第84話

 一行にレオンとセリノを加えて、サリナたちはフォグクラウドを出発した。朝だというのに、空は雷雲が垂れ込めて暗い。フォグクラウドでは、青空を見ることが出来るのはごく稀だという。そのため、村で育った者たちは、外の世界では空は青いのが普通だと知った時、大層驚くのだそうだ。
「それに、静電気もフォグクラウドやこの森みたいにひどくはありませんよ」
 村から出て雷帝の館へ向かう道中、落雷の数が目に見えて増えた。雷のマナが充満している。セリオルは自分の長髪が、落雷による静電気で広がるのを鬱陶しがっていた。
「青い空っていうのは、どんな音がするんだ? 雷は無いんだろ?」
 興味津々といった様子で、セリノはサリナに尋ねた。彼は雷の舞う空しか知らない。稀に現われた青空を見たことはあるが、雷鳴が無い環境というものを、彼は知らないのだった。
「晴れた青い空は、音はしないんです。どこまでも高くて、鳥が飛んでいて、太陽が輝いてるんです」
 そう答えて、サリナは雷光の森の空を見上げた。黒い雲が低く垂れ込めている。セリノも同じように見上げたが、彼はすぐに顔を戻し、かぶりを振った。
「……そんなところで暮らせたら、楽しいのかもな」
 ぽつりと呟かれたその言葉に、サリナは名状しがたい感情を感じ取った。彼らはアイユーヴに誇りを持っている。幻獣を崇める暮らしこそ、ユーヴ族が送るべきものだと信じている。
 しかし一方で、やはり外の世界に対しての憧れもあるようだった。フォグクラウドは閉鎖社会だとは言え、外の情報が入らないわけではない。とりわけ彼らのすぐ近くには、世界一の享楽の街、アクアボルトがあるのだ。
 村を出てアクアボルトで暮らそうと考える若者も少なくはないだろう。王都で役人として働くことを夢見た自分に、サリナはフォグクラウドの戦士頭を重ねる。
「頭の上でまとめて差し上げましょうか?」
 前を歩くセリオルにそう提案したのはシスララだった。彼女自身も、セリオル同様髪が長い。しかし彼女は、頭頂部に髪を丸くまとめることで、静電気の影響を極力小さくしていた。
 その彼女の髪型をじっと見つめて、セリオルは首を横に振った。
「いえ、せっかくですが遠慮しておきます」
「あら……」
 残念そうな声のシスララの後ろで、スピンフォワード兄弟とクロイスが笑いを必死で堪えている。
 湿度の高い森の中に、時折雷のマナが光の粒となって舞う。紫紺色の光が濃緑の森に踊る様は、幻想的というよりは妖艶な雰囲気をかもし出していた。
「確かにこりゃ、チョコボは無理だな」
 でこぼこした獣道は木の根や下草に覆われている。陽があまり差さないにもかかわらず木々は大きく育っていて、目の前を大木の枝がふさいでいるということもあった。身体の大きなチョコボで移動するのは難しそうだ。リンドブルムを降りる時にシモンから聞かされたことを、クロイスは実感していた。
「雷帝の館は遠い。魔物も多く出るから、気をつけてくれ」
 先頭に立ち、雷帝の館の石で作られたというネックレスのようなアクセサリーを掲げ、方角を確かめながらレオンがそう言った。サリナたちは口々に返事をし、周囲を警戒する。
「ねえ、そう言えばあなたは来る必要があったの?」
 レオンからの注意喚起で気持ちを引き締めたアーネスの隣に、シモンがいた。彼は護身のためにと村の戦士から借りた湾曲刀を腰に提げてはいるが、それをまともに扱えるようには見えなかった。
 訊かれたシモンは、頭を掻いて答えた。
「村にいるとだな、うちの母親がうるさいんだ。店のことやら何やら、捕まったらいつ解放してもらえるかわかったもんじゃない」
「……そんな理由で、危険な場所についてくるのね」
 白い目を向けられて、しかしシモンはにやりとしてみせた。
「俺にはレオンとセリノがついてるからな。あいつらが俺を守るから、気にしないでくれ」
