第86話

「花天の舞・ライブラジグ!」
 シスララがその舞を披露すると、招かれたマナの力がサリナたちの目に真実をもたらした。
 階段は広間の中央に存在していた。隠されていたのは階段だけでなく、その上り口の両脇に控える石造や、なんと階段から続く上階の廊下もそうだった。幻獣の見せた幻の現実感に戦きながら、サリナは階段の1段目に足を載せた。
「なあ、悪かったって。許してくれよ。この通り」
 あまり悪く思ってはいなさそうな声で、カインは先頭を歩くセリオルの肩に手を置いてそう言った。しかしセリオルはその手をややぞんざいに払った。
「君たちがああいう反応をするのはわかっていましたから。気にしなくていいですよ」
 その割には、とその場の全員が言いたくなる雰囲気を放つセリオルの背中に、しかし誰もそれ以上言葉を向けなかった。サリナは反省していた。セリオルはあれくらいのことで本気で怒りはしないが、愉快なものではなかったはずだ。
「セリオル、最近人間くさいよな。ククク」
 随分嬉しそうな声を必死で潜めて、カインが仲間たちにそう言った。その言葉は、サリナの心を温めた。
「確かに。王都あたりまでは怖ぇぐらいだったもんな」
 頭の後ろで手を組んで歩きながら、クロイスはそう振り返った。彼は初めて会った時のセリオルを思い返していた。あまりに切れる頭脳。あまりに的確な判断。彼は、セリオルは人間ではないのではと思ったこともあった。
「ひとりで背負いすぎなのよ、彼は」
 アーネスはセリオルの胸中を推し量る。しかし、未だ彼女にも彼の心の奥底は見えない。彼が抱えているもの、負っているものの全容が把握できない。
「まだ、全部を話してくれてはいないもんな」
 これまでの旅で、セリオルの知っていることの多くの部分は共有化出来ていると、フェリオは感じている。しかし同時に、セリオルが何かを隠していることも知っている。
「……よくそれで、命賭けの旅を一緒に出来るな」
 低い声の主は、シモンだった。彼は振り返ったサリナたちの視線を受け、かぶりを振る。
「包み隠さずに何でも話せるのが、本当の仲間なんじゃないのか? そんな状態で、信頼出来てるのか?」
 セリオルはひとりで少し先を歩いている。シモンは、セリオルに聞こえないように声を落としていた。もしかしたらサリナたちの関係に、悪い影響を与えるかもしれないと思った。しかし彼は、言わずにはいられなかった。彼らの、特にサリナの思いの強さを知っているからだ。
「私は、あまり感じませんけれど」
 顎に人差し指を当てて、シスララは小首を傾げた。サリナたちの視線が集まる。
「私からは、セリオルさんはとても純粋で、真摯な方に見えます。ゼノアを止めるために、そしてサリナを守り、導くために懸命に努力している、真っ直ぐな方に」
 彼女のその言葉に、しかしシモンは眉をひそめる。
「でも、隠し事をしてるんだろ? ……極端は話、騙されてるってことは無いのか?」
「それだけは絶対に無い」
 断言したのはフェリオだった。彼はシモンの少し前を見ていた。彼はシモンを振り返りはしなかったが、シモンにはわかった。少年は、怒っている。彼の声はこれまでと変わらぬ冷静さを保っていたが、どこかに怒気を孕んでいた。
「シモン、次にそれ言ったら、ぶん殴るぞ」
 そう言って、カインはシモンを睨み付けた。レオンとセリノが、咄嗟に武器に手をかけるほどの獰猛さだった。しかし、彼はぎりぎりのところで、セリオルにまでその気配が伝わらぬよう配慮していた。
「……悪かった」
 シモンは素直に詫びた。サリナたちのことを思っての発言だったが、それは彼らにとって、無遠慮で無配慮な謗りでしかなかった。
「まあ、それはもちろん、可能性として完全にゼロだとは言い切れないけど」
 表情ひとつ変えず、アーネスはそう言ってのけた。彼女の言葉に、カインが信じられないという顔を向ける。それに気づき、アーネスはカインのほうを見た。唇の端を少しだけ上げて。
「でも、もしそうだった時にはどうするのか、決まってるわよね?」
