第83話

 誰が止める間も無く、レオンは拳を振りかざしてカインに突進した。彼は素早く、フォグクラウドの前戦士頭の名は伊達ではなかった。
 しかし彼とカインの間に割って入った影によって、レオンはその動きを制止された。その人物は強い踏み込みと共に、レオンの胸を強く押した。しかしレオンはその衝撃で痛手を受けることはなく、ただ自分の勢いを全てその手に吸収されてしまったかのように、停止したのみだった。
 それはまるで、時間が止まったかのようだった。
「やめてください、レオンさん」
 少女は静かに彼に告げた。レオンは拳を振り上げた姿のまま、驚愕の眼で彼女を見つめる。
「馬鹿な……」
 カインに対する怒りに我を忘れていたレオンは、その戦意を完全に殺されてしまっていた。彼はもはや、驚くべき能力を見せたこの小柄な少女の、底知れぬ力に戦くばかりだった。
「レオン! お前いきなり何するんだ!」
 突然攻撃を仕掛けた弟の前に、シモンが進み出た。彼は弟の胸倉を掴み、揺さぶって非難した。
「なんだ。面白くなったと思ったのにな」
 そしてサリナの後ろで、カインは頭の後ろで手を組んで口を尖らせている。実に残念そうである。
「何が面白いんだよ、一体」
 やれやれと頭を抱え、フェリオは兄の言葉を否定した。それにカインは、ぷうと頬を膨らませることで答えた――つもりのようだった。
 シモンによってレオンが引き離され、サリナは腕を下ろした。すぐにアーネスが彼女の肩に手を置く。
「大丈夫?」
「はい。どこも痛くないです」
 アーネスを見上げ、サリナはにこりと笑う。しかしアーネスは安心できなかった。これまで見たことの無い力だった。あれだけの速度で突進した大の大人の男を、サリナは片手で止めた。それも、レオンにダメージを与えること無く。まるでサリナの手に、レオンの力が吸収されたように見えた。
「今の、どうやったの?」
 アーネスの何かを案じるような声に、サリナは小首を傾げる。
「ファンロン流武闘術、地の型です。少しマナの力を借りて、守りの技にしました」
 その言葉に、アーネスはほっと息をついた。近頃ますます力を増しているサリナが、マナを扱う力に支配されかかっているのではないかと、彼女は懸念したのだった。しかしそれは取り越し苦労だった。サリナはただ、上手くマナを操っているだけだった。
「すごいわね、サリナ。いつからそんなことが出来るようになったの?」
「えへへ……」
 アーネスの賞賛に、サリナは頭を掻いて照れた。その様子は、やはりいつものサリナだった。アーネスの顔に笑みが戻る。
「最近、早起きして鍛錬してるんです。その時に、マナを攻撃だけじゃなくて守りにも使えないかなって考えたんです」
「なんかどんどん無敵化してくな、お前」
 言葉とは裏腹に感心した響きの声で、クロイスがそう言った。それにサリナは、やはり素直に照れるのだった。
「私も、サリナのような力を身に付けたいです。私にも出来るでしょうか?」
 羨望にも近いまなざしのシスララに、サリナは困ったような顔になる。
「サリナはマナの共鳴度が高いからってクロフィールの長老は言ってたけどな。俺たちも訓練次第すれば出来るようになるのかな」
 しかしフェリオのその問いかけには、誰も答えることが出来なかった。サリナ自身も、何をどうしていると伝えるのは難しいのだ。いずれにせよ、彼女はマナを使う守りの術を手に入れ、それによって仲間たちの士気は高まった。
 だが、彼女は知らなかった。彼女の視界に入らないところで、セリオルがどこか沈痛な表情を浮かべていたことを。

「そうだったのか……すまん」