「わかった、気にしないわ」
「いや、いざという時は気にしてくれ」
「ううん、気にしないから」
「ヘ、ヘイヘイヘイ、待っておくれよビューティフル・レディ」
 もはやこちらを見ずにすたすたと歩き始めたアーネスの背中に、シモンは手を伸ばす。その脇で、フェリオが額に手を当てている。
「……俺、シモンはもっとまともだと思ってたのに」
「はっはっは。おもしれえよな、シモン」
 ぽんぽんと自分の肩を叩いて前へ進む兄を見て、フェリオは頭を抱えた。
 現われる魔物は、その多くが雷の力に馴染んだものだった。自ら雷撃を放出して攻撃してくるものや、落雷を自分に集めて受け、力を増すものなどだ。
「来たれ地の風水術、岩壁の力!」
 アーネスが風水のベルを鳴らすと、地面から大きな岩の壁が現われた。それは狼の魔物が放った雷撃を吸収するように防ぎ、仲間たちへの被害を食い止めた。
「来たれ地の風水術、茨叢の力!」
 続けて、彼女はベルを鳴らした。地面から太く力強い茨が無数に現われ、雷撃を放った狼の魔物を襲う。魔物は悲鳴を上げ、地のマナに力を奪われて倒れた。
「雷の魔物には、地のマナが有効なんですね!」
 アーネスの戦いを視界の端に捉えたサリナが、皆に知らせるように言った。彼女は三節棍に変形させた鳳龍棍で、雷を纏った鷲のような魔物を打ち落とした。
「罪深き罪を忘れし悪鬼ども、偉大な大地に倒れ震えよ――クエイク!」
 ウィザードロッドが輝き、琥珀色のマナが奔出する。突如大地が隆起し、魔物の群れを下から突き上げた。雷のマナを帯た魔物どもは、地のマナによる強烈な魔法によって、その力を奪われる。
「まあたすげえの出してきたなぁ」
 セリオルの魔法の威力に口笛を吹くカインの前には、液体と個体の間のような、丸いゲル状の身体の魔物が集まっている。プリンと呼ばれる種族のその魔物どもは、高圧の電気を体内に溜め込んでいた。魔物は通常、野生の動植物などがマナの影響で凶暴化したものだが、プリンはそうではない。彼らはマナから生まれた魔法生物、アルカナ族と呼ばれる魔物の一種だ。
「変なやつらが出てきたもんだ」
 高山飛竜の鞭で、カインは魔物を攻撃する。しかしどういう身体の構造をしているのか、どれだけ鋭い攻撃を加えても、プリンには傷ひとつ付かない。裂傷ができたと思っても、すぐにゲル状の身体はそれをふさいでしまうのだ。
 プリンどもの攻撃は不快なものだった。大きく口を開け、彼らは自らの身体の一部とも思える、半液状の塊を放出した。素早く回避したカインの後ろに着弾し、それは爆発して電撃を発生させた。大気が爆ぜる音が響く。
「おいおい、なんだこりゃ」
 鞭を持って困惑するカインの後ろで、扇の開く音がした。シスララだ。
「花天の舞・ライブラジグ!」
 美しいマナの光が舞い、不気味に蠢くプリンたちを取り囲んだ。マナの粒はプリンを観察するように舞い、シスララの許へ戻った。
「カインさん、この魔物はマナの塊です。雷のマナの弱点の、地のマナで攻撃すれば倒せます! 物理的な攻撃は効かないみたいです」
「おお。その舞、そんな風にも使えるのか」
 聖獣の森で蜥蜴の魔導師のまやかしを打ち破った舞は、魔物の弱点や状態を見抜く力も持っていた。にこりと微笑むシスララに、カインはにやりとしてみせる。
「青魔法の陸・ロックスパイク!」
 両手で印を結んだカインの頭上に、何本もの土の錐が現われる。それは素早く空中を飛び、雷のプリンどもに襲いかかった。プリンはその鋭い地のマナでの攻撃に為す術も無く撃ち抜かれ、その場で四散した。
「花天の舞・オーラジグ!」
 シスララの舞が、攻撃力を上昇させる。その恩恵を受けたフェリオの弾丸とクロイスの矢が、地のマナストーンの力を纏って宙を走る。魔物の群れはその雨のように襲い来る地のマナに、悲鳴をあげて逃げ惑う。
