第209話

 永らく使われていなかったとは思えないほど綺麗に清掃された部屋に、6色の光が満ちた。炎と闇を除いた6つの属性の幻獣たち。そのうちの碧玉と瑪瑙の座の幻獣、合計12柱。
「いやー、こんだけ揃うと壮観ですなあ」
 緊張感の無い言葉を口にして笑うカインに、仲間たちが白い目を向ける。
「なんだよ。そんな目で見んなよ」
「あんたね。空気読みなさいよ」
 皇城の中を移動し、セリオルのかつての自室に到着した。皇家の子息の部屋にしては特に広いということもなく、フェリオは意外な印象を受けた。内装は質素で、セリオルの性格をよく反映していた。本棚には書物がぎっしりと詰め込まれ、窮屈そうにしている。
 最初にセリオルがヴァルファーレとガルーダを召喚した。翠緑の光が部屋に満ちる。
 言葉は少なかった。人間たちも、幻獣たちも。風の幻獣たちに続いて雷や地の幻獣たちが召喚され、他も続いた。彼らとて、クリスタルの中で安穏としているわけではない。いつもセリオルたちの行動や会話を見聞きしているのだ。現状についても、これから話し合われるべきことについても、理解していた。
「つーか、あんたらそんなのになれたんだな。ぎゃはは」
 クロイスが言及したのは、召喚された幻獣たちの姿についてだった。
 幻獣たちは人間よりも姿が大きい。この部屋に12柱もの幻獣が集まるのは不可能だ。そこで彼らが取った手段は、小さな姿になることだった。ただ小さくなるのではなく2等身くらいにまで首から下が縮まっており、更にどういうわけか、ぬいぐるみのようにデフォルメされたものだった。
「大変失礼ながら、幻獣様方、お可愛らしいです……!」
 そう言って、シスララは瞳を輝かせた。言葉にはしないものの、アーネスも頬がやや染まっている。
「あら、そうですか? うふふ」
 オーロラとセラフィウムが、そんなようなことを言いながら顔を見合わせて微笑む。カーバンクルが楽しそうに宙返りをし、アシュラウルは小さな後ろ足で器用に耳の後ろを掻いた。アーサーは眠そうに欠伸をしている。シヴァとガルーダはどちらが美しいかとポーズを取り合い、ラムウとタイタンはどこから出したのかお茶を飲んでいた。
 フェリオがこめかみに手を当て、小さく嘆息する。
「神様はご存知ないのか、緊張感ってやつを……」
「ま、神様だしね」
 そう相槌を打ったアーネスは少し楽しそうな表情を浮かべながら、ベッドに腰を下ろす。セリオルはデスクの椅子に腰掛け、カイン、クロイス、アーネスの3人はカーペットに座っている。場が落ち着くのを待って、オットマンに座ったフェリオが口を開いた。
「とにかく、教えてくれ。“エデン”とは何なのか」
 そう切り出したフェリオに、幻獣たちはしばし沈黙した。マナの光が揺れる。 
 はじめに言葉を発したのは、オーディンだった。
「私たちは、その質問に答えることは出来ない」
「なに?」
 気色ばみそうになる弟を腕で制して、カインが言う。
「そりゃ一体どういうことだ? エデンのことを知らねえわけじゃあねえだろう」
「無論だ」
「じゃあなんで話せねえんだよ」
「私たちには、戒めが施されている」
「……戒め?」
 訝るフェリオに、オーディンは頷いた。
「そうだ。フェニックスによって施された戒めのために、私たちは人間に、エデンについて語ることが出来ないのだ。人間が再びエデンの力を得ようとしないようにするための戒めだ」
 クロイスが肩を竦める。
「何だそりゃ。今まさにエデンの力を得ようとしている人間がいるじゃねえかよ。俺たちはそれを止めるためにエデンのことを知りたいんだぜ?」
「それは私たちも理解しているわ」
 その氷結した凍土のような美しい声は、氷妃シヴァのものだった。
「理解しているけど、仕方が無いの。フェニックスの戒めは、フェニックスにしか解けない」
「融通の利かない話ですね」
 息を長めに吐き出し、セリオルは続ける。
「私たちでエデンの謎を解き明かすか、あるいはフェニックスを捜すか。そのどちらかということですか」
