第95話

「寒っ」
 両腕をこすりながら、イロの手綱を握ってクロイスはそうこぼした。初めて見るフェイロン村は、なんとも寂しげな村だった。
 辺境の村にしては、それなりに広い。いたるところに田畑が広がり、その間を縫うように小さな川が流れている。村の入り口から続く目抜き通りと商店群、その脇に小さな牧場、水車小屋、村人たちの憩いの場と子どもたちの遊び場を兼ねるらしい広場、学校。それらのものが必要に応じて順次築造されていったのだろうと思わせる、計画的な都市とは異なった柔らかい風景。
 大陸とは全く異なる文化の根付いているらしい村の建物は、どうやら全て木造らしい。縁起色なのか、朱色で屋根や柱を塗った建物が目立つ。重要らしき建物は、外壁に木製の彫刻――幻獣を象った繊細なものが多い――などを飾り壁として施されている。
 村の奥には林と山が広がり、村の小川はそこから流れてくるらしい。村人たちは色鮮やかな染物で織られたハイナン服を身に纏い、村の中を行き交う。素朴ながら、自然の豊かな風光明媚なる村――普段ならそうなのだろう。
「なんで……」
 サリナの声は彼女の悲しみを映し出していた。アイリーンが主人の心を癒そうと、顔をサリナの頬に寄せる。美しかった自然はその生命を細らせ、賑やかだった牧場の動物たちの声は鳴りを潜めている。いつも元気に駆けまわっていた子どもたちも、わいわいと姦しい井戸端会議を繰り広げていた主婦たちも、威勢の良い商店の店主たちも、誰の姿も見えない。
「異常ですね」
 セリオルは顔をしかめている。彼がこの村で過ごした10年のうち、こんなことは一度も無かった。彼は空を見上げた。以前と変わらぬ、藍色の美しい空が広がっている。雲はゆっくりと流れ、大きな鳥がその翼を誇らしげに広げる。ブリジットは主と共に空を見上げ、そこを舞う鳥に呼びかけるように高い声で啼いた。
「そうでしょう。俺もちょっと寒いと思うんで」
 とてもそう思っているとは思えない様子で、ダグが胸を張る。自分の肌感覚のおかしさを自覚しているような言いぶりだった。
「けど、こんな寒かったかあ?」
 チョコボの牽く荷車から降り、立ち上がって腕を組んだ巨体の上で、坊主頭を捻る。
「前よりも寒くなってるのか?」
 顔を見上げると首が痛くなるので、ダグの顔は見ずにフェリオが訊ねた。ダグはフェリオに見えない場所で大ぶりに頷く。
「はい。気のせいかもしれやせんが」
「どっちだよ」
 言葉のわりにはあまり気にしていない様子で、フェリオは村に目を戻した。彼の目にも、フェイロン村の異常は明らかだった。
「気候の変動ではない。マスターの懸念通り、マナの異常でしょう」
 空の様子はユンランと何も変わらない。セリオルもフェリオと同様、目を村に戻した。仮に気候変動だとすれば、たったこれだけの距離しか離れていないユンランに何の影響も無いということは考えにくい。実際、陽光の暖かさは以前と変わらないように思えた。
 そう考えて、セリオルは顎に手を当てる。だとしたら、その暖かさを急速に奪っているのは、一体何だ?
