第76話

「船を傷つけないよう、注意してください!」
 仲間たちに声を飛ばすセリオルは、自らも破壊力の高い黒魔法の使用を控えた。サハギンたちは凶悪な光をぎらつかせる武器を構えている。特に親玉らしいカサゴの頭を持つサハギンは危険だ。あの巨大な剣を振り回されたら、甲板が破壊されかねない。
「アシミレイトもうかつにゃ使えねえな、こりゃ」
 戦いの興奮に獰猛な笑みを浮かべ、カインが仲間たちに知らせるように呟いた。彼の隣でフェリオが頷く。
「アシミレイトの力は大きすぎる。船そのものが壊れかねない」
「そういうこった」
 カインは甲板を蹴り、敵陣に突入した。切り込み隊長よろしく、楽しげにのたうつ高山飛竜の鞭を振り回して。その乱れ狂う鋭い攻撃に、サハギンたちの鱗がはじけ飛ぶ。甲高く不気味な怒りの声を、半魚人たちが上げる。
「花天の舞・オーラジグ!」
 美しい扇と共に、シスララが舞う。マナの力が溢れ、サリナたちの武器に更なる力が付与される。
「助かるわ」
 すらりと、アーネスが剣を抜く。ルーンブレイドはその美しい刀身に、太陽の光を煌かせる。正眼に構え、アーネスはカインに続いて戦場へと突入する。神速の斬撃が、サハギンを切り裂く。l
「捕縛せよ。自由を奪う毒蛾の燐粉――パライズ!」
 ウィザードロッドによってセリオルの捕縛の魔法は威力を増し、複数体のサハギンを捕えた。彼は考えた。火炎や雷光などの魔法は、船を傷つけてしまう。ならば捕縛や猛毒の魔法で、半魚人たちの動きと体力を奪えばいい。
「狙いやすくなった」
 クロイスは動きを縛られたサハギンたちに、鋭い天狼玉の矢を放つ。風を纏って空を裂く剛力の矢は、意志を持っているかのように自在に軌道を変え、魔物たちを貫いた。
「フェリオ、頼むぜ!」
 その声とともに、高山飛竜の鞭が捕えた半魚人が宙に舞う。混乱して叫び声を上げる魔物たちに、フェリオは長銃の狙いを定める。
「任せてくれ」
 暗い銃口から、高純度火薬で威力を上げられた弾丸が射出される。それは次の瞬間には、太陽を背にした半魚人の不恰好な鎧を粉々に粉砕した。
「いきます!」
 そしてサリナが駆ける。彼女は多数の半魚人が武器を振りかざす中を、姿勢を低くして駆け抜けた。その風とともに、鳳龍棍の的確な攻撃が魔物に加えられる。彼女の速度に対応できるサハギンはおらず、彼らは鎧の隙間に強烈な一撃を叩き込まれて倒れ伏した。
 さほどの時間をかけず、サリナたちはサハギンを一掃した。残るは親玉サハギンだけである。
「なんだ、大したことねーな」
 アシミレイトを使わないように、など心配する必要も無かった。クロイスはそう思った。サハギンたちは、アイゼンベルク鉱山や聖獣の森の魔物たちより、格段に弱かった。
「あとはてめえだけだぜ、デカブツ」
 手下たちがあっという間に撃破されたことに、カサゴのサハギンは怒りを隠さない。その巨体を震わせ、魔物は憤怒の声を上げた。
「なんだ?」
 アーネスは目を細めて魔物を見つめた。半魚人は天を仰いで咆哮する。その声は、船と周囲の海を揺らすほどだった。波が騒ぐ。
「気をつけてください。様子がおかしい!」
 セリオルが仲間たちに注意を呼びかける。彼は見た。親玉の声に反応するように、倒れたサハギンたちが立ち上がるのを。再び甲板に立った魔物どもは、装備がぼろぼろに崩れている。しかしその目は、赤い狂気に染まっていた。
「やれやれ。あいつの声、部下を奮い立たせるらしいな」
「よっぽどびびられてんだな、普段」
 スピンフォワード兄弟が軽口を叩き、武器を構え直す。
 親玉サハギンが、サリナたちには理解出来ない言葉で叫び、腕を振る。それを合図にして、サハギンたちは再びその手に握る武器を振り上げる。