 来賓をもてなすためのソファにサリナたちと相対して座り、レオンは深々と頭を下げた。彼はシモンからこれまでの経緯を聞かされた。その中で、カインが自分を殴ったのはカジノ側の味方をしたからではなかったことを聞き、彼は素直に謝罪した。
「レオンさん、いきなり襲いかかるなんて失礼ですよ」
 戦士頭として同席しているセリノが、先輩をたしなめるように言った。しかしそれに、シモンが反論する。
「お前らも森でいきなり襲いかかって来たじゃないか」
「そ、それは……その……」
 答えに窮して縮こまるセリノに、カインが言葉を投げかける。
「はっはっは。いいってことよ。俺たちぁ細かいことは気にしないのさ」
 そう言って、カインはカラカラと笑った。その気持ちのいい笑い声に、レオンとセリノの表情がほぐれる。
「あんまり細かいことじゃねーけどな」
「まあまあ」
 ぼそりと毒づいたクロイスを、サリナがなだめる。
「誠に申し訳無いことをした。幻獣の御使いに対して、何たることを」
 レオンの隣で同じように頭を下げたのは、ユーヴ族の実質的な族長でフォグクラウド村長、ラモン・ファリアスだ。一族の中で最も呪術に長けた人物であり、顔に入れた刺青はその証だった。彼の呪術は、アーネスの風水術とよく似ていた。自然の中のマナを抽出して感じ取り、彼はユーヴ族の歩むべき道を示してきたという。
「いえ、ラモンさん、私たちは御使いなどでは……」
 そう言いかけたセリオルの前に、ラモンは手のひらを向けて静止した。セリオルの言葉が止まる。
「良いのだ、旅の方よ。君たちが御使いであるかどうかは問題ではない。ただ、君たちが幻獣とともにあり、ともに旅をしていることが、我々にとって意味のあることなのだ」
 ラモンが語る内容に、セリオルは首を傾げた。仲間たちも同様だった。その様子に、ラモンが続ける。
「我々には古い伝承がある」
 それは遠い昔、ユーヴ族がまだアイユーヴ本島だけで暮らしていた頃よりも、統一戦争よりも前から存在し、誰もが信じていた伝承だった。
 世界を見守る幻獣たち。彼らは8つの種族に分かれ、エリュス・イリアと世界樹を守っている。だがその中の1種族が離反し、エリュス・イリアの破滅を目論む。彼らは人間の中の悪しき者と手を結び、共にエリュス・イリアの世界樹を我が物とするだろう。そして彼らは、完全なる幻獣界を実現するだろう。エリュス・イリアはマナを奪われ、生命は衰退する。
 しかしそこへ、7種の幻獣たちに選ばれし戦士たちが現われる。彼らは幻獣の御使いである。御使いたちは幻獣とともに、悪しき者どもに戦いを挑むだろう――
「偉大な予言者、モハメ・ダリアはそう言い遺し、この世を去ったという」
 そう語ったラモンの言葉に、サリナたちはしばらく何も言わなかった。まさに、御使いとは自分たちのことを示しているように思えた。
「その続きは無いんですか?」
 はじめに口を開いたのは、フェリオだった。彼はラモンを見ていた。
 しかしユーヴの族長は、首を横に振った。
「予言はそこまでしか残されておらん」
「戦いの結末は、わからないのか……」
 フェリオはそう呟いて、顎に手を当てた。その背中を、彼の兄がバシっと叩いた。
「なあに弱気になってんだよ、フェリオ! 俺たちゃ大丈夫だろ!」
 カインは陽気に笑ってみせる。予言の先を知りたがったのは、ゼノアに勝てるかどうかを知りたかったのだろうと推測した彼だったが、彼の弟はそれを否定した。
「いや、統一戦争についての予言なんじゃないかと思っただけだよ」
「おう、そうか。いやでも、統一戦争の時だったら闇の幻獣についての話は出てねえんじゃねえか?」
「そうだな……」
 カインの言葉に、フェリオは記憶をたぐるように俯いた。統一戦争の時、闇の幻獣たちはどうしてたんだった?