「確かに、フェイロンのこんな様子は見たことが無いな」
 セリオル同様、フェリオも考え込んでいた。カインナイト探索のため、彼もカインと共に何度もフェイロンを訪れていた。
「なあ、とにかくどっか入んねえか? 寒くて敵わねえよ」
 袖の無い服のカインが、震えながら提案した。クロイスと同じ動きで両腕をこすっているが、それも意味が無いようだ。しかしルカは、そんな主人をあまり心配してはいないようだった。
「さ、賛成です……」
 温暖な気候育ちのシスララも賛同した。その肩で、ソレイユもその身を縮めている。寒さから守るものを何も持たない彼に、フェイロンのこの寒さは堪えるだろうと思えた。そのふたりに、イルマが気遣うように羽毛を寄せる。
「そうね。サリナもおじいさんとおばあさんが心配よね」
「はい……」
 毅然として主人に寄り添うオラツィオの首を撫でながら自分を気遣ってくれるアーネスの顔を、しかしサリナは見ることも出来なかった。不安が胸を押しつぶす。仲間を放って駆け出したい気持ちに駆られる。祖父と祖母の顔が見たい。
「先に行きなさい、サリナ。皆は私が連れて行きます」
 そう言って、セリオルが背中を押してくれた。仲間たちを振り返って、サリナは頷く。
「はい!」
 サリナはアイリーンの背に乗り、走った。村人の誰にも会わなかった。懐かしい友人たちの顔も見たかったが、誰もいない。誰ひとり、歩いていない。こんなフェイロンは、見たことが無かった。
 辺境の小さな村だが、フェイロンにはいつも活気が満ちていた。自然は豊かに茂り、作物はたわわに実った。家畜たちは元気に啼き、村人たちは毎日を精一杯生きていた。彼女の育ったこの大切な村に、何か異常なことが起こっている。
 寒さのためだけでなく粟立つ肌をさすりながら、サリナは村を駆ける。田畑の脇を過ぎる。目抜き通りを進む。小川に架かる小さな橋を渡る。
 その小川は、村の向こう、森の奥から流れてくる。フェイロンの村人たちはその水を家に、田畑に引き、その清らかな水の恵みによって暮らしを営んでいる。マナの恵み豊かな、命の水である。
 その橋を渡る時、サリナは違和感を覚えた。水とマナの量がおかしい。異常なまでに多いのだ。
 自然の中に宿るマナは、光の粒として現れる。集局点や第二の世界樹に表れるマナの粒と同様のものだが、その濃度はそれらの場所ほど濃くはない。太陽の光や風のせせらぎに紛れて煌めく、ささやかな光である。
 しかし今、小川はその水かさを増し、マナの量は暴れんばかりだ。それはサリナに、荒々しくもだえる竜を思わせた。
 だが、今はそれにかかずらっている場合ではない。一刻も早く、家に戻らなければ。だが、彼女が手綱を引いても、アイリーンがすぐに進もうとはしなかった。陽光色のチョコボは、まるでその異常に強い興味を示しているかのように、その場に留まろうとした。
「アイリーン、ごめん、お願い!」
 サリナの切迫した声に、アイリーンは素早く反応した。彼女は詫びようとするかのように首を振り向け、小さく頷くような仕草をして走り出した。
 逸る心を抑えることなく、サリナはアイリーンを走らせた。その速さの前では、家までの距離はゼロにも等しかった。懐かしいその白の修法塾を併設した家の前に、彼女たちはすぐに到着した。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
 アイリーンから飛び降りる。賢きチョコボは、サリナが飛び降りやすいように上手く減速した。サリナが急いで玄関の扉を開く。呆気ないほど軽く、その扉は開いた。
 玄関からすぐ、靴を脱いで上がる食堂を兼ねた居間である。ダリウ手作りのテーブルと椅子が置かれ、木の板を貼った壁にはエレノアが作ったタペストリーや布飾りなどが掛けられている。居間からは階段と家の奥へ続く廊下が伸びる。