「サリナ、その魔導師を!」
 セリオルの声が飛ぶ。サリナは顔を上げ、敵の魔導師を探した。
 いた。襤褸を纏った不気味な敵が。その魔物はマナを練っていた。黒魔法で攻撃しようというのか。
「させない!」
 サリナは脚に力を込め、その魔物との距離を一気に詰める。魔法を放たれたら、船が傷付く。それは避けなければならなかった。
 だが風となって走るサリナの前に、何重にもなった半魚人たちの壁が立ちはだかる。サリナは奥歯を噛むが、走る速度を落とさない。鳳龍棍に右腕を絡め、身体の横に構える。
 奇声を上げて、サハギンたちがサリナに踊りかかる。しかし魔物どもは、例外なくサリナの攻撃によって吹き飛ばされ、大きな飛沫を上げて海へと落ちた。
 だが、さすがにサリナも自分よりも大きな体躯の魔物が、何匹も固まって魔導師を守ろうとするのを、簡単に崩すことは出来なかった。そのサハギンたちは大きな盾を構え、そこにサリナは渾身の回転蹴りを放ったが、衝撃に後ろずさらせることしか出来なかった。着地し、サリナはサハギンと距離をとった。
「重い……」
 重厚な金属の鎧と盾で、サハギンの戦士たちは魔導師を守る。魔導師は詠唱を開始したようだった。人間の言葉ではないが、それは明らかにマナを宿すための言葉だった。サリナの目に、マナの流れが危険な形を取ろうとするのが映る。
「音も無く隔絶されし白き世界――サイレス!」
 そこへセリオルの魔法が飛んだ。魔法はサハギンの戦士たちを越え、後ろの魔導師を捕えた。魔導師は声を奪われ、詠唱を中断する。
「セリオルさん!」
「落ち着いていきましょう、サリナ。大した敵ではないんです。船を守ることを最優先に考えればいい」
 兄の優しい手が肩に置かれる。焦燥に駆られていたサリナの心に、平静が戻る。サハギンに視線を戻し、サリナは頷いた。
「はい!」
 再び、サリナはサハギンたちに突撃する。魔法を奪われ、魔物どもは苛立ちの声と共に剣を振り上げる。
 鋭い銃声。サリナの後方から、長銃の強烈な弾丸が飛来する。弾丸はサハギンたちの鎧を穿つ。大きな衝撃に、魔物の骨が折れる音が聞こえた。半魚人の戦士たちは、泡を吹いて次々に倒れる。
「サリナ、あとは任せたぞ!」
「うん!」
 フェリオの声に答え、サリナはサハギンの戦士たちの真ん中で身体を回転させる。そして放たれた鳳龍棍が、魔物どもを海へと叩き落した。
 サハギンの魔導師は、その光景を瞳に焼き付けた。彼は後悔していた。こんなに強い相手だとは思わなかった。いつものように、脆弱な人間の船から美味い食料を奪う、簡単な仕事のはずだった。しかし今日の相手は、いつもとは勝手が違った。親分は別の4人の人間たちに翻弄されている。敗走は時間の問題だ。
 そこまで考えた時、彼の眼前に赤い服の人間が迫った。彼は咄嗟に身を守ろうとして腕を突き出した。しかしそれは何の意味も無かった。一瞬の後、彼は宙を飛んだ。そして懐かしい海面に落ち、彼は激しく痛む身体をいたわりながら、仲間たちとともに巣へと戻るため、泳ぎ始めた。
「あとはあれだけですね」
「ああ。けど、もう終わるな」
 カインたちはカサゴ頭の巨大なサハギンから、一切の攻撃を受けなかった。今日の相手は、これまで立ちはだかってきた幾多の強敵と比べれば、子どものようなものだった。あまり大きな力が使えないのがカインにとってはストレスではあったが、派手に決められないこと以外は何の問題も無かった。