「確か統一戦争の時には、闇の幻獣たちは登場しませんね」
 そう言ったのはシスララだった。彼女は顎に人差し指を当て、小首をかしげている。肩のソレイユが、全く同じ角度に首を曲げていた。
「そうだよな。ウィルム王と6将軍だもんな。闇の幻獣は何してたんだ?」
 腕組みをし、疑問を呈したのはクロイスだった。するとその言葉に答えるように彼のリストレインからクリスタルが光を放ち、オーロラの声が響いた。
『彼らはあの時、事態を静観していました』
 突然響いた美しい流水のような声に、ラモンたちが驚く。クロイスが短剣型のリストレインを取り出すと、紺碧の光とともにオーロラが姿を現した。
「なんだ!?」
「また幻獣か……?」
 ラモンとレオンは驚いてソファから立ち上がったが、森でサラマンダーを見ているシモンとセリノは、それほど驚かなかったようだ。サラマンダーと同じ種類の神々しい光を前に、ふたりは頭を垂れた。それを察したラモンとレオンも、慌てて続く。
「顔を上げてください、ユーヴの皆さん」
 オーロラの声は美しく、優しい。ユーヴ族の4人は顔を上げた。紺碧の光に包まれる、美しき銀色のイルカ。額に生えた角は気高く、繊細だった。
「統一戦争の時、ハデスたちはウィルムにもパスゲアにもつかず、ただ私たちがウィルムとともに戦うのを見ていました」
 オーロラはそう語った。闇の幻獣たちは、統一戦争の時代にも当然ながら存在した。しかし彼らは、他の幻獣たちとは異なり、エリュス・イリアの戦争に一切関知しなかった。それはまるで、世界樹の安全やエリュス・イリアの保全に興味が無いように見えたという。
「ですが今思えば、彼らにとってパスゲアは力を与えるに値しない者だったのでしょう。パスゲアは人間の身でありながら恐ろしい力を持ってはいましたが、ゼノアのようにマナや幻獣のことを深く理解してはいなかった」
「なるほど。ということはさきほどのモハメの予言は、俺たちのことを示していると考えるのが妥当だろうな」
 フェリオは自らそう結論づけた。それは遠まわしに、予言の中の御使いとは自分たちのことだと認めることになった。
「まあ、御使いという表現がどうなのかは別の議論として、確かに予言の内容は私たちの戦いに酷似していますね」
 御使いという言葉に気恥ずかしさでも覚えるのか、セリオルはそう呼んでほしくはないようだった。それはサリナも同じだったので、心の中で彼女はセリオルに同調した。
 オーロラがクリスタルに戻り、クロイスのリストレインに収まった。シモンたちがきちんと話せなかったことを悔やみ、幻獣たちはきまぐれだからとセリオルが慰めた。
「完全なる幻獣界、ってなんだろう……」
 サリナがぽつりとそう言った。彼女はセリオルに尋ねたつもりだったが、セリオルからすぐに答えは返ってはこなかった。彼は眼鏡の位置を直し、沈黙していた。
「セリオル、わかるか?」
 フェリオが改めて尋ねた。しかしセリオルは、首を横に振るばかりだった。
「いえ。幻獣界が幻獣たちの住む世界だということは知っていますが、それ以上のことは私もわかりません」
「そうか……」
 セリオルとフェリオが考え込むように黙り込む。そこへ言葉を差し込んだのは、シモンだった。
「ユーヴ族に伝わってる話だと、幻獣界はずっと不完全なんだそうだ。闇の幻獣たちは、それを完全なものにしようとしてる。そのためにエリュス・イリアの世界樹が必要だってことなんだろうな」
「うーん。そこんとこの理屈がわかんねえなあ」
 カインがソファの背にぐっと体重を預けた。彼にはお手上げだった。オーロラはもう何も言わなかった。
「いずれにせよ、闇の幻獣たちが予言どおり、悪しき所業に手を染めたのは遺憾の極みだ。幻獣を崇拝する者として、君たちに手を貸そう。彼らを止めてくれ」
「ありがとうございます」
 セリオルが皆を代表して、ラモンに礼を述べた。彼はこう続けた。
