第82話
ユーヴの戦士たちは問答無用で戦いを挑んできた。いつの間にこんなに集まってきたのかと思わせる数。深い下草や大木の陰に、男女合わせて数十人はいる。獣の多い森の中で、彼らはサリナたちにその気配を感じさせなかった。 鋭い矢が飛び、湾曲した刃の剣を振り上げた戦士が襲いかかってくる。サリナたちはシモンを自分たちの後ろに隠れさせ、彼に被害が及ばないように気をつけながら戦うことを強いられた。 シスララは飛来する矢を槍で叩き落した。矢は次々に襲いかかってくるが、それはことごとく槍によって撃退された。 「どうしたものでしょう……あまり、戦いたくはないのですが」 ぽつりと呟かれたその言葉に、ソレイユが甲高い声で同調する。 「騎士の紋章よ!」 アーネスが叫ぶと、ブルーティッシュボルトが光を纏い、背後のシモンを守る光の盾となった。シモンは困ったような顔で、アーネスの後ろに隠れている。 「参ったわね。彼らを攻撃するのは気が引けるし」 光の盾で矢の猛攻を防ぎつつ、アーネスはちらと後ろを振り返った。シモンは下を向いて困ったように頭を掻いている。 「威嚇射撃でもしてみたらどうだ?」 クロイスのその提案に、しかしフェリオは首を横に振った。クロイスはフェリオの懐、マナストーンの爆弾を指差していた。 「森が傷付くだろ。彼らは誤解してるだけなんだ。出来れば気絶させるぐらいにしておきたい」 「ま、そーだな」 軽くそう言って、クロイスは走り出した。矢での攻撃は危険だ。接近して、当身でも入れるつもりなのだろう。 「こいつでいくか」 フェリオは素早く銃を組み替えた。2丁の短銃から、2丁の小型麻酔銃へ。針は小型化され、殺傷能力は抑えられている。それをユーヴの戦士たちに向け、彼はトリガーを引く。 「あの野郎と一緒で、気が短ぇなあ」 戦士が振り下ろしてきた湾曲した刃の剣をひらりとかわして、カインは高山飛竜の鞭を戦士の足に巻きつけた。戦士はもんどり打って倒れ、その衝撃にうめく。剣は手から離れ、地面に転がった。 「君もひとのことは言えないでしょう」 カインと背中を合わせて戦士たちの動きを警戒しつつ、セリオルは杖を構えた。さきほど、数人の戦士の動きを捕縛の魔法で奪った。次に詠唱する魔法を、彼は既に決めていた。 「漆黒の闇の深淵、鎖されん――ブライン」 冷静な声で、彼は暗闇の魔法を発動させた。矢を放とうとしていた戦士たちの視界を、黒い雲が奪う。 「俺ぁ気は短くないぜ。ただ堪え性が無いだけで」 「同じことですよ、カインくん」 ふたりは背中を離し、それぞれの取るべき次の行動へと移っていった。 「ちょっと、待ってください!」 振り下ろされた刃を鳳龍棍で受け、三節棍に変形させてからめとったサリナは、勢いを殺されてたたらを踏んだ戦士に呼びかける。しかし戦士は怒りに燃える瞳で彼女を睨みつけ、身を低くして足払いを仕掛けてきた。 「話を、聞いて、もらえませんか!?」 素早く回避したサリナに、戦士は立て続けに拳や蹴りを繰り出してくる。それを極力回避しながら、サリナは諦めずに呼びかける。鳳龍棍で受けることを、彼女は避けた。強靭な金属の棍に全力を揮った拳や脚が衝突すれば、戦士の負傷は避けられない。彼女は、民族の矜持を傷つけられたことに怒る戦士たちを、傷つけたくはなかった。 「お前たちから聞く話など、何も無い!」 小柄な少女の予想以上の戦闘能力に戸惑いながらも、戦士は攻撃をやめない。彼の脳裏には、アクアボルトから戻った前戦士頭の言葉が木霊していた。 彼は言った。アクアボルトの連中は、いまだにユーヴ族を見下している。やはり共生の道など、探ることすら無意味なのだ。 「お前たちは、ユーヴの誇りを傷つけた! 何が民族の融合だ! 口先だけじゃないか!」 怒りの声とともに攻撃を繰り返す戦士に、サリナは違和感を覚える。それは、戦士から向かってくる感情が、単なる怒りだけではないことを感じたためだった。それに気づき、サリナは戦士の攻撃を回避すると同時に後方へ跳躍し、距離を取った。 「輝け、私のアシミレイト!」 サリナは左腕を掲げた。真紅の閃光が迸る。クリスタルから生まれた膨大な光が森を照らす。それぞれに戦っていた戦士たちは、突然のことに驚き、動きを止めてこちらを見る。セリオルたちも戦いの手を止めた。 「な、なんだこの光は!?」 サリナと戦っていた戦士は、剣を構えたままで硬直した。真紅の武闘着の少女は、その光の中で不思議な鎧を纏ったようだった。