。それにシスララが魔物を正常化させている。元に戻った魔物たちは、通常の動物に戻った。鋭く攻撃的だった角は丸みを帯び、暴力的に伸びていた牙や爪は元の長さに戻っていった。
 襲いかかった鷲の魔物を炎のマナで撃墜し、サリナは走った。何度も立ち上がる魔導師に、今度こそ引導を渡してやらなくては。
「ククク……そら、これの相手でもしていろ」
 あざけるような口調で、魔導師は杖を振った。
 空間が大きく歪む。不気味な咆哮とともに現われたのは、双頭の竜だった。漆黒の鱗に覆われ、巨大な体躯に凶悪な牙と、鋭く力強い爪。広げた翼は、危険な威容を見せ付ける。
「うう。こんな時になんてものを呼び出すの……」
 自分に向かって恐ろしい唸り声を上げる双頭の竜に、サリナはげんなりした声で毒づく。すぐにでも魔導師に攻撃を加えなくてはならないというのに、どう考えてもあっさりと退けられる魔物ではない。
 轟いた竜の咆哮に、カインたちはサリナのほうを見た。サリナの何倍もの大きさの竜が、魔導師を守らんとして攻撃を開始している。
「おいおいおいおい、なんだよありゃ。何かの冗談か?」
 大蝦蟇の魔物をシスララのもとへ蹴り飛ばして、カインはぞっとした声で言った。
「さっさとここ片付けて、サリナのところへ行くわよ!」
「そーだな。ありゃやべーわ」
 アーネスは敵の多さに苛立ち、クロイスは新たに現われた竜との戦いを想像してげんなりした。
「一気に終わらせます。皆様、魔物をまとめて私のところへ!」
 そう言って、シスララは跳躍した。ソレイユの力を借り、天高く。それを見て、カインたちはシスララのしようとしていることを理解した。彼らはそれぞれに相手にしていた最後の魔物を、同時に一箇所へ集めるように攻撃した。
 大蝦蟇、浮遊する鮫、長大な牙を持つ豹が、雷、地、水のそれぞれのマナの力に弾き飛ばされ、衝突して悲鳴を上げた。
 そこにシスララが降り立った。それと同時に、聖のマナの波動が円形に広がる。それは水面に石が投げ込まれた時のような波紋を作って広がり、漆黒の魔物たちを包み込んだ。魔物は聖なる力によって邪気を払われるかのように、元の白い身体に戻って大人しくなった。
「シスララ、やるねえ!」
 カインの賞賛の言葉にシスララはにこりと微笑み、サリナのほうを向いた。
「ゆきましょう。サリナが戦っています!」
 彼らは頷き合って地を蹴った。竜と戦うサリナのもとへ。
「あ、危ないなあ」
 竜の鋭い爪を生やした豪腕が、屈めたサリナの上体すれすれのところを通過した。サリナはひやりとして呟き、竜の足を攻撃すべく身体を低くしたままで距離を詰めた。
 しかし信じがたいことに、双頭の竜は翼を羽ばたかせて浮き上がってみせた。もちろんそのために翼はあるのだが、これだけの巨体が飛んだことにサリナは混乱した。
 竜は空中から、サリナに浴びせようと、右の頭が炎の息を吐き出した。しかしサリナには炎は効かなかった。平然としているサリナに驚いた様子で、今度は左の頭が口を開く。
 そちらは吹雪の息を吐いた。それにはサリナも素早く動いて回避をした。竜は空中でサリナほど素早く動くことは出来なかった。姿勢制御がついていかない。
 サリナは竜の背後に回りこんで跳躍した。アシミレイトの力で強化された跳躍力は、彼女を竜の高さまで容易く到達させた。
 サリナは鳳龍棍を乱れ振り、多数の火球を撃ち出した。高速で飛ぶ火球は、竜の翼を焼いた。しかし竜にとっても炎は得意なものらしく、大きなダメージを与えることは出来なかった。
 竜は地に下りた。サリナも着地した。竜は巨体に似合わぬ素早さで転回し、唸り声を上げてサリナに突進した。
 そこへ蛇のようにのたうつ雷が襲いかかった。感電し、竜は悲鳴を上げる。サリナは攻撃の主を見た。
「よお、サリナ。順調かい?」
「カインさん!」
 ほっとした様子のサリナににやりとしてみせ、カインは次手を放った。再び雷撃を受けた竜は、怒りに燃える目で彼を睨みつける。
「サリナ、それは私たちが引き受けるから、早くあのトカゲを!」
 そう言って、アーネスは岩塊を飛ばした。岩は竜の頭を直撃した。竜が怒りの声をあげる。
「はい!」
 サリナは竜に背を向けた。カインたちが竜を足止めしてくれれば、もう遮るものは無い。彼女は魔導師の姿を探した。
「無駄だ」