「“雷轟”の発生源にお心当たりはありますか?」
「ああ、セリノから聞いている。君たちの目的地は、恐らく“雷帝の館”だろう」
「“雷帝の館”だってよ! いかにもって感じだな」
 なぜか真っ先に反応し、楽しげなカインに皆が笑う。レオンも、もはやカインに対してのわだかまりは無いようだった。
「そこにいるんでしょうか、瑪瑙の座の幻獣が」
 ラモンを見つめるサリナの目には、強い意志の光が宿っていた。レオンを追ってきたアクアボルトの者と勘違いしたセリノを、黙らせたという目だ。ラモンは、そこに確かな力を感じた。ユーヴの戦士たちも歯が立たなかったという、強力な戦士の一行。その中にあって、このサリナという少女の心の力が、最も強いもののように思えた。
 ラモンは想像した。かつてモハメが遺したという、偉大な予言。遥かなる時を超えてモハメが遣わしたのは、まだ幼さの残る少女だった。その現実に彼は戸惑った。セリノが慌てた様子で伝令に来た時、冗談だろうと思った。
 だが、彼の心は今、決まった。さきほどのシモンの話より、現われたオーロラの姿より、目の前の少女の強き意志を宿した瞳が、彼の彼女を信じる材料だった。おそらく、と彼は推測する。彼女の許に集まった6人の仲間たちも、彼女のこの強さに惹かれたのだろう。だから命を賭した敵との戦いに、彼らは喜んで参加するのだろう。
 ラモンは口元を緩めた。サリナが意外そうな顔をした。それまで、彼はずっと険しい表情を崩さなかったのだ。
「おそらくな。そこは、幻獣ラムウの御座だと言われている。わしも実際に会ったことは無いが、そこが最も可能性が高い」
「やはりラムウですか。カイン、君が力とすべき幻獣ですね」
 セリオルの言葉に、カインがソファから跳ねるようにして立ち上がった。なぜか、彼は腕を上げて何かのポーズを決めた。
「はっはっは。瑪瑙の座、一番乗り〜!」
「何やってんだよ……」
「全く、恥ずかしいわね」
「まだ決まったわけじゃねーだろ」
「カ、カインさん、またそんなことして……!」
「あらあら。楽しくっていいですね」
「あ、皆さん、気にしないでくださいね。病気みたいなものですから」
 ラモン邸の応接室は、突如として和みきった空気に一変した。仲間たちから総突っ込みを受けたカインは、めげるどころかますます調子に乗って謎の口上を始める。それをサリナとクロイスが止めようとそれぞれの方法で――すなわちサリナはカインの服の裾を引っ張り、クロイスはカインの脛を短剣の柄で殴って止めた。カインは脛の激痛に涙目になり、サリナに回復の魔法を求めて癒してもらい、フェリオは頭を抱え、アーネスは呆れて溜め息をつき、シスララは楽しげに笑っている。そしてセリオルは、雷帝の館へ向かうための段取りをレオンと相談していた。

 フォグクラウドの“雲霞の鳴神亭”という宿を取り、サリナたちは部屋で寛いでいた。いつも天候に恵まれないはずの雷光の森の中で、しかし宿の料理は実に家庭的で美味だった。陽の光が無くてもよく育つキノコ類が特産品のようで、夕食にはキノコがたくさん出てフェリオを喜ばせた。
「クルリンタケ以外のキノコも好きだったんだ」
「ああ。全体的に好きだな」
 寝巻きでベッドに寝そべるサリナの眠気を帯びた声に、フェリオはそう答えた。
 閉鎖的な村のわりに、宿はしっかりしていた。年寄り夫婦が半ば道楽で営む宿らしく、サリナたちの他に宿泊客はいない。宿には大きな浴場があり、湯は森の地下水が地熱で温められた温泉だった。村人たちが共同で使う憩いの場になっており、森の恵み豊かな湯は、サリナたちの身体と心を大いに癒した。
 浴場で出会った村人たちは、サリナたちを崇拝の対象だとでも思っているようだった。幻獣の御使いという噂が広まったのだろう。サリナは、幻獣と旅をしているが御使いと呼ばれるような大層な者ではないと、必死で訂正した。彼女の人間くさい様子に、村人たちは次第に打ち解け、普通の娘にするように接してくれるようになった。