 アーネスがそう言うと、カインは笑った。可笑しそうに。そして彼は、こう言った。
「ああ。その時は俺たちで、あいつをぶっ飛ばす。タコ殴りだ」
 無い袖をまくる仕草をして、彼は腕をぐるぐると回した。彼の言葉は、その内容とは真逆の意味をシモンに伝えていた。シモンは小さく笑い、細く息を吐いた。
「わかったよ。俺はもう何も言わない。でも、ひとつだけ聞かせてくれ」
 サリナたちの視線を受けながら、シモンはその質問を口にした。
「どうして、セリオルをそこまで信じられるんだ?」
 シモンのその問いに答えたのは、サリナだった。彼女は確固たる意志を宿した声で、シモンの目を見て、答えた。
「それは、セリオルさんだから、です」
 その言葉が全てを語っていた。それは、シモン自身が店の従業員たちを信頼しているのと同じだった。全てを語ってくれてはいなくとも、セリオルの言葉や行動が自分たちを裏切ることはありえない。サリナは、そう言っていた。
「なるほどな」
 シモンはレオンとセリノを見た。彼はふたりと頷き合った。
「そのうち話さないといけなくなったら話すよ、セリオルは」
 頭の後ろで手を組んだままで、クロイスは何でもないことのようにそう言った。彼にとってみれば、シモンがそんな疑問を持つこと自体がどうでもいいことだった。そんな質問をされたところで、彼らの関係は何も変わらないのだから。
「そうですね。私も、もっとセリオルさんのことを知りたいです」
 ざわりと、一行がどよめいた。何事かと、セリオルが振り返る。
「どうしました? ……って、早く来てくださいよ」
 気がつけば、セリオルと随分距離が空いていた。サリナたちは口々に詫びながら、走って彼の近くへ行った。
「……たぶん、他意は無いんでしょうけどね」
「シスララが言うと、ドキっとするな」
 アーネスとフェリオは、そう言葉を交わした。シスララは、やはり不思議そうな顔をしていた。

 雷帝の館の2階は、1階とは随分雰囲気が異なっていた。貴族の屋敷然としていた1階とは打って変わって、機械的で無機的な内装である。金属なのか樹脂なのかも判然としない床に天井。そこには雷のマナが充満していて、時折微細な雷が走る。
「じゃ、ま、し、な、い、で!」
 言葉を発しながら、サリナは鳳龍棍での連撃を敵に叩き込んだ。敵は腕や脚に当たる部分の関節を破壊され、動かなくなった。蒸気を吐き出すような音を立てて、敵はその機能を停止した。
「初めて戦うタイプの魔物ですね」
 高い天井から急降下して槍で貫いた敵が、やはり蒸気を吐き出すような音を立てて動きを止める。明滅する各所の光が消える。
「一体どんな仕組みなんだ? 自律式の機械だなんて」
 館2階に現われたのは、驚くべきことに機械の群れだった。二足歩行型やキャタピラ型、車輪と小型の砲門を多数持つ戦車型など、形は様々である。共通しているのは、いずれも操作する者がいないように見えることだった。すべて、自律稼動をしていた。
「霜寒の冷たき氷河に抱かれし、かの冷厳なる氷の棺よ――ブリザラ!」
 機械群は水のマナに弱いようだった。これまで有効だった地のマナが思ったほどの効果を表さなかったので、他のマナでの攻撃を試した。すると最も効果的に思えたのは、水のマナだったのだ。
「なんで水のマナが効くんだ?」
 クロイスは不思議そうだった。水のマナストーンの力を帯びたバタフライエッジが、戦車型の機械の車輪を破壊し、動力を奪った。
「こいつら、雷のマナで動いてるみたいだ。水のマナがショートさせるのかもな」
 フェリオはどこか嬉しそうな様子だった。得意な分野の話ができて、楽しいのかもしれない。
「よくわからんが、厄介な相手だ」
 マギカ・シャムシールと名づけた湾曲刀に水のマナストーンをセットして、レオンは二足歩行型の機械を切り裂いた。水のマナを纏った刀身が胴を横一文字に切断した瞬間、敵の身体がバチッと音を立てた。
 機械の魔物たちは、その金属製の強靭な身体と強い力とで、強力な攻撃を仕掛けてきた。ただ腕を振って殴られるだけでも、こちらは大きなダメージを負ってしまう。サリナたちは細心の注意を払って、その攻撃を回避した。