 森の巨木がマナを受けて凶暴化し、幹に人間の顔のような模様を浮かべた魔物が、その枝を振り上げてセリノに襲いかかる。セリノは湾曲刀を構えたまま、すばやく跳躍した。彼は切れ味鋭い剣で魔物の枝を払った。身の毛のよだつ声で叫ぶ巨木の魔物に、レオンが放った矢が襲いかかる。それは人間で言うところの目に突き立ち、魔物に更なる悲鳴を上げさせる。
 そこへ流星が降り立った。ソレイユの力を借りて舞い上がったシスララが、槍と一体となって降下したのだ。彼女は巨木の幹を貫き、魔物を打ち倒した。
「危ない!」
 シモンの声が飛ぶ。彼はレオンとセリノの後ろに隠れ、しかし冷静に戦況を観察していた。彼は巨木の後ろから、水牛のようだが、捻じ曲がって凶悪に伸びた角と牙を持つ魔物が飛び出してくるのを、素早く警告した。シスララはその場で跳躍し、水牛の突進を回避した。
 そこへ、真紅の風が舞い込んだ。サリナはマナを解放しないままだったが、水牛の横腹を下から叩き上げるようにして鳳龍棍を繰り出した。水牛はまだ突進の勢いを失っていなかったが、彼女の攻撃は的確だった。水牛は呼吸を奪われ、四肢をよろめかせた後に気絶し、地面に倒れ込んだ。
「……ふう。終わりましたね」
 戦闘が終わって、サリナは周囲を見回した。仲間たちは全員、無事だ。皆、多少の傷を負ってはいるが、大したことは無かった。
 それより、彼女はレオンとセリノの視線が気になった。
「あ、あの、なんでしょう……?」
 顔に何か付いていたかと、サリナは慌てて両頬をこする。その様子に、ユーヴの戦士たちは笑った。思い過ごしだったことに気づき、サリナは赤面する。
「いや、凄い戦いだと思ってな。マナの力か。大したもんだな」
「ですね。俺たちには出来ない戦い方だった」
 レオンとセリノは、サリナたちの力を賞賛した。自らが戦士であるからこそ出来る、素直な尊敬の表現だった。
「はっはっは。そうだろそうだろ。あれだったら教えてやるぜ」
「偉そうにしないの」
 額に鋭く切り込んできたアーネスの手刀を回避できず、カインは悶絶した。フェリオが頭を抱え、レオンとセリノが笑う。サリナはカインには悪いとは思いながらも、少し恥ずかしくなってしまった。
「俺たちにもマナを扱えるか?」
 レオンは強さに対して貪欲だった。そして素直だった。カインの言葉に反応して、彼はマナを扱う方法を求めた。セリノもそれに倣った。
「魔法の類は、訓練が必要ですからねえ」
 眼鏡の位置を直しながら、セリオルはそう言った。今すぐ使うことのできるマナと言えば……と彼は、フェリオとクロイスを見た。
「まあ、マナストーンだよな」
 しかしそう言いながら、フェリオは顎に手を当てて考え込んだ。彼とクロイスのマナストーンボックスは、それぞれに使いやすいように専用で作っている。レオンとセリノに使えるようにしてやるのは難しい。
 フェリオとセリオルが悩んでいると、クロイスが自分の盗賊刀を彼らの前に差し出した。
「こういうのでいいんじゃねーの?」
「うん?」
 ふたりは差し出されたクロイスの武器を見た。天狼玉で作られた盗賊刀、バタフライエッジ。セリオルがマナ・シンセサイザーで製作し、柄の部分にはマナストーンをセットできる機構が設けられている。
「ああ、その手がありましたね」
 何も理解できないやり取りに、レオンとセリノは顔を見合わせる。そのふたりに構わず、セリオルはサリナに頼んでモグを呼び出した。
「クポポポ〜。呼んだクポ?」
 美しい笛の音に続いて現われた光の中からモーグリが飛び出して来て、シモンも含めたユーヴ族の3人は大いに驚いた。モーグリと言えばマナの精霊だ。そう簡単にお目にかかれる存在ではない。
「いや、つくづく凄い旅をしてきたんだな、君たちは」