 あのガラガラとした声が響いた。サリナは空を見上げた。
 どんな魔力を使っているのか、魔導師は浮き上がっていた。浮揚の魔法を強化でもしているのか。
 いずれにせよ、サリナは見た。魔導師がまたしても杖を振るのを。そして生まれた空間の歪みから、今度は巨躯を誇る陸亀が現われるのを。
 その分厚い甲羅に凶悪な棘を生やし、大きな顎からは天を貫こうとでもするかのような巨大な牙を持つ陸亀は、サリナの目の前に着地した。地響きが起こる。仲間たちの驚いた声が聞こえる。
「そんな……」
 サリナは途方に暮れた。もう魔導師のマナはほとんど練り上げられている。空を覆うほどの膨大なマナだ。すぐにでも止めなければならない。しかしこの陸亀がそれを許してくれるとは考えにくかった。
 ともかく、彼女は陸亀を無視して魔導師に向けて火球を放った。だが魔導師は空中で器用にゆらりと動き、それをかわしてみせた。
「クハハハハ……せいぜいあがくがいい。もう間もなくだ、貴様らの最期は」
 不愉快な声が降ってきたと思うと、眼前の陸亀が恐ろしい咆哮を上げた。大気がびりびりと震える。サリナはその身の毛もよだつ咆哮に捕えられ、動きを奪われた。陸亀が突進する。小柄なサリナは、その強烈な衝撃にいとも容易く吹き飛ばされた。
 大木の幹に叩きつけられ、肺に圧力がかかる。内部の空気を無理矢理引き出された肺が悲鳴を上げる。
「サリナ!」
 双頭竜から離れ、アーネスが駆けつけた。彼女はサリナを抱き起こした。激しく咳き込んでいる。
「来たれ水の風水術、湧水の力!」
 風水のベルが鳴る。サリナを清らかな水の玉が包み込む。水の力がサリナを癒す。
 陸亀が再び咆哮を上げる。アーネスは動じない。彼女は立ち上がり、騎士の紋章を掲げた。
「騎士の紋章よ!」
 紋章が盾に力を与える。蒼穹のブルーティッシュボルトが光を纏う。陸亀がその口から大量で高圧の水を噴出した。
「地のマナよ!」
 アーネスはブルーティッシュボルトに、ルーンブレイドで地のマナを与えた。すると光輝く盾は、その色を琥珀色へと変じた。琥珀の光は瞬時にマナの岩へと姿を変え、強靭な大地の盾が生まれた。
 陸亀の水流が大地の盾に防がれる。アーネスは白き土のに足を踏ん張り、その攻撃を耐え切ってみせた。
「ありがとうございます、アーネスさん」
 サリナが胸を押さえながら立ち上がった。アーネスは彼女の無事を確認し、微笑んだ。
「やれるわね?」
「はい!」
 ふたりは地を蹴り、陸亀へと突進した。
 ルーンブレイドが陸亀の牙を斬り飛ばした。マナを纏った鳳龍棍が、その分厚い甲羅を粉砕する。陸亀はたじろいだ。亀は甲羅に生やした凶悪な棘を、あろうことか射出した。しかしそれは、棍と剣とによって全て地に叩き落された。
「幻獣の力、なめるんじゃないわよ。爬虫類」
 ルーンブレイドが舞い踊り、地のマナが刃の形を取って飛ぶ。地の刃は陸亀の目を潰した。苦痛に、巨大な亀が悲鳴を上げる。
 サリナは素早く甲羅に上った。そして彼女は、強化された脚力で高く跳躍する。
「これでおしまい!」
 空中で、サリナは無数の火球を真下の甲羅に向けて放った。火球は次々と命中し、陸亀の甲羅を破壊した。大きなひびが入り、やがて甲羅は瓦解する。
 そして火球が直接、陸亀の背を焼く時がやってきた。為す術も無く、陸亀は断末魔の叫びとともに沈黙した。
「いっただき!」
 倒れた陸亀の傍らに、クロイスが滑り込んだ。彼はその身体に太く長大な鉤状の物体を括りつけていた。間違いない。あの竜の牙と爪である。地に下りて、サリナはカインたちのほうを見た。黒かった竜はシスララによって浄化され、緑青色の鱗を取り戻していた。
「生きたまま元に戻してあげることは、出来ませんでした……」
 サリナたちのもとへ来て、シスララはやや俯き加減にそう言った。
「ま、元に戻したところでドラゴンはドラゴンだ。元々凶悪な魔物なんだから、別にいいんじゃねえの」
 カインはそう言って、シスララの肩に手を置いた。シスララは頷き、陸亀にも聖のマナの浄化を施した。しかし双頭の竜と同じく、こちらも既に息は絶えていた。
「さて、んじゃ今度こそ」
 カインは空を見上げた。仲間たちもそれに倣う。クロイスは大急ぎで陸亀の素材を剥ぎ取り、近くの地面にまとめて置いた。
「ククク……捕縛の魔法で縛ってから止めを刺してやろうか。それとも暗闇の魔法で視界を奪って、何もわからぬまま死ぬのがいいか?」