「騎士の紋章よ!」
 アーネスのブルーティッシュボルトが光を纏い、皆を守る光の盾となった。そこに、戦車の放った小型ミサイルの雨が着弾する。その衝撃に、アーネスの口からうめき声が漏れる。かなり威力の高い攻撃だ。
「魔の理。力の翼。練金の釜!」
 ボムから手に入れたかけらとドールから手に入れたかけらが、セリオルの手の中で光を放つ。取り出されたマナがひとつとなり、セリオルはそれを機械群に向けて放った。
「クラスター!」
 ボムの自爆を上回る威力の爆発が起こった。機械たちは爆風と衝撃に吹き飛ばされ、次々に破壊された。ガシャガシャとけたたましい音を立てて、機械たちの亡骸が積みあがる。
「上手くいきましたね」
 戦闘が終わり、セリオルは涼しい顔である。
「ぶっつけだったのか」
 やや呆れたようなクロイスの声に、セリオルは袖をまくって手首を見せた。そこには紅色に輝く宝石の嵌め込まれたブレスレットがあった。
「君の獲得してくれた、この宝石のおかげですよ」
 いつの間にか、セリオルは紅蘭石をアクセサリーに合成していた。天狼玉を使ったのだろうと、クロイスはその銀灰色の腕輪を見て思った。
「へへっ」
 指で鼻をこすって、クロイスはくすぐったい思いだった。
「気を抜くな!」
 セリノの声が響く。マギカ・シャムシールを構えて、彼は部屋の奥から姿を現した巨大な機械を睨んでいた。
「まあ……大きいですね」
 危機感の無いシスララの声とは違い、サリナたちは一挙に全身の筋肉を緊張させた。
 それは人型の上半身と馬型の下半身を持つ、巨大な戦闘兵器だった。鎧を身に付けた戦士を模したような姿で、右腕に巨大な盾を持っている。
「これ、ラムウが造ってんのかな」
 見るからに強力そうな敵に犬歯を剥きながら、カインは誰にともなく尋ねた。
「ま、そうでしょうね」
 ルーンブレイドを構えて、アーネスは敵の動きを観察した。どうやら武器の類を持ってはいないようだ。あの巨大な盾で攻撃してくるのだろうか。あるいは別の攻撃方法を持っているのか?
「なかなか、いいセンスをしていますね」
 そう言いながら、セリオルは聖水を2本、取り出した。1本ずつを左右の手に持って、彼は呪文を唱える。
「魔の理。力の翼。練金の釜!」
 聖水が光を放つ。彼はそれをひとつにし、仲間たちに向けて力を解き放った。
「マイティガード!」
 サリナの使う防御と守護の魔法。そのふたつの効果が、同時にサリナたちを包んだ。一瞬にして身を守る魔法の力を手に入れて、サリナたちはそれぞれの武器を握る。
 魔物が大きな動力音を響かせて襲いかかってきた。雷光を纏い、巨大な盾を身体の前に構えての突進。アーネスは判断した。やはり、あの盾が守りと攻撃を兼ねるようだ。彼らは素早く散開し、その攻撃を回避した。シモンは物陰にそそくさと隠れた。
「花天の舞・ライブラジグ!」
 シスララのたおやかな声が響き、扇とともにマナの光が踊る。その力は、仲間たちの目に敵の特性を見抜く力を与えた。
 アーネスはさきほどの自分の判断を改めた。この敵は、どうやら多彩な攻撃方法を持っている。シスララが見破る力をくれて良かった。
「行け、ロック・バード!」
 カインが獣ノ箱を解き放った。アイゼンベルクの鉱山で捕獲した、岩の鳥だ。青白い炎となった鳥は、その頑強な身体に更なる力を乗せて魔物に襲いかかった。盾に守られない部分を、空中を舞い踊って鳥は攻撃した。
 フェリオの弾丸が飛ぶ。彼は威力の高い長銃を選び、水のマナを纏わせた弾丸を撃った。弾丸は魔物の上半身に炸裂し、いくつかの部品を破壊した。痛みを感じるわけではないようだが、魔物は駆動音とも唸り声ともとれぬ音を発して威嚇した。
 巨体に似合わぬ素早い動きで、魔物はサリナたちの狙いを逸らそうとした。走りながら、魔物は盾を持たぬほうの腕を振るった。すると空中に、雷のマナでできているらしき剣が幾本も現われた。
「愚者よ見よ、その目が映すは我の残り香――ブリンク!」