 シスララが舞うように繰り出した槍の一撃が、サハギンの脚を貫いた。魔物は悲鳴を上げ、傷を手で押さえて膝をついた。ソレイユがその横っ面に体当たりを仕掛ける。こめかみを強打され、サハギンはふらついた。アーネスとクロイスが、騎士剣と盗賊刀で斬りつける。2本の大きな裂傷が、魔物の身体に十字を刻む。もはや鎧は意味を成さなかった。
 それでも親玉サハギンは、なんとか立ち上がった。彼は誇り高い戦士だった。それについてだけは、アーネスも感心した。これだけ一方的にやられても、決して背を向けはしなかった。怒声を上げ、魔物は巨大な剣を構えようとした。
「ハウリング・ウルフ!」
 そのサハギンに、青白い炎の狼が突撃した。恐るべき咆哮とともに、狼はサハギンの巨躯にぶち当たる。
 サハギンは、その衝撃にゆっくりと仰向けに倒れていった。そして彼は、母なる海に抱かれるようにして落下していった。ひときわ大きな飛沫を上げて、最後のサハギンが海へと消える。
「やれやれ、終わったな」
 ぐっと伸びをして、カインは海を覗き込んだ。サハギンの姿はもう見えない。
「ん?」
 ふと、彼は足元に転がるそれを発見した。身を屈め、拾い上げる。
「なんだこりゃ」
「どうしたの?」
 近くに来たアーネスが、カインの手の中のそれを見た。
「あら、きれいね」
 アーネスの声がやや弾む。カインが拾い上げたのは、こぶし大の鮮やかな青藍色の球体だった。宝石だろうか、太陽の光が中に差込み、きらきらと光の粒を生んでいる。
「あいつが落としてったのかな」
 宝石なのだとしたら、かなりの価値がある代物だろう。これだけ大きなものは、そうお目にかかるものではない。
「どうしました?」
 声をかけながら、仲間たちが近くへ来た。カインはその球体を差し出した。
「わあ、きれいですね!」
「本当ですね。宝石でしょうか? 水晶かしら」
 シスララが顎に指を当てる。
「なあ、これさ、マナの光っぽくねえ?」
 珍しく、クロイスが自らマナのことに触れた。確かに、とサリナは思った。その球体の中の光は、まるでマナの光のようにたゆたっている。
「セリオルさん、わかりますか?」
 サリナはセリオルの顔を見た。セリオルは考え込むような表情だったが、彼にもそれが何なのか、よくはわからないようだった。
「残念ながら、見たことはありませんね」
「ま、いいじゃねえの。デブチョコボに預けとこうぜ」
 気楽な調子のカインに、仲間たちが同調する。結局正体がわからないその宝玉のようなものは、サリナが呼び出したモグに手渡された。
「クポ〜。きれいな玉クポ〜」
 それを気に入ったらしいモグは、玉乗り遊びのようなことを甲板で始め、女性陣の歓声を集めた。
 セリオルが操舵室に戻り、リンドブルムは無傷のまま、閑掻の海を南東へ向かう。

 夜。その街の港に降り立ち、サリナは口をぽかんと開けて立ち尽くした。
「……ここ、ほんとにエリュス・イリア?」
 そんな言葉が口を衝いて出るほど、そこはこれまでに訪れたどの街とも似ても似つかぬ、異様な光景を形成していた。
 それは街中の地下に設置された、蒸気機関とマナストーン装置の力によるものだとアーネスは言う。
 享楽の街アクアボルトは、小さな島がまるごと街になっている。背の高い建造物が立ち並び、娯楽と歓楽の街らしく、その夜は長い。港は街の外れだが、ここにいても街の賑やかな声が聞こえてくる。
 夜の帳が下りた島に、色とりどりの装飾が煌いている。雷のマナによる、“ネオン”と呼ばれる装飾らしい。それがいたるところに配置されているので、アクアボルトの夜は、まるで昼のように明るい。
「なんだこりゃ……わけわかんねー」
 なんのためにそんなことをしているのか、クロイスには理解出来なかった。賑やかに過ごしたいのはわかるが、別に夜にここまで明るくする必要はあるまい。