「どっちがより早いかしらね」
 アーネスのその言葉に、一同は沈黙する。エデンに関する最も有用と思われる書物はすべて王都にあり、幻獣神フェニックスの所在は不明だ。幻獣たちはエリュス・イリアにおける互いの居場所を知らない。フェニックスの御座がどこかにあるとして、その大まかな方角はわかっても詳細はわからない。
「クリプトの書も無いしな……」
 フェリオは口に手を当てて黙り込んだ。瑪瑙の座の幻獣たち、ひいては神晶碑を捜すのに役立った古文書は、今はローランの賢人クラリタの許にある。セラフィウムの御座がドノ・フィウメ自治区にあることを突き止めたところ以降、セリオルにも解読が不可能だったからだ。
「明日、一度プリマビスタに戻りましょうか。クラリタさんに解読の状況を伺ってみましょう」
 そう言ったセリオルだが、その顔は晴れない。
「ですが先日、力の集局点がナッシュラーグにあることをご教示頂いたばかりです……」
 それからいくばくの時間も経っていない。シスララの指摘は、セリオルの懸念と一致していた。いかに賢人クラリタといえど、この短時間のうちに古文書の解読がどれほど飛躍的に進んでいるとは考えにくかった。
「……まあ、仕方が無い」
 そう言ったのはフェリオだった。意外にも、その声に暗さは無い。
「エデンに関しては、手詰まりだな。別のことを考えよう」
「別のこと?」
 怪訝そうな顔のクロイスに、フェリオは肩を竦める。
「エデンのことは気になるけど、それはゼノアの目的に繋がるからだ。もちろんそれを知るのも大事だけど、俺たちにはもっと大事なことがあるだろ」
「……サリナのこと、ね?」
 応えたアーネスに、フェリオは頷く。
「ゼノアの目的を知れば、それを阻止するための手も見つかるかもしれない。けどその前に、俺たちはサリナを取り戻さないとだろ?」
「だな。話の流れでエデンのことばっか考えっちまってたけど、それよりサリナの方が優先だ」
 カインは弟の肩に手をぽんと置き、他方の手の親指を立てた。そしてウィンクをしている。フェリオはその兄の手をさっと払って立ち上がった。カインはちょっと泣いていた。
「王都へ行こう。サリナを助けるんだ」
「いや、でもさ――」
 出鼻をくじくことに気まずさを感じながら、クロイスは発言した。
「モグが言ってたぜ。スティルツキンっていうモグの仲間がゼノアを監視してたらしいけどさ、王都には今、ゼノアの結界が張られてんだろ?」
「そうなのか」
 フェリオの言葉に、クロイスは頷いて続けた。
「うん。モグがちらっと言ってたんだ。みんなも知ってることなんだと思ってたけど、そうでもなかったみてーだな」
「その結界の強度はわかりますか?」
 今度はデスクの前のセリオルが訊いた。フェリオは再びオットマンに腰を下ろした。またカインが肩に手を置こうとしたのを、彼は防御した。
「そこまではわかんねー」
「けど、ゼノアはこっちの戦力を大体把握してるのよ。少なくとも瑪瑙の座の力で強引にこじ開けることは難しいと考えた方が良いんじゃない?」
 アーネスのもっともな指摘に、セリオルもフェリオも黙り込む。
 そこへ、シスララが手を挙げた。
「あの、プリマビスタのモーグリさん……モントスさんにお願いして、スティルツキンさんのところへテレポしてもらうというのはどうでしょう?」
 その言葉に、全員が卒然として顔を上げた。
「それだ!」
 興奮した様子で、フェリオが叫ぶ。
 モグテレポ。モーグリ族の特技だ。いつもはサリナがモグチョコの笛を使ってモグを呼び出して使うが、今はサリナがいない。したがってモグを呼ぶことは出来ない。しかし飛空艇プリマビスタには、いつでもテレポで帰還できるようにするためのテレポ要員として、モントスという名のモーグリが搭乗している。
「その手があった! ……ん、でもちょっと待てよ」
 昂ぶりを理性で上手に抑え、フェリオは顎に手を当てて思案する。
「こっちからテレポで行けるんだとしたら、向こうから来ることも出来るよな?」