 サリナは走りながら、幻影の魔法を詠唱した。仲間たちの身体に重なり、身代わりとなる幻が現われる。さきほどのシスララの舞で、彼女は見ていた。敵のあの攻撃は、高速の連撃となって標的を襲う。
 唸りを上げて、魔物の雷光の剣が舞い踊る。それはフェリオに襲いかかった。
 フェリオは走りながら、それを回避しようとした。しかし剣の動きは速く、サリナやクロイスほどの軽業を持たない彼は、その攻撃のいくらかを受けてしまった。身体をかばおうと掲げた両腕に、雷の刃が食い込む。
「ぐっ……」
 幻影の魔法が数回分を防いでくれたが、全てまでとはいかなかった。皮膚が裂け、そこから血が流れる。雷の力が体内を駆け、彼は大きなダメージを負った。
「天の光、降り注ぐ地の生命を、あまねく潤す恵緑の陽よ――ケアルラ!」
 すぐに白く温かな光が飛んできた。サリナの回復の魔法で、フェリオの傷が癒える。
「てめえ、俺の弟に何しやがる!」
 怒鳴りながら、カインは高山飛竜の鞭で魔物の脚の1本を絡め取った。魔物の動きが鈍る。
「青魔法の参・マスタードボム!」
 印を結んだカインの手から熱線が飛ぶ。見破りの力は便利だった。この魔物は、これまでとは弱点が違っていた。地でも水でもなく、炎が弱点だった。むき出しの馬の胴に熱線を受け、金属の身体が爛れる。
 しかしそれに怯むことなく、魔物は雷光の巨大な剣を生成した。紫紺の剣が宙を飛び、今度はシスララにその凶刃が向けられた。
 雷光の刃はマナの刃である。シスララの槍を使って、それを止めることは出来ない。シスララは自分が標的に選ばれたと知って、魔物に向かって駆けた。敵を混乱させるためだ。
「ソレイユ!」
 空色の飛竜が、主の呼びかけに応えて嘶く。ソレイユは素早く飛び、魔物の目に当たると思われる箇所に覆いかぶさった。魔物は混乱し、雷光の刃は徒に空中に踊った。
「花天の舞・オーラジグ!」
 ソレイユが魔物の視界を奪う間、シスララは仲間たちの攻撃力を増強する舞を踊った。マナの光が舞い、全身に力が満ちる。そのままシスララは跳んだ。すぐにソレイユが反応し、彼女を高く舞い上がらせる。
「食らえ!」
 レオンとセリノが抜群のコンビネーションで、魔物の脚に切りつけた。水牛の角から合成されたマギカ・シャムシールは、炎のマナストーンの力を得て、魔物の脚に業火を見舞った。迸る炎とともに繰り出された斬撃が、機械の魔物の脚を傷つける。
 攻撃を受けながら、魔物は今度は背中から無数の弾丸――いや、爆弾を射出した。先の尖った弾丸状の爆弾は、空中を飛んでサリナたちに襲いかかった。
「騎士の紋章よ!」
 アーネスが光の盾を掲げる。仲間たちは素早くその後ろに集まった。サリナが堅守の魔法を詠唱し、光の盾に更なる守りを与える。しかし盾の防ぎきれなかった爆炎が、サリナたちにダメージを与える。
「火柱よ。怒れる火竜の逆鱗の、荒塵へと帰す猛襲の炎――ファイラ!」
 セリオルが反撃する。床から立ち昇った炎の柱が、魔物を空中へ浮き上がらせる。強力な炎のマナに、魔物は為す術も無く焼かれる。フェリオの弾丸とクロイスの矢が飛ぶ。炎の力が、いくつもの光となって魔物を襲う。
 そこへ、シスララが流星となって舞い降りた。彼女の鋭い槍が、魔物の巨体を床へと叩き付ける。轟音とともに、魔物が地に墜ちる。
「トドメです!」
 鳳龍棍を構え、サリナがマナを解放する。赤きマナが陽炎のように立ち昇る。真紅に染まった彼女の瞳は、立ち上がろうともがく半人半馬の戦闘兵器を捉える。
 真紅と黄金に輝く鳳龍棍を、サリナは高速の回転力を加えて突き出した。解放された彼女のマナが、それを伝って一気に魔物へと流れる。それは爆発的な破壊の力となって発現し、魔物の巨体を粉々に砕いた。
 大きく息を吐き、サリナは鳳龍棍を振る。マナが鎮まる。身体から熱が抜ける。
「何だ、今のは……」
 それ以上の言葉を失ったかのように、レオンはようやくそれだけを口にした。これまで見た中で、最も威力の高い攻撃だった。それも、桁外れに。
「サリナが、一瞬真っ赤に光ったように見えた……」