 修法塾の指導が無い時、祖父母は大抵この居間にいる。テーブルでエレノアの淹れた茶を飲み、エレノアの作った菓子をつまんでいる。暖かい時期には窓を開けて風を楽しみ、寒い季節は暖炉に火を入れて暖を取る。そうしてふたりは、サリナと共につましくも幸せな生活を送っていた。
 しかし今、ふたりは……
「……おお、サリナじゃないか」
「あら、どうしたの? お帰り」
 揃ってテーブルに就き、茶を飲んでいた。

「そっか……」
 ダリウとエレノアの話を聞いて、サリナは困った顔でセリオルを見た。セリオルは考え込むように腕を組んでいる。
 祖父母によると、フェイロンのこの寒さが始まったのはかなり最近のことだという。どうやらサリナたちがセルジューク群島大陸を離れ、ファーティマ大陸に上陸したころのようだった。
「ま、でも良かったじゃねえの。じいさんとばあさんが無事で」
 壁にもたれて立ち、腕組みをするカインの脇腹を、アーネスが肘でつつく。
「ちょっと、失礼よ。ダリウさんとエレノアさんとお呼びしなさいよ」
「いて。あんだようっせえなあ。いいだろ、じいさんとばあさんなんだから」
「やめなさい」
「いて。いてえって」
「はっはっは。構わんよ、じいさんばあさんで」
 ダリウとエレノアは、サリナたちの心配をよそに、以前と変わらず元気だった。サリナの切迫した様子に戸惑うほどで、彼らは孫娘が帰って来たことをただ喜んでいた。
 だが、サリナとセリオルは気付いていた。フェイロンを出発した時より、ふたりとも少しだが、痩せた。やはりこの急激な気温の低下のせいで、食糧が不足しているのだろう。備蓄してあったハーブ類などは十分にあるので茶を淹れるには事欠かないが、菓子の類を客に出すほどの余裕は無いようだった。
「そうよ。私たちも孫がたくさん増えたみたいで嬉しいわ」
 ふたりは、サリナととても親しそうに話す仲間たちの存在を喜んでいた。村にはサリナの友人たちももちろんいるが、カインたちは彼女らよりも更に、サリナのことを理解しているように思えた。
「孫だってよ! ひゃっひゃっひゃ」
 カインは楽しそうに笑う。その笑い声は、村の寒さに気を落としていたダリウとエレノアの心を暖かくする。
「まあ、あんたは子どもっぽいからね」
「んだとお? だあれが子どもなんでい」
 アーネスとカインのそんななんでもないやり取りに、エレノアは微笑む。
「けっけっけ。子どもだってよ。やーいやーい」
 更にクロイスが加わり、いつもながらの仕様も無いやり取りが始まる。この寒さに鎖された辺境の村でも、彼らはいつも通りに賑やかで、そして仲が良い。そんな仲間たちに、暗く落ち込みそうだったサリナに笑顔が戻る。
「やれやれ……サリナの家でまで、やめてくれよ」
「うふふ。仕方無いですよ。皆さんの日課なんですから」
「に、日課か……勘弁してくれよ……」
 カインたち3人と少し離れたところで、フェリオが頭を抱え、シスララが微笑んでいる。そんな仲間たちにセリオルは小さく苦笑いを漏らし、サリナが楽しげに笑う。
「はっはっは! いやいや、サリナ、良い友だちを持ったようじゃのう」
「ふふふ。そうねえ。本当に良かったわ」
 ふたりは心から安心した様子だった。以前より痩せたはずだが、ふたりのその笑顔は、それを感じさせないくらいの明るさがあった。
「心配かけて、ごめんなさい」
 祖父母に心労をかけただろうと、サリナは反省した。手紙は送るようにしていたが、毎日送れるわけではない。日々の戦いで手いっぱいで、手紙を書けないことも多かった。
 サリナとは違い、ダリウやエレノアはフェイロンの村で平和な暮らしを送っていた。だからこそ、ふたりはサリナのことを考える時間も多かっただろう。それを想像して、サリナは胸を痛くする。
「いいんじゃよ、サリナ」
 そんなサリナの胸中を察したのか、ダリウは優しい声でそう言った。少し俯いていたサリナは顔を上げる。