 驚きの言葉をシモンが口にして、カインがまたしても調子に乗ってアーネスに叱られた。
「クロイス、魔物の角を剥ぎ取っておいてください」
「よしきた」
 セリオルはモグと共にデブチョコボのところへ、マナ・シンセサイザーを取りに行った。その間に、クロイスは今しがた倒した魔物から、角や牙、羽根や嘴などを剥ぎ取った。骨材を加工することになるが、この森の魔物のものなら十分な強度になるように思えた。
「なあサリナ、あれは何やってるんだ?」
 クロイスの行動を見て、シモンがサリナに尋ねた。サリナは笑顔でそれに答える。
「魔物の素材を使って、武具を作るんです。レオンさん用とセリノさん用ですよ」
 それを聞いて、ユーヴ族の戦士ふたりは意を唱えた。
「おい、そんなことしてたら陽が暮れちまうぞ」
「そこまでしてもらわなくて大丈夫だ。時間が無いんだろ?」
 しかしサリナは、ふたりに笑顔で言葉を投げかける。
「ふふふ。たぶんすぐ出来ますから、ご心配なく」
 その楽しんでいるような笑みを不思議に思いながら、レオンとセリノはひとまずセリオルを待った。モーグリのテレポで何やらよくわからないところへ行ったらしいが。
「クポー! 待望の帰還クポ〜」
 空中に光が現われ、その中からモグが大げさな言葉を叫びながら飛び出して来た。彼は空中を転がるように移動し、ぴたりと止まってポーズを決めてみせた。
「お、モグ、わかってるな!」
 そのポーズは、いつもカインが決めるよくわからないポーズと同じだった。片手の人差し指を天高く掲げ、腰にもう一方の手を当てている。カインもモグと同じポーズを取り、サリナとシスララを笑わせた。
「さて、では始めましょうか。フェリオ」
「ああ」
 マナ・シンセサイザーを持ち帰ったセリオルは、クロイスが集めた素材の中から、大きな角を2本と、一対の嘴を選んだ。先ほどサリナが倒した魔物のものだ。
 セリオルとフェリオは、マナ・シンセサイザーを素早く組み上げた。雷光の走る森の中で、その機械的な存在は異彩を放っていた。レオンとセリノ、シモンは何が起こるのかと首を傾げている。それはシスララも同様だった。彼女はサリナに尋ねておおまかなことは聞いたが、実際に目にするのは初めてだった。
 シンセサイザーの中に、角と嘴が入れられた。雷、炎、地のマナストーンがセットされる。セリオルが操作すると、シンセサイザーが作動した。
 信じられない思いで、レオンとセリノはその剣を手にした。水牛の角と鷲の嘴から合成された湾曲刀。彼らが普段から使っているものと、勝手は同じだった。
 だが、驚異的に軽い。そして切れ味に優れていた。試しに木の枝を斬ったふたりは、その鋭さに舌を巻いた。更に、その剣の柄にはマナストーンをセットするための機構が設けられていた。ほんの数分で製作されたとは思えないほど、精緻なつくりだ。
 ふたりはクロイスから、マナストーンの扱い方を教わった。試しに、レオンは炎、セリノは水のマナストーンをセットしてみた。刀身に炎と水のマナがいき渡り、ふたりはマナの力を手にした。
「なんて技術だ……」
「すごい……。これ、すごいよ!」
 ふたりは興奮していた。戦士として、強力な武器を手にしたのだから当然かもしれない。ふたりが喜んでくれたことに、セリオルは満足そうだった。
「あの、セリオルさん」
 大いに嬉しそうなレオンとセリノの陰で、シスララは小さくセリオルの名を呼んだ。セリオルが彼女のほうを見ると、ブルムフローラ家の令嬢は、どこか物欲しそうな目で彼を見ていた。
「な、なんです?」
 その目にまごつきながら、セリオルは答えた。シスララは、それに遠慮がちな声でこう言った。
「あの、お願いがあるのですが……」
「え、ええ。なんですか?」
 なぜか気恥ずかしそうなシスララに、セリオルは戸惑う。そんなに言いにくいことを頼もうとしているのか?