 ぞくりと、サリナの背中に冷たいものが走った。
 破滅のマナが満ちている。邪悪な魔導師は不気味な笑みを浮かべている。それは狂気を感じさせる、引き攣った笑いだった。
「まずいです、すぐに止めないと!」
 サリナは仲間たちに号令をかけた。5色の光が一斉に放たれる。だが、それらのマナは魔導師の周囲に満ちたマナによってかき消された。サリナたちの顔に、驚愕の表情が浮かぶ。
「何度も言っているだろう、無駄なのだ……クハハハハハ!」
 サリナは悟った。黒魔法の奥義。それを放つために練成されたマナが、他のあらゆる力を遮断している。幻獣たちのマナでさえ、その前では通用しないのだ。
「くそっ! どうなってやがる!」
 カインの苛立った声。彼は自分を責めた。もっと早く、魔物どもを退治出来たのではないか。双頭竜も陸亀も、もっと素早く撃滅出来たのでは。
 だがそれは、既に遅い後悔だった。
 クロイスが矢を放った。マナが効かないのならと、何の力も与えない天狼玉の矢を。しかしその強靭な矢も、マナの障壁によって阻まれた。風水術、青魔法、獣ノ箱。いずれの遠距離攻撃も、魔導師が練り上げたマナの前には何の役にも立たなかった。
「野郎、ムカつく!」
「落ち着きなさい、クロイス。何か手があるはず!」
 そう言ったものの、アーネス自身にもどうすればいいのかわからなかった。避けることは出来る魔法なのか。どれほどの規模の威力なのか。大地の盾で防ぎ切ることは出来るだろうか。仲間たちを、騎士である自分は守ることが出来るだろうか。
 焦燥が募る。風水術を詠唱する。しかし徒に放たれたマナは、魔導師の障壁の前に花と散る。アーネスは唇を噛んだ。打つ手が、無い。
「リバレート・サラマンダー!」
 サリナが叫んだ。アーネスはサリナを顧みた。少女は額に汗の粒を浮かべていた。緊張している。それも、極度の緊張だ。サリナのその行動を、仲間の誰もが止めることが出来なかった。皆、敵のことで頭がいっぱいだった。
「フレイムボール!」
 膨大な量の真紅の光から現われたサラマンダーが、咆哮を上げて巨大な火球となった。サリナが飛び込み、大火球は空へと舞い上がった。
「サリナ、無謀だ!」
 カインが空へ腕を伸ばす。しかしサラマンダーの火球は、彼の腕など届くはずも無い上空へと上昇していった。
「まただ……また、俺は……」
 空を仰いで、クロイスは両膝を地面についた。あの時と同じだった。黒騎士との戦いの時と。何も出来ない。あまりに強い力を持った敵を前に、彼は、何も出来ないでいた。そして彼を、いや、彼らを残して、行動するのはサリナだった。クロイスは、動けない自分に激昂した。地面を強く殴る。拳に血が滲む。
「クハハハハ! 無様だ、実に無様だよ!」
 魔導師の吐き気を催すほどに不快な哄笑が響く。カインはその魔物を見上げた。侮蔑に満ちた目で、彼らを見下ろしている。何も出来ない。無力感が襲う。
 サリナが魔導師に突撃する。しかし魔導師は、その攻撃を避けようともしない。大火球が迫る。
 しかし、サラマンダーのマナは散った。魔導師の障壁に阻まれ、音も無く。カインたちは見た。高笑いを続ける魔導師に手を伸ばし、何も出来ないままに落下を始めるサリナを。
「ククククク……愚か者が! さて、捕縛も暗闇も面倒だ。まとめて消し去ってくれよう」
 サリナが落ちる。全身の力を失っているようだった。無理も無いと、カインは思う。絶望に打ちひしがれているはずだ。カインは走った。サリナを受け止めてやらなければ。
「ダウニーウール・ラム!」
 巨大な羊毛の塊のような青白い炎が、獣ノ箱から飛び出した。サリナが落ちてくると思われる場所へ飛ぶ。アーネスとクロイスがカインに続く。
「皆様、サリナをお願い致します」
 ひとり、シスララはその場から動かなかった。彼女の発した言葉に、思わずカインたちの足が止まる。
「シスララ……?」
 仲間の不思議そうな声に、シスララは柔らかな微笑みで答える。なおも不思議そうな顔をするカインたちから視線を外し、彼女は空に浮かぶ魔導師を見た。にやにやと不気味な笑みを浮かべ、魔導師は詠唱を始める。
「マナの樹の豊穣なりし恵みの実――」
 魔導師を睨み、純白の戦士は凛として口を開く。
「ソレイユ!」