 セリノも同様だった。マナを解放したサリナの力が、彼らには畏怖の対象にも思えた。
「改めて思ったけど、とんでもない戦いだな」
 いつの間にか物陰から出てきたシモンが、飄々とした口調でそんなことを言った。ユーヴ族の戦士ふたりは、それに黙って頷いた。
「はっはっは。まあな。俺だからな」
「あんたのことだけじゃないでしょ」
 腰に手を当てて高笑いをした直後、カインはその背中にアーネスの手刀を受けてのけぞった。ユーヴの3人が笑う。
「にしても、強かったな」
 武器をしまって、クロイスはげんなりした口調だった。あんなのがまだ出てくるのか――言葉にはしなかったが、彼の声の響きはそんな思いを表していた。
「サリナ、大丈夫か?」
 仲間たちの許へ戻ったサリナにフェリオが声を掛ける。
「うん、大丈夫だよ」
 サリナは実感していた。マナを解放しての戦いに、随分身体が慣れてきている。力を出しすぎないように、うまく調整できるようになっている。
「そうか……」
 しかし、フェリオはまだどこか心配そうだ。サリナは首を傾げて見せたが、彼はそれ以上は何も言わなかった。そして彼女は、気づかなかった。自分を見つめるセリオルの、曇った表情に。
『見事、バーサーカーを退けたな。良かろう、わしの許へ来るがよい』
 迸る雷撃のように荘厳な声が、突如響いた。それに驚きながらも、サリナたちは悟っていた。声の主は、幻獣だ。館の主、雷帝ラムウだ。
 バーサーカーという名だったらしい戦闘兵器が、その動かなくなった身体を浮き上がらせた。次の瞬間、激しい稲妻が走り、バーサーカーの身体が変形した。そして現われたのは、上の階へ続く階段だった。天井が開き、そこに戦闘兵器の階段が嵌め込まれた。
「行きましょう。雷帝がお招きです」
 セリオルの言葉に、サリナたちは頷いた。金属の階段を上り、彼らは3階の巨大な空間へとたどり着いた。
「ようこそ、我が館へ。リバレーターの諸君」
 そこには、ひとりの老人がいた。漆黒の法衣に長い髪、そして長い髭。その手には立派な装飾の杖。人間と変わらぬ体躯、変わらぬ外見。しかし異なるのは、その身に纏う光だった。
 紫紺色の光。幻獣特有の、神々しく力強い光だ。雷の幻獣であることを現す、紫電の光。
「あんたがラムウか」
 進み出たのはカインだった。イクシオンを従える彼は、ラムウの力を本能的に求めていた。
「いかにも。雷の幻獣、瑪瑙の座。雷の力を操りし、わしがラムウだ」
 こちらを見つめる目には、特別な感情は無いようだった。
「さて、ではお前たちの力を見せてもらおうか」
 ラムウは突如、そう言った。セリオルが交渉しようと口を開きかけた、その一瞬前だった。出鼻をくじかれ、セリオルはかぶりを振った。後ろでユーヴの3人が嘆くように溜め息をつく。
「やはり、そうなりますか」
 こちらの思惑は、全て見透かされていた。そういうことだと、セリオルは悟った。交渉の余地は無かった。やはり瑪瑙の座の幻獣たちは、自分たちを試した上で神晶碑のある場所へ案内するのだ。彼らの試練で命を落とすようなものに、エリュス・イリアを任せることは無いのだ。
「上等じゃねえか」
 にやりと獰猛な笑みを浮かべて、カインはそう言った。興奮している。フェリオはそう感じた。彼の兄は、瑪瑙の座の幻獣と戦うことを歓迎している。彼は溜め息をついて、銃を構えた。
「やるしかないなら、やるだけだ」
 彼の声に続いて、仲間たちも武器を構えた。リストレインを掲げ、彼らは叫ぶ。
「輝け、私のアシミレイト!」
「渦巻け、私のアシミレイト!」
「奔れ、俺のアシミレイト!」
「集え、俺のアシミレイト!」
「弾けろ、俺のアシミレイト!」
「轟け、私のアシミレイト!」
「響け、私のアシミレイト!」
 7色の光が溢れ、マナの戦士たちが現われる。ラムウはそれを待った。碧玉の座の幻獣たちが認めた、世界を救う使命を背負おうとする者たちを。
 そして彼は、杖を振るった。雷光が集まる。今こそ、試練の時。リバレーターたちと雷帝の戦いが、始まった。