 アイユーヴ島の人々は閉鎖的だと聞いていたが、入り込んでみれば他の地の人々と何も変わらない、気さくな者たちだった。ただ、やはり彼らの生活には幻獣崇拝が深く根付いており、その宗教観念から生まれた因習も数多くあるようだった。例えば湯に入る前と湯を上がる時に、彼らは地を司る幻獣ミドガルズオルムと、水を司る幻獣リヴァイアサンに感謝の祈りを捧げた。
「小さいけど、いい村ね」
 ブラシで長い髪を梳きながら、アーネスがそう言った。窓の外で、遠雷が鳴っている。この村の人々は、毎晩この音を聞いて眠りに就くのだろう。
「アクアボルトとの対立が、解消されればいいのですが……」
 眉を下げ、悲しそうな様子で言ったのはシスララだった。彼女は森でセリノたちと戦った時の、彼らの様子に胸を痛めていた。彼らは無闇にアクアボルトの人々を嫌っているのではない。
「民族の融合、とか言ってたよな」
 クロイスは壁にもたれ、窓の外を眺めている。空は雷雲が垂れ込めている。集局点の影響なのだろうが、ずっとこんな空の下にいて、気が滅入りはしないのだろうかと、彼は懸念する。
「さきほどラウルさんから聞いたところだと、アクアボルト領主のサンク・フォン・グラナドという人物がそれを叫んでいるそうです」
 ユーヴ族の真の族長は、アクアボルト自治区を治める貴族である、グラナド一族の長だ。現在の当主であるサンクはかつてのアイユーヴの姿を取り戻したいと、アイユーヴ島に残ったユーヴ族たちと、再び民族の統合をしようとしているらしい。
「シモンやレオンがアクアボルトで働いてたのは、それもあってのことか」
 カインは椅子に腰掛け、鞭の具合を確かめている。クロフィール以降の戦いを共にしてきた相棒は、ややくたびれているようだった。
「シモンさんは、ほんとに服屋さんになるのが夢だったみたいですけどね」
 疲れが出たのか、サリナの声はいよいよ眠そうだ。フェリオは彼女に、ベッドに入るよう促した。サリナは逆らわず、素直にベッドに入った。
「この自治区には、長い対立の歴史があるわ。そう簡単に、溝は埋まらないでしょうね。宗教の問題もあるし」
 アーネスの言葉に、フェリオが頷く。確かに、アクアボルトではフォグクラウドほど、人々の生活の中に幻獣の姿は見えなかった。
 もちろんアクアボルトでも、幻獣は神として崇められてはいる。それはエリュス・イリア全土で変わらぬことだ。だがその崇拝の質は、フォグクラウドの村人たちのものとは違っていた。ここでは幻獣は、より生活の身近なところにいる。
「ここのひとたちからすれば、アクアボルトは幻獣への崇拝を忘れた連中なんだろうな」
「ま、しゃーないさ。あそこは経済的な豊かさを求めて築かれた街なんだから」
 鞭を丸く束ね、カインはそれを持って立ち上がった。
「さ、俺らも寝ようぜ。明日は雷帝の館だ。体調万全にしとこう」
 そう言って、彼は女性陣の部屋を出ようとした。しかし、すぐに彼は振り返った。仲間たちの様子がおかしいことに気づいたからだ。
「……なんでい」
 彼は胡乱げな目で仲間たちを見回した。
 セリオルとアーネス、クロイスがぽかんとしてこちらを見つめている。フェリオはなぜか嬉しそうだ。シスララはにこにこしている。サリナは――ベッドの中からかろうじて顔を出し、眠そうな目でこちらを見ている。
「なんでいなんでい。言いたいことがあるなら言いたまえよ君たち」
 その主張に、皆を代表してセリオルが答えた。
「いや、君がまともなことを言うと、ちょっと驚くんですよ」
「てやんでい! 俺ぁ寝る! もう寝るったら寝る!」
 カインが憤慨して部屋を出て、残されたセリオルたちはひとしきり笑ってからカインに続いた。そのころ、サリナは力尽きて既に夢の中だった。