「なるほど……サリナが自らテレポで脱出する可能性がありますね」
 シスララは美しい顎に手を当てる。
「いや、残念ですがそれは無いでしょう。あのゼノアが、サリナがスティルツキンと接触する機会を見逃すとは思えない……それに」
 やや沈んだ声で、セリオルは言い淀んだ。カインはセリオルのほうを見ずに、ゆっくりと口を開く。
「……しばらくは、無いだろうな」
 一同は思い出していた、幻獣のような姿に変異し、涙を流し、そして叫びを上げた、サリナの姿を。
 渦巻くマナの風の中、サリナの姿は、哀しかった。その身に纏うマナの力の強力さとは裏腹に、彼女は痛みに満ち、その心は砕けたガラスのようだった。その瞳は仲間たちには向けられなかった。ただ、何も無い虚空だけを映していた。あるいは何者をも映してはいなかった。
 沈痛な面持ちで、皆が押し黙る。
「……いずれにせよ、モーグリの力で彼の地へ飛ぶのは難しいじゃろうなあ」
 人間たちの心情などどこ吹く風で、しかし迸る雷撃のように荘厳な声が響いた。雷帝ラムウ。ぬいぐるみのような姿となった雷神は、白く長い髭とふさふさとした眉毛によって、その両目がほぼ隠れてしまっている。
「どういうことだよ?」
 その雷帝を使役するリバレーター、カインが訝しげに尋ねる。
「わしには、あのゼノアという人間がモーグリ族のテレポを知らんとは、とても思えん」
「つまり、ゼノアのほうでも、私たちがモーグリさんたちのテレポで瞬間移動を試みようとすることを予想しているはずだ、ということでしょうか」
 シスララの確認に、ラムウは短い腕を動かして髭を撫でながら頷いた。
「そう考えるのが、自然というもんじゃろ」
「それどころかさー」
 寝そべったような姿で空中をふわふわと漂いながら、風魔ガルーダ。ゆったりした口調だが、その声は鋭き突風のような激しさを孕んでいる。人間たちの視線を何喰わぬ顔でやり過ごし、ガルーダは独り言のように続ける。
「テレポで飛んだりしたら、障壁に阻まれて塵になる可能性だってあるよ」
「え。ち、ちりってちょっと」
 アーネスは空恐ろしさに己の身体を抱く。
「王都を包むゼノアの障壁が、魔法を阻むということですか」
「そ。モーグリのテレポは便利な瞬間移動だけど、瞬間“移動”だからね。魔法を止められたら移動も使えないよ」
 セリオルの問いに、ガルーダは緊張感の無い声で答えた。
 皆が口をつぐみ、下を向く。カインは腕を組み、後頭部を乱暴に掻く。シスララは頬に人差し指を当てて難しい顔をしている。クロイスはぶすっとした顔で唇を尖らせている。
 重たい沈黙が横たわった。幻獣たちのぼんやりと美しい光が不釣り合いにたゆたう。
 セリオルは顎に手を当てて考えていた。ゼノアの結界を突破する方法は、何か無いか。
 結界の正体はわからないが、恐らくはマナを使ったものだろう。何らかの装置、あるいは闇の幻獣や幻魔の力を使っていると思われるが、幻獣や塵魔の力を無駄遣いするとは思えない。それにナッシュラーグ上空に出現したゼノアの眼のことを踏まえれば、大掛かりな装置である可能性が高いだろう。
 ではその装置を破壊すれば良いだろうか。いや、当然ながら装置が存在するのは結界の中であるはずだ。装置の破壊は不可能だ。
 では、地下から攻めるのはどうだろうか。結界が覆っているのは地上だけという可能性がある。結界はマナを源泉としているはずだが、その力は物理的な効果を発揮している。ということは、結界を張る時には抵抗の少ない地上から上空にかけては容易だっただろう。それに対して地下は抵抗が大きい。王都の広大な面積に加え、地下空間まで含めた広大な領域を覆い尽くすには、人工の装置が出力できるマナの上限では到底足りないはずだ。
 あるいは、結界の起動時だけ幻獣たちの力を借りて、その維持にのみマナストーンか何かを使っているのだろうか。もしくは、考えたくないことだが――カスバロ・ダークライズが生み出したオルガマージを使って、非人道的な力を使っている……?