「え?」
「わしらのことは気にするな。そりゃあお前のことは心配じゃが、お前にはセリオルがついとる」
「そうよ。それに、こんなに良い仲間の方たちが一緒なんですもの。ほんと、安心したわ」
 ふたりはカインたち――立って待つサリナの仲間たちを見た。見るからに、生い立ちも服装もばらばらだ。しかし彼らに共通しているのは、歴戦の戦士たちであることと、サリナへの協力を惜しまず、共に闘い抜く決意を持っていることだった。ダリウとエレノアにも、それは伝わって来た。
「うん……」
 小さく、サリナは返事をした。ようやく彼女の声にも、安堵が混じった。祖父母はいずれも、大きく体調を崩してはいなかった。そして彼女自身のことについても、安心してもらうことが出来た。
「うん。私、みんながいてくれるから、戦えるんだ。みんながいつも助けてくれるから……怖くても、頑張れるよ」
 ダリウは孫娘を見る。小さな肩だ。同世代の少女たちと比べても、サリナは小柄なほうだろう。その肩にのしかかる、大きな運命。18歳の誕生日に、自分たちがそれを伝えた。それが、サリナの平和な暮らしを、その先にあったはずの平穏な人生を変えてしまった。
 彼はやはり、そのことに責任を感じずにはいられなかった。恐らく、セリオルも同じ思いだろう。ずっと一緒にいる分、セリオルのほうがその思いは強いはずだ。サリナの隣りで、彼は微笑んでいる。まだ26歳の若い青年。彼は誰よりも賢く、そして責任感が強い。
 ダリウは懸念する。セリオルが自責の念に潰されはしないかと。サリナと同じように可愛い、彼にとっては息子か孫も同然の青年。恐らくセリオルは、何度も苦悩を味わっているだろう。それでも彼は、苦しみを堪えて前に進もうとしている。その心の内を、ダリウは想像して胸中でかぶりを振る。彼に任せるしかない現状が歯がゆく思える。自分にもっと、戦う力があれば――そう考えて、それこそ無責任に過ぎると、その思いを追い払う。
 彼の妻も、同じ思いだ。しかし彼らはただ信じて、サリナとセリオルに全てを託す。そう決めたのだ。
「ああ。そうじゃな」
 ただの少女だったサリナの心も、随分強くなったようだ。いくつもの戦いを潜り抜けてきたのだろうと、ダリウは想像した。手紙でおおままかなことは把握していたが、サリナは彼らに心配をかけまいという意識からだろう、戦闘の危険な部分についてはいつも割愛していた。だが、そう簡単な闘いではないことはわかっている。現にサリナたちは、王都で一度ゼノアに敗れているのだ。
「セリオル」
 エレノアの呼びかけに、セリオルが返事をしてこっちを向く。その目をじっと見て、エレノアは思う。昔から変わらない、良い目だ。苦難も苦悩も乗り越えて、信念の元にサリナを導こうという決意が、その瞳に宿る光に見える。
「私たちに出来ることがあったら、何でも言って。エルンストのこともあるけれど……あなたたちの助けになるなら、私たちは何でもするわ」
「ああ、そうじゃ。わしらはそれに関しちゃ、一切の努力を惜しまんぞ」
「……はい。ありがとうございます」
 セリオルはテーブルの上で、浅く頭を下げた。そして顔を上げ、彼はこう言った。
「差し当たって、ひとつお願いがあるんですが」
「ん、なんじゃ?」
「防寒着を用意したいんです。なんとかなりませんか?」
「防寒着ね……」
 セリオルの頼みにエレノアがどう用立てようか、と考え始めた、その時だった。玄関の扉が、勢い良く開かれた。
「皆さん、てえへんです!」
 自分の体躯より小さな扉をくぐろうとして目測を見誤り、扉の枠に思い切り身体をぶつけて家を揺らしたのは、外でチョコボたちの遊び相手をしていたダグ・ドルジだった。

 小川の水量は更に増し、今にも岸から溢れ出しそうだった。渡された小さな橋の上で、サリナたちは驚愕の面持ちでその様子を確認した。