「ふっふっふ……この良さがわからんかね、クロイスくん。まだまだ子どもよのう」
 腕組みをし、カインは不敵な笑みを浮かべて街を眺める。彼の目は野望に満ちていた。
「あんだよ、あんなもん眩しいだけだろ」
「はっはっは。あれが大人の楽しみ方ってもんだよ、夜の、な」
 妙に格好をつける兄に、フェリオが苦笑する。
「兄さん、ここ来るの初めてだろ」
「初めてのようで初めてでない、そんな気分だ」
「気分だけだろ」
「はっはっは」
「あはは。カインさん、何言ってるんですか〜」
 サリナにそう言われて、カインはなぜかぐっと親指を立てて見せる。それがおかしくて、サリナはまた笑った。
「すごいところですね、ここは」
 肩で怯えている様子のソレイユの額を撫でてやりながら、シスララは街を眺めた。点いては消えるネオンの光。かつて自治区の繁栄を願って建造されたという、アクアボルト自治区の首都、享楽の街アクアボルト。シスララの目に、その街は欲望の坩堝のように映った。
「ここは少し治安も良くないわ。みんな、気をつけて」
 アクアボルトは舞台やカジノなどの娯楽施設を中心に栄える街である。それらの場所で金を使い果たした者が、観光客から金を巻き上げようとしてもおかしくはない。
「ともかく、注意して進みましょう。多少お金が張っても、安全な宿を確保しなくてはいけませんね」
 デブチョコボに預けるわけにはいかない、サリナたちの武器や道具。万が一にもそれらが盗難されては一大事だ。サリナは表情を引き締めた。
「はっはっは、大丈夫だよセリオル。それよりせっかくのアクアボルトの夜だ。楽しもうぜ!」
「……君が一番心配ですよ、カイン」
「はっはっは。またまた、ご冗談を」
「冗談じゃないし、兄さんに金は預けないって言っただろ」
「はっはっは。え? いやいや、そんな馬鹿な。冗談だろ? ……え? マジ?」
 少し途方に暮れたような顔をしたカインを置いて、サリナたちは歩き始めた。後ろからカインの声がして、追いかけて来るらしい足音が聞こえる。
 男4人に女3人。年齢は16歳から26歳まで。その7人組は、アクアボルトの人々からは奇異な集団に見えたのだろう。友人同士の集まりには見えないし、家族にも見えない。服装もばらばらである。ひとりは肩に飛竜を乗せている。他の観光客たちには積極的に声をかけている娯楽施設の店員たちも、サリナたちには声を掛けてこない。
「なんか、ちょっと恥ずかしいな……」
「確かに」
 サリナは少し顔を赤らめた。フェリオは顔色を変えはしなかったが、その胸中はサリナと同じだった。
 浮いている。明らかに、彼らはアクアボルトで浮いていた。
「これは、この街になじむ服装をしないと、ちょっとまずいですね」
「要らない注目を集めるわね、確かに」
「ソレイユは、どこかに隠れていてもらったほうがいいでしょうか」
 懸命に自分を奮い立たせて先頭を歩くセリオルも、さすがにすれ違う人々のほぼ全員から視線を投げかけられると動きがぎくしゃくする。
 アーネスは騎士の鎧を纏っている時に注目を浴びることには慣れていたが、今は自分が騎士だから注目されているのではない。明らかに民間人である集団の中で、ひとり騎士の鎧を身に付けている。だから奇異に映るのだ。
 ソレイユは抗議するように啼いたが、その声がますますの注目を集めてしまう。シスララはソレイユを恥じる気持ちなど微塵も無いが、見知らぬ街の見知らぬ人々からじろじろと見られることに戸惑った。
「みんな何をそんなに気にしてんだ?」
「さあ。よくわかんね」