 そのおぞましい想像を、しかしセリオルはかぶりを振って否定した。ゼノアはカスバロの研究を一笑に伏した。そんな彼にとって無価値な研究成果を、彼にとって重要な装置に使うことは考えられない。
 それにセリオルたちが地下から攻めてくることも、恐らくゼノアは考えただろう。だがそれは実現不可能だ。セリオルたちが侵攻できるほどの大規模な隧道を造るとなると、地上にも相当な影響が発生する。建造そのものはタイタンの力で可能だろうが、地上にある王都の暮らしに影響を与えないようにと考えれば、地下の相当深くを進む必要がある。王都は地下水路も整備された大規模な都市だ。地盤沈下が発生すれば都市機能が破壊されるだろう。それを起こさないためには隧道を土圧で潰されないように補強しながら建造するしか無いが、時間と労力がかかり過ぎる。ゼノアの野望実現に時間を与えることになるだけだ。
 現実的に考えて、その手をセリオルたちが選択することは無い。ゼノアはそう考えただろう。そしてそれはまさしく正解だ。それにゼノアにとって王都の人々は人質だ。結界で地下まで覆って水路等を破壊することはしていないだろう。王都民の暮らしを壊してしまっては、王都に居座る意味が無くなってしまう。
 どうしたものか……。
 目を閉じて思案を続けるセリオルの耳に、カインとクロイスのとぼけた会話が滑り込む。
「あーあ。王都に何でも集めちゃったのは失敗でしたね、昔の偉いひと〜」
「誰のこと言ってんだよ?」
「知らねえよ。昔の偉いひとだよ」
「何言ってんだお前……ま、でも気持ちはわかるけどな。王都以外の場所に手がかりが無いっつーのは困る」
「な。王都の幻研ほどじゃなくても、どっかにねえのかよ? 何か図書館的なところとかにさ」
「図書館?」
 それはクロイスが発した言葉だったが、同時に同じ言葉が、しかしクロイスとは異なるニュアンスで、セリオルの口からも転がり出ていた。
「図書館……」
 近くにヴァルファーレとガルーダの光を浮かべて呟くセリオルの眉間に、普段はあまり見られない皺が刻まれている。彼は己の記憶を辿ろうとしていた。
「セリオルさん、お心当たりが?」
 少しの期待を乗せた声でシスララが問うが、セリオルはすぐには答えなかった。幻獣たちがふわふわと浮かんでいる。セリオルの思考を邪魔しようとする者はいなかった。ラムウが髭を撫でている。タイタンは意味があるのかわからないスクワットを始めた。ヴァルファーレとセラフィウムは互いの翼の美しさを称え合っている。カインとクロイスが小突き合いを始め、フェリオが冷たい目を向ける。アーサーがまた眠そうな欠伸をし、アシュラウルが釣られた。シスララはセリオルを見つめている。カインとクロイスの小突き合いが盛り上がってきたが、そこにアーネスの鉄拳が唸りを上げ、男ふたりが床に伏せて沈黙したところで、セリオルは顔を上げた。
「――魔導図書館」
 シスララがぱっと立ち上がり、明るい顔で手を合わせる。
「そこにヒントがあるのですか?」
「魔導図書館?」
 初めて耳にする言葉に、フェリオが鸚鵡返しをした。
「図書館的なところがあるのか!」
 我が意を得たり、と口角を上げるカイン。クロイスはちょっと悔しそうにしている。
「いえ、ずっと昔……それこそ子どもの頃、寝物語に聞いた程度の話です。それを思い出したというだけで。都に眠る魔導図書館、そこには偉大なる力への道が隠されている、と」
「偉大なる力への道……?」
 首を傾げるアーネスに続いて、クロイスが口を尖らせる。
「って、結局王都かよ! 行けねーんだから意味ねーじゃん!」
 そのクロイスに顔を向け、セリオルは小さく微笑む。
「昔語りでの“都”です。イリアスのことではありませんよ」
「……そうか。ヴァルドー皇国の“都”か」
「そういうことです」
 旧ヴァルドー皇国、現在のナッシュラーグ自治区。その都ということは、今彼らがいる、この首都ナッシュラーグのことだ。そうフェリオが補足したのに、腕組みをして大きく頷くクロイス。
「うむ。私もたった今気づいたところだ。なかなかやるね、クロイスくん」
「あんたねえ」
 呆れ声のアーネスだったが、もっと冷淡なフェリオはその流れそのものを無視して言った。
「この街のどこかに、その魔導図書館っていうのがあるのか?」
 しかし黒髪の黒魔導士は大きくかぶりを振る。