 主の声に、空色の飛竜が高く嘶く。
「魔導を極めし我が呪にて――」
 サリナは無事、柔らかい炎の上に着地した。自失している。カインたちはサリナの名呼ぶ。後ろではシスララがソレイユを呼んだ。そちらに顔を向ける。シスララが空を見上げている。
「覇道を阻む愚者の身に――」
 不気味に響く魔導師の声。シスララがソレイユの力を借りて天高く舞い上がる。カインは見上げる。
「シスララ、任せていいんだな!? 何か考えがあるんだな!?」
 彼の必死の声に、シスララがちらとこちらを見た。その顔には、いつもの優しい微笑みがあった。
「全てを超える破滅を下せ――アルテマ!」
 大気にひびが入ったかのような、巨大な衝撃音が響く。マナの粒が魔導師に集まる。それは恐るべき速度で収束し、やがてひとの頭ほどの大きさの、マナの塊が無数に出来上がった。そしてそれらがそれぞれに極太の光線を放った。
 マナの光線は放たれた直後、空中で複雑な螺旋を描いき、やがてひとつの巨大なマナの奔流となった。全てを超える破滅の魔法。白き大地にうずくまるサリナたちに、それは降りかかった。
 ――かに思えた。
「リバレート・カーバンクル!」
 天に舞い上がったシスララが叫んだ。純白の膨大な光が現われる。その中から、エメラルド色の柔らかな毛並みの、額に大きなルビーをつけた兎のようなものが現われた。聖の幻獣である。
 幻獣は空中で、魔導師の放った破滅の魔法を見つめた。そしてくるりと宙返りをすると、額のルビーが眩い光を放った。
「ルビーの光!」
 幻獣が放つ光が、シスララの前に広がった。幻獣が可愛らしい声で啼く。ルビーの光は破滅の魔法の奔流を、正面から受け止めようとするようだった。
「おいおい、あんなんで止めれんのかよ!?」
 とても信じられない、という顔でクロイスが叫んだ。彼がそう思うのも不思議ではなかった。幻獣の光は美しくはあるものの、力強さを感じさせはしなかったからだ。とても黒魔法の奥義を防ぎ切るだけの力を持っているようには見えなかった。
「とにかく、サリナを起こしましょう。シスララが時間を稼いでくれる間に!」
 アーネスはサリナを抱え起こした。緊張の糸が切れたのか、サリナはぐったりとしている。
 空で、魔導師は勝利を確信して笑った。幻獣の力で小娘が何かしたようだが、物の数ではない。あのか弱き幻獣の力で、一体何が出来るというのだ。魔導師は睥睨する。地上で無様に蠢く人間を。「クククク……クハハハハハハハ!」
 聖の幻獣の光に、破滅の魔法が激突した。幻獣が苦しげな声を上げる。カインたちが心配そうな顔で空を見上げる。魔法と光が瞬間的に拮抗する。
 だが、仲間の心配をよそに、シスララは泰然として幻獣を見つめていた。彼女は幻獣の力のためか、空中で静止した。
 やがて、それは訪れた。
「クハハハハハ! クハハハハ……ハ?」
 魔導師は我が目を疑った。破滅の魔法が止まった。馬鹿な。あの幻獣の光が止めたというのか。いや、待て。止まったどころか、あれは――
「クハ、ハ、ハ……ば、馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なああああああ!」
 破滅の魔法は、幻獣の放った光によって押し返された。膨大な量のマナの光が、さきほどまでとは反対方向に進み始めた。螺旋を描くマナの光線が、その破滅的な威力をそのままに、生みの親である魔導師に向かってその牙を剥いた。
「馬鹿な! なぜだなぜだなぜだ! なぜこの俺がああああああああ――」
 破滅の魔法は、恐るべき速度で空へ向かって放たれた。その極太の奔流は一瞬にして魔導師を飲み込み、更に上空へと駆け上っていった。やがてそれは雲を散らし、空に眩い光を残して、彼方へと消えていった。
 カインたちはその様を茫然として見つめた。すぐには信じられなかった。全てが終わったと思ったら、その元凶が全てを終わらせてくれた。破滅の魔法は、救いの手となって敵を消し去った。
 サリナが起き上がった。どこかへ置き去りにしてきた意識を取り戻したらしい。
 アシミレイトを解除されたシスララが、華麗に着地した。そして彼女は、仲間たちに笑顔を向けた。
「これにて一件落着、です」
「シスララー!」
 彼女の名を呼んで、サリナが飛び出した。彼女は新たな心強い仲間の胸に飛び込み、感謝と安堵の涙を流した。