光が収まり、そこにはゆらめく炎のようなものをたなびかせる、真紅の少女がいた。 戦士の目に、その姿は神々しく映った。聖なる光。そう形容するに相応しい、気高く清らかな光だった。知らぬ間に、彼は武器を下ろしていた。この少女は、武器を向けるべき相手ではない。本能がそう告げていた。 「なんだ……何者なんだ……」 うわごとのようにそう呟く戦士の目の前まで近づいて、サリナはその目を見つめた。戦士の目に曇りは無かった。そこにあるのは、一族の暮らしと誇りを守ろうとする、強い意志だけだった。 「これは、幻獣の力です」 炎のマナに包まれながら、サリナはそう告げた。ユーヴの戦士たちがざわめく。セリオルは静かにサリナを見つめていた。 サリナはアシミレイトを解除した。炎のマナが鎮まり、リストレインが元の篭手の形に戻る。クリスタルが収まり、サリナは右手でそれに触れた。 「幻獣だと……?」 戦士たちに、いや、ユーヴの民にとって、幻獣は崇め奉る存在だ。王都の大神殿が総本山である幻獣神教とは異なり、教義や聖典などは存在しない。彼らは、生まれた時から自然と、幻獣に対しての畏怖と共に育つ。 「サラマンダー!」 火炎竜サラマンダー。その名を、少女は呼んだ。すると少女の左手首の篭手から、ガラス玉のような真紅の球体が分離し、大きな光を生んだ。 光の中から、大型犬ほどの大きさの赤き竜が現われた。竜は高く啼き、その口から炎の息を漏らす。 「アイユーヴのみんな」 圧倒的なマナの奔流。その熱き力に、戦士は金縛りにあったように動きを奪われた。口を動かすが、言葉が出ない。本能に刻まれた幻獣への畏敬が、それを告げていた。これは、本物の幻獣だと。 サラマンダーはそのエメラルドの瞳で、あたりを見回した。サリナたちと、アイユーヴの戦士たち。状況はクリスタルの中から見ていた。サリナは、良い判断をした。戦士たちの頭に上った血を、彼の姿が瞬時に下ろした。 「僕はサラマンダー。炎の幻獣、碧玉の座。サリナたちと共に、世界の敵を止める戦いをしてるんだ」 燃え盛る炎のようなサラマンダーの声に、戦士たちはその手の武器を取り落とした。彼らは一様に、幻獣に対して膝をつき、頭を垂れた。 「これが本物の幻獣……」 アーネスの後ろで、シモンは驚愕に震えていた。彼の身にも、幻獣への畏敬の念が刻み込まれている。頭を下げながら、彼は考えていた。サリナの話は本当だった。彼らは本気で、ゼノアという男と戦おうとしている。 血がたぎる。そんな言葉が脳裏をよぎり、シモンは自嘲するように笑った。 彼は興奮していた。アイユーヴを出て、都会で働こうと決めた。古い因習に縛られた村ではなく、洗練されたアクアボルトで、服飾の仕事をしよう。そう決めたのが、もう10年以上前だ。彼は着実に才能を開花させ、稼ぎは村へ送った。たまに会う家族は、寂しい思いを口にしながらも、彼の歩く道を賞賛してくれた。 ユーヴ族としての自分は忘れたと思っていた。だが今、サラマンダーを目の前にした自分の心は、否定しようも無いくらいにユーヴ族だった。 「みんな、聞いてくれ!」 彼は立ち上がった。自分を守ってくれるアーネスの後ろで、小さくなっている場合ではない。ユーヴの戦士たちはもちろん、サリナたちの視線も彼に集まった。 「俺はレオンの兄、シモンだ」 ユーヴの戦士たちがどよめく。彼らはもちろんシモンを知っていた。前戦士頭の兄だ。有名人である。出稼ぎのためにアクアボルトに出たと聞いていた。 「アクアボルトで彼らの話を聞いて、ここへ連れてきた。彼らはユーヴの敵じゃない! 幻獣たちと一緒に、“雷轟”のことを調べてるだけだ。フォグクラウドへ案内したい。道を開けてくれ!」 幻獣サラマンダーと、レオンの兄、シモン。この二者からの言葉に、ユーヴの戦士たちは断る術も、その意志も持たなかった。彼らは口を揃えて非礼を詫び、武器を収めた。 「こっちだ。ついてきてくれ」 サリナと交戦した戦士が先頭に立った。サリナはぺこりと頭を下げて礼を述べた。サラマンダーがクリスタルに戻り、サリナは歩き始めた。 「よくやったわね、サリナ」 隣に来たアーネスが、そう言って彼女の頭を撫でた。照れくさかったが、サリナは嬉しそうに笑った。 光る羽虫を辿って、サリナたちはその村へ到着した。切り拓かれた森の中に存在する、雲霧の村フォグクラウド。低く垂れ込める雷雲の下、ユーヴ族の村は静かに存在している。 |