「わかりません。何せ御伽噺の一節のようなものですから」
「ま、そうだよなあ」
 幻獣たちの光が浮かぶ天井を仰いで、カインは嘆息した。色とりどりの神々は、人間たちの悩みなどどこ吹く風だ。彼らからすれば、人間がその叡智を集積した場所があったとて、それ自体に価値を見出しはしないだろう。
「ですが……」
 口を開いたシスララの声は、どこか弾んでいた。皆の視線が彼女に向く。
「同じように御伽噺――神話の世界に登場した幻獣の皆様も、このように実在していらっしゃいます」
 使役する2柱との仲が良い彼女は、浮遊する純白の光たちと楽しげに戯れている。彼女が言及した事実に、カインはにやりとする。
「だな! 今は他に手がかりもねえんだ。明日、誰かそんなのに詳しそうなひとにでも話を聞きに行こうぜ」
「そうね。ひとまず、それ以外に手は無いのかも」
 カインとアーネスのそのやり取りで、話はまとまったようだった。
 セリオルは壁に懸けられた振り子時計を見た。幻獣たちの美しい光の中に浮かび上がった時計の針は、まもなく夜の8時を指そうとしている。
 今日は随分、疲れた1日だった。朝からっずっと戦いどおしで、皆も疲弊しているだろう。サリナのことは気がかりだが、まずはゆっくり休もう。温かい湯を張った風呂に入り、食事を摂って、しっかり眠ろう。ここは自分の生家だ。仲間たちには、気を遣わずにくつろいでもらいたい。
 セリオルは、目を閉じた。永らく留守にしたが、自分の部屋は戻ってみると、やはり落ち着くものだ。疲れが四肢の先から溶け出していくような感覚が心地良い。
 ――そこで、彼の意識は闇に溶けた。
「な、何だ何だおい、何だ!?」
 混乱の声を、クロイスは上げた。セリオルの部屋が揺れていた。部屋というより、空気が震動していた。幻獣たちの美しい光の中に、陰鬱な黒い靄が混ざる。
「警戒しろ! 何かおかしいぞ!」
 カインの鋭い声が走る。彼は腰に提げていた鞭を握った。湯を使う前で良かった。
 幻獣たちはすぐさまクリスタルに戻り、リストレインに収まった――いや。
「ガルーダ……?」
 アーネスは見た。さきほどまで空中に寝そべるようにしてだらけた様子だった風魔ガルーダの、様子がおかしい。美しい翠緑の光は、その色を変じていった。黒い靄と混ざり合い、不吉な濁った緑色。
「そんな。あれは……!」
 見覚えのあるその不気味な光に、シスララは身の毛のよだつのを感じた。おぞましい欲望の権化の
姿が脳裏に蘇る。ソレイユが甲高い声で警戒している。
「何だあれは……おい、セリオル! セリオルッ!」
 背中を駆け上る焦燥感に、フェリオはセリオルの名を呼ぶ。セリオルは椅子に腰かけたまま、眠ってしまったように見えた。フェリオはセリオルの名を呼びながら近づこうとするが、巻き起こった風に阻まれてそれは叶わなかった。
「うう……くそ、何なんだ突然」
 風に押し戻され、フェリオはガルーダに目を遣った。その瞬間、風魔は小さい姿から、元の妖艶な女性の姿に戻った。風を纏い、黒く濁った光が渦巻くその中心で、彼女の双眸は血走ったような赤い光を放っていた。
「ははは。おいおい、冗談きついぜ」
 ガルーダには、もはや正常な意識は無いようだった。頭の中でけたたましい警鐘を鳴らすイクシオンとラムウの声に、カインはリストレインを掲げた。ガルーダが空中を移動し、眠ったように動かないセリオルに突撃する。
「奔れ、俺のアシミレイト!」
 膨れ上がった危機感が、カインに幻獣の力を解放させた。紫紺の光が部屋を呑み込むように膨張し、雷帝の力を宿した雷の戦士が生まれる。仲間たちも彼に続いた。
「集え、俺のアシミレイト!」
「弾けろ、俺のアシミレイト!」
「轟け、私のアシミレイト!」
「響け、私のアシミレイト!」
 そして彼らに続いて、濁った翠緑の光が膨れ上がった。
「……渦巻け、私のアシミレイト」
 ゆらりと立ち上がったセリオルの双眸は、ガルーダと同じく血のような赤い光を放った。風魔のマナが膨張し、セリオルの部屋を満たして揺らす。カインたちは防御の姿勢を取った。
 風が渦巻き、巨大な刃となって部屋を破壊した。家具、書物、壁に窓、全てを壊され、破裂するようにしてその部屋は砕け散った。皇城は身体の一部を爆破されて、その身を揺らす。轟音が、雨の降り続く夜の皇都に響き渡った。