「これは……」
 セリオルは言葉を失った。考えられないことだった。なぜこんなに、川の水かさが増すんだ? 雪解け水が出たわけでもない。それに……
「な、何なの? このマナ!」
 サリナは肌が粟立つ不快感に、恐怖に近い感覚を覚えた。小川の水に宿るマナは、さきほどよりも更に荒々しさを増していた。それは暴力的とでも呼べるほどの、もはや恵みとは言えない状態だった。それは植物を過剰に成長させ、もしくは魚たちに過剰な栄養を与え、滅びへ導いてしまうだろう。そう思えるほどの、異様に膨れ上がったマナだ。
 小川の水は村の田畑へ引かれている。こんなに凶暴なマナが流れ込めば、田畑を再生することも難しくなるかもしれない。そう考えて、サリナは身震いする。
「何じゃこれは……」
 ダリウもそれ以上の言葉を持たなかった。白の修法塾を営み、魔法とマナに関する知識はセリオルにも引けを取らないダリウでも、この現象が何なのか、理解が出来なかった。
「なあ、これやっぱり、この村が寒くなったことと関係あんのか?」
 クロイスが誰にともなく質問した。しかし誰も、その問いに明確に答えることは出来なかった。
「ダグ、こうなったのはついさっきなんだな」
 フェリオがダグに訊ねた。ダグはそれに大きく首を縦に振って答える。
「ええ、そうでさあ。皆さんがサリナさんの家の中にいる間に、あのチョコボ――サリナさんのアイリーンが、いきなり何かを感じたように顔を上げて、走り出したんです。それで慌てて追いかけてみたら、こうなってたってわけで。俺ぁもうびっくりしちまって、すぐに皆さんを呼んだんです」
「アイリーンが……?」
 陽光色のアイリーン・ヒンメルは、サリナの後ろで眼光鋭く荒れる川面を見つめている。何羽もいるチョコボたちの中で、アイリーンだけがこの場に来ていた。サリナと目が合うと、アイリーンはまるで彼女に語りかけるかのように、小さく頷いた。サリナはその首に手を添え、訊ねた。
「アイリーン……何か知ってるの?」
 陽光色のチョコボは、まるでそれに答えるかのように、高く啼いた。その嘴は視線の斜め上、小川の遥か上流へと向けられているようだった。
「上流に、何かあるんでしょうか」
 顎に人差し指を当て、シスララは不思議そうに小首を傾げる。しかしそれにも、誰も明快な答えを持たなかった。だが不思議なことにアイリーンが、上流にある何かのことを伝えたがっているらしいことは、誰の目にも明らかだった。
「ダリウさん、この川を遡っていくとどこに着くのか、ご存知?」
 そのアーネスの質問に、しかしダリウはかぶりを振る。
「詳しくはわからん。村の誰も、この川の源泉を気にしたことはなかろう。じゃが、あの森の中のどこかから湧き出していることは間違い無い」
「……蒼霜の洞窟の方角だな」
 仲間たちが一斉にフェリオを振り返った。少年は、じっと森の方向を見つめていた。
「そういや、あの洞窟ん中にもちっこい川が流れてたな」
 カインの声は、いつものように明るい調子ではなかった。彼は、その事実がきわめて重大な可能性を示唆することを理解していた。
「つまり、蒼霜の洞窟――水の集局点に、何らかの異常が起こっている、ということですか」
 セリオルの声は深刻だった。なぜならもし彼の言ったことが現実だとすれば、それは瑪瑙の座の水の幻獣にも何らかの、恐らくは良くない影響が出ていることが、ほぼ間違い無いと言えるからだった。
「おい、マジかよ……」
 嫌な予感に、クロイスは胸がざわつくのを抑え切れなかった。明らかに異常な水と、そのマナの増加。そして恵みというよりは破壊的な力を感じさせる、マナの異様さ。彼は、これから目指すべき水の集局点に、ひとりの男の悪しき力が及んでいることを予感した。
 その名は、忌むべき敵、ゼノア・ジークムンド。王都に座して世界の破滅を目論む者だった。