 しばらくもじもじしてから、シスララは口を開いた。セリオルは緊張した。
「あの……今度私にも、強い槍を作っていただけますか?」
「……へ?」
 自分の間の抜けた声に気づいたのは、スピンフォワード兄弟とクロイスが大声で笑ったからだった。その途端、セリオルは自分が一気に赤面するのを自覚し、仲間たちから顔を背けた。絶対に見られるわけにはいかなかった。
 ところが、顔を背けた先にサリナの顔があった。彼の妹は、彼を見上げて嬉しそうに微笑んでいた。
「えへへ。セリオルさんったら。あはは」
「な、な、な、なにがですか!」
 慌てて、彼はマナ・シンセサイザーを片付けた。それを見ている仲間たちと、シモンとレオン、セリノまでが、にやにやしている。それを目で確認したわけではなかったが、彼はそう確信していた。
 がばと立ち上がり、彼はモグの名を呼んだ。モグは状況がよくわからない様子で、踊っていた。
「クポ?」
「は、はやくテレポしてください。これを返して、先に進みます!」
「……クポ? セリオル、何を怒ってるクポ?」
「お、怒ってなんていませんよ!」
「クポー? 変なセリオルクポ」
 ぶつぶつ言いながら、モグはセリオルと共に第二の世界樹へと飛ぶモグテレポを使った。光の中にふたりの姿が消える。
 セリオルを見送って、シスララはぽつりと呟いた。肩を落としている。
「ごめんなさい……セリオルさんを、怒らせてしまいました……」
「あはは。あれは怒ってるんじゃないよ〜」
「ふっふっふっふ。おぬしもやるのう、シスララ」
 サリナとカインのよくわからないフォローで、シスララはますます混乱するのだった。

 それは洋館というよりは、巨大な城だった。森の中に忽然と姿を現した雷帝の館は、荘厳な石造りの建物だった。見たところは2階建てのようだ。その点ではマキナ島のゼフィール城ほど大きくは見えないが、幻獣の住処と目される場所である。油断は禁物だった。
「碧玉の座のアーサーも、試練の迷宮造っちゃうくらいだからなあ」
「試練の迷宮ですか?」
 カインが独りごちた言葉に、シスララが反応する。カインはかつて攻略したアーサーの試練のことを、シスララに教えてやった。シスララは幻獣の力でそれだけ大規模な迷宮が造られたことに驚き、雷帝の館を見上げた。
「では、この中もすごいことになっている可能性が……!」
「ああ。気を抜くんじゃないぜ、シスララ!」
「はい、カインさん!」
 そうやって気合を入れるふたりに、サリナが続く。
「そうですよね、頑張りましょう!」
「ああ! いくぜ、雷帝の館! 待ってろよ、ラムウとやら!」
 カインがそう叫んで館の入り口へ走ろうとした、その時だった。
 凄まじい轟音と共に、視界がゼロになるほどの強烈な閃光が奔った。サリナたちは悲鳴を上げ、思わず腕を顔の前に上げ、目をかばった。しかしそれでも瞼を通して、その恐るべき光は感じられた。
 しばらく、サリナたちはその場から動けなかった。大気がバチバチと爆ぜている。焦げ臭い匂いが充満する。魔物や動物たちの逃げ惑う足音、鳥が避難しようと飛び立つ声が聞こえる。
 ゆっくりと、サリナは瞼を開いた。まだ視界は完全には戻らない。それでもぼやける目を凝らし、彼女は何が起こったのかを掴もうとした。
「なっ……なにこれ!」
 それは巨大な穴だった。雷帝の館の前、少し離れた位置に、大地が焼け焦げた姿を晒していた。そこは、ついさきほどまでは開けた地面だった。それが、一瞬にして大きな円形の焦土と化した。サリナたちは言葉を失った。
「……“雷轟”だ」
 唯一、言葉を発したのはシモンだった。彼は険しい顔をして、雷帝の館を見つめていた。
「いるな、雷帝ラムウが」
 破壊の雷の跡が、無残な姿を晒す。瑪瑙の座の幻獣の力がこれを起こしたのか――そう考えて、サリナは背筋を寒くした。もし戦いになったら、この力がサリナたちに向けて揮われる。想像が、痛みとなって彼女の肌を刺した。
 そして、彼女は同時に思い出していた。マキナ島、ゼフィール城の遺跡。風の神晶碑を守っていた瑪瑙の座の幻獣ガルーダは、ゼノアに捕えられた。それを為したゼノアの、黒騎士の力……。
「行くぞ」
 その言葉とともに、彼女の肩に手が置かれた。フェリオだった。彼は恐れなど感じさせない顔で、サリナを見ていた。そして彼は、足を進めた。“雷轟”に怯むサリナに先立って、雷帝の館の入り口へと。
 フェリオの前に、セリオル、カイン、クロイスがいた。彼らは早く来いと言うように、サリナのほうを見ていた。サリナは後ろを振り返った。アーネス、シスララ、シモン、レオン、セリノ。5人が自分を見ていた。後ろが支えているのだとでも言いたそうな顔だ。
 サリナは前を向いた。両頬を手で叩く。気合を入れる。
「今行きます!」
 サリナは走った。雷帝の館の入り口へと。新たな力、ゼノアを止めるための力を求めて。