 カインとクロイスは気楽なものだ。彼らは普段と変わらぬ様子で歩いている。いつも大騒ぎをして他人から見られているためだろうか、アクアボルトの人々からの視線も気にならないようだ。
 先頭を歩くセリオルが、きょろきょろとあたりを見回す。何かを探している様子の彼に、アーネスが尋ねる。
「何を探してるの?」
「聖獣の森で思い知りましたが、どこにゼノアの手の者がいるかわからないんです。なるべく目立たないようにしなければ」
 そう答えて、首を傾げるアーネスをよそに、セリオルはお目当てのものを見つけたようだった。
「あの店に入りましょう」
 その店の看板には、“紳士淑女の店 テーラー ブラシエール”とある。服の店だ。
 テーラーブラシエールの店主、シモン・ブラシエールは、客の来店を告げるドアのベルに心を弾ませた。修行を積んだ店から独立して、自分の店を開いて1年。その節目になる日の、最初の客である。彼の服を買ってくれても買ってくれなくても精一杯のもてなしをしようと、35歳、新進気鋭のデザイナーは顔を綻ばせる。
「いらっしゃいま――」
 来店を歓迎する言葉を最後まで口にすること無く、彼の顔は中途半端な笑顔で固まった。
 入ってきたのは7人組の男女だった。服装も年齢もばらばらである。なんの集団だか、まったく見当もつかない。ふたりは遠くハイナン風の服装、ひとりは継ぎ接ぎだらけの服、ひとりは騎士の鎧、ひとりは肩に竜を乗せている。
 彼の心の警鐘が鳴る。やばいやばいやばい。開店の時の挨拶周りが足りなかったか。地上げ屋か何かの類か。いや、借金は順調に返している。1年も経ってから来るなんておかしい。じゃあ何だ。何だこの連中は。
 7人組のリーダーらしき長身で長髪の男が、つかつかとこちらへ歩いてくる。シモンは緊張した。ハイナン風の服装だ。彼も憧れる、あの独特の染料で染め上げる布。目の前で見て、彼は確信した。この男の服は、本物のハイナン服だ。さきほどまでの心配はどこへ行ったか、彼の目はデザイナーのそれになっていた。じっくり見たい。研究したい、ハイナンの服を、染料を。
 自分の服をじろじろと観察する服店の店主の前に立って、セリオルは緊張した。そんなに変な服だろうか。ハイナンでは普通だったし、これまでの街でもこれほど奇異な目で見られることは無かった。ここは特別なのだろうか。
 そうかもしれない。世界でも類を見ない、洗練された街だ。それは王都の雰囲気とは全く異なる、貴族や騎士の服装が標準とされるような場所なのだ。確かに、ハイナンの庶民服は奇妙に映るのだろう。
 後ろで仲間たちが固唾を飲んで見守っている。彼は唾を飲み込み、意を決して乾く口を開いた。
「あ、あの、すみません――」
「お客さん!」
 店主は勢い込んで顔を上げた。それに驚き、セリオルは後ずさりとともに言葉を飲み込んだ。何だ、一体どうしたと言うのだ。そんなに変か、私の服は。
「な、な、なんでしょうか」
「あんたの服、ハイナン服だよな!?」
 店主の勢いに飲まれ、セリオルは混乱した。状況に頭がついていかない。後ろでカインとクロイスが笑っている。顔が熱くなる。
「は、はあ……そうですが」
 それが何か悪いのか? ハイナン服は世界に誇る絹織物だ。村の特産であり、腕の良い職人たちが1着1着、精魂込めて織り上げるのだ。そうだ、ハイナン服の何が悪いというのだ。
「ハ、ハイナン服は素晴らしい絹織物で――」
 そう胸を張ろうとしたセリオルに、またも店主が畳み掛ける。
「その通りだ! だから頼む、俺にその服を見させてくれ!」
「……へ?」
 ぽかんと口を開けるセリオルの前で、店主は両手を合わせて彼を拝む。何が何だかわからぬまま、セリオルはゆっくりと首を縦に振っていた。